触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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「私の放射能ガマン基準について」 (その2) 

<原発・環境・エネルギー問題>   2011.12.19

「私の放射能ガマン基準について」 (その2)           

 はじめに

 既に12月17日に急いで「私の放射能ガマン基準について」 (その1)を出したのは、政府が「冷温停止状態宣言」を出し、避難区域見直しを打ち出してきたからです。さらに、それに関連して「低線量被ばくのリスク管理について」内閣府の有識者会議がいつものこことはいえ、余計なことを言い出してきました。これが今後の福島の子どもたちを始め日本の子どもたちの健康を守っていく上で極めて有害な働きをしてくる可能性が高いと思ったからです。17日は、栗原市立図書館で「冬のあったかおはなし会」が開かれ、私もレオ・レオーニの「フレデリック」の読み聞かせを担当しました。夜からは図書館司書の皆さんとボランティアとの恒例の忘年会を持ちました。司書さんだけでなく私たちボランティアにも若い女性がいます。参加者が揃うまでの短時間、私が勉強会と称して、毎回、国の図書館政策や全国の図書館の動き、ボランティア団体の動きを伝えるのが恒例となっています。しかし、7月の七夕の企画後行った同様の「ご苦労さん会」に引き続き、今回も「原発・放射能問題」を伝えました。その内容が(その1)なのです。当日の参加者は、私以外は女性です。若い女性だけでなく、小さな子と暮らしている方もいます。地域的に居住地がそれほど高濃度の地域でなくとも皆さん、関心は高いのです。

 この間、私は、この栗原でこの問題に取り組むだけでなく、隣の一関、大崎・加美町などに出かけ、そして仙台へは頻繁に行くようになっていました。県南の大河原、丸森にも出かけました。12月11日には、「ゆきとどいた教育をすすめる栗原市民の会」として3人で、女川町・石巻市の放射線量測定会に出かけました。こうして、各地での取り組みを見てきて、いろいろ考えさせられました。12月20日には、また、市民の会と栗原母親連絡会の合同役員会を持ちます。そこで、それに向けて、更に、私自身の考えをまとめてみようと思って、(その1)の続き、-この(その2)を出します。

 この9か月を振り返って

3.11東日本大震災では、栗原の私たち自身が地震で大きな被害を受けました。私たち(ゆきとどいた教育をすすめる栗原市民の会)は身の回りの整理が一段落するとすぐに、栗原での学校被害を調べようということになりました。それでも福島の原発事故は衝撃的でしたので、6月18日には、古川での開かれた原発問題学習会へ役員の多くが参加しました。そこで、福島原発事故によってその放射能汚染が宮城県北と岩手県南に来ていることを知らされました。同時に女川原発で同様なことが起きれば栗原でどうなるかを考えました。そこでまず、自分たちで学校等の放射線量測定をしようということになりました。当時栗原市は、75カ所の学校等の放射線量測定を調べていたのを19カ所に縮小していました。学校等で子どもたちを守るためには、放射線量測定を元の全施設に戻させ、さらにより詳しい調査をさせる必要性を感じていました。

そこで、私たちは、この7月より、この間、栗原市北部での高濃度汚染の出現について調べてきました。ネットや、TV,雑誌で、一関ルートが分かったり、栗原市のデータを分析したり、自分たちでも自主測定を行ったりしてきました。これらは、できるだけ正確な情報を多くして、「自分で的確な判断を下す」ためです。この放射能汚染問題のとらえ方は人によって違ってきます。内部被曝や様々な放射能汚染の複合化、専門家でも意見が分かれます。しかし、子どもたちに関してのことを考えると放射能被曝は少なければ少ないほど良いことは確かなのです。そして、最終的にどうするかは、その人、その家族、個々のケースによって違ってくるのは当然です。それぞれが「自分で判断を下し」「自分の放射能ガマン基準」を持つしかないのです。しかし、その場合、一番注意しなければならないのは、自分の考えを固定化せず、「思考停止に陥らない」「他から多くを学ぶ」ということではないでしょうか。想定外の事態が起き、それが連続してもです。このことは、「私が、今度の震災で沿岸部での宮城の多くの先生方の経験を聞きそれから学んだこと」でもあります。また、ドイツでは、25年前のチェルノブイリ事故以来、脱原発の国民的議論を重ねてきて今回の福島の事故でそれへ思い切って踏み出しました。そこから学ぶべきことは、絶えず考え、議論し、合意を形成してくことです。この日本でも、私たちにもきっとできるはずです。

 この間の私たちが主張し、行動してきたこと振り返ってみると、この後すぐに7月の段階で、「徹底した計測、除染、そして原発震災への備えを」と言っています。7月21日朝、NHKの7時のニュース、文部科学省が、上空から調べた、広域の放射能物質による影響把握(宮城県内の放射性物質による土壌汚染の実態)を公表したことから、私の全てのアンテナをここに集中し始めました。その後、稲わら事件、北のホットスポットなどと続きました。

私たちが、先ず必要だと考えたのは、多くの市民が実態の正確な把握を共通認識に持つことです。それには、3月中旬の当時の放射能汚染状況を映像で確認すること。栗原市と私たちの自主測定のデータを分析すること。これらから全体像―「上空から調べた、広域の放射能物質による影響把握」との関連でとらえること。そして、更に詳しい汚染地図(ホットスポットマップ)作成の必要性を確認し、私は自分で作ることにしました。

