触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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「考えないヒト」と「ヒトデはクモよりなぜ強い」

<BOOKS> ①
 「考えないヒト」と「ヒトデはクモよりなぜ強い」 
 「考えないヒト」正高信男著、中公新書。
 「ヒトデはクモよりなぜ強い」オリ・ブラフマン、ロッド・A・ベッグストローム著、日経BP社。

 今日は晦日、一年の最後にちょうど読み終わった本について書きます。書評では改まっているし、とりあえず「BOOKS」というカテゴリを作ってそこに。この一年はかなりの量の本を読みました。
 「考えないヒト」は104冊目になります。この中で、私が一番重要だと思ったのは、P74の5行目~「私たちにはコミュニケーションの手段として、ことばを用いようとする本能ををもっている。…教育なしに立派に言語的コミュニケーションをとれるようになるものではない…」「…幼児期からどれほど日常的に、心の中で、ことばを用いて思考する習性がついているかーそれによって、ワーキングメモリーは鍛えられて発達する。…ことばの能力も育まれ、それが正のフィードバックとなって返ってくる…」「言語を用いて考える癖を子どもの時分からつけておかないとループがしっかりと働かないまま、人間は大きくなってしまう」というところ。この頃、大人でも「内なる言語(内言語)」を用いない、よく考えてからことばを用いない人によく出会います。本書でも取り上げている「キレ」やすい人。若者だけでなく中高年にも増えています。「キレ」ているわけでなくとも「感動した!」などとワンフレーズで劇場型政治を演じた無責任な政治家もいましたが…私自身もことばに気をつけず失敗したのはこの半月の間でも幾度もありいつもその連続です。発言としてことばを大切にすることは勿論ですが、一つ一つのことばを大切にして文章にして表現することも、とても重要なことです。そんなこともあってこれを機会にと、ブログを始めました。
 次に本書で私がチェックしたのはP133「他者の関係で自己は規定される」とP137「他者からの期待と自己実現」のところ。私自身は何か自己実現をというような意識はあまりないのですが、結局他者との関係でいつも何かをしているなとは思います。それが世間の評判が気になるとか、誰かと繋がっていないと不安だということではないのです。それでも他者との関係を無視してはやはり自己の意識は形成されていないと思います。
 最後に、P140「認知的集団の限界」~イギリスのサル学者ロバート・ダンバーは「現代の人間が社会生活を営む環境の規模は、150人を平均としたまとまりが、最適な形態なのではないかと論じた」(P142)と記しているところ。平均150人とは、100人から200人の間のことでこれは、学校統廃合のところで、世界保健機構(WHO)の学校は「小さくなくてはならない…生徒100人を上回らない規模」と述べていること。私が「100人程度を一定規模の(最適な)学校として位置づけること」と主張していることと、整合性があります。
 「ヒトデはクモよりなぜ強い」は10月25日に読み終わっている本です。本書のサブタイトルは「21世紀は、リーダーなき組織が勝つ」です。内容は、「従来力の強かった中央集権型の組織(クモ型)より、これからは開かれた、分権型の組織(ヒトデ型)のほうが強い。」というものです。ヒトデ型にはCEOのように強くボス的なリーダーはおらず、触媒の役割を担う者がいる。「どうしたらいいか提案はするが、提案した後は、みんなの好きにさせた。」「…触媒は仕切りはしない。…人々が行動を起こすよう触発する存在として重要なのだ。」「…ネットワークをつくったり、…身を引くときを心得てもいる。」(P225)ここまで引用すれば、何故今頃本書のことを取り上げたかはお分かりになると思います。そうです!このブログの変なタイトル?「触媒生活」はここから来ています。また、12月31日付の朝日新聞「交流で「感化力」培え」を見ると脳科学者茂木健一郎さんは、「所属の論理は時代遅れです。」「ダイナミックな交流を通じて触れあうこと共感し、感化される「感化力」が大事です」組織と個人の関係については「個人と組織はアフリケーション(同盟)なんだ、と。それぐらいでやんないと、個人も組織も輝かない時代です。」と述べています。彼の著書「感化力」はまだ読んでいませんが、いずれ「個人と組織について」も含めまとめてみます。私のモットー、願望とした「触媒」としての役割、このあたりも含め膨らましていきたいと思います。

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学校統廃合問題ーその後の経過(平成19年12月末まで)

学校統廃合問題その後の経過(~平成19年12月末)

  平成19年11月26日
 「栗原の教育を考えるシンポジウム」第3回実行委員会(文字地区生活改善センター)
   11月30日
 「栗原の教育を考えるシンポジウム」第4回実行委員会(築館市高齢者福祉センター)
   12月1日
 広報くりはら12月号「栗原市立学校再編計画(案)」の概要が掲載される。
(全文は市のウェブサイトで12月25日まで見ることができた。)30の小学校を前期(平成25年)に12に、後期(平成31年まで)に10に。10の中学校を前期に7に、後期に6~7に。9月に検討委員会が最終答申を出した内容より、中学校の統廃合を少し緩和した。
   12月2日
 「栗原の教育を考えるシンポジウム」開催される。(鴬沢振興センター)約70人参加。終了後、反省会を行う。
   12月7日
 「栗原の教育を考えるシンポジウム」第5回実行委員会(築館市高齢者福祉センター)ー欠席。
   12月10日
 市教委に「栗原市学校教育環境検討委員会」の会議録の開示(閲覧)請求を行う。
   12月11日~16日
 市教委はパブリックコメントによる意見募集にあたり、市内10ヶ所で市民説明会を開催する。15日の築館地区に出席。
   12月19日(午前中)
 市教委において「栗原市学校教育環境検討委員会」会議録を閲覧。(終了後、担当者に若干の質問)
   12月25日
 市教委にパブリックコメント提出。(この日が締切日)


12月2日シンポの反省 

・焦点が絞れていない。鴬沢高校の問題の関連性、全体の中の比重についての違和感。これは11月14日の第1回目の実行委直後に代表には伝えてきました。まるで高校の先生方の組合支部会議に出ているような… 第1回の前からの経過を資料から見てもそれはある意味で仕方ないとは思いましたが、それから広がらなくては… ですからシンポ当日の内容が結果としてそうしたものとなったことはこれもある意味で当然です。大木氏の報告は高校の問題が小中学校統廃合と関連してくるか少しはわかりましたが、話が長くて(ここから発言者の時間厳守しないというルール違反が始まった)自分の気持ちが先に出すぎていた。あとはコーディネーターが役割を果たさなかった。高校生を除いて後の発言者も、ほとんどの発言で自分が出すぎていた。皆がもう少し全体のことも考えてくれたら… 私自身も実行委員会で準備してくる中で耕英のこと、文字のこと、鴬沢高校のことなど詳しく知り、想像力、共感力、共生の意識も働かせてきましたが、まだまだその把握の程度は不十分だと自覚しています。市民的合意を、あるいは「思いを一つに」するにはと考えてきました。シンポまでの結果は、それらは「まだ道半ば」あるいは結局はまだバラバラのまま?。

