触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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片山善博の「日本を診る」道路はもはや聖域ではない 

<BOOKS> (25)                                                   2009.8.14                                                                

片山善博の「日本を診る」
道路はもはや聖域ではない 
      世界2009年8月号

 今回は、本ではなく片山氏の月刊誌(世界)のたった9ページの連載コーナーを取り上げます。それは、道路建設の復活の問題点を、比較の対象として学校図書館司書配置を挙げているからです。

著者について

 片山善博 1951年生まれ。鳥取県知事。慶應義塾大学法学部教授。
 
内容の紹介

 <麻生内閣と地方の慰撫>

 小泉内閣時代に事業抑制を決めた道路建設が、麻生内閣で景気対策としてなし崩し的に復活。小泉内閣の三位一体改革で疲弊し、不満の高まった地方を慰撫するため、およそ一兆円の資金を自治体に交付すると総選挙目当てに打ち出している。

 これまで、多くの自治体は、国の景気対策につき合わされてきた。国の地方交付税の上乗せで手当てするという約束の下に、公共事業や箱物建設に投じてきたのである。しかし、自治体は、その上乗せの約束が反故にされたばかりか、交付税の基礎的部分削減され、財政運営が窮地に陥っている。

 <なりふり構わぬ「集中改革」とその背景>

 国から梯子を外され、窮地に陥った自治体は、「行政改革」に奔走し、特に、職員定数削減に乗り出した。総務省は、自治体に、向こう五年間で五%削減する「集中改革プラン」を策定させた。しかし、この間、福祉では、介護保険の開始、障害者自立支援法の施行、後期高齢者医療制度導入と自治体の仕事は、着実に増えている。福祉の現場がうまく回るはずがない。

  職員定数削減は教育現場をも直撃している。290万人の地方公務員のうち110万人が教職員であるため、教職員定数削減の動きは全国的に広がっている。正規の職員定数を減らし、非正規職員で埋めて数字上の辻褄合わせをしている。非正規職員の身分は甚だ不安定で、子どもたにじっくりと向き合うには限界がある。それに、学校現場で発生している諸課題に対応すべく自治体が新たなスタッフを配置する余裕はない。

<「学力向上」も掛け声倒れ>

 学校図書館は、読書する力と読書習慣を身に付けさせるための拠点、読解力リテラシーを涵養する拠点でもあり、ひいては今後のわが国の子どもたちの学力向上を実現する上で大切な役割を担っている。ところが、この学校図書館の体制は貧弱。東京都や神奈川県内の市町村のように財政的に恵まれている自治体でも司書配置の実態は無残なもの。全国の多くの学校現場も似たりよったりで、事態が改善する気配が無い。課題は認識されているが、対応策がなく、掛け声だけに終わったり、「現場の創意工夫」に委ねられたりするだけ。言い訳として持ち出されるのが、「そのための財源がない」だ。国に踊らされてこれまで公共事業にうつつをぬかし、あげくに梯子を外され窮地に陥った自治体財政は、教育現場の課題をも確実に麻痺させてしまっている。

<どうして政治家は道路が好きなのか>

  一兆円構想は、当初「使用制限なし」の財源から「八割は道路、二割は関連公共事業」の特定財源に押し込められ、自治体の財政運営上の自由を著しく制約した。しかし、知事会・市長会や議長会などからは、さしたる批判も不満も表明されていない。自治体の現場では、道路以外にも福祉、教育などの分野で緊急の対応が必要な課題が山積しているのに。

 多くの首長が福祉、教育ではなく道路をはじめとする公共事業に親近感を持つには、それなりの理由がある。その一つが、選挙。選挙で土木建設業界の支援を受け、政治資金、選挙資金の通じての支援、人手の提供も。

  こうした状況で、業界から寄せられる公共事業費の増額要請に対して、多くの首長たちが無意識のうちに同情的に反応する素地がある。自治体の財政運営ではついつい公共事業は他の事業とは格別の取り扱いをされることになり、その代表選手が道路事業である。

<道路に予算を振り向けやすい地方財政システム>

 自治体が国の補助金を得て行う道路整備事業の場合、補助金が無い事業(学校図書館司書を配置した場合の給与費)に比較して圧倒的に有利。一方、単独事業であっても、学校図書館司書を配置と道路建設とを比較した場合、財政上有利・不利は大あり。単独事業の道路建設事業の場合、一定の要件を満たせば、事業費の九〇%相当額までは地方債によって調達した資金を充当可能。麻薬のように危険なものでも、手を染めた首長には、借金の償還は先のことなので、その時、自分はもう首長の座にいないかもしれない。

  こうした無責任な首長の気持ちを一層楽にしてもらえる仕組みも用意されている。地方債で調達した資金償還の際、そのおよそ三〇%相当額について地方交付税交付金を割り増しして手当てするとされている。したがって、単独事業の道路建設は、事業実施年度には国からの補助金はないが、後年度の元利償還金に対して手厚い支援がある。道路建設事業は看板に偽りのある似非単独事業。このおかげで首長は住民や議会に対し、学校図書館司書配置などを配置するより同じ単独事業でも道路整備を選択した方が財政上よほど有利との説明や言い訳が可能。かくして、その説明や言い訳を経て、学校図書館司書の配置は進まないのに、道路建設には巨額の資金が投入され続ける。