とりわけ私たちが重視したのは、自分たちで自己防衛をするだけでなく、測定なり、対策をまわりの全体に、市民全体に行き渡らせることです。そうしなければ「子どもたちを守る」というミッションは達成できないからです。ですから、栗原市という自治体に対する働きかけを一貫して重視してきました。それもこれまで市民の会が取り上げてきた学校統廃合問題などとは打って変わって、市を敵視しない、むしろ協働の相手と捉えるようにしました。原発災害は、まだしばらくの間は続いていくことは明らかでした。政府によって、放射能の拡散予測が初期に出されなかったため必要な対策がすべて遅れました。正確な計測すら多くのところで十分にされていませんでした。まずは徹底した計測から行うべきと考え、3月に飛来して着地した放射性元素から放射線が出続けているので、その高濃度なところから取り除いていかなければ(除染)ならないと主張しました。「徹底した計測、除染、そして原発震災への備えを」ということです。

私たちは、8月7日、9月1日、11月7日の3次にわたって栗原市に要望書を提出してきました。その主な項目は3つ、①徹底した放射線量の測定・調査とそれに基づく除染をすること。 ②学校給食食材の放射能測定を独自の食材に関する子どもの摂取基準値を設定して行うこと。③子どもたちの健康調査について、健康調査項目に放射線関係を入れることから尿検査やホールボディカウンターなどを使い、被ばく拡大を避けるための予防措置がとれるようにすること。です。これらはこの間、栗原市の一定の先進的な取り組みに影響を与えてきました。 

また、私はこの問題に取り組む中でいろいろなことを学んできました。「交流集会でフクシマから学んだこと」で書いたように、10月8~10日に鳴子での「復旧・復興全国交流集会inみやぎ」では、① 学習会の持ち方について 福島民医連の会長―松本 純医師のはなしー住民とのやりとり、対話のある学習会を、② 民主的な医療機関の腹の括り方フクシマから、逃れないという覚悟と態勢確立、徹底した内部学習から地域へ出かけて行っての学習と測定など多様な取り組み)③ 苦悩を抱えながらも若いお母さんたちが立ち上がっていること。(福島新婦人の方からのはなし)などを学びました。

 続いて、今、大切なこと、―「人と人とのネットワークを」 で私が書いたのは、この集会を契機に強く感じたことがあったからです。それは、この原発・放射能問題に取り組んできて、いろいろな情報をネット、新聞・雑誌・本・TVなどから得てきましたが、決定的なのは、直接的に、人と人とが交流することだと感じたのです。直接、話を聞く、会話するなどを通してこそ、その人の全体がより正確に把握できます。私自身の専門家・科学者・市民運動家などを見る眼は、そうして鍛えてきました。また、そこから、―チラシ「放射線被ばくから栗原の子どもたちを守るために」を作成し、その最後に書いたように「想像力、思いを共有すること、つながり、絆、結びつき、ネットワーク、協働、など。それは、一人ひとりの、一つ一つの、心と思いを、丁寧に繋げていくこと」が一番大切だと確信するようになっていきました。

除染を進めるには、「放射能汚染の見える化」をして、市民に汚染実態を知らせることから進める必要があるとして、① 放射線高濃度校庭(園庭)の除染について、私たちは、10月8日に「栗原市における放射線高濃度校庭(園庭)マップ(栗原市ホットスポットマップNO.3)」を発表しました。その中で、「栗原市内は、北のホットスポットに入っていること。」「市内は、高濃度、中濃度、低濃度の各地域があること。」「詳しい測定が行われてきた学校等施設(72カ所)では、北~西にかけての施設(25カ所)の校庭(園庭)が、高濃度であり、優先的な除染が必要なこと」を強調し、提言もしてきました。この間、これらについてある程度は浸透してきてはいますが、まだまだ栗原でも十分知られているわけではありません。

これからどうすれば良いか?最近まとめた3つのこと。

それでは、どうすればよいか?ということで、最近まとめたのが、次の3点です。(以下は、再録になります。)

① 充分な測定。(空間環境、土壌、食べ物・飲み物、子ども妊婦を優先させた健康)

② 視野の広い冷静な評価。ここをしっかりやらないと①も②も不十分なものになってしまう。

③ ①と②が達成されて、初めて有効な対策が見えてくる。

 具体的には、① では、線量計の貸し出しをいくつかの地区を動かして進めてみる。各地区のマップを地区の参加の下にさらに詳細なものにする。公園・公共施設ごとのマップを作らせ公開へ。学校等の施設は引き続き情報収集に努めるが、個別の課題について通学路等を含めて検討へ。土壌についても、農作物の安全確保のため(自家消費も)分析を進める。学校給食は、不検出を自己目的にせず、限りなくゼロをめざすことを時間をかけても追究する。(絶えずチェックを) 一般の食べ物検査をどんどん出来るようにする。(これは、汚染が比較的低濃度の地区においても強力に進める)「子ども妊婦を優先させた健康」問題については、簡単なものからでも実施するように持っていく。ただ、強力に進めるには、②が不可欠になる。

そして、② では、内部被ばく、低線量被ばくの危険性、特に子ども妊婦、若い女性などの重視を合意へ、「被ばくに安全な量はない」という立場を、学習会と、それに基づく独自のテキストのようなものをつくる。市職員の講師も良いが、私たちが講師を出来るくらいに。(「学校教育と原発・放射能」という課題もある)各地域などで講習会や学習会、測定会、マップ作り、自主除染などが考えられます。その前提にここ、②をしっかりとしていく必要があります。

