触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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子どもの貧困シリーズーその2

<BOOKS> (22)
子どもの貧困シリーズーその2

「子どもの貧困 子ども時代のしあわせ平等のためにを読んで    
2009.3.22
出版社: 明石書店 (2008/04)

著者について

浅井 春夫
1951年生まれ。東京の児童養護施設で児童指導員として12年間勤務。現在、立教大学コミュニティ福祉学部教員。“人間と性”教育研究協議会代表幹事、全国保育団体連絡会副会長。専門分野は、児童福祉論、社会福祉政策論、セクソロジー
松本 伊智朗
1959年生まれ。札幌学院大学人文学部教授。専門・研究分野は児童福祉論。子どもの貧困と社会的排除に関する研究、要養護児童の社会的自立に関する研究、子ども虐待問題の日英比較研究
湯澤 直美
1961年生まれ。児童養護施設・母子生活支援施設で10年間勤務。現在、立教大学コミュニティ福祉学部准教授。家族とジェンダーが交錯する領域について社会福祉実践・制度・政策からアプローチしている

本の内容(目次とあとがきより)

序 章  子どもの貧困研究の視角 (貧困の再発見と子ども)

第1章貧困に向き合う・子どもに寄り添う―福祉の現場から(保育の場からみる子どもの貧困―子どもと家族をまるごと支える
児童相談所からみる子どもの虐待と貧困―虐待のハイリスク要因としての貧困 ほか)

第2章 子どもの貧困と家族 (家族の教育費負担と子どもの貧困―機会の不平等をもたらす教育費システム 現代家族と子どもの貧困―「孤立のなかにある家族」から「つながり合う家族」へ)

第3章 外国の貧困研究に学ぶ (先進国における子どもの貧困研究―国際比較研究と貧困の世代的再生産をとらえる試み インドの児童労働問題と子どもの貧困―「危険な労働からの保護」「義務教育の普及」という論理を超えて)

第4章 子どもの貧困克服のための政策試論(人生はじめの社会保障としての子どもの貧困克服―「積極的格差」の原則により                               「しあわせ平等」を支える)

湯澤直美・あとがきよりー本書は、「子どもの貧困」全般を扱ったというよりは、そのなかでも一層困難な位置にある子どもの問題を取り上げている。それは、児童福祉の原点を再確認する必要にこの時代が迫られているからである。親のモラルの問題にすることによって貧困問題を曖昧化させるつつある昨今の風潮のなかで、本書の編集は「子どもの貧困」の問題は「いのち」の問題であることを再確認する作業でもあったと受けとめている。

いくつかの内容の紹介

序章 子どもの貧困研究の視角 (松本 伊智朗)

②、貧困を量的に把握する(2003年)ー①全世帯の貧困率は17.4% ②未婚の子を含む世帯の貧困率は15.0% ③未婚の子を含むひとり親世帯(主に母子世帯のこと)の貧困率は38.3%(夫婦世帯は11.1%) ④いずれの推計値も、80年代から90年代にかけて低下、90年代後半から上昇傾向にある。ここを「子どもの貧困を考える出発点にしよう。」と提起。その上で、
③、低所得と不利の関係を把握する。④、家族における不利の連鎖を把握する。⑤、個人・家族責任論を相対化する。―ことを行って実践的な問題として、「まず子どもから」を議論するうえでの合意とし出発すること。⑧子どもを主体として把握する そのことで、子どもの育ちと可能性をおとなの責任において何が必要かの検討に踏み込んでいくことを提起している。

第2章 子どもの貧困と家族

機会の不平等をもたらす教育費システム (鳥山 まどか)

 日本は家族に教育費を負担させる社会であり、社会として公的支出が少ない国。奨学金を利用している学生は25%、専門学校生は20%以下。それも日本の場合、公的補助も「教育費を負担するのは、家族・本人」を前提に成立。卒業後には返済が義務付けされている。大学等だけでなく、入学金や授業料の負担が高校から始まる。現代社会での最低必要学歴「高卒」を得るにも家族に負担が。