<道路は地域の雇用対策や景気対策に有効か>

  財政出動の中心的役割を果たす道路建設を中心とした公共事業が景気対策としてとられる。本来、景気対策は事務・権限の仕訳では国の所掌であり、この道路建設を中心とした公共事業に従来から自治体が巨額の自前の財源を投入して進んで協力している。(財政難に喘いでいる現在でも)疑問となるところだが、これに対し、首長が決まり文句のようにもちだすのが「地方雇用の確保」。公共事業が地域の雇用を創出ないし維持すると言う理屈である。地元にも主として土木作業員として雇用創出効果は発生するが、公共事業に投じる巨費に比較し、あまりにも小さいし、若者がこぞって飛びつくほど魅力に富んだものでもない。雇用面ではあまりにも非効率な投資である。本当に地域や住民にとって重要度が高い事業はおうおうにして直ちに着手できないものが多い。(歩道の整備など)その点、地方の農村部だと道路は比較的整備しやすい。それで、必要のないものまでも…。

<民意を反映しない政治には退出を>

  税収の使いみちを道路に限られていた揮発油税は、今年度から法律上は、使用制限を解除された。その結果、揮発油税の一部はこれまで地方道路譲与税という名称で自治体の道路財源として譲与されていたが地方揮発油譲与税と改称し使途を特定しない財源に。自治体が自前で徴収する地方税においてもこれまで道路財源を調達するための目的税として分類されていた軽油引取税及び自動車取得税が、税収の使途を問わない普通税として再編成された。自治体レベルでの税や譲与税においては、道路特定財源の一般財源化が法律上は実現している。

  首長たちは、これまで道路特定財源制度のもとでは、教育や福祉などより道路整備の方が自分にとってよほど重要だという本音を隠しつつ道路整備にいそしむことを許されてきた。しかし、少なくとも地方財源としての道路特定財源の一般財源化が実現した今日、その言い訳が通用する余地は確実に減っている。残っているのは、前述の一兆円資金などである。その国からの補助金や交付金は依然として強い影響力を及ぼすものの、それでも今後首長たちは、道路関係予算の多くについて、それらが福祉や教育など他の行政分野に優先されるべき理由を説明しなければならなくなっている。

  説得力に欠けるのであれば、他の優先度の高い事業に振り向ければいい。説得力がないのに、相変わらず道路を優先させる首長がいたら、次の選挙で落とせばいい。

私の感想

 片山氏は、鳥取県知事時代に小中学校の学校図書館にも司書を置くように首長に働きかけ、かつ支援策を講じ、九〇%を上回る小中学校に何らかの形で司書機能を備えたといいます。氏はこれまでも、図書館や学校図書館の充実を求める発言を多くしてきています。現在は政治家ではありませんが、オバマ大統領の発言に近いものも感じます。

 この連載の本題は、道路建設の復活の問題点なのですが、その対比に学校図書館司書配置を挙げるのは、いかにも片山氏らしいと思いました。道路建設事業を切りながら学校図書館の問題を指摘するのは、私の心情にピッタリです。それも自治体財政の仕組みから解き明かしているのですから、これを具体的に、各自治体に当てはめてみる必要があります。

 栗原市については、学校司書は、小中学校では配置していません。12学級以上の学校で司書教諭の発令がされているだけです。昨年6月3日に築館小学校を訪問しその状況を知りました。(「3つの学校図書館を訪問して」に)築館町時代には図書館に人の配置がされていましたが、司書教諭の先生は学級担任を免除されているものの時間的な配慮は殆んどされていないとのことでした。そこで、教員補助の先生が実務面で学校図書館の手伝いをしていて学校としての努力はうかがえました。しかしそれでもずっと学校図書館に人がいるわけではなく限界があります。

 宮城県内では名取市と柴田町で正規職員が、仙台市、多賀城市、大崎市で臨時・嘱託などが配置されています。(学校図書館協議会2007年度アンケートより)これに2007年10月より富谷町で全小学校に図書補助員が配置されています。少しずつですが自治体の努力でも人の配置は着実に前進してきています。

 栗原市における学校図書館の問題については、「本のあるくりはら」第10号や触媒生活でも同内容を2008.6.8「図書館資料費と学校図書費予算化問題」7.4「図書充足率112%って一体、何?」の記事にしています。その後の進展は残念ながらほとんどありません。学校図書館図書基準の達成が小学校で75%から100%に1校増え、その割合が44.8%になったこと。中学校では逆に100%の3校が1校に減り、10%になったこと。実はこの減少は成果です。きちんと古い図書の廃棄をしたためだからです。

 宮城県内では、この間に「子どもの読書活動推進計画」の策定でも、仙台市、気仙沼市、多賀城市、利府町に続き塩釜市、白石市、名取市で完了している予定(前述のアンケートより)です。名取市は、それに基づき協議会を設置しています。更に美里町でこの4月に計画の策定が2年がかりで完了したということです。しかし、栗原市では、アンケートには検討中としたままで、具体的な動きがみられません。

  栗原市は、この一年間、震災復興のため大変だったことはわかります。それも、今後も継続していくものもあります。私自身、この辺りのことがあったため、図書館や学校図書館の問題での要望や追及は控えてきました。しかし、その結果がこうです。この片山氏の文を読み、もうそろそろ再開しなければいけない時期にきていると思いました。この栗原市においては、市民が働きかけなければ、何も前進しないのですから。
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