触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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<庭づくりを手伝って その2>

<庭づくりシリーズ その2>;

中国製のガーデンファニチャー  2008.7.31AM

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( 組み立てて、濃いブラウン色の防腐剤を塗ったガーデンファーニチャー。)

 第二回目、前日からの「庭づくり手伝い シリーズ」のその2 
 昨日は、午後からガーデンテーブル・ベンチの防腐剤の塗装をしました。この製品の取扱説明書に「早めに市販のオイルステインを塗ってください。」とあったため、少し汚れてから塗るより最初から塗った方いいと思ったからです。使用したのは、クレオトップ(キシレン1%未満を含む)という木材防腐剤です。クレオソートのように強烈な臭気はなく、より安全なものということで選びました。16㍑で¥5500 しました。木杭の製作の時、用いてとても使いやすかったので今回もこれにしました。前回の16㍑はすっかりなくなってしまっていました。(木杭は、最初の200本のあと、300本ぐらいは製作して塗装し、全て使用。)色は、濃いブラウンです。ガーデンテーブル・ベンチのもともとの色は、明るい黄土色。妻のもう少し暗い色の方がいいというリクエストにもぴったりのものです。取り扱い説明書には「半年に一度塗って下さい。」とありましたが、これは年に一度程でいいはずです。冬場などはパラソルごと軒下にでも撤去するつもりです。

 それにしてもこの製品は良くできています。木材の寸方がぴたりと合っていて材質もいい。ネジ、ボルト・ナットが数種類・多数にもなるのが間違わないようにするため全て台紙付けてありました。近くのホームセンターで見つけたもので中国製でした。価格は、最初に見た時が¥29800 でした。それが次の日、セールが始まり、¥24800 になったのが新聞折込のチラシでわかりました。たまたま、連日、庭仕事をしている妻が、「あづまや」のようなものが欲しいなどというもので、ネットで洋風あづまやのガゼボをまず探していました。ところがこれがだいたい、35万円程(安いのでも20万円)もするし、組み立てるのもかなり大変そうなものでした。それで「大きなパラソルではだめなのか」と妻に確認、説得してネットで探していました。そんな時に別の買い物でホームセンターに行っていて見つけたのです。パラソルだけでも、それを固定する鋳物製の台だけでもダメ。これらをしっかりと固定しているこのガーデンテーブルがどうしても必要に思えて、売り場の担当者にもよく確認しました。それでその次の日にチラシです。早速、妻にそれを見せ、その後ホームセンターまで連れて行って、現物を確認してから注文しました。パラソルが¥8000が¥5000に、台は¥4000で変わらず、合計で¥34000程になりましたが、(決して安くはありませんが)結構しっかりしたいい製品なので納得の買い物でした。

 これに比べて、ネットで注文して取り寄せた木製のブランコが問題なのです。これも同じく中国製でした。もうじきやって来る孫のために何かをネットで探していて、よく売れているという広告で、しかも比較的安い。¥10000を切っていました。写真でしっかり人が乗っているのも確認できたのですが、現物が届き、組み立てたら、座るところが微妙に左右、上下ともバランスが悪い。骨組み等の安全性には問題はなさそう。しかし、組み立ててから何度見ても気になってしまって仕方ない。そこで、ボルト、ネジの穴の位置関係を計ってみると1cm以上のズレが何ヶ所もあった。仕方なく、部分的に分解して、穴の開け直しを固定型のドリルを使ってしました。再び組み立てるうちにネジ穴が広がってしまい、もっと大き目のものを新たに買ってきてやり直さなくてはならなくなりました。丸木自体の材質もあまり良いものではありません。(少し脆い)

 同じ中国製といっても良いものもあれば、粗悪品もあります。ネットで調べ注文するのは、便利ですけど、やはり、できるだけ実物を見てよく確認した上で購入すべきでしょうね。

 今日は、この木製ブランコの修理の続きとこれも防腐剤塗りをします。あと、大量の川砂とセメントを買ってきて円形パティオ製作に取り掛かり始めます。

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<庭づくりを手伝って その1>

<庭づくりシリーズ その1>;
庭づくりの手伝いをしています。      2008.7.30AM

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( きのこ工場跡地に新しく作った庭。これは、その半分位。あと、右奥に続く。)

 今朝から、週に数回でもしばらくの間、前日等の行動記録を日記のように綴ってみようと思っています。

 第一回は、前日から始めている「庭づくりの手伝い」です。梅雨があけて、妻は連日、早朝から(涼しいから)庭いじりをしています。私も彼女の庭づくりにもう2年ほど前から巻き込まれてしまっています。

