触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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チェルノブイリ原発事故・汚染地帯からの報告

<TV>         2012.9.26

NHKETV特集 
チェルノブイリ原発事故・汚染地帯からの報告
 

「第1回 ベラルーシの苦悩」(9月16日)「第2回 ウクライナは訴える」(9月23日)を見て

<番組の内容>

① 「第1回 ベラルーシの苦悩」

1986年4月に起きたソ連のチェルノブイリ原発事故で国土の4分の1が放射性物質に汚染されたベラルーシ共和国。原発からの距離が15キロから80キロの範囲に位置するホイニキ地区(日本の郡に相当)はその大部分が汚染地域となり多くの村人が故郷を離れざるを得なかった。(注:ベラルーシで汚染地域と呼ばれるのはセシウム137で、1キュリー/平方キロメートル=37000ベクレル/平方メートル以上のエリア)

 しかし農場長(村長に相当)のニコライ・サドチェンコさん(65)は村に残り、この26年間、放射能汚染と格闘しながら農業の再生に取り組んできた。一方汚染地域から避難した人々の中には、故郷を失った悲しみや移住先での差別にいまも苦しんでいる人が少なくない。故郷で死にたいと、全村避難した村に戻って暮らす老人たちもいる。

 事故から26年、ベラルーシの人々はどのように放射能汚染と戦ってきたのか。農業再生に取り組んできたニコライさんと故郷を失った移住者たちの今を取材した。(NHKホームページより)

動画は、チェルノブイリ原発事故・汚染地帯からの報告「第1回 ベラルーシの苦悩」

<画像から読み取った私の補足と感想> 

ニコライさんの農場の詳細な汚染地図作成の様子が映し出されていた。政府が4年ごとに農地を調査し、作付を制限している。食用はできないが、飼料やバイオ燃料の資源としている。定められて方法で1点100㍍毎に(約30㎝の深さに見えた)均等に土を採取し検査する。ストロンチウムが再び増えているのがかなり障害になっているようだ。このように畑1枚1枚の土壌を検査し、詳細な土壌汚染地図を作ることなしには、農業の振興はできないことは明白です。

チェルノブイリ法(1991年)の説明がされていました。主な対象は、1~5ミリシーベルト/年の地域で、移住を希望する住民に住居と仕事の保障をすること。(40%が移住したそうです。)そこに、残った者にも同様の権利を保証するとしていました。移住の経費補償、税金の減免、医療費の免除、子どもの保養といった内容です。また、1ミリシーベルト/年以下の地域でも一定の土壌汚染(それが、どの程度なのか調べる必要)があれば国が医療費の一部を負担するとしていました。これらのために、ベラルーシは、国家予算の18~20%をこれらに充ててきているといいます。しかし、現在の経済危機の中で医療費の自己負担の動きなど困難も出てきているそうです。

 9月15日の仙台での「放射能被害を語る宮城県民の集い」で丸森の太田さんが強調していた「「原発事故子ども・被災者支援法」がこれに近いもののように思われました。ベレルーシでの取り組みは少し遅れたとはいえ、それなりの体制をとってきたのが分かりました。それに比べ、日本では、の事例を教訓にできるにもかかわらず、すべてが後手、後手に回ってしまっています。政治の分野が果たすべき役割をしていないのが最大の問題点です。支援法にしてもようやくワクだけができたもで、まだ中身がありません。この法にも関連はしますが、チェルノブイリと比較した場合目立つのが、住民の避難の権利が認められ、-保障(補償)されていないということです。逆に福島の汚染地区に何としても留めよう、また戻そうとする圧力の方が(これにも、保障(補償)がからんできます)強く、危険性を感じます。

② 「第2回 ウクライナは訴える」

去年4月、チェルノブイリ原発事故25周年の会議で、ウクライナ政府は、汚染地帯の住民に深刻な健康被害が生じていることを明らかにし世界に衝撃を与えた。

 チェルノブイリ原発が立地するウクライナでは、強制避難区域の外側、年間被ばく線量が5ミリシーベルト以下とされる汚染地帯に、事故以来26年間、500万人ともいわれる人々が住み続けている。

 公表された「Safety for the future未来のための安全」と題されたウクライナ政府報告書には、そうした汚染地帯でこれまで国際機関が放射線の影響を認めてこなかった心臓疾患や膠(こう)原病など、さまざまな病気が多発していると書かれている。

 特に心筋梗塞や狭心症など心臓や血管の病気が増加していると指摘。子供たちの健康悪化も深刻で2008年のデータでは事故後に生まれた子供たちの78%が慢性疾患を持っていたという。報告書は事故以来蓄積された住民のデータをもとに、汚染地帯での健康悪化が放射線の影響だと主張、国際社会に支援を求めている。

今年4月、私たちは汚染地帯のひとつ、原発から140キロにある人口6万5千人のコロステン市を取材した。この町で半世紀近く住民の健康を見続けてきた医師ザイエツさんは、事故後、目に見えて心臓病の患者が増えたことを実感してきたという。その原因は、食べ物による内部被ばくにあるのではないかとザイエツさんは考えている。予算が足りず除染が十分に行えなかったため、住民は汚染されたままの自家菜園で野菜などを栽培し続け食べてきた。また汚染レベルの高い森のキノコやイチゴを採取して食用にしている。

 学校の給食は放射線を計った安全な食材を使っている。しかし子供たちの体調は驚くほど悪化。血圧が高く意識を失って救急車で運ばれる子供が多い日で3人はいるという。慢性の気管支炎、原因不明のめまいなど、体調がすぐれない子供が多いため体育の授業をまともに行うことができず、家で試験勉強をして体調を崩すという理由から中学2年までのテストが廃止された。

 被ばく線量の詳細なデータはなく、放射線の影響を証明することは難しいが、ウクライナの汚染地帯で確かに人々は深刻な健康障害に苦しみ、将来に不安を抱えながら暮らしていた。

しかしIAEAをはじめとする国際機関は、栄養状態の悪化やストレスなども原因として考えられるとしてウクライナの主張を認めていない。放射線の影響を科学的に証明するには被ばくしていない集団と比較しなければならないが、住民の被ばくに関するデータも、被ばくしていない集団のデータも十分ではなく、今後も証明は困難が予想される。

国際社会に支援を訴えながら、放射線の影響とは認められていないウクライナの健康被害。チェルノブイリ原発事故から26年たった現地を取材し、地元の医師や研究者にインタビュー、ウクライナ政府報告書が訴える健康被害の実態をリポートする。(NHKホームページより)

動画は、チェルノブイリ原発事故・汚染地帯からの報告「第2回 ウクライナは訴える」

 <画像から読み取った私の補足と感想>

「被災者の被ばく線量データ」は入手困難なのは、ソ連時代に機密に、まだら汚染で影響見積もりが困難、移住した者の健康状態把握が困難なため。

7年後、甲状腺がんのみをIAEAをはじめとする国際機関が唯一放射線との因果関係を認めた。それには、ウクライナの医師たちの奮闘があった。26年経てもウクライナは甲状腺がんに悩まされている。現在、大人の発症が増加し続けている。

 コロステン市にも年間5ミリシーベルトのホットスポットが点在。その近く8500の民家を徹底調査(10カ所)し、屋根のふき替え、コンクリート固めなど5年間したが1997年経済危機で中断。今、ウクライナでは、子どもの健康悪化が懸念されている。コロステン市の8年制学校(485人)で、今年3月の生徒の内分泌疾患48%、骨格の異常(脊椎が曲がるなど)22%、正規の体育の授業受けられるのは14人のみ。最近多いのは、心臓の痛みを訴える生徒。

 ウクライナ政府報告書は、汚染地帯から生まれた32万人の健康状態を報告。1992年子どもの22%が健康2008年6%まで減少。逆に慢性疾患を持つ子どもは、1992年20%から2008年78%に増加。17年間で内分泌系疾患11.61倍、筋骨格系疾患5.34倍、消化器系疾患5.00倍、循環器系疾患3.75倍(国立放射線医学研究所ステパーニバさん)

 福島第1原発事故を経て、政府のワーキンググループは、20ミリシーベルトをめぐって紛糾、多くの委員は、「甲状腺がん以外の科学的因果関係は認められない」と。去年末の結論は、「20ミリシーベルトは、健康リスクが低く、十分にリスクを回避できる水準」というものになった。

画面では、その政府のワーキンググループで、木村真二さんが、低線量被ばくの危険性を一生懸命説明しますが、多くの委員、大臣も聞く耳持たず。責任者の長瀧重信長崎大名誉教授の言の紹介や、細野豪志大臣に答申する場面も出ていましたが、私は、その表情―その人が、どんな顔をして発言しているのか、逆に他者の発言を聞いているのか、または答申を受け取っているのか、―に注目しました。それは、「第1回 ベラルーシの苦悩」に出てきた、避難の基準を決めたソ連の医学者イリイン氏もまた同じでした。YOU TUBE の
 「真実はどこに?―WHOとIAEA 放射能汚染を巡って」「真実はどこに?―WHOとIAEA 放射能汚染を巡って」  に登場していくWHOとIAEAの学者・委員もまた同じ顔、表情をしています。

彼らも、安富 歩氏の
 「原発危機と東大話法」に出てくる「東大話法」を駆使する学者そのものです。原発推進・擁護の「立場」と「役」に徹しているのです。宮城県でも東北大の石井慶造教授や川島隆太教授が同じ「立場」と「役」に徹しています。

私は、石井教授とは2回、空中戦はさけながら、直接対峙しましたが、どうしようのない人物でした。私自身、千葉にいた時期、川崎製鉄を相手とする大気汚染公害訴訟に関わっていました。その時に、御用学者や加害企業側の弁護士がどのようなもの(人物・表情・感情など)か、つぶさに見てきました。またその逆の被害者(公害病患者など)側にあえて立つ学者や弁護士がどのようなものかも学んできました。

