触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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「情報のさばき方―新聞記者の実戦ヒント」

<BOOKS> ⑲
「情報のさばき方―新聞記者の実戦ヒント」を読んで
                                                                                                                            2009.2.21

著者について

外岡秀俊/ 朝日新聞東京本社編集局長(GE)1953年、札幌生まれ。朝日新聞社で学芸部、社会部、外報部、ニューヨーク特派員、アエラ編集部・編集局長、ヨーロッパ総局長など歴任。

発行/朝日新聞社(朝日新書) 2006年10月30日 

内容の紹介

朝日新聞編集局長が記者生活30年で鍛えた「情報力」を公開する。
インターネットの発達でケタ違いの情報が氾濫している今、現代人は「情報力」を鍛えることが欠かせない。
情報を扱う場面を、「つかむ=収集」「よむ=分析・加工」「伝える=発信」も三つに切り分け、
豊富な事例をもとにそれぞれのポイントを解説し、対処法へのヒントを紹介する。
―本の最初の折り返し(表紙の裏)よりー

目次から

第一章 情報をつかむ
 1 必要な情報を探すコツ
 2 全体像の中の「自分」を知る
 3 メモこそ命
 4 人に会う
 5 真偽を見極めるポイント
第二章 情報をよむ 
 1 分析に役立つ基本技
 2 情報のプロの習性
 3 だまされないための技術
 4 プライベート情報は?
第三章  情報を伝える
 1 誰に何を伝えるか
 2 書くためのヒント
 3 IT社会と情報


私の感想など

何故、この本を読むことに…

 この本は、発行されてからしばらく経っているものです。それを、たまたまブックオフで見つけたものです。昨年の10月12日に<BOOKS>で「情報は1冊のノートにまとめなさい」をアップしたように、10月5日からこの本の提案を自分に合うようにA6をA5の「Myノート」に変えて実践しはじめています。現在は5冊目が終わろうとしているところです。もう5ヶ月近くも続いているので自分に定着したといっていいかとは思います。様々な情報の中で、PCに保存できるもの、冊子、何枚ものコピーなどを除いた殆んどの情報物(新聞切り抜き、チラシ、パンフレット、メモ、チケット、領収書など)をA5のノート一冊の中に収めています。しかし、この本の提唱している「PCで検索フャイルを作ること」は、私が気乗りしていないこともあって、後回しにしてきました。いずれ何とかしなければ思っていたところ「情報のさばき方」というこの本が目に留まりました。

この本の内容で私の参考になったこと

 <5つの基本原則>

 基本原則1 情報はインデックス情報である。

 基本原則2 次に重要な情報力の基本は自分の位置情報である。

(位置情報の基本は地理と歴史)

 基本原則3 膨大な情報を管理するコツは、情報管理の方法をできるだけ簡単にすることである
(物としての情報を捨てる。黒ペンーメモ(原稿の下書き)、青ペンー記憶で補足、赤ペンー録音等で聞き直し。ノートの表紙に「インデックス情報」)

 基本原則4 情報は現場にあたり、判断に当たっては常に現場に下ろして考える
(第一次情報に当たる。他メディアのクロスチェック。予断を持たない、←→仮説を立てる。最も大切なのは「文章の正確さ」。情報の「幹」と「枝」。5W1H(ピラミッド型)。「pro」(賛成)と「con」(反対)で論点表を。選択肢(オプション)の提示。自分で「結論」を出してみて後で検証。致命的な情報の「政治化」)

 基本原則5 情報発信者の意図やメディアのからくりを知り、偏り(バイアス)を取り除く
(戦争宣伝の10のレトリックー1、われわれは戦争をしたくない 2、しかし、敵側が一方的に戦争を望んだ 3、敵の指導者は悪魔のような人間だ 4、わらわらは領土や覇権のためではなく、偉大な氏名のために戦う 5、敵は残虐行為に及んでいる 6、敵は卑劣な兵器や戦略を用いている 7、わが被害は小さく、敵被害は甚大 8、知識人も正義の大戦を支持している9、わが大戦は神聖 10、正義を疑問視する者は裏切り者 ポンソンビー(英)の第一次世界大戦の分析より)