奨学金の他に、社会福祉制度による教育費支援として修学資金がある。それなりの役割を果たしてはいるものの、奨学金と同様に給付ではなくローンの形による公的な支援。卒業後の「返済」という負担を負う。この時代、貧困家庭ではこれらの利用に伴うリスクが増大してきている。結局、貧困にある子どもたちの教育とその後の人生の機会や選択の幅を著しく狭めている。

現代家族と子どもの貧困 (湯浅 直美)

 子どもの貧困の生成プロセスには強固な社会の仕組みが介在しており、社会的対応を要する。家族の諸機能は相互に連鎖・関連しそのなかに貧困は現象化する。しかも、貧困の世代的再生産(継承)という現実があり、家族の持つ資産格差が埋め込まれている社会においては「不利の連鎖」が組み込まれ、家族の階層序列を固定化していっている。

 子どもの貧困への社会的対応―日本におけるこのことは、これまで、家族をめぐる差別と排除の連続。これまで、母子世帯への児童扶養手当は、自立への努力義務―家族の差異化と序列化を促進する制度で、子どもへの福祉よりも家族制度に対する関心が優先され、政策対応の過程においては、家族という集団に個が埋没し、子どもの福祉は、「すべての子どもの福祉」としては発展してこなかった。父子世帯を含め日本のひとり親福祉は児童福祉とはいいきれない性質をもっている。社会を創るおとなが、固有の存在としての、一人ひとりの子どものどうつながろうとしているのかが問われている。このことによって、子どもの貧困の根絶を志向する社会を創るプロセスとなる。

第4章 子どもの貧困克服のための政策試論 (浅井 春夫)

 OECD関係閣僚会議報告(2005年)は「能動的な社会政策」と言う概念を提起し、その目的を ①子どもの貧困を克服し、子どもの人生はじめの最良のスタートを保障すること、②親が家族責任と仕事を両立することを社会的に支援し、③勤労者の社会的排除を防ぎ、労働の機会を保障することをあげている。日本の子どもの貧困に関する政策論議はまったく逆の方向に舵を切っている。夫婦と子ども一人の世帯で年収240万円=貧困ライン以下の現実を変える政策とは、どのような内容がもとめられているのか。以下は浅井氏のたたき台。

四つの基本的視点

 1 「子ども個人」を単位とした政策展開を。2 「積極格差」(現在の時点で平等の機会を保障するだけでなくそこに上乗せした支援を)の原則でえぐられた発達を補てん。3 施策年齢を25歳までに。4 包括的(児童福祉、保育、保険、生活保護、就学援助、飛行問題への対応、保護者への経済的支援など)かつ長期的展望に立った政策の必要。

所得再配分の政策

 教育扶助・就学援助の機能強化を。 勤労世帯への所得保障(①公的所得移転と税制優遇措置、②子育て世帯の賃金依存率91%の改善と社会手当等増額)を。 人生はじめの社会保障としての保育(保育料の無料化ないしは応能負担の原則に基づいた徴収を。すべての勤労世帯の「保育に欠ける」子どもの入所保障。保育所運営費の改善―一般会計予算の保育所関係予算0.4%を当面1%に。) 子ども版ベーシック・インカム(無条件で支給される普遍主義的な「社会手当」というべき施策)構想の検討を。

労働政策の具体化

 民主的な規制のもとでのワークフェア(福祉と労働を結び付ける)の展開を。 世界的にも最低水準の最低賃金制度の改革(最低でも1000円以上を基本に) 家族的責任を果たすための労働時間の短縮。

エンパワメントとしての教育改革

 学校での学びとケアの保障(学びの相談役が必要。学校給食の実施と無料化。)。 低学力の子どもたちの教育達成保障は自治体の任務。 高校進学を前提に、大学進学の保障。セカンドチャンスとしての再入学保障。

