触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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子ども・地域を切り捨て、効率性を最優先させた再編計画

 子ども・地域を切り捨て、
          効率性を最優先させた再編計画


 栗原市立学校再編計画が策定される。

 栗原市教育委員会は、2月28日、小・中学校の統廃合を推し進める栗原市立学校再編計画を決めました。この計画では、現在30校ある小学校は10校に、10校ある中学校は、6~8校に減らされます。市教委は、一学年一クラスの小規模校では、「友達の多様な考えにふれて学び合い、学習の成果を深化・発展させることが難しくなりがち」「グループ学習などの学びあいの形態に多様性がもてない」など「教育上のさまざまな問題がある」、だから、子どもたちのために小学校は小学校の「適正規模」(一学年2~3学級、全体で12~18学級、児童数220~630人)へ、中学校は中学校の「適正規模」(一学年3~5学級、全体で9~15学級、生徒数213~525人)への統廃合が必要だとしています。そのために、その適正規模以下の学校を機械的に切り捨てていくものです。これは、「効率的学校運営を全てに優先させている」ということです。

 今、小規模校こそが求められている。

 しかし、小規模校の再編統合は、決して子ども一人ひとりに行き届いた教育ができる条件となりません。市教委は小規模校のデメリットを強調しますが、小規模校を統合すれば学級数や教師の数は確実に減る一方で、1クラスの児童数は増えることが想定され、教育条件の悪化が心配されます。
 そして、今、「いじめ」や学級崩壊、不登校、相次ぐ少年犯罪などのなかで、多くの子どもと保護者の願いは、「もっと勉強をわかるように教えて」「暴力・いじめのない学杖に」「学校をもっと自由にのびのびと」ということです。この願いにこたえられるのが、小規模校・少人数学級ではないでしょうか。小規模校は「一人当たりの施設設備、教材教具の使用率が高くなり、学習効果があがりやすい」「学校行事は一人あたりの出場回数が多くなり、参加意識も高まりやすい」「教職員が全校の児童名を覚えられ、一人ひとりに目が届き、個性をよく知り、心の通う生徒指導ができる」という利点の他にも、いじめや不登校も大規模校のほうが相対的に多いと指摘されています。
 そして今、世界の国々では”小さな学校″が大切にされています。『ユネスコ文化統計年鑑1998』によれば、初等教育の学校規模(各国の学校の平均子ども人数)は、日本の331人に対して、ヨーロッパをはじめ主な国ではほとんど100人台です。国連の機関である世界保健機靖(WHO)も、学校は「小さくなくてはならない・・・生徒100人を上回らない規模」とはっきりのべています。100人程度の小規模校こそ世界の流れといえます。私たちも少人数学級(1~2年は20人以下、他も一クラスを30人以下におさえる)と、全体で100人程度の小規模校が最適規模の学校と考えます。
 「少子化」「人口減少」を理由に効率的学校運営を優先させて、安易に学校を統廃合することは、結局、子どもたちの切り捨てにつながります。今、求められていることは、一人ひとりの子どもの教育にとつてどういう教育条件が必要なのかを、PTAと地域で、じっくり話し合い、合意形成を作ることではないでしょうか。

 学校はもともと地域のもの

 この計画は、子どもたちを一所に集め、競争させ、効率よく画一的な教育をしようとする効率的学校運営を目指すため、通学区域、時間、安全が課題として優先されず学校規模の見直しを優先させたものです。義務教育はすべての国民にとってライフラインであり、それを受ける権利は憲法上保障されています。日本全国、そして栗原市のどこに住んでいてもその機会が十分かつ豊かに保障・提供されていなければ日本の社会に、栗原市に、未来はありません。
 この計画は、地域から子どもと(若い世帯の)家庭を引き剥がし、学校をなくしてしまうものです。この計画では、子どもとその(若い世帯の)家庭は、地域に住みづらくなり、学校が集中する市街地に移り住んで行くことが懸念されます。それによって地域の過疎化は、一層促進します。
 日本の多くの小学校は国の予算によってではなく、むらびとの力で建てられ維持されてきました。そうした意味で学校はもともと地域のものなのです。小・中学校は、もっとも普遍的で歴史のある地域共有の公共資源です。その学校を地域のあらゆる世代の人々が支え、応援することが大切です。人生の基礎である義務教育は、地域の中で地域の人々の支えと見守りの中におかれるべきです。
再編計画は文章で「学校が地域の皆さまに支えられてきた歴史的経緯とコミュニティの核としての学校の役割について認めながらも…」といいつつ実態は、何一つ「地域と学校の関係性」についても配慮はありません。明らかに再編計画は地域の切捨てを行っています。

 「地域、学校、子どもたち」は、切り離せない

 「地域、学校、子どもたち」の三つは、不可分の関係にあると思います。再編計画には、「子どもの教育環境をよくする」、「学力」の向上など、文章上は、それぞれの部分は一見、もっともに見えて保護者(家庭)には反対しにくい側面があります。しかし、そこにあるその根本理念は、個々の子どもや保護者(家庭)をバラバラに分断して、地域から引き離していく、そして効率的・画一的な教育に競争させながら取り込んでいこうとするものです。子育て、教育は、共同で行う社会的営みです。子どもの成長、発達にとって地域は、どうしても欠かすことのできないファクターであり、地域にとっても、次世代の子どもを育てていく機能を失うことは致命的なことです。地域にとって子どもたちとその家庭と学校は、その地域の存続、再生、発展にとって不可分なものです。

 21世紀の栗原市―学校を地域創造の核に

 農業の持続的発展、自然との共生、観光資源の活用、…課題はたくさんあります。21世紀において、栗原市を、農業者をはじめ、地域で暮らす人々だけでなく、都市に暮らしている人々や農村地域に移り住む人々にとっても、豊かで住みよい地域にいく必要があります。21世紀は、栗原市のような地方の地域こそ、その多くの特色を生かし、生命を育む地域として、主役になっていくべきです。それには、先ずそこに今、住んでいる私たち自身がここ栗原の地域の自然や文化の価値を見出すべきです。これからの地方の地域、農村地域は、老年人口の増加に加え、これからの団塊の世代のリタイアの受け皿、人生後期の四半世紀の受け皿としての役割が期待されています。また、それと同時に地方の地域は、人生初期の保育・義務教育の受け皿としても機能していく必要があります。栗原市には、豊かな自然があり、生命を育むこの地域の中ででこそ、子どもたちを、世代間交流をしながら育てていきたいものです。
 21世紀を地域創造の世紀にする。21世紀のあと90~100年先とまでいかなくても、数十年先までを見据えたグランドデザインが必要です。確かに住民人口減、年少人口減とはなるわけですが、このままで再編計画どおりに学校統廃合が実施されていくとそれに拍車がかかり、地域はさらに衰退していってしまいます。そうした選択ではなく、地域にしっかりと支えられて学校が残る。学校を地域創造の核として活用していくような方向こそ、グローバリズムに押し流されない、ローカルであっても、しっかりとユニバーサル(普遍性)を併せ持つことができるものです。