このブログの記事では、NHKETV特集「チェルノブイリ原発事故・汚染地帯からの報告」を、言葉でしか紹介ができません。是非とも紹介した動画などで、直接ご覧ください。(私は、DVDに録画していますので、月例会などに来ていただければ、それをお貸しできます。)-次回月例会は、10月10日午前10時~12時、栗原市市民活動支援センターで行います。




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「砂場の砂の入れ替え」問題を考える。(まとめ)

<原発・環境・エネルギー問題>    2012.9.13

「砂場の砂の入れ替え」問題を考える。(まとめ)           

 8月3日の(その1)、―市民の安心確保のため、自治体の独自判断・施策が進行中です。-として、東京都の港区、葛飾区、足立区、千葉県の松戸市、茨城県の取手市、阿見町の例を紹介し、他にも東京都(墨田区、江東区)千葉県(柏市、流山市、我孫子市)茨城県(守谷市)などが、国の基準では市民の安心確保に繋がらないとして、自治体の独自判断で砂場の砂の入れ替えでもより厳しい施策を進めていることを知らせました。

 8月27日の(その2)では、東京都墨田区での詳細を伝えました。そこでは、空間線量だけでなく土壌測定も行い、地表5㎝で、①0.16μ㏜/hがセシウム合計で680㏃/㎏、②0.519μ㏜/hがセシウム合計で2700㏃/㎏だと分かりました。(ただ入れ替えは①のみ)また、対象として、栗原市の除染対象となっている鳥矢崎小学校の校庭土壌漂砂結果を示しました。0~1㎝の表層は、4500㏃/㎏のもなっていることが分かってきました。(5㎝の平均は、1043㏃/㎏)

 これらの自治体の共通点は、国の基準では、市民の不安を解消できないと判断していることです。それでも実際の「砂場の砂の入れ替え」となると、一定の線引きをしています。それは、国の1m(子どもの利用する施設等は、50㎝も)で、というものではなく、地表で(5㎝も)、0.23㏜/h近辺以上というにしています。

― ここからが、(まとめ)です。-

 それに対して、茨城県守谷市では、この地表で0.23㏜/h以上という線引きを取り払い、今年の3月末までに全ての幼児施設小中学校等の表土除去、公園砂場の砂の入れ替えを行っています。(ただほとんどの公園が0.23㏜/h以上で、それ以下の所は35公園中の6つだけです。)

 そもそもこの問題を考えるきっかけとなったのは、7月14日の毎日新聞と19日の神奈川新聞の神奈川県相模原市に関する次の記事でした。このことは、ネットワークの結成時や月例会では、展示や口頭で説明はしていましたが、うっかりして資料を出していませんでした。

7.14 相模原市、全砂場の砂入れ替え 児童の放射線対策 
 毎日新聞 

 ◇保育所、幼稚園小学校など413カ所
 相模原市は13日、子ども関連施設の放射線対策として、公園や保育所、幼稚園、小学校、児童遊園などにある計413カ所の砂場全てについて、砂を入れ替えると発表した。東京電力福島第1原発事故後、放射能汚染への徹底した安全対策を求める保護者の声に配慮した。全ての砂場の総入れ替えは、県内の自治体で初めて。【高橋和夫】
 市は原発事故後、市内の子ども関連施設の除染を実施。砂場も表層部の砂を取り除くなどした。その結果、砂場の空間放射線量の測定(地上5センチなど)では、市の暫定基準の毎時0・23マイクロシーベルトを超えたところはない。 しかし、昨年12月の市議会に「砂場の砂を入れ替えてほしい」との陳情が出され、その後も保護者らから同様の要望が相次いで寄せられていた。このため市は、徹底した安全対策をとることにした。 市内の砂場は、いずれも深さ30センチの砂が敷かれている。これを完全に排出し、新たな砂に入れ替える。その量は全体で計約1771立方メートルになる。今月下旬から順次、入れ替え作業を始め、9月までに完了する予定で、費用は約3000万円かかる見込み。

7.19 413カ所の砂入れ替えへ砂場の放射能汚染対策で/相模原
 カナロコ(神奈川新聞)

 相模原市は福島第1原発事故に伴う放射能汚染対策として、市内の公園、保育所、幼稚園、小学校、児童館など子ども関連施設にある砂場の砂を入れ替えることを決めた。対象は413カ所で、砂場の砂を介して子どもが内部被ばくすることを懸念する保護者に配慮した。市は昨年、子ども関連施設の除染を行い、空間線量を測定したところ、暫定基準値である毎時0・23マイクロシーベルトを超える砂場はなかった。また、今年6月下旬から7月上旬に行った市内3カ所の砂場の砂の放射性セシウム濃度は1キロ当たり40・4~101ベクレルだった。 砂場の砂の入れ替えについては、昨年12月の市議会に陳情が出されるなど、市民からの要望が根強かった。子どもが砂遊びで砂粒に付着した放射性物質を口から体内に取り込む懸念があり、放射線の影響を受けやすい子どもの被ばくは少量でも避けるに越したことはないためだ。 砂は深さ30センチまでを取り除いて、入れ替える。新しい砂は建設現場の掘削土を活用し、放射性セシウムが10ベクレル以下と確認してから使う。砂場から掘り出した砂も暫定基準値以下であることを確かめ、敷地内で敷きならすという。…(省) 

 さらに詳しくは、相模原市のホームページを見ていただきたいのですが、この相模原市の取り組みはかなり徹底しており、高く評価できるものです。空間線量だけで、放射能対策を考えていないのです。キチンと土壌の測定分析からしています。それも、学校、公園等だけでなく、市域全体を29区画のメッシュで土壌測定を行っています。

 さらに、ネットで調べると「放射能汚染に負けないぞ!」という個人ブログですがそこに「砂場の砂を測定しました 2012年05月24日」というものを見つけました。

これを要約するとー

≪測定場所≫―東京と埼玉の境辺り 地表1mの空間線量 0.08μ㏜/h  福島第一原発事故以前の通常土壌から検出されていた放射線量は、概ね2~4ベクレル/kg (東京都 健康安全研究センター 報道発表資料[2011年9月掲載])
≪測定結果≫(①砂場の砂 108ベクレル/kg(±15.9Bq/kg)天然核種の影響を考慮すると90Bq/kg前後。
②遊具・柵周辺の砂 152ベクレル/kg(±21.9Bq/kg)天然核種の影響を考慮しても130ベクレル /kg以上.
≪結果について≫ ◆外部被曝のレベルでいえばさほどシビアな数値ではないのかも知れませんが、子供の遊び場であること、子供が手についた泥を口に入れることもあることを考えると、やはり気になる数値(事故前の30~40倍)。
◆砂場は、殺菌のため定期的に土壌攪拌していることを思えば高めでは?土壌は5cm未満の表層と、5cm以下の深層ではセシウム含有量がかなり違うようです。砂場の砂は攪拌しているようなので、本来の表層の沈着量よりは下がっているはずです
◆測定した砂の条件―よく清掃された場所。地表で0.09~0.12μ㏜/h。地表1mの平均的な周辺の空間線量0.08~0.09μ㏜/hと、余り変わらない数値。我が家のアパート前の土壌に直置きで、0.20μ㏜/h。公園の砂場の倍以上。

―というものです。

 次に、実際に栗原市内の幼稚園・保育所などでの砂場の砂は、どうなのかを考えてみましょう。

 先ず、一年ほど前の幼稚園・保育所の砂場(地表μ㏜/h)はどうだったのか、栗原市の放射能数値測定値を見ていきます。

宮野幼稚園(8月17日) 0.10 若柳幼稚園(8月13日) 0.13 大岡幼稚園(8月17日) 0.08
文字幼稚園(8月16日)0.28 栗駒幼稚園(9月12日) 0.22 高清水幼稚園(8月17日) 0.08
一迫幼稚園(8月9日) 0.1  ふたば幼稚園(8月11日) 0.15 築館東保育所(9月14日) 0.14
一迫保育所(9月13日) 0.11 瀬峰保育所(9月14日) 0.09

2012年の最近のものでは、

 大岡幼稚園(8月6日) 0.05 高清水幼稚園(8月6日) 0.05 金成幼稚園(8月6日)  0.10
 築館東保育所(8月6日) 0.07 若柳川南保育所(8月6日)0.07
 栗駒中野保育所(8月3日) 0.07 一迫保育所(8月6日)  0.07
 瀬峰保育所(8月6日)  0.06

 このように一部を除いて砂場の上の空間線量は、低めに出ているようです。空間線量は、砂場では、校庭・園庭等に比べても、砂自体の粒子が大きいため、セシウムは吸着しにくいと考えられます。比較的他の場所と比べても低いので自分たちで「安心材料」にしているのかもしれません。それは、よく理解できます。しかし、本当にそれで大丈夫なのでしょうか? 心配だからこそ、一年前も(一つのところで数カ所)、現在でも(一つのところで2カ所まで)砂場の測定をし続けているのではないでしょうか。

 この「砂場の砂」問題は、空間線量だけで判断するのではなく、実際にその砂にどの程度のセシウムが含まれているかで判断すべきです。それに、いくら空間線量を測っても、その時点での砂や地面など(建物、樹木等からも)から放射されている線量などをとらえているだけです。それもすべて捉えているとは限りません。時間や天候状態や様々な要因で変化していきます。放射性物質は土壌(砂)・樹木(森林)・河川(湖沼)などに複雑に拡散・移染しています。それでも全体量は1年半たってもそれほど減っていないはずです。空間線量を測ること自体は、空間にある放射性物質が外部被ばくとして影響してくるのでその時点で測ることは重要です。しかし、それだけでは極めて不十分なのです。

