触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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現在、ジジ親家業修行中

 現在、ジジ親家業修行中

 昨年の11月の中頃、妻が電話で四国にいる娘に「そんなにツワリ、辛かったら年末と言わず、12月初めに帰っていらっしゃい。」と。私はその横で「オイオイ、帰ってきても面倒見るのはオレじゃあないか。」とクレーム。しかし、母娘の間ですべては決定。しかも来るのはもう一匹、元気すぎる3歳の男の子(孫)も一緒。もう既に何回もこちらでの孫係はしてきてはいるけれど、今度は娘の面倒までとは…この先、上手くいくかどうか全く検討がつきませんでした。

 12月2日、私は当日は「栗原の教育を考えるシンポジウム」出席のため、空港への迎えは妻。夕方ようやくシンポでの役割を果たし帰宅すると、家は昨日までの二人の老人(義父母)と夫婦の四人だけとはうって変わり、明るさとともにものすごい騒ぎ。孫は、翌朝からすぐにジジになつき、後追いも始まりました。どこへでもついてきてしまう。これまで3週間ぐらい長く孫係をしてもその間、娘がチチの分も随分カバーしていたのが今回(6週間の予定)はそれはなし。遊び相手、買い物、お出かけ、病院通い、フロあがり、ババと一緒にするとこともありますが平日は殆んどジジに。(ただし、寝かしつけの手伝いなど夜担当はババ)それに色々と娘の注文が多くて…それでも孫はお出かけ大好きで「ジジ、ジジ」と言いながらと私が出かける支度をするたびに自分もコートと帽子を取り準備する。そしてスーパーでは良い子で、すぐカートに乗ってくれ、(途中で脱走しようとするが)おかげでスイスイといつも買い物はできました。(娘は孫と二人ではとても買い物どころではないという。)こうして何とか約一ヶ月たった12月28日夕、ようやくチチがやって来ました。

 孫は、迎えに行った車の中ではしばらく振りのチチとの再会にちょっと戸惑っていましたが、家に着く頃にはすっかりチチっ子にもどっていました。彼はその後、1月3日に帰るまでの6日間しっかり父親していきました。着替え、フロあがりの薬塗り、言うことを聞かないときの対処、などなど…とっても手際よく感心させられ学ばされました。この6日間、孫はババにはよりベタベタしても(この間、仕事はお休み)ジジには全く近ずくかなくなりました。時間も空き、体は楽になったけれどちょっとばかり寂しいような感じに。(実はこの12月29日からブログを始める準備ができました。)よく考えてみると、どうもこの一ヶ月私は父親代わりをしていたのだと分かりました。つまり、ジジ親家業。(ようやくタイトルの一部が出せました。)その証拠にチチが帰った現在、また孫はジジっ子に逆戻りしています。(ちょっと一安心)

 この父親代わりをするジジ親家業、実はまだまだ、修行中。この一ケ月余、娘とは何回もニアミス(衝突まではいかない)が起きています。まあ、ほとんどが私の不徳の致すところなのですが…(娘とは高校時代まではよく衝突、親元を離れてからは良好。)娘がチチと孫の三人揃っていた6日間。孫が落ち着いたのと同時に、娘が安心し切っていて三人ともが、とても楽しそうでした。(その前後と比べて)

 ちっと不本意ながら引き受けた今回のこのジジ親家業、残すはあと一週間。いろいろ矛盾を抱えながらも何とか最後までこなしていきます。つまり、現在、ジジ親家業修行中といったところです。(最後になってようやく全部のタイトルが出せました。)それにしてもこのブログのタイトルを「触媒生活」としたのはいいけれど、これはあくまで私の願望。このようにまだまだ家族の中でも「触媒」の役割を果たすには程遠い現状です。


 追記ーこの記事、1月6日に出来ていますが(下書きとして)アップする(公開する)のは娘と孫を今度は私が空港まで送っていった後の1月13日午後にします。

 追記つづきー6日にこの記事を書いて以後のこの一週間、書く事によって少しは自分に覚悟できたのか娘とのニアミスは無くなりました。危ない場面も自分でも不思議なくらい冷静に対処できました。本日風雪の中、無事に空港まで妻と一緒に車で送り、約一ヵ月半のジジ親家業はひとまず終えることが出来ました。(1月13日夕、記)
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