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続、小中一貫校について考える。

 続、小中一貫校について考える。

 私は、「小中一貫校について考える。」の中で、文部科学省も栗原市も「小中一貫校を学校統廃合の推進のための手段として使おうとしている。」と指摘しました。2月28日に策定された市教委の計画は、(案)とは様々なところで少しずつ違っています。その一つに、<総括表:小学校>の図で、平成25年度までに急いで、先行させて造る金成中校舎(小中一貫校)に向かう破線が増えているのです。若柳地区の有賀小と大岡小からも破線ができ、学区再編を想定した行政区の親たちと(皆さまと、とはいっているが?)の話し合いで決定していくとしています。前述の「小中一貫校について考える。」で市教委の狙いを「前期で小中一貫校の成果を何としてもここで上げいって(差別化して)他地域に波及させる。」と私は指摘しておきましたが、今回の計画策定でこの破線の増加は、言ってみれば、差別化した特別な学校に「入りたければ少し入れてやるよ。」と言っているようなものです。

 計画本文でもー
 7 特色ある学校づくり 「将来を見据えた学校づくりのモデル校としての性格を持たせ。学校再編後の学校とともに市立学校全体の活性化の役割を果たしていくことを目的としています。」(P8)としています。

 ところで、平成25年までに5小学校(沢辺、津久毛、金成、萩野、萩野第二の各小)1中学校(金成中)の統合先となる金成中校舎なるものですが、現在の校舎は平成3,4年に大規模改造されたといっても昭和45,6年に建てられたもの。体育館も同様(平成4年改造、昭和47年建設)プールが平成15年で新しい位です。金成地区の小学生が減っていると言っても200~300人の小学校部分の増加(若柳地区の2小学校からも?)は入りきれるわけはありません。何しろモデル校、今回の計画の目玉です。おそらくかなり予算を集中的に貼り付けて「超豪華な校舎」を建設してくると思われます。さらに付け加えて言うならこの金成中校舎は、平成22年に耐震補強工事をする計画になっています。もっとも市内の学校施設の改修計画は今回の計画がスムーズに運べば、学校自体が無くなるのですから、かなりのところでやらないで済まされます。ここも、平成22年までには無理でもかなり急いで新築計画を決めようとすると思われます。(校舎の耐震補強は他では平成23年までに終わっている筈。)
 
 前の「小中一貫校について考える。」の中で言ったことの繰り返しにもなるのですが、私自身、小中一貫校に否定的であるわけではありません。差別化は困りますが、モデルとして実施することは必要ではないかと(その場合、同じ市内で矛盾するような中高一貫校は避けるべきかと思います。)思います。但し、金成のような学校統廃合を進める手段として使う。また、差別化として使うことには反対です。豊里小中学校も一地域に一小学校、一中学校で距離も近く、時間もかけて進められていました。

 金成とは全く条件が違いすぎます。むしろ、条件の似ている志波姫、瀬峰、高清水で行うべきです。特に志波姫は、後期計画(平成26年~31年)で小中一貫校に移行しなければ、志波姫中学校は、築館中学校と若柳中学校に振り分けられ存続しなくなります。豊里でもかなり準備し、時間をかけて移行しているわけですから、志波姫は先行させるべきではないでしょうか。瀬峰、高清水でも交流とか、議論は始めるべきではないでしょうか。 金成は純然たる小中一貫校というより、統廃合型の小中一貫校となり、そこには別の様々な問題が出てきます。そうした意味で全く適していません。それでも市教委は実施してくるでしょうが、それなら少なくとももう一校、純然たる小中一貫校となるモデル校を(具体的には志波姫を)造ってはどうでしょうか。

 そして、その先はどうなるか。小中学校が定着するかどうかは高校、大学との関係もあり、わかりません。しかし、この10年位の間にははっきりさせなければどうしようもありません。それまでは、より矛盾の少ないと思われるところから実施していくしかないのではないでしょうか。

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ドラマスペシャル「いのちのいろえんぴつ」を見て

 ドラマスペシャルを見て 

 3月22日、夜9時からテレビ朝日系列で2時間ドラマ、「いのちのいろえんぴつ」が放送されました。2003年に脳腫瘍のため11歳で生涯を終えた豊島加純ちゃんが残した詩と絵を基に児童文学者のこやま峰子さんが絵本 「いのちのいろえんぴつ」 を出しました。このドラマは、これを題材にして、橋部敦子さんが脚本を担当した実話に基づくフィクションです。( テレビ朝日「いのちのいろえんぴつ」 を参照に)
 映画でもないのに「MOVIES」で取り上げるのは、「学校統廃合」でも良かったのかも知れませんが、このドラマが北海道の厚岸町の「厚岸望洋小中学校」の小学5年と6年の複式学級を舞台としているという番組案内を見たからです。

  あらすじ

 物語は、この小学校に主人公の香川先生(国分太一)が赴任してくるところから始まる。札幌で教鞭をとっていた香川にとって、酪農と漁業の町、過疎地の複式学級は初めての経験。香川は校長(蟹江敬三)から6年の女子児童、加純(藤本七海)が脳腫瘍で余命半年だと聞き、動揺する。加純の両親は娘にほんとうの病名は話していないと言う。加純は、程なく、車椅子生活を送るようになる。学校では運動会の練習が始まるが、加純はそれを教室から見学するしかなかった。ベテラン教師(図工、家庭科担当、17年もここに)の美和子(原田美枝子)はそんな加純に色鉛筆とノートをプレゼントした。加純は色鉛筆でノートに絵と詩を書くようになる。
 ノートの初めにはこんな詩が書かれていた。

  12色
  ここは12色のいろがある
  目立たない色もあるけれど
  みんな
  がんばっている
  ひとつ、ひとつ


 病気が進行して動かなくなった利き手ではなく、左手で書いた文字は転び、曲がり…それでも加純はめげることなくクラスメートのこと、家族のこと、先生のことを一生懸命に14編の詩と絵で表現し続けた。それが彼女がこの世に生きた証となった。
 一方、香川は加純のために何も出来ない自分に苛立ち、冷静な音楽教師と対立する。しかし、そうして悩み苦しみ、もがきながらも自分にできる「命と向き合う」”命の授業”を模索していく。加純は重くなっていく病状に次第に不治を悟っていくが、今の一分、一秒を懸命に生きようとする。それをクラスメート、先生、両親が支えていく。
 加純が亡くなって半年位後、香川にとってここでの2度目の運動会。加純の両親は妹たちと一緒に招待されるが、加純のいない運動会なんてと帰ろうとする。香川は「いや、加純ちゃんは参加してます」と。開会式で、加純の詩(前述のものだったと思う)が”命の言葉”というタイトルで中1に進級したクラスメートたちが朗読した。それを聞いた両親もまた運動会に参加していく。

