触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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「学力テスト体制とは何か」を読んで

<BOOKS> (26)
「学力テスト体制とは何か 
    学力テスト・学校統廃合・小中一貫教育
」を読んで                                           2009.10.21

著者/山本 由美

発行/花伝社 2009年8月20日

著者の紹介

―東京田中短期大学こども学科准教授 1959年長野県生まれ、東京都練馬区在住。/風の子保育園(練馬区)理事長。/横浜国立大学教育学部卒、大学院東京大学大学院教育研究科博士課程修了。/専攻、教育行政学。

 新自由主義教育改革、特に学校選択制、学校統廃合、学力テストについて批判的なスタンスで調査研究し、それらが子どもたちに与えるダメージについても検証していこうとしている。

主な著書―「ベストスクールーアメリカの教育は、今」2002年花伝社。「学校統廃合に負けない!-小さくてもきらりと輝く学校をめざして」共著、2005年花伝社。「地域が子どもを守るー東京・東久留米の学校統廃合を考える」共著、2007年ケイ・アイ・メディア。

本書の紹介(ブックカバーから)

 全国学力テスト、学校選択制、学校統廃合、小中一貫教育、学校二学期制… 今日、さまざまな教育改革が矢継ぎ早に教育現場にふりかかってくる。それらはどのような意図で行われるのか。なぜ教育基本法は改正されなければならなかったのか。

 個々の制度は、パズルのように組み合わされていた、予想以上に大がかりな仕組みー新自由主義教育改革=学力テスト体制―のパーツに他ならない。それは、決して子どもや教師の現実や要求から出発したものではない。また、財界、政府と文科省は、改革を進める上で必ずしも一枚岩ではない。

 日本と世界の現状を踏まえ、子どもの成長の視点に立って、「教育改革」に対する対抗軸を探る。

<内容の紹介>

第1章 学力テスト体制とは何か

 今回の全国学力テストは、「全ての学校に評価の網の目をかけ、統制するための手段。」学力テスト体制は、「教育への市場原理の導入というだけでなく、国家が決定した教育内容にかかわるスタンダードの達成率に基づく、学校間・自治体間の競争の国家による組織を内容とし、エリートと非エリートの早期選別を目的にした、徹底した国家統制の仕組みである。」「産業構造の転換に対応 した新しい人材養成、という経済目的のために、公教育制度を再構築しなおすためにトップダウンで行われる改革」「国家が設定した教育課程の基準に対応した一斉学力テストを行い、その達成率に応じて学校評価、教員評価あるいは自治体評価を行う。その評価には財源配分が伴うことで、学校や自治体は達成率を上げるために競争状態になる。テスト・評価・財源配分を介して、政府は少ない予算で、自治体・学校を強力に統制し競争を促すことができる。このような“学力テスト体制”は、学校選択制、その結果に基づいた学校統廃合、教育バウチャー制度と連動して、加速度的に公教育を再編する。すなわち、学テ「結果」や、それに伴う学校評価「結果」を見て保護者は学校を選択することによって、地域の学校は入学者が集中する学校とそうでない学校に二分化されていくことになる。入学者数に応じた教育費配分制度(バウチャー制度)のもとだと、小規模化校はあっという間に統廃合され、競争的な大規模校だけが残っていくのである。

 教育現場に与える学テ実施の影響は、①無制限・意図的な教育内容への介入 ②結果がひとり歩きし、不正行為や学力観の歪みへ など多くの混乱や危険性をはらんだものです。

 財界、内閣府関連の規制改革会議など、結果公表をも含め、徹底的な英米タイプの新自由主義教育改革を推し進めようと勢力に対し、文科省は「過度な競争」は避けようとはするものの、統制の拡大、まさに「教育現場へのやりたい放題」ができることに大きな魅力を感じているのでは…全国学テ導入により「インプット(教育条件整備)のコントロールからアウトプット(教育内容)のコントロールへ」の道を開いてしまった以上、内閣府や財務省によるダイレクトな教育行政への統制を許してしまう流れはとめることができないであろう。

第2章 「学テ」と学校選択制がもたらすもの

・ 新自由主義教育改革の要が学テであり、それによって教育内容統制というより学校評価の網の目をすべての学校にかけることが大きな目標。本来平等な教育サービスを提供するはずだった学校を序列的にして競争的に再編したいときに、学テ、評価、選択制、財源配分といった制度が有効に機能します。

・ あるべき学校参加でなくて、政策側がやるような、学校評議員制度など、地域の保守層が学校をコントロールするような、あるいは教師と保護者をむしろ分断するような「学校参加」があります。そういういくつかの制度を使いながら、公教育を序列的に再編して、早くからエリートには資源が配分され、非エリートにはそこそこの教育をあてがうというように、学校教育を再編していく仕組み。その仕組みの中で「学テ」は要。

・ 「学テ」の前に選択制を入れて、地域の共同を壊してから学テを入れる。学校選択制は、「自由に選べる」というところが反対しづらいところ。保護者にとっては、「選択の自由が広がる」といわれれば魅力的に思えるし、そのデメリットは説明されません。

