触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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MOVIES 10月、残りも

MOVIES 10月、残り2本もアップします。                    
                                          2008.10.29

 山桜

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 製作年度2008年、99分の邦画。 
 関連するリンク先は― ヤフー映画 山桜

あらすじー江戸後期、不幸な結婚生活に耐える野江(田中麗奈)はある日、1本の山桜を見つける。花に手を伸ばすと1人の武士(東山紀之)が現れるが、彼は野江が今の婚家に嫁ぐ前に縁談を申し込んできた相手、手塚弥一郎だった。自分を気遣ってくれる人物の存在に勇気づけられる野江だった。当時、藩は、数年来の冷害による財政悪化が深刻化していた。解決策として譜代の家老・諏訪(村井国夫)は新田開発を推し進めるが、真の目的は豪農からの賄賂で私腹を肥やすことにあった。そして野江の嫁ぎ先である磯村家も、諏訪に取り入って余禄を得ようとする始末。野江はそんな家風になじめず、夫や姑から疎んじられながら、ひたすら家に尽くす毎日だった。もっと大変なのは百姓たち。新田開墾に駆り出され、自分の田畑の世話も充分にできないのに年貢を増やされ、おまけに冷害で踏んだり蹴ったりに。(百姓の生活は原作には無い)諏訪の暴政で幼い子までが餓死したのを知って、遂に弥一郎は、諏訪を成敗してしまう。事の顛末を聞いた野江は、弥一郎を呪そする夫の羽織を思わず落としてしまい、姑から家紋を汚したとなじられて離縁させられ実家に帰されてしまう。弥一郎は直ぐに切腹の沙汰が下るかと思われたが、四月に藩主が帰国するのを待って、裁断を仰ぐことになり、獄舎に移された。弥一郎のことで胸を痛めるようになった野江は、彼との一年前の再会と同じ時期、山桜の小枝を持ち、世間のしきたりを越えて弥一郎の家を訪ねた。出てきた弥一郎の母は山桜を見て眼を細め、それを受け取ると野江に上がるように勧めた。野江にははっきりとわかった。ここが私の来る家だったのだと。回り道をした野江の眼には、いつしか涙が溢れていた。

 2週間ほど前に一関の映画館へ妻と二人で観にいってきました。藤沢周平作品は、山田洋次監督の「たそがれ清兵衛」「隠し剣 鬼の爪」「武士の一分」の三本とも映画館で、黒土三男監督の「蝉しぐれ」はDVDで(私は、市川染五郎よりもNHKTVの内野聖陽の方が好印象です。)観ています。映画の原作「山桜」は、わずか20ページほどの短編です。(藤沢周平全集 第五巻では13ページ)篠原哲雄監督のこの作品は、全体的に物語の進行はとても緩やかで、お二方とは違う演出です。しかし、ほんのわずかな短編を99分(これも短い方)の作品にしてあるのですから、所々に、色付けが施してあります。私が、藤沢周平作品の持つ色合いが良く出ていると感じるのは、このお二方の作品からも影響されているかもしれません。つまり、この映画は、原作は全く損ねていないどころか、他の藤沢周平作品やそれを映像化したお二方の作品からもから上手に援用を受けていると思います。そのへんの脚色は見事としかいいようがありません。主役の田中麗奈は、時代劇には不慣れだと思われますが、彼女の持つピュアさを全面に押し出して作った時代劇だと思いました。それを、ベテラン役者が脇を固めてバックアップしたという感じです。東山紀之はこの役にピッタリ。あの凛とした顔立ち、立ち振る舞い、太刀捌きは男でも惚れ惚れします。しかし、それ以上に良かったのは脇役の女優の方々。野江の母役に壇ふみ、弥一郎の母役が富司純子、磯村の姑を永島暎子がそれぞれとても印象に残る演技をしています。

 私は、特にラストシーンにとても感動させられました。それは、野江が弥一郎の家に入った瞬間からです。野江と弥一郎の母とのここでの初めての出会い、交流は、短いながら強烈な印象を受けました。富司純子のとても品のある立ち振舞いによるところもあるでしょうが、それ以上に、このクライマックスシーンで二人から醸し出された雰囲気は、何とも言えぬ安らぎを覚えました。藤沢周平作品として、主人公に女性を据えているのは、どうでしょう、異色だと思われますが、それをよく映像として丁寧に作り上げた映画です。その良さが、特にこのラストに現されていると感じました。

 しかし、その肝心な最後に主題歌が歌詞入りで流れたのには閉口しました。歌詞が映画の内容にあっていないし、この場合、極めて耳障りで不快でした。8月30日の<家族>の記事のところで、東京で観た映画「さよなら いつかわかること」を取り上げました。クリントイーストウッド担当の音楽がとても効果的でした。「映画が終わって最後に、製作関係のテロップが続くところでその音楽に美しい歌がついて流れてきました。そのため、多くの観客がなかなか席を立たなかったということでした。」と記事にしています。この映画では、これのまったく逆です。私は、涙が出ているのに、急いで席を立ちたくなりました。





 モンゴル                    2008.10.25

nla

 製作年度2007年、125分の カザフスタン、ロシア、ドイツ、モンゴルの4か国による合作映画。
 関連するリンク先― ヤフー映画 モンゴル

あらすじー冒頭は、西夏王国の岩牢の中でほとんど即身仏と化し、頬に苔むして座り続けるテムジン(浅野忠信)の異様な姿から始まる。この牢の前の吊り橋に若い僧がやってきて告げる。「あなたが遣わした僧は道半ばで死にました」それは、すべての"希望"が潰えたことを意味するはずだった。しかし… 物語はここからテムジンの少年期に戻る。モンゴル遊牧民族の長イェスゲイの長男として生まれたテムジン(鉄木真)。妻探しの旅の途中で立ち寄った集落で、一人の娘ボルテ(スン・ホンレイ)と出会う。旅の帰路で、父イェスゲイが急死する。それはテムジンの過酷な半生の始まりだった。部族の離散、妻ボルテ(クーラン・チュラン)の略奪、盟友ジャムカとの戦いでの敗北、そして冒頭シーン、虜囚の恥辱の状態へと戻る。確かにテムジンが送った僧は亡くなったが、西夏王国の裕福な商人の妻にされていたボルテの手引きで、テムジンはようやく脱出。こうして艱難辛苦を乗り越え、ついに壮絶な合戦の末にジャムカをも破る。この後、テムジンは、蒙古高原の大小の遊牧民部族をまとめ上げ、モンゴル帝国の王と呼ばれるにふさわしい一人前の男に成長する。チンギス・ハーンの誕生である。

 この映画が全世界規模で公開されたことや、第80回アカデミー賞外国語映画部門にノミネートされたことで話題を呼んでいました。それに、主演のチンギス・ハーンに、日本人俳優の浅野忠信が抜擢されていたため見ることにしました。同じチンギス・ハーンの物語、角川春樹総指揮の「蒼き狼」は既に見ていました。つい比べたくなるのですが、この2本、あまりにも異質でした。同じ日本人が演じる「テムジン」で、反町テムジンは日本人を感じてしまいましたが、浅野テムジンにはモンゴル人を感じることが出来ました。「蒼き狼」は、演じている日本人俳優たちは垢抜けしていて身に付けている衣装は小奇麗。日本語台詞だけの問題ではなく、すべてがあまりにも日本的。所作、顔立ち、等など。日本向けにだけ作られた映画ではないかと見た時に感じました。「蒼き狼」で持っていたその違和感を、この「モンゴル」では見事に払拭してくれました。それは、主演の浅野忠信を含め、全てモンゴル語台詞で通しているからだけではなく、全編に渡って12世紀の遊牧民の体臭・家畜の臭い・血と肉と脂の臭いと砂と埃が漂いそうで、さらに、衣装、生活用具、武具のひとつひとつが丁寧に作られていました。

 しかも人物像の描き方も違っているようです。私は、モンゴルの歴史や伝統は、まだ良くわかっていません。この映画で画かれている様々なこと、「テングリ」という運命神?雷、夫婦関係、親子関係、アンダ「盟友」など人間関係から精神的なものなどまでです。こうしたことが、まだよく分からなくとも、体にズンと響く蒙古的な音楽のホーミー(喉歌)と共に、じっくりと雄大な自然の中に画かれたこの映画を見ていると、何となく少しはモンゴルを理解する精神的な手掛かりをつかめたように思います。

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MOVIES 10月の最終週

MOVIES 10月の最終週にも何本かアップします。             
                                        2008.10.28

最高の人生の見つけ方          2008.10.27 


hkr

 製作年度2007年、97分のアメリカ映画。
 関連するリンク先― ヤフー映画 最高の人生の見つけ方

あらすじー仕事に人生をささげた大富豪エドワード(ジャック・ニコルソン)と、家族のために地道に働いてきたカーター(モーガン・フリーマン)は、入院先の病室で知りあった。共に余命は6か月。実直な自動車整備工で雑学王のカーターは、BUCKET LIST (棺桶リスト=死ぬまでにやりたいことリスト)なるものをメモして、気に入らなかったのだろうか、丸めて床に捨てしまう。一方の病院を幾つも経営する実業家で破天荒なエドワード(入院したのも自分の病院)、それを偶然拾って、「自分ならこうするね」と書き足してしまう。二人は、やりたいことをすべてやり尽くそうと決意し、無謀にも病院を脱出。リストを手に、さまざまなことに挑戦する。

 まずはエドワードが書き加えた「スカイダイビング」。エドワードは生きていることを実感した。カーターはただただ絶叫。次が、カーターの夢―「マスタングでぶっ飛ばす」。カーターの憧れのシェルビーGT350対エドワードのダッジチャレンジャーのサーキット走行。ゴリゴリ擦りあうような無茶苦茶な運転を楽しむ。「どれだけ金持ちなのだ」と驚くカーターを自家用ジェットに乗せての世界一周旅行。アフリカ・フランス・インド・エジプト…考えや性格のまったく違う二人が仲良く旅をする。カーターは言う。「死んだら火葬にして骨は缶にでも入れて欲しい。」と。「TATTOOを入れる」も、エドワードが書き足したもの。有頂天になって刺青を入れてもらっている彼とは対照的にカーターは断固拒否。エドワードが気を利かせた女性を、カーターは、危ういところだったが断った。結局一番自分が求めていたものは身近な家族であること、家族とともに過ごす時間が一番だったということに気づくカーター。親しくなったカーターに、4度の離婚暦のあるエドワードは、唯一の子ども、一人娘の話をする。今は別離して絶縁されたと言う。アメリカに戻った二人は、カーターの計らいでエドワードの娘の家へ。怒ったエドワードは一人帰ってしまう。一人家に戻ったカーター。一家団欒の食事。忘れてしまった「愛」に気付いたカーターは、妻とベッドを共に…の寸前、カーターは倒れた。病院に戻ったカーターは、エドワードと再会する。癌が脳に転移している。最後の手紙を妻から受け取る。そして最後の雑学の話。エドワードが大好きなコピ・ルアクというコーヒーの由来。(内容は省略)二人で大爆笑。これで「死ぬほど笑う」の項目は達成。