 ドラマの舞台ー厚岸町では

 「教室の窓外の風景一つでもリアリティーを大切にしたい」とほぼ全編、厚岸ロケということです。ドラマに登場する厚岸望洋小中学校は実際にはなく、厚静小学校、と糸魚沢小学校で、運動会は水産高校グランドでということです。糸魚沢小学校は昨年のロケ時点で休校、厚静小学校もこの3月末に廃校ということです。それでも町民600人のエキストラの参加。町内の小学生、中学生も多数参加し、ドラマの舞台となったことで学校や地域にとっていい記憶となったようです。実は家の遠い親戚がこの東北地方からここに移り住んでいると言います。家以外でも結構沢山行っているのではないかと思います。

 地域と学校、そして複式学級

 ドラマの感想と絡めてこのことについて。
 その1-ドラマの初めの方でこんな場面が。5年生の男子児童が生まれた時からずーと世話をしてきたメスの乳牛「はな子」が8歳になってもう乳が出なくなっていた。そうなったら肉牛として処分されることは「最初から分かっていた。」と彼は言う。でも別れが辛くて、授業になんかに集中できない。ある日突然、彼は教室の窓から外に飛び出す。そして駆け出し、香川はそれを追いかけた。そう、今日が「はな子」との別れの時だったのだ。
 その2-加純に本当のことを告げるべきか悩み、やり切れなくなる父親。教師の香川もまた何もできずに悩んでいて、ある晩、父親は酒を持って職員宿舎を訪ねる。その時の会話。「3年間も先生に彼女がいないなんて…」「内緒にしといて下さいよ。」「いや、明日中には町中の人は知っていますよ。」
 その3-最後の2回目の運動会の種目の一つ。「牧草ロールころがし」の競技。この地域ならではのものではないだろうか。
 何がいいたいかというと、実際はどうかは知りませんが(実際もそうだと思いますが)、ドラマの設定では、この地域と学校が深く結びついているということです。

 次に、このドラマに出てくる複式学級は、5年6人、、6年6人の計12人の学級。画面では、6人ずつが授業の内容によって分かれたり、一緒になったりしていました。私の住む栗原市での学校統廃合問題では、市教委は、「小規模校は、可愛そうだ。」とか、複式学級をなんとしても避けさせようとしています。運動に巻き込まれた初めの頃は、私自身も複式学級だけは避けた方が良いのではと思っていました。私はいわゆる団塊の世代で、幼稚園から大学までいつも大勢の中でやってきました。子ども2人も団塊ジュニアですからほぼ同じ。ですから複式学級のイメージが豊かでない。この間の運動に参加しているうちに複式でも頑張っているところなど分かるようになってきました。このドラマでも香川先生の受け持ったこの複式学級は何と豊かなことでしょうか。亡くなった加純ちゃんの実際の複式学級もおそらくやっぱり、このようであったと思われます。
 ドラマにでてくる望洋小中学校は、いわゆる小中一貫校ではなく、児童数が少ない過疎地での昔からある形態。設定は小学校が35人位、中学校が15人位の50~60人程の学校か?そして、実際、加純ちゃんの通っていたのはどの小学校かは知りませんが、平成18年時点で厚岸町の小学校は、10、中学校は7。そのうち小中学校が多分~5校近くあるのでは?200人台の2校の小学校と100人台の2校の中学校を除くと5~38人の8小学校、と2~27人の5中学校です。北海道の市町村合併の状況は良く知りませんが、ここは、合併していません。(隣が釧路市)面積が735K㎡で栗原市800K㎡に近い。但し、人口は11000人(栗原市約8万人)。財政状況はいいわけはないと思われ、今年度より学校統廃合の計画に入っていくようです。この厚岸町がどのような理念と考え方で統廃合を進めるのかはこの後も注視していきたいと思います。

 最後に一言。このドラマスペシャル「いのちのいろえんぴつ」を見て、「このような小さな学校は、やっぱり、絶対に必要だ。」と改めて思いました。

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フリーダム・ライターズを見て

 フリーダム・ライターズを見て

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  「ミリオンダラー・ベイビー」「ボーイズ・ドントクライ」で2度のアカデミー主演女優賞に輝くヒラリー・スワンクが初プロデュースを手掛ける。監督・脚本はリチャード・ラクラヴェネーズ。彼の手掛けた脚本は、「フィシャーキング」に始まり、「リトル・プリンス」「マディソン郡の橋」「マンハッタン・ラブソティ」そして監督デビューも兼ねた、「モンタナの風に抱かれて」。そして2007年にこの作品。いい作品ばかりですから全部見てますね。
 1992年に起きた ロス暴動 直後、1994年のロスアンゼルス郊外のウィルソン公立高校に新任英語教師エリン(ヒラリー・スクワンク)は、赴任してきた。そこで彼女は人種が激しく対立し、むなしい争いが繰り広げられ、ドラッグとナイフ、銃がはびこる貧困地域に住む、問題が多く、基本的な学習能力さえない203教室の生徒たちを担任することになるところから映画は始まる。実在の教師とその生徒たちのベストセラー「フリーダム・ライターズ」を基にした作品。
 詳しくは、公式サイト「フリーダム・ライターズ」 と「解説」「プロダクションノート」「ストーリー」等は、さらに詳しい 映画「フリーダム・ライターズ」 をご覧ください。あとは、この映画を見た私なりのまとめと感想となりますが、それにしばらくお付き合い願います。