 丁度、2年前に、きのこ(エノキ茸)工場を解体して、その工場跡地を全部最初は更地にしました。そして、すぐに、「雑木林のある庭」にすべく造成にかかりました。最初の客土、大きな樹木の植栽等は専門の業者に頼みました。その造成工事の傍らで私は、一生懸命に木杭を作っていました。現在は使用していない丸木棒(刈り取った稲を干して乾燥させるのに使用していた)が大量にあったので、それを切断し、先を尖らせ加工。それに防腐剤を塗って完成。その数、最初に200本を揃えました。その後、その年の秋から冬にかけて、そ径ヘルニアが判り手術とリハビリの時期がありました。(その間に義父が、その200本の木杭の大半を雑木林風庭の周りに打ち付けてくれました。)

 体調がすっかり良くなった昨年からは、庭の一角を白砂利を敷いたり、敷石等でアプローチを作ったり、その真ん中には円形のペイビングも配置し、少し、本格的な庭づくりに着手しました。この庭づくりのアイディア、発想はその殆んどが妻の方です。そして、その具体的な設計、施工は全て私の方です。どうした訳かそうした役割分担がすっかり定着してしまっています。まあ、「この庭園のオーナーが妻である。」ということは、私も、同居の妻の両親も誰しもが認知しているところですから、そのオーナーの望みどおりのものにしようとしているだけの事です。

 このようにして、木工、石工、木製の椅子、蔓で作った籠等の置物と次々に増えています。最近では、もうじきやって来る孫のために木製ブランコの組み立てをしました。そして、昨日からは、ガーデンテーブル・ベンチの組み立て(これに今日辺りから防腐剤塗りをします。)その真ん中には直径2.7メートルのベージュ色のパラソルを設置します。これらの下にこれから数日かけて円形パティオを作ります。昨日は、そのための設計とレンガの調達(セールで一個60円のを妻が見つけてきたので早速、私が買いだしに出かけました。)と地面の下均し。これらに結局、一日かかってしまいました。

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( これが、奥の残り半分。昨年製作した部分。円形ペイビング、白砂利等に周りを乱
形ストーンを敷いた小径で囲いました。)

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( 木製のブランコ )

依頼主の妻はと言えば、マイペースに一日、草花の世話、手入れをしていました。そして、私の仕事ぶりに時折、色々と注文を付けてきました。(私の方からも後で変更されてはかなわないのでお伺いを立てることもありますが…)色々と、彼女の注文はうるさいのです。私は、草花の手入れはしないのですが、(彼女が不在の時だけ頼まれた仕事はしますが、)そのための土づくり、土入れ、掘り起こし等の力仕事は全部します。どうも、私は、形あるものを作るのが好きなようで、それで、いつも妻に上手く“活用”されてしまっているようです。自分でも、まあ、これも一つの趣味なのかなと思ってきてしまっています。

 今日も、午後からですが昨日の作業に続きに取り掛かるとします。それでは、ガンバルゾー!!!

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半年を振り返って

ブログ「触媒生活」の半年を振り返って

           (近況報告を兼ねて)
 2008.7.28

 はじめに

 昨年末の12月29日に、このブログ「触媒生活」はスタートしました。その初めに「ブログなるものにもまだ不慣れで、試行錯誤が暫く続くと思います。本名を出すことに抵抗も無く今後どうするか未定ですが、とりあえずスタートします。」としました。文字通りこの半年間(実際にはほぼ7ヶ月が経過)は、なかなか自分の思い通りには進んできませんでした。そこで、ブログ「触媒生活」の半年を近況報告を兼ねながら振り返ってみることにします。

 学校統廃合反対運動に巻き込まれ

 学校統廃合反対の運動に巻き込まれ、この運動の中でも一種の“触媒”的役割が果たせればと考えました。そのために自分の考えていることを文章にしてまとめ、会議に提示し、様々な問題点が出てくれば、それについて調べて、資料を作り、これも提示してきました。また、運動の経過や会議の内容についても自分なりにまとめてきました。関連する本の書評、紹介もしてきました。5月7日までに全部で25本の記事になります。運動を進めながらの記事の作成ですからかなりテンポよく書けたほうだと思います。内訳は、経過―3、問題点の整理等―12、会議の報告等―4、本(映画等)の紹介等―6です。この問題に全くといってよい位、詳しくなかった私としては、まあ、よく書けたほうだと思います。逆にこの問題では、詳しくなかったために、ブログというものを初めて使って表現できたのかもしれません。調べたり、引用することも多くなりました。自分自身の考えも初めから、しっかり定まったものでないため、記事を書きながら考えるという作業となりました。記事とほぼ同じものを印刷物として発行してきましたが、ブログで同時に公開してきたために、直接に会議等で会う方以外からの反応も得られました。5月7日の「さわやかニュース」の発行をもってほぼ私のこの運動における初期の役割を終えることができました。

