触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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千葉の地域仲間、ETC千円で福島に大集合!

<雑感> 
千葉の地域仲間、ETC千円で福島に大集合!                         
2009.9.30

大急ぎで福島へ 

先週の土曜日、9月26日に「ゆきとどいた教育をすすめる栗原市民の会」結成総会に夫婦で参加した直後、妻の車で福島に向かいました。春先に申し込んでおいたETCがようやく7月末に妻の車に入りました。その頃は政権交代が見えていましたから、果たして元が取れるのだろうかと心配になっていました。娘夫婦が帰省時のお出かけに活用でき、あとは、娘と孫を仙台空港まで送って行ったくらいです。その後、高速の無料化は、地方から暫時段階的にということが判明。しかし、土日の千円は来年3月までかな?とも思いますし…それが8月になって、千葉時代の学童保育創設時代からの30年来の地域仲間より「9月26・27日に福島のIさん宅に皆でETC使って行くから来ないか」との誘いを受けました。私は、当日(26日)午後に大事な集会が入っているし、次の日(27日)の午後も、図書館で「小学生のためのお話し会」が入っていました。27日は他のメンバーに任せられますが、26日は、私抜きにはなりません。私だけ後から新幹線でとも考えましたが、そもそもこの集会は妻も大いに関係ある(新しい会の役員に誘われていた)ので、2人で出席し、会場の後片付けは他に頼んで、直接そこから福島に妻の車で出かけることにしました。

 予定では午後の3時半に集会は終わるはずでした。しかし、実際には4時ごろようやく終了。急いで県の合同庁舎まで移動し、私の車を置いて妻の車1台で出発したのが4時15分頃。(午前中、妻は、登米市の妹の引越しの片付けに。私は、集会に出す資料の作成と早めの会場集合で別々の車で行きました。)東北自動車道で、福島西まで1時間半。6時少し前には高速を降りられたのですが、あたりは、もう真っ暗になっていました。Iさん宅までの地図を送ってもらっていて、私が助手席でナビゲーターを務めました。途中までは、完璧。しかし、山の上の団地に入って地図上の目印が全く見つからなくなりました。結果は、2ヶ所も行き過ぎてしまいました。その度に車の中で夫婦喧嘩。「携帯で電話して迎えに来てもらって!」と妻。「いや、何処なのかがはっきりしなければ、意味がない!」と私。久しぶりに喧嘩しましたが、改めて「妻は私のことを信用していない」と悟りました。後で聞けば、Iさんたちも何度かその家に着くまでに喧嘩したとのことでした。(どの夫婦も同じようなものです。)福島西インターから15分で着く筈が、30分以上かかってしまい、到着は6時半頃となりました。それでもこの福島のIさん宅までは、我が家から正味は、2時間といってところです。この日千葉からの仲間は、4時間~4時間半かけて到着したということですから、私たち夫婦が今のところ最も近い処に住んでいることになります。それなのに一番最後の現地到着でした。

再結集は、最大で14人ほどにも

 この千葉のかつての学童保育創設期の親仲間については、昨年の12月10日に「私の「団塊の世代とロスジェネ世代」論」の記事の中でも紹介しています。さらにその前、昨年の6月21・22日に女性陣だけが我が家と鳴子にやって来ています。今回の参加者は、招待者のIさん夫婦に、私たち夫婦、Mさん夫婦、それに前回に引き続きのHさん(母)はシングルですが今回からは、学童保育当時から彼女のカップルだったTさん(父)シングルが加わりました。それとSさん夫婦は今回も妻のみの参加でした。ですから総勢9人となりました。これに昨年12月に参加のYさん夫婦、団塊の世代ではないのですが当時の指導員Aさん(彼女の夫も参加対象) これから、もう少し増えるかもしれませんが、今のところ再結集は、最大で7夫婦(+カップル)の14人となります。

 今回の招待者のIさん夫婦についてですが、妻の方がこの福島市の近くの出身で、3姉妹の末っ子。お姉さん方夫婦が近くにお住まいとのことで福島市内でも中心から少し離れた団地内の住宅(築22年の2階建て一戸建て)を購入されたのこと。夫の方は同じ福島県での昭和村という過疎地(自分では、限界村落と言っていましたが…)出身だそうです。夫62歳の会社勤めの建築家、妻5?歳で元保育者(所長)。妻の退職金を叩いてここを買ったとのことです。夫65歳の退職時にここにすっかり引っ越してくるということでした。まだ3年もあります。それまでは、避暑地?別荘?として年に数回訪れることにしているとのことでした。しかし、家具や布団などももうすっかり揃っていていつでも住める状態でした。退職を早めて、少し早めに来るかもしれません。ただ、経費節減のため、ガスは引いていませんでした。それで、料理は千葉と宮城からコンロを持って来てしましたし、お風呂はなしで、いつも土湯温泉まで行くとのことでした。ですから、26日は風呂なしでしたが、27日は土湯温泉でゆっくり朝風呂に入ってからお昼頃に現地解散となりました。また、布団は、9人ですから全く足りず、そこは近くのお姉さんに何かと協力していただきました(料理の差し入れも)。

セカンドライフへ堅実な生活設計を

 昨年の12月に久しぶりに会った時にも、たっぷりと話し込みました。学童保育創設期の親仲間の特徴は、夫婦(あるいはカップル)単位で参加するということです。決して妻だけ、夫だけの参加ではないということです。だいたい妻の方は、共働きですから、しっかりした方が多く、しかも雄弁です。一方、夫は、私などよく喋る方ですが、初めは口数の少ない方が多いです。しかし、いろんな特技・趣味を持っている方が多いのです。学童保育創設期は、総力戦でしたから、体力、知力、技術力、交渉力、統括力、議論力、忍耐力、専門性などなど…メンバーの持っているあらゆる特性を活かさないでは済まされませんでした。総力戦の後の飲み会(いや、総力戦は適当にやって、毎回の役員会後の飲み会かな?)では口数の少なかった男性陣も雄弁に、日曜早朝のテニスグループができたり、といろいろでした。

 それが、30年ぶりに直々会うように(千葉の仲間は時々会っていたようですが)なって、その後の子ども達のこと、そして、この頃は孫のこと、親の介護、自分達の健康、趣味…など話がつきません。共働きで長年やってきて、ようやくここへ来て、その片方がリタイアし始めた時期になっています。そして、もう1~2年で両方ともがリタイアし、本格的にセカンドライフに移行していきます。今年5月1日の記事「36年ぶりに大学時代の友人と再会」でも紹介しましたが、同じような感じでした。そして、これらの夫婦(カップル)に共通して言えることは、極めて堅実な生活設計をしているということです。ずっと働いてきたわけですから、決して裕福ではありませんがそれなりに財産を形成してきています。親とか子ども達にも気を配りながら、自分の健康やこれからやりたいこと(趣味、ボランティア、山登り、ジョギング、テニス、水泳、少し引いた仕事の継続など)をしっかりやっていく。ちょっとだけはそんなことにもお金を使う。-そんな感じです。

土日ETC高速千円で福島集合もこうした流れの中にあるものです。来年春は、この福島を中継地点として、花見をしながら、北上して宮城まで行こうという話になってきています。今回、26日の集会準備に忙しくて、妻に言われていたスイカと枝つき枝豆は入れたものの、大量のカボチャとジャガイモを妻の車に詰め込むのを忘れてしまいました。「これから取りに行く!」とまで言われてしまい、面目ありませんでした。(反省!!)
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