 銃の替わりにペンを持ち、言葉の力を得て未来を掴んだ。

 主人公が授業を様々な苦労を重ねしていく中で、ある日、ラティーノ の生徒が黒人の生徒を馬鹿にした絵を描いた。彼女は「このような絵を博物館で見た。黒人とユダヤ人は下等だねと。」ナチスの ホロコースト がこうした差別から生まれたことを説明するが、生徒たちはホロコーストも 「アンネの日記」 も知らない。生徒のほとんどが銃で狙われた経験があるのにだ。「命の大切さ」、教育の大切さを実感した彼女は、教材として「アンネの日記」を読ませようと先輩の教科長に学校図書館での購入を申し出るが、安いペーパーブックならともかく、それは予算の無駄だと拒絶される。
 次の授業で、203教室に配られたのは、日記帳だった。「今思うこと、未来のこと、過去のこと、何でもいいから毎日書いて。そして読んで欲しい時は棚に入れて。」-そのうち徐々に生徒たちは本音を書くようになって…生々しい彼らの言葉に心揺さぶられた彼女は、本物の本を買ってあげたいとアルバイトを始める。数週間後、貯めたお金で生徒全員を ホココースト博物館 へ父に協力してもらって連れて行った。ホロコーストの生存者にも対面して生徒たちは、生きることへの、そして知への欲求を高めていった。ギャングになる以外の選択肢があることを、生徒たちに示すため、彼らのように過酷な十代を生きた若者、アンネ・フランクや ズラータ・フィリポヴィッチ の日記(本)を与えた。
 こうした中で、203教室の生徒たちは、読書や、文章を書くことで、言葉の力を得ることができた。読書で、知を。書くことで自分と向き合うことを。このようにして彼らは、未来の扉を開く鍵を自ら手にすることができるようになった。いつしかそれまで護身用?として隠し持っていた銃を捨て、ペンに変えた。彼らの日記と成長の記録をまとめ、「フリーダム・ライターズ」として出版。それがベストセラーとなる。

 たった一人の教師でもできる教育の力で、彼らは変わった。

 黒人、ラティーノ(ヒスパニック)、アジア系、白人と 人種のサラダボールの中での対立・抗争、お互いの憎悪と恐怖、銃による暴力がはびこる地域に住む生徒たちのこの203教室も初めの頃はその縮図のままで、人種グループで席が分かれ、互いに口もきこうとしない。生徒たちも生きるか死ぬかのレベルの生活をしていた。教科長の教師だけでなく他の先輩の教師たちもこれらの生徒を教育不可能と見放し、「彼らは、卒業できないよ。そのうち居なくなるさ。」とまで言う。 だが彼女には、教育とは、多様な価値観を認め、育てること、という確固たる信念があった。それを持って彼女は教育に情熱的に取り組んでいった。
 生徒の状態に合わせた柔軟な対応やアイデアは、日記だけでなく型にはままならない授業形態に表われている。初めの頃の取り組みにライン・ゲームというのがあった。彼女の質問に、自分が当てはまると判断した生徒は、教室の真ん中に引かれたラインまで進み出るというシンプルなゲームだ。最初は他愛のない質問から始まったが、次第にシリアスな質問に移り、「友達が殺された人は?」という質問に大多数の生徒がラインに進み出る。それまで反目し合っていた彼らが、向き合った時、自分たちは実は同じ痛みを、苦しみを経験してきた者同士だったと初めて気付く。また、アンネ・フランクをかくまった老婦人に感想文を送る取り組みでは、生徒から出た「彼女を招待して話を聞きたい」というアイデアを生徒たちや周りも巻き込み、本当に実現させてしまった。彼女のその行動力と情熱は、私は見ていても清々しい気持ちになっていった。
 教師という仕事は、学校ぐるみ、教師集団でできればそれに越したことはないが、たった一人でもできることはあるものだと感心させられた。たとえ生徒たちの自分たちを取り巻く世界の実情が変わらなくとも、彼らは、変わることができた。教育の力で。彼女との出会いの中で。実際、彼らはその後、全員ウィルソン公立高校を卒業し、なおかつ全員大学以上に進み(身内では初めての者ばかりだったとか)今は、各方面で活躍中とのことです。

 教師には、支える家族が必要だった。さて、わが家の場合は?

 「たった一人でも…」と言ったが、実際にはこうしたことを彼女一人だけできた訳ではない。映画の中でも、彼女は教育委員会?にストレートに自分の信念、情熱を訴えている。そして、結局時間をかけても動かしている。それに家族の存在がある。夫の方は、彼女を支えるというより彼女自身も、その仕事も理解することができなかった。もっとも自分の方も彼女に理解してもらえなかったと思っているだろうが。彼女もそうなることを支えようとしていた建築家になる夢をどこかの時点でなくし、(そのあたりから夫婦に溝ができた)現状の仕事に安住。問題のある生徒に関わったりして遅くなり、帰宅して急いで夫の食事を作る。自宅で教室の壁に貼る模造紙に文字を一生懸命書く。そんないくつかのシーンを見ていて「わが家とは全く違うわ」と思ってしまった。(文字書きは私に下請けが必ずくる。)わが家の場合、自分で言うのはどうかとも思うが、正直言って、この映画に出てくる父の方にむしろ私は似ていると思う。父親は、彼女にとって尊敬する人、(わが家は、この点は?)よき相談相手、(同じ)そして、渋々でも何でも彼女の教師という仕事のことを支えようとしていること。(同じ)そんな大切な存在です。(多分同じ…?と思いたい。)
 わが家では、私に加えさらにもう親元は離れたが二人の子どもたちがいる。息子がまだ小学校低学年だった頃、わが家には伝説のエピソードがある。息子が言うには、「お母さんは僕にとっては、最低でいいんだよ。」と。「最低の母親かよ!」と一瞬思ったけどそうではなく、全くの言葉足らず。彼はこう言いたかったのです。「お母さんは、教師の仕事が忙しいので、僕には最低限のことをしてくれればいい。」と。何たる親孝行な子だろうか!姉のほうも母をよく理解し、(いつも母の味方!)尊敬し、二人とも母親が余計な手をかけないで育っていった。(その分、父親の出番が少し多かった。)二人の子どもたちを育てる中で、私たち夫婦も親として成長していった。わが家の場合、二人の子どもたちにも妻は支えられていると思う。(私もだが。)
 そして、最後に、もう一つ。この映画の中で父親は、最初の頃、弁護士にでもなると思っていた娘に教師になったばかりに背負った苦労話を聞かされて、もっと楽な仕事に就くよう転職を勧めていた。それが、いつしかいつも目標に向かって進む娘の仕事を手伝う羽目になってゆき、そして、最後には、娘に向かってこう言う。「私は、お前のことを誇りに思う。そして、そう思える父親は、世間にそう沢山いるもんじゃないんだよ。」と。とてもいいシーンでした。父親の満足そうな顔が良かった。見ていていつしか私は、この父親を自分自身とダブらせていました。