分析不足これも前から言ってきましたが、中間報告、答申、それに今度の再編計画案についての内容に即しての批判的検討不足。実行委員会でもシンポ発言者も決めつけで言っている傾向が強い。もう少し言っている内容に即して批判しないと向こうにとっては痛くも痒くもない。特に「基本的考え方」の大前提となっている「適正規模、適正配置」についての集中批判を。その根拠が無いことをいろいろな材料をあげ、かつ分かりやすく、その上でこれは結局、「経済効率の考え方」だと、市民、保護者、議員も向こうの「言っていることの根拠がこれでは」と思うとところまで持っていくべきです。そうしないと「一旦、白紙撤回し時間をかけて議論をする」ということにはならないと思います。分析不足は国、県、市長、市当局、市教委,検討委、学校、教職員、議員,地域、保護者、子どもたち、など全部についても言えます。
・ その中で特に、教育長、市教委の自信について。前からそれがどこから来ているのかと思っていましたが、シンポでの担当者の(教育長でなく彼が出てきたことにも現れているが)発言からうかがえます。「地域との合意は大前提とする」という検討委の「配慮する」から大きく踏み込んだことは、評価に値すると同時に、「よっぽど自信がある」のだなと思いました。つまり、合併してしまった現在とこれから、学校、保護者、地域の結びつきが薄れ、バラバラになっている、なっていく。地域同士のネットワークも弱い、議員も自分の回りしか見ていない。決めつけて?言うなら「市場原理、競争原理は一人一人をバラバラにすれば貫徹しやすい」のであって、そうできると… このバラバラは今のこの私たちの運動の現状についてもいえることです。

 私の役割について
 10月30日に突然、代表の訪問を受け、つれあいの立会いの下、実行委員会に誘われました。「何で、私なのか?」といまだに思っています。図書館づくり運動では市内での第一人者?と自負しています。しかし、学校教育は、子どもたちも社会人になり地域を離れてしまっていて直接関係がありません。つれあいに学校のことなどいつも聞かされてはいますが、統廃合についてははっきりした問題意識は全くといっていいほど持っていませんでした。しかし、委員を引き受けた以上、この一ヶ月余、かなり勉強しました。幸い、栗原市全域に図書館のシステムネットワークを作るため合併前より自治体への働きかけ等してきましたので当時の資料なども活用できました。しかし、私自身、この問題の直接の当事者でもないし、運動の核になったり、仕切ったり、広げたりする立場にないため、一種の“触媒”的役割が果たせればとは思っていました。自分の心にストーン落ちなかったこと、自分の説明が拙かったことなどを説明しようと後で、まとめてみただけです。それが問題の整理にいくらかでも役に立てばと思います。12月2日のシンポまでは何とかがんばってきました。しかし、シンポ以後、個人的に忙しくなる用事が生じています。これから新しく組織替えをすると思いますが、常に出席が求められる役員は引き受けかねますのでご了承ください。
 (12月7日の実行委員会に出席できないため、こうした内容の文書を提出。)

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栗原市立学校再編計画(案)に対するパブリックコメント

栗原市立学校再編計画(案)に対する
パブリックコメント

                                        平成19年12月25日 

1 P1 「はじめに」にたいして

 4年以上前の合併協議の段階、栗原市の誕生、そして今年の1月の中間報告(案)が出て、そして半年前、今年の6月中間報告が広報に載るまで学校統廃合の問題は、市民の間にはっきりわかるような形で一度も提起されてきませんでした。「合併の目的の一つが学校統廃合だった」とはほとんどの市民は気づかされませんでした。市民が参加した住民ワークショップ、まちづくり委員会等において行政の側から「学校統廃合が課題」という問題提起は一度もされてきませんでしたし、合併後毎年行われてきている住民懇談会にも全く出されてきませんでした。その一方で合併協議会ではこの問題を表に出さず隠して協議を進め、合併してからの昨年3月になって検討委員会に諮るという経過をたどりました。その後18回に及ぶ審議が行われ今年9月最終答申となりました。先日、その議事録を閲覧しましたが、①検討委員と講話をした本図宮教大助教授の人選については市教委の意に沿うものであり、教育改革の多様な考え、市民の様々な意見は反映されていません。②審議が原則公開となっていても市民にほとんど知らせずに開催。③検討委員会の中からも要望の出た公聴会、市民アンケート等も行われず、結局、審議は最後までオープンな状態ではされませんでした。合併前より今日に至るまで、これまでのこうした一連の行政運営、行政手続は、極めて公平性、透明性と信用性に欠けていると考えます。市教委としては、これについてどのような見解を持っているかを明らかにすることを要求します。

2 P2 「栗原市立学校再編計画」の基本的な考え―に対して

  「切磋琢磨し合いながら…」「教育効果を高めていく…」「教育の質を維持向上するために…」という表現は一見、良いことのように見えます。しかし、その中身が問題です。直接には言及されていませんが、この表現の先には「競争原理」「市場原理」があり、それにしっかり繋がっています。「考え方」の基礎となっている県教委のほうには「競争意識」という表現が(中間報告(案)P5)出てきます。これは、競争、テスト、有名大学進学、グローバル化に対応、と言う風な今日的風潮に市教委は対応しようとしているのかもしれませんが、それで本当に「真の学力」がつくのでしょうか?国際学習到達度調査(PISA)ではその結果が出ています。(日本はその先を行くイギリスとともに毎回順位を下げ、別の選択肢を取るフィンランドが常に上位に。)それに「競争原理」によっては勉学条件のよい子どもが競争の最後まで残ることになります。「競争原理」の働く学校規模を、子どもたちを沢山集めておいて競わせれば、「経済効率が良い」ということにはなります。しかし、こうしたことではなく、私は、教育改革を進める場合、次の2点を大前提として進めるべきだと考えます。①「小・中学校の教育は、地域に根ざし、地域に開かれ、地域に支えられてこそ豊かなものとして展開する。」②「子どもたちが競争しなくとも「自ら学ぶ力」を育む「学びの学校づくり」を子どもたちと教職員を初め、関係する様々な当事者が協力・協働して作り上げる。」
  市教委の「栗原市立学校再編計画」の基本的な考え-これの全面的な再考を要求します。