 脳手術むなしくカーターは他界。エドワードは葬儀の教会で、自分勝手に聞こえたら残念なのですがと前置きした上で「彼の人生最後の数ヶ月は、私にとって最高の日々でした」と述べた。エドワードはカーターの葬儀にて初めて気付く。他人への思いやりの温かさに。そう、ここでリストの「見ず知らずの人に親切にする」が達成されます。あとに残ったリストの項目は、エドワードに託された。エドワードは、カーターからの最後の手紙に従い、目を背けてきた「愛」に向き合う。そう一人娘との再会。そこには、可愛らしい孫娘がいた。孫娘にキスをして「世界一の美女とキスをする」の達成。その後、エドワードも亡くなり、カーターと同じ缶に遺骨を詰められて、エドワードの忠実な秘書が世界の頂上、エベレストに置きに。頂上の石碑の中に「荘厳な風景を見る」の項目を塗りつぶされてから、リストを挟んで缶が置かれた。




 あらすじが大変長くなってしまいました。書きながら自分の感想を書き加えそうになってしまいました。ジャック・ニコルソンもモーガン・フリーマンも大好きな俳優です。もう二人とも70歳を超えているというから大したものです。癌で死んでいく話なのに、見ていてニコニコしてしまうのは何なのでしょうか?二人ともかなり地に近いのではと思わざるを得ない設定です。二人の演技とともに、脚本が良いのだと思いました。「世界一の美女…」という月並みな願望に対して用意されていた答えが、孫娘とは…やられた!と思いました。それに、ラスト。散々世界中の名所を回り、リストの「荘厳な風景を見る」は既に終わっていると思っていたのに、最後にエベレストですか。それも遺骨で…これは、更に、駄目押しをされた感じです。それと、カーターが忘れていた「愛」と、エドワードが目を背けてきた「愛」は、ともにリストには無かったものです。それぞれの「最も愛する人に、感謝の意を最後に表明したい」という願望は、相手のお節介で気づき、気づかされたのだと思いました。こんな友人がいるといいですね。

 私自身60歳を超えて、この二人に(役柄の)少しは近い処にいるわけです。前に遺言ノートは作ろうと決めたのですが、65歳過ぎになると思っています。自分史は、何とも言えず(途中の68年問題の取り掛かりもしていない。)では、いきなり棺桶リストといっても…癌を宣告されてもいないし、まだ当分シブトク生きるつもりだし…しかし、やり残していることは、結構あります。だから、「当分死なないけれど、死ぬまでにやりたいことリスト」では長すぎる。まあ、せいぜい、私の場合、途中を省いて、変更可能な「やり残しリスト Part1」でも始めることにします。

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子どもの本シリーズ 8

<子どもの本シリーズ 8 >

10月のストーリーテリング勉強会 (10月26日)                 
                                       2008.10.27

 この日の発表者は5人でした。
① I さんの「三枚のお札」 おはなしのろうそく5(東京子ども図書館)
② S さんの「あなのはなし」 おはなしのろうそく4(東京子ども図書館)
③ T さんの「おいしいおかゆ」 おはなしのろうそく1(東京子ども図書館)
④ A さんの「あなのはなし」 おはなしのろうそく4(東京子ども図書館)
⑤ T(男性) さんの「星の銀貨」 グリム童話
 この中から、②④と⑤を取り上げます。

(NO.21) あなのはなし 
 ミラン・マラリーク作、間崎ルリ子訳 おはなしのろうそく4(東京子ども図書館編)

あらすじーあるところに、あなの開いた靴下があった。そのあなは、どんどん大きくなって、靴下を飲み込んでしまった。あなは、ぶらりと外へ出かけていく。途中で、ドーナツ、かえる、つばめ、ひつじに会い、一緒に歩いていく。やがて、大きな森にやってきて、その夜は一軒の小屋に泊まることになる。ところが、夜中、おおかみがやってきて、ドーナツやかえるをどんどん「パクリ!」と飲み込んでしまった。とうとう最後に、あなまで飲み込んでしまった。ところが、あながおおかみのお腹に入ると、おおかみのお腹に、あなが開いてしまいました。そのあなから、ひつじ、つばめ、かえる、ドーナツが外へ這い出しました。あなは、どんどん大きくなって、すっかり、おおかみを飲み込んでしまいました。

 こうした奇想天外で、聞き手の意表をついた内容のお話です。繰り返しが多く、リズムよく話ができます。森の小屋に入ってから、話の流れが変わりますので、上手く場面の切り換えをすることが、腕の見せ所です。勉強会では、たまたま二人もこのお話を選んでいました。比較しながらも二度聞くと、より深くお話を味わうことができました。5分程度で、小さな子に向く、とても愉快な創作のお話でした。

(NO.22) 星の銀貨 
 グリム童話 

あらすじーむかし、あるところにたいそう貧しい少女がいた。彼女の両親は亡くなってしまい、住むところも食べるものも着るものも無かった。親切な人からもらったひとかけらのパンと彼女が着ている服だけが彼女に残された唯一のものであった。しかし、彼女はとても良い心の持ち主だった。彼女が道を歩いていると、おなかを空かせた男に出会う。彼女はためらいもなく男にパンを渡し、また歩き出す。今度は寒がっている子どもに出会う。彼女は親切に着ているオーバーを差し出し、また歩き出す。すると、また別の寒がっている子どもに出会う。彼女は着ているスカートを子どもに与え、歩き出す。そうしているとまた別の子どもが現れ、彼女に唯一残されたシャツを欲しがる。彼女はシャツもその子どもにあげてしまう。やがて、着るものも食べるものも失ってしまった彼女がその場にたっていると、星が彼女のもとに降ってくる。彼女の行いを神がほめたためだった。降ってきた星は銀貨となり、少女はいつの間にか新しいシャツを着ていて、拾い集めた銀貨で裕福に暮らしたのだった。  

 勉強会でこの作品の素話を聞いた時、すぐにはグリム童話だとはわかりませんでした。私には、グリム童話は結構、残酷なものが多いという印象があるのですが、これはまったく違うメルヘンな作品です。グリム童話は何人もの方が翻訳されています。彼の使った本は、どれかはまだ特定できていません。細かいことですが、少女が与えていく服の種類が本によって違ってくるのです。また、この話、昔の翻訳ではドイツ語 「ダ・シュテルン・ターラ」 のタイトルが「星の金貨」となっています。ダ・シュテルンは「星」、・ターラは、当時のお金の名前だそうです。この物語ができた当時、金貨はまだなく、銀・銅で硬貨は作られていたそうで、結局、その後、「星の銀貨」に落ち着いたようです。

 話し手のTさんは、今回が初めてということで、4ヶ月前より準備を始め、1ヶ月前には一応、出来上がったがったという、力の入れようでした。「フレーズ毎に、間を多く取るようにした」そうで、とても丁寧に話され、独特の世界作っていました。ただ、勉強会のように大人対象では良いのですが、子ども向きにはなっていないと感じられました。後で調べても、この作品は大人向きに拡がっていることがわかりました。大人向きのビジュアル絵本が出ています。さらに、1995年より続編も含めて何度も作られたテレビドラマの「星の金貨」は、この「星の銀貨」をモチーフにして作られたものといっていいと思います。私自身は、最初のものしか見ていません。確か、「無償の愛」がテーマの一つになっていて、最終回のラストシーンは、見上げると、満天の星…空から金貨が降ってくるのが、見えるような感じだったと思います。

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子どもの本シリーズ 7

<子どもの本シリーズ 7>

定例のおはなし会 (10月25日)                  
                                       2008.10.26

 栗原市立図書館での定例のおはなし会(毎週土曜日午後2時半~3時まで)の第4班の当番が回ってきました。Hさんが風邪引きのためメニューの変更をして行いました。
① おしり さえぐさひろこ著、さとうあきら写真、アリス館
② おまたせクッキー パットハッキンス著、乾 侑美子翻訳、偕成社
③ ぼたもちばあさん 国松俊英脚本、川端 誠画、童心社
④ はらぺこねこ 北欧民話、木村由利子著、スズキコージ(イラスト)
 ①と②を司書のNさんが、③と④を私が担当しました。この中から、②と③を紹介します。

(NO.19)おまたせクッキー 

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 パットハッキンス著、乾 侑美子翻訳、偕成社
 関連するリンク先― アマゾン おまたせクッキー

 お母さんが「おばあちゃんほど上手にクッキーを作る人はいないわよ」と言いながら12個のクッキー焼きます。それを食べようとするたびにドアベルが鳴り、人が増えてクッキーの分け前が減っていくお話です。最初は、その家の子どもの2人で2ですから、12÷2=6でしたが、友達が2人きて4人になったので、これで、12÷4=3に。次が、12÷6=2。それから10人になって、12÷10=1…2。という風にいつの間にか算数の計算をさせられてしまっていました。さて、その次に誰かが来たらどうなってしまうのかと心配していると。最後はサプライズです。本当におばあちゃんが大量のクッキーを持って訪れます。それで、みんなひと安心。みんなで分け合って食べることは楽しいことです。読んでいてもホッとして幸せな気分になれる絵本です。パットハッキンスのこの作品も、NO.15の「ベーコンわすれちゃだめよ」と同様に、「ティッチ」の系統の「ティッチ」以後の同時期のものです。担当の司書のNさんは、大変落ち着いて上手に読まれていました。

(NO.20)ぼたもちばあさん 
 国松俊英脚本、川端 誠画、童心社
 関連するリンク先― 国松俊英Web

  ばあさんが、近所の人からぼたもちを、10個もらいます。よくばりなばあさんは、重箱に入れたぼたもちに向かって、「よめさんがおまえらを食べようとしたらな、カエルになれ」と言い聞かせ、お寺へ出かけます。それを見ていたよめさんは、ばあさんがいなくなるとさっそく重箱をあけ、「ひとつぐらいええやろ」とぼたもちを食べますが、おいしいのでもう一つ、もう一つ、と、ついに全部食べてしまいます。困ったよめさんは、たんぼでカエルを10匹つかまえて重箱に入れておきます。やがて帰ってきたばあさんが重箱をあけると、ぴょーんとカエルが飛び出すからびっくり。「こら、ぼたもちカエル、はようぼたもちにもどれ。わしはばあさんやで」などと追いかけ回しますが、カエルは座敷中をとびはねて、たんぼへ逃げていきます。ばあさんは、本物のカエルに向かって、「そんなにとんだらあかん。あんこが落ちるやないか」と…

 このような内容の紙芝居です。脚本の国松俊英氏は動物画家というイメージを持っていましたが、児童文学全般にわたって活躍されていると認識を改めました。<子どもの本シリーズ2>で取り上げた7月27日の常盤 洋美氏の紙芝居を使っての実演に触発されて図書館にある紙芝居の活用を始めました。そこで見つけたのが川端 誠氏の画によるもの。落語絵本などは、おはなし会で数多く読んできていますが、紙芝居もわかりやすくて、親しみの持てる画で、私は好きです。10月19日の図書館まつりでは、「へっこきよめ」を取り上げましたが、この作品も同時に準備していたものです。