課題ごとの個別政策

 児童養護施設をめぐる政策と課題(教育権の保障を)―①卒園者に向けての奨学金制度を国の責任で(給付を基本に)②大学での勉学の継続のための支援費の拡充。③専門学校・高校受験及び専門学校・大学受験のための学習塾利用を保障する費用の検討。④退学等の進路変更に対して、セカンドチャンス、再チャレンジのしくみの整備。
 
生活保護家庭をめぐる政策と課題―①子どもの貧困に対する必要な扶助額と内容に関して、生活扶助、住宅扶助、教育扶助の中身の検討を。②教育扶助額の増額を。③生活保護世帯の「自立」に関して、「保護の要件」の見直しを。(「社会的スキル」を学ばせることも「子どもの貧困」克服政策にとって必要。)

 ひとり親家庭をめぐる政策と課題―児童手当制度の所得制限の撤廃及びその水準の引き上げ、受給資格の世帯中心主義から扶養の実態主義への転換、さらに児童扶養手当と児童手当の統合(現行水準を削減せずに)を。

子どもの貧困克服を本気ですすめるために

 今、子ども貧困克服を具体化するかどうかの分岐点は、まず、政策担当側にも運動をすすめる側にも本気ですすめる意思があるかどうかである。そのうえで政策立案に問われていることは、具体案としての原案を用意するかどうかである。

 子どもの貧困克服政策の検討組織を。 EUレベルの財政投入(対GDP比0.75%から2%へ)を子ども・家族分野へ。 ナショナル・ミニマムとローカル・オプティマム(地方の実情に応じたナショナル・ミニマムを超えた福祉水準の保障)保障。

人生はじめのしあわせ平等を保障する

 子どもが希望を失いつつあるなかで、子どものなかに希望をどうはぐくむかが実践的な課題となっている。…おとなの「最善の努力」を。

今の段階での私の感想

 本書が発行されたのは昨年の4月。私は、前の記事(「季刊「人間と教育」…」でも書きましたが、昨年6月22日に開催された「栗原地域をみんなで考えるつどい」(格差シンポジウム)の頃にこの「子どもの貧困」問題については、考え始めていました。週刊東洋経済の「子どもの格差―このままでは日本の未来が危ない!」(2008.5.17)もこのころチェックしていますが、実は本書も6月19日に図書館にリクエストしていました。ですから、この後しばらくしてから入手したのですがその時は殆んど読まずに返却しました。(図書館にわざわざ購入してもらったのに申し訳ない!)それが最近になって再度借りて今度は真面目に読みました。この記事でも、児童養護施設や婦人保護施設など、さまざまな福祉の現場からの報告の部分の紹介はカットしているように思いは分かるのですが、細部はどうも私は苦手です。しかし、私が本書を再度手に取ったのは、ここへ来て世界的な経済危機が進行し、日本でのそれによる矛盾が、しわ寄せが、これまでなおざりにしてきたため社会的弱者に今、集中的に現れてきていると感じているからだと思います。もう待った無しの事態だと思われます。

本書のあとがきに筆者らは「子どもの貧困研究会」をスタートさせたとありましたが、さらに筆者らの呼びかけで、昨年12月7日東京で、「なくそう! 子どもの貧困市民フォーラム」が開かれています。『子どもの貧困白書』をつくることが提起されているようです。今後とも注視していきたいと思います。

この記事では、本書を自分なりに要約して紹介することだけで精一杯。内容はまで充分に深めていません。

ただ、最後のほうの「子どもの貧困克服を本気ですすめるために」で「政策担当側にも運動をすすめる側にも本気ですすめる意思があるかどうか」を問うている所。私は非常に重要だと思いました。「誰のために、何のために」というミッション(使命)が無ければ何も良い方向に前進しません。「貧困は見ようとしないと見えない」し、見ようとするなかで共通の認識を持ち、課題を明らかにする。そして、政策転換をはかる。政策担当側―行政・官僚だけでなく、運動を進める側―福祉関係者、研究者だけでもなく、一般の市民がもっと知らなくてはならない、関わらなくてはてならなりません。今必要なのは、貧困の実態を、とりわけ「子どもの貧困」の実態を社会が直視することだと思います。
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