  映画のもう一つのテーマは「寛容」。その課題は、今も続いて…

 203教室の生徒たちは、 公民権運動 のために戦った勇敢なフリーダム・ライダーズ(Freedom Riders/1961年、人種差別撤廃を求めて、黒人と白人の学生たちがワシントンDCから南部へ、長距離バスで暴徒に襲われつつも移動した)のことを学んだ。これが、フリーダム・ライターズの名前の由来となった。実在の彼女、エリン・グルーウェルとフリーダム・ライターズの活動は、今現在も続いている。その活動のテーマ、キーワードは「寛容」であり、「不寛容との対決」です。 寛容 とは、自分と異なる意見を持つ人々に対して一定の理解を示し、たとえ相手が誤っているとしても、暴力や威嚇によってではなく議論によって説得を行おうとする態度である。また「寛容」は、キリスト教の重要な徳目です。自分と異なる人種、考え、宗教、文化、国籍を持つ人々を寛大な精神で容認し、受け入れること、お互いの違いを認め合うことです。「寛容ー不寛容」については、1981年の国連総会で採択された 「宗教または信念に基づくあらゆる形態の不寛容および差別の撤廃に関する宣言」 というのがあります。
 アメリカにおいて、この問題は、公民権運動よりさらに 南北戦争 にまで遡ることが必要かもしれません。そして、現在も、この課題は続いています。湾岸戦争、9.11、そして、誤った情報にもとづき始められたイラク戦争へと続いています。 キリスト教右派が主導権を握っている現在の不寛容なアメリカから、寛容的である本来のアメリカに早く戻ってもらいたいものです。

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小・中一貫校について考える。

  小・中一貫校について考える。

 
クローズアップみやぎ「小学校と中学校をつなぎたい」を見て

 3月7日NHK総合の夜、7時30分よりのクローズアップみやぎで「小学校と中学校をつなぎたい」というタイトルで 登米市豊里小・中学校 が取り上げられました。栗原市立学校再編計画でも 小中一貫校 の創設は、統廃合を進める上での一つの目玉となっています。登米市は隣の自治体で、そこで 教育特区 として全国10ヶ所程の小中一貫校の一つが、豊里小・中学校があるということなのでその放送に注目していました。

 登米市は栗原市と同様に9町が合併してできた市で、旧豊里町(人口約7千人)は、最南部でもともと豊里小と、豊里中だけでした。(かなり前は?)両者の距離は1キロ未満か?4年前に教育特区の認定を受け、平成16年度よりすでに小中一貫教育に取り組んでいます。放送では、中学校の増改築により校舎一体型になった昨年4月からの取り組みが紹介されていました。放送の内容を見た限りでは、またより詳しく分かる同校の出している 豊里小・中学校パンフレット を見る限りでは、あまり問題はない。むしろ、条件が整えば、他でも推進すべきとも思われました。

 先日決定された 栗原市立学校再編計画 のP8「小中一貫校」の説明も、この文章だけでは問題は見当たりません。この間、フィンランドの教育事情を調べていったら、 総合学校 という名の9年制の義務教育をしていました。スウェーデンでも9年制(3.3.3.)の基礎学校、ドイツ、ノルウェー(10年)も…とまだ調べきっていませんが世界には、結構小中一貫校のような9~10年制の学校があるようです。

 この放送はうちの妻も見ていたのですが、彼女が言うには、「もともと、築館の小学校と中学校は、小中学校のようなものだった。」と。彼女が出たのは、富野小、富野中だったそうで、昭和41年に築館中に統合されるまで4校ずつあったということでした。団塊の世代ジュニアである2人の子どもはこのマンモス中学校に入って、その問題、弊害は、親としても嫌というほど味わいました。おかげでPTA活動は一生懸命しましたが…また、少子化が進んでいる現在では、過疎地において児童・生徒数が少ないため「○○小中学校」として事実上の小中一貫校もいくつか存在するといいます。

 それでは、何が問題なのか? 読売記事ー文部科学省の検討 にあるように文部科学省は小中一貫校を学校統廃合や、学校選択制とリンクさせて、そのための手段として使おうとしていることです。読売記事ー学校統廃合1「改革のチャンス目玉は小中一貫」2008.1.15 は、このあたりのことをはっきりと示しています。この記事の最後に、 「すでに全区立小中学校で小中一貫教育を始めている東京都品川区は、新たな一貫校を作るために、既存の小中学校を統合する計画を進める。 統廃合で、新たな学校が生まれる利点を、住民に示そうとしている自治体も増え始めている。」とあります。

 そうです。この自治体こそが栗原市なのです。決定された計画では、平成25年までの前期において旧金成町地区だけが最も極端で、最も急激に5小学校(沢辺、津久毛、金成、萩野、萩野第二の各小)1中学校(金成中)の統合をしようとしています。2月29日の記事「「学校再編計画」決定される。」で金成地区に関する私の「気になる点」を書きました。もう少し付け加えると、5小学校のうち現在複式学級があるのは、1校だけですが、今後の前期(~25年)までにそれが3校に。児童数も現在の376人が25年には269人(推定値)とマイナス107人と各地区の中で最も減少します。こうした事情が合併以前からの動きとなって続き、全市の大規模統廃合にこれが利用された訳です。しかも、前期で小中一貫校の成果を何としてもここで上げいって(差別化して)他地域に波及させる。これが市教委の狙いだと思われます。

 豊里小中学校については、この栗原市でしようとしていることとは別だとは思います。しかし、その評価自体は、今回は、保留させてもらいます。(もっと詳しい実情把握が必要)ただ、同じように栗原市でするとしたら(小中一貫校自体の考えた方は、評価できるところも)、金成地区ではなく、豊里と状況の似ている志波姫地区(ここは、後期でする計画にはなっている。)と瀬峰地区、高清水地区を先行させるべきだと思います。

 前述の学校選択制と結びついた東京品川区の小中一貫校については、 品川区小中一貫校ー批判 佐貫 浩 がまとまったものです。栗原市立学校再編計画でも、もう一つの目玉としている公立中高一貫校について、ここでは詳細にまだ触れませんが、現在、こちらの方が全国でかなりの数できつつあります。(250を超えているか?)問題もこちらの方が大きいようです。小中一貫校との関連では、これは本来、矛盾するもの。小中一貫校を例え成功させてもその出口、高校の問題が控えていること。(大学もか?)これらの改革もしていかないと、それらを見据えていかないと、栗原市立学校再編計画の「小中一貫校」の文章のようにはなりません。もっとも、栗原市は、前述のように実際には、この文章とは、別の意図を持っていますが…。