 同じ内容の絵本はまだ見つけていませんが、このお話は滋賀県出身の国松氏の関西弁で書かれていていました。しかし、内容も会話で「いけず」と言う表現があってもその後の文章では「いじわるをされて」とわかりやすく言い直されていました。そこで、私は、ゆっくりとこの関西弁を充分にこなせるように、何度も繰り返し練習をして、この関西弁はそのまま表現しました。一ヶ所だけ修正をしました。最後の結びの句がなくてただ、(おわり)とだけ書かれていました。そこで、最後に、「ほんで しまい」と言っておしまいにしました。日本昔話百選(稲田浩二・和子編著 三省堂)では、「ぼたもち蛙」として新潟県西蒲原郡の話を伝えています。同様の話が各地にあると思われますが、ここでの解説に「笑われ者のピエロに姑や和尚がなる。姑となった語り婆(ばさ)も嫁に来た頃を思い出してクツクツ笑いながら語ってくれる。…」とありましたので紹介しておきます。

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「本質を見抜く力-環境・食料・エネルギー」

<BOOKS> ⑬
「本質を見抜く力-環境・食料・エネルギー」
                       を読んで 
       
2008.10.21

著者/養老孟司、竹村公太郎 出版/PHP研究所
関連するリンク先― アマゾン 本質を見抜く力

内容の紹介 

この本を読んでいる丁度その時、このブログのTVのところで記事にしたNHKスペシャルの「世界同時食糧危機」という10月17日と19日の2回にわたる放送を見ていました。2回目の「食料争奪戦―輸入大国・日本の苦悩」の感想を書いた記事でこの本のことをこの放送に関連して次のように紹介しています。

― もうすでに、これまで日本がしてきた「お金さえあれば、何でも世界中から買うことができる。」時代は、もう終わったのです。丁度私は、「本質を見抜く力―環境・食料・エネルギー」という本を読み終わったところです。(詳しい書評は、後日記事に)ここからの受け売りになってしまいますが、関連することを掻い摘んで紹介します。(著者の養老先生も竹村先生もよくトンデモ発言をされる方ですが…) ―

 この本の内容は、(TVの記事で紹介したことと重複する部分があります。)

第一章 人類史は、エネルギーの争奪史

・ 石油産出量のピークは2010年。この後、需給のギャップが生じ価格高騰へ。
・ アメリカ自由経済の絶対条件は「無限にオイルを供給する」こと。既に限界に来ているのに自動車の燃料欲しさに地球環境をめちゃくちゃに。アメリカ人の「資産慣性」は後戻りがきかない。←解決不可能。

第二章 温暖化に金をかけるな

・ IPCCの温暖化シュミュレーションへの疑問。但し、化石エネルギーからの脱却、省力化、省エネ化は必要。その場合もアメリカが問題。この100年間でアメリカがやってきたことの清算する時期に。それと同質で問題なのが中国。
・ 温暖化がもたらす最大の問題は、雪がなくなること→水の問題が起きてくる。西日本が大変、逆に北海道は大穀倉地帯として切り札に。自然は中立、トータルで考えると丸損はあり得ない。

第三章 少子化万歳!-小さいことが好きな日本人

・ 「この150年間、人口はバブルだった。」養える人口は土地、エネルギー資源に制約される。江戸時代は3000万人が限度で、木材エネルギー使い果たし目一杯だった。50年後の日本は7000万人。少子化は問題もあるが(人材の画一化等)良いこともある。
・ 江戸時代―参勤交代によって形成された情報網。日本が植民地にならなかったのは、資源が無かったからと、英仏が分割に乗りだす前に、徳川幕府が大政奉還をして権力が一つにまとまったため。(江戸時代に日本人のアイデンティティが形成されていた。)
・ 日本人の性向-「小さいことが好き」「つめ込んだり細工したり縮める方向に向かう」=ものづくりの原点であり、未来の文明の成功モデルの一つになりうる。これからは、スモール・イズ・ビューティフルになる。

第四章 「水争い」をする必要がない日本の役割

・ 徳川家康のすざましい構想力―利根川の東遷で関東平野を乾燥させ大穀倉地帯にするとともに、関東平野に日本中の英知と力を集中させて近代化を。江戸の都市開発(上水等)は、世界の大都市発展の典型に。
・ 日本は三千年の文明の中で水を上手に使ってきた。世界で最先端の省エネ水利用時術、水処理技術を持っている。世界各地の水に苦しむ人々に日本人の水の知恵と技術(井戸掘りやトイレ作りも)でも貢献していける。

第五章 農業・漁業・林業百年の計

・ 「米を持った民族は幸せ」-日本には米がある限り食料自給のいちばん大切なところは確保されている。米は、環境に優れた穀物。
・ 食料自給率40%はトリック。これはカロリーベース。食料事情より良く表す生産額ベースでは70%近い。頑張って食料自給に向かっていくべき。
・ いちばんの問題は、漁業。海岸環境がぐちゃぐちゃです。生態系が縮小していっている。今の漁獲法のムダもある。
・ 間伐は百年後への投資。そろそろ国策として国土の保全の方策を。文明を持続していくには国土保全が必要。

特別鼎談 日本の農業、本当の問題(ここから神門喜久氏が加わる。)

・ 日本の農家は統計上は285万戸ですが、圧倒的多数は所得にあまり関心のない兼業ないし高齢農家。その他に「土地持ち非農家」が120万戸もある。「農家らしい農家」の数は、30万戸強だけ。
・ 優良農地の耕作放棄・転用((8~9%)、農地利用の無秩序化がひどい状態になってきている。農業生産の目的ではなく錬金術の道具として農地が使われている。(容認する行政、研究者の無責任、現実から目をそむけるマスコミ等の問題アリ)特にこの15年の堕落ぶりはひどすぎる。誰もコントロールできない状態がこの百年間続いている。
・ 戦後の民主主義が本当の民主主義ではなかった。民主主義の構成要素の一つ、私権の主張は定着してきた。(最初はそれでも公害訴訟のように命がけだった。)もう一つの参加民主主義(公益性の高い問題に市民が行政任せにせず関与すること)が欠落してきた。二つがセットになっておらず(欧米の物真似しやすいものに先に手をつけ、しにくいものは後回しに)、歪みが生じている。1990年頃には欧米の模倣で経済成長するというキャッチアップ型の経済成長は終了。この時期に、私権偏重の歪んだ民主主義ではなく、参加民主主義を導入して、システムを入れ替えるべきだった。日本社会全体が責任逃避癖に陥っている。
・ 日本の民主主義の未成熟、その一因は同質性。太古から日本人は「日本を離れたら行くところがない」と認識。好きでも嫌いでも一緒にいつづけなければという定住性。そして同質性。そこに、アジアからの農業労働者なしで成り立たない状態に。これも合法、違法、脱法と無秩序状態になっている。
・ 「日本は食のアキハバラになれる」-アジアで最も裕福で舌の肥えた日本人に適った農産物は世界中で高く評価。輸出を見込んだ高付加価値農産物の開発基地になれる。優れた灌漑設備、稲作のソフト・ハード両面の蓄積、日本食の健康食イメージ等、日本の農業には大変な可能性がある。(最後の鼎談に参加した神門先生の弁)
・ いちばんの問題は、「正直か、不正直か」。公明正大で公平なルールを作って、あとは最大限の自由を与えること。労働の国際移動も、農地利用でも同じ。「本気の農業」の追求を。 問題を直視すれば、必ず解決策がある。
・ 林業も漁業も含め、総合的国土管理が必要になっている。-将来世代の利益と現世代の人々自身にも利益が出るシステムの提案を。

第七章 いま、もっとも必要なのは「博物学」

・ 全地球的な食料の移動は、あと10年のオーダーでなくなる。食糧を自給できるような社会システムを作ることが必要。最終的な答えは見えている。大量輸送しないで、なるべく軽い、そして小さな文明を築くこと。それをどうやって実行に移していくかが問題。
・ 「正しい受け取り方」はあっても「正しいやり方」はない。世界の見方を変えると、問題が問題でなくなる。答えを求めず、「ものの見方」を身につける。-それには、五感を働かせる博物学的感覚と、モノから考える考え方の二つを組み合わせて物事を捉えることが必要。

私の感想など…

 養老先生の本は何冊かは読んでいますし、雑誌等での文もかなり多く、読んできています。少しクセがあると言うか、極端な物言いをされるとかで、参考にはするけれど、あまり好きではないタイプの方です。この本の中でも、それは出ていますが、(内容紹介には書いてません。)対談、鼎談という形で他の先生がフォローもされているようで、比較的読みやすく感じました。竹村氏はダム行政に手腕を発揮してきた元国土交通省河川局長。具体的なデータに則して主張されています。神門氏、この方は、養老先生以上にズバズバと強烈なことを主張されていて、むしろ、養老先生のほうがフォローに回っているようでした。ものの見方、日本の現状の見方など色々と参考になった点が多くありました。それぞれへのコメントはまだまとめていません。ただ、TVの感想記事を既に出しましたが、この本を同時に読んでいましたので、そこでの私のまとめを再掲載します。(この本の読後感想にもなっています。)

―「今、私たちが考えなければならないのは、食糧問題にとどまりません。食糧、エネルギー、環境、農業を始めすべての産業、日常の生活、それに人口、国際関係や将来のこと等、多岐にわたっています。それらをグローバルに考えるとともに、より身近な自分たちが暮らしている地域(ローカル)での自立したエネルギーの獲得システムと食料自給システムの確立を模索していかなくてはならないと考えます。」-

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世界同時食糧危機② を見て  

<TV>
NHKスペシャル 世界同時食糧危機② を見て 
2008.10.20          


食料争奪戦―輸入大国・日本の苦悩。      
2008.10.19   PM9.00~10.00

各国で必要な食糧を確保しようという動きが加速している。安定した価格で輸入できる国外産地の確保、そして遺伝子組み換え作物(GMO)の導入による生産力の拡充である。

 しかし、いずれも壁は厚い。大手味噌メーカーのハナマルキは、アメリカで遺伝子組み換え(GM)大豆の作付けが急増する中、非GM大豆を求めて南米パラグアイなどで大豆を買い付けようとしているが、日本人が好む味の大豆はすぐには確保できず、中国東北部への進出を試みている。多くの日本企業が有望産地として注目するウクライナも、食糧確保を狙うリビア、サウジなどの国々が殺到している。また、穀物メジャーも巨額の資金を投じて支配の強化を図っている。

 一方、遺伝子組み換え作物にも新たな課題が見え始めた。いち早くGMトウモロコシの導入を推進した南アフリカでは、農薬などが高くつく上に、気候に合わず収量が落ちてしまうという事態が多発、伝統農法に回帰する動きも出始めている。

 コメを除く穀物のほとんどを輸入に頼り、遺伝子組み換え作物を拒否し続けながら、年間900万トンに上る食糧を廃棄している日本。取るべき道は何かを考える。(NHKのホームページ解説)

私の感想―日本の食と農の根本と、私たちの生活を考え直す時に来ている。

 放送された内容は、上記のNHKのホームページ解説で充分に紹介されています。付け加えるならば、ここへきて、石油も食糧も高騰が収まったかのような様相を見せていますが、これは一時的なものです。世界規模で、農地拡大や技術革新(遺伝子組み換えを含む)での供給増をはるかに上回る需要増が続いているからです。放送に出てきたウクライナは元々肥沃な黒土の穀倉地帯でしたが、ソ連崩壊ですっかり農地(旧集団農場)が荒廃しきっていました。そこに世界中からの注目が集まっているのですが、日本は、すっかり出遅れてしまっている様子が映し出されていました。欧米の大企業が警備付の土地の囲い込みをしてしまい、24時間フル稼働の大型機械を投入した農業経営と穀物ビジネスを展開し始めて「すべて買い手がつき、もう空いている土地はありません」(ウクライナ大豆協会)という状態でした。(小麦も同じと思われます)生産された穀物は巨大サイロも欧米の大企業が押さえ、ヨーロッパ、インド、UAEなどに売られるということでした。日本向けが変更になるところも映し出されていました。(高価でなら入るでしょうが…)