<プライベート情報は?>

 「備忘録」(ルーズリーフに1日1行)と「日記」の分離、感情を記す「落書き帳」も、

<情報を伝える>

 誰に何を伝えるか、「事実」を見極める三つの基準(①検証が可能、②当事者に反論の場を、③「事実」を確認すること)、「事」「理」「情」のバランス、要約を冒頭に結論は分かりやすく、月並みな表現を避け記述は具体的に。

<IT社会と情報>

 物理的な制約を突破したIT社会でも、情報の価値を瞬時に見極め、評価する編集力や、それを裏付ける取材力は、これまで以上に必要となる能力。ウェブ上にある情報を手掛かりにはしますが、ウェブにはない情報を構想する能力、そして、リアル・ワールドから情報をつかみ、分析し、伝える力が、これからはいよいよ重要になってくる。

この本を読んで私が採用していること

 5冊目が終わろうとしているMyノートから「PCで検索フャイルを作ること」はしないで、そのインデックス情報をルーズリーフの片面だけに記入し始めました。(まず、過去に遡って昨年の12月よりの4か月分。残り10~11月分は後日に)これは、この「情報のさばき方」にある、プライベート情報の扱い方―「備忘録」(ルーズリーフに1日1行)の応用です。ただし、1日1行に無理にまとめず2~3行にはしています。それによってこれ自体が私の「備忘録」になってしまいます。これは、この本を読む前からしていることですが、「日記」にあたるもの、また、感情を記す「落書き帳」的なことも含めて、毎日作成しているMyノートに情報の一種と考えて記入しています。

 ノートの表紙に「インデックス情報」を書き込むことも始めました。過去にもう何冊もノートは作っているのですが、この頃は、その作ったこと自体を忘れてしまっています。これからあちこち探して取り掛かっていきます。

 その他にも、今後、採用しそうなことが出てくるような気がしています。

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「少年レウィー 生命あふれる海で育つ~最後の海洋民族モーケン」

<TV.>

ハイビジョン特集>「少年レウィー 生命あふれる海で育つ~最後の海洋民族モーケン」を見て   2009.2.20

<番組の内容 

イルカさながらに海に潜り、獲物を捕らえて生きるミャンマーの少数民族「モーケン」。小船に住み、海を自由に移動する。
 素潜りで水深20mまでたどり着き、魚や貝を素手や銛(もり)で捕らえていく。ミャンマーの少数民族・モーケンの驚異の能力だ。モーケンは、ひとつの家族が10mほどの小舟で暮らすが、この海上生活を続けているのは千人足らずになった。モーケン随一の素潜り名人ウテラは、次男レウィーに自らが持つ知恵と技を伝えようとしている。レウィーは、父の技を一つ一つ学び成長していく。豊かな自然と向き合って生きる親子の姿に迫る。  (NHKホームページより)

<内容の補足と…私の感想>

 2月19日NHK・BSハイビジョンでAM9時~10時50分のこの放送は、昨年、4月28日に放送されたものの再放送でした。

私は、少数民族モーケンのことは、初めて知りました。生活しているのはミャンマー南部のメルギー諸島からタイ(陸上)にかけてと言っていました。もともとは4000年前から中国南部にいた。それが400年ほど前にマレー半島に進出して来たが、民族間の争いを避けて、安住の地を求めて現在の地に来たといいます。海上に浮かぶ小舟(現在はモーター付)を主な生活の場とし、海をわが庭のようにして自給自足のための漁をして生計を立てています。ナマコを加工したもの(中華料理に使う)が唯一の現金収入で、それで米、燃料、ミルクなどを買います。

放送では、次男のレウィー少年とその家族を中心に構成しており、その一家の主、父ウテラが、わが子を一人前の素潜り漁師に育てていく過程が時間をかけて撮影されています。素潜り漁、魚介の見つけ方、さばき方、銛づくり、森での狩り、真水の確保、祭りや行事など家族や時には一族の協働作業の中で伝えていきます。私は、その様子を見ていてこれは、現代の私たちの生活から失われつつあることだと思いながら、うらやましく感じました。そしてこれは、極めて大切な民族の伝承でもあるのだと思いました。それでも現在、ミャンマー政府の定住化政策の下で沿岸に20ヶ所の村が作られ、既にそこにモーケンの6割に当たる2000人が住んでいます。彼らは小さな丸木舟だけで細々とイカ釣り漁をしているだけで、モーケンらしさを失っていっています。