まず、必要なのは、実態(砂場の砂と土壌)調査です。

 やはり一定程度固定的な地面(砂も)の、土壌調査が必要です。むしろ、空間線量や表面線量より、土壌調査をきちんと行い、内部の汚染物質とその量を問題とすべきです。高濃度セシウム含む「黒い土」のところで、この「黒い土」は、「通学路、遊び場、住宅地など子どもの行動範囲、生活圏のいたるところにあり、触る、踏む、転ぶ、ボールに付着する、手についたものが口に入る、風で飛んだ砂ぼこりを吸い込むなどしないよう気を付ける必要があります。」と注意喚起しました。同じことがこの砂場に砂についても言えます。砂場は、どこでも、一番よく、小さな子どもたちが遊ぶところなのです。

 放射性物質といっても、とりあえずは、セシウムの調査をしていくほかありません。そして、出てきた結果をどう見るのか、その数値の見方が、次に問題になってきます。それによって、取るべき対応―安全対策が違ってくるからです。このあたりになると、その人によって捉え方、基準が違ってきそうです。国の汚染物処理基準の8000㏃/㎏では、極めて危険。米の作付制限5000㏃/㎏もダメ。原子炉等規制法に基づく基準をIAEA(国際原子力機関、国際的な原子力推進体)の基準100㏃/㎏が唯一、何とか合理性がありそうなくらいです。それでも、福島第一原発事故以前の通常土壌から検出されていた放射線量は、概ね2~4㏃/㎏と紹介しましたが、私は以前に、「福島原発事故前の水田土壌、畑作土壌中のセシウム137の量はキロ当たり10ベクレル以下」 と紹介しました。幼稚園、保育所、学校等の関係者はが、問題とすべきなのは、この「砂場の砂の入れ替え」問題だけではありません。校庭・園庭の土壌もどう見るのかも問題とすべきです。いたるところにある高濃度セシウム含む「黒い土」=「路傍の土」の問題もあります。通所・園、通学路、地域の遊び場、公共施設なども当事者たちが、実態を正確に把握することから始めなければなりません。栗原市には、すべての幼稚園・保育所、学校等の土壌 (砂場があれば砂場も)と、児童遊園や公園などの土壌 (砂場があれば砂場も)の調査を要望しましょう。そして、問題を整理し、皆さんで、どうすべきかを話し合うことが大切です。その上で、各自や仲間でできることはして、さらに、行政に声を出して要望することも積極的に行う必要があります。

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栗原でも高濃度セシウム含む「黒い土」を見つけていました。

<原発・環境・エネルギー問題>       2012.9・11

栗原でも高濃度セシウム含む「黒い土」を見つけていました。

高濃度セシウム含む「黒い土」とは、

「黒い物質」そのものは、雨や風によって集積した砂や泥。道ばた、雨が降った後に水が干上がりにくい場所、吹き溜まり(いずれもコンクリートやアスファルト上)に多く見られる単純な【路傍の土】です。南相馬市などで発見された「黒い物質」は、『藍藻』であることが判明しています。それ以外もあります。藍藻であったとしても、それ以前に、セシウムが雨や風によって移動し、一箇所に集まったことが、濃縮汚染のメカニズムです。雨や風で砂や土と一緒にセシウムがいかに「うまく寄せ集まった」かで、汚染濃度が変わります。(NO!放射能「東京連合こどもを守る会」の5月21日の記事から)

 8月27日に「栗原市の除染計画を充実させるために(その1)」の記事の最後に少しだけ、「マイクロホットスポット=「高線量の黒い土(路傍の土)=藍藻(らんそう)?」では、NO!放射能「東京連合こどもを守る会」を参考にさせていただきます。」と紹介しました。ここの8月20日の記事に、高濃度セシウムが含まれる「路傍の土」について、「住民周知・注意喚起のためにフライヤー(A4両面印刷)を作成しました。(「路傍の土」の説明から対策、園長・校長先生へのお願いを掲載しています。)」とありました。これが一番参考になる資料だと思います。

栗原でも、既に高濃度セシウム含む「黒い土」を見つけていました。

 5月2日に放射能測定チームが行った栗駒総合運動公園(陸上・サッカーグランドと野球場)での第4回放射能自主測定です。(5月5日の記事)そこの②野球場のNO.40~42のバックネット裏観客席(側溝)5センチで、2.69~7.08μ㏜/hを計測しています。側溝と言ってもかなり浅く雨や風によって集積した砂や泥がかなり固まって「黒い土」になっていました。これは後からそれが高濃度セシウム含む「路傍の土」(黒い土)だったと気付いたということです。

 ここを含め、栗駒総合運動公園はよく子ども達も使用し危険であるため、5月15日に栗原市に、除染するよう緊急の申し入れを行いました。その結果、栗原市の除染計画(第1版)にこの栗駒総合運動公園全体が追加されました。現在、先ず、そこの陸上・サッカーグランドの除染が行われています。

 上の写真が栗駒総合運動公園全体です。右上から栗駒体育館、右下が陸上・サッカーグランド、左上がテニスコート、左下が2面の野球場です。これらすべてが除染されることになっています。


大きな地図で見る
除染中の栗駒陸上・サッカーグランド(9月5日)
除染中の栗駒陸上・サッカーグランド

栗駒体育館で、高濃度セシウム含む「黒い土」を発見!!
MAX8.39μ㏜/h


 さて、栗駒体育館ですが、ここは、2008年の宮城・岩手内陸地震の時も一部内部が破損し、今回の2011年3月11日の大震災でも体育館アリーナ、屋内プールとも被害が出ました。

 下の写真、右上がアリーナ、左下が屋内プールです。体育館の下に延びるのが1階建ての管理室や会議室などあるところです。その屋上は、体育館の2階から出入りができ、さらに広いコンクリートのオープンスペースとなっています。そしてそこから屋外の大きな階段で体育館前のさらに大きなコンクリートの大広場に出ます。体育館全体の使用再開はこの4月からでしたが、今年に入って一部使用できるようになっていました。そこで私は、4月以前に会議室を使用していて、雨の日、屋内プールの屋根に雨樋がないため、屋根から一直線に雨が砂利の上に落ちていることに気づきました。測ると、やはり、2μ㏜/hを超えていました。空間もそれなりに周りより高くなっていました。この時点では部分的なマイクロホットスポットということで、管理者に通知し善処を求めました。ここは、3月末に栗駒総合運動公園全体を指定管理者に任せる前に砂利の取り換えを行っています。

 5月5日の調査、15日の申し入れの後ですが、会議室を使っていて、また雨の日ですが、今度は、体育館の屋根からですが、また雨が激しく叩き付けている所が分かりました。後日、晴れた日に、ここも測定しにいってみると、はじめからその部分のコンクリートの色が変色してしまっているのです。そこは比較的高かったのですが、その先の管理室や会議室等の上のコンクリートのオープンスペース(下の写真)。屋根からもここへ流れて来ているでしょうし、外からも最近は福島からではなく、近隣から飛び散ってきたものがここに落ちて、溜まってしまっていると思われます。このようなもの「黒い土」がここには、何カ所もあります。

栗駒体育館

大きな地図で見る

2階コンクリスペース1
2階コンクリオープンスペース2
2階コンクリ3
この写真の中央部分が一番高いのですが、初めに気付いた6月ごろは、せいぜい6μ㏜/h位だったと思います。それが今回(9月5日午後3時過ぎ)測ったところ8.39μ㏜/hでした。

8.39

 さらに、この先、下の大きなコンクリートの大広場に出るのに使う大きな階段の下も大変ことになっていました。階段を降りた辺りいったい、その脇の多くの草地、その草地の階段に近い部分がかなりの範囲で草の下が変色して、「黒い土」になっているのです。

階段
階段下黒い土1
階段下黒い土

9月5日に、ここのMAXが、このように5.03μ㏜/hでした。以前(6月頃)は、4μ㏜/hくらいともう少し低かったと思います。ここまでは、その6月くらいの時点ですぐにここの管理者に通知しました。

 さらにその後、ここも正式に除染対象施設となり、ある日、民間業者が、等間隔の測定を行っていましたので、これらの場所も測定し、その数値を栗原市の方に報告して欲しいと申し入れました。はじめ少し渋ってはいましたが丁寧に説明して説得しました。後日、市の危機管理室に確認したところ、その報告は受けているということでした。

 さて、今回(9月5日)は、更にその先が新たに加わりました。ここ、栗駒体育館の前面にあるコンクリートの大広場です。

大広場
これは、前にはなかった、あるいはあっても小さかったところです。
その詳細

1.06
値としては、地表で、1.06μ㏜/hですから、それほどでもないと言われるかもしれません。しかし、何かここは、最近、増え続けてきているところだと思えてくるのです。

 前の日に久しぶりに雨が降り、この日も少しどんよりしているようでした。湿度も気温も高く、ムッツとしていて、何だか地表に溜まっているセシウムがフワッと浮いてきているような感じがしました。この大広場の下では、今、急ピッチで、陸上・サッカーグランドの除染をしています。グランドの土をひっくり返しているようです。ですからその砂埃も出てしまっています。新たに分かったこのコンクリートの大広場の土と黒い土の混ざったようなもの、こんなものが除染している周りに増えていってはたまりません。

後回しにされる栗駒体育館の除染作業

 もう6月の時点で施設の管理者にも、栗原市の危機管理室にもだいたいのここの実態は伝わっていたはずです。既にここは、私たちに働くかけで除染計画に入りました。いずれここも全て除染されることは確かなのです。しかし、それにしても事態はほとんど進んでいません。階段を下りた辺りの草刈りがされただけです。その間にも、子ども達もここには近づいています。この大広場で催しもよく開催されます。9月に入り、さらにこの体育館の利用が多くなっていくことは確かです。私たちは、基本的には行政を信頼していくという立場をとっています。限られてスタッフで、どんどん除染計画を実施していかなければならないこと、それが大変な作業であることは分かっているつもりです。しかし、もう少し、ピッチを上げてもらいたいのです。

9月8日の9月例会では、この記事にした内容を参加者に説明しました。その前の9月6日に電話でしたが栗原市の危機管理室に確認したところ、まだこの体育館部分の除染実施業者が決まっていないとのことでした。つまり、栗駒体育館の除染はいつまでに終わるのかも定かでないということでした。そこで、口頭でしたが、「少なくとも、部分的な除染なり、高濃度セシウムの黒い土に近づかないような処置を早急にお願いしたい」と申し入れました。