もうすでに、これまで日本がしてきた「お金さえあれば、何でも世界中から買うことができる。」時代は、もう終わったのです。丁度私は、「本質を見抜く力―環境・食料・エネルギー」という本を読み終わったところです。(詳しい書評は、後日記事に)ここからの受け売りになってしまいますが、関連することを掻い摘んで紹介します。(著者の養老先生も竹村先生もよくトンデモ発言をされる方ですが…)

・ 「この150年間、人口はバブルだった。」養える人口は土地、エネルギー資源に制約される。江戸時代は3000万人が限度で、木材エネルギー使い果たし目一杯だった。50年後の日本は7000万人。少子化は問題もあるが(人材の画一化等)良いこともある。

・ 日本人の性向-「小さいことが好き」「つめ込んだり細工したり縮める方向に向かう」=ものづくりの原点であり、未来の文明の成功モデルの一つになりうる。これからは、スモール・イズ・ビューティフルになる。

・ 日本は三千年の文明の中で水を上手に使ってきた。世界で最先端の省エネ水利用時術、水処理技術を持っている。世界各地の水に苦しむ人々に日本人の水の知恵と技術(井戸掘りやトイレ作りも)でも貢献していける。

・ 「米を持った民族は幸せ」-日本には米がある限り食料自給のいちばん大切なところは確保されている。米は、環境に優れた穀物。ただ、日本の本当の農家は30万戸強だけ。優良農地の耕作放棄・転用((8~9%)、農地利用の無秩序化がひどい状態になってきている。林業も漁業も含め、総合的国土管理が必要になっている。-将来世代の利益と現世代の人々自身にも利益が出るシステムの提案を。

・ 「日本は食のアキハバラになれる」-アジアで最も裕福で舌の肥えた日本人の嗜好に適った農産物は世界中で高く評価。輸出を見込んだ高付加価値農産物の開発基地になれる。優れた灌漑設備、稲作のソフト・ハード両面の蓄積、日本食の健康食イメージ等、日本の農業には大変な可能性がある。(最後の鼎談に参加した神門先生の弁)

・ 全地球的な食料の移動は、あと10年のオーダーでなくなる。食糧を自給できるような社会システムを作ることが必要。最終的な答えは見えている。大量輸送しないで、なるべく軽い、そして小さな文明を築くこと。それをどうやって実行に移していくかが問題。

 神門先生を含め御三方の先生の弁に全ての答えが出ていると思います。放送でも穀物自給率を上げるため、「お米の力」=ライスパワーに注目していました。技術開発で小麦粉に近い米粉ができその応用が拡がっていること。家畜用の飼料も品種改良された飼料米が活躍し始めていること。飼料米は、現在、休耕田活用で減反対象にはなっていないとのこと。これらが普及すれば、国内循環が上手くできることになるといいます。

また放送では、大量の食糧を捨てる日本の現状を映し出していました。京都市の例でしたが、家庭ゴミの中に手付かずの食料が28%も占めていました。日本全体では900万トン/年になるそうで、これは、世界中の食糧支援590万トン/年の1.5倍にもなるというものです。放送は最後に、世界規模で食糧危機が始まった現在、私たちがこの食糧問題をどうするか、改めて考える時期に来ていると指摘していました。

最後に、私のまとめとなります。現在の金融激震をふまえ、今、私たちが考えなければならないのは、食糧問題にとどまりません。食糧、エネルギー、環境、農業を始めすべての産業、日常の生活、それに人口、国際関係や将来のこと等、多岐にわたっています。それらをグローバルに考えるとともに、より身近な自分たちが暮らしている地域(ローカル)での自立したエネルギーの獲得システムと食料自給システムの確立を模索していかなくてはならないと考えます。


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子どもの本 シリーズNO.6

<子どもの本 シリーズ6>
第5回図書館まつり  おはなし会大集合                  
                                            2008.10.19

 恒例の図書館まつりが今年も開かれました。図書館ができて、10年ですが図書館まつりはその途中からです。築館町時代に1回、市になって4回で、すっかり定着してきました。9時30分からの「本のリサイクルフェア」には大勢の市民が詰めかけ、私が到着した9時45分には、両手に紙袋を抱えた方々が出てくるところでした。10時からの「おはなし会大集合」の少し前に私も新書など5冊をゲットしました。私の出番は午後ですが、図書館まつりは、この他、「しおりづくり」、「図書館名人養成講座」、映画会などがあいました。「おはなし会大集合」は、市になってからで、今年で3回目。市内各地でおはなし会等をしているグループ(その内の都合のつくところ)が参加します。今回は4グループでした。ここでは、その中から、私たちのグループ「ひなたぼっこ」のものを中心にいくつか紹介します。

おはなしポケット(栗駒)

①(NO.14) 「いつもいっしょに」

ski

 文/こんのひとみ 絵/井本蓉子 金の星社
 関連するリンク先はーアマゾン いつもいっしょに

 森の中に住むひとりぼっちのクマがいました。あるひ…トン!トン!トン!トン!誰かが扉を叩きます。クマが扉を開けると、ウサギが寒そうにたっていました。ウサギのためにクマは一生懸命に世話をやきます。でも、ウサギは何もいいません。ついにクマは「その一言」を口にしてしまいます。「たいせつな人と読んで欲しい一冊」 と帯に書かれている「あなたがいるだけで私はしあわせ」といったことに気づかせてくれる絵本です。絵も内容もとても優しく、暖かい感じの絵本です。話し手の方がとても上手に、情感たっぷりに話されていました。

 ただ、私は、何故ウサギが最後まで声を発しなかったのかがイマイチ理解できませんでした。クマの問いかけに(夢の中か?)ウサギは涙を浮かべていたので、クマの思いはしっかり伝わっています。では、何故?ここに、私は、声が出せない訳、障害とか病気とかを考えてしまいました。実際にはどうなのかはこの絵本だけではわかりません。そうしたことが、例えあったとしても「あなたがいるだけで私はしあわせ」というメッセージは充分に伝わってきました。

②(NO.15) 「ベーコンわすれちゃだめよ」 

plv

 作絵/パット・ハッチンス 訳/わたなべしげお 偕成社
 関連するリンク先はーアマゾン ベーコンわすれちゃだめよ

 お母さんに頼まれておつかいに行くことになった男の子が、おつかいを暗唱しながら歩いていくうちに、だんだんうろ覚えになっていって、ムチャクチャな買い物をしてしまう…」というストーリーです。買ってくるものは、「うみたてたまごが6こと おちゃにいただくケーキと なしをひとやま」。そして、忘れちゃだめなのが「ベーコン」。これを、忘れないようにつぶやきながら歩いていくのですが、目に入ってくるのは女の人の立派な足を見て「生みたて卵」が「太い大根」に変わってしまいます。なし(英語でペア)が椅子(英語でチェア)に変わってしまうのは英語の言葉遊びなのですが、これは子どもには分からないと思いました。パット・ハッチンスの「テッチ」の主人公の子どもを少し大きくしたよう男の子がとても面白いです。その間違えっぷりは爆笑ものです。これも話し手は、「とてもこの話が大好き」という様子で話されていてとても感じが良かったです。

 このグループは、他に「ともだちや」と「さる・るるる」の2冊を。手遊びでは、「おべんとうばこ」のサンドイッチのバージョンを上手にされていました。

おはなしたまてばこ(鴬沢)

 このグループは、「おーい、みえるかい」、「さつまのおいも」、「しずくのぼうけん」、の3冊の絵本と「だんごむしのころちゃん」という紙芝居でした。

ろうどくボランティアこすもす(金成)

 このグループからが午後からでした。初めに帽子と手袋人形の子猫の手遊びをしました。その後、パネルと指人形等を使って「ききみみずきん」を。最後が人形を使っての「三匹の子ぶた」でした。ただ、これらについて詳しい批評はしません。絵本、本と関連づけていない、お話の内容が充分に吟味されていない等、問題点を多く感じました。

ひなたぼっこ(築館)

③(NO.16) 「やまこえ、のこえ、かわこえて」 

hjd

 作絵/こいでやすこ 福音館書店
 関連するリンク先はーアマゾン やまこえのこえかわこえて

 満月の夜遅く、きつねのきっこは山こえ野こえ川こえて、町まで買い物に出かけます。途中、お月さまとふくろうといたちがお供になりました。町のお豆腐屋さんできっこは、「油揚げ、100枚下さいな!」といって、おまけに10枚足してもらった110枚の油揚げ持って帰りました。その帰り道、闇の中から怖い声が「油揚げ100枚おいていけ!」とおどします。何度も、お供に助けられて、きっこは無事油揚げを無事、持って帰ることができました。そして、それでいなり寿司を沢山作り、お祭りで皆に振舞い、喜ばれたという、きっこが活躍するお話です。怖い声の正体は影形で考えるのがクイズのようで、最後に正解が分かるようになっているのもとても良いと思いました。リズミカルな言葉、巧みなおはなしの展開、優しくやわらかい絵とで、秋にぴったりの素敵で、楽しい絵本になっています。

 この絵本の担当は、メンバーのHさん。彼女の優しい声がこの絵本には、とてもぴったりでした。

④(NO.17) 「ぼくにげちゃうよ」

kbc
 
 作/マーガレット・W・ブラウン 絵/クレメント・ハード 訳/いわたみみ ほるぷ出版
 関連するリンク先はーアマゾン ぼくにげちゃうよ

 子うさぎと母さんうさぎのお話です。子うさぎは家を出てどこかに行ってみたくなり、母さんうさぎに「ぼく、逃げちゃうよ」と話すと、母さんうさぎは「おまえが逃げたら、母さんは追いかけますよ。だって、おまえはとってもかわいいわたしのぼうやだもの」と答えました。「母さんが追いかけてきたら、ぼくは魚になって泳いでいっちゃうよ」と子うさぎ。すると、母さんうさぎは「おまえが小川の魚になるのなら、母さんは漁師になって、おまえをつり上げてあげますよ」と答えました。その後、子うさぎと母さんうさぎがいろいろなものに変身して登場します。子うさぎが想像の中でどんなに逃げても、母さんうさぎは子うさぎを納得させる答えで追いかけて大きな愛を証明していきます。

 この追いかけっこのような子うさぎと母さんうさぎの会話がほほ笑ましい絵本です。愛されているからこそ、そこから逃げたい、でも最後には、やっぱり安心できる場所に戻りたい―という、そんな子どもの心理が、よく描かれている絵本です。

 担当は、メンバーのTさん。午前の部の「おはなし会大集合」を私と一緒に聞いた後、二人でリハーサルをしました。大型絵本ですから、私がページをめくる補助をすることにしました。子どもの反応をどう確認して進めるかも打ち合わせをしました。自宅でするだけでなく、実際の場所で練習することが大事だとよく分かりました。本番でも、彼女は、しっかりと出来ていました。また、一緒に準備から本番までしてみて、彼女は、この作品が、本当に好きなんだなということもわかりました。

