触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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「不幸な国の幸福論」を読んで

<BOOKS> (33)                            2010.2.23

「不幸な国の幸福論」を読んで

著者/加賀 乙彦

発行/集英社 (集英社新書)2009年12月21日 発行

著者の紹介

/1929年、東京生まれ。東京大学医学部医学科卒業。東京拘置所医務技官を務めた後、精神医学および犯罪学研究のためフランス留学。帰国後、東京医科歯科大学助教授、上智大学教授を歴任。日本芸術院会員。『小説家が読むドストエフスキー』『悪魔のささやき』(ともに集英社新書)の他、『宣告』『永遠の都』(ともに新潮文庫)『死刑囚の記録』(中公新書)など著書多数。

<内容紹介>

挫折と逆境こそが「幸福」の要件である

経済は破綻し格差は拡大する一方、将来への希望を持つことが難しい日本にあって、「幸せ」は遠のくばかりと感じている人は多い。しかし、実は日本人は自ら不幸の種まきをし、幸福に背を向ける国民性を有しているのではないか―。
精神科医、心理学者でもある作家が「幸せになれない日本人」の秘密を解き明かし、幸福になるための発想の転換法を伝授する。追い求めている間は決して手にいれることのできない「幸福」の真の意味を問う、不幸な時代に必読の書。
(「BOOK」データベースより)

<目次>

第1章 幸福を阻む考え方・生き方
(「考えない」習性が生み出す不幸、他者を意識しすぎる不幸)

第2章 「不幸増幅装置」ニッポンをつくったもの
(経済最優先で奪われた「安心」と「つながり」、流され続けた日本人)

第3章 幸福は「しなやか」な生に宿る
(不幸を幸福に変える心の技術、幸せを追求する人生から、幸福を生み・担う生き方へ)

第4章 幸せに生きるための「老い」と「死」
(人生八十五年時代の「豊かな老い」の過ごし方、死を思うことは、よく生きること)

<私の感想>

本書との出会いは、

2月7日、朝日新聞に「本当の幸福はどこに」語る人(加賀 乙彦)として本書の紹介が載っていました。その2月7日は丁度、「栗原の学校統廃合を考えるつどい」が開催された日でした。私は、その午前中までそこでの発言準備をしていました。それに、この本書の紹介記事が大いに参考になりました。2.7「栗原の学校統廃合を考えるつどい」報告(その1)(2月9日の記事)の中で「意見2 競争歓迎論とは別の道―連帯・共同・共生の道<ほんとうの幸福論>について」がそれです。本書を読まないでその紹介記事だけを参考にしてこの部分を仕上げました。

しかし、読まないことには何か無責任になると思い、「つどい」を終え、家へ帰ってから早速ネットで注文しました。この時は楽天ブックスでしたが、届くまで1週間近くかかっています。奥付には2010.2.20発行の第3版となっていましたから品切れか品薄になっているのでしょう。それでも、少し忙しかったために届いてから直ぐ読まずこの間、ツンドクに。ようやく時間のとれた昨日(2月22日)読めました。読書の仕方としては、実読と楽読の間、精読ではなく多読に入りますが(この区分けはBOOKS「差がつく読書」を読んでーを見てください。)簡単にでも感想を記事にしたいと思いました。

「第1章 幸福を阻む考え方・生き方」から

この部分が、私には、学校統廃合問題での多くの若い保護者たちとダブってくるのです。部分的に引用するとー
一握りの勝ち組を目指し、自分や我が子が負け組みに転落しないようにする…人間をランク分けする言葉とともに、それに付随した価値観まで、なんら疑問を抱くことなく受け入れてしまった…流布している浅簿な言葉や価値観に振りまわされ、…「こうでなれれば幸せになれない」という思い込みも強くなります。…過保護・過干渉な期待をかける親の存在…こういう矛盾した大人たちの考え方…―

この章の内容は「『考えない』習性が生み出す不幸」、「他者を意識しすぎる不幸」となっており、今の多くの若い保護者たちは、まさにその通りになってしまっていると思われました。

「第2章 「不幸増幅装置」ニッポンをつくったもの」から

 この章の内容は「経済最優先で奪われた『安心』と『つながり』」、「流され続けた日本人」となっており、特に後期高齢者医療制度の問題を取り上げているところが印象的でした。「平成の姥捨て山」といえるこの制度は、「介護・医療崩壊へと加速している。」としています。しかし、その責任の一端は郵政選挙で小泉自民党を圧勝させた私たち自身にあるとし、それは日本人の「刷り込まれた「考えない」という習性」からとしています。今回の政権交代でもこれからどうなるのか?「社会を変えていくのをあきらめてしまうのか、この国の未来がかかっている」と現在、私たちが岐路に立たされていることを言っています。ここをクリアできなければ、この章の最後「日本の子供は不幸を背負っている」のが永遠に続かせることになってしまいます。

「第3章 幸福は「しなやか」な生に宿る」から

 ここからの後半は、今の日本の社会に蔓延する不安や不幸に飲み込まれることなく生きていくにはという打開策が述べられています。最初の「不幸を幸福に変える心の技術」では、「幸福を定義してはいけない」と所謂幸福論などというものはそもそも無いと言っています。ではどうするか?「自分を客観視する眼差し」「生きがい論」等に続き、次の「幸せを追求する人生から、幸福を生み・担う生き方へ」では、さらに具体的に、「『足るを知る』豊かさ」「自分の人生の主人公になる」「正しい方向に努力する」「明らかに見極める『あきらめ力』を磨く」から始まって、「変えられること、変えられないこと」「情報リテラシーを鍛える」「多様な情報をもとに考え抜く」と、分析し、考え抜くこと、そのためにすることを提示しています。さらに、「未来を見すえて幸せのビジョンを描く」「『自分さえよければ』では誰も幸せになれない」「みんなが損をしない時読可能な社会へ」と一気に視野を社会へと広げています。そして最後に「希望の種は探せばどこにでもある」「幸福の源泉は『しなやか』な精神」と希望をもつこと、夢をもつことで未来への意志をかき立てる積極的な考え方、生き方を提起しています。

「第4章 幸せに生きるための「老い」と「死」」から 

この章の内容は、最初が「人生八十五年時代の「豊かな老い」の過ごし方、死を思うことは、よく生きること」となっています。長い老年期や定年うつの問題。次に「身一つの自分」で人と向き合う、「喜ばれる喜び」が老年期を支える-この2つは、今の私にピッタリですね。「「老い」を受け入れ、「老い」を楽しむ、そして、「ゆっくり」のススメ。待つこと、ゆっくり歩くことを楽しめるようになる。「高齢者が老いを楽しみ、「ゆっくり」や「待つ」豊かさを伝えていけば、老人はもちろん子供たちにとっても生きやすい社会になるのでは…」と言っています。全くその通りで、今の日本の社会に最も欠けていることの一つです。

 次の最後の「死を思うことは、よく生きること」では、読み進んでいって驚いたのは、著者自身の経験が出てくるところです。著者は、68才で、新に長編の創作を決意し、75才で韓国語を習い始め、80才になっても自分のペースを乱すことなく、長編小説の創作に勤しんでいるということです。こうした著者の老いへの積極的な構えだけでなく、さらに、自ら死期を意識しながら長編小説の続編を書いているというのですから凄いとしか言いようがありません。

最後に

 朝日新聞の紹介記事からも、本書は、単なる一般的な「幸福論」(ハウツーもの)を書いたものではないとは思っていましたが、実際に読んでもはっきりしました。読み方を間違えると、単なる「幸福になるための発想の転換法」ととられかねないのですが、よく読むとそうではない、社会にも積極的に目を向けて、その変革までも求める積極的な考え方、生き方を提起しています。それを、著者の豊かな経験、フランスでの臨床医経験、日本での拘置所の医務技官の経験、小説家の目を駆使して本書で具体的に説明しています。それだけに文章に説得力があるのです。

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「栗原の学校統廃合を考えるつどい」報告―(その2)

2.7「栗原の学校統廃合を考えるつどい」報告―(その2)
2010.2.7講演録 

栗原市金成の小中一貫教育の問題点 
(含む品川の小中一貫校報告)
                                  
                          2010.2.19  作成者:触媒生活

はじめに

 講演と報告のレジュメと、それに実際に聞いた作成者のメモに基づいてまとめました。行われた順序はこの通りではありません。品川の報告は、講演と一体化しました。このように作成者のまとめ易さを優先した構成・内容になっています。従って、実際の内容との違いがあれば、その責任は作成者にあることを予めお断りしておきます。2月27日には、「ゆきとどいた教育をすすめる栗原市民の会」の役員会があり、この「つどい」の反省会をします。ここで、この私のまとめを「つどい」内容のまとめのたたき台にしてもらいます。

Ⅰ 学校統廃合の問題点

1 学校統廃合の3つのピーク

① 第1のピーク  50年代前半の「昭和の大合併」

 約1万あった自治体は約3千まで減少。行政効率性から、人口8千人に1中学(12~18学級規模)という数字が算出したが、この「12~18学級」という数字は学校教育法施行規則、義務教育費国庫負担施行令等の残存し、後に「適正規模」として独り歩きすることになる。これには、教育学的根拠はない。

② 第2のピーク 高度経済成長期行こう人口の流出で過疎地が生じた70年代

 70年の過疎地地域対策として、統合の際の校舎建築国庫負担率が、①の2分の1から3分の2まで引き上げられ、統廃合が促進され、特に小学校の廃校が進められる。これに対して山間部などで反対する住民紛争が多発した。そこで、73年には、文部省は「Uターン通達」(無理な統廃合は避ける、小規模校として存置し充実する方が望ましい場合もある)を出すに至る。

③ 第3のピーク 新自由主義教育改革における学校統廃合 96年~

 都市部では、学校選択制導入と同時期に審議会などにより学校「適正規模」、もしくは学校最低基準を設定。「適正規模」は法令などから「12~18学級」、最低基準は「150名」「180名」など。小規模校は選ばれず保護者の選択行動を利用した学校統廃合へ。08年、「地域の教育力低下 」理由に選択制見直しへ。代わって小中一貫校を用いた統廃合へ。(栗原市金成もその典型的なケース)