 残された海で暮らすモーケンにも哀しい事態が起きてきました。レウィー少年が成長していく間にも、密漁船の一団がモーケンの縄張りに入ってきて、機械仕掛けでナマコの乱獲を始めたのです。これに対してモーケンは平和を愛するのか争いません。密漁船団は、やがて獲りつくしてしまったのか、去って行きます。さらにその一年後、撮影が入った時には、ウテラの家族はもっと大変なことになっていました。まだ1歳足らずのレウィーの弟は病死し、小舟のモーターも壊れてしまい、現金収入の途が途絶えてしまいます。それでもこの家族はそれにめげずに、小舟は総出で手漕ぎをして、漁をしたり、自由に移動し続けます。米の代わりはそれ以前の野生のイモを主体にしたものに戻しました。それに、レウィーも、もうすっかり一人前になってきました。

 親子二代でこのモーケンの調査をしてきたフランス人のイワノフ博士は「モーケンの生活には舟による自由な移動が不可欠。そのことによって、他者との出会いもあるし、結婚もできる。」と言っていました。これから先、ここ、マレー半島に面したアンダマン海に浮かぶメルギー諸島の周辺海域も、恐らく急速な変貌は避けられないと思われます。しかし、私は、豊かな自然と向き合って生きてきた最後の海洋民族モーケンが、どうかいつまでも平和に存続できるよう願わずを得ませんでした。

<さらに補足、モーケンの身体能力について 

モーケンの漁はいたって単純素朴で、ゴーグルを着け、手銛だけの道具で、パンツ一つで素潜りを繰り返し、魚介など収穫物を小舟に次々に揚げます。銛をかざしたまま海中にダイビングして命中させてしまったり、海中でも一突きで獲物を捕獲してしまいます。さらに、深みに潜っていって海底の穴倉で獲物を捕ります。海底にへばりつく10kgもある大きなシャコガイを息長く腕力で剥がしてしまい、それを舟まで持ち上げます。(レウィーはまだダメ、父ウテラが)こうした漁では水深20mほどまで潜っているといます。海底で1分はそのまま潜っていられて、素早い息継ぎをするとすぐまた海底に。それが一度に二時間は続きます。その大きな肺活量に驚かせられました。もっとすごいのは、視力。ゴーグルを付けているとはいえ、的確に対象物を捉えられるのは、視力が優れているからです。(9だという)

 これらとは別に、私が一番注目したのは彼らのその泳ぎです。足裏が大きく、足首を柔軟に動かして、まるで魚のヒレのように自由自在にしていました。それに膝の使い方、柔軟な動かし方が大変上手でした。これは、水泳でいえば、「立ち泳ぎ」の技法に当たると思います。何しろ手のほうは銛などを持っていますから、自由に動かせるのは足(脚)だけです。片足ずつでも自在にスナップを利かせ動かし、コントロールします。見ていて私はおもわず「美しい!」などといってしまいました。これは今、私が大変苦労している平泳ぎの足に通じるからだと思います。

それに体全体が非常に柔らかいようでした。父ウテラこそ年齢からか胴回りが少し太くなっていましたが、その他の家族全員が大変スマートでした。それでも海中での動きを考えるとかなりのエネルギー源の摂取が必要のはずです。炭水化物は現金収入があれば米、なければイモからです。たんぱく質の摂取はほとんど魚介の肉からのみで、たまに森での狩りで仕留めたイノシシぐらいが動物の肉だろうか。本当に余計な必要以上のものは食べないようです。だから質素かというとそうでもなく、魚介類の料理は、私から見ると、新鮮かつ多種・大量で豪華そのものでした。こうした食生活も彼らの海での生活に適した肉体を造っているのだと思いました。

