触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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新しいブログ

新しい別のブログ
        「本のあるくりはら」を始めました。


 このブログ「触媒生活」を昨年の12月末に始めるにあたって、そこで、これと別に私が代表をしている「図書館をもっと大きく育てる会(栗原市)」のホームページ「本のある広場」を持っているいるとのべました。そこでもその会がこのところ開店休業になっており、ホームページも更新していないとしていました。そして、2008年7月1日に、図書館が10周年を迎えることもあって、いずれ更新するとしていました。 それがようやくホームページの更新ではなく、新しい別のブログ 「本のあるくりはら」 を4月22日からスタートさせました。

 このところ、このブログでは、学校統廃合関係の記事が多くなっていました。3月初めから4月にかけてその関係のチラシ発行の中心になってきました。関係者の合意で作成するため、私のチラシ発行のイメージ、-3月早々に発行して運動のテンポを速める-とは全く違う展開になってしまいました。まさか、合意形成に2ヶ月もの時間がかかるとは思っても見ませんでした。むしろ、チラシ発行にとらわれすぎてしまって運動自体が停滞してしまっている状態ではないかと思います。
 昨年の12月30日のブログの記事、「12月2日シンポの反省」-「私の役割について」の中で述べているように、この運動への私のスタンス一貫しています。 以下にその引用をします。

 「私自身、この問題の直接の当事者でもないし、運動の核になったり、仕切ったり、広げたりする立場にないため、一種の“触媒”的役割が果たせればとは思っていました。自分の心にストーン落ちなかったこと、自分の説明が拙かったことなどを説明しようと後で、まとめてみただけです。それが問題の整理にいくらかでも役に立てばと思います。」


 このことは、現在も基本的には変わりません。私の進めている図書館づくり運動の目的の一つに、「いつでも、どこでも、誰でもが、身近に利用できる図書館システムを作る」があります。このことと、教育を受ける権利がすべての国民にあり、どこに住んでいてもその機会が保障・提供されなければならないとして、学校の統廃合に反対することに多くの共通点があります。
 
 学校統廃合に反対するチラシ作成も山場は越え、ほぼ発行の目途もつきましたので、この間遅れに遅れていた図書館づくりの方の運動を再開することにしました。こちらは、少人数ですが、その歴史は前身からすると築館に図書館ができる以前からですから、もう12~13年になります。但し、良くも悪くも私の個人商店的色彩が強すぎる会です。(本当は「栗原市立図書館友の会」に早く発展解消させなければならないのですが…)
 そのため、小回りが効くというか、私=代表の独断で先ず、会報の再開、名称変更「本のある広場」→「本のあるくりはら」、その中に「栗原市立図書館の現状と問題点」を掲載して問題提起、そらから会議へ。会議はこれからですが、そこで皆さんに集まっていただいて、さらに様々な問題を整理して、要望書や政策を作成していくことになります。

 最後に、このブログ「触媒生活」と新しいブログ 「本のあるくりはら」 との使い分けについて。

 「本のあるくりはら」はあくまで「図書館をもっと大きく育てる会(栗原市)」の会のものです。会報その他を掲載していきます。一方、このブログ「触媒生活」は、私の個人的なブログです。カテゴリーの BOOKS など関係しそうですが相互にリンクは張ります。これまではほとんどなかったのですが、今後は、「本のあるくりはら」に載せる前段階の個人的な思考段階のものなどは、こちらに載せることになると思います。
 ホームページ「本のある広場」では、目次にあっていつまでも掲載していなかった、創刊号(1999,5.22)とNO.7(2005.7.11)が今度の新しいブログ「本のあるくりはら」にはようやく掲載できました。その中で、創刊号の冒頭にある 「若いお母さん、お父さんへ、今日から絵本を読んであげよう」 という私の署名入りの文章は、会報の一番最初にして最後?の私の個人的体験を述べています。この4月、このブログに記事が減っていたのは、新しいブログの立ち上げ準備にかかっていたためです。その中で、改めたこの文章を整理していて大変懐かしく思いました。この後、 カテゴリー の家族でもこれを再録しようと思っていますが、これが私の図書館づくり運動の原点なのです。
 今後とも、この「触媒生活」と共に、新しいブログ「本のあるくりはら」も、どうぞお読み下さい。