 政府は、05年3月を期限とする合併特例法のもと、市町村合併を推進。その理由は、経済のグローバル化の中で進む「『住民の生活領域としての地域』と『資本の活動領域としての地域』との乖離を後者の論理によって強制的に再編統合する」こと。そのため様々な「アメとムチ」施策を駆使して合併を強力に推進。その中で特に02年以後市町村合併の直後に学校統廃合が多発するようになった。(栗原市も同様です。)EX、合併すれば合併特例債等の財政措置が新自治体に認められるため、学校統廃合を合併後の建設計画に組み込んでおけば、少ない負担で新校舎新築ができるというメリットが。自治体の中には、将来的な義務教育費国庫負担の改廃によって学校維持や改築ができなくなることを懸念し早めに学校統合してしまおうという動きも。

 05年財務省調査では、小・中学校384校を221校に統合したところ、人件費を中心として170億円の効率化につながったと評価している。文科省は中教審に「学校統廃合の促進について具体的な検討」を要請した。少子化により小規模校が増えたことに対し、「教育上、学校にある程度の規模は必要」と教育的な効果に基づいた理由を挙げている。平成の大合併に伴う学校統廃合については、教職員定数の規制緩和、スクールバス購入などの優遇措置がとられた。宮城県は東北では小・中・高統廃合数は、これまでのところは、最も少ない。

2 保護者への宣伝と統廃合後の子どもの荒れ

・ 学校統廃合は関係者にとって忌避したいこと、悲しむべきこと、という認識は、かつては自然なものだった。かつては地域をあげてみんなで学校統廃合に反対した。

 それが近年様変わりした。全国的に行政側によって、「教育的効果」論(規模が大きいほど教育効果がある)、社会性が育たない、などという検証されていない俗説や、「切磋琢磨論」、「競争が必要」などのロジックが多用・流布されていった。それによって保護者は不安を煽られ、(小規模校・複式学級は)デメリットが多いとの不安感から動く。こうして保護者たちの共同を解除してしまった。

・ 学校は独自の伝統と文化を育んできたもの、その総括と摺り合わせが上手くいかないと統合は成功しない。

・ 新潟県の中学校のケースでは、各地区住民が学校建設委員会になり、時間をかけて地域の文化センターとしての学校を新築した。

・ シュミレーションをしてみることが必要。校章、校歌、PTA、学校行事、同窓会、などすべてが新しくなる。すべてを新しくしないと統合後に荒れてしまう。対等な統合が重要。(品川区の小中一貫校では、小学校の制服問題、行事などでこじれている。)

3 財政的メリット

① 小中一貫校に統合した場合の教職員給与の試算から(栗原市金成の小中一貫校化の場合では、約2億円のコスト削減になる。)

② 財政的に裕福な自治体と財政難自治体の小中一貫校のギャップがある。
品川区―90億円をかけた施設一体型小中一貫校を新設できた。インとアウトの差、財政困難自治体では単なる経済効率性のための統廃合になってしまう。

4 複式学級の問題をどう考えるか

1) 複式学級は学校の「個性」であり、そのメリットがある。

① 個に応じた指導に充実を図り「個性を活かす教育」が実現できる。
② 自学自習の習慣化と自主性の育成により「自ら学び考える力」がつく。
③ 温かい人間関係の中で「豊かな人間性」が育成できる。学年を超えた児童の結びつき、保護者や地域との結びつきが強くなる。

2) 別の体験的ケースでは、

① 与えられた課題が終わったら好きなことができる。(自分のペースにあわせられる。)
② 一学年上の授業が聞ける。(ほとんど飛び級と同じ効果がある。)
③ 先生は児童に飽きにくい自習課題を準備する。(話を聞く授業ではなく自分で考える時間になる。)
④ 自習が半分なので、自分で問題を解決していく習慣が身につく。(先生はあくまで学習の補助者という認識となる。)

3) ある複式学級で学んだ学生(岡山県の児童十数名の分校で)の感想。

 「複式学級は、…生徒がたくさんいる学校では決して得られないであろう学年や性別を超えた強い結束力が身につき、より友達や年上の人を思いやる気持ちが芽生えると思う。」「親同士も子ども同士も仲が良くて、家族のような学校でいじめなど見たことがなかった。学区が町の地域で保護者同士の関わりが薄い小学校から来た子どもには(中学校で)いじめがあった。」

→ 栗原市が「学府都市」をめざすなら、複式学級の実践研究やT・T、非常勤教師の配置などに予算を付けることも可能ではないか。

・ 単学級構成の学校は、体験的には、男女同数くらいで、学年15名程度で全校(約90名)の関係がよく縦割り活動が活発な学校は、非常にうまくいっている印象だ。特別支援学級とも仲の良い関係。全校児童の一人一人の顔が分かるよい関係。これは、ヨーロッパの平均小学校規模(全校100名以下、フランスの小学校平均は99名)に近い。

5 地域にとっての学校

・ 地域のセンターとしての学校、仙台市で成功した大規模統廃合反対運動のスローガンは、「地域の学校」だった。

・ 避難拠点としての学校の役割がある。(新潟では、学校統廃合が進んでしまって、中越地震時に避難拠点として機能しなかった)

・ まちづくりプランの必要性―地域住民を中心とした多各層との話し合い、合意形成が不可欠。

Ⅱ 全国的な小中一貫校(小中一貫教育)の拡大 

1 財界、政府が求めてきた6・3制の撤廃・規制緩和

2 学校統廃合の手法としての小中一貫教育

 06年開校、品川区の施設一体型小中一貫校は、実質的な学校統廃合である。その後の渋谷区、京都市(2中5小を統合)では、条件の整った新校舎、「エリート校」の創設という名目で保護者の反対運動を解除していった。それが全国へ波及してきている。

3 小中一貫教育と基礎・活用カリキュラム

・ 6・3制から4・3・2制など。
早い段階から習熟度別学習・少人数学習が行われる。
   すべての子どもに「基礎」→「活用」というよりは、「基礎」と「基礎」・「活用」2つの国民形成に応じたもの?

・ 小学校から「アントレプレイナー(創造的破壊型の企業家)シップ」などの経済活動学習重視。

・ 小学校からの英語の採用。

Ⅲ 各地の小中一貫校(小中一貫教育)のケース

1 品川の教育改革

・ 01年から若月教育長のもと「プラン21」が始まり、学校選択制の皮切りになった。

・ 04年 小中一貫教育特区に認定、中1ギャップの解消を理由にしながら、実質は前倒しのカリキュラムと学校統廃合へ 6・3制→4・3・2制、5年生からステップアップ学習(習熟度に傾斜)市民科授業、小学1年生からの英語、経営的視点「経営コンサルタント会社が診断し成果を高めることを支援」、教育からサービスへ・適正な学校規模という名の多様な学校・教師の意識改革。

・ 公教育の差異化を目指し、小中一貫校と小中一貫教育では全く異なったものなのに「古い校舎で無理な小中乗り入れを強制される」(佐貫 浩)ことに。
 漢字の前倒しなど性急な先取りカリキュラム、教科学習に混乱、区独自のカリキュラム、改定学習指導要領の前倒し
教員には兼務発令 免許なしで教壇に立つ教師たち、7年生の3分の2が他の小学校からの入学
 豪華施設(建設費70億~100億円、完全冷暖房、温水プール、バスケットコート3面の体育館)
 校訓から見える目指しているものー学力向上・規範意識や倫理観

・ 子どもの生活し成長する空間が激変

<小中一貫校は、子どもの生活リズムに合っていない>
 
 1年生からの標準服、髪の毛やリボンなどは中学の規則に則って、授業時間45分・50分、休み時間は5年生からなし、広い校舎(地上5階地下2階)校庭で遊べない小さな子どもたち、学級というまとまりの後退、子どもたちに欲求不満、ストレスが溜まり、月1の割合で救急車の出番が…。

<5年生から中学の文化の中で生活>

 小5から定期試験(学期2回 広い範囲の学習)、委員会活動もクラスの中で何人かだけが活動、部活も小学校のクラブ活動はない、小学校教員も部活を担当、生活指導「小学校で教員の手に負えない子がいても中学校の教師が一喝して…」(これでいいのか?)5.6年生の教科担任制の矛盾、

<やせ細る学校行事、文化>

 9年の幅の子どもが一同に会する運動会の様変わり、つまらなくなった。運動会で6年生の参加はクラス全員リレーと大縄跳びのみ、45分の練習に子どもを並べるだけで1時間、展覧会なし、1200人の入学式と卒業式(名前を呼ばれるだけ)、5年生からの合唱コンクール、学芸会なし、中学生の部活で占拠される運動場、小6の「卒業式」の感動の消失、全体として管理された巨大空間としての学校のイメージの強化、給食時間のあわただしさ、

<異年齢集団の交流というが…>

 5.6年生の活躍の場がなくリーダーシップの弱まりが、7年生は落ち着くというが…、
→学校不適応を増加させるのではないか。
 地域の教育力の低下による子どもの「荒れ」、入学者ゼロから廃校になった中学校では、すでに集団が成立していなかった。いつの間にか転校していく子どもたち。

2 三鷹市の場合

・ 06年「三鷹市教育ビジョン」学校評価等、新自由主義教育改革の代表的研究者メンバーが助言者。そこで、小中一貫校、学校評価PDCAシステムの採用。09年から全小中で導入。

・ 全教職員アンケートでは、8割が小中一貫に否定的回答。

・ 子どもの発達段階を無視、小中一貫は発達論からは導き出されない。中学を意識するのはせいぜい小5.6年、中学は自我確立の混乱期、教職員も全力をあげて乗り切らなければならない時期。

・ 教職員の想像を絶する多忙化へ、トップダウンで学校自治を壊す。従来の学校体系(6・3制の平等な公教育)を壊す目的の規制緩和政策。

・ 新自由主義的な「学校参加」「学校評価」

・ 形ばかりの「交流」「乗り入れ授業」、打ち合わせ、→担任の不在、授業カット、非常勤講師による授業、「教師が子どもに向き合える時間が減る」→子どもの「荒れ」「子どもに学力がつかない」「中学での学級崩壊および3校での崩れの実態」「教育現場の声が生かされるチャンスがなく、決定事項としておりてくる」「市長からのトップダウン」小中一貫校、コミュニティスクールの全国的モデルであるのでデメリットは表面に出ない。むしろ必要な「中1ギャップ」(不登校が減ることは実証できず?)

