触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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<子どもの本 シリーズ11>

<子どもの本 シリーズ11>
ストーリーテリングの勉強会(4月26日)
定例のおはなし会(5月9日)            
2009.5.13

勉強会での司会と発表が同時に

 2年目に入ったこの図書館主催のストーリーテリングの勉強会(毎月の第4日曜日)。前回の3月から図書館の担当者が2年目の若手司書のⅠさんに変わりました。(これまでの担当司書のNさんは育休に入ったため)ところが3月末に、彼女の個人的な大切な用事のために当日の司会ができなくなり、お鉢が私に回ってきました。前年も第1回目の4月に私は発表をしていて、今年度もこの日(4月26日)にと、申し出をして作品も決めて取り掛かっていました。自分の発表さえ無ければどうということはないのですが、二つをすることには少々躊躇しました。Ⅰさんには「他の人にも当たってみて、する人がいなければします。」と返答しました。その後、余り時間をおかず「いませんでした。お願いします。」ときたので「本当かな?」と思いつつ引き受けました。これまでここの図書館を開館から10年余支えてきたNさんが今回育休に入ったこの時期、私はしっかりⅠさんを支えようと決めていましたから、ここは割り切ってすることにしました。

妻の勉強会デビュー

しかし、この後、家の妻がこの日から(今年度から)勉強会デビューすることになりました。妻は小学校での読み聞かせ、朗読などは超ベテラン。勤務が隣市(大崎市)で、そこでの学校以外のネットワークには参加してきていたものの、地元栗原でのデビューはこれから。私は、以前から、この勉強会のことを妻に話し、参加を勧めてきました。しかし、まさか、本当に参加するとは…夫婦での参加は、既に1年目からTさん夫妻の例もありますし、大歓迎なのですが…しかし、それにしても、いきなり、私が、司会・発表するところ(4月26日)にと思うと、少しやりにくいというか、恥ずかしい(他の参加者に)という気分になりました。

 当日は何とか無難にこなしました。
 
新年度にもかかわらず、当日は出席がイマイチ。この日から妻の他にも栗駒地区から女性1人の初参加がありましたが約半数の10人の出席でした。発表のトップバターは、私で「三匹のクマのはなし」。(さっさとしてしまおうという訳)発表はあと1人。Sさんが「はなさかじじい」でした。それぞれ10分、12分と長めのものとなりました。両方とも、ほとんどつっかかる事も無く余裕をもって話をすることができていました。(前年度の第1回目とはえらい違いです。)2人の話し手からの感想の後、参加者からの感想が随分多く出されました。(大変、好評でした。)その後、先日の3月29日に行った「小学生のためのおはなし会」の反省会をしました。私は、司会をしながらメモを取り、時間を気にしながらまとめようとするのですが、感想が次から次へと出てきてしまいました。予定ではテキストの読みあわせとその感想を出し合うことも入っていたのですが、結局これはカットせざるを得ませんでした。それでも時間を少々オーバーしてしまいました。10人位というのは話しやすいのか、全員が発言したと思いました。司会の考えたようにはなりませんでしたが、大変有意義な勉強会になったのではないかと思いました。数日後、図書館に行って、Ⅰさんに詳しく報告しました。

 さっそく、定例おはなし会で子どもたちに

 勉強会は、メンバーの大人たちの前での実演ということでした。しかし、自分で話していて「これはやっぱり、子どもたちの前でしないとダメだな」と思いました。そこで、間近に定例のおはなし会の当番がありましたので、忘れてしまわないうちにと、早速、5月9日に話しました。子どもたちには大変、好評でしたが、細部では幾つか言い換えてしまったところもあって、(気付かれなかったが)自分自身の採点とては、及第点にはまだ、まだ…。再度の挑戦を、後日したいと思います。

(NO.25) 三ぴきのクマのはなし イギリスの昔話 イギリスとアイルランドの昔話 福音館書店 

mhe

あらすじーとっても大っきなクマと、中くらいのクマと、小さい、ちっぽけなクマが、さんぽに出かけたるすに、悪いずうずうしいおばあさんが、クマたちの家にやってくる。おばあさんは、小さい、ちっぽけなクマのおかゆをたいらげ、イスをこわし、ベッドにはいって寝てしまう。家に帰ってきたクマたちは、おばあさんのしたことを見つけて、家じゅうをしらべはじめる。
解説―この昔話は、ジョーゼフ・ジェーコブスが1890年頃にイギリスに伝わる昔話を大英博物館にある記録から掘り起こし、子ども向けに再話したものを、先頃100歳で亡くなられた児童文学者石井桃子さんが、1980年頃に(二度目)、原話にほぼ忠実に訳したものです。このジェーコブの再話の直後に、この話は世界中に広がっていったようです。その中で、ロシアのトルストイがロシアの農民の子ども向けにアレンジした話のほうが有名になっています。

 それは、おばあさんを女の子に変え、それを主人公にしています。クマたちも大、中、小ではなく、お父さんクマ、お母さんクマ、子どものクマにしています。人間でないクマたちがきちんとした生活をしていて、そこへ行儀の悪い人間の女の子がやってくるという設定です。このトルストイの話では、最後は、「驚いたクマは、女の子を見つけて噛みつこうとした途端、女の子は気がついて、逃げた。3びきのクマは女の子に追いつけなかった。」という内容になっています。日本では、バスネツォフ/絵  おがさわら とよき/訳 福音館書店 1962年5月1日発行 の絵本が一番よく普及しています。2007年版で既に第89刷となっていました。この他にも絵本では、トルストイ作以外も含めて7冊も出ているそうです。( 「三匹のくま」研究 ―を参照のこと。)

私の感想―この話は、主人公はクマです。その大、中、小という大きさの違い、それぞれのクマたちの持ち物の違い、クマたちの反応の違い、それを丁寧に、ユーモラスに、同時にリズムよく、語るようにしました。子どもの反応を見ていてもそこを楽しんでいるのが分かります。絵本の場合、少女が主人公です。多分、子どもたちは、悪さをする主人公に同化しながら、ハラハラ、ドキドキしながら聞いているのではないかと思います。それぞれに良さはありますが、私は、この元の昔話の方が好きです。しかし、この話の最後の方に、「ちいさいおばあさんは、…落ちて首のほねを折ったか、それとも、森ににげこんで、まい子になったか、それとも、森から外へにげだして、浮浪者として巡査につかまったか、-わたしは知りません。」というところは変えました。この部分は非常にクドイ説教話になってしまっています。そこまで言わなくても、このお話から、充分に、このちいさいおばあさんのような「見も知らぬ人には気をつけよう」という教訓は伝わってきます。そして、何より、この部分でそれまでのスムーズな話の流れが止まってしまいます。また、それは、「森」の捉え方の違い、「浮浪者」という言葉は、現在においては適切性を著しく欠いていることなどの問題点も含みます。それで、「そのあと、そのちいさいおばあさんがどうなったか?-私は知りません。」と極めて簡素に変えました。
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