 図書館づくり運動を再開して

 この運動と前後して、4月の初め、ようやくこの間、遅れに遅れていた図書館づくり運動を再開しました。同時に、4月22日に、数年前まで続けていたホームページ「本のある広場」から、新しいブログ「本のあるくりはら」へ移行しました。この後、以前に出した会報「本のある広場」の創刊号から第7号まで次々にアップし、24日には新しい会報「本のあるくりはら」第8号をアップしました。「触媒生活」には、この図書館づくり運動については、7本の記事しか出していませんが、「本のあるくりはら」は、4月~7月の初めの間(約3ヶ月)に18本の記事を出しています。内訳は、過去の会報―7.新しい会報―3、問題点の整理等―3、会議等の報告―3、本・その他―3です。「触媒生活」と「本のあるくりはら」でダブリであるもの、殆んど同じものもあります。使い分けについては、「本のあるくりはら」は、あくまで「図書館をもっと大きく育てる会(栗原市)」という会のブログであり、「触媒生活」は個人のブログです。前者は、会報等を中心にその他、資料、調査、経過・会議報告等をと、後者は、図書館づくり運動でもそこまで至らない個人的な思い等をと考えていました。しかし、実際には、きれいにうまく分けられず、ダブリもでてきました。会報を8、9、10号と発行しても途中から資料もつけることになり8号5ページ、9号3ページ、10号6ページ(いずれもA4版)にもなっています。各号発行部数は、5~600部です。4月から7月の初めまでは、かなりいいテンポで、ブログも会報も出してきました。しかし、6月14日に岩手・宮城内陸地震が起きたことによって、すっかり様変わりしてきました。図書館も、学校図書館も今年度中にも大きな前進が勝ち取れるかもしれないと思っていたのですが、そう簡単にできそうでなくなってしまいました。まあ、じっくりと腰を据えてやっていくしかないと思いました。
 この運動への取り組み(図書館づくり、文庫活動、ボランティア、子どもの本の研究等全てを含む)は、学校統廃合の問題と違って、千葉市にいた頃(二人の子どもたちが幼かった頃)より関わってきましたので、もうかれこれ30年近くにもなります。自宅にも膨大な資料や本があります。自分自身の引き出しもかなり多くなってきているのですが、これらが(資料・本・引き出し?)がきちんと整理できていません。ホームページからブログへの移行は、この辺りが上手くできないかという狙いもあります。しかし、今のところ、まだ充分な成果は表れていません。

 その他の課題では…

 これら二つ以外では、カテゴリー別としては、BOOKS-8、MOVIES-4、NPO-2、健康―1、家族―1、地域―1、全体―2 とあるわけです。しかし、BOOKSとMOVIESの半分は教育関係ですから、「触媒生活」でこの二つ以外のことに触れていることが極めて少ないのが現状です。では、この二つ以外に関する本とか、映画等をあまり見ていないかというとそういう訳でもありません。健康にいたっては、1月2日に計測編をアップしただけ。後が続いていません。これでは、三日坊主にもなっていません。趣味の水泳に関しても本を一冊紹介しただけです。食生活も書こうとは思っているのですが、実行していません。家族、地域は特に家族は書きたいことも沢山あるのですが、(家族と言えども)プライバシーの問題もあり、なかなかスッキリと出せません。NPOに関しては、まだそこそこしかやっていないのでまあ、この位のところです。あと、趣味では、木工とか、妻のやっている庭づくりの手伝い(花・木などを育てる方ではなく、造園のような力仕事)―というか、手伝わされていることがいつの間にか趣味のようになってしまっていることーがあります。
 娘のブログのように写真等を載せれば記事にし甲斐があってするのかもしれません。もうじき娘が孫二人連れて(二人目次男が6月8日に誕生)帰省して来るので、少し相談してみるけれど…そういえば、またジジ親家業が忙しくなる季節がやってきます。8月下旬には東京で息子の招待で彼女の御家族との御食事会(これって、結婚とどう関係があるのかな?)もあるし、先日は、妻のそれに着ていく服選びに付き合わされました。(私の方は、?)このように家族についても書くことには、事欠かないのですが、まだ、二歩目が踏み出せないでいます。
 