Ⅳ 栗原市の学校統廃合計画

1 栗原市立学校再編計画

小学校 

30校を前期(平成26年まで)に12校に、さらに後期(平成31年まで)に10校(含小中一貫校)と3分の1に。

中学校

10校を前期(平成26年まで)に8校に、後期(平成31年まで)では6~8校(含小中一貫校・中高一貫)に、こうした超大規模統廃合計画です。
 これは、「教育環境を改善」という理由はほとんど当てはまらないだろう。専門家の誰が見ても典型的なコスト削減のための統廃合。

2 適正規模

小学校
クラス替えによる交流を可能にするため各学年2学級以上

中学校
「中学校においては9学級以下になると教科ごとの専門の教員が配置されなくなる可能性があります。」としている。これは、ほとんど脅しに近いもの。今まで見た中では、群馬県前橋市(12学級必要)の統廃合計画と、この栗原市のみで挙げられた理由。これに対して群馬県教育員会に確認すると「そのようなことはない。よほど特定な教科に偏らなければ。」ということだった。おそらく技術・家庭科の担当に専科を配置するのが難しくなる。通常は、非常勤講師、兼務教員などで対応。(例えば東京都荒川区―現在統廃合は凍結―では家庭科の専任は区で2人のみ、あとは非常勤と兼務で。技術・家庭の専任化はとても大変で無理。)
 
 全校・6学級以下の中学校は全国で多数あるが、主要教科でそのような問題が起きているケースは例外的。栗原市の場合は、「適正規模」が独り歩きしている。全国的には教科ごとの専任教員の確保を理由として統廃合することはほとんどない。

3 手続き

 市は、「保護者、および地域の合意がなければ統廃合しない。」といっている。
 これには、PTA,地域で野説明会、全住民アンケートなどが必要です。

 統廃合(小中一貫校)に伴うデメリット、メリットの提示をした上でのアンケートを。
・ 普通の統廃合、小中一貫校の違い、小中一貫校で成功しているケース、問題のあるケースの例示をして。 

Ⅴ 栗原市金成の小中一貫教育の問題点          

1 典型的な財政効率性の統廃合のための小中一貫(5小1中施設一体型小中一貫校)

・ 6校を1校にすることの財政的効率性は大。栗原市は、「教育効果」のためであって、コストダウンは後から付いてくるものという。

・ 市町村合併の前に学校統廃合をして「身奇麗にしてから合併」もよく見られるケース。
同規模の町村同士の合併は直ぐに統廃合を招きやすい。サービス低下の批判をかわしやすく旧町村の力関係で廃校されやすい。この金成地区では合併以前に計画はあったのか?

・ どれだけのコストダウンになるかを試算してみると、
統廃合後(小中一貫校にして)教職員削減により、宮城県の支出が約2億円削減できる。典型的なコスト削減目的の統廃合だ。

2 子どもたちにとっての施設一体型小中一貫校

・ 施設面
財政的に余裕のある「勝ち組」自治体(品川区など)は数十億円掛けた豪華校舎を建築する。ここ、栗原市のように財政的に厳しい自治体にとっては、古い施設を改修するだけのただの「統廃合」になる。

・ 教育内容面
小中一貫校の独自カリキュラムを作ることは、大変な作業で、その内容はともかく、財政的に余裕のある自治体では国政レベルの研究者らを動員して作る。
小中一貫カリキュラムの問題性、子どもたちの現実から出発していない。

・ 専任教員配置問題
(前述の栗原市立学校再編計画 2適正規模 中学校 に)

・ 教育学的根拠がない「適正規模」、勝手に決めた「適正規模」に固執する栗原市行政。
学校規模と学力の関係を研究した報告はない。

3 中1ギャップ、いじめなどは克服できるのか

・ 小中一貫化により必ずしも実証されていない不登校、いじめなどの減少。

・ 中学校でのいじめの存在は、小中一貫では解決できない。
   むしろ問題を抱えた小学校の実践の改善、および中学校自体の抱える問題。似たケースとして、広大な地域の新潟県旧朝日村(現村上市)の5中学校が1中学校への強引な統廃合(1989年)がある。その後20年間「荒れ」といじめの中学校に。思春期の子どもたちを対象とした中学校教育が地域から切り離されると困難を抱える。

4 子ども発達にとって地域の重要性

・ 保護者、地域の共同が支える小学校と子どもたち。子どもの十全な成長・発達にとっての「原風景」としての地域、地域の学校。この「原風景」が失われることによってデラシネ(根なし草)に。

・ 各小学校の伝統や文化を大切に。積み上げてきた学校の伝統や文化、いつか統廃合するにしても、丁寧な教育内容のすり合わせが不可欠。それが欠けた、東京都東久留米市での統廃合後の小学校では「荒れ」に。

5 地域住民にとっての学校、まちづくりプランは

・ 他の地区の統廃合の突破口としての小中一貫校

・ どのようなまちづくりを展望するのか。 

<主な質疑応答・意見交換の紹介>

・ 小中一貫教育は、世界的にはあまりに突飛で検証されていない。
(「デメリットが多くてビックリした。でもメリットはないのですか?」という質問に答えて)

 メリットは敢えて挙げれば小中の教職員たちが「意見交換ができる」ということ。知り合う機会ができて交流ができた。「でも、この大変さは何だ!」ということに。小中一貫教育は、①教師は大変、②子どもは犠牲に、③トップダウンでやられる。というのが率直な感想だ。

   これから、京都、大阪、横浜と規模の大きな自治体で導入されていくが、連携方式などいろいろな形態になる。負担が大きく、1つの方程式にまとめるのが大変。世界的には、中・高はいろいろあるが、小・中というのはほとんどない。小・中というのは、あまりに突飛で、検証は行われていない。

・ 8割の保護者が賛成、8割の教職員が反対。
(「品川で実際に教師をされてどうですか?」という質問にー品川の小中一貫校の先生の感想)

 保護者には、お坊ちゃま、お嬢様学校に入ったようで、人気は高いが、そこにいる先生方は、「これは違うんじゃないか」と思っている方が多い。1000人規模の小中一貫校では、現職教員の2人が過労死しているほどの多忙だ。三鷹の教職員アンケートでの8割が反対というのが頷ける。反対に、保護者の方は、8割は賛成だと思う。

・ 運動の方向性について、ネットワークづくりを是非。
(色麻町から参加の2人の質問に対する山本氏の答え)

 ネットワークをつくることを是非やってください。仙台の成功例が参考になります。PTA全体が反対でなくとも、一人でも有志でも繋げて欲しい。点と点を繋げて、ネットワークを。最後まであきらめないこと、行政は5年でも、10年でも20年でもしつこく攻勢をかけてくる。東久留米での例では、4年生だけが荒れなかった。それは、4年生の親達が子どもたちに寄り添って、キレイゴトを言わなかった。本音で、反対運動をした。そうであれば、例え反対して最後に統廃合されても(統廃合以後のケアにも反映がされていく筈だし、)子どもたちの心のダメージを和らげ、サポートもできていく。

・ 市行政は、子どもの現状を見ないで、小規模校や複式学級がダメだと決め付けている

 栗原市の学校統廃合は、金成地区でのたった3人の保護者の「複式を避けたい」という要望から始まり、それを逆手に取って、全市の統廃合をやってしまうという荒手のリフォーム詐欺のようなものだ。それに、市の教育委員会は、実際の小規模校・複式学級の現状、そこで子どもたちが如何に伸び伸びと育っていっているかを見ていない。子どもの現状を見ないで小規模校や複式学級がダメだと決め付けている。

<私の感想>

20年前の築館、今回の高清水での経験。

 今回のこの「つどい」をもったことで、私は、約20年前の築館町で起きた場外舟券売り場の誘致を白紙撤回させた反対運動を思い出しました。「誘致で自治体にずっとお金が落ちる。」(メリット論)「保守的な地域でどうせ反対しても変わらない」「有力者(お上)が言うことだから逆らっても…」町議会では初めは、共産党町議一人だけの反対だった絶対的な形勢不利なところからの劇的な逆転(町議会での逆転)をしました。これをなしえた力は、①子どもたちのことを大切に考えるPTA関係者や多くの親達。②一部地域が目先の儲けに走りそうになっても、それを阻止した町内各地の「住みよい、暮らしやすい、安全な地域にしたい」という地域・コミュニティの役員と多くの住民。が誘致反対の一点だけに一致して短期間にネットワークを組み、署名活動を展開しました。厚い保守層の地域ではあるのですが、その保守の中にもある「子どもを守る」「地域を守る」ということであれば、保守にありがちな、「事なかれ主義」や、「画一主義」、「長いものに巻かれる」といった傾向もそれを克服して、その先へと協同の運動を展開することができるのです。

 今回でもそれがいち早くできたのが、高清水地区です。「高清水中学校は前期統合の対象からはずして」という高清水地区人口(約4200人)の62%を超える、2.625人の要望署名が大きな力になりました。高清水小・中学校PTAの会員の皆さんを中心として多くの皆さんが結集し、地域ぐるみの運動が今回の成果につながったものです。「声を上げて本当に良かった」と地区の人たちは、喜んでいました。さらに、後期計画までの間に、「高清水にとってどんな姿の学校が良いのか、私たちみんなで考えよう」という機運が生まれたといいます。

市民のネットワークができ、民主的力の弱い地域でも

 栗原市内の10地域の民主的な住民の力(力量)はまちまち。20年前、築館の運動に当初、栗原の各地からも応援が入りました。しかし決定的な力はやはり、その地域、築館の内部の住民の力(力量)でした。そこが動いて初めて事態が打開しました。周りの栗原の各地の応援はそれを見守ってくれました。町村合併には問題点も多いのですが、一つ良いことは、一つの市になったことで、一体の、一緒の市民になったことです。そして、市民のネットワークがようやく今、出来つつあると思います。つまり、今回の金成地区で「つどい」を持ったことです。以前の合併前だったら、多分、開催できなかったかもしれません。金成地区は会の会員も少なく、民主的な力(力量)が弱く、地域での影響力もほとんどない地域です。そこで敢えて「つどい」を持ったのです。市教委は広報を使って「金成地区の○○のPTA同意…」という記事を何回かこのところ載せてきています。同意といってもその中身が問題ですし、広報等では小中一貫校のメリットしか載せていません。一方的は情報の中にこの金成地区の地域住民は置かれています。市教委はこの金成地区を突破口にして栗原市全域での学校統廃合を推進しようとしていることは明らかです。