③ では、いよいよ栗原市にも除染計画を作ってもらわねばなりません。空間、土壌対策ですが、学校等は敷地内の仮置き場になりますが、他は、どうするか? まず、公共施設と公園等になりますが、市有地にということでしょうが、実施業者はどうするか?住民、市民の協力や合意がないとなかなか、…それに何と言っても期限は、3年間なのか?最終処分地は、? 食などについては、全量・全品検査へにつながるようにしなければなりません。健康の対策もいろいろ工夫が必要になります。

これらのことに、栗原の明日がかかってくるだけでなく、東北、日本の明日がかかってきます。もう、長期戦になることははっきりしています。

 さらに今回、これに付け加えること

 「はじめに」で書きましたが、私はこの間、いろいろな所に出かける機会がありました。また、全国各地の情報もネットや新聞・雑誌・TVなどで集めてきています。本も医師の肥田舜太郎氏、鎌田 實氏、菅谷 昭氏のもの、専門家では、児玉龍彦氏、野口邦和氏のものを紹介してきています。矢ヶ崎克馬氏、小出裕章氏などの本も読んではいるのですが紹介文を書く時間がありません。この傾向は、医者、それも被害者に近い人の本を選んできていること。放射能を扱う科学者でも立場がしっかりしている方です。これは私の千葉での経験がもとになっています。被爆者問題とその訴訟と公害問題とその訴訟とには、通じるものがあります。被害の捉え方、(汚染)実態の把握の仕方、なども共通するところがあるのです。

立場がしっかりとした放射能を扱う科学者の本を読んだり、丸森で今中哲二氏の話を聞き、質問し、対話をするといろいろ分かってきたことがあります。それは放射能の危険性の捉え方が当たり前ですが、やはりシビアでしっかりしているということです。まず、児玉氏の本を読み3月、東京にも0.2レベルが到達したことから危機感を持ったという点。そこで、私との違いは何かと考えました。さらに、丸森からのおみやげー2つのDVDを見ると(2回見ました)私の感覚―同じく小出氏、今中氏とも、児玉氏と同じでした。その感覚が…そうしている内に7月当時と現在では同じ数値を見ても私自身の捉え方が違ってきていることに気づきました。

同じように、若いお母さんの言っていること、心配していることに対する私の捉え方も変化してきています。そして、それに従って私自身の行動も変化し、それで、今後も変わっていくと思われます。私は、また、それでいいのだと思っています。

 福島の民医連が初動の段階で腹をくくり、まず内部で徹底した学習から始めたこと。次に私は、今、京都の動きを注視しています。時々、京都民報の記事がGoogleニュースに出てきたからです。それで京都民報からもDVDなど(これも見ました)を入手しました。来年の2月に京都市長選があります。私は、ここで、脱原発の市長が誕生するかどうか注目しています。そこの活動のエネルギーの源の一つがどうもこのDVDを使った数多くの学習会にあると睨んでいます。

そこでこれから使えそうな材料は?ということで、DVDを揃え始めたのです。それを各地域での学習会、お茶会、市内何カ所かでDVD上映マラソン、+周りの空間測定、マップづくり、出来れば土壌や食品の検査を学習会などの会場でできればよいのですが…

最後に、組織的には、もう割り切ってしまって、2団体+個人で行くしかありません。(ほとんどを2団体ですることになってあまり変わり映えはしませんが)

① 今中 哲二(京都大学原子炉実験所)6月21日インタビュー/54分
「低線量被曝とは」 政府の避難基準・20ミリシーベルト。100ミリシーベルト以下の低線量では「健康被害は確認されていない」というのは、本当なのか。低線量被曝のリスクを詳細に解説。―私たちが低線量被曝の基本を確認するのには不可欠のものです。東北大の川島慶太氏、石氏慶造氏への反論にもなるものです。

② 小出 裕章(京都大学原子炉実験所)10月13日インタビュー/59分
「フクシマの現実と責任」 福島原発で何が起こっているのか、事故から7ヶ月。果たして福島第1原発は今、どうなっているのか。汚染はどこまで広がっているのか。子どもたちを守るために問われる責任とは。小出裕章の今、本当に聞いてほしいこと。―福島の現状の事実が衝撃的で、「冷温停止状態」なるものがどんなにいい加減なものか、私たちが知らされていることとだいぶ違うと認識させられます。さらに科学者・専門家、政治家が、私たち一般の日本の大人たちが考えるべきこと、子孫に対する責任を訴えています。今見るにも、タイムリーです。

③ 講演記録 小出裕章 2011年6月19日 68分
「被曝の時代」 放射能とは?被曝とは?核の基本からも、福島原発事故まで。学習会などに、まずお勧めしたい1枚。2011年6月19日に札幌で行われた北海道反核医師歯科医師の会での講演を収録。6月の時点のものですが、全く少し前という感じがしません。原発・放射能問題の全体像を捉えるには、1時間ちょっとですが、1つだけと言うならこれ1つでも十分使えるものです。講演会での収録ですが図も多く出てきますし、何よりも話が聞きやすし、小出氏の訴えも熱を帯びています。