そもそも人間の体は、水中生活に向くようには造られていないはずです。一部の陸上生活を主とする動物の中にも泳ぎも得意とするものもいます。しかし、人間ほど自らの身体とその延長の道具(機械)を使って工夫をして、あらゆる環境に適するよう挑戦し続けている動物はいません。そう、私たち人間には、途方もない可能性があるのです。泳ぎとか水中生活でいえば、これはもう一つ、人類はもともと海から生まれ来たことと、母親の子宮内で胎児として泳いでいたことが関係しているように私には思われます。だから?そう!私だって努力すれば、彼らモーケンのような泳ぎに少しは近づけるのではないかと思いたくなりました。

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セミナー「市民参加が広がる広報力アップのコツ」

<NPO>

セミナー「市民参加が広がる広報力アップのコツ」
に参加して
                   
                      2009.2.16


 2月15日(日)午後に栗原市市民活動支援センターを会場として開催された表題のセミナーに参加しました。今回も宮城県主催、NPO法人「杜の伝言板 ゆるる」企画のみやぎNPOマネージメントセミナーでした。チラシの案内では「活動を広く知ってもらいたい、イベントに参加して欲しい、新しいボランティアを募集したい、とは思うけれど…と、お悩みの皆さん!ググッと心ひかれる魅力ある広報、思わず参加したくなる広報、になるコツを学び、活動をもっと盛り上げましょう!」となっていました。

 参加者は31人。私のような年配者は4人ほど。中年は若干。殆んど若い人たちでした。青年団、社協、スポーツクラブなど方が多かったようでした。男女はほぼ半々位でした。今回も、会場が栗原市(築館)でも対象は栗原・登米地域で、実際には東部気仙沼方面からも来ていて、栗原市内からは半分程度でした。

<講師の紹介>
 
 吉田 理映子氏 (特定非営利活動法人)市民活動情報センター・ ハンズオン!埼玉 理事。

 大学卒業後、広告代理店に勤務。企業の広報戦略の企画立案、政策実施を担当する。倉本 聰氏の「広告制作参加型プロジェクト」などに携わる。その後退職し、現職に。市民が、小さな声でも、まとまらなくてもいいから、自分で伝えることは面白い。」を基本的考えとしている。埼玉育ち、浦和在住。夏は息子・夫と富良野で畑仕事をしている。全国のNPO,社協、大学、専門学校などで「広報講座」を行っている。

<セミナーの内容>

0.はじめにーいろいろな伝え方

 まず、最初に参加者の自己紹介から、「氏名、やっていること、今一番行ってみたい所を」と注文。6テーブルごとに一人ひとり発言。ここでどんな人がいるのかー(その場の)空気を食べるーことを。発信力と受信力が試されました。

 講師は広告代理店時代には、「広く、早く、多くの人へ、」という企業の「競争原理」に基づくものを追求してきたといいます。しかし、現在は、人の心に伝える、届く、継続性があるー深く、ゆっくり、一人ひとりに、という「共創原理」に基づくものを追求しているといいます。

1.伝わる原理 「広告」と「広報」二位一体のルール

 広告と広報は重なる部分はあるけれど(伝わる、伝わってしまう)役割が違う。
 広告は「Bay Me」で「買ってね!」と0.6秒の間に人を振り向かせる。チラシ、看板、ポスターなど。
 広報は「Iove Me」で… イメージができていること。広報誌、記事、イベントなど。=パブリック・リレーションズで、心の通路に情報をポーンと伝える。向こうからも(情報が)帰ってきて、心と心の通路ができて何回も行き来する中でできあがる。

5つのDon!
 1Don! どんな人から トーン(感じ)&マナー(様式)の確立を
 2Don! どんな人へ ターゲットをはっきりと 広告はラブレター
 3Don! どんな点を その人たちの近くに寄り沿っていく
 4Don! どんな時に 
 5Don! どんな手段で メディアミックスを