⑤(NO.18) 「へっこきよめ」 
 作/香山美子 絵/川端 誠 教育画劇 
 関連するリンク先はー日本のユーモア民話 へっこきよめ

 大きな大きなおならでおばあさんをふっ飛ばしてしまったお嫁さんのお話です。こんな嫁さまは、いくら器量よしでもだめだねということで息子はお嫁さんを郷へ帰そうと送っていきました。道の途中で、風で倒れた大きな木を起こそうとしている村人達に出会いました。お嫁さんは、「ちょっくら、おらがやってみるべ」とおならをすると、倒れた木がおきあがって、元の姿に戻りました。そのまた先で、浅瀬につかえている船にであい、またまた先で、梨を食べたいお殿様に出会いました。それぞれをおならで助けると、お礼をたくさんいただいてしまいました。「たからもののようなよめっこだ。」と息子は大事におよめさんを家に連れて帰り、おばあさんと三人でなかよく暮らしました。という内容のお話です。

 「へっぷりよめ」「へこきよめさま」などなど、様々なよびかたがされていますが、日本中に同じようなお話があるようです。子どもから年寄りまで年齢に関係なく、人気のあるお話で、とても話のしやすい文章と、このわかりやすく民話にぴったりの絵が、よくよくあっていて、とても楽しめる紙芝居になっています。絵本では、文/大川悦正 絵/太田大八の「 へっこきあねさがよめにきて」が、私は、大好きです。こちらの方は、母屋とは別に「へや」(部屋)という、嫁さんが「へをこく」離れを建てたというオチがついていますが、こちらのほうが一般的のようです。日本昔話百選(稲田浩二・和子編著 三省堂)によると「そのお手柄を嫁に与えたのは、礼儀作法で女をしばろうとする者への反発であろう。」としています。このお話は、ただ面白いだけではなく、「この民話をはぐくんだ日本の農民たちの生活と、そのおおどかさ、(おおらかさーの間違い?)ずぶとさまで…」(大川悦正のあとがき)があるように、私にも思えます。

 自宅では、手製の紙芝居の箱で、何回も練習しましたが、どうもしっくりいきませんでした。7月27日の読み聞かせ講座①で講師の常盤 洋美(ときわ ひろみ)氏の紙芝居の実演を見て、自分なりに紙芝居の把握は一応できたと思いました。そして、今日の午前中、鴬沢のグループがした紙芝居の実演を見ていて、その問題点の把握もできました。そこで、前述のTさんとの二人でのリハーサル、実演となったわけです。その結果、私の方も、何とかしっかりと本番もできたと思いました。注意した点は、紙のめくり方、そのタイミング、話す時の顔の位置、(口の位置、目線、)子どもたちの反応の見方、それに合わせた進行の仕方等です。この作品自体がとても紙芝居の特性を生かしたものになっているため実演もこれらの注意を充分してすることができました。

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「世界同時食糧危機」①を見て

<TV>
TV―世界同時食糧危機①を見て                       
                                          2008.10.17

NHKスペシャル 世界同時食糧危機① 
                 2008.10.17 PM7.30~8.45


アメリカ頼みの“食”が破綻する。

 今年、世界各地で同時多発的に食糧危機が起きている。危機は貧困層だけでなく中間層まで広がっている。日本でも食品の値上げが相次ぎ、えさ代の高騰で畜産業などには深刻な影響が出ている。なぜこんなことになったのか。その実態と原因を見ていくと、戦後世界に広がった「アメリカ中心の食糧供給システム」が破綻の危機にあることに行き当たる。

 戦後アメリカ中西部の穀倉地帯の農家たちは余剰穀物の輸出を強力に推し進めてきた。そうしたアメリカの国益の先兵として、穀物メジャーは政府に貿易障壁の撤廃を働きかける一方、日本をはじめ世界各地の国々に対し、安価なアメリカ産穀物を大量に消費する食生活や農業の普及を働きかけた。

 一方各国では食の「アメリカ依存」を進めた結果、食糧自給率が低下。そのつけが今、一気に押し寄せているのだ。

 食糧自給率を40パーセントにまで下げた日本、肉食の進行などで穀物輸入国に転落しつつある中国、世界でも食糧危機が最も深刻な中米エルサルバドルなど、食糧危機に直面している各国の現状、そして穀物メジャーやアメリカの農家の側の思惑などを多角的に取材。危機の本質を明らかにしていく。(NHKのホームページ解説)

私の感想―アメリカは、諸悪の根源か?

 アメリカという国が、現在の世界同時金融危機に止まらず、全ての諸問題の元凶になっているのではと思ってしまいました。小麦、トウモロコシ等の余剰穀物対策を、攻撃的な農業保護政策(番組に出演していた学者の弁)を取って、他の穀物輸出国を駆逐して打開してきた。日本の減反政策は、その正反対の内向きなもの(これもアメリカの圧力アリ)。EU各国も、かなり露骨な保護政策を取っているのに、日本一人、お人よしで、内向き(自国の農業生産者を犠牲に)のまま、挙句の果てには、義務のないミニマムアクセス米を入れ続け、汚染米問題まで引き起こしています。これも諸悪の根源みたいなアメリカのように攻撃的保護政策で、全世界に迷惑をかけるよりマシではありますが…

 しかし、このアメリカの世界戦略の成功例を最初に示したのが1954年の伊勢湾台風直後の日本だったとのことでした。数十頭の飼育用ブタと1500トンのトウモロコシの空輸実績を突破口にして、日本に飼料用穀物を売りつけいった、その後、小麦、パン食(学校給食)と日本人の舌を支配し始めていきました。(もっとも、私自身、12歳の時、名古屋で伊勢湾台風に遭遇しました。それに、それ以後、アメリカナイズされていく生活の中で育ってきています。)この日本での成功に、味を占めてアメリカは全世界展開をしていくわけです。画面に出てくるアメリカの農業生産者は、農民ではなく、農業経営者。それも儲かればよいだけの…圧力団体(日本にもありましたが…)ロビー活動(放送では出ていませんが、献金も動いていると思います。)その生産の方法も、ほとんどが(化石)地下水をポンプで強引に汲み上げて用いるものです。石油と一緒で、いずれ枯渇します。(既に、地盤沈下がひどい)この他、アメリカ人の生活パターン自体がエネルギーの浪費、サブプライムローン問題、医療問題、等々を見ても、もう立ち行かなくなってきています。(イラク・アフガン中東問題もありました。)

 アメリカの穀物世界戦略は、その国に、初め、穀物等を安価に輸入させ支配したら、値を上げていくというものです。今回の穀物高騰で、買えなくなって画面に出てきた中米エルサルバドルでは、公務員など中間層まで、食糧難に陥っています。また、世界各地で食糧パニック、暴動等が起き始めていることを伝えていました。また、今、アメリカは、次のターゲットを中国に定めているとのこと。中国は経済急成長の中で、トウモロコシの輸出国から輸入国に(小麦も?)。生活向上の中、牛肉、牛乳の消費拡大への戦略を着々と展開していっています。中国人の舌の支配を目論んでいます。(日本でしたように)その中で、例の牛乳メラニン添加問題も起きてきたと考えられます。中国がこのまま、穀物および石油等エネルギーを世界からかき集めていくと大変なことになりそうです。


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BOOKS-「養生の実技」

<BOOKS> ⑫「養生の実技」を読んで         
                                    2008.10.15

著者/i五木寛之 出版/角川書店  2004年12月10日発行
 関連するリンク先― アマゾン 「養生の実技」

内容の紹介

 人間は死のキャリアとして生まれてきました。現代人は絶えず体の不調を感じながら生きています。しかし、病気には完治というものは無く、一時的に治まるだけ。治療ではなく、養生(少しでも良好なコンディション故障を起こさないように工夫し、そしてそれを死ぬまで続ける)こそ、これから健康を考える上でのキーワードとなります。そんな養生法について、著者自身が自分自身の体験と偏見に基づいた実践法を公開しています。

この本から参考になったこと(+私の考え)

第1章 不信と不安の時代に折れずに行きぬく知恵

・ 治療という考え方には人間は本来、調和のとれた理想的な身体を持って生まれたという感覚がある。
・ 「身体語」をマスターする―耳を澄まして体の声を聴く。
・ 自分にとってどうかということが問題。自分だけの養生スタイルを持つ必要。

第2章 私の「気やすめ」養生法

・ 息をどう吐くか、そこに全ての呼吸法の工夫が結晶している。
・ 養生とは、「生を養うこと」、95%の幸運と5%の工夫・努力(5%の養生法)。その根本のところは、「人間はもろいも
  のだ」という諦念がある。私たちは弱い存在である。だからこそ、日々の養生に努めることが大事。
・   冷や水は噛んで飲む。
・   養生法-「気休め」に過ぎない。「気」を「やすめる」、安らかにする、安定させる。

第3章 私の実感的養生法

・ 現代の医療を尊敬しつつ、可能な限り自分の身体を自分で守る。
・ 意志が弱くても持続できるものを。鍛錬とは、「鍛」10年、「錬」10年、20年やっても「道なお遠し」―こんなことできない。面倒なことはしないこと。
・ 体を冷やさないこと、暑い時などは温かい飲み物を。冷水は口に含んでしばらく温めてから飲み下す。冷蔵庫のものは常温に戻してから飲む。
・ 呼吸法も楽な方がいい。下腹部に腹圧をかけ、肺の下の方、みぞおちの左右のあたりを絞り込むようにして息を吐く。吸う時に腹部を引っ込め、吐く時に下腹部に圧力をためる。→(息を吐く時は、肛門を締め、下腹部に腹圧をかけ息を押し上げるように吐く。=腹筋に力を入れる。)
・ 自律呼吸から自然呼吸へ。「自律」とは、おのずからなる働き」=「他力」。ふだん意識せずにしている呼吸を、深く、長く、リズミカルにしていく、-自分の意志がいつのまにか体の自律的な働きに同化している呼吸。禅の呼吸は、「自力の呼吸」を捨てることを究極と。-「あるがごとく、なきがごとく」=自然(じねん)呼吸。

第4章 腰痛との長い付き合い

・ 下腹部に重心を集中させる。能役者のような足運び、爪先をあげ、かかとから着地、足裏は平行移動。腰をすえて、腰を入れて、体全体の重心をそこに集中する。→「下腹部に体の重心を置く」-この部分に人間の中心を意識する。-東洋的直観。
・ 基本は、肛門を締めること。一瞬、肛門を引き締めたら、すぐ下腹部に腹圧を移す。下腹部をやや前方にスライドさせるような感じで緩めておく。そこに押し込むようなつもりで腹圧をかける。(=ていねいに腹筋に力を入れることと同じではないか?)=「気を入れる」。

第5章 私が感じる素朴な疑問

・ 苦行は本当に必要か?悟りを求めての苦行は極限までのストレスに身をさらす行為。
・ 他力の船に乗って悟る易行(いぎょう)-浄土教。苦行はいらないと法然は「ナムアミダブツ」と唱えることを「やさしく」教えた。親鸞がこれを「ふかく」極め、蓮如はそれを「ひろく」人びとに手渡していく。こうして「他力」の思想は、人びとの間に深くしみわたっていく。