 「つどい」でも山本先生より「合併と学校統廃合の全国状況」について「身奇麗論」なることを聞きました。つまり、「合併前にその障害となる課題を整理・清算してから『身奇麗になってから合併する』というところもある。」と聞きました。栗原市ではそうではなく、金成地区の障害の課題を隠して、それを合併したら逆手にとって、他地域までにも拡大して学校統廃合と彼らの狙う財政健全化(教育を効率的に安上がりにする)を一挙にやってしまおうという乱暴な計画になってしまっています。だから、会もこちらの影響力がこの金成地区で小さいといっても、そこを避けるわけにはいきませんでした。会の財政があまりない中でここだけ新聞折込の「つどい」の案内チラシを全戸配布。学校訪問、PTA地区役員への働きかけ、ポスター掲示、マスコミ依頼などできるだけのことはしてみました。結果は、確かに地元からの参加は決して多くはありませんでした。しかし、地元が注目する「つどい」にはなったと思います。何よりもメリットではなく、デメリットをいろいろ考え、心配している市民運動の存在を地域に知らせることができたと思います。

 そして、更に、改めてもっと詳細にこの金成地区のことを調べようと思いました。①金成でのPTA合意をしたところの内実について、②合併以前の金成町教委段階での学校統廃合の扱いについて等です。こうしたことは、合併以前ではおそらく「よその町のこと」として、あまりやろうとしなかったと思います。しかし、今は違います。この金成地区の中にも、学校統廃合に反対し、ゆきとどいた教育をすすめるこの会のネットワークをもっと広げていきたいと思います。

学校統廃合問題隠しの5年前の栗原市誕生

 平成17年、今から5年前に、10町村が合併し、この栗原市ができたのですが、その前年、平成16年に行政の呼びかけで、住民ワークショップがもたれました。私はそこに参加していましたが、そこで「まちづくりの基本計画」が策定されました。しかし、その分科会、全体会でも、全く学校統廃合問題は出されていませんし、勿論、基本計画にも全く載っていません。

 この学校統廃合問題が表面化した平成19年になって、当時の合併協議会の議事録を調べ直して次のことが分かりました。「町村立学校の通学区域の取り扱いについて」という検討項目の中で、この表題とは違って、学校統廃合の問題が出されていました。議事録を読むといろいろ議論され、「児童生徒数の動向を踏まえ、新市によって検討を行うものとする」と明文化すると「読んだ方にこれが早速行われるという印象を与えるのではないかという危惧がある」という意見のもとに結局、学校統廃合問題は出さないとしてしまいました。このように問題を先送り・隠して決められました。ですから、市教育委員会が言っている「合併して初めて、学校間の差異が大きいことが分かった」というのは全くのウソなのです。平成19年の学校再編の検討委員会の議事録を見ても市教育委員会が「旧金成町教育委員会から『学校再編「小学校の適正規模」について』の事務的な引き継ぎを受けている。」という記述がありました。

 一方で、合併直後の平成17年8・9月の市内10ヶ所での移動市長室でも、その翌年18年4月の市内10ヶ所での市政懇談会でも、学校統廃合についての話は出されていません。しかし、それに反して、これも後から調べて分かったことですが、その前の18年3月には既に市教育委員会は「小・中学校の適正規模および適正配置に関する基本的な考え方および適正化に向けた具体的方策」を打ち出しています。

市長のマニフェストすり替え問題
 
 こうした懇談会でいつも熱弁を振るう市長ですが、彼の初当選の選挙前のローカルマニフェストでは、「学校教育環境検討委員会の設置」をして、「学区再編をする。」と言っていたのが、市長になってからの、次のローカルマニフェストでは、それが「適正規模、適正配置…」という内容につまり、学校再編にそっくり擦り替えを行っています。
つまり、行政側や一部有力者によって、この金成地区以外(その金成地区内部のことは、よく分かりかねますが、)その他の町村の一般住民には、学校統廃合問題隠しが行われて、合併がされたのです。

子どもの実態抜きの教育効果論の再編計画

 品川区教委の19年20年小中一貫校の学者も動員した効果検証の分厚い報告書を見て感じたのは、若月教育長のワンマンぶり、トップダウン、マスコミを気にし、学者を動員して成果をアピールしようとしていることです。しかし、報告書の中にもぼろはあちこちにあるように読み取れます。私自身は、こんな大がかりな体制や仕組みを採るより、逆に学校規模を小さくして(100人程度以下が最適)、子どもたちに教職員が十分に寄り添える学校づくりを一つ一つ丁寧にしていった方がよっぽど本当の意味での教育効果、子どもたちの本当の学力、本当の生きる力をつくることができると思いました。「こんなどデカイ物作って、あれこれやって、何になるの?」と言いたいです。保護者は、デメリットがあっても、目をつぶり、メリットに期待、望みを持とうとする。子どもの実態から出発するのでなく願望で済ませようと、ありもしないメリットをあえて信じてしまおうとしている。子ども抜きのキレイゴトに終始している。品川の先生の「8割の保護者が賛成し、8割の先生方が反対する」という発言が実態を良く表しています。

 市教委は、他にも、「財政問題は、目的でない。結果としては、そういうことになることは、否定しない。」と言っています。しかし、その一方では、「国が、基準を30人とかにすれば、それに沿ったものに直ぐする。」と言いました。これは実現性が高いことで、今の国の40人を今回の再編計画では35人まではするとしていますが、30人とか低学年25人とかにも直ぐ対応するようで、そもそもの人数の根拠を市教育委員会は、持っていません。教育長と懇談して分かったことですが、市教委の本音は、財政問題であり、学校設備とその維持費、教員の人件費を抑えることにあることは明らかです。

 栗原市の学校統廃合、再編計画は市教委のデスクワークにすぎません。「さもしい企み」にすぎません。地域の実態、現実の教育現場、子どもたちの実態を見ないで、無視して、いかにお金をかけないで、新自由主義的に教育効果が上げられるかを追求した、一部の教育行政幹部がエンピツをなめまわして作ったデスクワークであり、それの押し付けです。

これをはねのけるのは、地域・コミュニティの力、教育力、住民自治の力

 こうした市教委の攻勢をはねのけるのは、地域・コミュニティの力、その教育力、住民自治の力にあります。

 逆に、これらが弱くなってきているところ、崩れているところが落ちていっています。(弱い環)これに対して、まわりから支える、補強する、支援することが同じ一つの市になったのですから必要です。また、市教委のデスクワークに対峙する運動を、輪をその地域・コミュニティに広げることで地域・コミュニティの力、教育力、住民自治を築く・強化していくことができると思います。

この市民運動の主体について

 「栗原の教育を考える会」から「ゆきとどいた教育をすすめる栗原市民の会」に発展改組を昨年9月にしたのですがそこで、団塊の世代の方々の入会が目立ちました。時間的な余裕ができつつあるこの世代、過去にも様々な運動の中心を担ってきましたが、ここへ来て、こうした問題でも力を発揮し始めています。これが5~6年前くらいの町村合併が問題となった時期とは大きく違います。当時は退職までまだ少しあって、身動きが取りづらかったと思われます。教員にしても現職の時よりも動きやすくなってきたのかと思います。

 しかし、まだまだ課題があります。ここ栗原では、どうも、女性の参加が少ない。それでも、「考える会」では、全くいなかったのが「市民の会」では、ようやくぽつぽつと増えだしています。次に若者の参加が少ない。これも「市民の会」になって、いくらか増えだしました。会の存在を外に向けて明らかにする中で、接点ができてきました。相変わらず、空白の地域もあります。しかし、これも、粘り強く働きかけていけば広がるでしょう。参加する層を広げる課題もあります。会では学校統廃合問題以外の広い意味での教育に関する諸問題にも、これから取り組んでいくことにしています。それを一言でいうなら「公教育の拡充をー貧困と格差から子どもを守るために」ということです。「子どもの実態を深く捉え直し、どの子もどの保護者も安心して暮らし学べるように」することを目指します。そのために、教育・福祉・医療などにかかわる諸団体や幅ひろい市民に協力の輪をひろげることを必要としています。各方面からの会への参加を増やし、子どもと教育の未来への希望を育てる息の長い草の根の幅の広い教育改革運動にしていかなければなりません。

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「第4回ふれあい芸能まつり」のご案内

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~至福のひとときをあなたに~

<とき>

3月17日(水)午前10時から 11時半まで

<ところ>

栗駒健康の里さんさんドリーム  (45)5806

    栗原市栗駒八幡西沢10-1

◎ 入場対象者
     
     社会福祉施設利用者、高齢者、障がいのある方、
    (車イスのままで、見ることができます。)
    
     ◇ 一般の方も、是非いらしてください。

◎ 入 場  無 料

◎ 演 目
      
    民謡・日本舞踊・サンバ・ハーモニカ
   津軽三味線・文字甚句 その他


◎ 申込み

○ 申込み先
NPO法人 くりはら活性化ネット
〒987-2131 栗原市高清水水の手7-3
電話兼ファックス 58-3180

○ 申込み期限
2月末日まで 先着順に受け付けます。

 主催:NPO法人くりはら活性化ネット

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「ふれあい芸能まつり」考

 社会福祉貢献事業としての「ふれあい芸能まつり」        

2010.2.16

はじめに

2008年9月26日に記事 雑感「責任の取り方」考の中の「NPO法人「くりはら活性化ネット」の理事として」で私は、次のように言っています。 

― このNPO法人「くりはら活性化ネット」には3年前の17年3月27日の設立総会から参加しました。その1年ほど前から準備を行ってきた方々で最初の役員を構成したようです。昨年、私は、前述のエノキ茸栽培の仕事の整理もついていたため、その6月の総会から役員―理事を引き受けています。そして企画運営委員会に配属させられました。最初の1年は、慣れることや全体を把握するのに精一杯でした。2年目の今年は、理事会でようやく、意見も言えるようになって来ました。しかし、何とも理解しがたいのは、この間、企画運営委員会が一度も開かれないことです。本来、今回のような企画(注:栗原文化会館代ホールでの震災復興支援「ふれあいコンサート&民謡・歌謡舞踊ショー」)は、この企画運営委員会が中心となった上で、実行委員会を設置するのが筋です。ですから、今回の企画について意見、感想等はありますが、言及しないことにしました。つまり、こうした実行委員会に加わっていない、企画運営委員会も開かれない状態(私もあえて、委員会を開かせようとしていません。)では、コントロールできないからです。もともと、私はこの「企画運営」には向いていないようです。そんなこともあって、「とりあえず、ほって置く」の状態です。それでも、役員―理事として、何とか最低限の「責任の取り方」はしたつもりです。(自己満足かもしれませんが) -