3 P3 「栗原市立学校の適正規模の基準」に対して

 文部科学省のいう「12学級以上18学級以下」は50年ほど前から変わりません。(当時、団塊の世代が小学生)それで、文科省自身も「今まで示してきた基本的枠組みを改めて見直す…」(平成18年12月15日文科省メルマガ44号)とし、昨年より、新たに「新教育システム開発プログラム」で学校規模の適正化を研究―とし現在、見直し作業の真っ最中にあります。(同)また、世界の国々では「小さな学校」が大切にされています。「ユネスコ文化統計年鑑1998」によれば、初等教育の学校規模は、日本の331人に対し、ヨーロッパをはじめ主な国ではほとんど100人台です。世界保健機構(WHO)も、学校は「小さくなくてはならない…生徒100人を上回らない規模」とはっきり述べています。したがって国の方針としている複数学級は世界的に見ると非常識なものです。「12学級以上18学級以下」、40人学級、35人学級とも教育的根拠があるわけではありません。すでに30人学級への流れは全国的に出来つつあり、栗原市でも30人学級にするよう要望します。同時に市長がローカルマニフェストで示した低学年20人学級の実現も要望します。また、30人学級にする途中の段階として35人学級にすることには異論はありません。
 これまでも栗原市内、宮城県内、そして全国に小さな学校でも十分にそれこそ質の高い教育をしてきている学校はたくさんあります。教師の教育における守備範囲と、校長等の監督責任者のきちんとした責任の取れる範囲が実は100人程度の裏づけともなっています。「100人ぐらいが子どもたちの顔をすべて覚え、地域にもしっかり支えられた最適な学校規模では」というのが現場の教師の実感ではないでしょうか。(統廃合の是非とともに、このことも教職員対象のアンケートを取るよう要求します。)検討委員会の議事録も見ると、学校長からのヒヤリングでも報告書での記述ほど小さい学校のデメリットは感じられず、むしろ小さい学校におおむね良好な評価をしていると感じられました。
 また、クラス替えが出来ないことからのデメリットといわれる問題も克服の方法はいろいろあるわけで、それが理由で「地域から学校を引き剥がす」ことはあってはなりません。確かに、複式学級は避けられたら避けたほうがいいと思います。しかし、「複式学級を避けたいために統廃合を」という前に40人学級を前提にした現在の複式学級の規模を35人、30人(低学年は20人)を前提にしたものに改善するよう要求します。(当然、市の持ち出しは増えます。)まず、100人程度を一定規模の(最適な)学校として位置づけること。そして、それよりかなり少ない学校(とくに基準を改善しても複式学級が避けられない学校)でも、前述の教育改革を進める大前提の①の「地域に根ざし、地域に開かれ、地域に支えられる学校」にてらし、どうするのかは、地域(保護者とだけでなく、教職員、学校関係者、地域住民も含めて)との議論・合意形成によって存続か、統廃合かを決定していくべきです。

4 再編計画(案)全体について

 学校は子どもたちのライフラインであると同時に地域のライフラインでもあります。一度手放したら二度とは戻りません。くどいようですが「地域から学校を引き剥がす」ことはあってはなりません。極力それは、関係者の知恵と努力で避けなければなりません。小学校の無い地域に若い新しい世帯は来ないし、誕生しません。栗原市内でも学校が集中する地域とその他に二極化されます。市内でも周辺地域で更なる過疎化が進むことは明らかです。
 これまで述べてきたように、再編計画(案)は、その出された行政手続上の公正性、透明性と信用性の欠如、内容の根拠としていることに多くの問題がありすぎます。検討委員会が市民からのヒヤリングを行ったとしていますが、学校関係者は一部校長先生のみ、地域代表市民といってもこれも一部保護者のみ。このヒヤリングでもって「市民の様々な意見が反映された」とは言えないことは議事録を見ると検討委員会自身が認めていることです。市教委は「これはあくまで案であるから」というでしょう。しかし、合併前には隠し続け、合併後も積極的に市民に「学校統廃合が課題」と提起しないで、半年前の広報6月号で中間報告、10月号で最終答申、12月号で「さあ、これで行く、再編計画だ」ではあまりに強引で拙速すぎます。たとえそれが(案)であってもこの間、ごく普通の市民で「もうこれで何をしても学校統廃合はされてしまうんだ。」「学校統廃合は既に決まってしまったんだ。」と口にする人達にあちこちで出会いました。また市教委によって「適正基準に満たない」=「適正でない」=「不適正」というレッテルを貼られた学校は「あそこの学校では?」という風評被害を受けていくのではないでしょうか。
 前述した文部科学省の「学校規模の適正化を研究…」を受け19年1月15日のメルマガでは「学校規模の最適化について」が出ています。「適正化」より「最適化」のほうがニュアンスとして幅が感じられます。市教委の市民説明会(12月15日築館地区)で私は、「適正基準の数値が先行していまい、それ以下はすべて切るというのは余りにも機械的、幅が無い。それにそもそもその適正基準自体に教育的根拠が無い。」と批判しました。また同メルマガで最後に「課題」として「学校の設置改廃には、多くの住民・関係者との議論・合意形成が重要で、長い期間が必要です。地域毎に議論のきっかけづくりから住民間の検討、計画策定など一連のプロセスをつくり、教育改革論議を起こしていくことや、長期的組織的な取り組みの支援など、<<最適化のためのルールづくり>>が求められる」「限られた資源を最大有効に活用して、地域にしっかり根づいた質の高い学校を作っていくよう、学校規模の視点も取り入れて検討して頂きたい」としています。文科省の「最適化」「学校規模」の内容、同じくそこで言っている「質」の内容が私の考えとどれほど違うかは、はっきりしません。しかし、「その2点の内容を含めて議論し、合意形成をいていこう、最適化のためのルールづくりを」というのであれば、限られた資源=校舎の状態、市の財政状況の検討を含め、文科省のいっている方向で議論を進めることに基本的に異議はありません。
 そうであれば、白紙撤回した後、「栗原市の教育改革をどう進めるか」の根本も含め、もう少し時間をかけて市民の合意をめざす、人選も公募を多く入れたものとし、常にオープンな議論の空間(栗原市教育改革検討委員会(仮称))を設けることを提案します。教育改革の方向については市民の間には様々な意見があります。市教委は市民の意見の違いをそのまま固定的に見ているのではなく、全市でも、各地域でも積極的な論議が巻き起こるようにするために、この提案を受け入れるよう要求します。

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市民説明会

「栗原市立学校再編計画(案)」
12月15日築館地区市民説明会にむけて
                                                                               
                                    平成19年12月14日   
1 「はじめに」に対し 

 諮問にいたるまでの問題点―別紙の経過と「こうした経過から見えてきたこと」に示したようにこれまでの行政手続の中でこの問題は隠されてきた。そしてその出し方も、極めて透明性と信用性にかけるものであること。

2 「栗原市立学校再編計画」の基本的な考え方―に対して
 
 「切磋琢磨し合いながら…」「教育の質を維持向上するために…」という表現は一見、良いことのように見えます。しかし、この表現の背後には「競争原理」「市場原理」がしっかり控えています。「考え方」の基礎となっている県教委のほうには「競争意識」という表現がしっかり出てきます。競争、テスト、有名大学進学、グローバル化に対応、…確かに国際化は必要ですし、分からないでもないですが、それで本当に「真の学力」がつくのか?国際比較でこれはそろそろ結果が出ています。(日本はその先を行くイギリスとともに毎回順位を下げ、別の選択肢を取るフィンランドが常に上位。)それに「競争原理」によっては勉学条件のよい子どもが競争の最後まで残ることになる。