④ 「週刊しんぶん京都民報」で好評連載「1から分かる原発問題」の著者、市川章人氏と小野英喜さんの原発の講演をビデオに収録したものです。「わかりやすく、おもしろい」と京都府内各地でひっぱりだの二人の講演―3時間分。
④-1 ビデオ 市川章人「原発と放射能の正確な理解のために」(107分)と、
④-2 ビデオ 小野英喜「正しく知ろう 原発問題」(73分)また、講演で使用されるレジュメやスライド資料、さらに連載「1から分かる原発問題」(電子版)も収録されています。

市川氏は長く高校教師をされてきた方。科教協会員です。(京大原子物理学専攻)で、とにかく教えるのが上手いのです。元々高校の物理の先生ですから、高校生以上、どちらかと言えば男性向け、これから原子力や放射能についての教育を考えてく上で、私たちの模範になるようなものです。時間は少し、長いのですが「それだけ教えることがあるのだ」「これでも端折ったのだ」そうです。大変精力的に講義しています。

小野氏も元高校教師、科教協会員です。現在は大学講師です。立命館、京都女子大ですから、女性相手が得意なのか?収録は、京都市左京区での母親大会でのものです。こちらも大変分かりやすいのですが、雑音が入っているのが気になります。

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「私の放射能ガマン基準について」 (その1)

<原発・環境・エネルギー問題>       2011.12.17

「私の放射能ガマン基準について」 (その1)           

 野田首相が12月16日、記者会見で福島第一原発事故の「収束」を内外に宣言しました。しかし、今は、急ごしらえの装置で水を循環させて炉の温度をなんとか抑えているだけ。事故炉の中心部は直接、見られず、中のようすは、計測器の数値で推測しているだけです。これをもって、政府が冷温停止状態を宣言したのですが、その実態は危ういバランスの上に乗ったものであり、本当の収束からはほど遠いものです。これは、首相が、このことを年内達成に努めることを国際社会に公言していたためからです。「収束」という踏み込んだ表現で安全性をアピールし、国際的な「風評」被害の防止につなげたいという判断があったのでしょう。しかし、問題は実態・事実であり、このように言葉で取り繕うことは、福島をはじめ日本の各地でも疑問視され、国際的にも信頼されていません。

 更に一日前の12月15日、内閣府の有識者会議「低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ」(共同主査=長瀧重信・長崎大名誉教授、前川和彦・東大名誉教授)は、年間20ミリシーベルト(Sv)の放射線量を避難区域の設定基準としたことの妥当性を認める報告書をまとめした。年間20ミリシーベルトを被曝した場合の影響は、「健康リスクは他の発がん要因と比べても低い」と明記。「単純に比較することは必ずしも適切ではない」とことわりながら、「喫煙は(年間)1千~2千ミリシーベルト、肥満は200~500ミリシーベルト、野菜不足や受動喫煙は100~200ミリシーベルトのリスクと同等」などといった目安を例示し、また、一度の被曝より長期間にわたって累積で同じ線量を浴びた方が「発がんリスクはより小さい」との考えを示しました。

 このように喫煙、肥満、野菜不足の方がどうのこうのと言っています。余計なお世話です。そんなことは官製の科学者・有識者に言われずとも気を付けています。レントゲンでとか、航空機で欧州と往復することの方が、ともよく例を出されますが、私は、自然被曝量も含めてそれ自体も今後は、注意していく必要性を今、感じています。それに、それらはそれなりのメリットもあり、自分で選択できますが、放射能は全く余計なもので話が全く別です。

 この内閣府の有識者会議は、東大の児玉氏などの意見も聞いてはいますが、その考えが十分に反映されているわけではありません。従来の年間100ミリシーベルトまでは安全とする山下氏などと大差はありません。

 私はこの政府の有識者会議を全く信用していません。私は、これまで自分自身で考える「私の判断基準」を作ってきました。しかし、今回、もう少し、考えをはっきりさせる必要性が出てきています。それは、一週間後に遠方から娘家族がやってきます。その小さな孫たちを迎え、しばらくの間この栗原で滞在させるからです。その滞在中の責任を私たち親夫婦が負っているからです。

 まず確認しなければならないには、安全な放射能汚染の程度などというものは存在しないということ。僅かでも危険性はあるということです。この日本においては、程度の違いがあっても、あらゆるところに放射能汚染が行き渡っていて、もはや、どこにも安全・安心はない、という覚悟をする必要があります。あるのは、ガマンの基準だけで、それをどう設定するかということ、大人たちが(特に年齢の高い)ある程度の汚染物を引き受けざるを得ません。胎児、妊婦、子ども、若い女性、若い人たち(男性も)、この順でゼロか5~10ベクレルの低レベル、20ベクレルまでとかに、その他は、これから決まる新しい基準値内でとか、一応、私などは、50ベクレル程度までならと考えています。

 政府はこれから新しい基準値を作っていきます。子どもなどには配慮するとはしていますが、これまでがこれまでですから、私たちは自衛するほかありません。自治体も国の動きを睨んで動いてきます。その際、是非とも「予防原則」の立場に立って、基準値や施策を決めていてもらいたいと考えます。栗原市は、全国的に見ても良い位置にいます。学校給食の検査で、実質20ベクレルにいっています。10ベクレルまで目指したいと考えますが、その他、一般の検査でも4月から予定されています。それを早めて、1月中からでも助走期間にもっていくよう働きかけます。カロリー表示のようにやがて、日本国中で全品全量検査は当たり前になるでしょう。その前に栗原市でその先取りをぜひとも実現させたいと思っています。