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地域社会と学校統廃合

<BOOKS> ⑧
「地域社会と学校統廃合」を読んで

 「地域社会と学校統廃合」 福島大学叢書学術研究書シリーズ6 1994年5月30日第一版発行
   著者 /境野 健児、 清水 修二

 この本の構成

 まえがき
 序論  本書の課題および構成
 第一章 福島県信夫郡「清沢分村運動史
 第二章 福島県安達郡新殿村「自由学校」史
 第三章 長野県下伊那郡伊賀良村「私設学校」史
 あとがき

 この本の中から

「まえがき」より

 「学校問題」への社会的関心は一般的にきわめて高い。…今日の学校教育は、義務教育を含めて大きな曲がり角に来ている…教育改革の理念が必ずしも一般住民に浸透しないまま…学校現場が相当に混乱を来している…混乱の原因…問題にされるべき一つの側面は、「地域社会と学校」のかかわり方である。学校問題への一般的関心の高さにもかかわらず、…わが国の義務教育の現状は、その「公共性」を自明のものとして済ませるにはあまりにも問題がある…
 本書は、こうした問題認識の上で、公教育の「公共性の質」を問う、ことを課題として、そのために戦前、戦中の「地域社会と学校」問題を学校統廃合という一種の極限状況において浮き彫りにしていっている。当時の学校教育の持っていた「公共性の質」を、その物質的・歴史的背景をさぐることによって明らかにしていっている。戦後教育の見直しが唱えられているその時点で(1994年だが、現時点にも当てはまる)「戦後」の出発の前提となるこの時期の学校問題を再確認することには大きな意味があるといえます。

 「序論」より 

 明治政府は早々に学制を公布し(明治5年)、小学校区、中学校区、大学区の三層構造の整然たる学校制度の建設に着手した。明治6年12597校から出発した小学校は明治16年30156校のピークに。この時期地租改正による土地所有権の確定、部落共有地の解体および区町村への編入というかたちで明治地方制度の人工的植え付け次第に準備されていく時期に。学校教育はこうして形成されてくる区町村の最大の事務として地域に多重くのしかかり、明治21年市制町村制施行とあいまって行われるあの町村合併と前後して、小学校も大幅な整理・縮小の段階を迎える。町村合併が新たに生み出した行政村と自然村との矛盾が、学校という「半共同的」行政事務を舞台にもっとも深刻に展開していった。
 この事態は、戦後の段階でも基本的に継承。経済の高度成長に上部構造を適合させようとする一連の行財政合理化の一環として行われた町村合併は、行政区画内の地域格差を拡大し、市町村財政合理化の観点からの学校統廃合を促進した。過疎地域振興の名においてすすめられたこの学校統廃合は農村地域社会の分解と再編の梃子となった。小学校の廃校は多くの地域において、その土地の長い歴史と文化の終焉を告げる鐘の音となった。こうした過程は現在もなお持続しており、したがって今なお学校統廃合をめぐる行政と住民との紛争はあとを絶たない。
 ーこのように序論で述べ、三例を検討対象にして第一章から第三章まで展開していく。

 第一~三章 より

 学校統廃合はわが国においては主に教育財政の合理化=経費削減策として提起されてきた歴史を持っている。…学校統廃合は学校数を減少することによって学校の建設・管理費を縮減し、また学級数の減少を通じて教員数を削減せしめる効果を有する。教育費が地方経費の中に占める割合がきければ大きいほど、学校統廃合の財政的効果は大きいのである。
 慢性的貧困が支配する東北山村において、任意の寄付の存在する余地はもともときわめて乏しい。租税および租税に準ずる強制的・半強制的な金銭もしくは労働の拠出によって学校経営は支持され、また通学条件を保障するさまざまな土木事業の負担も旧村の双肩にかかっていた。旧村住民の意識に即して考えれば、義務教育年限の延長や役場機構の整備は合併によって生じた新たな行政事務=住民負担の増大と認識されたであろうし、さればこそそうした負担の蓄積の結果として存在する学校財産の統合は、はなはだ理不尽な行為と映ったに相違ないのである。…そして、1940(昭和15)年の財政改革は、教員俸給を府県財政に組み入れると同時に大掛か理な財政調整制度を導入することを通じて、歴史上初めて教育財政の桎梏から町村を解放したのである。しかしながらそれは、極度の中央集権を特徴とする戦時国家独占資本主義体制の一環として生じ得た事態…
 第二章で取り上げられた福島県安達郡新殿村の場合、1900(明治33)年から1945(昭和20)年までの行政費に占める教育割合の推移を見ると、明治期が約20~50%、大正期と昭和17年までが約40~60%、昭和18~20年がほぼ15%でした。

