触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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「子どもの貧困」シリーズーその1

<BOOKS> (21) 「子どもの貧困」シリーズーその1

季刊「人間と教育」61 
「小特集 貧困と教育」を読んで          
2009.3.19

季刊「人間と教育」61 編集/民主教育研究所 発行/旬報社 2009.3.10

はじめにーこの「子どもの貧困」シリーズとは、

 この雑誌は、「栗原の教育を考える会」の鈴木健三氏に誘われ、3月1日の第17回全国教育研究交流集会in仙台の第5分科会(学校選択・学校統廃合・中小一貫校の現状と問題点)に参加した際に予告を目にしたものでした。当日は第60号までしか会場にはありませんでした。読もうと思ったのは「特集 学校の格差的再編と統廃合」です。後日ようやく入手して読んだところ、この特集は、集会での様子を先日のブログで紹介した山本氏や京都、東京の報告とはダブルところがありました。これはこれとして後日、触れることがあるかもしれません。それより、もう一つの「小特集 貧困と教育」が気になりました。それにもう一つ坂元忠芳氏の「脳科学と教育実践の課題」もこの一つ前のブログ「「学力」と「社会」を伸ばす脳教育-を読んで」との関連で興味深いものでした。

この「小特集―貧困と教育」の内容は、
・ フォーラム 「お金の心配をしないで学校に行きたい」兵庫県教育研究集会〈市民とともに考えるつどい〉
・ 貧困の中で生きる子どもたちと―プレゼン「ホームレス高校生」の作成にとりくんで―
・ 学習権保障を求めて生徒たちは などとなっていました。 等となっています。

 私は、昨年6月22日に開催された「栗原地域をみんなで考えるつどい」(格差シンポジウム)に「子どもの貧困・格差の問題ー読書環境から考える」というレポートを提出しています。当時学校図書館の図書費流用問題に取り組んでいました。これは、子どもたちを取り巻く教育環境を教育機会の不平等をなくすこと、身近にある知のセーフティーネットとしての学校図書館の役割重視という観点からの取り組みでした。その際にも、子どもの貧困・格差問題全般についても考えていました。この頃(2008.5.17)にも週刊東洋経済から「子どもの格差―このままでは日本の未来が危ない!」という特集が出ていました。また、シンポジウム実行委員会の中でも高校の先生方より貧困家庭の生徒達の就学状況が困難になってきていることが既に出ていました。先日(3月11日)のクローズアップ現代(NHK)では「貧しくて学べない」というタイトルで、景気の悪化で顕在化した、"貧しくて学べない"子ども達の増大し、社会の格差が広がる中で、すでに深刻な状況に。親の世代の貧困が、子どもの学ぶ機会を奪い、貧困の再生産につながる社会の歪みが伝えられました。ゲストの宮本みち子氏(放送大学教授・教育社会学者)の「国の施策の転換、子ども自身への支援策に切り替えるべき時期に来ている。」という指摘が印象的でした。そこで、私は、しばらくの間、「貧困と教育」を中心としながらも「子どもの貧困」について考えていきたいと思います。

「小特集―貧困と教育」より

 フォーラム 「お金の心配をしないで学校に行きたい」「学習権保障を求めて生徒たちは」

 前者は昨年11月15日に開催された兵庫県での集会。主催者(兵庫県教育研究所)は、次のように言っています。

 「貧困と格差の最大の原因は低賃金労働者の増加。年収200万円以下が1000万人。月収では16万7千円で、さらに税と社会保険料が徴収される。他方で正規労働者でも12万円程度の求人が出されることも珍しくない。総務省調査(2006年)の低所得の労働者層の世帯主平均年収は249万円。(妻子を持つ働き盛りの労働者のボーナス含めた額)首都圏では下宿大学生の月生活費が15万円ですから大学に子どもを進学させるのは不可能。…日本では子育て世代に対する社会保障が全く機能していない。…「子どもの貧困」が貧困問題の中心課題として取り上げられてこなかった。…人生を自ら切りひらいていく子どもたちにとって、貧困がもたらす不利や諸問題を子どもの側から理解することが今求められています。」と。参加者の私学生や教師、市民からの意見を交えた討論が行われ、最後にコーディネーターの望月 彰氏は「問題解決のためには「国際的な視野に交えて、私達の目の前で拡大しつつある貧困問題を直視し、奪われつつある人間性を取り戻し、「尊厳ある個人」としての子ども、親、教師、住民・国民の人間的なつながりをと再構築する教育実践と教育運動が求められます。」としていました。

 後者では、埼玉県の県立小川高等学校の鈴木敏則氏が埼玉県の教科書給与・夜食補助制度をなくそうとしている問題を取り上げています。定時制在学中のセーフティーネットにこの制度と修学指導事業と修学奨励費がなっていることを取り上げています。定時制が終わった夜の9時過ぎに働く生徒が増えてきていること。生徒の生活実態から、安心して学ぶことが出来るよう学習権の保障を求めて全日制と定時制の高校生が共同して「お金がないと学校に行けないの」首都圏高校生集会を企画していることを報告しています。

 貧困の中で生きる子どもたちと

 これは大阪の千代田高校の嵯峨山 聖氏が「プレゼン「ホームレス高校生」の作成にとりくんで」として報告しています。生徒達に押し寄せる「貧困」の実態、生徒が語る「貧困」の実相が紹介されています。その中で私が注目したのは、生徒会活動を中心に「奪われてきた学力」を回復させる取り組みです。勉強の教えあいができる放課後の学習会。「勉強が分かるようになったから」「生きていていい」と思えるようになったという。文化祭のテーマを「反貧困」として取り組む。その中で生徒の中に「貧困は自己責任ではない」という認識が生まれた。そして、自分や親を責める気持ちがなくなったこと。「貧困」が広がるこの社会はおかしい。しかし、団結すれば変えられるかもしれない」という希望も作り出せたといいます。この辺りのことは、赤旗の日曜版(3月15日)に「高校生が学んだ「反貧困」-クラスで“団交”したよ」という記事に、この春卒業した女生徒2人の思いが書かれていました。

最後にーこれからのこと

 私自身の周りでは、格差や貧困の問題、とりわけこれから問題として取り上げようとしている「子どもの貧困」についてが、それほどシャープに、鮮明に分かるような状況にはなっていません。妻の勤務する小学校(隣の市、大崎市岩出山地区)では、妻の話から少しずつそれが広がってきていることは理解していました。しかし、この季刊「人間と教育」61号やTV(クローズアップ現代)で、少し詳しく分かってきたかなと思えるぐらいです。もっとリアルに貧困の問題が見えない、見えてこないと困難を共有しづらいと思います。集会、シンポジウムなどもどんどん行って見えるようにしていかないと、今の日本では、社会が、一般の市民がこれを見過ごしてしまうと思います。
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