触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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いよいよ始まったリフォーム。私は避難所生活?に

<家族> ライフ

いよいよ始まったリフォーム。私は避難所生活?に  

<我が家のリフォーム その2>
 
 2009.5.21

 昨日、5月20日より自宅の1階を中心としたリフォーム工事が始まりました。その前日までに家の中の片付けに大忙しでした。最後の最後にTVブースターをきちんと箱に入れて保護し(母屋ではこの間もテレビが見られる)、テレビとDVDを2階に運び(家ではこの間、DVDのみ)ました。電話の親機とインターネットの光接続とLANは一所にまとめビニールカバーをしました。このブースターとインターネットは1階の居間から出すことは出来ません。「デジタル・デバイド(情報格差)」の記事のところで「無線LANが復活できなくて…」とこぼしましたが、あれから何とか復活が間に合い、このリフォーム中でもインターネットが使えるように出来ました。

 前日から屋根瓦を入れる巨大な鉄籠が三つ届いていましたが、当日は午前8時過ぎから、次から次へといろいろな種類の大工さんがやってきました。解体・リフォーム本体をする大工さん、タイル専門の大工さん、キッチン専門の大工さん、来週からの(今週は明日、雨の予報)屋根葺き替えための足場作りに来た屋根専門の大工さんなどです。今日はさらに電気専門の技師さんが来ていました。これから更に、畳とか内装とかいろいろな人が拘わってくるのだと思います。

 この日は「少し早く切り上げます。」と言って午後5時ごろには終わりましたが、今日は6時近くまでかかっていました。だいたい8時過ぎから6時近くまでの工事を日曜日を除き毎日。工期は3週間の予定ということでした。初日の昨日は、妻は勤務でしたから私だけの対応でした。立ち会っての場所の確認とか、水道元栓、プロパンガス撤去、外トイレの撤去など次から次へと課題が出てきました。今日は妻もいて担当のK君も来ていていろいろな細部のつめ、確認を行いました。照明、畳の縁などなど…細かいことはいっぱいあります。明日からはそれほど確認することは、もう多くは無いとは思います。それでも、全く一日中、家を空けているわけには行きません。出かけるのも長くても半日。出かけてもできるだけ手短に要件を済ませて帰ってきます。

 それで、私は午前8時から午後6時くらいまで自宅に入れません。自宅の1階には台所も居間ももうありません。トイレもその時間帯は使えません。大工さんたちには使ってもらっています。(トイレBOXは持って来なくてよいことにしました。)そこで隣の物置の2階の1室が私の書斎になっています。2階のその隣がかなり広い文庫です。そこには小さな流しがありますからここを台所と食堂にしています。1階の納戸の中には冷蔵庫を移動してきてあります。その周りを食糧庫にしています。洗濯機と乾燥機は屋外(といっても下屋の軒下に)移動してあります。

朝食と昼食はここでとります。夕食は妻が母屋で作りますから母屋でとります。日中のトイレは母屋のを使います。3週間ですからテレビの無い生活もいいかもしれません。でも、少しだけ母屋でTVドラマを見ます。ニュースは2紙の新聞を丹念に読みます。(家が朝日、母屋が河北新報)それとインターネットでのニュースをこの間はきちんとチェックします。電話はもっと携帯を活用しようと思います。(きちんと持ち歩いています)電話の親機は使えませんが、子機を敷地内での自分の移動にあわせて(物置の2階、つなぎの部屋、家の2階などに)動かしています。

まあ、言ってみればいわば一種の避難所生活?をしているようなことだと思います。こう言ってしまうと、本当の避難所生活をされた方、している方に申し訳ないように思います。だって、夜にはベッドの布団には寝られるのですし、自宅の風呂にも入れます。それに何よりもこの私の避難所?は全部が広いのです。スペースが充分あるのです。妻は今日のところ出かけた他は殆んど母屋かつなぎの部屋にいました。(午前中、来客が多かったこともあって)どうも、私の避難所?には侵入して来ないと思われます。(一応、2人分の食器、イス等は用意しました。)来ない方が私としては勝手気ままに出来て助かります。
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