触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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教育と貧困問題―「ナショナルミニマムと地方分権」

<教育問題>                                                  

教育と貧困問題―「ナショナルミニマムと地方分権」について考える。
2009.9.21

相対的貧困率をめぐって

 9月18日の朝日新聞に湯浅 誠氏(反貧困ネットワーク事務局長)の「数値目標作り貧困率下げよ」という文が載りました。彼は、その中で民主党のマニフェストの雇用・労働政策を基本的に評価しつつも「雇用対策、子育て支援、年金などが縦割りになっていて、全体の効果が見えにくい。」とし、「暮らしの立て直しを明確に示す指標が必要だ。そこで、相対的貧困率(中位所得の半分以下の所得しかない人の割合)を政府が示すことを求めたい。」と主張しています。

 しかし、9月5日の朝日新聞の丹羽宇一郎氏の連載コラム「負けてたまるか!」で「バラバラの統計データ」で「OECDの発表では、日本は世界14の先進国の中で相対的貧困率が米国に次ぎ2番目に高いというが、どうも実感がわかない。」としています。そして、「日本は失業手当や生活保護など貧困層が受ける社会給付額が少ないのでこうなるのだが、給付前の市場所得でみると結果は違ってくる。どんな人たちを「貧困」と呼ぶかという定義を欧米とすりあわせた上でのデータでないと正確な実態が伝わらない。」と言っています。

貧困問題の可視化と国民の共通認識を

 湯浅氏と丹羽氏のいう相対的貧困率に違いは無いと思われます。欧米との定義の違いもあるとは思われません。しかし、丹羽氏のいう実態が伝わっていないのも事実だと思います。それは、ここ数年の間にようやく、湯浅氏などが努力されて徐々に明らかになってはきていますが、日本において、相対的貧困の中身や貧困の問題がまだまだ充分に可視化されていないためだと思います。

 湯浅氏のいう政府が相対的貧困率を示して、下げる数値目標を明らかにすることは、確かに大変重要です。しかし、同時に、もっと貧困の問題の可視化を進めて、国民の間で「貧困の問題の改善が、重要かつ緊急課題だ」という共通認識や合意を持つことが必要です。そして、その過程では、湯浅氏がいうように、低所得層の暮らしを重点的に立て直す政策、あるいは所得再配分機能を高める政策まで踏み込んだ議論をすることが必要になってきます。

「ナショナルミニマムと地方分権」を考える

 民主党政権は、「公共事業中心の考え方を打破して、子育てや医療、雇用対策に振り替え、国の資源配分を変える」(藤井裕久氏)としています。「公共事業から、人への配分、人の配置」ともいっています。私は、何となく分かるような気がし、理解もしようとしているのですが、まだまだ、その輪郭もはっきり見えてきません。

 その原因の一つが表題に挙げた民主党政権で「ナショナルミニマムと地方分権」がはっきりしないということにあります。湯浅氏も同文で「地方間格差の是正を十分論議せずに地方分権を進めていけば、国民の暮らしは壊れる。」とし、例えば「就学援助は、小泉政権の三位一体改革で地方に財源委譲された結果、財政の厳しい自治体ではどんどん減らされてしまった。国民の最低限の生活を保障する「ナショナルミニマム」については国が責任を持ち、それ以上の上乗せ部分を地方が独自にやる。中央と地方に関係はそういうかたちにしていくべきで、ナショナルミニマムを崩壊させるような地方分権はすべきではない。」と言っています。

国民、市民の意識変革が必要

 就学援助について補足すれば、文科省の2006年調査では、認定要件を厳しくした自治体は、全国で87。さらに多くのところで制度の周知にも消極的なっているようです。私がこの間、取り上げてきた学校図書館費も同様の問題があります。交付税で措置されていても、2007年には、全国で22%が流用。(宮城県46.4%、栗原市62.6%)教材整備費も今年5月に明らかにされましたが、2007年で、全国で34.7%が流用されていました。(こうしたデータは、文科省が発表しています。)勿論、これを上回るように積極的に予算化している自治体もあって、自治体間の教育環境に格差が生まれています。
学校図書館への人の配置でも、自治体間での取り組みの違いが大きくなっています。文科省の基準(学校図書館図書標準など)に到達するようにと予算措置が組まれるのですが、その基準自体は決して充分な内容ではありません。しかも、強制力がありませんから、ナショナルミニマムにもなっていません。

 財政が厳しいのは、大抵の自治体では同じはずです。それでも自治体間の教育環境に格差が生まれてくるのは、その自治体の問題。そこの議会、市民の意識の問題です。貧困の問題でも、教育環境の問題でもナショナルミニマム(財源的な裏づけのある)が必要です。しかし、その内容を決めていく―議論の過程は、国民、市民の間でオープンにされていく必要があると思います。「公共事業から、人への配分、人の配置」にしても、まずもって、国民、市民の意識変革が必要となってくるように思われます。
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