企画運営委員長にさせられて

 それが、昨年2009年の総会で、この私の向いていない、したくもない、企画運営委員会の委員長に諸般の事情?からさせられてしまいました。やる気も責任感もあまりなく、さりとて全くしないわけにもいかず…昨年末の理事会は図書館でのサンタ役(こちらが先に決まる)とぶつかり欠席。それで、新年早々に未だ一度も開いたことのない企画運営委員会を開くことにしました。メンバーは4人。(1人は何でもこなす会の事務局長です) 当面の課題は、表題の「ふれあい芸能まつり」をどうするか?(私はどうするか?なのに他の3人は何時やるかでした。)ということでした。そこでどうしても自然体ではできない私は、次のような整理をする必要がありました。

「くりはら活性化ネット」のミッション(使命)として

くりはら活性化ネットは、「栗原市社会福祉活動情報誌」を21年3月にまとめましたが、その中の「発刊にあたって」で、次のように述べています。

― 栗原市の高齢化率は、県内第3位の約30%と高く、多くの方々が社会福祉施設の介助・支援・サービスを受けております。
しかしながら受入れ側の社会福祉施設では、介護保険制度に基づき、利用者希望によるケアプランによるサービスが主体で、利用者が楽しむ行事の開催や環境整備までゆき届かない現状にあり、これ等の支援を求める潜在的なニーズが多くあると思われます。
このため社会福祉施設のニーズとそれに応えるボランティア団体を調査し、相互を繋げる情報誌として発行…   ―

このような情報交換の支援―情報誌の発行にとどまらず、ニーズと供給者(ボランティアとその他?)を結びつける、コーディネイトする役割をくりはら活性化ネットが果たすということであろうと思われます。このことは、既にこれまでにも19年第1回(一迫)、20年第2回(志波姫)21年第3回(花山)と実施してきていることです。
「ふれあい芸能まつり」は、これまでに3回市内各地で開催し、(その他施設でも)他の3人は3回とも関わり、私だけが最後の3回目の花山でのにただ参加しただけでした。ですから、どうしても、イマイチ、イメージが十分に湧きませんし、次のような3点の疑問点があります。

―つまり、第一に、ニーズがどれほど強いものなのか?施設側で送り迎えをしてまで参加してくれるものなのか?
第二に、第一とも関連しますが、ニーズの要求するレベルの供給(質と量)が出来るのか?
第三に、今のくりネットにそれが出来る力量と十分な予算があるのか?             
-ということです。

それに加え、少し無責任になるのですが、私自身が、そもそもこの「ふれあい芸能まつり」には、不向き・不得意なのです。舞踊、日舞、民謡、歌謡曲、演歌…ときてもあまり好きではないのです。無理なのです。好きな音楽等のジャンルが違うのです。それに好きであっても、それを楽しむのは私の場合、あくまで個人的なこと、個人的な営みなのです。芸能よりも広い芸術というジャンルであれば、美術やデザイン・建築には興味があります。こうしたものには、どうしても年齢や個人的な嗜好の違いがあると思います。それで、家ではこのところ、妻にグチを言うようになっています。妻に言わせると「やりたくないことなど、止めればいいでしょ」と言われてしまっています。しかし、一応、責任者ということですから、実施はするのですが、実施するからには、ある程度納得してしたいと思いますし、あまり余計なエネルギーはかけずに、効率よくしたいと思っています。(次期の改選期にはやはりこの役は降りたいと思っています。)

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「ミラクルボディー」を見て

<TV>
NHKスペシャル―「ミラクルボディー」を見て           
                                          2010.2.15

ミラクルボディー第1回 

滑走 時速160km極限の恐怖に挑む 2月7日


<番組内容>

 世界のトップアスリートの肉体・パフォーマンスに特撮を駆使して迫る大型シリーズ「ミラクルボディー」。今回は冬季五輪の主役達に注目。「厳しい自然との闘いに挑む」アスリートたちの能力に迫る。第一回は、アルペン・ダウンヒルの王者、アクセル・スビンダル。選手達は、最高時速160㌔で急斜面を滑降。転倒すれば死につながりかねない恐怖と闘わなくてはならない。高速・急斜面で体を支える筋力やバランス感覚とは、どのようなものか。選手達は恐怖をどうやって乗り越えているのか。“スピードとの闘い”“恐怖との闘い”、その全貌を最新撮影機器と科学を駆使して明らかにしていく。(NHKホームページより)

<解説と感想>

 目を瞬きしない集中力(全てを視覚(→脳)に入れる。)時速160km(そこまでの加速がスゴイ!)の極限の恐怖に対して自分の限界の安全装置を少しだけ外す。(彼の脳の反応を見ると恐怖の予測をエネルギーに変えているようだ)後半になってもスピードが落ちない、加速する。=その秘密は、前半での筋肉の使い方にポイントがあった。→ターン時等に瞬間的に筋力を発揮する以外は、大きな力を発揮しません。後半の一番の難所、大きくジャンプした後の空中での姿勢(ここで以前に彼は、姿勢を崩し、転倒して大怪我をした)スキー板がほとんどぶれていない!完璧な板のコントロール。筋力の有効な使い方とその元になっているのが、大腿部の大きな筋肉のようです。

ミラクルボディー第2回 

ジャンプ 空飛ぶ魔法使い 2月12日

<番組内容>

 世界のトップアスリートの肉体・パフォーマンスに特撮を駆使して迫る大型シリーズ「ミラクルボディー」。第二回は、“ジャンプ界のハリーポッター”と呼ばれるシモン・アマン(スイス)。身長172cm、日本人と変わらぬ小柄な体格にもかかわらず、世界のトップを争い続ける。その魔法の裏側には、驚異のバランス感覚と風を味方につける飛行技術があった。番組では、ハイスピードカメラの映像をもとに、アマンの魔法の秘密に迫っていく。(NHKホームページより)

<解説と感想>

 アマンの100分の1秒の単位という一瞬の瞬間に90kmのスピードで助走台の先端を垂直に蹴るタイミング。そこで最大の上昇力をつけます。飛行中も普通は失速するのに、逆に120 kmまでも加速します。人間の常識を超えたその正確さのテクニックの秘密は、アマン自身が言っている「自分の重心がどこにあるか分かる。」という抜群のバランス感覚にあります。片足立ちを目を開けても、閉じても前後に若干動くだけで、左右には全く揺れません。この重心の安定は、ジャンプ時の重心の動き(タテ軸のみに)で、力の入り方が均等・安定し、また、空中での板の抜群のコントロールに繋がって空気抵抗を少なくし、空中でのスピード・ロスが少いのです。そのバランス感覚は、屋内練習では、大きなボール球の上で、自在に動いたり、綱の上、動く板の上とどこでもバランスを取れる練習で養われていました。

 風を味方につける飛行技術とは、アマン自身、自分のことを、「ジャンパー」ではなく、「フライヤー」といっていることに表れています。「風は友だち」と言って、風の変化、突風・自然の脅威もものともせずに立ち向かいます。風の克服には普通のジャンパーは、空中では無駄な力を抜いてリラックスしているといいます。しかし、アマンは、空中で全ての筋肉が複雑に動いていました。肩の筋肉は、体を水平に保つために。腹筋は、風を受け止め上半身の安定に。太腿は、板の角度を維持するために。一見、華奢に見えるアマンの肉体ですが、おもりとなる無駄な筋肉はそり落とし、風に対する反応を敏感にするために作り上げたものでした。

 比較的小さな体のアマンは、こうして大きな翼を手にし、大空を自由に羽ばたく、誰よりも鳥に近い人間、「風に乗るフライヤー」になったのです。

 この部分の記事を書いていた(2月13日夜)時TVでは、バンクーバー五輪開会式(録画)を見ていましたが、翌朝には、アマンが、「金メダル1号!!」(ジャンプ・ノーマルヒル)という知らせが入ってきました。私の予想通りでした。映像で見ても、パーフェクトでした。

ミラクルボディー第3回 

フィギュアースケート 4回転ジャンプ… 2月14日

<番組内容>

 フィギュアスケートの究極の技「4回転ジャンプ」。わずか“0.7秒”の間に、空中で身体を4回転させる。わずかなミスが転倒につながり、試合で成功できるのは、一握りの選手だけだ。心技体すべてを最高レベルに到達させたものだけが実現できる4回転ジャンプ。その第一人者が、フランスのブライアン・ジュベール(25歳)。高く、美しいジャンプは、世界で一番安定していると言われ、昨秋のグランプリシリーズ・NHK杯でも、ただ一人4回転を成功させ、優勝した。NHKは、ジュベールの練習拠点に、ハイスピードカメラを持ち込み、ジャンプのプロセスを詳細に記録した。そして、仏ポワティエ大学と共同で、なぜジュベールがわずかな時間に4回転を跳べるのか、美しいジャンプを跳ぶ秘密はどこにあるのかを探った。ハイスピードカメラと最新科学が浮かび上がらせたものは、ジュベールの驚異的な筋力、自身を制御する能力だった。(NHKホームページより)

