触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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結婚式まであと9日の息子からの電話

<家族>   ライフ                                              
2009.7.25
 
結婚式まであと9日の息子からの電話

 昨夜(7月24日夜)9時少し過ぎ、川崎市に住む息子から「母さん、まだ、起きてる?」と電話がありました。何時ものことですが、妻はとっくに7時半過ぎには寝てしまいました。(特に昨夜は、義妹の引越し準備の手伝いに行っていたため)余程のことが無い限り起こしません。

「もう、とっくに寝た。用件はなんだい?父さんで良かったら話して、」
「この間、送ってもらったFAX、貸衣装のサイズのこと。」(息子の結婚式に私が貸衣装で着るモーニングのこと)
「それだったら、父さんで大丈夫だよ。」
「サイズが変なんだよ。袖丈53センチ身長163センチだと57センチになるし、肩幅48センチの方は44センチだし…」
「母さんの測ったのは、いつものようにいい加減だから、今、ちょっと、自分で計ってみるよ。」
「ウーン、やっぱり、それに近いな。身長を160センチにしてみてはどうだい?」
「それでも袖丈56センチ、肩幅は44センチで変わらず、だよ。」
「それだったら、その身長160センチの方でいいよ。何とかカラダの方を合わせるから。」「それだけの用だったら、あとで母さんに掛け直さなくてもいいよ。」といって、電話を切りました。

 息子の結婚式は、8月2日、箱根の強羅花壇というところで行います。かなり立派なところのようです。そこで両家と少数の友人のみの、こじんまりとした人前結婚式?を挙げるようです。このように他人ごとのように言うのは、結婚式は全て息子たちでするということにしたからです。

昨年8月30日の記事、「二日間(8月23・24日)の東京」の中で両家の<食事会>のことを書きました。そこで初めて2人が結婚式を挙げることを知りました。それまで、私の息子への感触では、「もしかして結婚式は挙げないかも…」と思っていました。「どこでもいいよ。沖縄でも、海外でも…」と暗に注文もそれとなく伝えていました。そのうち、「軽井沢か、箱根」に落ち着いていき最後に「箱根」になりました。箱根は、3~4年前に、私たち夫婦で「JRの大人の休日―3日間12,000円乗り放題」を利用して、2泊3日のゆったりとした旅をしています。息子にその時の話をしたり、資料を見せたからかもしれません。その後、婚姻届の提出予定が少し遅れたりしていましたが、春に式をする予定だったのが、夏になっただけで予定通りに結婚式を挙げることになりました。2人ともが毎日、目いっぱい働いていて、忙しい中でこの間、準備を進めてきたのだと思います。東京と宮城の田舎ですから、手伝うことも出来ません。(そもそも、あまり必要としていないようです。但し、一定の費用援助だけはしました。)先週末に妻が東京に叔母の見舞いに行ったついでに息子たちと少々打ち合わせをしてきた位です。

これまでの私たちの子育ての基本が、「子ども自身の意思の尊重」=子どもは、自分自身で決定(設計)をすること。親はそのための援助と環境・条件を最大限、整えてあげること。ですから、こうした結婚式になることは、(する、しないを含めて)当然のことです。

妻も先日、電話で息子と話していて「彼女は、仕事をしていて大変忙しい中ですることが一杯あって、今、大変なのよ。」「お母さんの場合は、最悪の状態で結婚式を迎えてしまったのよ。」と彼女を気遣うようにとアドバイスしていました。そういえば、36年前の私たちの結婚式では、妻の化粧ののりも悪く(吹き出物もあったような記憶が…)機嫌もたいそう悪かったなあと思い出されました。(私は、あまり気遣ってやれなかったように思われてきました。←反省。もう、遅いけど…)

36年前の5月3日、私たちの場合は、午前中に東京・神田精養軒での磯村家(私の旧姓)主催の親族だけの結婚式。午後は、自分たち2人も加わった実行委員会方式の労音会館での大勢の友人たちに囲まれた結婚式と、一日のうちに2回しました。それで、2人と両親と仲人は、大忙しでした。とりわけ妻に負担が多く掛かっていたのだと、今更ながら思いました。結婚式が2回になったのは、妥協の産物でしたが、当時としては、止むを得なかったと思いますし、今となっては、2回もして得したような、いい経験をした感じです。この後の、友人や、後輩たちの結婚式では、しばらくは、実行委員会方式が増えていきました。

自分たちの生活は、自分たちで決定(設計)していく。それでも、客観的には、親や、親戚などに世話になることも結構あったわけですが、気概だけはそうした気分でした。当時に比べて、現在の方がやろうと思えばいろいろな制約も少なくなり、やりやすくなっていると思います。但し、経済状況は、そう簡単に若者たちが、その夢や希望を叶えられるような状態になっていません。私は、それでも、精一杯、若い2人が自分たちの暮らしを、生活を設計=デザインしてく生き方を貫いて欲しいと思っています。
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