 そもそもこの「触媒生活」で何を-の原点に立ち返って

 このブログのスタート時に「私の日常生活の延長で関わっている様々なところで「触媒」のような役割が果たせれば、そんな「生活」ができればという私のモットー、願望がこのブログのタイトルになっています。」としました。タイトルの「触媒生活」は、BOOKSで紹介している「ヒトデはクモよりなぜ強い」(オリ・ブラフマン、ロッド・A・ベッグストローム著、日経BP社)から持ってきているものです。ヒトデ型(分権型の組織)にはクモ型(中央集権型の組織)のCEOのように強くボス的なリーダーはおらず、触媒の役割を担う者がいる。「どうしたらいいか提案はするが、提案した後は、みんなの好きにさせた。」「…触媒は仕切りはしない。…人々が行動を起こすよう触発する存在として重要なのだ。」「…ネットワークをつくったり、…身を引くときを心得てもいる。」という内容に惹かれて命名したものです。
 私は、学生時代を含む千葉時代、そして、ここ、栗原に住むようになってからと、その時々に様々な運動や、組織にも関わってきました。長年のこうした経験の中から、自分自身に向いているのがこの「触媒生活」を目指すことではないかと思うようになりました。少し前に職業としての仕事が一段落して、昨年末からのようやく本格的に「触媒生活」に入り(入ったつもりで)、この4月からは、年金生活者に仲間入りしました。(額は、まだ少ないのですが、厚生年金老齢厚生+JA(農協)個人年金+JP(日本郵便)個人年金である程度の額になります。)
 私自身のこれからの新たな段階、セカンドライフステージが始まっています。それを、このブログ「触媒生活」を使うことによってより有意義なものにできないかという試みをしているのだと思います。それをブログを使うことによって自分の向こう側に鏡のように置いてみる。それによって、自分自身が少し客観視する、それも公開しているわけで人に見られていることを絶えず前提にしている。勿論、色々な反応も得られる。だから、出せるところを出している、出したいことを記事にしている。しかし、都合の悪いことはあまり出さない。出しても、後から何とかなるという自信のあることは出している。いろいろとまだ慣れていないため、緊急を要することが先に記事になる。そのうち、記事として書く時機を逸してしまうことがあまりにも現状では、多いのです。一年たった時点での反省ではなく、半年ぐらいのこの時点での近況報告―反省は、このあたりで少しでも修正しようと思ってのことです。
 どう、修正するのか?記事に書くことのハードルをもう少し低くすること。行動記録を日記のようにつけてみる。とりあえず、記事にすべきだったことも少し遡って、簡単に記してみる。いろいろ試みてみようと思います。いろいろと今後も試行錯誤の連続だと思いますが、どうぞ、暫くお付き合いをよろしく願います。

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函館親睦旅行

    初夏の旅、函館親睦旅行
                                  2008.7.12~13

 地域の同世代夫婦中心の親睦団体ー一生会

  私の住む栗原市築館の黒瀬地区には、世代ごとに同世代の夫婦を中心としたいくつかの親睦団体があります。「黒瀬一生会」というのが私が所属している会です。多分、「一生付き合ってく」様な意味だったと思います。23年前にここにきて誘われて夫婦で入りました。男性では、私が最も新しいほうになります。この間、最も多かったのが、20人位で、色々な事情で若干減少して現在、15人です。10年ほど前に副会長を暫くしていました。主な行事は、田植え後の「早苗ぶり会」(ごくろうさん会)と、総会を兼ねた年末の忘年会(スケジュールが取れないときは新年会)それに、数年に一度の親睦旅行があります。それで、2年半前より私が会長をすることになりました会長をすることになったいきさつには後でふれますが少々問題がありました。

  会長兼幹事は大忙し

 会長職は、大まかな計画は立てますが、元々は、ほとんど名誉職でした。会計が、幹事=事務局をしてそこが会の中心でした。会長就任1年目は、地域の鹿島神社の由来を示した看板作り、(2度目)を行いました。そして、暫く親睦旅行をしていないのでそろそろ行こうかということになりました。私たち団塊の世代は、特に農村地域では、長男、長女(私のように婿が相手)夫婦が親と同居しているためせいぜい1泊2日の旅行しか集団ではできません。これまでは、男鹿半島、東京といったところです。今回は、北海道方面がいいということになり、函館について私が調べ始め、1年半前の総会で提案しました。
 ところが会の中心である会計の方が、(その年、県職員を定年退職していた)その年明けに、くも膜下出血で急死してしまいました。臨時総会を開き、会計は、その方の奥さんにしていただくことにしましたが、幹事の仕事は、会長である私が兼ねることになりました。副会長は、この間殆んど会の行事に参加しておらず、1年半前には夫婦で退会されていました。この辺の事情なども全て亡くなられた会計さんにまかせっきりにしていたもので私としてはどうすることもできませんでした。その年に旅行することはこうしたこともあって、延期しようということになりました。それで今年に行こうということが昨年末の総会で決まりました。この総会をした場所は、地震被害で今は、いつになったら再開できるか分からない栗駒山の中腹にある「いこいの村栗駒」でした。
 1年半前に少しは調べたとはいえ、総会に向け具体的に計画を立てて提案。4月に入り、その前の年と同様のパンフレットがJRのびゅうプラザからでたところで、問い合わせ、会員の参加予約を取り、集約。5月にJRに申し込み。6月に現地との連絡、予約。下旬に会員を集めての事前説明会。その間にも、参加の追加とキャンセル等々…こればっかりやってるわけではないので結構大変でした。