 具体例として、まずハンズオン埼玉が関わってきた作業所のクッキー販促の <クッキープロジェクト> の紹介がありました。その作業所の今の「困った」は、障害者の今の月収5万円を何とか7万円にして、結婚もしたいということでした。そのために切り口を「クッキー」としながらも、参加して楽しい、と思ういろんな「仕掛け」を作ったそうです。「まぜこぜ」(障害者、家族の会、社協、行政、NPO,主婦、学生、小学校、企業、ホテル、シェフ、デザイナー、マスコミなど)の参加によって、各方面に不便をかけながらも、いろんな視点が加わり、その中からたくさんの「気付き」が生まれていき、成果も上げてきているということです。

 次の具体例は、埼玉県とのタイアップの <おとうさんのヤキイモタイム> の紹介でした。内容は、子育て中のお父さんへの子育て支援策です。そのための講演会を浦和でするとかということでなく、県内各地、各団体などで屋外において親子でヤキイモを焼くというキッカケ作りを進めているのです。ここでもいろんな「まぜこぜ」になりながら、キャンペーンや実物(さつまいも)は用意するものの、その中での企画・実施は、お父さんたち「みんなに預ける」そうです。ハンズオン埼玉が花を咲かせるのではなく、いろんな花になる、どんな花が咲くのだろうか?どんな花になるのだろうか?ということがみんなの楽しみになるといいます。

 その他にも、 ユニセフ (子ども、ブルーをトーンとして)や高知県の 馬路村 (子ども、手書きの筆文字)や コミュニティ・ユース・バンクMOMO  (すべて四角に折るー平等をテーマに)などの広報活動が取り上げられました。
 
 2.「伝える」幻想と真相
 
 「幻想における危険な落とし穴」は、「どなたでも、ご自由に、お気軽に、楽しい、ためになる…」。―これらは禁句です。そのように書いても実際には、そうなっていなかったり、逆であったりとその人(受け手)の身になっていないものばかりです。「幻想」は、いわば、周りの人、全てに発信者から矢印が向かっている状態。(実際には、届いていないし、相手を信用していない。)「真相」は、周りの人の中からたった一人をターゲットに(矢印は一直線に)することによって、その人に伝わり、それから、その人が他の人に言いたくなり、さらに伝わって行きます。その一人の相手を信用することが大切です。(ビリヤード作戦)これは、競争原理の企業の中では他社には見せませんが、共創原理では、ここをみんなに見せられます。そして、いろんな人に聞けて、助けられます。こちらから「助けて」と言えば、周りに広がります。例えば、チラシを置く場所も周りに聞きます。聞いて「何、これ?」と関心を持ってもらい、考えてくれる人が増えます。

 ハンズオン埼玉のA44つ折の栞は、更に、表紙を一部折らないと完成しません。それで、周りの人に折ってもらいます。折った人は「私の栞(チラシ)」として配ってくれます。(助けてコミュニケーション) ヤキイモタイムのチラシもA43枚つづりで、1枚は、その人の胸ポケットに入り、後の2枚は配ってもらえます。(更に、詳しくはウェブを見てね!と記載) 別の子育て支援のチラシは保育園に貼ってもらうのに一部切らないと貼れません。先生に切ってもらうことによって「先生の作ったチラシに」なり、このように最後に「助けて!」というシーンを作ります。(立会い出産広報)←なるほどと感心しました。

<その他、印象に残ったこと…>

 ある障害児施設のボランティア募集に関わっての話。―それまで綺麗な洗練されたボランティア募集のポスターを出していたけど応募はゼロ。対象の子どもとじっくり付き合い、その子が時間をかけて反対文字の「風」と「光」を書きました。よく聞けばまだ屋外で「星を見たことがない」「星のようにみんなを照らしたいと…」いうことでした。そこで、「ボクと一緒に、星を観にいってくれる人を探しています。」と募集しました。その結果、それだけのボランティアなのだけども、7人の学生が集まりました。トーン&マナーを「あったかい施設にしたい」と決めたことによって可能になったことでした。

 ハンズオン埼玉の事務所の壁は張り紙だらけです。企画書を出しても「聞いてないよ、そんなの!」というのが多い筈です。そこで、張り紙の出番です。「ねえ、どう思う?」とみんなに聞きます。これは、 恵庭市立図書館 のやり方を頂戴しました。(掲示やエプロンに「くらし言葉を使う」を実践)