五木氏ファンの私としては…

 著者の五木氏は、この本の最後に「私自身の体験と偏見による養生の実技100」と題して五木流の養生法をまとめています。これらは、五木氏自身「体験と偏見による」とことわっているように、「常識」とは相容れないようなものも多く合います。しかし、常識がおかしいものも数多くあるわけで、この100の内かなりのものは、参考にして取り入れられるものです。彼の著作は、私としては、結構いろいろと、読んでいるほうだと思います。健康、養生に関しては、この後、帯津良一氏との共著で出した「健康問答」などが、この延長にあるものだと思います。それにしても、何冊も彼の本を読んでいる割には、バックボーンとなっている仏教(浄土宗)の理解が、今一つ深まっていきません。ここでは関連して、禅のことも出てきましたが同じです。(これはやってみないとダメかも?)それでも、このところ、自分自身が年齢を重ねてくるうちに、より共感したり、参考にしたりすることが多くなってきています。少しは、近づいてきているのかもしれません。

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BOOKS-「考える力」

<BOOKS> ⑪
「アイディアを10倍生む考える力」を読んで                                                 2008.10.14

著者/斎藤 孝 出版/大和書房  2006年10月1日発行
関連するリンク先― アマゾン 「アイディアを10倍生む考える力」

内容の紹介 

 この本は、「考える力」をテーマに著者独自のノウハウを紹介しています。まず、考える力に必要な基礎力・集中力・アイディア力・聞く力の4つの要素を具体的に説明しています。最後に、トレーニング方法も14項目にわたって紹介しています。著者は、「考える」ことは爽快なスポーツであり、考える楽しみを身につける、習慣化することを勧めています。

この本から参考になったこと(+私の考え)

第1章 「考える基礎力」をつける

・ 「考える」ことは、言葉を操る技。つながりを発見する作業こそ「考える」ことの基本。
・ 「課題設定能力」をつける。どうすれば解決するか、具体的に考える。そして、実験、検証する。
・ 頭のギアチェンジを自在にできるようにする。頭のいい人と対話のスパーリングをする。(コミュニケーション)
・ 「整理ができて本当に気持ちがいい」という快感を脳が覚えること。効率よく労力を減らすようにして、シンプルを求める。→ミスを減らせる。

第2章 「考える集中力」をつける

・ 集中には準備時間が必要(ウォーミングアップ)-ムダな時間と考えないこと。
・ 「集中に入る技」を身につける。習慣化する。呼吸法―123吸って、45キープ、6… 20 吐く×3~4回(集中してしまえば後は数を数えない)。濃いコーヒーを。

第3章 アイディア力がつく「考える力」

・ 「知性」とは、決めつけたり、思い込んだりせず、視点を移動することができるということ。「視点移動力」を持つ。(―戦争を引き起こす、二項対立、善悪二元論=「知性」が無い。)
・ 絶対に一般論から語らない。一般論にしてしまうと思考は進まない。一般論は「括弧にいれる」ことで、とりあえず決めつけない。そして現象を丁寧に記述してみる。
・ 「それを変えてみたらどうだろう?」と考える。-想像力の世界でどんどん変更を加えてみる(「想像的な変更」)。ある条件を変えると他のことが連鎖して変わってくる。連鎖して考えるための刺激剤として「もし」を使ってみる。
・ 具体的に説明できるかチェックする。抽象的なものから具体的なものへという変換機能を鍛え、自分の言葉に直す。(Cf、抽象的な物言いー腰の引けた表現か?)
・ 抽象的な言葉を(操り)考える道具にする。
・ 「概念化」でものごとをクリアにする(見えてくる)。
・ 抽象と具体の自在な往復力がひらめきに結びつく。-往復をつねに意識して心がける=考えるトレーニングになる。
・ いいアイディアは、つながりそうにないものがつながっている。-「ふつうの考え」をずらして(他人が考えるようには絶対に考えない)、無理矢理にこじつけることで、新しいコンセプトを出す。
・ 「先達の技」を盗む。-天才(トップアスリート)の方が技(メーキング)を真似しやすい。(クリアで、効率的で、しかも成果が大きい)天才は技をたくさん持っているから天才。メーキングレベルのものを見ていく。天才たちの苦労、工夫が自分が考えるためのヒントになる。(考えるパッション、モチベーションをもらう)
・ 「身体感覚とリンク」させる。「気づき」、「気がかりな感じ」、「腑に落ちない」、「腹に据えかねる」、「胸に刻む」、などを身体感覚として大事にする、考える作業で身体感覚の実感を伴うようにもっていく。

第4章 「聞く力」を磨いて「考える力」をつける

・ 「聞く力」が「考える力」を支える。聞きながらメモを取る。(そこに自分の考えや発想などを入れ込む)
・ 対話で思考力を鍛える。
・ 自分の頭の中で対話できるようにする。(一人対話)-視点をずらす、視点移動。
・ 「言い換え力」は理解力のバロメーター。手短にー2~3分で説明、時間に合わせて説明できること。(何がポイントで、どこは省略していいか、優先順位がわかっていること。時間がなければ骨組みだけを、あれば肉付けを。要約して再生できることー「分かっている」ことの第1段階、自分の言葉で言い換えができることが第2段階。
・ 「言い換え力」で「考える力」をつける。言い換えながら思考をずらすー「それってこういうことですよね」

この後、私は…

  この本は、2年前に出版されたものです。斎藤 孝氏の著作は、2000年の「身体感覚を取り戻す」(NHKブックス)が最初に読んだものでした。この頃は、まだ現在のような軽快な書き方ではなく、2002年の「三色ボールペンで読む日本語」あたりからスタイルが変わっています。その後、「○○力」の本をたくさん出しています。確か、「コミュニケーション力」と「読書力」それに「呼吸入門」を読みました。また、斎藤氏が関わった絵本は、「おはなし会」等で、多く活用してきました。この本に書かれていることは、既に他の本でも書いていることも多いと思われます。しかし、それらをかなり、体系立てて、この本にまとめていると思います。私としては、既に実践していることや、自分に合わない方法もありました。それでも、ここに「この本から参考になったこと」してまとめたように、自分でも出来そうな項目を実行してみようと思います。

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BOOKS-「楽しい健康ウォーキング入門」

<BOOKS> ⑩
「楽しい健康ウォーキング入門」を読んで       
2008.10.13


著者/園原健弘 出版/技術評論社  平成17年11月1日発行
関連するリンク先― アマゾン 楽しい健康ウォーキング入門

内容紹介

ウォーキングは手軽なスポーツですが、ただ漫然と歩くだけでは効果は上がりません。この本はバルセロナオリンピック競歩日本代表を務めた著者が、「実践しやすく効率的に成果が上がるウォーキング法」を提案しています。楽しく続けるためのポイントやヒント集もたくさん紹介しています。

この本で参考になったこと

 「コアストレッチウォーキング」のポイント
① 胸から脚を振り出す意識で、重心を高く保ったままで前方向に重心を移動させる。体幹部の大きな筋肉を意識して、そこから動きを発生させ、その動きが徐々に末端に流れていくという動きが理想的です。
② かかとから着地して、素早く重心を移動する。
③ 地面を脚の裏全体でしっかり押します。

「ウォーキング効果を大きくする誘導エキササイズ」
① 片腕回しウォーキングから両腕回しウォーキングへ、(ランニングマシーンでは少しきつい)
② 体幹部や背中をほぐす「ブラジル体操ウォーキング」を(スピードが遅ければできる)
③ 骨盤を前傾させるヒップアップかかとウォーク
④ 動きづくりを身につけるスピードウォーク(時速7.2Kmでランニングより消費カロリーが上回る。スピードが上がるまで腕を曲げない。スピードを上げるには、骨盤をかかとの上に乗り込ませるような動きを、「いかに乳酸を発生させないフォームを身につけるか」を)

ウォーキングのタイミングと頻度
 脂肪が燃えやすいのは、AM。筋トレにはPM。60%の強度で30分のウォーキングを週3回(私は40分に)。1日300kcalの身体活動が必要。(生活部分で150kcal消費するのであと運動では150kcal消費すれば良い。(私は、1回の運動で300kcalの消費を目標にしています。)

心拍数の管理
 私の目標心拍数の設定(220-60(年齢)-60(安静時))×60%+60(安静時)=120です。

上手な栄養補給
 1日3回のバランスのよい食事。ビタミン、ミネラルも。早朝は糖分補給も。甘いものは食後だけに。汗をかいたら、スポーツドリンクを。ウォーキング後はクエン酸を。

継続するためにはノルマ化しない。
 頑張り過ぎない。ウォーキングを楽しく、心地よく。好きな音楽を聴きながら。
  
早速、実際に取り入れてみる。

 この本を読んだのは、10月8日。10日のウォーキングから早速、いくつか試してみました。夏カゼ回復後の頃は、40分300kcalの消費を無理のない範囲でしてきました。6.2Kmでスタートして6.5Kmまでとしました。(それ以前は、6.4-6.7)傾斜をレベル4から5にすることによって何とか300kcalにいっていました。それを10日には、まず呼吸法を変えました。それまで1~5で吸って、6~30で吐いてと数を数えながら呼吸していました。30も数えても実際にはだいたい13秒でした。それを、一切、数えないことにしました。好きなだけ吸って、できるだけ長く吐き続けてみました。それも無理のない範囲で、自然にするのです。そうして、慣れてくるとこれまでの倍、26秒ほどまで長くなりました。その結果、心拍数もそれほど上がらなくなりました。6.2でスタートして6.7で126~130に、6.8では130を超えてしまいました。しかし、何とかなりそうだという、手応えは感じました。消費カロリーは、318kcalでした。そして、次の日も挑戦してみました。その結果、スピードを7.0Kmまで上げても120ちょっとまでに抑えることができました。消費カロリーは、328kcalでした。上出来です。7.2Kmが見えてきました。
  
追記   
今週号の赤旗日曜版(10月12日)に「パワーウォーキング」の特集が大きく載っていました。内容的には、ほとんど同じようなものだと思いました。そこで、ネットで調べてみたら、より詳しいものもヒットしました。関連するリンク先― パワーウォーキング

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BOOKS「情報は1冊の本にまとめなさい」

<BOOKS> ⑨
「情報は1冊のノートにまとめなさい」
を読み応用を始めています。
    2008.10.12

著者/奥野宣之 出版/ナナ・コーポレート・コミュニケーション 2008/3/20
関連するリンク先― アマゾン 情報は1冊の本にまとめなさい

内容紹介

 情報を実際に活用するには、情報を一カ所にまとめ、分けずに時系列に書き込んでいけばいいと、1冊の100円A6ノートを活用するように勧めています。そうすることで、すべての情報は必ずノートの中に「ある」ことになり、そして、パソコンを使った検索術を活用することで、情報は一発検索することができるようになるとしています。

記事再開のトップにこの本を選んで

 確かこの本は、出版されてから間もなく買っていると思います。それが最近までツンドクに。買ってから直ぐに読むものもあれば、そのまま何時までたっても読まないものも…この本のように、半年後ならまだ早い方かもしれません。この本は、典型的なHow-to本です。これまでこの種の本は、ほとんど取り上げてきていませんでした。しかし、これからは取り上げていきます。実際にその本の活用、応用をしている、し出しているものは、本の紹介とともに、その活動、運動の理解を助けるものになります。また、きちんと、他の人にも理解できるようにブログで紹介することは、自分自身にとっても整理、情報の管理になります。