「あとがき」より

 国民教育機関としての小学校は、国家の法制を根拠に設立され、国家によって維持され定着したと一般的に考えられているが、実は、地域住民の物的・精神的支えなくしてそれが不可能であったことは歴史的に明らかな事実。…ひとたび学校が眼前から消え失せるという事態に直面するやいなや、従来無自覚であった共同財産意識が忽然と頭をもたげてくる。それは、学校の建設・維持が学区の地域住民の資金や労力によってなされてきたことの証であるともいえる。学校統廃合は、画一的町村合併がそうであるのと同様に、一定のまとまりのある地域住民生活の破壊、地域的労働の蓄積である共同財産の収奪を意味していた。これが、戦前の学校統廃合紛争頻発の主要な要因である。
 学校統廃合紛争については、戦後の高度経済成長政策の展開の下で農山村に広がったそれがよく知られている。他方で、戦前とりわけ地方改良運動以降、「一町村一校主義」政策に基づいて全国的に実施された学校統廃合が各地に紛争を惹起したことは意外に知られていない。戦前はもちろん戦後の学校紛争にも共通していることは、地域住民の学校防衛意識の根底に、長期にわたって維持されてきた共同財産意識、あるいは学校に対する住民の歴史意識の覚醒を見ることができるという点である。
 -「あとがき」の初めにこう述べた後、戦後の学校統廃合紛争との関わりについては、
 学校統廃合の意図は歴史的に変化していようが、戦後の事態については、地域にとって必要な人材を育成する機能を優先しようとするとき、学校統廃合紛争の発生は、必然であるといえる面がある。…学校と地域のつながりが強いほど、学校教育への国家的・社会的要請(たとえば労働力確保)とのかかわりでも紛争の激化する可能性が高いということである。
 -として、その後に戦後の学校統廃合政策の展開と住民運動の特徴について三段階にわたって述べています。
 第一段階。
 「町村合併促進法」(1953年)および「新市町村建設促進法」(1956年)により、とくに新制中学校の統廃合が取沙汰された時期である。町村合併による市町村再編成の重要な柱として学校統廃合が位置づけられた。文部省は統廃合を積極的に奨励。しかし、町村合併に際して学校の位置の決定が大きな争点になり、合併の進捗を困難にする一条件となった。
 第二段階。
 1960年代後半以降の過疎化にともなう学校統廃合の時期。統合・新築の場合に国庫補助金の補助率を引き上げるといった財政誘導も行われた。農山村における学校統廃合反対運動では陳情・請願、自主学校、行政訴訟といった多様な方法がとられるが、そのさいに論拠とされたのは遠距離通学や学級規模拡大などの教育条件悪化問題。…地域切捨てに対抗して子どもと地域の生活・教育の基盤を維持するという視点が強調された…
 学校統廃合紛争が広がり、また激化するに及んで、文部省は無理な統廃合を行わないという主旨のUターン通達「公立小・中学校の統合について」(1973.9)を出し、政策の修正をする。その後「過疎地域振興特別措置法に、過疎地の小規模校教育に適切に配慮する旨を明記し、小規模校の教育的意義を認めることになった…
 第三段階。
1980年代後半以降で、都市におけるドーナツ現象による中心地戸数の減少および行政改革を背景にした、都市中心部での学校統廃合を特徴。
 -最後に、戦後の学校統廃合紛争が、そのよるべき論拠を子どもの学習権とその制度保障としての教育条件整備に求めてきたとした上で付加えて次のように述べています。
 しかし、戦後の学校統廃合紛争について論及する 場合に、学校の設立・維持にかかわる学区の歴史的な営みがそこに反映しているという点はほとんどみのがされてきたし、ました学校存続・維持の物質的基礎にまで議論が及ぶことはまずなかった。…保護者ばかりでなく地域住民が…とくに高齢層が積極的に参加している…学習権保障という側面もさることながら、歴史的に形成された「学校共同財産意識」が学校紛争において依然として現実的力を発揮している…そうした歴史的蓄積が世代を超えて生き続けている…それはもはや戦前・戦中期のような絶大な力を発揮することはないにしても、学校教育の公共性の内実を構成する一要素として今日においても無視できないものではなかろうかと思われるのである。
 しかしながら、教育の公共性という事柄は、学校維持の主体云々というだけでなく、子どもの発達保障の質にかかわる問題でもある。戦前は、いうまでもなく教育勅語による教育統制があり、戦後は学習指導要領の展開に教育内容の統制の歴史を見ることができる。子どもの発達保障という面での「地域社会と学校」の関係のあり方を問うことが、戦後段階での学校統廃合紛争をみるうえでの新たな課題になる。
 ーこのように本書は、最後に結んでいます。