私たちの生活圏のいたるところにある高濃度セシウム含む「黒い土」

高濃度セシウムを含むに汚染された「黒い土」は、道ばたや広場・公園にも家の周りにも存在します。この記事で示している、既に除染計画に入っている区域(1mで0.23μ㏜/h以上)で多くあることは確かです。しかし、それ以外ではないかというと、そうではありません。栗原市内なら多少の濃度の高低はあってもどこにでもあると思います。栗原市だけでなく宮城県北部と岩手県南部全体が、放射能ホットエリアになってしまっています。除染計画に入っているところは一定の線引きをしたに過ぎません。風によって水に溶けて移染もしています。放射性物質の移染・濃縮は、その地区に降り注いだのがたとえ比較的低濃度であっても広い範囲から集中してくれば局所的に地表などで高い放射線量が測定されることは各地で明らかになって来ています。その一つである高濃度セシウム含む「黒い土」は、私たちの生活圏のいたるところにあるのです。

例えば、6月29日の記事の中、<公開ファイル>NO. 2 で、⑥裏入口(コケ変色水溜り)地表 0.4μ㏜/h 50㎝0.11μ㏜/hは、場所は、市内で比較的空間線量が低い若柳畑岡地区の民家です。これは明らかに藍藻です。まだ真っ黒までにはなっておらず、濃縮の途中のように見受けられました。これと同じようなところ、または、これ以上のところも比較的空間線量が低い地区も含めて栗原市内各地で見つけることができるはずです。

また、東京の例ですが、江東区内:空間1.3μSv/hが 土壌で9万Bq/kg 、江戸川区内:2.4μSv/hが21.6万という結果だったようです。栗駒体育館の場合、この数倍数十万Bq/kgにもなると思われます。大変危険なものです。

それがどれほどのものか?とうと、放射性物質については、封じ込め、拡散させないことが原則であり、その観点から、東日本大震災前は、IAEAの国際的な基準に基づき、放射性セシウム濃度が1kgあたり100㏃を超える場合は、特別な管理下に置かれ、低レベル放射性廃棄物処分場に封じ込めてきました。(クリアランス制度) ところが、国においては、東日本大震災後、当初、福島県内限定の基準として出された8000㏃/㎏(従来の基準の80倍)を、その十分な説明も根拠の明示もないまま、広域処理の基準にも転用(放射性物質汚染特措法により)しています。さらに管理処理できる場合10万㏃/㎏まで引き上げました。

一般的な土壌検査は、採取の際は(四方から集めて)深さ5cmを1㎏採取します。これは、農地など生産関係の話や校庭など広い土地の除染の話です。しかし、「黒い土」は、深さ1mmや3mm、厚くても1cmほどで1㎏も採りません。例えば、鳥矢崎小学校校庭土壌調査結果から見てみます。1㎝までがおよそ4500㏃/㎏、1~2㎝が562㏃/㎏、2~3㎝が110㏃/㎏、3~4㎝が46㏃/㎏、4~5㎝がND(10㏃/㎏以下)になりました。これは四方から集めて1㎏より詳細の分析ですが、一般的な土壌検査に置き換えると1043㏃/㎏になります。だいたいこの周辺の農地と変わらないと思われます。しかし、1㎝だけを採れば4500㏃/㎏もあります。もっと表面ならもう少し高濃度なのでしょう。いずれにても、ここは除染され取り除かれました。しかし、除染対象に入っていない他の施設ではこれほどの汚染はないものの、市内の土壌はどこでもある程度の汚染はされており、決して安全とは言えません。そもそも東日本大震災前は、10Bq/kgほど程度しかありませんでした。(今年初めごろの調査ですが、栗原市内の農地203カ所の平均は、419㏃/㎏です。)

しかし、最も気を付けるべきは、この高濃度セシウム含む「黒い土」です。通学路、遊び場、住宅地など子どもの行動範囲、生活圏のいたるところにあります。触る、踏む、転ぶ、ボールに付着する、手についたものが口に入る、風で飛んだ砂ぼこりを吸い込むなどしないよう気を付ける必要があります。

まず、徹底した土壌調査を、そして安全対策を

地域のあらゆる所の空間の放射線量をはかり、正確に現状を把握すること。1m、50㎝、だけでなく地表でも把握する。特に子どもがいる家庭や、子ども達の生活圏では、平均的なそこの空間線量を測ることだけを目的にしていたのを、そこの局所的なマイクロホットスポットを見つけることも目的に加えるべきです。そして、次に必ず徹底した土壌調査をしなければなりません。この土壌調査は、広い農地や校庭を除染するためのものではなく、私たちの生活圏のいたるところにある局所的なマイクロホットスポットなどを除去するためのものです。

 悪い例として他県の他市ですが、茨城県・県南の土浦市の例を挙げてみます。ここは「汚染状況重点調査地域」に指定され市の南部の広範囲が除染対象となっています。「民有地の除染始まる 県内初 土浦、規準超えた6軒で」という7月3日付東京新聞によると、
―…市はこの日、計十八軒で測定と除染作業を行った。四十歳代の会社員宅では、市からの委託作業員が敷地内の庭や雨どい下など七カ所で空間放射線量を測定。このうち、最も高い数値を検出したのは門扉そばの毎時〇・一九マイクロシーベルト。除染対象となる同〇・二三マイクロシーベルトを超えてはおらず、除染は行われなかった。立ち会った主婦は「小三の女児がいて心配で申し込みましたが、思いのほか低い数値で安心しました」と話していた。市によると、実施したうち同〇・二三マイクロシーベルトを超えて実際に除染を行ったのは六軒だった。…―
となっていました。雨どい付近での測定作業をしている写真を見ると高さ1mを測っているだけです。それで、MAXが、門扉そばで、0.19μ㏜/hだから「安心」にどうしてなるのか全く理解できません。もっと低い位置(50㎝と地表)での空間線量と、更にそこがある程度高ければやはり土壌調査をしなければならないはずです。そうしなければ必要な安全対策などは取れません。

そもそもこの国が除染計画の除染対象を1mで0.23μ㏜/h以上と決めた基となっているのが、ICRP(国際放射線防護委員会)の基準(年間1ミリシーベルト)です。しかし、ICRP自体が原発推進をしてきた団体であり、そこの基準が「安全基準」だと言えるものではありません。呼吸や飲食による内部被曝も考慮していないし、低線量で長期間内部被曝し続けたときの人体への影響を考慮したものでもない、経済的社会的要因で作られた(原発推進の立場で作られた)単なる、おお甘な「ガマン値」なのです。しかも、測る高さを1mだ、50㎝だと設定することは、できるだけ除染範囲を狭めお金をかけたくないだけのことです。子どもたちにとって「避けられる放射能の被曝は少なければ少ない方が良い」という観点から、首都圏の多くの自治体で採用し始めている、子どもにより配慮した地表(5㎝)で、0.23μ㏜/hで、先ず線を引き、そこを取りあえずの「ガマン値」にすべきです。

それに、いくら空間線量を測っても、その時点での地面など(建物、樹木等からも)から放射されている線量などをとらえているだけです。それもすべて捉えているとは限りません。時間や天候状態や様々な要因で変化していきます。放射性物質は土壌・樹木(森林)・河川などに複雑に拡散・移染しています。それでも全体量は1年半たってもそれほど減っていないはずです。空間線量を測ること自体は、空間にある放射性物質が外部被ばくとして影響してくるのでその時点で測ることは重要です。しかし、それだけでは極めて不十分なのです。やはり一定程度固定的な地面の、土壌調査が必要です。空からですが、文部科学省の航空機モニタリングによって、栗原市北部から西部にかけての広範囲で放射線管理区域と同程度のセシウムが沈着していることが分かっています。それを今度は、地表の方からがきちんと実態を把握していく必要があります。一部進んできている生産のための農地土壌の検査だけでなく、私たちの生活圏の土壌検査も必要なのです。

8月27日記事の「栗原市の除染計画を充実させるために(その1)」で、第2版案で抜け落ちている可能性があるところ。(0.23にとらわれないで考えてみました。)ということを書きました。0.23にとらわれないでとは、50㎝ではやはり0.23はあるということです。

すると、昨年の9月ごろ栗原市放射線量測定マップ(H23.10)を作るため、市内239カ所の測定が行われました。かなり多くの場所で1m0.23㏜/h以上になっていました。その半年後くらいに除染計画策定のため再度測定したところ、空間線量では、大幅に下がったのか除染対象地区はかなり狭まり、除染対象施設も限られたものだけになりました。私の疑問は、これらの所を簡単に除外してしまってよいものかということです。つまり、空間線量が多少下がっても、そこに(地面、建物、樹木等)付着している放射性物質は、移染の問題もありますが、そんなに変化は、減ってはいないのではないかということです。是非とも、空間線量だけの測定で安心するのではなく、もともと放射性物質があるところー土壌などの検査もしていく必要があります。