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12.4 丸森での今中哲二氏講演会に参加して

<原発・環境・エネルギー問題>      2011.12.8

12.4 丸森での今中哲二氏講演会に参加して

 県北から県南の丸森へ

3週間ほど前にパパ友にこの企画があることを知らされ、また、11月28日に大河原の「てとてと」に行った時、チラシを見つけました。早速周りの人も誘ったのですが、結局、栗原から行ったのは私一人だけでした。前日の仙台行きは大雨の中を車で往復しすっかり疲れ切っていました。4日はすっかり晴れてはいましたが、行こうか、行かまいか直前まで悩みました。大河原へは松田さんのワゴン車に乗せられてで、楽勝でしたが、丸森はさらに南、初めての所です。ナビゲーターなし、マップを頼りに一人、車で。それも台風並みの強風の中をです。行きは日中ですから何とかジグザグに動いて現地にはようやく午後1時半の開会の少し前に到着。終了したのがすっかり暗くなった5時少し前。その後にも講師との懇親会も企画されていたり、丸森などの県南で活動されている方々とも交流したかったのですが、欲張らず諦めて帰ることにしました。それも栗原―(東北自動車道)-村田-大河原…角田…丸森と来た時の反省から、帰りは、丸森-角田―白石―(東北自動車道)-栗原と暗い中を何とか最短距離を通って行きました。2日連続の強行軍で翌日の3日(月曜)はダウンしていました。

「子どもたちを放射能から守るみやぎネットワーク」が主催しました。

この12月4日丸森町の舘矢間まちづくりセンターに於いて開催された今中哲二さんの「放射能汚染のリスクを自分で考える」と題した講演会。その主催団体は、「子どもたちを放射能から守るみやぎネットワーク」で、県南部の各市町村で危機感を持っている人たちが助け合い、それぞれの活動や情報を共有して繋がろうと活動しています。有機農業をされている方々や若いお父さん、お母さんや年輩の方もいました。宮城県は丸森町の2地区の子ども(0歳から小学6年までの83人)だけを対象に、甲状腺の超音波検査による健康調査を実施するとし、丁度、4日にはこのうち61人が保護者と一緒に大河原町の県仙南保健所を訪れ検査しています。福島県が18歳以下の子どもたち36万人全員の甲状腺検査を生涯にわたって行うのに対して、この県南の丸森は福島県に食い込んでいるような地域。そこがたった83人だけなのです。しかも簡単に甲状腺を見るだけといったポーズだけの検査。それすら、今後継続するかどうかは未定とのことです。血液や尿など全部調べて欲しい、身の被ばく量を測定できるホールボディーカウンターもできるように、それに対象を広げ、検査の継続をと訴えています。

今中哲二氏の講演内容は、

会場は、スリッパや講演会のレジュメがすぐに足りなくなるほどの盛況ぶり。新聞社やTVなどメディアのカメラが何台も並び取材をしていました。今中氏は、最後のまとめの方で、原発事故の後、国が「直ちに健康に影響は無い」と言ったことを受けて、予防原則=よくわからないことがあるとき、人々の健康を守るべき行政は、”影響がある”という姿勢で取り組むべきである。と話されました。

質疑応答では、私も2番目に栗原の状況報-汚染の程度、徹底した自治体の測定、「汚染状況重点調査地域」に名乗りを上げ除染計画策定へ、健康調査にも取り組む方向―の説明を手短にして、健康調査の進め方(項目、対象年齢、対象地域など)について質問しました。これに対して今中氏は、とにかく健康調査を広くやって記録を残し、できるだけ多くのデータをとっておく必要があり、経年変化、放射腺の影響を強く受けたところとそうでないところの「比較」が後年出来るように、今やれる事をやっておくべき。と話されました。とても参考になりました。さらに質疑応答が続く中、途中、食品の放線量検査が話題となりました。私は、2回目の発言でしたが、全体の参考になると考え、栗原での学校給食での状況を説明しました。

また、今中氏は、放出されたものがいろいろあるが、ほとんどセシウム。測定しやすいから、チェルノブイリに比べて対処しやすいという話をされ、少し安堵しました。私たちが総力で取り掛かっていけば、時間が少しかかっても子どもや孫たちへ、現在より負担の少ない環境を残ししていけると確信しました。

 おみやげは、…

 せっかく遠くから来ても交流している時間がないのでと、会場ではいろいろ資料をかき集めました。若干、購入もしました。前日の仙台での講師謝礼がどうも2人分のようでしたので、栗原におみやげを買って行こうと思いました。DVD原発震災・ニューズリールのNO.8「今中哲二―低線量被曝とは」とNO.10「小出裕章ーフクシマの現実と責任」の2つです。昨夜、前のブログ作成中にそれぞれ1時間ほどなので見ました。

今中氏のは、―政府の避難基準・20ミリシーベルト。100ミリシーベルト以下の低線量被曝では「健康被害が確認できない」というのは、本当なのか。低線量被曝のリスクを詳細に解説。―したもので、私たちが低線量被曝の基本を確認するのには不可欠のものです。