 この本から何を掴むのか

 今書いているこの記事は、カテゴリーは、 「BOOKS] ですが内容的には、 「学校統廃合」です。アマゾンでたまたま学校統廃合に関する本を探していてヒットしたものです。価格も高いのでいつものように早速、うちの図書館にリクエストしました。宮城県内の図書館蔵書検索に引っかからなかったのですが何とかしてくれるだろうと思ったのですが、何とかしてくれました。結構早く秋田県からやって来ました。
 著者の境野氏は教育行政が専攻、清水氏は地方財政が専攻で、本書はその補完的共同の労作といえます。ただ、私自身の問題意識が現在の学校統廃合問題であり、戦前・戦中の記述は読むのも結構大変でした。
 本書を通じて、義務教育の学校を建設・維持することは地域住民にとっていかに大変なことであったか少し分かりました。それ故、学校統廃合の問題が降りかかると必死になって抵抗してきた。それは共同財産の収奪を意味していた。この共同財産意識、それに住民の歴史意識というものは現在では忘れがち、軽視されがちですが、もっとよく考えなくてはならないことだと思いました。 「学校はもともと地域のもの」「地域の学校をどうするかは、市民(住民)が決めること」 私は本書を読む以前よりこのようには(なんとなく)考え、主張してきました。「小・中学校は、もっとも普遍的で歴史のある地域共有の「公共資源」です。」ともしていましたが、この「公共資源」を「共同財産」に変えることにします。私自身は、都会生まれの都会育ちです。ですからこの栗原における学校の成り立ちは分かりませんでした。妻が富野小・中学校の最後のほうだったとは聞きました。そして、2~3日前、義父よりやはりこの富野小・中学校は地域住民が建設・維持してきたものだと聞かされました。ここの地域の学校に殆んどこだわりも、愛着もない私がこの運動をしている矛盾を感じるとともに、ある意味での限界も感じます。
 本書は、そうした私には、この問題の歴史的な視点で見ることの大切さを教えてくれています。これまでの、戦前・戦中そして戦後とすべての時期において、学校統廃合問題は、常に主に教育財政の合理化=経費削減策として打ち出されてきていること。現在、栗原市教育委員会が「子どもの教育環境をよくする」「学力の向上」といっても、何のことはない、合併以前からくすぶっていた、小さな学校が多すぎて経費がかかりすぎる、学校の維持管理費と教職員の人件費を減らしたい、根源は、本質的に歴史的に変わることなく同一であるということです。
 本書の最後の最後で言っていること。「子どもの発達保障という面での「地域社会と学校」のあり方を問うこと」ーこの点がまだまだこの運動の中でも深まっていっていないと感じられます。ここをしっかり課題として具体的に提起できていかないと、対行政はともかく、地域住民、とりわけ現PTA保護者をしっかり地域に繋ぎ止めることはできないと思います。
 

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複式学級について考える

 複式学級について考える。

 学校統廃合問題を考えるとき、これまで、学校の規模、学級の人数、小中一貫校、など考えてきました。この複式学級は、これらとの関連はあるのですが、あまり詳しく取り扱ってきませんでした。この運動に巻き込まれた当初の頃(昨年末)は、「できることなら、複式学級は避けた方がよい」という立場でした。どうして私がそう思っていたのかということを、今の時点で考えてみました。そうすると、団塊の世代の私にとって、自分の子どもたち(団塊ジュニア)も含め複式学級とは無縁であったこと、複式学級について豊かなイメージを持っていなかったことなどありました。小学校教師の妻も確か、複式を担当したことはなかったと(あれば、間接的にもその経験談を聞いている)思います。ネット上でこの問題の保護者などの反応を見ていても「複式は避けたい」「複式になるくらいなら統廃合の方を」(ここ栗原市の金成地区の反応でも)という声を聞くとなんとなく、理解したいような気持ちにもなります。 
 それに何より、次の「複式学級の特徴」という(これは北海道の別海町のホームページから持ってきたもの)文章が一般的な解釈ではないかと思ったからです。
 