 団体旅行は大変だけど、また、楽しいもの…

 私は、若い頃から旅行は好きで一人旅をはじめ、色々な旅行をしてきています。高校2年の時、男4人での房総半島ヒッチハイク。高校3年に一人で東京からプロペラ機で九州に飛び、一周旅行(卒業記念)。夫婦で沖縄、グアム、家族で東北一周、佐渡島、北海道、タイ、韓国等。千葉時代には、職場等の団体で九州、四国、京都、信州、北海道などにも行きました。こちらに来て、夏のオフシーズン(きのこ栽培の)にも一人旅を結構していました。
 一人の場合は、勿論、企画等を全て行います。それだけでなく夫婦でも、家族でも、どういう訳か団体でもいつも旅行の企画担当になってしまいます。この中で一番気が楽なのが勿論、一人旅です。大まかな計画、下調べはできるだけしておきますが、宿泊だけ確保しておけば、あとは出会いとか、ハプニングを楽しめばいいのであって、一人だといろいろ余裕ができます。これが人数が多くなればなるほど大変です。夫婦では、彼女は、全て私にまかせっきりです。(要望だけは沢山出してきますが)
 さて、今回の函館親睦旅行ですが、参加者は、男性6人、女性7人の計13人。(内4世帯が夫婦)2週間前にキャンセルせざるを得なかったのは、消防署勤務の会員です。彼がこの1ヶ月の間に休みを取れたのはたった1日だったそうです。今日(7月16日)残る10人の捜索が打ち切られたので少しは、正常の勤務に近づくと思われます。ご苦労様です。この13人の人柄、好み、など様々で、いつも一緒にいるわけでもなく、色々と調整したり、要望に合わせるのも大変です。今回の函館は、私も初めてであり、下見をしているわけでもありません。いろいろ頭の中で、シュミレーションしたり、現地では、先導しつつ、最後も確認して(結局、最後尾に付いた)と大変でした。それぞれの好みやそのときの状態もあるので2日間の昼食はセットせず、現地判断となりました。しかし、13人全員が入れるところは?となると皆が買い物をしている間にチェックしました。ビヤホールで飲み放題をしてる間にもホテルへの帰りのタクシーの手配をしたりとこれも大変。(酔っているけど…)
 そうはいっても、ワイワイ、ガヤガヤと取り留めのない話から、真面目な話まで、話し相手は、色々変わって、延々とするのも結構、楽しいものです。

 民主的な会の運営に努力

 さて、最初に触れた会長になったいきさつの問題についてです。2年半前、この年は、きのこの栽培もトラブルが続き、役員改選(3年任期)時期にあった年末の総会(兼忘年会)に急に出席できなくなりました。体調も悪くこの少し前より椎間板ヘルニアになっていました。確かに事前に会長にとの打診はあったかと思いますが、当日は、妻しか参加しておらず、欠席裁判で会長に決められてしまいました。渋々承諾してきてしまった妻とは、勿論、この後、夫婦喧嘩になりました。椎間板ヘルニアは、年を挟んで2~3ヶ月注射、投薬、整体で何とか軽くできました。しかし、その半年後に、そ径ヘルニアが判り、これは、即手術しました。ところがどうしたわけか、手術後、リハビリをしているうちに椎間板の方もすっかり鈍痛がなくなってしまいました。いずれにしても、ここへ来てからの長年の慣れない肉体労働で体にかなりの負担がきていたところでした。こうしたこともあって、きのこ栽培にも見切りをつけ、会長職もいつまでも欠席裁判だったからという意地を張るのもやめました。そうした矢先に、会計の方が亡くなるという事態になったわけです。
 後半年で任期が終わるので、この旅行中にいろいろ打診を始めました。男性でまだ会長をしていないのは、残り3人となっています。その1人が、消防署員の方。今、最も大変な時期で、それは分かるのですが、参加していた奥さんは「とんでもない」と固辞。しかし、私は、「欠席裁判はしない。どうするかは、本人が直接皆の前で言うべきだ」としました。ビアホールで女性陣に「この際、男女の壁をを取ってはどうか」と提案しましたが、お酒も入っていたためか即却下。(これは、改めて提案し直します。)元会長をされた方が、来年退職なので幹事だけをしても良いとの表明がありました。(会計と分けるには、規約の改正が必要)いずれにしても、年末の総会までの持ち越しとなりました。会の運営における民主的なルールの確立が、お互いの腹を割った話し合いと共に、必要だと痛感しました。会をお互いに支えあって、長続きさせるには、どうしても不可欠です。