小出氏の方は、―事故から7ヶ月の時点で作成。はたして福島第1原発は今、どうなっているか。汚染はどこまで広がっているのか。除染で戻れるのか。子どもたちを守るために問われる責任とは。小出裕章の今。本当に聞いてほしいこと。―という内容で、福島の現状の事実が衝撃的で、私たちが知らされていることとだいぶ違うと認識させられます。さらに科学者・専門家、政治家が、私たち一般の日本の大人たちが考えるべきこと、子孫に対する責任を訴えています。

この2つとも個人で見るだけでなく、仲間で一緒に見て、その後、話し合うことが大切だと思いました。

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12.3仙台へ行って「放射能汚染の中で子どもたちを守るとは」を話す

<原発・環境・エネルギー問題>      2011.12.7

12.3仙台へ行って「放射能汚染の中で子どもたちを守るとは」を話す

突然の講師依頼に

先月末のことです。ゆきとどいた教育をすすめる栗原市民の会の代表の鈴木氏より、「12月3日に仙台の学習会へ行って話をする人が2人必要です。」と言われました。話は「栗原の放射能測定活動のこと」とのことでした。団体は、「宮城子どもを守る会」で、妻に聞くと「昔から活動している団体で、ロートルが中心、知っているメンバーもいる」とのことでした。代表が誰を誘うか?と思っていましたが、私が一応測定活動の責任者ですので、いずれ話が来るだろうと少しは覚悟をしていました。いよいよ日が迫ったので、「用意の都合上、話す内容を問い合わせたら」と彼に伝えました。すると12月1日、放射線測定に関する10項目の質問が寄せられました。見ると少し、頭を抱えました。結構、準備も大変そうです。それでも、代表と一緒なら補足で済むかもと思い何とかなると思っていました。

ところが前日になって、突然代表は、家庭の事情で仙台へ行けなくなったのこと。2人との指定ですので、もう一人は?となり、12月2日の学校給食放射性物質検査見学会で当たってもらいましたが、結局、誰も都合が付きませんでした。そこでたった1日で「放射能汚染の中で子どもたちを守るとは」というタイトルで、しかも10項目の質問にも答えてという準備を急きょしなければならなくなりました。

 学習会に用意した資料

 要請されている話のタイトルと10項目の質問に沿って新たに準備する時間は全くありません。そこで、これまで発行してきた資料や私がブログに書いてきた内容からピックアップするしかありませんでした。

 準備したものは、①チラシ「放射線被ばくから栗原の子どもたちを守る強力な対策を」(ウラに栗駒中心部放射線量測定マップ)、②チラシ「放射線被ばくから栗原の子どもたちを守るために」(ウラにホットスポットマップNO.3)、③「この間参加した講演会、学習会などから」、④「教育委員会へ行って学校給食について懇談…」、⑤10月30日の矢崎先生の講演レジュメ、⑥第1回・第2回・第3回の自主測定の報告、第1次・第2次・第3次の栗原市における放射能対策を求める要望書とその報告、⑦原発震災に際しての私の行動(判断)基準その1・その2・その3、⑧「私が、交流集会でフクシマから学んだこと」、⑨「今、大切なこと、 人と人とのネットワークを」、⑩「自分の感覚、感覚のズレ、当事者意識の欠如、「加害者と被害者」、風評被害―その克服について」、⑪11月30日プライムニュース「福島悩ます分断の危機 除染活動と空洞化問題 草の根会議からの訴え」メモ、⑫「宮城県(一部岩手県南も)放射能問題に取り組むグループ」などです。

 それとこの日も、10月30日の講演会の会場と11月7日の栗原市長との会談の席上に持ち込んだ文部科学省や栗原市のデータに基づき会の方で作った「栗原市放射線量マップ」、「栗原市における放射線量測定校庭(園庭)マップ」 といくつかの地域の個別マップを広げました。市民に対して分かりやすい「放射能汚染の見える化」をこうして市にも勧めていることを紹介しました。

 私の話した内容と参加者との懇談

 放射線測定に関する10項目の質問の①は、「いち早く放射能測定を実施した動機は?」です。3.11から先ず、私たちは、栗原での学校被害を調べようとしていました。そして、6月18日には、古川での原発問題学習会へ役員の多くが参加しました。そこで、福島原発事故によってその放射能汚染が宮城県北と岩手県南に来ていることを知らされました。同時に女川原発で同様なことが起きれば栗原でどうなるかを考えました。そこでまず、自分たちで学校等の放射線量測定をしようということになりました。当時栗原市は、75カ所の学校等の放射線量測定を調べていたのを19カ所に縮小していました。学校等で子どもたちを守るためには、それを元の全施設に戻させ、さらにより詳しい調査をさせる必要性を感じていました。そこで、これまで大きな取組として3回にわたる自主測定を行ってきました。それも栗原市の協力を得ながら市の測定に立ち会って、その方法を学び、それに準じた測定を(市の測定の横で一緒に私たちも測定し捕集係数を割り出した)行いました。そこで、学校等の中で、市が測定していない怪しいと思われるケ所までそこの学校長や教職員の意向を聞きながら測定を進めていきました。市民の会の構成メンバーに教員OBが多いということも調査がスムーズにいった要因としてあります。

ある高濃度の汚染地域にある学校で、刈草を測ったところ、ホットスポットでした。そこをどうするかについて、直ぐ学校長に「市の危機管理室に通報して、即刻処理するよう」説得にかかりました。この後、栗原市ではこの間、学校施設等では、学校長をはじめ教職員など施設管理者の「子どもたちを放射能汚染から守りたい」という強い意思の下に徹底した測定が長期にわたって行われてきていること。それは、私たちでも、「ここは比較的低濃度なのだから、そんなに多く測定しなくても…」と思っていた学校等でさえ、時折り1マイクロシーベルト超え(これは処理された)や0.23越えに至っては頻繁にどこでも多く検出されるようになってきている。というような話をしました。