 また、NPOとは、「一人の困ったことを、みんなの困ったにしていく、一人のうれしいを、みんなのうれしいにしてく」ことだと講師が言っていたのが印象的でした。「市民の日本語」(ひつじ書房)と「私のだいじな場所-公共施設の市民運営を考える」(ハンズオン埼玉発行)を紹介されました。-「その街、地域をだいじな場所にしていく。それを一緒につくっていく。」といくことを強調されて言っていました。私は、講師の話を聴いていて「それが、公共ということだろうか?」と、この栗原とか、図書館を思い浮かべながら考えていました。 私は、早速、この2冊を入手してもう少し、このセミナーで講師の言っていたことを深めてみたいと思いました。

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「森のラブレター」(2/11)を見て

<TV>
「森のラブレター」(2/11)を見て
2009.2.14

<番組の紹介>
 
感動! 北の大自然スペシャル 「森のラブレター」 倉本聰が贈る、果てしない命の物語」 (TBS系)

北海道・富良野にある富良野自然塾。それは富良野の大自然のフィールドの中で五感を鍛えることを通じて、環境について考えることを目的とする施設。この広大な自然教室を国分太一が訪れ、インストラクターを務める竹下景子の指導のもと、富良野自然塾の自然教育プログラムを体験。また塾長・倉本聰との対談を通して今まで気づかなかった大自然の神秘と不思議、素晴らしさやありがたさを紹介する。

 その他、北海道在住の動物写真家・稗田一俊氏の協力のもと、北海道の大自然に暮らす生き物たちの命の営みにスポットをあてるブロックや、渡辺満里奈が茨城の里山で日本古来の生活に近い暮らしを送っている老夫婦を訪れ里山の暮らしを体験するブロックも。環境破壊が叫ばれる昨今、家族で"環境"について考えるいい機会になるだろう。(TBSの番組紹介より)

<倉本聰さんの話―(国分太一さんとの対談より)>

今、「生活必需品とは何か?」という質問をすると、家電製品を挙げる人が大半です。 しかし、本当は空気であり、水という答えが正しいと思のです。現在では、“幸せ”という言葉が“便利”という言葉に置き換えられている気がします。 人間は目標を決めてそれに向かって生きていく動物です。戦後、日本人の目標は3種の神器(冷蔵庫、洗濯機、テレビ)でした。 そこをクリアすると、新たに3C(クーラー、カラーテレビ、車)という目標を作り出しました。それもクリアし、携帯やパソコンという新たな目標に向かって際限なく突き進んでいます。 こういう目標はどこかでストップをかけないといけないと思います。 自然には無限の感動があると思います。毎日富良野自然塾のフィールドに出ていますが、山の形や木の生えている場所こそ変わらないものの、葉の色も違えば落ち方、実のつき方も毎日違う。 刻一刻変わっていきます。人間は感動を共有できる唯一の動物です。「感動を共有する」というのはとても大切なことです。 人間同士が感動を共有しながら、時にケンカもするけれども、そうしながらも束になって生きている。それが“幸せ”の原点ではないでしょうか。

<里山に暮らす老夫婦を渡辺満里奈さんが訪れて>

 昨年1年間、渡辺満里奈さんは、茨城県の里山に、ほぼ自給自足の生活をして暮らす老夫婦(80歳夫、77歳妻)のもとへ。冬には、しめ縄を編んだり、モチをふかして、臼と杵でつくことから始めて、そのつきたてのモチをあんこモチにして食べたりする生活。湧き水を利用しての日常生活、夏にはホタルが舞い上がって家の中まで入ってくる。その池は、年に1度ドブ浚いをして、そこに住む主たち(巨大なまず、うなぎなど)を元に戻す。妻は19歳の時に嫁に来て「こんな寂しいところに住めるのだろうか」と思ったという。帰る所もない当時の若い妻を慰めるために夫は家の周りに草花を沢山植え始めたという。渡辺満里奈さんとの会話の中にも仲の良い老夫婦の人柄が伝わって、とても温かさを感じました。