3  「適正規模の基準」に対し

 文部科学省のいう「12学級以上18学級以下」は50年ほど前から変わらない。(当時、団塊の世代が小学生)そこで、文科省自身も「今まで示してきた基本的枠組みを改めて見直す…」(文科省メルマガ44号)とし、昨年より、新たに「新教育システム開発プログラム」で学校規模の適正化を研究―としている。(同)
 規模の数値を35人と断定しているが、30人ではダメなのか?20人では?(市長は確か、選挙前のローカルマニフェストで低学年20人学級としていたが…)35人に本当に科学的根拠があるのか?国の段階で30人になったらどうするのか?複式学級を避けたいため統廃合をという前にその複式学級の規模を変えてはどうなのか。(持ち出しは増えるが)これまでも栗原市内、宮城県内、そして全国に小規模学校でも十分にそれこそ質の高い教育をしてきている学校はたくさんあります。「100人ぐらいが子どもたちの顔をすべて覚え、地域にもしっかり支えられ一番まとまった規模では」という声も聞かれます。

4  さいごに

 この再編計画には、しっかりと「経済効率の考え」は貫かれており、「競争原理」「市場原理」に繋がっています。子どもたちを、沢山集めておいて競わせれば「経済効率が良い」ということにはなります。しかし、こうしたことではなく、教育改革を進める場合、次の2点を大前提として進めてはどうでしょうか。①「小・中学校の教育は、地域に根ざし、地域に開かれ、地域に支えられてこそ豊かなものとして展開する。」②「子どもたちが競争しなくとも「自ら学ぶ力」を育む「学びの学校づくり」を子どもたちと教職員をはじめ、関係する様々な当事者が協力・協働して作り上げる。」その上で、規模の問題、市財政の状況等も配慮し、地域との合意の上での統廃合が可能とすべきではないでしょうか。
 学校は子どもたちのライフラインであると同時に地域のライフラインでもあるわけです。一度手放したら二度とは戻りません。小学校の無い地域に若い新しい世帯は来ないし、誕生しません。栗原市内でも学校が集中する地域とその他に二極化されます。(地価への影響もあります。)
 再編計画は、その出された経過、その根拠としている内容、ともに問題が多いため、この際、一度白紙に戻すことを要求します。そして、新たに、「栗原市の教育改革をどう進めるか」の根本も含め、もう少し時間をかけて市民の合意をめざす、議論の空間(栗原市教育改革検討委員会(仮称))を設けることを提案します。
 



12月15日築館地区市民説明会の様子について
                                      
                                     平成19年12月15日  

1 出席状況

 市側―佐藤公平教育長、教育部長、加藤氏、他10人以上、住民―発言者から見ると富野小PTA4人、玉沢小PTA2人、あと宮野地区1人、築館地区数人、それと私、出席者は30人程度か?

2 主なやり取り

 富野小PTAの一人は「築館中体育館建設の決定経過の問題(規模から富野小の今後の選択肢が既に狭められている。決め方も全体に諮られていない。)この問題でも同様だ。納得いかない。勝手に作ったものを押し付けている。」と、私は別紙の内容(教育改革を進める場合の2点の大前提のところを除いて)について主張。玉沢小PTAの一人は「18年より検討というが市の財政再建が見え隠れしている。保護者のアンケートはとったのか。実施計画は一挙にするのか、出来るとこからか?県道に歩道が無いが通学支援はどうなっているか?」これに対し市側は「地域でアンケートをとなった所はそうする。あくまでも地域の合意がなった出来るところから実施していく。歩道は県に強力に働きかける。」と、再質問で私が「適正規模」についてさらに追及すると、教育長は「35人、できれば30人のほうがいい、私たちも30人を目指している。その過程の35人だ。国が35人になれば30人を検討する腹積もり。」さらに私が「数値が先行してしまって、少しでもそれに合わなければ切るというのは(例えば宮野小の場合)おかしいのでは?それにその数値自体変わることも」に対し、矛盾は認めるような雰囲気でさらに「宮野小は増加の兆しもあり、今後の推移を見守りたい。」と、また私が「複式学級の規模も20人というのは40人が前提、35人(18人)、30人(15人)、20人(10人)ではと違えてもいいのでは?」に対し「国の基準があくまで40人なので、20人に、それ以下では市の持ち出しに…」と。
 この前後にも富野小と玉沢小PTAの人よりと市側のやり取りがあった。その後、宮野地区住民(高校教師)より「この計画はやはり、経済効率に基づいている。また、人口が減って統廃合ということしか見てない。増やそうという発想が無い。意見の集約は自由記述があっていいのでは?」そして、築館地区住民(小学校教師)より築館地区から一人も発言ないのでということで「小規模校のことを、もっとこまめに対応して欲しい。35人とか30人というが小学校はもっと少ないほうがいい。それには県費、市費の持ち出し、市の税収の問題がある。統廃合してもあとの施設の管理維持にお金がかかる。市側からもっとその辺のことはっきり話して、「一番市民に良いのは」と問うたほうがよいのではないか」と。さらに別の築館地区住民(元町議)より「この案は文科省のワクの中でと強すぎる、もっと前向きに。学力テストで宮城は下位、少人数学級の秋田は小・中とも上位、少人数学級にもう少し前向きに。審議会等で決まったので住民に説明するという今までの手法ではダメなのではないか、その前の段階から関係者の声とか、住民懇談会を行うとかすべき。今日の説明会も30人くらい、もっと多くの参加、意見集める方法をとって欲しい。12月25日に締め切った後ももっと多く集めて説明会をして欲しい。」これに対する回答ではないが教育長はさかんに「18回の検討委員会で関係各方面の意見を聞き、十分に審議していただいた」ことを強調、これに対し私は、再度、「問題の多いこの計画(案)の白紙撤回と、教育改革について市民的合意をめざす、人選も公募を入れて議論の空間―教育改革検討委員会の設置を」と提案しました。これに対しては、一つの意見として聞いておくという姿勢でした。

3 感想 

 参加者が少ない。発言も小規模校関係者が多く、関心が拡がっていないのだろうか?関心はあっても直接小・中学生の子どもの関係者でないと参加までしないのでは?「競争原理」「市場原理」に繋がるというところまではもっていけなかったが、「市の財政事情から、」「経済効率から、」あたりへはもっていけたと思います。矛盾もいくらかは明らかになってきていますが、まだまだその先へは到達していません。