 複式学級の特徴
<学級編成基準>
○小学校
   他の学年の児童と合わせ16人までのときは、これをもって1学級を編成する。
   ただし、1年生を含むときは、8人とする。
○中学校
   他の学年の生徒と合わせ8人までのときは、これをもって1学級を編成する。
複式学級編成上の特徴
 複式学級の編成は多様であり、その年度の児童・生徒の数により単式学級、複式学級、欠学年などの変動が見られる。このことは学校体制が安定しにくいという状況を生み、特に次のような課題が考えられる。
(1) 複式学級の授業は、子どもにとっても教師にとっても負担が大きい。
  ・児童・生徒は、教師の直接的な指導を受ける時間が不足し、自学自習の特別の
   訓練が必要となる。
  ・教師は、間接指導を充実させるための指導計画の作成や指導方法の研究と経験
   が必要となる。
(2) 多様な人間関係を通じた社会性の涵養等について集団教育の効果が低い。
  ・児童・生徒の行動範囲が限られ、生活経験や学習経験が広がりにくい傾向
   がある。
  ・児童・生徒は大きな集団での社会経験の場が不足となる。
  ・固定した人間関係が継続しがちなため、児童・生徒の序列意識を生みやすい。
  ・少人数のため、良い意味での競争心や相互に刺激し合うことが薄くなる。
(3) 放課後活動の部活動や少年団活動などで選択が制約される。
  ・選択教科やクラブ活動でも制約される。
(4) 複式学級編成の学校にあっては、合同学習や集合学習などの工夫が必要となる。
また、次のような特性もある。
(1) 児童・生徒一人ひとりに指導が行き届き、それぞれの個性や適性に応じた個別指
   導が可能である。
(2) 温かい人間関係を基盤として、地域に根ざした活動や体験が可能である。
(3) 異学年との交流や学校ぐるみでの特色ある活動ができる。

 毎度のことですがWikipedia.へのリンク 複式学級 と今回はその主な点を転載します。

 複式学級 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 複式学級(ふくしきがっきゅう)は、過疎地などで学校規模が小さい場合に多く存在し、1学年1クラスでなく、2学年で1クラスにする学級編制のことである。1年生を含む場合は、2個学年合わせて7人から8人、それ以外だと15人くらいで、複式学級に編制している。なお、多くの都道府県では「公立義務教育諸学校の学校編成及び教職員定数の標準に関する法律」によって1年生を含むときは8人以下とし、それ以外では16人以下という国の基準を採用しているが、長野の例として、2個学年合わせた児童数が9~16人のときにおいては県費負担により講師等教員を派遣し、複式解消を独自に図っている県もある。

 北海道、東北、或いは中国、四国、九州でも山間部や離島などのへき地では、こうした学級は少なくない。僻地教育(へき地教育)の現場には必ずといって良いほど存在する学級である。さらに規模が小さくなると、3学年編制の複々式学級(ふくふくしきがっきゅう)というのもある。しかし2007年度現在、日本国内においては存在せず、ほぼ同様の基準制度を設けている隣国の韓国において見られる学級である。なお近年は前述のような環境のみならず、ドーナツ化現象による都市中央部や造成してからだいぶ年月を経た住宅団地等の学校でも見られる。

 複式学級は、さまざまな長短を持ち合わせている。異学年が一つの学級なので、方法しだいでは相互に学び合う姿が見られる。担任が一方の学年の指導をしている時に、もう一方の学年は自分たちで学びを進める、といった自主的な学習習慣が身につく。グループ学習をやっているような状態が多いので自分たちのペースでの学習ができる。しかし一方、子ども集団の規模があまりにも小さいので、喧嘩やいじめが生じにくく、幸か不幸か人間関係での葛藤を経験する機会に恵まれないことや適度な競争意識を持たせることすらできない場合もある。学校によっては兄弟姉妹のみによる構成の場合もある。その欠点を補うために、インターネットを活用し、都市部の大規模校と直接の接点をもつなどのように、交流の機会を増やそうとしている学校も少なくない。ある意味では、教育先端校にもなるチャンスをもつ。が、地域によっては高速回線網の未整備や市町村予算等との兼ね合いで生かし切れていないところも多い。