<このTVスペシャルを見て私の感じたこと、考えたこと。>

 倉本さんの質問、「生活必需品は?」では、

一緒に見ていた妻は「水、空気…」と正解。私は「冷蔵庫 …… ナイフ 森」と一部正解。「そうか、冷蔵庫は電気がないとダメなんだ」と後から気付きました。正解、または正解に近くても、実際の生活は、私たち夫婦とも電気や車なしではここ、農村では生活できません。それに私は、情報も。新聞、TV、(あった方が良い)少なくともインターネット(なくては困る)。私は、里山に住む老夫婦ほど自然の中に(またはその直ぐ近くに)住んでいるわけではあいませんが、それでも都会ではない、農村でも街中ではない、いわば、都市と自然との中間点に住んでいます。そこで、私は、養老孟司氏の「唯脳論」で書いていた「都市は、「脳化」が進んだ結果。」というのを思い出しました。妻はここの生まれですが、私は、ここに来るまでずっと都会生活でした。ここでの生活も、もう四半世紀(25年)です。時々は東京方面に行きますが、もう電脳空間化した都市(都会)には住みたいとは思いませんし、住めません。

 そうは言っても、倉本さんの質問に中途半端な答えをしているのが、今の私の実態です。この後、倉本さんは「現代人はランニングマシーンに乗っかって、わざわざエネルギーの消費をしている。」というようなことも言っていました。確かに私も週に何回かそれに乗っかって走ってはいませんが速歩しています。それも確かに便利な電化製品の一つです。屋外で走る(歩く)ことをしない理由はしっかり持っています。それでも「何故、それをしているか?」と問われているような気がしました。「エネルギーの消費?」「健康維持?」…確かにこの歳になると健康維持も目標にはなります。あと、一応、趣味にしている「水泳」。これのために筋トレにしてもウォーキングにしても、その「水泳」の上達(速くではなく、楽にと、まあ少しはかっこよく?のため)を目標に組み立てています。水泳の方は、少し上手く出来れば自分自身で“幸せ”は感じますし、水泳教室などでは、参加者と感動を共有することも出来ます。
それにしても、倉本さんの電化製品に囲まれた現代人に警鐘を鳴らすこの話は、しばらくの間、私もじっくりと考えてみたいと思いました。

里山の仲の良い老夫婦について。

家の中がきちんと見事にきれいに整理されていました。今、日本のいたるところで高齢者の1人暮らしのゴミ屋敷化の増加が問題になっています。1人暮らしでなくとも老夫婦でもあり得ます。妻に言わせると男の人で花を植える、手入れする人は整理整頓をきちんとする、ということ。(ちなみに、花好きの妻は片付け魔!)確かに、あんこモチを食べたか、食べないうちの夫の方が後片付けを始めていました。それに妻の方は、何時見ても(1年間)見事に頭髪を綺麗に(結ったり、被りをしたり)していました。老夫婦2人で、自然相手の生活。必要な時に必要のことはする。資源・食べ物の無駄使いはしない。不必要なものは置いていない。2人だけだけど、お互いに思い合っていて、微笑ましい仲の良いことが会話の中からも窺えました。そんな質素だけど豊かな生活が伝わってきて、見ていてとても羨ましく思いました。そのまま、真似ができるわけはありませんが、何か私たちにもヒントになるものがあるように思われました。

世代を超えて残したいもの。

富良野自然塾の自然教育プログラムなのか、国分太一さんが、閉鎖されたゴルフ場に植林(ポットを3つ)をする場面がありました。富良野自然塾は、50年間で15万本の木を植えるプロジェクトを推進しています。-ゴルフ場を元の森に還し、水と空気を浄化してくれる「葉っぱ」をつくる。―この事業を未来につなげていく。-そのような計画だといいます。

私は、この先、私たちに必要なことは、何か物質的なモノを獲得することよりも世代を超えて(子や孫、それ以後も)残すもの、残すべきもの(物質的なモノに限らず)をしっかりと選択することだと思います。私の場合、それは、身近なところでは、ここ栗原の自然(人が活用できる)ですし、もっと身近ではウチの雑木林風の庭。20年ほど前に白神山地において苗木で購入してきたブナは大きく成長してウチの庭の中心になっています。それからこの30年ほど私が、ライフワークにしてきた「図書館づくり」から、-発展する有機体としての図書館。-これは「人類の知識の森」です。その他にも有るとは思いますが、さしあたりこれらからしっかり残していきたいと思います。