・ 学区自由化によって、学校と地域の関係を弱め、統廃合をしやすくするという意図…実質的な学校選択制と前後して、統廃合計画が公表…その時、この小学校は将来統廃合されると校名が区報にでて、あっという間に選択制で入学者が減ったというケースが…教職員組合勢力の分断という目的も…

・ 保護者は風評で動きます。さらに行政が情報提供して「風評化」する、統廃合対象といった情報が一回流されると、あっという間に小規模校はさらに小規模化します。当初から行政が統廃合をねらえば、手を汚さずに統廃合をすることができます。それから学校が自分たちで競わなければならないので、行政が条件整備を放棄できるという「メリット」もあります。

・ さらに、行政は、「小規模校は問題がある、競争心が育たない、教育効果があがらない」というような情報を流して親の選択行動をコントロールし、統廃合に持っていくということが多く見られます。

学校選択制導入がもたらす教育と地域荒廃の事実― 学校選択制導入に始まる学テと学校評価の行き着く先が統廃合であり、子どもへの深刻なダメージが避けられない。選択制導入後四~五年経つと地域が荒れてくる、…それまでは学校単位で問題を起こしていたような子どもたちが学区を越えて、「広域不良少年団」のようなネットワークがうまれてくる…学校単位の生活指導が行き届かなく…家庭訪問ができなくなり、…すぐに鑑別所に送るとか、警察が出てくるようになります。中学校がはっきりと二分化され…就学援助率が高い貧困地域の学校ほど「学テ」の成績が低く…学テの結果の高い学校と、そうでない学校とに二分化されてくると、下位の学校がさらにスラム化して…地域も荒れて…非常に投げやりな学校になってくる。上位の学校も…生徒数が多くなり、管理的にしないとやっていけないので、それなりに生徒にプレッシャーがかかる。学校が満杯で空き教室ができず、そのため少人数指導ができない…不登校が多く…先生は現職死が多い…退職して一~二年して亡くなる人が多いほど、校長職はほんとうに激務。

全国・自治体レベルでの学テ、学校評価、統廃合がすべて数値で進められる結果、学校も教師自身も子どもの実態をないがしろにしていく。適切な生活態度、保護者地域の連携、達成目標(埼玉では学力・規律ある態度・体力)などとの連携が入ってくる。数値化できない、すべきでない活動を数値目標を立てて強制させるという動きはどこでもやられるように。学校や教師が、評価や目に見える評価、数値化させる評価を気にすると、結局、子どもの実態をないがしろにする。評価で学校を競わせる、あるいは学力で競わせるということは、子どもや子ども集団にダメージを与える。

第3章 新自由主義的な学校統廃合とは何か 
–戦後第三の統廃合ピークを迎えてー


1 新しい段階の学校統廃合

 「学校統廃合が、子ども、教師に与える弊害は、子どもの健康と安全の障害、子どもの遊び場の喪失、学力・学習意欲の停滞、非行化、家庭教育の否認、教師の多忙化と管理体制の強化、親の経済負担の増大、学校と家庭・地域の疎遠等が一般的に挙げられる。」(「学校統廃合の社会的研究」若林敬子1999年)

 今の少なからぬ保護者たちは、これらのデメリットを自然な感情として受け入れない。新しい大規模校や、“エリート校”に通えるのは子どもにとって歓迎、と思っている、あるいは思わされている。保護者を取り巻く、切磋琢磨論、大規模校の教育効果論、子どもの競争歓迎論、そして、自己選択、自己責任論は強力である。このような新自由主義的イデオロギーにさらされて、多くの保護者は不安を煽られ、コミュニティにとっての学校の価値は極めて軽視されている。

 従来、過疎地や小規模自治体に特徴的であった学校統廃合が、都市部に拡大してきた。都市部の学校選択、学校統廃合で駆使される新自由主義的イデオロギーが過疎地を含む日本全国で共有化されてきている。

2  戦後第三のピークを迎えた学校統廃合

・ 統廃合を推進する政策
2008年、財務省の財政制度等審議会「平成20年度予算編成の基本的考え方について」-「小規模校には教育政策・効果上の問題があり、財政上も非効率」であるがゆえ、積極的な統合・再編を進めるべき、としている。

・ 平成の大合併と統廃合
地域を再編することによって、多国籍企業に市場を開き、国内ではより強い小数の経営体に資源を集中し、圧倒的多数の小規模経営体を切捨てていく。それは、政策側にとっては、「小規模自治体に地方交付税・交付金の削減と強制的な市町村合併による、財政の大都市への集中と農村支配体制の広域再編」という意味をもつもの。政府は、さまざまな「アメとムチ」施策を駆使して合併を強力に推進した。例えば、学校についていえば、合併すれば合併特例債等の財政措置が新自治体には認められるため、学校統廃合を合併後の建設計画に組み込んでおけば用地の取得にも校舎建築にも適用でき、少ない負担で新校舎新築ができるという小規模自治体にとってのメリットもあった。自治体の中には、将来的な義務教育費国庫負担の改廃によって学校維持や改築ができなくなることを懸念し、この際早めに学校統廃合してしまおうという動きも見られた。