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仙台市民活動サポートセンターを視察して

仙台市民活動サポートセンターを視察して-3月4日
     NPO法人くりはら活性化ネット第3回先進施設視察研修会

 3月4日、くりネットの先進施設視察会には、私は、今回が初参加。第1回が、18年11月に白石市活動センター、白石城、白石市陽光園。第2回が、19年5月に倉元製作所、細倉金属工業、東日本リサイクルシステムズ。そして、今回が仙台方面へ、NHK仙台放送局宮城県議会、仙台市民活動サポートセンターの3ヶ所でした。高清水教育センターを出た市のマイクロバスは、築館の栗原文化会館の裏の駐車場で、私を含む残りの半分ほどの参加者(総勢19人)を加え、東北自動車道へ。
 NHKでは、スタジオ見学、アナウンサー・スタッフとの交流、地上デジタル放送の解説を聞き、記念撮影もこのように (NHK仙台での記念撮影 右端が私です。) 写っています。県議会では、栗原市選出の熊谷議員と長谷川議員に短時間あった後、県庁2Fで昼食。午後は県議会を傍聴。この日は石巻選出議員による一般質問が行われていました。暖房が効きすぎていてこれでは昼食後の午後は、眠くなります。

 仙台市民活動サポートセンターへ

 この後、本日の視察のメイン、一番町にある 仙台市民活動サポートセンター (通称-サポセン)に行きました。このサポセンは、仙台市と指定管理者 せんだい・みやぎNPOセンター の協働事業です。仙台市の施策と仙台市民による市民活動の拠点を求める声が、サポセン設置へとつながり、平成11年6月30日より、日本で初めての「公設NPO運営」というスタイルでスタートしたということです。本町に7年間あって、ここには2年半前に移ってきた(建物の所有者は日専連)とのことです。

  全館フロアマップにあるまず、1Fに入ると、この階の殆んどが、情報サロンに。市内、全国各地の様々なチラシ、パンフレット等の資料、ポスターの掲示があり、私はすぐにそれらから必要としているものを収集しました。次に7Fへ上がり見て行きました。ここは、市民活動団体の簡易事務所として活用できる電話1台付きの10個のブース(7000円/月最長3年まで)と、ちょっとした打ち合わせ場所に使えそうな無料のスペースー交流サロン(5Fと3Fにもあり)がありました。(有料の研修室は3F,4Fに)次は、5Fに。ここは、市民活動をする上で必要な物品を収納保管することができる大・中・小の3種類のサイズの貸ロッカー(400~1200円/月)が沢山ありました。1Fには無料のレターケース(郵便、FAXの取次ぎをしてくれる。)もあり、この両方で市民活動団体にとっては、このサポセンを小さな事務所として活用できます。実は栗原市立図書館の読み聞かせボランティアの間で今、図書館にロッカーと掲示板の設置を要望してはという話になってきているのですが、他の多くの市民活動団体との交流を考えるとこうした所の方がいいのかなとも(両方あっても)思いました。ブースは7000円という値段もですが栗原ではどうかな?と思いました。またこの階にはかなり広い展示スペースがあり、無料ですが利用期間が月の前半と、後半にわけている(少なければ月1でもいいのでは?)とのことで、 杜の都仙台ナショナルトラスト の展示がされていて、2人ほどメンバーの方がいて少し話ができました。

 この後、4Fの研修室に移り、センター長の黒澤 学氏(しんだい・みやぎNPOセンター常務理事、田尻出身)と、予めこちらから出しておいた質問事項に沿って話をしました。
 役割と機能
① 貸室機能、(サポセンのホームページ参照のこと)
② 事務用ブース、交流サロンーここは団体内のコミュニティだけだが、フリーなスペースになっている。団体間の交流ができ、また新しい団体が生まれるようにと。
③ 情報の収集、これを大切にしないと市民活動の交流ができない。個人が何をやりたいか、団体は何をしてるかそれに触れられる、5000団体の情報をチラシ、新聞切り抜き等で集め、ストックしている。
④ シニア向け事業もーシニア活動支援センターも中に持っており、23人にスタッフ(雇用)が勤務している。有給で地域にこれだけ生まれたことの意味は大きい。今後、彼ら(彼女ら)がサラリーマン化せずに市民運動を支え、それを自分自身のものとできるかが鍵。
⑤ 定期的な催し物ーNPOいろは塾を年10回、テーマ向けの一歩先の講座が年4回、ボランティア相談会を年2回(ボランティア団体とボランティアしたい人とのお見合い)
⑥ 企業の社会貢献活動を促すような刺激を発信。
⑦ 行政と市民の協働を推進させるためのマッチング、働きかけを。 
 仙台市と指定管理者の契約概要等
①人件費 ②事業費 ③事務局運営費 ④(法人)管理費 ⑤水光熱費 ⑥…
 ①~④が前金払い⑤~概算払い、②が450万(シニア含めて)③が90~100万、④が中々厳しい、①~③を100とすると10位ようやく認められるようになったが、20~30(%)は必要。企業だと100~120は要求する。①は単価35万/月来るがここに法定福利厚生費、交通費等全て入れて。常時4人以上置くことを要求され、朝10時から夜10時までで1日8人必要、土日無しなので12人、さらに事業やると足らずうちは結局15人置いている。それで結局平均20万前後にしかならない。新卒で16万から22~23万まで上げている。
 センターの利用状況 
 年間55000人、1日150~160人の利用がある。出前サポセンを公民館のようなところへ出向いて1日かけて展開。まず知ってもらうことから細かく地域に7~8年かけてでないとダメ。
 この後の質疑応答では、まず、業務委託と指定管理者の違いについて、ー前者は、その都度の単年度契約。どうお金を使おうと口出しはしてこない。成果だけをきちんと出すことが求められる。だから1円入札も可能に。しかし、後者は3~5年の契約。お金の使い方が3ヶ月に1度経理報告が求められる。手間はかかる。法人管理費をしっかり取らないとダメ。だから最初によっぽどしっかりした契約をしないと後からが大変。

 職員の資質の向上は?-最初の20日間ガッチリ研修させるシステム。その後3~6ヶ月チェックしながら基本ができるようになる。市民活動に関わった人もくるがそうでない人もいて、(現場が分からない)窓口のスキルが…それで、これまでプライベートな時間に現場に入ってもらっていたが、この4月からは勤務時間内にも行ってもらう。
 相談が職員間で共有しないとダメで、10日に1回づつ1時間のミーティングを行っている。紙ベースでも相談内容のデータベース化をしている。相談が終了したか、途中か、3~4年経って同じことが出てくることもある。検索して分かるように。職員の平均在職は3年です。
 どこにサポートを、どんなサポートを、という施設利用に関する相談が多い。ここの利用は、登録団体のみなのですが、個人や狭義の団体が広域の団体を立ち上げたい、NPO法人化したいのだが…など相談に来るということでした。