<解説と感想>

 4分半のフリーの演技は、3000m走と同じ体力が必要という。そこで、ジュベールが何故、安定して4回転ジャンプが飛べるのか?それは、空中の姿勢、すばやく腕を引き寄せ一本の棒のように体の軸を細く真直ぐにすることができるからです。それには背筋の強さーとりわけ脊柱起立筋(脊すじを後に反らせる役割を持つ筋肉)―背中のインナーマッスル、背骨に沿って縦に伸びる内部の小さな筋肉―の強化が鍵となっています。これが弱いと空中に舞い上がり回転すると遠心力に負けてふつう体を曲げてしまうのです。それにジャンプの力。脚だけの力でのジャンプは普通で25cm、彼はその倍の50cm飛ぶ。これは100mを10秒台で走る脚力だそうです。ジュベールは、鋼のような肉体でした。

 だがジュベールの大きな悩みは、太りやすい体質だということ。だから、筋肉の量を増やさず、ジャンプに必要な筋力を維持する。必要な瞬発力、持久力をどう鍛えるか?足元を不安定にした特別な器具を使ったトレーニング、それでインナーマッスルを鍛えて、眠っている筋力を引き出すのだそうです。それに勿論、日常生活でも食事のコントロールは欠かせない。その彼も、昨年秋には体重が+3kgとなり、4回転を失敗。その後も体重を絞ってもプレッシャーから失敗が続き、ようやくNHK杯で、ただ一人4回転を成功させ、優勝し、調子を取り戻しました。

 この間、3年前に引退したロシアのプルシェンコが、ロシア大会で4回転を成功させ、優勝し戻ってきました。一方、日本の4回転ジャンパー高橋大輔も、おととしの秋大怪我をしましたが、リハビリを終え戻ってきました。だが、怪我の原因の一つー体の固さーその克服に膝・股関節の可動域を広げたために4回転ジャンプ時の体勢が違ってしまいました。現在なお調整中のようです。今回のバンクーバー五輪では、この3人の争いだと思うのですが、果たしてどうなるのでしょうか。でも、本当のところは、ジュベール自身が言っているように「自分とのたたかい」なのだと思います。

 ジュベールは言っています。「完璧な4回転を飛べた時、もう1回転できるのではないかと思うことがある」と。また、「競技生活を終えるまでに5回転に挑戦してみたい。」「4回転を飛んでいる時、特別な感覚を味わっています。空中でまるで雲の上にいるような感じがするんです。だから、4回転ジャンプが大好きなのです。」と。

最後に

今回のこの「ミラクルボディー」を見た私のテーマは、「アマの私は、これらのトップアスリートたちのミラクルボディーの秘密から何を得たのか?」ということです。

 アマ、しかも、もっぱら健康増進や楽しく趣味としてといったことでスポーツ(主にスイムミング)をしている私にとっては、トップアスリートたちのミラクルボディーは、縁遠いことです。人と競争する、順位を競う、あるいは、自己のタイム更新をするとかでもありません。

 前にも記事で次のように書きました。-「まあ、少し早くなったに越したことはありませんが、それも、自分との比較です。むしろ、「上手く」は、私の場合、「楽に」とか「気持ちよく」「リラックスして」とか、もう少し欲張るならば、「綺麗に」「優雅に」「美しく」「カッコよく」…まあ、これはあくまで、私の希望ですが…。(もう少しだけ釈明すると、周りの人がそのように見てくれることより、先ず、私自身がそのように思えるようになるかということです。=つまり自己満足できるかどうか)最初は、腰痛やら、ヘルニアやらの対策、予防、リハビリでした。しかし、運動も、水泳もやっているうちにそれ自体が、楽しくて、面白くなって来ました。筋力トレーニングやストレッチ等の運動も、「どこを強化したら泳ぎが上手くなるか」ということが目的です。」―

 ですから、自分の体をデザインする、コントロールするということ。自己責任という言葉は嫌いですが、あらゆることで、自分自身でデザイン・コントロールできる範囲なんて限られています。自分の趣味とか、楽しみのためには、多少のそうした努力をすることも、また面白いことだと思います。それが少しでも結果として表れてきたら自信にもつながり、その趣味、楽しみを継続していけると思います。ですから、トップアスリートたちのこのミラクルボディーの秘密は、直接、真似できるわけでなくとも、様々な点で参考に、ヒントにできることがいっぱいあります。

 そんな一応まともなことを言っている私ですが、現実は油断から体調を崩してしまいました。実は先週末2月13日水泳教室(バタフライ)に参加していて、右脚を強度につってしまいました。昨年12月頃、左脚を脊泳ぎをしていて、つったのに続いてです。この時は回復に一週間はかかりました。今回はだいたい原因は見当がついていますから、これより少し早めになりそうですが…。この「つる」ことのメカニズム、その回復、予防方法をこの際、きちんとマスターし、セルフマサージで、体のメンテナンスをきちんとしようと思います。


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ガルトンのながぐつをはいたねこ

<子どもの本シリーズ13>        
 定例のおはなし会(2月6日)                      
                        2010.2.12
 
ガルトンのながぐつをはいたねこ (―①)

ポール・ガルトン(さく)寺岡 恂(やく)ほるぷ出版 1978年

あらすじ

 ある年老いた粉引き職人が引退し、3人の息子にはそれぞれ粉引き風車、ロバ、プスという猫が遺産として分けられた。三男が途方にくれていると、プスは、「いばらの中でも走れる長靴とひものついた袋を一つください。そうすれば あなたを今にきっと幸福にしてさしあげますよ」というのです。

 そして、プスはウサギを捕まえ、王様に「カラバ侯爵からの贈り物です」と言ってウサギを献上する。それを繰り返して王様とプスが親しくなった頃、プスは三男にある場所で水浴びをさせる。そこに王様と姫が通りがかり、プスはその前に出て「たすけてくれ!カラバ侯爵さま泥棒にあわれた!」と嘘をつく。そうして、三男と王様を引き合わせ、「カラバ侯爵の居城」に王様を招待することになる。プスが馬車を先導することになり、道で農夫たちに会うたびに「ここは誰の土地かと聞かれたら、『カラバ侯爵様のものだ』と言え。でないと、細切れにしてしまうぞ」と言う。本当は、魔法の力を持つ意地悪な巨人の土地だったが、農夫たちは王様に訊ねられると「カラバ侯爵様の土地です」と答える。

 そして、王様は「カラバ侯爵」の領地の広さに感心する。そして、美しい大きな城に着く。これは、巨人の城だったが、プスは巨人をだまして鼠に姿を変えさせ、捕まえて食べてしまう。そうして城を奪い、王様が着くと「カラバ侯爵の城にようこそ」と迎える。

 王様は「カラバ侯爵」に感心し、婿になってくれないか、という。「カラバ侯爵」はその申し出を受けてその日のうちに姫と結婚し、プスも特別の身分にとりたてられ、みんないつまでも幸せに暮らしたということです。

読み聞かせをして 

 2月最初の定例おはなし会は、第2班の担当、めずらしくメンバー4人が全員参加。それも皆さん準備してきたため、事前に調整。私以外は比較的短めのものでしたが、おはなしばかりでは、ということで、1つだけ間に「お弁当箱」の手遊びを入れました。この「ながぐつをはいたねこ」は、10分少々かかるため、最後のトリに。あいにくの大雪の中、どれほど集まるのかと心配していたら、子ども大勢に大人もくわわり、賑やかでした。テンポ良く私の前まで終わったのですが、やはり、残りは10分でした。

 子どもたちは、もう最後で少々飽き始めていましたが、「少し長い話だけど…」とことわりつつ、表紙を見せてタイトルを言うと子どもたちも「しってる、しってる」といって直ぐのってきました。表紙のしゃれた赤い長靴を履いて得意げな表情とポーズを決めた猫のプスはとてもチャーミングです。絵がとてもリアルであり、アメリカン・ポップ的というか、分かりやすく、軽快です。個人的にも大好きです。ガルトンの絵との出会いは、もう十数年前の「あかずきんちゃん」からです。「こんな風に表現するのか!」と驚かさせました。次が「3びきのくま」。定番になっていたロシアのとは、全く感じが違っていました。ガルトンは、何でも定番を覆してしまうのだと思いました。だから、この絵本も「ガルトンの…」とついても全く私的には不自然でないのです。この絵本は、ひらがなの連続で読み手としてはとても辛いものがあります。でも、子どもたちがとてもインパクトのあるこの絵によって、物語の中へグングンと引き込まれていって(私のそれなりに声を変えたり、テンポよくしたりして)とても喜んでくれるので、やりがいがありました。

 長いはなしですから、限られたページ内に収めるには、1ページ内にコマワリが3つが1ヶ所(3人の息子への財産贈与の場面)、2つが2ヶ所(これは見開きで2ページにわたり4コマに。―プスが次々に王様に贈り物を届ける場面)あります。いずれもそれほど不自然さはありません。逆に見開きの2ページ分を使った場面が内表紙をはじめ9ヶ所もあります。構図や絵の中の配置がよく考えられていて、とても、ダイナミックで、絵が生き生きしています。デザイナーであったことが関係しているかもしれません。

ガルトンについて

絵本のたまご にガルトンの紹介が載っていたので引用させてもらいます。

 1914年、ブタペスト生まれのPaul Galdoneは、1928年にアメリカへ移住。アメリカで工業デザインを勉強した後に出版社に勤め、その後絵本作家になる。第二次世界大戦の退役軍人でもある彼は、1986年に亡くなるまでに300冊以上もの絵本を手がけたコールデコット オナー賞受賞イラストレーター。注:1907年生まれで1921年にアメリカに移住したとの説もある。

 さらに詳しいガルトンのことを個人的にも知りたいと思っています。

シャルル・ペローとその童話について

 このことについては、やはり無難なところでは、Wikipediaで、
長靴をはいた猫 を参照することになります。さらに付け加えるなら、この後の④でこの絵本の文を書いている末松氷海子さんが、最後に解説をしているところから引用させてもらいます。

 「この物語は、シャルル・ペローが1697年に、「過ぎし昔の物語と教訓」と題してまとめた昔話集のなかの一つで、現代は「ネコ大将、または長ぐつをはいたネコ」といいます。…

 シャルル・ペローは、時の政府に仕えた貴族で、学者としても有名でした。年をとってから、各地に語りつがれた昔話
を集め、それをもとに自分で再話し、教訓を添えて刊行したのが、この昔話集です。これは「ペロー童話」として現代まで読みつがれてきました。