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問題の整理のために

問題の整理のためにー         平成19年11月29日 

1 私たちがめざすべき市民的合意
               =キーワードは「地域」と「信頼」


  何故「地域」か-


 検討委ではその中間報告で、Ⅰが諮問を受けた2点(小中学校の適正規模、適正配置と幼稚園の同内容)Ⅱが後から挿入された「教育環境の条件整備」、Ⅲが「特色ある学校づくりについて」となっている。この最後のⅢでそのまた最後にはじめて「地域」が出てくる。-「地域(教育)力と文化継承の重要性」と「地域コミュニティの中心としての学校の存在」の項目(P30) 
 答申(最終報告)では、「基本的な視点」には無く、(「特色ある学校づくり」も加味し…―という文言に入っているのか)2「適正規模の基準と考え方」の最後のほうに「答申後の行政による適正規模確保の実施計画策定の際は、地域住民や保護者の意見を十分に考慮し、通学状況のみならず当該地域における学校の位置づけや地域の伝統文化、歴史等にも配慮しながら対応していくことが大切である。」とある。そして、4「適正規模確保を進めるにあたって」の、ア「実施に当たって配慮すべき事項」の中で、②「保護者・地域住民に対して」で「○統合・学区再編を進めていくには、保護者・地域住民の理解と協力が不可欠である。そのために丁寧な説明を行い、趣旨の理解を得るとともに、地域の意見・要望等を真摯に受け止めながら、地域との合意形成に努めること。○統合・学区再編を実施していく際には原理・原則のみで推し進めるのではなく、場合によっては合意形成を図るため、柔軟な対応も必要であること。○学校が地域コミュニティの中で重要な役割を担っていることを配慮し、統合・学区再編は学校が無くなるということではなく、対象となる地域の再生であるという、前向きの意識を地域住民が持てるよう努めること。としている。
 一見、それほど悪いことを言っているようには見えないが、よく見ると、①全体から見ると「地域」の位置づけは軽い。②検討委=市教委は、この「適正規模、適正配置」によっぽど自信を持っているようだ。③答申の基本点が通れば、多少の(一部地域で)妥協はする。しかし、「地域」はあくまで考慮し、配慮することの一つであり、「地域との合意形成に努める」ということは、あくまでも努力目標だということであり、したがって、前提条件とはなっていない。
市教委の(学校教育の)理念とは、その中で「地域」はどのように位置づけられているのか-公表されたもの「栗原の教育」平成19年度から見ると、その位置づけは極めて軽い。その内容は、P8Ⅱ学校教育の重点―5「家庭や地域社会に開かれた信頼される学校づくりの推進」(以下5項目)が該当する。さっと読むと何も問題なく良いことが書いてあると見えそうだが、私が後で述べるキーワード「信頼」の「信頼で結ばれる学校」とは似て異なるもの。ここに書かれた内容では、なんだか「保護者・地域」が「学校・教師」を一方的に評価、査定するみたいなことになっている。それでいのだろうか?

小中学校の教育は「地域」を大前提にすべきです。

 「小中学校の教育は、地域に根ざし、地域に開かれ、地域に支えられてこそ、豊かなものとして展開する。
」(藤田英典「誰のための「教育再生」か」P146)-このことを大前提として、市民的合意として取り付けてこそこれからのすべての議論を始めることが出来るのではないでしょうか。
 何故「信頼」か- 前に「こうした経過から見えてきたこと」で指摘した「2 市の行政手続における問題―透明性、信用性の欠如」は本筋でなくとも重要です。何故なら、今回の検討委での議論(議事録公開の必要あり)中間報告、答申のこの一連の経過、中身の中でも調べてみたらまたもや全く同じ事を繰り返している。
 検討委への諮問の2点に無い「学校教育環境の諸条件」が途中から入ってきた。そこに校舎の耐震化、老朽化をリンクさせてきている。(緊急統廃合の対象となった小中学校の改修計画はすべて見直しに)(文科省は耐震化には1億円以上かかるので地方自治体は統廃合で選定するよう圧力をかけている。)
 そもそも基本的な考え方、「適正規模、適正配置」というものにはどう否定しても「経済効率」の視点が入っているのに、あくまで「経済効率の視点での検討はしておりません」(中間報告に寄せられた市民の意見に対しての検討委の考え方)としている。検討委は「教育の質を維持し向上するためにはどうしたらよいか、」「子ども達の成長にとって何が大切か」「安心して生み育てることのできる教育(保育)の環境は何か」が基本的な視点だとし、「経済効率」は確かに文章上そこには入っていない。しかし、財政危機が進行する全国各地の地方自治体における学校等統廃合問題を調べていくと、多くの自治体でこの「経済効率」なり、自治体財政の逼迫の問題を正直に市民に理由の一つとして(最大理由だが…)提起している。もっとも検討委≒市教委であり、市教委の事務方(官僚)の方はこれを否定しないのかもしれない。これまでのやり方と同じ、明らかにしない、擦りかえるのかもしれない。どちらでも、透明性、信用性に欠如している。「説明し、理解してもらい、合意に努める。」としてもその大前提となる情報の公開、そして市民との信頼の関係はどうなのだと問いたい。教育改革に限ったことではないが、今後、市民と行政の協働による「市民が主役の市政」を作っていくには、これまでの行政運営、行政手続において失われてきた-透明性、信用性を一日も早く回復させ、市民―行政間を「信頼」の関係に転換しなければならない。

私たちが求める教育改革は「信頼で結ばれる学校の創造」です。

-学校はそこに集う子どもたちと教職員をはじめ、関係する様々な当事者が協力・協働して作り上げていくもの。子どもたちを競争しなくとも「自ら学ぶ力」を育む「学びの学校づくり」の主体者・協働者とし参加させることは重要です。教師を専門家として信頼し、その相互の連携・同僚性を高めること。教師と学校を支える多くの学校教職員、それぞれの職種との協働関係を作り上げることも重要です。保護者、市民は互いに結びつきながらこの「学校づくりへの参加」をし、地域の学校―学校共同体づくりの輪を拡げていくこと。国や自治体、教育委員会などの役割はこの創造的な学校づくりを、予算処置や教育条件整備、多様な情報提供を中心に支えていくことです。
 こうした内容の「地域」と「信頼」を市民的合意としそれを大前提とすべきです
 その上でまず、少人数学級をどの程度をどう段階的にするのかを検討すべき。そして「複式学級を避けるために統廃合を」ではなく、少人数学級との関係で複式学級にしないですむ学級規模の縮小化は可能か、そのための独自の予算処置も含め検討が必要です。こうして初めて、極めて不適切な表現の「適正」という言葉を取った「規模」と「配置」の検討を始めるべきです。そのうえで、具体的に地域的に影響の少ないところでの「地域との合意の上での統廃合」が可能とすべきです。