私の活用法―Myノート

 この本は、10月6日に読み始め、その日のうちに読み終わっています。そして、その日に材料を買いに100円ショップに行きました。A6のノートを探したのですが良いものがありません。それにA6は、確かに上着の内ポケットに入りますが、私はそれほど上着(スーツの類)は着ません。どう見ても私には、A5が使いやすいようです。A5ならノートも沢山あり、とても良いカバーも見つかりました。(これは、315円)A5ノートは、3冊買いました。そして、早速使い出しました。

 081006(月) TV レンブラント特集  読書 「考える力」斎藤 孝(これは後日記事にします) 農業 新米収穫 読書 「情報は1冊のノートにまとめなさい」(この本) (ウォークのこと) 308kcal 新聞 21世紀に生かす日本文化(切り抜き)…と続きます。新聞の切り抜きは、これまでどうにも整理が上手くできていなくてやりっ放しでした。それがこの本を参考して、上手く折りたたんでA5ノートに貼り付けることができました。(この本は、A6ですから、このA5の方がやりやすい)溜まっていた最近1ヶ月分20位を二日間で整理して貼り付けました。その後は、次の日に切り抜いて貼り付けるという作業になりました。そらから、買い物メモ、カード等の利用定款、ガイド、 映画 というカテゴリーで、ブログのMOVIESのここ1か月分を横にして縮小コピーで全部貼り付けました(8ページに)。 081008(水) には、健康水泳の項目。ちょっと問題のある同居の義理の母に関する 母 の項目。081011(土) には、HB(図書館ボランティアのひなたぼっこ)の項目。これは、月一回の打ち合わせ会議中に書きました。ノートは、キリの良い前日分 081005(日) から付けています。ほぼ、一週間分で65ページになり、100ページで一冊ですからもう直ぐなくなります。

 このノートの活用、利用は、これからも発展していきそうです。写真、半券、レシート、リスト、メモ…色々なものを貼っていきます。ただ、私の場合、全ての情報をこのノート一本にまとめるのは最初からしていません。先ず、スケジュール管理は、年度途中ということもありますが相変わらず手帳に。これまでかなりの情報を手帳に詰め込んで見にくくなっていました。これからは、スケジュール中心にすることでかなりスッキリしそうです。それに、本のリストもこれまで通りちいさなノートに(これがA6)、料理レシピもA6ノートです。

 「人間は忘れる生き物、記憶はできない、気持ちよく忘れる」ために、このMyノートの活用は私には合っています。書くことのハードルが低くなりましたし(敷居の問題もほぼ解決)、何よりも、「書かねば」というストレスは溜まりません。既にブログを活用した自分なりの情報の管理をこの間、してきていますが色々問題も出てきています。これからは、Myノートとブログの使い分けを上手くすることで解決できそうです。この本では、PCで「索引」ファイルを作ることを勧めています。しかし、今、私はこれを後回しにしています。確かに、有った方が良いに決まっていますが、本の関連カ所に付箋を付けたままにしています。どうも難しそうですし、ある程度溜まってからの方が良さそうです。(無くても良いかもしれません。)

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BOOKS-記事再開

BOOKS記事アップを再開するにあたって         
                          2008.10.11

 この間、MOVIESの再開は、記事アップが、順調に続いて何とか軌道に乗ってきました。ところがこちら、BOOKSのほうは、4月10日の「地域社会と学校統廃合」を最終にして止まったままです。その後、本を読んでいないわけではありません。今年に関しては、4月10日までに20冊読んで、そのうち10冊の書評を書いています。そして、その後、30冊は読んでいます。そのうちの半分、15冊に届かなくとも10冊ほどは書いても良いものでした。それが出来ず終いでした。それまでの10のBOOKSの記事を分析すると、学校統廃合問題など、運動からの必要に迫られて読んで書評をするものが多くを占めています。それも長文になっています。ここでも自ら敷居を高くしてしまったことによって、書き辛くなっていました。以前書いた10の記事の中にもHow-toものもありました。その後の30冊の内10冊はHow-toものでした。これもきちんと位置づけて必要な書評は書くべきでした。

 残りの20冊の中には、 内山 節 氏の本「農の営みから」と「地域の作法から」の2冊があります。この2冊は8月に2度読みして、2回目は、わざわざ1冊ずつ読書ノートを採っています。それに自分自身の感想と考えを書き込むためにです。しかし、それができていません。問題意識としては、学校統廃合問題の中で考えていて残された課題、-「農村地域における地域づくり」の方向性―を探るために読み始めた(この他にも2~3冊読んでいる)ものの、その範疇を通り越してしまいました。それまでの、自分自身の色々な考えにどうも、何ヶ所も修正を加えねばならないと思い始めてしまったためです。これは、じっくりと半年ぐらいの時間をかけて自分の中で、消化したり、熟成するのを待ったほうが良いと思うようになりました。(つまり、この2冊の書評はかなり後で出します。)

 さて、また振り出しに戻るようですが、そもそも論から確認します。何故、私は、書評をするのか?ということです。それは、第一義的には、自分自身の記録です。それから、ブログに載せるのですから人に見てもらうためです。これまでのように、運動・活動との関連は多くなります。一週間ほど前より、「情報は、1冊のノートにまとめなさい」(再開記事アップの最初に書きます)を参考にして、情報管理のノートを採っています。ブログのBOOKSも情報管理の一つであり、それとの使い分けとなります。

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MOVIES 苦手なフランス映画からも1本。

MOVIES 苦手なフランス映画からも1本。     
2008.10.8

潜水服は蝶の夢を見る           2008.10.3 


lhf

製作年度2007年、112分のフランス映画。関連するリンク先はー ヤフー映画 潜水服は蝶の夢を見る 意思伝達装置のページ

あらすじー昏睡(こんすい)状態から目覚めたものの、「ELLE」誌編集長のジャン=ドミニク・ボビー(マチュー・アマルリック)は、脳梗塞により“閉じこめ症候群(ロックト・インシンドローム)”になっていました。意識、知力は元のままなのに、左眼以外身体がマヒした状態で、言葉を発することができない彼に、言語療法士のアンリエット(マリ=ジョゼ・クローズ)は左眼のまばたきでコミュニケーションを取る方法を教えます。想像力と記憶で潜水服から抜け出せることを知ったジャン・ドーは、「僕はもう自分を憐れむのはやめた」と、「E、S、A、R、I…」と使用頻度の高い順に並べられたアルファベットを読み上げてもらい、まばたきをして合図し、少しずつ単語を並べていく、という気の遠くなるようなコミュニケーション方法を通していしかありませんでした。ジャンは初め、戸惑いと、苛立ち、もどかしさを見せますが、周囲の人々は献身的で辛抱強く支えていきました。そうした中で、次第にジャンは自分自身で変化を遂げていきました。かつて父親と過ごした1日。恋人との思い出。記憶を手繰り、そして想像します。抱きしめることもできない子どもたちを、ただ見ることのできる幸せを確認し、恋人には会いにきてくれるのを毎日待っていると伝えます(妻を通じて)。こうした中で、記憶と想像力によって前向きになり、哲学的、精神的な自由を手に入れていきます。そして、自伝「潜水服は蝶の夢を見る」の執筆を、いつも傍らで助けてくれるクロード(アンヌ・コンシニ)との二人三脚で書きつづることにより「生」を取り戻していきました。この自伝を書き上げ、その出版の直後に彼は亡くなりました。

 私も、妻もどうもフランス映画は苦手なのです。どうしてかと言うと、ハズレ(評価5点満点で2点以下)が多いのです。及第点(3点)以上のものをと、いつも選んでいるのですが3割程度。邦画、洋画(アメリカ中心に)で5割以上。他は7割ほど(日本まで来るまでに厳選されているためか?)解り辛い、独りよがり、暗い…そんなイメージが先行しています。(例外もありますが)そのため、つい、手を出し辛くなっています。

この映画も当初、「テーマ、話が重苦しい」というイメージでした。ところが見ていくうちに、変わっていきました。唯一動く主人公の左眼を通して描かれているシーンが多く、見ていてまるで自分が、その「左眼」になったような気になりました。また、身動きのとれない身体を現す「潜水服」、主人公が潜水服を着て水中を漂うシーンがあるのですが、これもまた見ていて、同じように自分自身が身動きの取れないような感覚に陥りました。随分たくさん美女ばかり出てくるものだな(この主人公はプレイボーイなんだけど)と、美女の胸元に感心(つい、主人公と一緒に眼がいって)してしまいました。TVのチャンネルが思い道理にならなかったり、見舞い客が勝手なことを言っているのを楽しんだりとユーモアがたっぷり。自分自身もネタにしてしまっています。

 この出来事は、確か1997年にこの書籍の刊行ですからそれ以前です。私はこうした「閉じこめ症候群」になった時には、単純に「意思伝達装置」(手の指先、足、目のまばたきなどでスイッチを操作して、短文を選択したり、文字をひろって文章を作成することができる装置)が使えれば何とかなるのではと考えていました。しかし、これが出来て普及しだしたのは最近です。この時期には無かったと思われます。いや、逆に、無かったからこそ、手間のかかる作業を「人」と繋がることによってのみ出来たのだと思います。機械・装置があれば表面的なコミュニケーションは楽になるでしょう。それはそれとして必要なことです。(その場合でも、機械はあくまで道具として使いこなすこと)しかし、機械・装置がなければ、人と人とで繋がるしかありません。その「人と人との繋がり」から、この著作と、その後のこの映画が作られたのだと思います。こうして、主人公ジャンがどんなふうに外の世界を観ていたか、どんなにジャンがみんなから愛されていたか、ということが、私たちも知ることができ、それに共感することもできました。

 追記―珍しくこの映画は、妻も最後までしっかりと見ました。

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健康管理―運動編 実践その2

健康管理―運動編 実践その2    

栗駒プールで再開された水泳教室に参加して        
 
2008.10.4

6月14日の岩手・宮城内陸地震で被災した栗駒のプールの修繕が9月中旬に完了して、9月24日より使用できるようになりました。一足先に一体となっている体育館の2Fにあるトレーニング室は、8月より使えるようになり、お盆過ぎより貯筋体操教室(ストレッチ)などには参加していました。このトレーニング室からプールが見え、その再開準備の進み具合がわかりました。10月初めより水泳教室も再開されることになり、その日程も「栗駒スポーツセンター情報」のチラシで知りました。9月24日、25日と二日続けて午後、少し泳いで見ました。ところが、25mプールで泳ぐのは久しぶりで、クロールで200m泳いでアップ、アップ。心拍数126ほどになったので止めました。他の泳法も一応、何とかこなすことはできました。

10月1日(水)、午後。最初のクラスは、「初級水泳クロール」。これは、25mまではクロールで泳げない人が対象ということ。中級以上のレベルの人は遠慮して下さいということでした。次のクラスが、「平泳ぎ上達編」となっていました。上達編ですから「上達したいと思っている中級以上」と解釈してここに参加することにしました。ところで私は、水泳の4泳法の中で、この平泳ぎが一番苦手です。25m泳ぐのがやっと。50mするとギブアップ。もっともバタフライも距離に関しては同じようなものですが、よりリラックスして泳げています。それに、バタフライは、他のほとんどの人が私以上にできていません。背泳ぎはそれほど上手くはありませんが、それなりに50mはこなせます。

