触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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栗原・岩ケ崎の逮夜祈祷(供養祭)に参加しました。

<NPO>
栗原・岩ケ崎の逮夜祈祷(供養祭)に参加しました。                                                              

2009.6.16

死者15人、行方不明者8人を出した岩手・宮城内陸地震の発生から14日で1年となるのを前に、宮城県栗原市の3カ所で13日、被災者主催の追悼式が開催されました。そのうち、自宅から近くにある栗駒岩ケ崎地区にある2年前の3月に廃線となった「くりはら田園鉄道」の栗駒駅の旧駅舎で開かれた13日夕、震災犠牲者を追悼する逮夜祈祷(供養祭)に参加しました。地元のNPO法人「夢くりはら21」の主催ですが、私の参加するNPO法人「くりはら活性化ネット」もお手伝いすることになっていたので参加することにしたものです。

本当は、一週間前のペットボトル製ランタン作りにも参加するつもりだったのですが、図書館のボランティアの打ち合わせ会合と重なり見送りました。会場には、阪神大震災の犠牲者の追悼と復興を祈るシンボルとして神戸市内で燃え続けている「1.17希望の灯り」が、神戸から当日、飛行機と新幹線を乗り継いで持ち込まれ、分灯されました。午後6時からの犠牲者一周忌逮夜供養祭では、栗原市長等の追悼の辞の後、6人の住職による読経が行われる中、集まった約100人の市民らが焼香しました。午後7時からは、主催者スタッフ等により残っている鉄道のレールに沿って設置された600個のランタンに2キロにわたり点灯されていきました。参加者は、犠牲者の冥福を祈り、暖かい小さな揺らめく火を静かにいつまでも見守っていました。

 先週、参加していなかったため、当日の詳細がよく分からず、5時半前には現地に到着していたのですが、私のすることは殆んどありませんでした。ランタンの設置は、既に朝の9時からしてしまったとのこと。私は、2キロにわたって点火するために、NPOのみどりの蛍光色ジャンパーを着て、スニーカーで来たのですが、着いた頃には既に30人ほどの若い学生達がいました。(二手に分かれた一方)バスで来ていて淑徳大学看護学部と書いてありました。学生達も紺のジャンパーを着ていて、背中には「地域支援ボランティアスタッフ」と書いてありました。これでは、還暦を過ぎたNPOの私たちの出番はありません。若い者達に任せておきましょう。

 私の約40年前の大学(千葉大学)時代、淑徳大学は、同じ千葉市内にあったため、千葉大学にあったセツルメント等のサークルに淑徳大学の学生も個人的に来ていました。セツルメント自体、地域活動=ボランティアが主ですから、時代が変わるとボランティアも、大学ぐるみになるのだなと、感慨深く思いました。

 翌、14日には、地震が発生した午前8時43分に災無線のサイレンが鳴り響き、黙祷をしました。栗原市主催の追悼式が1200人参加して、栗原文化会館で午前10時から行われました。これには、義父が参列しました。


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