 「ペロー童話」の特色は、簡潔な表現やリズミカルな口調だけでなく、昔話のなかに、十七世紀の風習や思想をもりこみ、新しい時代のいぶきも感じさせたことといえるでしょう。この「長ぐつをはいたネコ」にも、親の遺産より知恵や器用さのほうが役に立つという、当時の新しい価値観がうかがえます。…」

他の「長靴をはいた猫」との比較

② 長ぐつをはいたねこ ハンス・フィシャー(ぶん・え)矢川澄子(やく)福音館書店 1980年
③ グリム童話より 長ぐつをはいたねこ スベンシー・オットー(え)矢川澄子(やく)評論社 1995年
④ 長ぐつをはいたネコ シャルル・ペロー(原作)ジュリアーノ・ルネッリ(絵)末松氷海子(文)徳間書店2000年

②は、原作は、シャルル・ペロー(フランス1628~1703年)の1697年作品からのもの。奥付を見ると、ハンス・フィシャー(1909~1958)は、スイスのディザイナー・版画家です。この作品自体は、1966年に出たようで、日本での福音館書店から出たのが1980年のようです。矢川さんの訳も「長男」を「総領」としているようにいかにも古い。①も④も「いちばんうえのむすこ」同じ矢川さんの③でも「長男」です。ハンス・フィシャーのえも版画家らしいものですが、分かりづらいところもあります。えの場面展開とぶんが合わないところもあります。

③は、もともとのペローの作品を100年以上後にまとめられたドイツの「グリム童話」初版からのもので、とことどころのやくが違っています。ねこの結末も「総理大臣」となっています。文章も、同じ矢川さんの手によるものですが、時代が違ってか、現代的に分かりやすくなっています。スベン・オットーはデンマークの画家で、とてもやさしい色彩、筆遣いのえとなっています。

④は、え自体がグリム童話をもとにしているが、文章はフランス語版は、ペローのはなしのとおり、英語版、ドイツ語版では、グリム童話を元にとそれぞれで、末松さんは、読みやすさを心がけ再話したとしています。出版が一番新しく、子どもにも読みやすいものになっています。ジュリアーノ・ルネッリ(イタリア1966~ )のえは、イラストレーターらしく、現代的でスマートで、洗練された美しいものになっています。

 栗原市立図書館には、①と③、④さらに、馬場のぼる、飯野 和好の絵本がありました。②は、県図書館より取り寄せました。

①は1997年時点で28版ですから、よく読まれている方だと思います。これらの中では、やはり私にとっては、①の「ガルトンのながぐつをはいたねこ」がベストです。

 ところで 読みくらべ絵本 岐阜図書館「ながぐつをはいたねこ」 によれば、「ながぐつをはいたねこ」は、32冊もあるということです。飯野 和好はここにも入っていないので、さらにもっとあるということでしょう。ここで取り上げたのは、ほんの一部ということです。

さらにもう一冊、

 1973年に出ている「長靴をはいた猫」 片山 健 (イラスト), 澁澤 龍彦 (翻訳)というのもありました。これは、
松岡正剛の千夜千冊「長靴をはいた猫」 というブログも見つかりました。ここで、この本を取り上げています。ここでの長靴猫とペローについての考察が面白いのです。

 中世ヨーロッパにおける「所有権」「財産贈与」、「執事」そして、「執事猫」=プスであり、ペロー自身でもあるといった考察です。
 
 ここまでくると、子どもの本といっても、なかなか奥が深いものがあります。まだまだ調べたりませんが、今のところ、このあたりで一応、止めておきましょう。また、何か分かったら、記事にするかもしれません。

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今年初めての菅原水泳教室に参加して 

<スイミング> 2

今年初めての菅原水泳教室に参加して             
2010.2.9

2月5日に、菅原先生による水泳教室が久しぶりにもたれました。昨年秋以降(9月19日)から始まったのですが、これまでに2回もたれ、そのうち1回に参加してきました。その今回が3回目です。毎回、中級~上級者ばかりで、栗駒プール主催の水泳教室に比べレッスンも少しハードで私にとっては、ついていくのが精一杯。「大変だった。疲れた!」と妻に言うと「そんなんだったら、止めればいい」と言われてしまいます。しかし、「好きなんだから、仕方がない」と言い訳をしています。毎回レッスン終了後に幹事のOさんからレッスンメニューまとめて参加者に配布されます。今回は、クロールと背泳ぎでしたが、もう今日2月9日に配布が始まりました。第1回目のは、もらったメニューを何度も自分に都合の良いように自己修正を4回も繰り返しました。(最後にこれは載せておきます。)

第2回目は、バタフライ等でしたが、私は、参加しておらずレッスンメニューのメモを見せてもらい、また解説も少し受けましたが、よく理解できませんでした。これは自己流にアレンジのしようもなく、未だに生かされていません。やはり自分自身が参加し、自分の体でつかんだ、あるいはつかみそこなったものしか生かされてきません。

今回出されたスイムレッスンメニュー NO.2 (2010.2.5)は、

クロール
1、 ビート板ノーマルキック 25×4
2、 ビート板片足キック   25×4
3、 ビート板片足交互キック 25×4
4、 スカーリング      25×4
5、 片手ストローク(きおつけ)25×4
6、 片手ストローク(片手伸ばし)25×4
7、 両手3秒待ちストローク(キャッチアップ)25×4

注意点:キックは足首、膝 やわらかく 膝を開かない
注意点:ストロークは水を押さえる→かき→プッシュ

背泳ぎ
1、 首上げキック
2、 片肩上げキック
3、 片手ストローク(水を捕らえ、力を入れる。ヨッコラショ!!)
4、 スイム

これに私が気付いた点を付け加えると

クロール・背泳ぎ
・キャッチアップをしっかり、丁寧に。・手ではなく体(肩)を伸ばしいつもその先の水を捕らえること。・フィニッシュにポイントを(力を)。・水の塊を捕らえる。水の塊をそのまま後へ。・手は、45度斜め下に水を押さえるようにする。(手は常に下向きに)
・肘を前へ。肘を立てる。・肘を高く上げながら、肩を回し、腕を前に持っていく。
・2本レールで、体の安定をはかる。
キック ・水を挟む 細かく、テンポ良く。蹴り下げだけでなく、蹴り上げも重視。
・腹圧を入れたまま(体幹部のバランスを保ち)キックを。
その他
・ 下半身の筋力強化、パワーアップが必要。・腹直筋(上・下)、腹斜筋の強化。
・ 肩甲骨を柔軟に動かす、背中の筋肉を鍛える。背筋一般、
・ インナーマッスルを鍛える。

スイムレッスンメニュー NO.1
( 9月19日菅原先生レッスンの 佐藤―自己修正11月3日 4回目 )

クロール               
① ウォーミングアップ             
(・かべキック 1分×3 練習前に)・ビート板キック 25×4 ・ブイ挟みビート板キック 25×4   
② プル                                            
・片手プル 右 25Х2  左  25×2 ・キャッチアップ 25×4(・半グライドストローク 25×4)    
③ クロールコンビネーション         
25×4 50×4 (75×2 50×4 25×4)                     
・脚の間を開かない。              
・足首をやわらかく、しなやかに         
・手のリカバリーの位置、-遠回りしない。    
・指の間を広げる。(水かき、カッパ?)        
 ・まっすぐにかく。                 
 ・お腹に力!ピッ!!。               
 ・オヘソまでは小指側に力を。           
 ・オヘソを過ぎたら親指側に力を。       
 ・プッシュは、腰と背中の筋肉を使って。    
* 二本レールのイメージで。

 平泳ぎ
① キック
・ 巻き足(ビート板もち立ち泳ぎ)25×2 ・片足交互巻き足25×2 ・片足巻き足(6~8回)×両足キック(4~6回)25×2 ・足首回転(ブイ挟みで)25×2  +・水中キック、ビート板(or顔付け)キック(回数)                          
② プル
・ブイ挟みプル 25×2 ・キック2回×プル2回 25×2  +・水中キック+プル(モーケン)
③ け伸び           
・1かき1けりーキック25×2 ・1かき1けりーキック2回―プル2回(顔付け) 25×2
④ 平泳ぎコンビネーション 25×4  
 クールダウン 100
・腰骨を中心に *(腰の位置を高くキープ)
・膝ウラにエンピツを挟む感じで膝を回す。
・肩を落とす、大きく捕まえた水を逃さない。
うでを横まで持っていく。*(肘を立てる)
 横から下へ腕(手)を落とす。
落としたら直ぐに前に手を伸ばす。
  *肩甲骨を回して前へ、一点をくぐるように 
・息つぎのときはいつまでも顔を上げていない。
  *+手をあごの下で合わせてから、前に伸ばす。
・手のひらは下。 
・ストリームラインにいつも早く!!
*二本レールに乗る、体を前の水に乗せる感じを
        

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「栗原の学校統廃合を考えるつどい」報告―(その1)

2.7「栗原の学校統廃合を考えるつどい」
                            報告―(その1)
  2010.2.9

 「ゆきとどいた教育をすすめる栗原市民の会」主催の「栗原の学校統廃合を考えるつどい」が2月7日午後、今、この栗原市内で一番、統廃合問題がホットな金成地区(金成けやき会館)でもたれました。積雪が多いというあいにくの悪天候の中、49人もの参加がありました。地元や栗原市全域だけでなく、色麻町や隣の大崎市、仙台からも雪道を車で駆けつけていただきました。

 5年前平成の大合併の時期にここ栗原市は、旧栗原郡の10町村が1つの市になりました。その後に学校統廃合問題が市教委から出され、市民運動も「栗原の教育を考える会」から、昨年9月の「ゆきとどいた教育をすすめる栗原市民の会」への発展改組と進めてきました。

しかし、特にこの金成地区には、会員も少なく会の影響力も大きくありません。それでも市教委は広報を使って「金成地区の○○のPTA同意…」という記事を何回かこのところ載せてきています。同意といってもその中身が問題ですし、広報等では小中一貫校のメリットしか載せていません。一方的は情報の中に地域住民は置かれています。市教委はこの金成地区を突破口にして残りの地区の学校統廃合を推進しようとしていることは明らかでした。