<以下、再録です。>


第2版案で抜け落ちている可能性があるところ。(0.23にとらわれないで考えてみました。)
1 学校等      栗駒幼稚園は?
 文字小の跡地は? 花山中の跡地は? 栗駒中野保育所が0.23未満でも高い(0.19地表で0.29 7/2)
2 児童遊園
 市のマップ(昨年9月末)で1m0.23以上あったこの他の所
 四日町(0.30)上野(0.24)猿飛来(0.23)深谷(0.28)新山(0.35)高松(0.32)大鳥中(0.23)尾松(0.21 地表で0.23)栗原(0.17 同0.25)滝野(0.20 同0.43)鶯沢(0.26)町館(0.20 同0.27)
3 公園
 市のマップ(昨年9月末)で1m0.23以上あったこの他の所
 若柳ふるさとの森(0.21 同0.35)栗駒鳥矢ヶ崎史跡公園(0.20 同0.30)一迫牛渕公園((0.24)高清水新堤自然公園トイレ(0.37)一迫伊豆野せせらぎ農村公園(0.30)鶯沢千刈田公園(0.23)鶯沢金田森公園(0.36)金成有壁太田社公園(0.38)志波姫新堰ふれあい公園(0.12 同0.27)花山二反田百目木公園(0.27)花山ダム湖畔公園(0.28)
4 都市公園
 栗駒つるが公園(0.31 同0.67)栗駒館山公園(0.30)栗駒軽辺親水公園(0.30)
栗駒三迫川河川公園((0.25)
5 市営住宅内公園
 栗駒上町裏住宅公園(0.25)一迫鶴町住宅(0.14 同0.24)鶯沢森下住宅公園(0.26)鶯沢堰根住宅公園(0.27)
6 社会教育施設
 金成野球場(0.25)金成多目的広場(0.32)金成テニスコート(0.28)小田ダム湖畔パークゴルフ場(0.25)
7 その他の公共施設
 栗駒農村環境改善センター(0.22 同0.31)栗駒農林水産物直売所(0.30)あやめの里(0.13 同0.36)一迫農村環境改善センター(0.20 同0.28)一迫農村婦人の家(0.17 同0.27)湖畔の店旬彩(0.23)花山農山村交流センター(0.25)牛渕特産物直売センター(0.20 同0.38)志波姫農村環境改善センター(0.10 同0.28)
8 商工・観光施設
 栗駒みちのく風土館(0.29)細倉マインパーク(0.29)花山青少年旅行村(0.28)

 昨年9月末から少しは空間線量が下がっています。8月9日に市の危機管理室へ行って確認したところ、やはり「第1版と第2版作成に際して測定し直したところ下がっているために入らなかった。」「栗駒つるが公園は、岩ケ崎保育所と同じ場所でそちらが対象に入っている。」としていました。しかし、地表には放射性物質が多く付着したままです。すべての地点での土壌調査が必要です。特に子ども達の動線にそってより細かな調査されたのか疑問が残ります。特に、全ての施設の砂場などは地表で判断すべきであり、そこの土壌調査も不可欠です。(砂の入れ替えが必要になってきます。)そのことは、市の方に指摘してきました。



*砂の入れ替え問題は、また改めて記事にします。

特に、私が気になっているのは、この一覧の最初に記した、栗駒幼稚園栗駒中野保育所です。栗駒幼稚園は、空間線量は比較的低いものの除染対象施設の岩ケ崎小学校に隣接しています。栗駒中野保育所は、除染対象地区に入っていないのですが、それに近く、しかも、以前からさらに現在もですが、微妙に50㎝で、いつも0.23μ㏜/h近辺なのです。もう少し、徹底的な調査、それも土壌を含めた調査が必要です。空間線量だけで判断してはいけないと思います。



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3冊の本の紹介と市民運動

<原発・環境・エネルギー問題>           2012.9.7 

3冊の本の紹介と市民運動 

この間、私は、8月26日に、① 堤 美香さんの「政府は必ず嘘をつく アメリカの「失われた10年」が私たちに警告すること」、9月3日に、② 「湯浅 誠 ヒーローを待っていても世界は変わらない」を、9月4日には、③ 小熊英二氏の「社会を変えるには」と、3冊まとめて本の紹介をしてきました。それらはすべてこのカテゴリー<原発・環境・エネルギー問題>に関係することです。紹介することが主目的であったため、急いで作成し、感想は少しだけにしてしまいました。ネット上でのブログで紹介するだけでなく、これらをプリントアウトして、周りの仲間に紹介しています。その時、口頭では少し説明していることですが、それをまだきちんとした文章にはしていないため、改めてこの「3冊の本の紹介と市民運動」というタイトルで示すことにします。

堤 美香さんの「政府は必ず嘘をつく アメリカの「失われた10年角川新書 \780+税

 ここでが、堤さんは、3・11後の日本の状況が、9・11後に情報が操作され、格差が拡大し、市場化の名の下に国民が虐げられているアメリカの惨状に酷似し始めていること。その背景は、中東の春やTPPなどと、同一線上にあり、このままでは、日本はアメリカの二の舞になると警告。今こそ、自らが考え、行動し、真実を見抜く目を持つことの意義を問いかけています。

 この本のタイトル自体もアメリカだけのことではなくて、今の日本、主に3.11以後の民主党政権の原発問題をはじめとして、TPP、社会保障、沖縄米軍基地、消費税問題などですべてに言えることに思えます。

 本では、具体的には、ニュースに登場する国際機関の裏をチェックする必要を説いています。IAEA、WHO、ICRPなどの国際機関は、チェルノブイリ原発事故について非常に過小評価した報告を出し続け、彼らはみな原発推進の機関であること。

アメリカの<失われた10年>で最も打撃を受けたのは、公教育。日本でも大阪の橋本 徹氏がこれと同じ路線の教育改革を掲げ教育を<商品>に、こどもたちや保護者を<消費者>にし、サービスを提供できない教師、結果が出せない学校はつぶしていく。

 アメリカでは多国籍企業は政治を買い、メディアを手に入れ、<コーポラティズム(政府と企業の癒着)>が社会のあらゆる場所に、市場原理支配を浸透させてきた。金融の大幅な規制緩和で引き起こされたリーマン・ショックをはじめ、教育や医療、環境や雇用、メディアや福祉など、あらゆる分野の“商品化”が進んでいる。

 <原子力村>とイラク戦争、共通しているのは、閉じられた世界の中で巨額の利益が効率よく回り、いのちが軽視される構図で、除染事業や、復興特区構想にそれが見えること。そのシステム維持のための強力なプレイヤーは、政・官・民・学とマスコミ、そして私たち国民の思考停止だとし、私たちの無関心と、利益と効率至上主義の価値観―私たちの生活やこの社会を覆っている、歪んだ価値観そのものを問い直さない限りアメリカの二の舞になると警告。<教育>というセクターもまた、<原子力村>の闇を支える一因になってきたという指摘は、世界2012年9月号で「国会事故調は何を明らかにしたか」で崎山比早子さんが、「福島県の方々は、小さい頃から東京電力のPR施設に連れて行かれて「原発は安全」と教え込まれ、学校でも原子力安全教育を繰り返し受けてきた結果、危険性を考えなかった傾向かあった。」と言っていることと共通するものがあります。

 私は、感想で、「日本と世界の仕組みを変えていく長期のたたかいになりそうです。…私たちは、著者自身の言っていることも含めて多角的に情報を入手し、真実を見抜き、自分たち自身で判断しなければなりません。参加型民主主義のことも含め、今、進めている月例会の継続的な開催で、仲間とともにそれをやっていきたいと思っています。」とまとめました。

  「湯浅 誠 ヒーローを待っていても世界は変わらない」
朝日新聞出版 \1300+税

 社会運動・反貧困運動の活動家でこの3月まで内閣府参与の湯浅誠さんは、有権者が自ら政治を考える余裕を失い既得権益層を敵と名指しして成敗する「ヒーロー」型政治家=橋下徹大阪市長が人気を集めているとしている。このヒーローに政治を委ねる心理は、民主主義の空洞化や格差・貧困の深刻化と連動しているとして、4月から大阪に乗り込んでいる。

 彼の社会運動の進め方や行政に対するスタンスは、私は、大いに共感するものがあり以前から注目してきました。私自身、5年ほど前から栗原地域の教育運動に巻き込まれ、この3.11以後、昨年6月ごろからは地域の仲間とともに、放射能汚染・原発問題に関わって来ています。そうした社会運動・市民運動を進めていく上で参考にしているのです。

 放射能汚染・原発問題では、私たちは、早くから行政(栗原市)に対するスタンスを、①基本的に信頼する。②情報を共有する。③できるところから協働していく。というものとしました。そうした一貫したスタンスに立って働きかけを続け、1年間に5次にわたる要望も提出し、行政に施策の前進を促し、それなりの成果を上げてきています。確かに行政のすることには、いろいろと問題はあります。それに目をつむるのではなく、基本的、原則的なことを要望しつつも、行政が具体的に取り得る施策を提案、あるいは、そのもとになる独自の調査や試行を実施してきました。ある意味では、「必ず行政は変わる。市民本位に変えられる。」と長い目で見ているのです。そうした関係もあって、この2月からは、官製の「環境放射線等対策くりはら市民会議」に2名が入って積極的に発言してきています。まだまだその会議の働きは不十分なものですが、これも一つの参加民主主義だと捉えています。

 いろいろ参考になることをしてきた、湯浅誠さんが、民主主義について語っているのです。「民主主義は、面倒くさくてうんざりするもの、そのうえ疲れる」でも、「主権者は、民主主義から、降りられない」「“溜め”のない社会では、民主主義と根気よくつきあう力が奪われ、焦りを生み出し、ヒーロー=切り込み隊長に期待していく。」「声の小さい者や少数派を無視していくと社会全体が弱体化する。」「地味だけども、調整して、よりよい社会をつくっていくという粘り強さを持つ人たちが必要。そういう人をたくさん増やすこと、自分たち自身がそういう人になることが重要。」そのような「自分たちで考える民主主義へ」と説いています。

 「民主主義とは、物質的な問題であり、その深まり具合は、時間と空間をそのためにどれくらい確保できるか、に比例する。」「時間と空間の問題は、言い換えれば参加の問題。社会的・政治的参加の空間がなければ、そもそも参加が成り立たないし、「場」=空間があっても時間がなければ、やはり参加はできない。」-このあたりは、今、私たちが重視して取り組んでいる「放射能から子どもたちを守る栗原ネットワーク」の月例会の位置づけにピッタリの内容です。「情報共有」「学習」「つながり」「交流」の広場=月例会は、出入り自由とし、毎月第2土曜日の午前10時から12時まで、栗原市市民活動支援センターで行っているものです。しかも、ネットワークの発足(7月29日)より前の6月から、プレ6月例会、プレ7月例会を持ってきています。月例会のような学習会を継続して開いて行くことが重要で、それによって、事実の把握をしっかりと行い、積み重ねることができます。月例会に向けての独自の調査、検査、マップ作りなども行い、月例会に向けて問題の整理や提言のとりまとめを行うこともしています。このように粘り強く取り組んでいくことによって、初めて本当に強い市民運動ができていきます。