 次の一部転載は読売新聞2008.1.21よりです。
複式学級の指導法 継承の試み始まる
 少子化に伴う統廃合で、全国の公立小の複式学級は07年度で6259と、5年前より647減っている。ただ、鹿児島67増、宮城27増、福島24増など23府県では増加、地域差が大きい。

 複数の学年の授業を1人で同時進行させる複式学級は指導が難しいだけに、1072と全国最多の北海道では、経験豊富な教員の指導法を継承する試みが始まった。十勝地方の教員らによる研究団体が今年度から3人を複式指導員に指名、勉強会を開き、北海道教育大とともにビデオも作った。

 12日には同大釧路校で指導員の江口秀和教諭(38)が算数指導法を講演。「他学年を指導している時、子供には『自分でやらなければ』という意識ができるが、教材研究に手を抜いてはいけない」と訴えた。(北海道支社 伊藤史彦)

 読売新聞社の全国調査 昨年11~12月に都道府県と1820の全市区町村の公立学校統廃合計画を調べた。その結果、小中学校はおおむね3~5年後に1117校減る見通しで、過去5年間の減少数に匹敵する規模とわかった。この種の調査は国も実施していない。

 この読売新聞の記事からは、全国的には統廃合が進んでいて複式学級は減っているが、鹿児島、宮城、福島で増えている。鹿児島は「地域社会を壊す」と小学校の統廃合を殆んどしないようで、宮城と福島は統廃合が時間差で少し遅れているということらしい。北海道は統廃合も進んでいるが、複式学級を現実的にかなり残っていくという前提の下の対応だと思われます。 

 これも読売新聞2008.1.26からの転載です。
考える力養う「複式」授業
 算数の「両間接」の時間。4年生(手前)は帯分数と仮分数の比較、3年生(奥)はかけ算の問題作りに取り組む(12月18日、満沢小で) あえて小規模校を統合せず、教育の改善を図る町もある。
 宮城県との境にある山形県最上町立満沢(みつざわ)小学校の児童は20人。2学年ごとの複式学級だ。
 昨年12月、3・4年の算数の授業をのぞくと、一つの教室で、3年生2人が二けたの数の掛け算、4年生3人は帯分数と仮分数の大きさの比較の学習が同時進行していた。それぞれ違う方向を向き、黒板も別。担任の佐藤史恵教諭(31)が両学年を行き来する。
 開始から15分後。佐藤教諭は3年生に「算数メールをしましょう」と切り出した。はがき大のカードの上半分に「1個36円のチョコレートを16個買ってきてね」などと買い物を頼む文を書いて交換、受け取ったカードの下半分に代金を計算する数式を書いて解く。
 その直後、佐藤教諭は、4年生の黒板に帯分数、仮分数、整数を書き、「大きさをどうやって比べるか、意見を出し合いながらまとめて下さい」と指示した。
 2学年が別々に自主学習する時間は約10分だった。
 二つの学年を同時に指導できない複式学級では、教師の直接指導を受けない自主学習の時間を「間接指導」と呼ぶ。さらに満沢小では、あえて2学年同時に間接指導する時間を「両間接指導」と呼び、教師は進み具合を見守り、助言するだけだ。複式学級は、授業の進度が遅いことや授業に集中できないことが短所とされてきたが、両間接指導には短所を逆手にとり、考える力を養う狙いがある。
 2005年度から算数と国語の複式指導の研究に取り組む満沢小では、3年生以上で、授業1コマに2回以上、両間接指導の時間を設けている。
 「日本の子供に不足しているとされる『応用力』や、協力して問題解決する力を養うためあえて活用した」と自らも同小の複式学級で指導経験を持つ五十嵐隆一・町教育長(59)。
 人口約1万人の最上町の中学校は1校だが、小学校は8校あり、うち5校に複式学級がある。町の誕生した1954年以来、分校以外の小学校がすべて存続しており、30年以上複式学級を持ち続ける学校もある。
 町は66年、小学校を3校、中学校4校を1校にする計画を打ち出したが、地域社会の崩壊を心配する住民との話し合いの中で、中学校統合と引き換えに、小学校は老朽校舎の解消を促進するという、事実上の8校存続に転換せざるを得なくなった。
 結局、老朽化していた5校が平等に建て替えられ、最も新しい満沢小の校舎と体育館は00年に総工費約6億4000万円をかけて完成した。学校建設のための教育債は、まだ4億円を超える残債がある。
 それでも五十嵐教育長は「学校があって地域があるという住民の強い思いがある限り、工夫を重ねて大きい学校に負けない小規模校を作っていく」と言い切る。学校統廃合の是非は単純に論じられないテーマだ。(高橋敦人)