2 市長のローカルマニフェスト違反は、単なる公約違反と違って重大問題

 前に指摘した「学校教育環境検討委員会設置事業」内容の擦り替え問題は、明らかなローカルマニフェスト違反です。さらに、今度の達成状況報告で「20人学級」に言及がないことは、政治家として極めて不誠実で情けないことです。(検討委の方は中間報告で「20人未満学級については、実現のハードルはきわめて高いものがありますが、今後さらに検討を…」と一応言及している。)
 佐藤 勇市長は県内の四市長とともに(全国では知事も)ローカル・マニフェスト推進首長連盟の会員(2007年9月現在212名)です。この連盟の憲章によると違反者に対し退会を促し、もしくは除名するとしている。またこの憲章の中で、会員はローカルマニフェストを総合計画へ反映させなくてはならないとしています。最新の総合計画は市のパブリックコメント制度の適用も間に合わず十分な市民参加(監視)のもとに出来上がったのか疑問を持っています。彼のローカルマニフェストとの間に齟齬(そご)はないか、すこし遅いですがこれからでもチェックする必要があります。
 ローカルマニフェストは、これまでの政治家の単なる選挙公約とは違って連盟が「民主主義確立の基礎インフラ」と言っているようにどうも大変重みのあるもののようです。私たちも「また、政治家の公約違反か」と言った次元で済ましてはいけないのだと思います。公約違反した首長に対し、現にリコールまでいっていなくとも辞職勧告宣言した市民団体(佐賀市)も出てきています。また、首長がローカルマニフェストを出した場合、地方政治における二元代表制からして地方議会がチェック・アンド・バランス機能を十分果たすことがより重要になってきていると思います。
<参考にしたもの-犬山市の教育改革、フィンランドの教育、藤田英典氏の著作など… >


 栗原市教育委員会への2つの要求と1つの提案

                                       平成19年12月2日   

2つの要求 1 栗原市学校教育環境検討委員会の全議事録の公開を要求します。
 2 「栗原市立学校再編計画(仮称)」の白紙撤回を要求します。

1つの提案 1 新たに「栗原市教育改革検討委員会(仮称)」を設置し、栗原市の教育改革の方向についての市民的合意の形成を行うよう提案します。

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こうした経過から見えてきたこと

こうした経過から見えてきたこと  平成19年11月22日 

1 国の政策動向との関連で(合併と学校統廃合をめぐるアメとムチの政策)

 平成の大合併よりずっと以前、1950年代より合併と学校統廃合をめぐるアメとムチの政策は一貫して行われてきました。とりわけ義務教育費国庫負担金制度の改廃の動きはここ数年の間に急速に進んできています。同制度はこれまでの日本の義務教育を下支えしてきたものです。今、国、地方とも未曾有の財政危機のもとで教育予算は削減される傾向にあります。国によるこうした締め付けが今後も続けば、大学校統廃合の時代になりかねません。こうした中で、学校教育も子どもの生活・学習の環境もますます劣化し、豊かな地域とそうでない地域の格差が拡大していくことが懸念されます。
しかし、学級編成については国の政策が変われば?-参議院選後の国会の力関係、次の総選挙、先進国の教育動向、日本でも全国各地で住民の多くの支持を受けながら少人数学級への取り組みは進み、これらからもうこの流れは押し止めることはできません。このことと自治体の財政難による学校統廃合政策の拡大の動きとを対峙させるには「地域の学校を守る」大きな横のネットワーク運動が必要となってきます。

2 市の行政手続における問題―透明性、信用性の欠如

 4年以上前の合併協議の段階、栗原市の誕生、そして今年の1月の中間報告(案)が出るまで(正確には2月に市ウェブ上でこれが公開されてパブリックコメントの募集が始まるまで)学校統廃合の問題は、市民の間にはっきりわかるような形で一度も提起されてきませんでした。栗原10町村合併の大きな動機の一つが財政問題にあることは誰しも理解していたと思います。しかし、まさか学校リストラ(統廃合)が課題=学校統廃合が合併の目的の一つ、とはほとんどの市民は気づいていませんでした。というよりずっと隠されてきたため気づくことが出来ませんでした。途中から巧妙に「学区再編」→「生徒数、通学区の問題が内在し、…適正規模、適正配置等…」→「小・中学校の適正規模、適正配置…」と擦りかえられていったためかもしれません。それも一般の住民配布のものからはできる限り記載を先送りにされてきました。1月の中間報告(案)自体も大方の市民が目にしたのは今年の広報くりはら6月号でした。(市ウェブ=インターネットを活用できない市民がほとんどだと思われます。)市民が参加した住民ワークショップ、まちづくり委員会等において行政の側から「学校統廃合が課題」という問題提起は一度もされてきませんでしたし、逆に学校統廃合とは矛盾する提言も行っています。毎年行われてきている住民懇談会にも全く出されてきませんでした。その一方で検討委員会には着々と諮ってきたわけです。これでは市の政策形成過程の透明性は担保できません。そして、今、なによりも従来の行政主導で住民を説得する「信じさせる行政」から、地方分権時代にふさわしい市民をパートナーとする「信じられる行政」への転換が、求められている筈です。この間の一連の行政運営、行政手続は、極めて透明性と信用性にかけていると言わざるを得ません。

3 市長はローカルマニフェスト違反をしている。政治家としての誠実さを!

 佐藤市長がこの9月14日に出した市長選挙政策公約―ローカルマニフェストは任期の中間点での最初に市長選前に出したものの達成状況報告が主なものです。しかし、前回の「20人学級」はどこかに消えてしまい、同じく48万円で実施するとした「学校教育環境検討委員会設置事業」の内容がそっくり擦り替わっています。(「市内小中学校区について、保護者の意見を聞きながら、児童・生徒が勉強しやすい環境を検討する委員会の設置を行います。」から「小中学校の適正規模・適正配置、幼稚園の保育年数と適正規模・適正配置など将来の教育環境について検討しています。(平成18,19年度)」に)これは明らかにローカルマニフェスト違反であり、市長という栗原市の政治リーダーとして絶対にしてはならないことの筈です。「20人学級」の方は今回の「少人数学級の導入」で「多くの課題があり、実現に向け努力していく…」という人数の明記もないあいまいな表現をした箇所と多少は関連があります。しかし、「検討委員会の設置」の内容改変の方は彼の最初の意図はどうあれ、これでは結果的には教育委員会の事務方(官僚)に彼が毒まんじゅうを食わされたようなものです。市民に示したローカルマニフェストができない、あるいは変更があれば市民にその理由を示し、理解を求めるべきです。政治家にはそれだけの誠実さと説明責任が求められます。このまま市長が「地域の学校を守る」ことをせず、学校統廃合を強行しようとするならば、市民の側から地方自治法の手続きにのっとって、彼をリコールするか次の選挙で落選させるしかありません。

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学校統廃合の経過(平成19年11月22日)まで

学校統廃合問題の経過(~平成19年11月22日)