当日、午後。参加する教室開催より少し早めにいってみると、初級クロールの参加者は、2人だけでした。その横で少しは、事前の練習をして臨むことにしました。同じような気持ちで他の方もポツポツと、来ていましたが、2時20分から(3時5分まで)の教室には、まだ5人の参加しかありませんでした。(私の他はすべて女性)地震被災前には、このクラス(同じ佐藤コーチで、同時間帯)の教室には、何回か参加した人で、20人ほど。その中で、入れ替わりはありますが、だいたい常時10人ほどは参加していました。ですから、まだ半分位しか戻ってきていない感じでした。地震被災によりプールが使えなくなって暫くしてからプール使用の半年券の残りを払い戻すか、再開してから延長するかの問い合わせの連絡が栗駒スポーツセンターから来ました。私は、延長を選択したため、プール再開の電話連絡が来ました。おそらく、払い戻しを選択された方には連絡は行っていないと思われます。それに水泳教室には当日券で来ていた方もいました。こちらには当然、連絡は行っていません。一番詳しい情報、「栗駒スポーツセンター情報」のチラシは、毎度のことですが栗原市の一部、栗駒地区しか配られていません。10月1日付けの広報「くりはら」には、お知らせということで、「栗駒総合体育館・アリーナ・プール再開」の記事がほんの数行あっただけです。水泳教室や貯筋体操教室のことには、一言も触れられていません。これでは、なかなか以前のようにまで戻るのに時間がかかると思われます。私は、昨年度の初め、直接、栗原市の広報に「もっと、栗駒のプールのスケジュールを載せるよう」注文しました。ようやく、今年度になって、いくらかは出始めたのですが、まだまだ不十分です。私は、昨年末、佐藤教育長に会いに行って懇談した際に、「位置づけとして、栗駒(地区)プールを栗原市プールに格上げしない限り問題は解決しない」と進言しました。その後の学校図書館図書費流用問題での彼の無能ぶりに見られるように、この問題でも私の言っていることは、まったく理解していないと思います。

さて、苦手の平泳ぎですが、ストロークはそれなりにできていると思いますが、キックの力が弱いことと、脚が下がるのが原因だと思います。ビート板キックで25mをキックだけで、30回もかかりました。女性陣は皆さん、15回以下。最初は、トップバッターで泳いでいましたが、2回目からはラストにまわりました。コンビネーションでは、皆さん(ストローク1回、キック1回で)10回前後まで減っていきました。私は、最初が16回と半分近くでした。更にコーチの指導をもとにキックを修正していくと、何とか最後には12回までには減らすことができました。この後の自主練習ではまた少し増えていますが、何とか10回近くまでに減らして行きたいと思っています。

10月4日(土)の午後は、1時半から2時15分まで「気軽に背泳ぎ」の教室がありました。この時間帯も地震被災前はトータルで20人ほど、常時には10人ほどの参加がありましたが、この日は水曜日(10月1日)と同じ5人でした。2人だけ入れ替えがあり、この日も男性は私一人だけでした。(トータル20人の中には5人の男性がいたのですが、今のところ。参加はありません。)この時間の後(2時20分~3時20分)までの「流水健康運動教室」もやはり、以前の半分以下の参加しかまだありません。背泳ぎの方は、この間まったく練習はできませんでした。それでも何とか、この日はトップバッターを最後まで努めることができました。それに加えて、以前は背泳ぎの教室の後には、必ずといっていいほど少し重い鼻づまりになるのですが、今回は大丈夫でした。背泳ぎ再開初回としては、まずまずでした。ここでもコーチに指摘されたことで、ストロークの両手のタイミングは早めに修正できました。平泳ぎと同じく脚(腰)が下がる方もキックを常時少し強く打つことで、何とかクリアできました。

ところでクロールの方ですが、この日の教室終了後、およそ23分かけて800mを泳ぎきりました。10月5日にも800m泳ぎましたがこの時は25m毎に充分に呼吸を整えながらのもので最終的には、心拍数126ほどになりました。この日は、25m毎のターンは少し早めにし、最終的に心拍数は120ほどでしたからまずまずです。来週からいよいよ本格的に、40分、1400~1500mに挑みます。

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MOVIES 10月続いては…

MOVIES 10月続いては…             
                 2008.10.2

 
 フィクサー              2008.9.27


ket

 製作年度2007年、120分のアメリカ映画。関連するリンク先はー ヤフー映画 フィクサー

 あらすじー大手法律事務所の裏で仲介に立って交渉をまとめる「もみ消し屋」=フィクサーとして活躍するマイケル(ジョージ・クルーニー)は、在職15年にして共同経営者への昇進もなく、焦りと不安を感じていました。大企業の集団訴訟にかかわっていた同僚で、友人の弁護士アーサー(トム・ウィルキンソン)が精神に異常をきたす事態が発生します。マイケルはその後始末をするため、アーサーの下へ向かう。アーサーが弁護を担当していた巨大企業は、発がん性物質を含む農薬を製造販売し、多大な住民被害を出していました。被告の巨大企業に有利のうちに訴訟が解決されようとした時、アーサーは、全てを覆してしまう秘密を握ってしまいます。彼は良心の呵責に苛まれ、事実の暴露を決意します。この動きを察知した事務所はマイケルに「もみ消し」を依頼しましが、それより先に、企業の利益を守ろうとする法務本部長カレン(ティルダス・スウィントン)は、アーサーの抹殺にでます。マイケルは、数日後に、暴露を目論んだアーサーの死亡を知ります。その不審な死の真相を追及するマイケル。真実を知ってしまったマイケルも次に消されかけます。危機一髪で難を逃れたマイケルは、最後に大逆転劇を演じます。

 主演をしているジョージ・クルーニーは、それだけでなく製作総指揮まで執っています。多くの俳優が作品の製作に乗り出す時代になっていますが、彼の場合、「グッドナイト&グッドラック」、「シリアナ」などですでに監督をしています。2作品とも見ていますが、非常に良くできていました。今回の作品は、原題が「マイケル・クレイトン」という主人公の名前が使われています。今回は、監督ではなく役者としてこの作品に、のめり込んでいったのだと思います。この事件もみ消し屋(フィクサー)は、まったくもって、カッコ悪い中年のよれよれ男として描かれています。離婚後の養育費に追われ(時々あう息子にもしんどそうな生活を見せる)、サイドビジネスに投資していたレストランが潰れ、そのための借金で危ない筋からの取り立てにあっている、しかもギャンブル癖もあるという八方塞、大ピンチで人生の瀬戸際に立つ男。-それに対峙する企業の法務本部長カレンは、聡明で、自信に溢れ、いつも毅然しているスーパー・キァリアウーマンとして、マイケルとは映し鏡のように真逆に描かれています。(そんなカレンでしたが、その地位と仕事のプレッシャーに押し潰されまいとするところや、企業利益擁護と自己保全の行き着く先は抹殺を命じることだったという、地獄にはまって行くところは、良く演じられていました。)最後の大逆転劇、これは主人公の良心の呵責、アーサーへの友情もあったことは否定しません。しかし、それよりも、もっと自然なマイケルが自分自身を守るために執った行動だと思いました。だって借金は返したし、弟への借りも返したのだから。結果として、何も残っていなくてもマイナスよりいいではありませんか?(マイナスー犠牲は、友人を亡くしたことがありますが…。)一方のカレンのほうは、刑に服することになるのですから、なおさらです。このようにして見てくると、このマイケルの役は、そのキャラクターを、ジョージ・クルーニー自身が役者として非常に良く演じていると思いました。(彼はこのような役が好きなのでは?私も、彼の二枚目の役よりこちらの方が好きです。)まさに、「マイケル・クレイトン」-彼の物語だと思いました。 

 ところで、この映画は、『ボーン・アイデンティティー』の脚本家トニー・ギルロイが初監督に挑んだものでした。原作がないオリジナル作品ということですが、ベテラン脚本家だけあって、出演している役者の演技を上手に引き出していると思いました。

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MOVIES 10月からも続々アップ。

MOVIES 10月からも続々アップ。       
 2008.10.1


つぐない               2008.9.26


okr

 製作年度2007年、123分のイギリス映画。関連するリンク先はー ヤフー映画 つぐない

あらすじー1935年、戦火が忍び寄るイギリス。政府官僚の長女セシーリア(キーラ・ナイトレイ)は、兄妹のように育てられた使用人の息子、ロビー(ジェームズ・マカヴォイ)と思いを通わせ合うようになる。しかし、小説家を目指す多感な妹ブライオニー(シーアシャ・ローナン)のついた「嘘」が、ロビーに無実の罪を着せ、刑務所送りにしてしまう。その5年後、ロビーは、第2次世界大戦の英兵としてフランスに出兵させられる。セシーリアは、そのロビーの帰りをひたすら待ち続ける。18歳のブライオニーは、自らがついた「嘘」がもたらした残酷な結果に自責の念を感じ、家を出て看護婦の道を歩む。そして60年の時を経た1999年、大作家となった77歳のブライオニー(ヴァネッサ・レッドグレイブ)は、口から語られる衝撃の真実は、… 実は、これまで見てきたその残酷な現実は、すべてブライオニーが書いた小説の中のお話、想像の世界だったのです。

 作家イアン・マキューアンのベストセラー小説を、『プライドと偏見』のジョー・ライト監督が映画化。幼く多感な少女の嘘によって引き裂かれた男女が運命の波に翻弄される姿と、嘘をついた罪の重さを背負って生きる少女の姿が描かれています。運命に翻弄される男女を演じるのは『プライドと偏見』を見て以来、私も注目しているキーラ・ナイトレイと、『ラストキング・オブ・スコットランド』で、注目されるようになったジェームズ・マカヴォイです。しかし、実際の主人公は、妹のブライオニーです。この13歳のシーアシャ・ローナンが、無垢で残酷、脆さと激情、危うさと戸惑い、そのような感性が鋭く、多感な感じの少女を見事に演じていました。最後に大作家になったブライオニー役でヴァネッサ・レッドグレイブが出てきますが、やはり彼女は、圧倒的な存在感を見せ付けています。多分、先にヴァネッサ・レッドグレイブが決まっていて、その少女時代にシーアシャ・ローナンが抜擢されたのではないかと思われます。(良く似ています。)しかし、大収穫だったのではないでしょうか。

 前作の『プライドと偏見』同様に、この映画の原作『贖罪』も読んでいません。前作同様に、今回も映画化するのは大変なことだったようです。前作の印象は、「画面の構成が巧み」、「長回しのシーンも上手い」、「映像が美しい」など記憶しています。ジョー・ライト監督は、今回もそれに加えて音(特に、タイプタイターの音、効果音の使い方など)、色、光、影などを効果的に使って、この複雑な物語を緻密な構成で映像にしています。この監督、まだ35歳だそうです。今後、どんな作品を作っていくか注目しています。

 ただ、この映画(原作もそうだと思いますが)のテーマ、「つぐない」、「贖罪」は、見てから、数日立ちますが、未だに「どのようなことだったのか」結論が出てきません。ブライオニーの罪は許されたのか?創作では、ブライオニーの望んだ結末に、しかし、現実はそうではなかった。ハッピーエンドのようにすることによって、許しを請うたのでしょう。私は、それは理解できましたが、それで良かったのかとなると、よく分かりません。暫くの間、未解決の問題として、私の中に残りそうです。

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