 懇談に入って、仙台での放射線量測定の状況を聞きました。仙台市は宮城県と同様に放射線量測定に積極的でないこと、公表されているす値が比較的低いこと。詳しい測定は行われていないこと。自分たちで公園などを測ると比較的高い数値も出ること。学校給食に関しては若いお母さんたちの働きかけもあって、ようやく食材の検査が始まっていること。などが出されました。

 私は、前日(12月2日)の学校給食放射性物質検査見学会の様子やこの間の栗原での食の問題での取り組みを話しました。参加者の中には元保育園長さんもいて、仙台市の給食の対応がお母さんたちの心配に沿うものに全くなっていないことを言っていました。参加者は栗原のババ友、ジジ友とほぼ同じで、懇談の内容も当初は空間線量の測定だったのですが、次第に食の安全確保の問題に移っていきました。

栗原の報告をして、自分たちの活動を見つめ直す

 このように仙台まで来て、栗原の取り組みの報告をしてみて、改めてこの間の私たちの取り組みが他では評価されているのだと思いました。私たちとしては、当たり前のことをしているのですが、まだまだ栗原のように、自治体の取り組み、市民の取り組みが進んでいない所が多いようです。岩手県一関や宮城県南に行って、いろいろ取り組みを見たりすると、栗原でもまだまだのことがたくさんあります。

しかし、栗原で進んでいると思われるのは、ゆきとどいた教育をすすめる栗原市民の会のこの3年以上の学校統廃合問題での活動の蓄積と延長の上に今回の市民レベルの放射能への取り組みができていること。このジジ友の活動に今年になって、更に栗原母親連絡会というババ友の大きな力が加わったこと。両者とも団塊の世代が中心ですが、現職の教職員や保育士さんたちにも少しずつですが影響が広がってきていること。パパ友、ママ友へもウイングを広げようとしていること。測定でも、除染等対策でも自治体を丸ごと相手(対象)にすることで、全ての子どもたち、市民を視野に入れた取り組みをするよう心掛けていること。栗原市は10ケ町村が合併して、4年半になりますが、学校統廃合問題に引き続き、今回の放射能問題でも、私たちは、市民レベルで「栗原は一つ」という一体感を持って協同の運動を展開し、さらに広げようとしてきています。まだまだPTAや多くの保護者を巻き込んでいない、県南のように生産者の動きができてきていない、など弱点はいっぱいありますが、それも少しずつ解消していくようにしたいと思っています。

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栗原市の給食放射性物質検査見学会報告

<原発・環境・エネルギー問題>             2011.12.5

栗原市の給食放射性物質検査見学会報告

この間の経過について

ゆきとどいた教育をすすめる栗原市民の会と栗原母親連絡会は、12月2日午後3時から栗原市南部給食センターを訪ね、栗原市が実施している保育所、幼稚園、小中学校の給食用食材と調理品の放射性物質測定を見学しました。これは、11月21日に栗原市教育委員会と懇談を行った際に栗原市の給食食材測定の取り組み開始とその現状について意見交換の中で、同施設の見学を申し入れていたものです。日程の最終決定が間際でしたが、13人の参加がありました。マスコミへの連絡も私がギリギリでしたのですが、数社の取材がありました。このマスコミへの連絡を巡って、当日教育部次長より市民の会の鈴木代表へクレームが来ましたが、こうした見学会をオープンに行うことは常識と考え、全体としては無視することにしました。

測定器の見学

 測定器は、ガンマー線2パクトロメーターLD2045ドイツ製、ベルトールドジャパン社製のもの、機械の重さ:80kg・一台の価格: 280万円・一品の測定時間・・・20分(10ベクレルとして)7分(20ベクレルとして)これを検査の開始:11月1日で、4単独校―6 保育所―14合計24箇所・検査するサイクル・・・2週間に1回 ・検査する食材の納品:前日・一日に検査する施設:3箇所ということでした。1箇所から2食材と完成品の検査の3種(三品)を同時に行っているとのことでした。

  この見学会には、栗原市側より前述の教育委員会教育部次長の他、、危機管理室長と南部給食センター長、それにこの給食放射性物質検査のために雇用された臨時職員の3人の方などが出席しました。器械が置いてあるのは会議室(研修室)で、この日は、ニンジンや肉の検査を行っている時でした。器械の説明、取り扱い方などいろいろ実際の様子を見ることができました。

懇談と感想

一通り見たあと、その研修室で、市側との懇談と参加者の感想を出してもらいました。その中で、危機管理室長は、「栗原市の下限値:10ベクトル・市の基準値は決めてない。検査の結果、現行の国の暫定基準値を超えたら:直ちに食材購入地停止、食材は別の対策をとる」としていました。しかし、実際には、栗原市は11月16日に23ベクレルを検出した県産ジャガイモを使わず「不検出」の県外産に切り替えた実績があり、11月1日からの測定開始の前に20ベクレルを目安値として設定したことは明らかです。この日もこれについて私たちが言及しても否定はしませんでした。「完成品について例えば20ベクレル超えたら?原因追及は?」という質問には、20ベクレルとも市は明言できない中ですから、答えには困るのですが、センター長が「完成品にするまで、調理で徹底して洗うとか、減らす調理をするなどで結果として不検出になるよう努力している。原因追及はしていない。」ということでした。