<旅行スケジュール>   2008.7.12~13
 参加者   男性6人     女性7人
7月12日(土) 
 6:20 黒瀬分館集合 3台車でまとまって出発。
 7:02 くりこま高原駅 はやて95号  あったからとの
 8:37 八戸駅 8:52 スーパー白鳥95号  
 12:02 函館駅到着 、 駅の近くで昼食。
 1:30 函館駅改札口へ、バスのガイドさんが旗を持っている。
 1:30~5:00 ガイド付の貸切レトロボンネットバスで市内観光
     コースは→  函館駅―元町エリア-五稜郭―トラピスチヌ修道院―湯の川温泉 
 5:00 平成館しおさい亭に到着、函館タクシーを手配。
 5:00~7:00 宿泊ホテルで休息(入浴)
 6:00~豪華夕食バイキング                      
 7:00 函館タクシーで函館山へ
 7:15~8:15 ロープウェイで山頂へ 大パノラマ夜景
 8:30~10:30ベイエリアの函館ビヤホール、一人3000円で、おつまみと飲み放題のコース。
 10:30 函館タクシーで宿泊ホテルへ
 10:45 平成館しおさい亭に到着。各自、温泉などに…
        午後~朝3時まで 7階展望風呂 男性用  4階大浴場 女性用
        朝4時~       7階展望風呂 女性用  4階大浴場 男性用
7月13日(日)
 6:45~ 朝食(レストランバイキング)
 8:10 平成館しおさい亭から湯の川プリンスホテル渚亭に移動。
 8:20ごろ~ 湯の川プリンスホテル渚亭からツインクルバス函館朝市号で出発、
       湯の川温泉―函館朝市-元町付近散策―ベイエリア散策―函館駅(11:45到着)
 12:00ごろ~ 函館駅の近くで昼食
 12:53 函館駅 スーパー白鳥22号  
 3:50 八戸駅 4:06 はやて22号  
 4:35 盛岡駅 4:47 はやて24号 
 5:34 くりこま高原駅到着
 6:00ごろ 夕食を一緒に食べました。
   車で黒瀬分館までー解散、(お疲れ様でした。)

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図書館・学校図書館問題市議会傍聴記

7月2日図書館・学校図書館問題栗原市議会定例会傍聴記  

  「図書充足率112%って一体、何?」 

                                   2008.7.4  

異様な雰囲気での市議会

 6月14日の岩手・宮城内陸地震のため中断していた栗原市議会6月定例会が、7月1日より再開され、この日はその2日目。図書館をもっと大きく育てる会(栗原市)の会員でもある三塚 保夫市議が、本会議での一般質問でこの問題も取り上げると言うのでこの間、資料提供等してきたこともあり、傍聴をしに行きました。定刻の10時より少し早めに市議会につき、エレベーターで佐藤 勇市長と一緒になりました。このところ、連日TVで見かける防災服でしたが、私は、軽く会釈をしただけで、彼は、秘書?と慌しくエレベーターの中でも打ち合わせをしていました。定例会は、本会議場で行われるかと思ったら、天井等が、かなりひどい破損状況でした。それで、横の会議室でとなっていました。学校統廃合問題で2月6日に文教民生常任委員会の傍聴をしたのと同じ場所でした。かなり狭いところで執行部と議員だけでも満杯。傍聴席はたったの8でした。私は15番目でしたのでドアを開けた廊下での傍聴となりました。議場の執行部全員が市長と同じ防災服、市議も作業服という何だか緊急事態という、緊張した異様な雰囲気でした。

 図書館・学校図書館問題は教育長が答

 三塚市議の一般質問は、3項目。1番目はやはり、地震対策について。自主防災組織の対応などの検証を求めていました。図書館・学校図書館問題は、最後の3番目でした。一回目の質問時間が30分。3番目ですから10分は切ってしまい、7~8分といったところ。「本のあるくりはら」第8号と第9号に基づき、どうしてもデータ(数値)中心で、あと学校図書館法を用いる位でした。市長の答弁もやはり、1番目に重点を置き、2番目は(市長の地元のこと)大枠を述べ、3番目は佐藤教育長に答弁を全て任してしまいました。本当は、市長にも答えてもらいたいところですが、現在の状況では止むを得ないと考えています。

 図書館- データ上、県内平均を上回ればいいのか?