一人一人とのつながり、一つ一つのグループ、団体とのつながりを大切にし、丁寧に呼びかけ、誘って、確認していく。こうした 「ひとあし、ひとあし、」の歩みが、必ず未来へ向かって、歴史を前に着実に進めることができると確信しています。

 ③ 小熊英二氏の「社会を変えるには」講談社現代新書 ¥1300+税

 原発デモ主催者で野田首相に会っている10人の中に、私のよく顔を知っている方がいました。それが小熊英二氏です。長髪ですらっとした丁度50歳になった慶応大の教授です。あとで調べるとやはり彼が面会をセッティングしたことが分かりました。

 書評の最後に引用したー「デモをやって何が変わるのか」という問いかけに、「デモができる社会が作れる」と答えた人がいます。それはある意味で至言です。「対話して何が変わるのか」といえば、対話ができる社会、対話ができる関係が作れます。「参加して何が変わるのか」といえば、参加できる社会、参加できる自分が生まれます。―が端的にこの本の内容を伝えているようです。

 この仕掛け人―小熊英二氏の見立ては、
2011年からの脱原発のデモで、多くの人が望んでいたことは、①自分たちの安全を守る気もない政府が、自分たちをないがしろにし、既得権を得ている内輪だけで、すべてを決めるのは許せない。②自分で考え、自分で声をあげられ社会を作りたい。自分の声がきちんと受けとめられ、それによって変わっていく。そんな社会を作りたい。③無力感と退屈を、ものを買い、電気を使ってまぎらわせていくような、そんな沈滞した生活はもうごめんだ。その電気が、一部の人間を肥え太らせ、多くの人の人生を狂わせていくような、そんなやり方で作られている社会は、もういやだ。―人間がいつの時代も抱いている、この普遍的な思いとつながったときにおこる運動は、大きな力を持ち、それが2011~2012年の日本では、脱原発という形をとった。―というものです。

そしてそれが、東京だけ、脱原発だけにとどまらず全国に、さまざまな関連した課題にも拡がっていくことはその後の推移を見ても明らかです。(ただ、あくまで脱原発を中心に据えながらですが…)

 社会運動の意味と歴史、そしてその方法論が説明は、学者が教養として講義しているようなものですから、私は、ここで言及しません。ただ、彼の考察の中から導き出されてきたのが、組織論は、「運動は組織とは考えない。動いている状態。ある目標のために、企画をたて、それのあつまって動いている状態です。」ということのようです。(個体論でない運動)従来の中央主権型ではなく、ネットワーク型の運動を推奨しています。

これは、私たちも先に述べてように、5年ほど前からの栗原地域の教育運動(「ゆきとどいた教育をすすめる栗原市民の会」をすすめてきていること。そこが昨年夏以降に、栗原母親連絡会とともに放射能汚染・原発問題に取り組み、さらにより広い層の市民との協同へと「放射能から子どもたちを守る栗原ネットワーク」の7月29日設立へと発展させてきています。

「一人一人がおかしいと思うことに声をあげていく、当たり前のことが実現していく社会にすること。」「そうした社会に変えるには、他人事とするのではなく、自分ごとにして自分が変わり、行動を起こすことが何より大事だ。」ということが言えると思いました。




以上、この紹介した3冊の本は、この半年足らずの間に出版されてものです。全部が直接的に原発問題について言及しているわけでもなく、3冊とも広く問題をとらえています。しかし、現状認識がよく似たところがあり、問題の解決への方策も似ているところがあります。

「自らが考え、行動し、真実を見抜く目を持つこと。私たちの無関心と、私たちの歪んだ利益と効率至上主義の価値観―そのものを問い直す。自分たちで考える民主主義へ。対話ができる社会、対話ができる関係を、参加できる社会、参加できる自分を。当たり前のことが実現していく社会に変えるには、自分が変わり、行動を起こすこと。」まとめてしまえば、こういうことなのでしょう。

これまでいろいろな課題がバラバラに見えていました。でも、この3冊全部を読んでみると何か、一つのものに見えてきました。

①の最後の感想で言ったこととほぼ同じです。-日本と世界の仕組みを変えていく長期のたたかいになります。私たちは、多角的に情報を入手し、真実を見抜き、自分たち自身で判断しなければなりません。参加型民主主義のことも含め、仲間とともにそれをやっていきたいと思っています。

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「社会を変えるには」を読んで

<BOOKS> 48               2012.9.4 

「社会を変えるには」を読んで

出版社 講談社 (2012.8.20)

<著者> 小熊/英二 

 1962年、東京生まれ。1987年、東京大学農学部卒業。出版社勤務を経て、1998年、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程修了。現在、慶應義塾大学総合政策学部教授

<内容紹介>

 <私はしばしば、「デモをやって何か変わるんですか?」と聞かれました。「デモより投票をしたほうがいいんじゃないですか」「政党を組織しないと力にならないんじゃないですか」「ただの自己満足じゃないですか」と言われたりしたこともあります。しかし、そもそも社会を変えるというのはどういうことでしょうか。〉(「はじめに」より)

 いま日本でおきていることは、どういうことか? 社会を変えるというのは、どういうことなのか? 歴史的、社会構造的、思想的に考え、社会運動の新しい可能性を探る大型の論考です。

<目次>

 第1章 日本社会はいまどこにいるのか
 第2章 社会運動の変遷
 第3章 戦後日本の社会運動
 第4章 民主主義とは
 第5章 近代自由民主主義とその限界
 第6章 異なるあり方への思索
 第7章 社会を変えるには

<内容から(第7章より)―私が注目したところ

現代において「社会を変える」とは

 「社会を変えること」とは所属している「われわれ」によって違う。しかし、現代の誰しもが共有している問題意識がある。それは、「誰もが『自由』になってきた」「誰も自分の言うことを聞いてくれなくなってきた」「自分はないがしろにされている」という感覚。これは首相であろうと、高級官僚であろうと、非正規雇用労働者であろうと、おそらく共有されている。それを変えれば、誰にとっても「社会を変える」ことになる。

現代日本で「社会を変える」とは

 公務員を削れ、生活保護受給者を甘やかすな、競争原理を導入しろ、といった「新自由主義」は「社会を変えること」になるのか?それは、自由主義経済学の思想家とよばれる、スミスやハイエクの思想とはあまり似ていない。むしろ、「自分はないがしろにされている」「他人のほうが恵まれている」「俺に分け前をよこせ」という叫びであるよう。日本政府の強さは中央政府の指導力の強さで、国民1人当たりの公務員数は少ない方。こうしたことを唱えても望んだことは実現せず、自分の首をしめるような結果になることも。

 恵まれない人、不満を持った人は、「失業者」「非正規」「母子家庭」といったカテゴリーごとにカバーしよう、という発想は限界です。それに現代日本で言いう「格差」意識の性格を考えれば、いくらカテゴリーを増やしても、カテゴリーがあるかぎり「格差」はなくならない。増やせば増やすほど、「格差」意識が強まるかも。となると、答えは一つしかないようだ。みんなが共通して抱いている「自分はないがしろにされている」という感覚を足場に、動きをおこす。そこから対話と参加をうながし、社会構造を変え、「われわれ」を作る動きにつなげていくこと。

 その意味では、現代日本における原発は、かっこうのテーマ

 「自分はないがしろにされている」と感じる人びとが増えて、グローバル化や情報技術の発達に直面している状況は、日本もアメリカもヨーロッパも、エジプトなどでも共通。そこで台頭する社会運動が批判する対象は、アメリカの場合には金融エリートが批判の対象になりますが、エジプトの場合はムバラク体制が対象になりました。日本の場合は、原発事故を通してみえてきたもの、つまり日本型工業化社会を支配してきた独占企業・行政・政治の複合体が対象に。

 2011年からの脱原発のデモで、多くの人が望んでいたことは、①自分たちの安全を守る気もない政府が、自分たちをないがしろにし、既得権を得ている内輪だけで、すべてを決めるのは許せない。②自分で考え、自分で声をあげられ社会を作りたい。自分の声がきちんと受けとめられ、それによって変わっていく。そんな社会を作りたい。③無力感と退屈を、ものを買い、電気を使ってまぎらわせていくような、そんな沈滞した生活はもうごめんだ。その電気が、一部の人間を肥え太らせ、多くの人の人生を狂わせていくような、そんなやり方で作られている社会は、もういやだ。

 これらは、人間がいつの時代も抱いている、普遍的な思い。この普遍的な思いとつながったときにおこる運動は、大きな力を持つ。それが2011年の日本では、脱原発という形をとった。そこから各種の行動や議論がおこり、政府の側も対話を重視せざるをえなくなり、人びとのいろいろな行動や議論や参加の機運が高まってくれば、それは単に原発をやめることにとどまらない「社会を変える」ことになる。

 この問題を入口にして、他のテーマ(非正規雇用や格差の問題、沖縄の基地問題、女性、若者、地方等の問題)にまで広げていくのが、当面はよいのでは。脱原発(放射能の問題も)で、東京から、大阪から、仙台から、声をあげられるところからあげていったほうが、福島でも沖縄でも青森でも、声があげやすくなります。そうして社会全体が声をあげられるようになってきたときに、他のテーマも掲げることを。

こうすると失敗する 

 「こうすると失敗する」というのは、かなりはっきり傾向がある。

 過去の成功例を、時代や社会条件の違うところに持ちこんだときには、たいてい失敗する。

 運動を「組織」と考えないこと。また「統一」という発想も、組織を個体とみなした発想。人間も「個体」とみなすべきではありません。一生を通じて意見が違うとも限りません。こちらが働きかければ、変わるかもしれません。