合併協議から栗原市誕生、現在に至るこの間にー
学校リストラ(統廃合)問題は、行政手続の中でどのように隠され、その後どのように表に出てきたのか。


 
                                         
平成14年8月30日 
「市町村合併支援プラン」-国の市町村合併支援本部P13④「次世代を担う教育の充実」の項目の中で「学校規模の適正化を図る」記述があり、合併―学校統廃合でも教職員定数の一定期間の緩和措置。統合学校の校舎・屋内運動場の新増築配慮、その他の学校も同種の補強・改築事業の優先実施。廃校の学校施設有効利用のための記載措置。など学校統廃合が合併の誘導政策として出された。
 15年2月5日  
栗原地域合併推進協議会設立。
   5月    
「町村合併に関する住民意向調査」実施。合併で「職員、議員を減らせ」という意見は結構あり、「先生を減らせ」は皆無。学区の見直し、少人数学級、教育の質の向上などあるが、「学校統廃合のため合併を」などという住民意向など無い。ただ、一人だけこの合併の目的を「町村の枠をはずしての学校統合による教員削減」と見抜いていた人がいる。
   6月    
「栗原地域合併将来構想」-合併推進協議会
3-7 ⑧小・中学校の学区再編「…合併を契機として、通学距離や児童生徒数、また地域住民の生活圏などを考慮した総合的な学区の見直しにより、このような問題を解消することができる。…」とあるのみ。
   6月    
合併推進協議会だより第6号(住民配布)―第7回協議会の報告で上記と同じく合併の効果として「⑧小・中学校の学区再編」のみ明記。
   7月   
 「交流と発展 夢あふれる くりはら 栗原地域合併将来構想 ダイジェスト版」(住民配布)ここでも同じように「行政の合併効果」として⑧小・中学校の学区再編のみ、また政府による支援策はいろいろ明記されているが教育関係は抜かされている。
  10月30日
 第6回栗原地域合併協議会 協議18号町村立学校(園)の通学区域の取り扱いについて
この会議の中では、表題とは違って学校統廃合の問題が出ていた。いろいろ議論され、「児童生徒数の動向を踏まえ、新市によって検討を行うものとする」と明文化すると「読んだ方にこれが早速行われるという印象を与えるのではないかという危惧がある」という意見のもとに結局これを出さないとし、問題を先送り、あるいは、隠して決められた。
  10月   
 新市建設計画基本方針策定に関わる住民ワークショップ提言,
教育・文化分野―校区の見直し検討などしか関連提言は無い。(協議会側より学校統廃合の問題提起は無い)行政サービス・住民参画分野―パブリックコメント制度導入等を提言。
 16年1月   
 新市建設計画策定に関する提言書―栗原地域まちづくり検討委員会。
こちらでも協議会側より学校統廃合の問題提起は無く、提言にもそれに関する記述無し。
  3月~5月
 10町村で住民懇談会           
冊子「交流と発展 夢あふれる栗原」(住民配布)栗原地域合併協議会
この後半に新市建設計画概要版-第1章から第4章(栗原市まちづくりプラン)を載せている。教育・文化振興分野で「学校教育の充実」と書かれているだけ。(第5章と第6章は省略?)
  4月~  
 国―教職員の人件費の枠内で義務教育国庫負担金をどう使うか書く自治体の裁量に委ねる「総量裁量制」が導入。地方自治体での教育予算抑制、削減につながっていった。       6月?  
 上記の原本「栗原市まちづくりプラン」栗原地域合併協議会
 こちらは第1章~第6章まであり、第5章公共施設の適正配置と整備―ここで初めて「小・中学校」「幼稚園・保育所」の項目に「施設の配置場所については、現状ではほぼ新市全域を充足しておりますが、一部地域において通学距離や児童・生徒数、通学区域の問題が内在するため、家庭や学校、行政、地域などが連携し、適正規模、適正配置等について様々な検討をしていく必要があります。」と出てくる。ちなみに第6章は財政計画です。
  ?    
 主要事業の具体的施策に係わる事業計画総括表
 この中の「11教育環境の充実」の項目に今度統廃合の網がかけられている瀬峰小、鴬沢小、一迫中、瀬峰中、志波姫中、花山中の新築・大規模改築等が入っている。
  6月19日
 合併協定調印式
17年4月1日 
 栗原市誕生
  5月1日 
 栗原市-市長・市議選行われる。
 当選した佐藤 勇氏の市長選挙ローカルマニフェストよりー
 教育―「少人数教育」等を一期目の4年間で実施。小学低学年は20人学級として目の行き届いた教育環境を実現する。…「教育環境日本一の栗原市」を目指す。…
 学校教育の新規事業としてー学校教育環境検討委員会設置事業48万円を示し、「市内小中学校区について、保護者や地域住民の意見を聞きながら、児童・生徒が勉強しやすい環境を検討する委員会の設置を行います。」
  8月~9月
 市内10カ所で移動市長室開催。学校統廃合の話は出ていない模様。
   ?    
 既にできている新市建設計画(栗原市まちづくりプラン)と別にそれの上位(前者は軽視か?)に新たに「栗原市総合計画」策定を始める。
18年2月~5月
 栗原市まちづくり委員会開催。
  2月21日~
 市議会で佐藤 勇市長、18年度の施政方針
  …すべて公開し、市民と情報を共有するという私の政治姿勢で…徹底した情報公開を。
  広報くりはら4月号でもこのタイトルは「市民と情報を共有しながら航海へ」と。
  3月14日
 栗原市教育委員会は栗原市学校教育環境検討委員会に「小・中学校の適正規模および適正配置に関する基本的な考え方および適正化に向けた具体的方策」等を諮問。
  4月~  
 国―義務教育費国庫負担金を2分の1から3分の1に減額。減額分8500億円は自治体が自由につかえる財源として税源委譲し、一般財源にされた。これによって巨額の財政赤字を抱える地方自治体は毎年の教育予算のさらなる抑制、削減に追い込まれていった。
  4月~  
 市内10ヶ所で市政懇談会開催。(513人)学校統廃合についての話は出ていない模様。
  4月18日~
 「栗原市総合計画」策定のためにその基礎的調査の一環として市民アンケートを実施。
 その中で、「学校の充実」の期待は上位にランクされる。
  5月23日
 「栗原市総合計画基本構想への提言」栗原市まちづくり委員会が提出。
 第5分科会「教育・文化の振興」よりー地元県立高校の支援、教育委員会改革とともに「小人数(25~30人)学級の早期実現」等を提言。
  9月   
 9月定例市議会で「栗原の教育を考える会」が3504人の署名で請願した「少人数学級(30~35人)早期実現」が全会一致で可決。
19年1月18日
 栗原市学校教育環境検討委員会は中間報告(案)を作成。(後日、市ウェブ上で公開)
  2月1日~28日
 2月末まで中間報告に向けてのパブリックコメントを募集し、11人と1団体がこれに応じその内容と検討委の考え方は市ウェブサイトに公開された。
 1日~16日まで10地区ごとに、市民説明会開催。(291人の参加。)「中間報告(案)を…理
解していただき…市民の皆さんの声を中間報告に反映させるため」とし、そこで出された声等は一切、明らかにされていない。
  2月7日 
 栗原市総合計画策定―答申
  2月   
 2月定例市議会で栗原市総合計画を議決承認。(この計画で初めて「学校教育施設等の適正規模、適正配置」という記述が入る。)
 佐藤 勇市長は19年度施政方針で小・中学校等の適正規模、適正配置を明言。(広報くりはら4月号より)
  4月   
 栗原市総合計画(概要)のみ住民配布。(適正規模、適正配置など詳細は記述なし。)
 (全文が市ウェブサイトに公開されたのはこれより3ヶ月以上後。)
  4月12日~
 市内10ヶ所で市政懇談会開催。(352人)ここでも広報くりはら6月号を見るかぎり学校統廃合についての話は出ていない。 
  4月19日
 「小・中学校、幼稚園の適正規模、適正配置等」中間報告まとまる。 
 (「パブリックコメントを経て、教育環境の整備などを加味」して(案)を取ったとしているーP27の「小人数学級に向けて」の項目が追加された。)
  6月   
 広報くりはら6月号で報告として「小・中学校、幼稚園の適正規模、適正配置等の中間報告」の概要が掲載。(全文は市のウェブサイトで見られる。)-この中間報告の内容では、具体的にまだ学校統廃合の網が被せられる学校名が明らかにされていない。
  7月29日
 国政選挙―参議院選挙の結果出る。参議院において与野党逆転に。
次の解散、衆議院選挙において同様の事態(与野党逆転)になれば、政権は変わる。たとえ政権が変わらなくともあと6年間は参議院での力関係が変わった状態は続く。すでに平成13年には野党の共同による30人学級を実現する「…学級編成および教職員定数の標準法の改正案」を出していることからも国レベルでの政策転換ももう時間の問題となる。
  9月6日 
 栗原市学校教育環境検討委員会が、「小・中学校、幼稚園の適正規模、適正配置等」の最終報告書を提出。
  9月14日
 佐藤 勇市長、新たにローカルマニフェスト出す。
 8項目全て、短く、抽象的なスローガンみたいなもの。紙面の半分を達成状況報告でしめ、それの3の中で、「学校教育環境検討委員会の設置」をあげている。しかし、その内容は選挙前の「学区再編」から「適正規模、適正配置…」にそっくり擦り替わっている。
  10月  
 広報くりはら10月号で報告として「小・中学校、幼稚園の適正規模、適正配置等」の最終報告の概要を掲載。(全文は市のウェブサイトで見られる。)
この報告の最後に「教育委員会は、今後具体的な実行計画案を作成していきます。その計画案に対して、市民の皆さんからのご意見を募集し、寄せられたご意見を考慮した上で、「(仮称)栗原私立学校再編計画」を策定していきます。」としている。
  10月25日 
 共産党市議団ニュースで「小・中学校の統廃合は地域住民の合意を前提に」と主張。 
  11月14日~
 第3回地域審議会開催。(14日3ヶ所、15日3ヶ所、16日4ヶ所)
 14日午後の高清水会場では、学校統廃合について市より一方通行的に説明がされ、それと関連して耐震問題で2年後に予定されていた高清水中学校の工事は先延ばしになったとの報告に出席者から反発が起きた。
  11月14日
 「栗原の教育を考えるシンポジウム」実行委員会準備会結成。
 鴬沢工業高校の存続を求める署名、一万人を越える。
  11月20日
 栗原市は市ウェブサイトで、今後のパブリックコメント(意見公募)実施予定の案件として「栗原市学校再編計画(案)」をあげ、12月1日から25日まで意見募集するとしている。
  11月22日
 「栗原の教育を考えるシンポジウム」第2回実行委員会開催。
            