 しかし、問題は、教育長の答弁の中身です。データに対しては、データで答えてくることは想定内のことでした。廊下での傍聴でしたのでよく聞き取れませんでしたが、図書館については、第8号で資料費、蔵書冊数、貸出冊数を取り上げています。教育長の言い分は、これに対して、公民館図書室等の分を加えれば、いくつかの指標で県内平均を少し、上回るというものでした。確かに、それはその通りです。(そう来ることは想定内)そのために、この間、「栗原旧10町村の図書費と栗原市の図書費」」「図書館と主な公民館図書室等の利用状況」という資料をまとめてきているところです。前者の*4の中で「公民館図書室等が資料費だけでなく組織・機構上でも再編・整備され、市立図書館の基に置かれれば、(図書館分館、支所、或いは、地域図書館とか…)協会での扱い(全国比較でも)も統一されたものとなると思います。」としたように宮城県図書館協会の集計に公民館図書室等が含まれないのは、それなりの理由があることです。
 新しい施設の金成と一迫に関しては市立図書館とのコンピューターシステムの統一ができれば直ぐに集計に加算されると思いますが、現状では、市内全域の市民がその2つの施設の図書を利用できる状態になっていません。他の公民館図書室の資料にいたっては、廃棄すべきものも多く含まれています。データを示しておいてこのように言うのは、矛盾するかもしれませんが、データは、データでしかなく、もっとその中身を見ていただきたい。県内平均といっても宮城県自体が、全国比較では、低位です。日本自体でも世界の進んでいるところと比べれば、まだまだ遅れています。 問題なのは、今の読書環境で、市民にとっていいのかということです。 2010年を国民読書年とする決議 が衆参両院で採択されています。今後の日本にとって、世界の中で生き抜いていくには、教育を重視し、読書立国をめざしていくことが、求められています。今、必要なのは、つじつま合わせや、あれこれの言い訳ではなく、内実です。

 学校図書館- 「図書充足率112%って一体、何?」

 次に、教育長は小・中学校図書館の現状について、図書充足率が小学校で、112%、中学校で85.3%であると報告。今後は、合理的配分に努めると答弁しました。私は聞いていて一体何を言っているのか全く理解できませんでした。答弁している教育長、その内容を準備した事務局、それに、質問した三塚氏も再質問をしませんでしたから疑問を持たなかったのか理解していません。それに当日は地震のこともあり、多くの報道陣も取材していましたが、問題視する様子は、全くありませんでした。文部科学省の行っている「学校図書館の現状に関する調査」には、図書充足率なる概念は全く有りません。この「図書充足率」なるものが何を意味するのか、それに100%でなく、何故112%にもなるのか全く分かりませんでした。「本のあるくりはら」第10号では、6月8日に行われた市政懇談会での教育長と私のやり取りを掲載しました。
 教育長は、その中で、「おかげさまで、栗原市では、学校図書館の図書標準を小学校では100%達成しています。中学校の方は、残念ながらそうではありませんが…」
それに対して私は、次のように指摘しました。「100%予算措置しない理由に栗原市は、「学校図書館図書標準を達成しているため」と、ここ、2年間も答えているけれども、これは、明らかな間違いです。同じ年の別の文部科学省の調査で栗原市は、100%達成している小学校は、12校の、41.4%、中学校では、3校の30%と回答しています。」
 この間違いについて、教育長はいまだに理解していません。彼は、これを理解しようとしないばかりか、今度は、さらに私から見ると理解不可能な「図書充足率112%…」を出してきました。これが一体、何を意味するのか私の方が理解するために翌日の7月3日午後、市教育委員会学校教育課に行き、担当の課長補佐に真意を確かめました。

 図書充足率を出すことは、

         全く意味のないデスクワーク、自己満足


 参考(小・中学校の図書充足率)        
  平成17年度 小学校  98.5%            
  平成18年度 小学校 108.2%           
  平成19年度 小学校 112.0%          
  平成17年度 中学校  90.5%       
  平成18年度 中学校  99.4%
  平成19年度 中学校  85.3%
 参考(充足率の算定方法【説明】)
 ①図書標準=基本冊数+乗算冊数×(学級数-減ずる数)
 ②充足率=(学校図書数÷図書標準)×100
 ※①の式により図書標準を求め、その後、②の式により学校図書数を図書標準で割り、パーセント 表示した率が充足率です。


 課長補佐は、全ての小中学校のデータ一覧を持っているようですが、上記のこれだけを出してきました。それで、私はやっとこの「図書充足率」なるものの意味することが理解できました。そして、これを出してきた真意も見当がつきました。