個体論でない運動

 運動は組織とは考えない。動いている状態。ある目標のために、企画をたて、それのあつまって動いている状態です。

 運動は、政治目的を達成するための手段でもあり、つながりを作って自分や他人を活性化する状態を生み、それによって関係や地域社会を変えていくもの。人との縁やつながりは大事に。また、地元ともつながりも大切。

 運動を進める上では、具体的に集まれる場があることも重要。

 運動のやり方に、決まったかたちはありません。「これが社会を変える」という対象にあわせればいいこと。投票、ロビイング、デモ、NPO、ネット、新聞でも、やり方は多様。

 政治家や官僚の人とも、話をするのはいいこと。政治家には政治家の事情や限界があり、お互いに相手を理解し、対話の能力をつけて、ともに作っていく姿勢は大切。

 分担は、その人に固有の属性ではなく、役割です。役割を振ることもいい。ノウハウが行き渡ったら役割は終わりです。疲れたら休んで交替し、戻ってきたら歓迎される、というのがいい。リーダー、まとめ役、知恵者、勤労者、芸人、詩人、すね者、余計者…。自然と役割ができてきたりする、人間は役割がそろった社会しか作れないかも。

楽しくあること、楽しそうであること 

 運動のおもしろさは、自分たちで「作っていく」ことにある。楽しいこと、盛りあがることも重要。デモの意味は、まず参加者が楽しい。こういうことを考えてるのが自分だけでない、という感覚がもてる。ひさしぶりに顔見知りに会う,見知らぬ人に声をかけても共通の話題がある。これは一種の社交の場、そこで一人ひとりが力をえて、帰っていくのはいいこと。

 参加者みんなが生き生きとしていて、思わず参加したくなる「まつりごと」が、民主主義の原点です。自分たちが、自分個人を超えたものを「代表」していると思えるとき、それとつながっていると感じられるときは、人は生き生きとする。

 これはデモにかぎらず、何らかの活動をしている人や集団に、共通していえること。

 「おとなしくしていれば何とかなる」という考えはよしましょう。政府も企業もマスコミも、声が大きいところをまず相手にします。声を出さないと、とりあげられません。

 社会を変えるには、あなたが変わること。あならが変わるには、あなたが動くこと。言い古された言葉のようですが、いまではそのことの意味が、新しく活かしなおされる時代になってきつつあるのです。

<+「おわりに」から>

 従来の発想が行き詰まっているときには、材料やパーツを変えるだけでない、本当の意味での発想の転換が必要です。自国の歴史や他国の思想から、違った発想のしかたを知り、それによって従来の自分たちの発想の狭さを知る。そのあと、従来の発想をどう変えるか、どう維持するかは、あらためて考える。そのために、歴史や他国のこと、社会科学の視点などが、必要になる。

 本書は、その視点の提供、手助けに。「社会を変える」ために役に立つ、現代日本の基礎教養になる本に。共通の土台になるよう、その土台を共有した対話を。

 「デモをやって何が変わるのか」という問いかけに、「デモができる社会が作れる」と答えた人がいます。それはある意味で至言です。「対話して何が変わるのか」といえば、対話ができる社会、対話ができる関係が作れます。「参加して何が変わるのか」といえば、参加できる社会、参加できる自分が生まれます。

<少し感想を述べます。>

 小熊氏の書く本は、分厚いものが多い。本新書なのに500ページ超。内容は様々な社会学の研究業績を一般向けに引きなおして「今の世の中、何かおかしいけれども何をすればよいのかわからない」といった思いを持つ者に対して ベースとして持っておくべき基礎教養を提示したもの。それを、東日本大震災以後、原発再稼働反対のデモや直接民主主義的手法がクローズアップされる中、その社会運動の意味と歴史、そしてその方法論が説明されていく。

 私自身も日本の68年の当事者の一人であり、その後も社会運動を続けている者として、「68年」「戦後日本の社会運動」の分析には大いに興味があるところです。しかし、今は何といっても脱原発問題との関連を重視した読み方、ここでの取り上げ方になります。従って、小熊氏が「原発問題を突破口に全員が参加するような運動で社会を変えて行きましょう。」と呼びかけているような内容になっていることは大歓迎です。

 先に取り上げた湯浅 誠氏の「ヒーローを待っていても世界は変わらない」とかなり共通点もあります。社会運動を進める上でのいろいろなヒントも得ることができました。これら2冊の本では、「一人一人がおかしいと思うことに声をあげていく、当たり前のことが実現していく社会にすること。」「そうした社会に変えるには、他人事とするのではなく、自分ごとにして自分が変わり、行動を起こすことが何より大事だ。」ということがわかるような内容になっていました。多くの人たちに読んでもらいたいと思います。

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湯浅 誠 ヒーローを待っていても世界は変わらない

<BOOKS>  47                   2012.9.3 

湯浅 誠 ヒーローを待っていても世界は変わらない

出版社: 朝日新聞出版 (2012/8/30)

<著者> 湯浅 誠 
 1969年、東京都生まれ。社会活動家。反貧困ネットワーク事務局長、NPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」理事。95年から野宿者の支援活動を始め、貧困問題に関する活動と発言を続ける。2009~12年、内閣府参与。著書『反貧困―「すべり台社会」からの脱出』で大佛次郎論壇賞

<内容紹介> 

湯浅誠さん:「ヒーロー」に委ねてはダメ 市民活動仕掛け人、動く 大阪に拠点

毎日新聞 2012年08月20日 大阪朝刊

 ◇変えたいのは有権者心理

 反貧困運動の活動家で元内閣府参与の湯浅誠さん(43)が、主な活動拠点を東京から大阪に移し、市民活動の仕掛け人として活躍している。21日発売の著書「ヒーローを待っていても世界は変わらない」(朝日新聞出版)で、強いリーダーシップを発揮する政治家の人気など「大阪で顕在化していることは、もはや日本全体の傾向」だと分析し、大阪発で「民主主義を活性化させたい」と、初めて東京以外で活動する理由を明かしている。【鈴木英生】
 湯浅さんは、東京都出身。東京大大学院法学政治学研究科在学中から、ホームレス支援などにかかわってきた。08年末〜09年年頭の年越し派遣村村長として知られた。政権交代後に務めた内閣府参与を今年3月に辞め、動向が注目されていた。
 同書は、近年、有権者が自ら政治を考える余裕を失い既得権益層を敵と名指しして成敗する「ヒーロー」型政治家が人気を集めているとする。代表格が小泉純一郎元首相や橋下徹大阪市長という。ヒーローに政治を委ねる心理は、民主主義の空洞化や格差・貧困の深刻化と連動していると見る。

<目次>

第1章 民主主義とヒーロー待望論
第2章 「橋下現象」の読み方
第3章 私たちができること、やるべきこと

<内容からの要約メモ(私が注目したところ)

「狭く濃く」か「広く薄く」か 

 民間の取組みは「濃く、だけど狭く」。妥協しないけれども、支援できる範囲は狭い。行政は「広く、だけど薄く」。利害関係の中で妥協せざるをえないが、支援範囲は広い。「税金を使う」ということは「趣旨に反対する人のお金も使う」ということを意味。

 1億2千万の異なる意見「民意」「利害」があり、その利害調整を議論を通じて行なうのが、民主主義のシステム。

最善を求めつつ最悪を回避する

 少数派―現実の調整過程にコミットして、一歩でも半歩でも実態に追いつくように政策を実現させていく。最悪を回避するために、わずかでも自分たちの主張を「すべりこませる」イメージ。最善を求めつつ、同じくらいの熱心さで最悪を回避する努力をすること。

「一人ひとりを大切に」は「規制権益を大切に」?

 「強いリーダーシップ」待望論、「決断できる政治」への期待感。これは一言でいうと、利害調整の拒否という心性を表しています。「一人ひとりを大切に」は「規制権益を大切に」?―ここで問われてくるのは、私たちにそれら一つ一つを見分ける眼力が備わっているかどうか。 

 怖いのは、社会全体に停滞感や閉塞感が広がり、仕事や生活に追われて余裕がない人が増えると「自分はこんなにがんばっているのに楽にならない」という不満から「自分は不当に損をしている」と感じる人も増える。そのフラストレーションを背景に「ズルして楽している人間は許せない」という怒りが高まり、その義憤に押されるように「既得権益」のレッテル貼りが横行していく。

ヒーロー待望論の心理と帰結

 状況を規定してしまうカリスマ性、反対意見を考量しない大胆さ、「えいやっ」の即断即決力、これらが「強いリーダーシップ」の中味だと言います。「突破力がある」「独善的」とも。

 しかし、それを待ち望んでいる人たちに最終的に望ましい帰結をもたらすとは思えない。1億2千万の利害はひしめきあっており、誰がヒーローになっても増減なし。少数者が「既得権益」として切られるのが今の社会。生活保護受給者でさえ「既得権益」として扱われる。複雑な利害関係がある中でバッサバッサとやることで、気づいてみたら自分自身が切られていた、ということも。

民主主義は、面倒くさくてうんざりするもの

 それぞれの意見が分かれる―異なる意見を闘わせ、意見交換や議論をする中で、お互いの意見を調整することが必要。

 誰かに任せるのではなく、自分たちで引き受けて、それを調整して合意形成していこうというのが民主主義というシステム。おそろしく面倒くさくてうんざりするシステム。

主権者は、降りられない 民主主義を放棄するという選択

 自分たちで調整してすべてを決めていくのが直接民主主義、現在の間接民主主義、議会制民主主義のシステムは選挙という制度を通じて選んだ人たちに、調整と決定を委任するシステム。この調整責任と決定権限はセット。なるべく自分たちで決めたければ調整責任を背負わないといけない。誰も調整しなければ機械的な多数決で決まる。