危機管理室長は、「今後、あと1台が学校給食用に入り、検査の頻度を上げていく。もう1台を地場産品などの食品検査用にする。さらに1台を市民の持ち込み用の食品検査用にする。ただこれは移動式(自動車)ではなく、例えば、1週間ごとに各支所に置いてそこで行うなどしたい。」「時期は来年3月に納入されて、4月からになる。」ということでした。また「この器械は、土壌も、水も測れる」とのことでした。

懇談の中では、参加者より「魚の検査が納入者まかせになっているが、今後、特に要注意ですので、独自でも検査を、あと、キノコ、イモ、牛乳について、検査を増やし、特に注意をお願したい。」これまでの他の自治体に見られない、先進的な栗原市の食に関する取り組みを評価しつつ、「子どもたちの内部被ばくを防ぐには、学校給食がその最前線です。この給食を踏み込んでさらに栗原の食の安全・安心に繋がるように、栗原市の積極的な攻めの取り組みを期待しています。」と要望しました。こうした私たちの熱い要望に対して、センター長と危機管理室長にはしっかり受け止めていただけたものと感じました。

私の評価と今後の課題

 ゆきとどいた教育をすすめる栗原市民の会と栗原母親連絡会は、この後、12月8日の午後6時~栗原市市民活動支援センターで、合同役員会を持ちます。そこでさらに詳しい分析・反省と具体的な今後の行動を決めていきます。その前に、私の個人的な感想を少しまとめてみたいと思います。

① 温度差はまだまだあるということ。センター長と危機管理室長との懇談はとても良い感じでした。しかし、早々と教育部次長は退席してしまいました。11月7日の市長との懇談の席でも彼とは違和感を感じましたが、今回もです。3次にわたる要望書の回答が未だに教育委員会で止まっています。今回、実際に給食放射性物質検査の現場に私たち市民が見学に行ったのですが、その記録の取り方が手作業であること、それが一旦、検査現場(南部給食センター)から、教育委員会に行ってから、危機管理室にいって後日発表になること。この間に恣意的な操作が入る余地が全くないわけではないと私は思いました。放射線量の空間測定では、この間の徹底した市の取り組みと私たちの働きかけの中でその信頼度は増してきました。しかし、まだまだ、この給食放射性物質検査とこの後にくる食べ物・飲み物検査はこれからです。学校・保育所などだけでなく、生産者や、企業も絡んできます。教育部次長のような方は、むしろ市の職員の中ではまだまだ多いはずです。子どもたち、妊婦さん、若いお母さん、などの命と健康、さらにもっと広い一般市民の健康や生産者や栗原の企業の活動までも守っていくには、栗原市の職員には、その最前線に立ってもらわなければなりません。

② 基準値についてー11月7日の栗原市長との会談において、佐藤 勇市長は、確かに「10ベクレルを栗原市の基準値とする」と発言してしまいました。提出した私たちの要望書には、求める基準値の数値を入れていません。500とか、200といった国の暫定基準が緩すぎて明らかに破たんしている中で、松本市が40ベクレルを早々に打ち出した後、それに見習うような動きもあり、確か30ベクレルというのも出ていたと思います。ですから、私たちも、こと、子どもに関しては、予防原則の立場に立ち、ゼロを目指しつつも機器の検出限界値や誤差なども含め「10ベクレルにして欲しい」とは思っていましたが、こちらからは切り出しませんでした。30とか、20でもなればというのが本心でした。ですから市長の口から「10ベクレル」と出た時は正直に言ってビックリ仰天しました。あとで、新聞報道などで確認してみるとやっぱり書いていません。その後、ホームページや新聞発表で不検出が続いていました。そこで、温度差もある中で、そのデータの信憑性を疑いました。しかし、すぐにジャガイモを23ベクレルで撥ねたことが出て、一安心しました。

  市長の10ベクレル発言は、文科省のこの間の40ベクレルを巡るゴタゴタと同種のものです。「検出限界値を10ベクレルに設定した」ことを「10ベクレルを基準値にした」と言ってしまったのです。だから、あえて、言った、言わない、の論争はしないことにしました。ただ、文科省の40ベクレル測れる器械程度ではお粗末です。また40でもいいわけではありません。ですから、実績として栗原市では、「20ベクレルで撥ねた」という事実が大きいのです。勿論、私たちの気持ちとしては、今でも「10ベクレルで撥ねて欲しい」ことには変わりはありません。

 「栗原産のものはベクレル表示が当たり前」の世界をー同種のもの1台が来年の4月から市民の持ち込んだ食品等の検査に使われるのですが、これを何とかもっと早くできないかと考えています。スピード感が必要です。例えば、土日はこの南部給食センターはお休みですが、器械は空いているはずです。研修室という場所もOKです。完全予約制にして必要な人員も配置をすれば可能かと思いますが…それも一般だけでなく、生産者のも早めにここで何とか一緒に受け付けられないか?4月でなく、一部を1月からできるようにして4月からは、「栗原市全体がこの体制に全面的に入る」ことを目指すべきかと思いました。「栗原産のものはベクレル表示が当たり前」の世界をいち早く作りたいものです。




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