触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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「少年レウィー 生命あふれる海で育つ~最後の海洋民族モーケン」

<TV.>

ハイビジョン特集>「少年レウィー 生命あふれる海で育つ~最後の海洋民族モーケン」を見て   2009.2.20

<番組の内容 

イルカさながらに海に潜り、獲物を捕らえて生きるミャンマーの少数民族「モーケン」。小船に住み、海を自由に移動する。
 素潜りで水深20mまでたどり着き、魚や貝を素手や銛(もり)で捕らえていく。ミャンマーの少数民族・モーケンの驚異の能力だ。モーケンは、ひとつの家族が10mほどの小舟で暮らすが、この海上生活を続けているのは千人足らずになった。モーケン随一の素潜り名人ウテラは、次男レウィーに自らが持つ知恵と技を伝えようとしている。レウィーは、父の技を一つ一つ学び成長していく。豊かな自然と向き合って生きる親子の姿に迫る。  (NHKホームページより)

<内容の補足と…私の感想>

 2月19日NHK・BSハイビジョンでAM9時~10時50分のこの放送は、昨年、4月28日に放送されたものの再放送でした。

私は、少数民族モーケンのことは、初めて知りました。生活しているのはミャンマー南部のメルギー諸島からタイ(陸上)にかけてと言っていました。もともとは4000年前から中国南部にいた。それが400年ほど前にマレー半島に進出して来たが、民族間の争いを避けて、安住の地を求めて現在の地に来たといいます。海上に浮かぶ小舟(現在はモーター付)を主な生活の場とし、海をわが庭のようにして自給自足のための漁をして生計を立てています。ナマコを加工したもの(中華料理に使う)が唯一の現金収入で、それで米、燃料、ミルクなどを買います。

放送では、次男のレウィー少年とその家族を中心に構成しており、その一家の主、父ウテラが、わが子を一人前の素潜り漁師に育てていく過程が時間をかけて撮影されています。素潜り漁、魚介の見つけ方、さばき方、銛づくり、森での狩り、真水の確保、祭りや行事など家族や時には一族の協働作業の中で伝えていきます。私は、その様子を見ていてこれは、現代の私たちの生活から失われつつあることだと思いながら、うらやましく感じました。そしてこれは、極めて大切な民族の伝承でもあるのだと思いました。それでも現在、ミャンマー政府の定住化政策の下で沿岸に20ヶ所の村が作られ、既にそこにモーケンの6割に当たる2000人が住んでいます。彼らは小さな丸木舟だけで細々とイカ釣り漁をしているだけで、モーケンらしさを失っていっています。

 残された海で暮らすモーケンにも哀しい事態が起きてきました。レウィー少年が成長していく間にも、密漁船の一団がモーケンの縄張りに入ってきて、機械仕掛けでナマコの乱獲を始めたのです。これに対してモーケンは平和を愛するのか争いません。密漁船団は、やがて獲りつくしてしまったのか、去って行きます。さらにその一年後、撮影が入った時には、ウテラの家族はもっと大変なことになっていました。まだ1歳足らずのレウィーの弟は病死し、小舟のモーターも壊れてしまい、現金収入の途が途絶えてしまいます。それでもこの家族はそれにめげずに、小舟は総出で手漕ぎをして、漁をしたり、自由に移動し続けます。米の代わりはそれ以前の野生のイモを主体にしたものに戻しました。それに、レウィーも、もうすっかり一人前になってきました。

 親子二代でこのモーケンの調査をしてきたフランス人のイワノフ博士は「モーケンの生活には舟による自由な移動が不可欠。そのことによって、他者との出会いもあるし、結婚もできる。」と言っていました。これから先、ここ、マレー半島に面したアンダマン海に浮かぶメルギー諸島の周辺海域も、恐らく急速な変貌は避けられないと思われます。しかし、私は、豊かな自然と向き合って生きてきた最後の海洋民族モーケンが、どうかいつまでも平和に存続できるよう願わずを得ませんでした。

<さらに補足、モーケンの身体能力について 

モーケンの漁はいたって単純素朴で、ゴーグルを着け、手銛だけの道具で、パンツ一つで素潜りを繰り返し、魚介など収穫物を小舟に次々に揚げます。銛をかざしたまま海中にダイビングして命中させてしまったり、海中でも一突きで獲物を捕獲してしまいます。さらに、深みに潜っていって海底の穴倉で獲物を捕ります。海底にへばりつく10kgもある大きなシャコガイを息長く腕力で剥がしてしまい、それを舟まで持ち上げます。(レウィーはまだダメ、父ウテラが)こうした漁では水深20mほどまで潜っているといます。海底で1分はそのまま潜っていられて、素早い息継ぎをするとすぐまた海底に。それが一度に二時間は続きます。その大きな肺活量に驚かせられました。もっとすごいのは、視力。ゴーグルを付けているとはいえ、的確に対象物を捉えられるのは、視力が優れているからです。(9だという)

 これらとは別に、私が一番注目したのは彼らのその泳ぎです。足裏が大きく、足首を柔軟に動かして、まるで魚のヒレのように自由自在にしていました。それに膝の使い方、柔軟な動かし方が大変上手でした。これは、水泳でいえば、「立ち泳ぎ」の技法に当たると思います。何しろ手のほうは銛などを持っていますから、自由に動かせるのは足(脚)だけです。片足ずつでも自在にスナップを利かせ動かし、コントロールします。見ていて私はおもわず「美しい!」などといってしまいました。これは今、私が大変苦労している平泳ぎの足に通じるからだと思います。

それに体全体が非常に柔らかいようでした。父ウテラこそ年齢からか胴回りが少し太くなっていましたが、その他の家族全員が大変スマートでした。それでも海中での動きを考えるとかなりのエネルギー源の摂取が必要のはずです。炭水化物は現金収入があれば米、なければイモからです。たんぱく質の摂取はほとんど魚介の肉からのみで、たまに森での狩りで仕留めたイノシシぐらいが動物の肉だろうか。本当に余計な必要以上のものは食べないようです。だから質素かというとそうでもなく、魚介類の料理は、私から見ると、新鮮かつ多種・大量で豪華そのものでした。こうした食生活も彼らの海での生活に適した肉体を造っているのだと思いました。

そもそも人間の体は、水中生活に向くようには造られていないはずです。一部の陸上生活を主とする動物の中にも泳ぎも得意とするものもいます。しかし、人間ほど自らの身体とその延長の道具(機械)を使って工夫をして、あらゆる環境に適するよう挑戦し続けている動物はいません。そう、私たち人間には、途方もない可能性があるのです。泳ぎとか水中生活でいえば、これはもう一つ、人類はもともと海から生まれ来たことと、母親の子宮内で胎児として泳いでいたことが関係しているように私には思われます。だから?そう!私だって努力すれば、彼らモーケンのような泳ぎに少しは近づけるのではないかと思いたくなりました。
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