橋本大阪市長への期待

 いまという時代は、現実がある理念の「型」(終身雇用制、女性たちの主婦願望など)がそこから遠ざかっている(不正義が蔓延する)からこそ、水戸黄門型ヒーローと水戸黄門型ストーリーが求められている時代。そう考えた人たちが期待を寄せたのが、小泉改革、政権交代、そして、橋本徹。

政治不信の質的変化

 国会全体、議会制民主主義、政党政治というシステム自体に「決められない政治」というレッテルが貼られるようになり、政治システムに対する不信に発展。政治不信の底流で起こっている質的変化―それを生み出している「土壌」が重要。それが反・東京のトップランナーである大阪の橋本徹を生み出している。

焦りの背後にある格差・貧困問題

 「強いリーダーシップ」を発揮してくれるヒーローを待ち望む心理は、きわめて面倒くさくて、うんざりして、そのうえ疲れる民主主義というシステムを、私たちが引き受けられなくなった証。(民主主義の空洞化・形骸化の結果)

 その心理の問題点は、①私たち自身の、ひいては社会の利益に反すること。(気づいたら自分がバサッリ切られている)②多くの人が大切にしたいと思っている民主主義の空洞化・形骸化の表れであり、それを進めてしまう。この2つの問題点を結びつけているものが格差・貧困問題の深まり。

“溜め”のない社会

 人々が仕事や生活に追われ、余裕がなくなってきたからこそ、尊重されるべき自分の必死の生活とニーズが尊重されない不正義をなんとかしたいとヒーロー=切り込み隊長に期待していく。それと同じ苦しさが、人々から(面倒くさくて、うんざりして、そのうえ疲れる)民主主義と根気よくつきあう力を奪い、焦りを生み出している。(それが“溜め”のない社会)

 お金があれば金銭的な“溜め”、人のつながりは、人間関係の“溜め”、自信ややる気は精神的な“溜め”であり、“溜め”は、これらの総称であり、その全体が縮んでしまった状態、失われた状態が「貧困」。

 “溜め”の小さい貧困状態に追い込まれた人たちが増えていく社会は、そもそも自身の“溜め”を失った社会。“溜め”のない社会だから、ちょっとしたことで排除され、生活と仕事に余裕なく追われる“溜め”ない人々が増えていく。“溜め”を失った社会で追い詰められていくのは、「負け組」だけだなく、全員。(「勝ち組」と言われる人たちからも余裕を奪っていく)

自分たちで考える民主主義へ
 
 私のこれまでの経験から、利用者の多き少ないだけで切り捨てたり、声の小さい者や少数派を無視していくと社会全体が弱体化すると思っている。必要なことは、競争環境をより過酷にすることではなく、人と人をつなぎ、その関係を結び直す工夫と仕掛けを蓄積すること。

 異なる意見を持つ者同士こそ大いにすりより合い、とりこめ合えばいいのだ。人々が一人一人の「民意」を社会に示すことで、社会は多様な「民意」を示す社会に代わる。それをお互いが調整していくことで、異なる意見の人が調整できる社会に変わる。

 誰に対しても、意見交換や調整を頭から拒否すべきではない。地味だけども、調整して、よりよい社会をつくっていくという粘り強さを持つ人たちが必要。そういう人をたくさん増やすこと、自分たち自身がそういう人になることが重要。

時間と空間が必要だ  時間と空間が参加を可能にする 

 民主主義とは、物質的な問題であり、その深まり具合は、時間と空間をそのためにどれくらい確保できるか、に比例する。時間と空間の問題は、言い換えれば参加の問題。社会的・政治的参加の空間がなければ、そもそも参加が成り立たないし、「場」=空間があっても時間がなければ、やはり参加はできない。

 参加の形態や「場」の性質は、いろいろ。政治参加の典型例は選挙。(投票場、投票時間) 講演会や集会は、社会参加の代表的形態。デモも、ネット空間も。

 「自分たちで決める。そのために自分たちで意見調整する」と調整コストを引き受け民主主義に転化していくためには、さまざまな立場の人たちと意見交換するための社会参加、政治参加が必要。そして、時間と
空間は、そのためのもっとも基礎的・物質的条件。
 
 そして、参加のバリアを下げること。多様な参加形態が多様な形で保障される(社会)=多様な人々の多様性が積極的に生かされる(社会)は、民主主義の活性化だけでなく、地域や社会の活性化のために重要。

誰が矛盾を引き受けるのか 言い放つだけでは、現状は変わらない

 それは誰がやるのか。-それこそが「私たちの仕事」ではないか。=世の中の矛盾を引き受ける行為。介護に追われているからこそ、介護サービスや介護制度のことなど考えられないー「私の仕事」?いや「制度の問題」「役所の仕事」と多くの人は答える。

 しかし、介護保険料、税金を使って行われる公共サービスである以上、「どのくらいのサービスを提供するのか」は「どのくらいの介護保険料や税金を誰が支払うのか」という問題と背中合わせ。誰がどれだけ支払い、誰がどれだけのサービスを受けるのか複雑な意見調整の結果として、介護を家族でカバーしなければならない現状が生まれているときに、その介護に追われている介護のことを考えられない、という矛盾を誰が引き受けるのか、という問題。 「○○が支払うべきだ」と主張することと、「○○に実際に支払わせる」ということの間には膨大な距離がある。お互いが言い放つだけでは現状は変わらない。現状が動かない以上、介護の追われて介護制度や介護サービスのことなど考えられない人たちの現状はそのまま。

寄り添うということ

 介護分野だけでなく、子育て、病気、職探し、…現実に追いまくられた人たち。 必要なことは、自分では声を上げられない状態にある、と感じている人の苦しみに寄り添い、その苦しさを共有し、そこから抜け出る道を一緒に探すこと。こちらから出かけていくこと、相手の気持ちに合わせる、ということ。それが合意形成の基本の第一歩。そうして初めて両者の間に現実に対話の回路ができてくる。(自分の世界に引き込むよりも、相手の世界に飛び込むアプローチ。)

創造性に乏しい社会は発展しない

 ホームレス状態にある人たちに対する支援の定番策として「炊き出し」。食事を提供することがメインの目的でなく、それは、話すこと。話の中から関係を構築すること。そこから今後何が必要なのか、一緒に考えていくことが目的。「炊き出し」という行為を通じて、一緒に調理し、食事し、片づけるという共同行為の中で、信頼関係をつくっていくことに主眼。いろいろな立場の人たちと話す「きっかけ」、これまで関係のなかった人と関係を構築する「きっかけ」は、このようにして作られていく。他にも数えきらないくらいの方法が。人と人がつながるための創造性、関係性を構築するための創造性。

 その創造性に乏しい社会は、すでにあるコミュニティ以外に、人と人を結びつける工夫や仕掛け、スキルとノウハウに乏しい社会になる。仲間内で固まる、人々自身が蛸壺化していく。これはコミュニティの問題であると同時に、民主主義の問題です。

 日本に必要な「高度人材」は、創造性のある人材、自分で考えることのできる人材、重要なコミュニケーション能力(他者との関係を作れる能力、議論し、調整できる能力)。民主主義の面倒くささを引き受けきれない社会ではそのような人材は育たない。それぞれが勝手に自分の意見を言い放つだけ、あるいは上意下達で上の言うことに黙々と従うか、どちらかの文化、作法しかない社会がイノベーションを起こせるとは思えない。民主主義と生産性とが対立するとは思えない。むしろ、人的関係性を構築するスキルやノウハウウィ軽視してきたところに、私たちが直面する困難の原因があるのでは。

ヒーローを待っていても世界は変わらない

 従来の血縁、地縁、社縁も活用しながら、かつそれだけに閉じこもることなく,他との交流を多様に進めていく。そのとき必要なのが「人と人を結びつける」工夫と仕掛けで、それが異なる文化、異なる作法を持つ者同士の信頼関係づくりを可能に。

 誰が「支え手」で誰が「支えられ手」かわからないような地域・社会。役割が固定せず、固定化しないから支えられることに抵抗感も生まれず、「おたがいさま」を実践できる。豊富化された工夫と仕掛けが、横(社会)に縦(政治)にと普及していけば、より多くの人たちがあの手この手でお互いの接点を探り合う状態が生まれる。意見の異なる人との対話こそを面白く感じ、同じ意見を聞いても物足りなく感じます。難しい課題に突き当たるほど、人々はその難しさを乗り越える工夫と仕掛けの開発に熱意を燃やし、それを楽しく感じます。創意工夫と開発合戦が起こり、創造性が最大限に発揮される社会です。

 課題を自分のものとして引き受け、自分にできることを考えるように。それで何か新しい工夫が見つかれば自分の財産となる。「決められる」とか[決められない]とかでなく、「自分たちで決める」のが常識になる。

 ヒーローは私たち、なぜなら私たちが主権者だから。私たちのできることはたくさんある。それをやりましょう。その積み重ねだけが、社会を豊かにします。

<感想を少し>

 今年3月初め湯浅氏が内閣府参与を辞任したと知り、2012年3月号の「世界」で「社会運動に立ち位置について」を読み、続いて辞任の報告も読みました。その後、大阪へ行ったところまでは知っていましたが、その活動も本書で分かってきました。

 本書を読んだすぐ後に小熊英二氏の「「社会を変えるには」を読み終えましたが、かなり共通点がありそうです。湯浅氏は、活動分野やこの間の立場上もか、直接的には原発問題などには関わっておらず、本書もそれへの言及はありません。しかし、社会運動としては、共通する点が多くあります。また、私たちが進めている栗原での「放射能から子どもたちを守る」運動、それは反原発運動でもあるのですが、そこの基となっている「ゆきとどいた教育を進める」運動の方にはダイレクトに参考にすべき点が多くありました。

 やはり、これらすべてに共通するのが民主主義の問題です。私たち自身がその当事者として、自らが「気づいた人が責任者」(本書の「おわりに」)であり、その行動をこの本書によって求められているのだなと思いました。

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