 分かりやすくするために、6月7日に記した「3つの学校図書館を訪問して」の3校をこれに当てはめて説明します。
 つまり、市に今、富野小学校と築館小学校と津久毛小学校の3校しかないと仮定してです。
富野小(38人、5学級) ①学校図書館図書標準4560冊 ②蔵書冊数8894冊 ②/① 1.95 (195%)
築館小(447人、16学級) ①  〃    9580冊 ② 〃 10911冊 ②/①1.14 (114%)
津久毛小(47人、5学級) ①  〃    4560冊 ② 〃  2859冊 ②/①0.62  (62%)
 これを文部科学省の「学校図書館の現状に関する調査」図書等の整備状況調査に即して分析すると
 各学校における学校図書館図書標準の達成状況 50~75% 1校 達成(100%以上)2校 各自治体において、学校図書館図書標準を達成している学校数が、当該自治体の全体校に占める割合 66.7% となります。ただそれだけです。
 これを、栗原市独自の「図書充足率」なる考えを当てはめると、
 (8894+10911+2859)÷(4560+9580+4560)=1.21 121%となります。
 66.7%と121%、この二つには、明らかに考えた方の違いがあります。課長補佐にこのことを説明しても、「それは、あなたの考え方でしょう」といいます。「違います。これは、調査をしている文部科学省の考え方なのです。」と言いましたが、はたして正確に理解してもらえたかどうか私も自信が持てないため、この文章を作成しています。

  今度は、仮定ではなく、この4月21日に文部科学省が発表した平成19年度「学校図書館の現状に関する調査」結果について からです。
[宮城県]の表から
栗原市分の
  公立小学校 各学校における学校図書館図書標準の達成状況 25~50% 1 50~75% 5 75~100% 11 達成(100%以上) 12 
各自治体において、学校図書館図書標準を達成している学校数が、当該自治体の全体校に占める割合 41.4%  
  公立中学校 各学校における学校図書館図書標準の達成状況 50~75% 1 75~100% 6 達成(100%以上) 3 
各自治体において、学校図書館図書標準を達成している学校数が、当該自治体の全体校に占める割合 30.0%
  ですから、実際には、文部科学省(図書標準の達成校の割合)と栗原市(全部均して、トータル数で「図書充足」が行われ、 100%?を超えればよい)との結果の取り方の違いは、小学校41.4%と112%、中学校30.0%と85.3%となってきます。しかも、担当者は、中学校が18年度から19年度で4.1%減少したのは、廃棄を進めたところがあるためと言っていました。廃棄を進めることは当たり前のことであり、まだまだ栗原市の多くの学校で充分に行われていません。廃棄の認識も不十分です。

  再び、具体的に例に挙げた3校について考えてみます。
富野小は、195%とかなりの高水準です。しかし、ここ2年間の図書費の配分は10万円を切り、合併前の3分の1まで減らされています。学校図書館図書標準自体は高い水準ではありません。ここは、更に上の全国学校図書館協議会の メディア基準 をめざすべきです。100%措置に見合う少なくとも今の2倍の配分が必要です。今後も適切な廃棄と更新を行い、施設として、活動としても栗原市における最先端を進むモデル校にすべきです。
築館小は、確かに学校図書館図書標準の達成はしているものの、実際にその図書室を見ると問題は山積しています。学校の大きさからするといかにも手狭です。今の2倍以上が必要です。パソコンも問題アリ、学校司書の配置が今直ぐ必要。何と言っても合併前より図書費が、半減されてしまっていることは大問題です。築館小は、市内で最も大きい学校です。データベース化や、活動も高水準の学校です。しかし、ここは、もっと、栗原市を代表する学校図書館にするために、大規模な改造計画が必要です。
津久毛小は、栗原市において多分、平均的な学校図書室の状態のように思われます。この2年ようやく図書費が100%措置以上になってきました。それでも現在の水準です。つまり、100%でも不足なのです。廃棄処分も行われていません。子どもたちが読書好きであること、校長先生が読書活動に熱心であることという好材料もあります。文部科学省が学校図書館図書標準を作り、もう十数年も毎年地方交付税ではありますが多額の予算措置をしているのは、本来の自治体での学校図書館図書費に上乗せして、こうした学校図書館図書標準にも達していない学校も早急にそれを達成するよう促しているものです。ここは、栗原市において、遅れている学校図書館(室)を抜本的に改善していくモデル校にすべきだと思います。

  再び、6月6日の市政懇談会で私が要望したことを繰り返します
早期に実現を要望すること。(9月補正で) 
① 図書館資料費をあと1000万円増額すること。
② 学校図書費もあと1000万円増額すること。
今年度中に実現を要望すること。
③ 「図書館整備計画」の策定。
④ 学校図書館の充実計画を盛り込んだ「子どもの読書推進計画」の策定。


  栗原市が、「図書充足率」を用いることは、全く意味のないデスクワークの典型です。市政懇談会でも強調しましたが、あれこれ言う前に先ず、各学校図書館の正確な実態を把握していただきたいと思います。そして、何が、今、子どもたちに必要なのか、どのようにすればよいのかを、子どもたちの中と学校図書館の現場に立ち考えていただきたいと思います。図書館と公民館図書室のこれからのあり方についても同様です。

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