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ブログ「触媒生活」をはじめるにあたって

 ブログ「触媒生活」をはじめるにあたって

 「ブログの説明」を少し詳しくするようになると思いますが、お付き合いを…
 ニックネームが必要とのことでブログ名と同じ「触媒生活」に。ブログなるものにもまだ不慣れで、試行錯誤が暫く続くと思います。本名を出すことに抵抗も無く今後どうするか未定ですが、とりあえずスタートします。私は、もうこの方20年以上も図書館づくり運動をしてきていて、ホームページ 本のある広場を持っています。
 しかし、このところ「図書館をもっと大きく育てる会」は開店休業、ホームページも更新をしていません。9年前に町時代に図書館はつくることはでき、そして4年半前に町村合併問題が起こり働きかけねばならない範囲が広がりました。少しでも多くの方に図書館の必要性を知らせようとホームページを立ち上げました。それが今回は次に示すようなことでブログを開設する必要性にせまられました。
 今から、2ヶ月前、市内で熱心に30人学級実現運動を進めている方が(妻は少し、面識はありましたが私は初対面)自宅に訪ねて来られました。市になってから2年半が経過しての小・中学校の大規模統廃合計画が推進されていて彼らが進めるそれへの反対運動に巻き込まれました。「何故、私が…」は未だに思っています。私は、23年前に脱サラで妻の実家に2人の子ども連れで来て、生まれも育ちもここではありません。地域にそれほどの愛着は無く、学校統廃合にもどちらかというと無関心でした。その私に声がかかってしまったのはどうも10数年前の「場外舟券売り場誘致反対運動」の代表をして、それを成功させたことからきているようです。学校統廃合反対運動に参加する中で、私自身、この問題の直接の当事者でもないし、運動の核になったり、仕切ったり、広げたりする立場にない、一種の”触媒”的役割が果たせればと考えました。自分の心にストーンと落ちなかったこと、自分の説明が拙かったことなどを説明しようと後で文章にまとめました。市教委にも学校再編計画(案)にパブリックコメント(この制度は合併前の住民ワークショップに参加したときに提言)を提出しました。この課題は、未だ進行中のため今後も私の考えを表現、発表していきます。
 私の持っているホームページもいずれ更新します。(図書館が半年後に10周年を迎えることもあるので)このホームページに載せられないことなどを、このブログで表現していくとこになると思います。
 私は、08年4月より年金生活に入りますが、今、それより少し早めのセカンドライフに入っています。その日常生活の様々な断面を文章(数年前のものもこの際整理し)、日記などで表現してみます。健康・食生活、運動・スポーツ、趣味、ボランティア、NPO、市民運動などどこまで拡がるかはまだわかりなせん。私の日常生活の延長で関わっている様々なところで「触媒」のような役割が果たせれば、そんな「生活」ができればという私のモットー、願望がこのブログのタイトルになっています。よろしく今後お付き合いをお願いします。

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