 長々と転載がいくつも続きましたが、要するに、私がこの複式授業の問題を論じるには、知識、情報等が不足しているのです。(勿論経験はゼロ)
 その一方、現実問題として、栗原市の学校統廃合問題があります。市教委が「子どもも教育環境をよくする」「学力の向上」と言葉でいっても、合併以前から引き継いでいる「複式をなくして効率的な学校運営をする」という狙いとする本質的命題は変わりません。平成19年で9/30の複式を抱える小学校数が、平成25年には、15/30と半数となるために、金成地区の合併前の動きを伏せておいて、合併後にそれを最大限に利用して、一気に栗原市全体の学校統廃合を進めることで、効率的学校運営に切り替えようとするものです。
 ですから、「この複式学級についてどう考えるか」、このことについて私自身も、確かな考えを持つことが要求されてきました。ネット上でこうしたここに転載したものを見つけるとともに、複式学級の経験を多くもっている「栗原の教育を考える会」の代表の鈴木 健三氏と接していて複式学級についての私の見方も少しずつ彼の感覚「複式だっていいんじゃない!」に近づいてきました。そんな時、3月22日にテレビでドラマスペシャル「いのちにいろえんぴつ」を見てその感想をこのブログのMOVIESで記事として書きました。一言でいってこのドラマにでてきた複式学級は生き生きとし、豊かなものでした。
 栗原市の教育委員会は、事あるごとに「小規模校、複式学級は可愛そうだ。」「だから、避けなければ、…」と言っています。これまでは、私もそれにいくらかでも影響されていたのかもしれません。このドラマを見て、ここに出てくる子どもたちは、少しも可愛そうではありませんでした。ドラマの中でも授業の仕方はそれなりに工夫していました。前述の転載の中に出てくる長野県のように、県費で複式解消の独自施策を取れればいいのでしょうが、そうでなくとも同じく転載の読売新聞の記事にあるように指導法の研究や授業の様々な工夫でやりようがあると分かりました。但し、担当する学校、教師に大きな負担がかかるため教育委員会等の支援策が必要です。ドラマでも、現実でも教師というものは、小規模校、複式学級という条件でも子どもたちにデメリットが出ないように出来る限りのことするものだと思いました。前述の一般的解釈ー「複式学級の特徴」の中で課題としてあげた問題点も、実際には教師の負担以外は殆んど出てこないようにしていると思われます。それより特性の方をここに出ている以上のものを追求していると思います。

 こうしたことから、私は、次のように考えるようになりました。

 複式学級がある学校でも、地域で「存続させる」と決めたら、市は全面的なバックアップを
 複式学級のある60人以下の超小規模校でもPTAを中心に地域で「存続させる」という合意ができれば、市は全面的なバックアップをすべきです。複式学級は、教師に多くの創意と工夫は要求されますが、子どもたちにとっては、不幸でも、教育環境が悪いことでもありません。デメリットがあれば、市教育委員会はそれを乗り越えるための支援策を強化すべきです。
 今、求められているのは一人ひとりの子どもにとって、どのような教育環境が良いのか、PTAと地域で、じっくり話し合い、合意形成をはかることです。
 「誰が子どもたちの教育に最後まで責任を持つのか」、「誰が学校の統廃合について最後まで責任を持つのか」、PTAと地域とでの合意、地域審議会での調整、市のバックアップなど、ここでは広範囲の総合的な地域力が、住民自治、市民自治が試されます。

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