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「事例から学ぶ!NPOと行政が協働するために」に参加して 

<NPO>

セミナー「事例から学ぶ!NPOと行政が協働するために」に参加して            

2009.2.2

 1月31日(土)午後に開催された表題のセミナーに参加しました。当日は大雪。会場は、県内10ヶ所目のNPO支援施設としてこの1月5日にオープンしたばかりの栗原市市民活動支援センターでした。主催は宮城県。それをNPO法人「杜の伝言板 ゆるる」が請け負っての企画でした。チラシには「NPOと行政が一緒に動き出すことで素晴らしい効果をうむ事業があります。皆さんが持ち寄った協働の疑問や地域への理想を講師が事例や助言にかえて一緒によりよい方向をかんがえます!」となっていました。
 参加者は20人ほど。私のような年配者が4~5人、中年が4~5人あと残り半分近くが皆、若い人たちでした。栗原市内だけでなく大崎、登米、気仙沼などからも来ていました。行政の職員も何人かいました。
 
<講師の紹介>
 今瀬 政司氏(NPO市民活動情報センター代表理事) 
 
学生時代から各地の市民活動に関わり、阪神淡路大震災での応援活動を機に市民活動センター設立。大和総合研究所を退職後、同センター専従となる。「世の中の矛盾で涙を流す人が一人でも少なくなるような社会をつくっていくこと」が生涯の夢。大阪産業大学非常勤講師。大阪市総合計画審議会委員。

この前日1月30日の朝日新聞に「官民「協働」へ試行錯誤」という「公貧社会」のシリーズ記事が出ていました。(当日もコピーが配布)この記事にもありましたが、講師は最初にこの「協働」と言う言葉は、どちらかというと今、行政の側から主に発せられているとしていました。この行政主導でNPOや市民団体が下請けに回った場合、様々な弊害が出てくることは明らかです。そうならないためにもこうしたセミナーが持たれている訳ですが、講師は「市民主権・地域主権の確立を」強調していました。そして、全国各地、様々な事例を引きながら説明していました。中でも大阪市とのかかわりは強烈でした。市の職員を「特権階級」と断言して、「行政を変えるのは無理」という前提で事に掛からないと前に進まないという感じでした。ここ、栗原市では大阪市ほど職員は高給でもないし、怠惰・腐敗もそこまでは行っていないと思われます。しかし、共通するところは在る訳で講師の覚悟は参考になりました。

特に講師の言っていたことで、私に印象に残ったことは、「市民(個人、NPO、企業)ひとり一人や、地域一つ一つの思いや事情を大事にすることが原点である。」ということ。それと最後に強調した次のことでした。
「協働して新しい公共を創る」まえに
・ 違いを認め合うこと、尊重しあうこと。
・ 相手の立場に立って、理解しあうこと。
・ 協働の「作る」をすること。(同じく空間で手と足を一緒に動かして)
・ 何のための協働か、何のための事業・施策か。
・ 施策(方策)ができたら地域が良くなるのではない。市民が行政職員が地域を良くしようとした時に、その施策(方策)が生きてくる。
・ まず自分(その市民、その職員)が変わること。(つまるところ、行政は変わらない。)

 これらのことは、今、行き詰って図書館づくり運動にも大いに参考にできることだと思いました。
 また、このセミナーの中ほどで講師から参加者へ「この地域で課題だと思うこと」を書いて出してと注文がありました。私は、「栗原市は、目先のことばかりに追われていて、全体的な中長期的な計画がたてられていない。例えば、学校図書館の整備、図書館システムの整備(ネットワーク化)など」と出しました。参加者は多種多様で、講師がこれといったことに絞ってまとめるところまでできませんでした。この栗原では、分野を超えたNPOや市民団体・グループのつながり、出会い、交流といったものは、まさにこれからといった感じでした。

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