会としては、例え影響力が小さくとも、この焦点となっている金成地区で「つどい」を持つ意義が大きいと判断しました。会の財政があまりない中でここだけ新聞折込の「つどい」の案内チラシを全戸配布。学校訪問、PTA地区役員への働きかけ、ポスター掲示、マスコミ依頼などできるだけのことはしてみました。結果は、確かに地元からの参加は決して多くはありませんでしたが、地元が注目する「つどい」にはなったと思います。何よりもメリットではなく、デメリットをいろいろ考え、心配している市民運動の存在を地域に知らせることができたと思います。

この間、私は「つどい」の準備に追われ(横約7メートルのカンバン書きなど)ていました。さらに、現在は、この後に山本先生の出す本への栗原市からの報告を代表が執筆する手伝いをする準備も始めます。「つどい」の報告はそれと関連するのですが、一気にはできそうにありません。妻も当日は司会を買って出てくれました。終わってからも感想をポツポツ言っています。2月27日には改めて会の役員会で反省会ももたれます。「つどい」の報告は、今月末以降までポツポツと続けていくことにします。

まず(その1)では、当日の私の発言から紹介します。

当日の私の発言(と準備したもの)

質問 テーマは「学校統廃合問題隠しの5年前の栗原市誕生。」ということです。

①「全国的に学校統廃合問題隠しの合併は、他にあるのでしょうか?」

②「市教育委員会は、財政問題という本音を言わないのですが、
   他の全国の事例では、どうですか?」


① 平成17年今から5年前に、10町村が合併し、この栗原市ができたのですが、私は、その前年、平成16年に住民ワークショップに築館町民として参加し、「まちづくりの基本計画策定」に関わりました。私の参加した分科会は、行政サービス・住民参画で、隣の教育・文化振興分科会にも顔を出していました。基本計画には、図書館ネットワークシステムを取り入れさせることができました。しかし、この両方の分科会、全体会でも、全く学校統廃合問題は出されていませんでした。

 この学校統廃合問題が表面化した平成19年になって、当時の合併協議会の議事録を調べ直して分かったことですが、「町村立学校の通学区域の取り扱いについて」という検討項目の中で、この表題とは違って、学校統廃合の問題が出されていました。議事録を読むといろいろ議論され、「児童生徒数の動向を踏まえ、新市によって検討を行うものとする」と明文化すると「読んだ方にこれが早速行われるという印象を与えるのではないかという危惧がある」という意見のもとに結局、学校統廃合問題は出さないとしてしまいました。このように問題を先送り・隠して決められました。だから、市教育委員会が言っている「合併して初めて、学校間の差異が大きいことが分かった」というのは全くのウソなのです。平成19年の学校再編の検討委員会の議事録を見ても市教育委員会が「旧金成町教育委員会から『学校再編「小学校の適正規模」について』の事務的な引き継ぎを受けている。」と言う記述がありました。

 一方で、合併直後の平成17年の市内10ヶ所での移動市長室でも、その翌年18年の市内10ヶ所での市政懇談会でも、学校統廃合についての話は出されていません。しかし、それに反してこれも後から調べて分かったことですが、その前の18年3月には既に市教育委員会は「小・中学校の適正規模および適正配置に関する基本的な考え方および適正化に向けた具体的方策」を打ち出しています。

 市長は、初当選の選挙前のローカルマニフェストでは、「学校教育環境検討委員会の設置」をして、「学区再編をする。」と言っていたのが、市長になってからの、次のローカルマニフェストでは、それが「適正規模、適正配置…」という内容につまり、学校再編にそっくり擦り替えを行っています。

 つまり、私の言いたいのは、行政側や一部有力者によって、この金成地区以外(その金成地区内部のことは、よく分かりかねますが、)その他の町村の一般住民には、学校統廃合問題隠しが行われて、合併がされたということです。

② 関連しますが、市教育委員会は、他にも、先生も一緒にて聞かれたと思いますが「財政問題は、目的でない。結果としては、そういうことになることは、否定しない。」と言っています。しかし、その一方では、「国が、基準を30人とかにすれば、それに沿ったものに直ぐする。」と言いました。これは実現性が高いことで、今の国の40人を今回の再編計画では35人まではするとしていますが、30人とか低学年25人とかにも直ぐ対応するようで、そもそもの人数の根拠を市教育委員会は、持っていません。本音は、財政問題であり、学校設備とその維持費、教員の人件費を抑えることにあることは明らかです。



 ここまでが当日の私の発言で、事前に文章にしておいたものです。ただこの中の「市長は…」の3行は、長すぎるということで司会の妻に言われ、自主カットしました。

 実は、この他にも、質問者が少ない場合も想定して意見交換の場で意見として2点用意しました。これは、完全にお蔵入りになったものですが、一応ここに載せることにします。

<発言できなかった意見1と2>

意見1 21世紀は、地域・コミュニティの時代、学校を地域創造の核に。

 再編計画は、地域・コミュニティ重視の時代の要請している方向に逆行している。

 私自身は、出身がここでないため、それほど強くは地域・コミュニティへの愛着はない方だと思います。でも、25年前に子ども二人を連れ、脱サラして千葉市から妻の実家の築館にやって来ました。子ども二人とも富野小学校から築中、築高・築女と通い、ここで育ち、地元での友達も多く、今も、年に何回か帰ってきて会っています。二人ともここが故郷であり、学校とその周辺は彼らの原風景です。自分たちの学校や、生まれ育った故郷への愛着心や誇りを持っています。親としてはそれを大切にしたいと思っています。

 地域から学校をなくすということは、地域から子どもと(若い世帯の)家庭を引き剥がしてしまうものです。再編計画では、子どもとその(若い世帯の)家庭は、地域に住みづらくなり、学校が集中する市街地(金成では一ヶ所、栗原市では、数箇所だけになる)に移り住んで行くことが懸念されます。それによって一層、各地域の過疎化は進みます。元来、日本の多くの小学校は国の予算によってではなく、むらびとの力で建てられ維持されてきました。そうした意味で「学校はもともと地域のもの」の筈です。再編計画は、「子どもの教育環境をよくする」、「学力の向上」などと言っています。しかし、その根本理念は、個々の子どもや保護者(家庭)をバラバラに分断して地域から引き離していくこと。子どもたちを一所に集め、競争させて、効率的よく画一的な教育をしようとするものです。子どもの成長、発達にとって地域は、どうしても欠かすことのできない要素です。地域・コミュニティから学校をなくせば、次の世代を担う子ども達がいなくなり、伝えるべき誇りも空洞化し、地域の伝統・文化の伝承もできなくなってしまいます。そして、地域の再生も不可能になってしまいます。

 先日(1月31日)NHKで「無縁社会~『無縁死』3万2千人の衝撃~」とうい放送をしていました。私は、他人事とは思えない衝撃を受けました。地域・コミュニティが再生不能、無くなっていくということは、無縁社会化を進め、数多くの無縁死を作っていくことに他なりません。

(21世紀は、地域・コミュニティの時代、学校を地域創造の核に。)

 21世紀の少子・高齢化という人口構造の大きな変化の中で、栗原市のような地方の地域こそ、その多くの特色を生かし、生命を育む地域として、主役になっていくべきです。地方の地域は、老年人口の増加に加え、団塊の世代のリタイアの受け皿としての役割も期待されています。同時に、豊かな自然があり、生命を育むこの地域の中ででこそ、子どもたちを、世代間交流をしながら育てていきたいものです。

 グローバル・レベルにおいても21世紀は、地球上の各地域の地理的・風土的多様性や、固有の価値に人々の関心が向かう時代です。また、地域再生についても、「最適な空間的単位」は、ローカル・レベルにあります。これからの日本(世界も)その向かうべき方向性は、明らかに、「ローカル・レベルの重視へ」ということだと思います。

再編計画の方向は、この地域・コミュニティ重視の、時代の要請する方向に逆行しています。確かに住民人口減、年少人口減とはなるわけですが、このまま再編計画どおりに学校統廃合が実施されていくとそれに拍車がかかり、地域はさらに衰退していってしまいます。そうした選択ではなく、地域にしっかりと支えられて学校が残る。学校を地域創造の核として活用していくような方向こそ、グローバリズムに押し流されない、ローカルであっても、しっかりとユニバーサル(普遍性)を併せ持つ、グローバル・レベルでもしぶとく生き抜くような将来像を描くことが出来ると思います。

意見2 競争歓迎論とは別の道―連帯・共同・共生の道<ほんとうの幸福論>について

 小泉構造改革以後の格差・貧困社会の進行の中で、未だに「切磋琢磨論」「子どもの競争歓迎論」「自己選択、自己責任論」が幅をきかせています。

 何が何でも競争しないとダメなのでしょうか?本当の「生きる力」は、競争だけから生まれるのでしょうか?競争社会では、誰もが「勝ち組」になれるのでしょうか?「勝ち組」につくこと、従うこと(その近くでの生存)が幸せになることなのでしょうか?経済のグローバル化に、飲み込まれるしか生きる道はないのでしょうか?

 「このようにしなければ幸福・幸せになれない」というのは、思い込みにすぎないのではないでしょうか?
 そして、競争についていけないことは「自己責任」なのでしょうか?子ども自身の「自己選択」といっても、そのように大人が追い詰めているのではないでしょうか?

 世間のいう「幸福行き」の列車に乗りたい、乗り遅れまいと思い、そのレールから外れたら不幸になると、大人たち自らや、子どもたちをも駆り立てているのではないでしょうか?

 そうした中では、子どもたちは、ゆがんだ画一的なものさしで、他人や自分を測るよう、習慣づけられてきているのではないでしょうか?そして、その結果、子どもたちから考える力や生きる力を奪ってしまっているのではないでしょうか?

 私たち、大人がこのように、子どもたちに良かれと思っていても、結果として選択肢を狭めたり、追い詰めているのではないでしょうか?

 こうしたことと別の道― 子どもたちが、自分の頭で考え抜き、他人と意見をぶつけ合いながら、人間関係を培っていく中で、本当の意味での自己・「個」を形成していく、そして、他人と連帯し、共感し、共生し、共同(ともに関わり)し、協働(ともに働き)協同(ともに、力と心を合わせて事をする)という道はないのでしょうか?

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