 私の感想 

 1月17日に、隣の大崎市の市民活動サポートセンターにはじめて行きました。また旅先や東京周辺でも駅前にあるところなどには、ふらっと入るようにしてきましたが、じっくりそこで話を聞くのは初めてです。メモやパンフレットを基にしてこの記事を書いていてもまだ良く理解していないことが多くありそうです。まず、そもそものところからまだ未整理です。行政がするには高くついたり、手が行き届かなかったり、NPOがした方が、安く、効率よく、市民自身にも…ということでしょうが、それでは公務労働とは?ということです。時代の趨勢だけで片付けられない問題も含まれています。今日(3月6日)の朝日新聞「生活」に自治体における「非常勤、5年で雇い止め?」の問題が出ています。公務労働の守備範囲を狭くしている問題、雇用を不安定化している問題、様々な問題が含まれています。それでもセンター長の言っていた「地域に23人の雇用が生まれたことの意味は大きい」と私も思いました。(サポセンの15人とは別か?)有給スタッフとして平均3年でも若い人たちがここで働くことの意味は大きいし、地域にとってもこれは大変大きな意味を持っています。しかし、ならば、何故これが公務労働ではできないのでしょうか?
 次に、NPO法人としての経理、財務はこれは、ちょっと私の苦手なところ。脱サラ後、20年ほど農業経営はやってきました(何とか20年はもったというべきか?)が、大変でした。栗原市は仙台市の人口では10分の1以下。仙台は、もう経験10年、全国的にも先駆者です。一方栗原は、これから器だけが、市民活動支援センターとして作られようとしています。まだまだ仙台から学ぶべきことが多くありそうです。 NPO法人くりはら活性化ネット から今回、メンバーを中心に19人の参加があったことは、今後、この会でどのようにこれに関わっていくかを検討していく上で大変良い機会になりました。 

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青い光が見えたから

<BOOKS> ⑦ 
 < 16歳のフィンランド留学記 >
       「青い光が見えたから」を読んで

 「青い光が見えたから」 高橋絵里香(著) 講談社 2007年3月16日第1版

 著者の紹介

 著者は、1984年生まれで北海道出身の若い女性。中学時代に日本の管理主義的教育に悩み、中学を卒業後に、単身で小学生の時憧れていた「ムーミン」の国、フィンランドに旅立ちました。2000年8月にロヴェニエミのリュセオンプィスト高校に入学、4年間の留学を終え、2004年5月に卒業。現在はオウル大学の自然科学学科に在籍しているとのことです。
 本人のブログー ブログー青い光が見えたから を紹介しておきます。

 この本との出合いは…

 昨年の11月頃より、私は、どうしたわけか、暮らししているここ、栗原市の学校統廃合問題に巻き込まれています。図書館についてはともかく、こと教育問題は妻(小学校教師)の専門。子どもたちが高校生だった頃までは(10年以上前)PTAの役員もずっとしていたし、それなりに勉強はしていました。しかし、それ以後はそれほど関心もなく、その種の本も読んできませんでした。それがどういたわけでしょうか途中の約一ヶ月間、ジジ親家業に専念していた時期を除いて、現在も運動に巻き込まれたままでいます。それで結局、私は、この教育問題については、付け焼刃的対応でも何でもせざる得なくなっています。そこで、私も、日本の多くの方が今、注目しているフィンランドの教育事情に興味を持ち、にわか勉強を始めました。まず最初が、ちょうど図書館にあった 「競争やめたら学力世界一(フィンランド教育の成功)」福田誠治(著)朝日新聞社2006年 を読み、次に同じく福田氏の最新版、「競争しても学力行き止まり(イギリス教育の失敗とフィンランドの成功)」2007年10月25日発行 こちらは図書館にリクエストして(結局買ってもらい)直ぐ入手しました。しかし、この本は図書館の本を読み終えると同時に自分でもネット購入しました。この後、フィンランドの教育事情については、様々な雑誌、新聞等で知ることになって行きましたが、その中には、かなりいい加減なものや、表面的な捉え方しかできていないものも多く見みかけました。福田氏の2冊の本で、私自身大枠はつかめたと思いました。
 しかし、何かもっとそれを肉付けするようなものはないだろうかと思ってアマゾンで見ていたら、この本を見つけました。 アマゾンー青い光が見えたから さっそくこの本も図書館でリクエストしました。(うちの図書館は、あまり高額でない限り一般的な本で新刊は他の図書館から取り寄せるのではなく比較的によく、それも早く、購入してくれます。感謝!!感謝!!)毎回決まって夕方6時近くに図書館の司書さんから「ご予約の本が入りました。」との連絡がきます。今回もかなり早かったため大変助かりました。さっそく読んでしまいました。

 この本の内容は

 この本の初めの方に、著者が日本の中学生だった頃のことが書かれています。上級生とはいつも敬語で話さなければならなく、上下関係がはっきりしていたこと。がんじがらめの校則。経験の少ない教師は、体罰や、脅しによって生徒に言うこときかせようとした。宿題や教科書を忘れると拳で頭を殴る教師、授業中騒がしくなると大声で怒鳴ったり、教卓を蹴り倒したりする教師が何人も…「暴力はいけない」という彼女の訴えにうなずいてくれたので、分かってくれていると思っていた教師ですら暴力を振るう。もう一度話しに行くと「俺は教師になりたくてなったんじゃない!」と。元教師だった彼女の両親もその先生と話し合ったということですが、状況は変わらなかったということでした。そして、彼女は自分を失いかけていましたが、一人きりのフィンランドへの留学の進路を開いていきました。

 むこうの高校に入ってまず、彼女が何度となく戸惑ったのは、言葉の問題だけでなく、フィンランドの高校の教育制度が、日本のそれとは想像を絶するほど違っていたことです。フィンランドの高校は、単位制で、一つの教科にいくつものコースがある。その中に必修のコースがあり、詳しく学びたければさらに選択のコースもある。一年が五学期に分かれていて、同じコースが何度も用意、担当教師も何人もいる。教科、コースの選択は生徒自身が選ぶことができるというもの。

 フィンランドの学校では、昼食は無料。食堂は、11時~1時の間いつでもセルフサービスで好きなだけ。授業料も無料。国の税金でまかなわれているためで、これは大学も同じ。但し、国民の税金は高い。消費税は22パーセントもかかる。規則上アルバイト禁止のため唯一かかった彼女のホームスティ料金は親からの仕送り。

 試験の内容も日本のそれとからなり違う。問題がたいてい一行の文で書かれていて、それに関して授業で習ったことだけでなく、自分が持っている知識を全て使った答えを書く。いろいろな観点で考えた答えを書かなければならないので、テストの直前に丸暗記しても効果なし。学校は、生徒をお互いに競わせるようなことはしないし、成績は相対評価ではなく、個人個人の学習の成果に与えられた。だから、ついていけない人がいれば、お互いに助け合うことができる環境になっていた。但し、単位取得は厳しく、励ましのための成績優秀者や頑張った人への表彰もある。外国人生徒の受け入れ、多文化の取り入れも進んでいる。

 学年の捉え方が日本と全く違っている。フィンランドでは学年は、単にその生徒が何年学校で勉強したかを表すだけのもの。「先輩は目上の存在」ではなく1,2年の年の差など無意味。また、3年で卒業と決まっているわけでなく、3.5年、4年の生徒も多くいる。フィンランド語には、相手を敬う話し方はあるものの(よほど相手と距離をおきたい場合か)、日本語の敬語にあたるような話し方はないようだという。教師に対しても友達と同じ口調が多いと。体罰、暴力はありえないし、校則などというものもない。クラブ活動も、塾なんてものもない。フィンランドでは、高校はあくまで勉強をする場所であって、生徒の生活を縛る役割はなく、生活の一部でしかない。

 高校の卒業試験は、厳密な国家試験としてあり、それを通らないと卒業できません。教科ごとに春と秋の年2回受けられ、試験は、受ける科目の必修コースの単位が全部取れていたらいつでも受けられます。しかしかなりハードなもので、一科目は、朝の9時から午後3時まで、それを何科目も取らなければならず、一度にではなく何回かに分けて一~二年がかりでも準備し、受験します。内容もかなり難しそうです。半数以上の人は3年で卒業しますが、2年でも、逆にじっくり3.5年、4年でもいいので、彼女の場合、フィンランド語の勉強から始めてかなり大変努力して4年で高校を卒業しました。

 高校を卒業してもすぐに大学や専門学校に行くとは限らない。アルバイトに精を出したり、海外に行って一年間の休暇を取って過ごす人もいる。小・中・高校と休む間もなく勉強を続けてきたので、次ぎの過程に進む前に一休みしようというケースは珍しくないという。フィンランドでは自ら一年間何もせずに自分と向き合う時間を作り、将来自分がどういう道を歩いていきたいのか、もう一度考え直す期間にする人が少なくないという。 

 フィンランドの人々とエピローグ

 この本に登場するフィンランドの人々、生徒、教師、まわりの大人が、どんな人、できごとにも良いことを見出そうとする姿勢が自然に現れています。彼女は、友人に「『ありがとう』や『ごめん』を連発するけど日本人だから?…ちっともエリカのせいじゃないこともあやまっててるの、気がついていたんだ。いったい何をそんなにこわがっているの?」と指摘され、日本での中学生の時のように、ここでは、もう自分を脅かすものは何もないと気づいていきました。こうした中で彼女は、言葉遣いだけでなく、存在そのものが、フィンランド人っぽく、「フィンランド人の心を持っているような…」とまわりから言われるまでに変わっていきました。
 エピローグで彼女自身は、「本来人間にとって基本的権利であるべき、「在るがままに在る自由」をこの国の人々は手にしている。」「自分をできるかぎり抑制した中学校生活を送ったごあとの私には、自由の「使い方」がわからず、初めは戸惑ってしまった。だがそのあと、どんなときにも自分にまっすぐな 人々との出会いによって、私は大きな刺激を受け、その一つ一つが自分を変える大きな力となっていった。」と述べています。 

 フィンランドとその教育

 この記事を書いているこの時点、今日(3月2日)の朝日新聞に「答えより考え方を」のタイトルで福田誠治氏の講演と体験授業の紹介等の特集がされています。その中の解説ーフィンランドとその教育を転載します。
 人口は約528万人。7歳から16歳まで「総合学校」で義務教育を受け、その後、普通高校か職業学校を選択する。1クラスの人数は十数人ほどで、数人ずつのグループで助け合いながら学ぶ。授業時間は日本より少なく、義務教育が終わるまでは子どもを比べるテストはしない。習熟度別授業は効果がないとして85年に廃止した。
 この特集の最後に、PISAを開発したOECDのグリア事務総長は、日本の学びに対して、「自分の人生に関係のない学びになっている」としています。新しい学習指導要領では、逆効果とし、「学力の考え方を変えることが求められている。」としています。

 フィンランドは、1990年代より人づくりこそが国家の最大事業という合意をつくり、公教育を重視し、一人一人に応じた教育を通じて平等をめざしていく、教師の社会的地位とレベルの高さ(大学院修士が基本)があります。その際、参考にしたのが改悪される前の日本の教育基本法だったそうです。前教育基本法の高い理想をめざし努力してきたフィンランドに対して、理想を骨抜きにして改悪までした日本は学力格差、教育格差の矛盾で公教育が崩壊の危機に瀕しています。

 最後に…

 現在は大学生となっている彼女は、中学3年生からか、そして高校4年間にもこの本を書く下準備はしていたと思います。様々なエピソードとともに、彼女の感情、疑問、不安、喜びが素直に描かれていると思いました。高校3年の時に母校の中学校に招かれ講演する「過去の自分と向き合って」というところがあります。すでにこの時には彼女は、「自分の歩む道」に踏み出しており、中学校の方も少しずつ変わっていっているようでした。今後も時折、日本に帰って講演したり、またこのように本などでフィンランドの様子を伝えてもらいたいと思います。

  はじめの「この本との出会いは…」で紹介した本、「競争しても学力行き止まり」の「はじめに」のところでフィンランドの教育に関する講演を100回あまり終え、著者の福田誠治氏は次のような人々に嘆いています。「いいなあフィンランドは」「自分もフィンランドに行きたい」という日本各地の教師たちの反応。「フィンランドと日本はちがうので、そのまままねをすることはできませんが」「目を日本に向けると大変だなあという思いが」といって締めくくる司会者。福田氏がいうように、そうではなくて、子どもたちの自立を求め、子どもたちの自立を支援する教育をどう日本に実現するのかが問われています。このようなギャップを埋めるには、当事者の生徒自身から描かれた、それもフィンランドの中にいて、まわりの人々がどうであるかも含めて、そのようなものも必要だと思っていました。これにまさにこの本はピッタリでした。

 最後の最後に、この本の著者、彼女自身の決意、努力は大変だったと思います。と同時に彼女を理解し、支援し、アドバイスもしてきたご両親も、さぞ大変だったであろうと思います。私たちの場合、高橋家より、親と娘は一まわり年齢が上だと思います。しかし、娘が同じように困難に出合っていた時期に親としてどれ程のことをしてあげられたのか反省しています。 

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