3  新自由主義的な学校統廃合(東京都に見る学校選択制と学校統廃合のリンク)

 東京都では、2000年~04年までの児童・生徒数の減少が04年~09年推計では増加に転じている。それにもかかわらず、保護者の選択行動を利用した統廃合が多発している。(市部では学校選択・学校統廃合に着手していない市もあるが)各区および選択制を導入した市は、独自に審議会などにより学校「適正規模」(12~18学級)、学校最低基準(150名、180名―この人数以下になると統廃合の対象に)を設定している。全国では、2007年段階で自治体独自に「適正規模」を設定している自治体は約10%にすぎず、多くの自治体は未設定。

4  新自由主義的なイデオロギーとその手法

 教育効果論・「切磋琢磨」論―都市部・過疎地を問わず、各自治体の適正配置・適正規模についての報告・答申には、小規模校では教育的効果が上がらない、社会性が育たない、競争的な関係ができない、といった教育学的な“俗説”が多用されている。―総務庁監察局が1992年に作成した「学校規模と学校教育、学校運営」が、中~大規模校の方が教育的効果が高いことの根拠として引用するが、ある自治体で作成されたものをベースにし、教育的な根拠があるものではない。

 学校規模と教区的効果の相関関係について、一定程度の小規模集団の方が教育的効果が高いという、例えば「20名程度の集団だと算数の教育的効果が上がる」といった先行研究の蓄積はあるが、学校規模と教育効果の相関関係については見当たらない。また、単学級構成の学校でも、実態を見ると、縦割り集団などを活用して工夫することで、人間関係は固定されることなくかえって複雑になっているばかりか、全教師と児童・生徒がお互いに認識できる親密な集団としてきめ細かな教育実践が行われているケースも少なくはなく、小規模校に対する俗説的な批判は当たらない。

 教育的効果論と保護者の選択行動により統廃合が子どもたちに何をもたらしたのか(東京都東久留米市の場合)ー2004年、滝山小は、隣接する二つの小学校に分割・統廃合された。統合先での高学年の学年崩壊、低学年の行き渋り、滝山小から来た子不登校、転向などの問題が生じた。(ここは、市当局が流布する教育効果論や指定校変更基準の緩和策によって保護者が動揺させられ、保護者同士、保護者と教職員の関係が分断され、統廃合された。)その原因は、統合後の子ども・保護者へのアンケート結果から ①教育内容・方法等の総括やすり合わせが行われなかったために、滝山小から移ってきた子どもたちの中に統合後の混乱、不安が大きかった。②統合先に前の学校から教職員がほとんどついて行かなかったために、混乱、不安を感じた子どもが相談する大人の存在を欠いていた。

5  新自由主義的な学校統廃合に対する対抗軸の模索 

 学校選択制の見直しへー①2002年から選択制を実施してきた江東区は、制度を継続するものの「小学校は原則として徒歩で通える範囲内とする。」などとする事実上の見直しに。これは、町会など地域の保守層や同窓会などが選択制に反対し、新区長を動かした。(小規模校になっても即統廃合対象にすることはしない、といった言質を彼らが教育委員会にとれせたケースもあった。)深川や門前仲町など昔からのコミュニティが存続する下町では、祭りや子ども会を通して地域と学校の結びつきはきわめて強い。「地域の子どもは地域で育てる」という意識がきわめて強い。
②2004年から選択制を実施してきた前橋市(33万人)では、2010年度から選択制の原則廃止を決定。これは、行政当局・保守党系議員ら率先して見直しを。5年間の選択制の中で小規模校が固定化した結果、真のねらいであった統廃合計画が現実化したために、役目を終えた選択制を行政サイド主導ですみやかに廃止を決定した。

 町づくりプランの中で学校統廃合を考えるー佐賀県唐津市は、合併後、周辺部の小中学校の統廃合計画が具体化。しかし、少子化もあり、市側のプランにPTA役員などが説得され、なかなか反対運動が組織されない中で、教職員組合が率先して統廃合を問い直す運動をネットワーク化しようと試みている。(全国的に見て、特に小・中学校の統廃合に対しては、教職員サイドが消極的。)

第4章 小中一貫教育の問題点―東京都三鷹市のケースからー

1  拡大する小中一貫校

 2007年、学習指導要領は、“最低基準”である、とする文化省の変更以来、特区制度を用いなくとも小中一貫教育、小学校からの英語教育の導入がどこの自治体でも可能になった。横浜市が12年までにすべての市立小中学校(492校)に導入することを公表。東京都では、この一~二年の間に急速に拡大し、2009年度では、かなりの自治体が何らかの形で小中一貫の試みを行っている。

 日本における小中一貫教育の主唱者の金子郁容(慶応大大学院)は、導入目的を「中一プロブレム(中学入学とともに勉強についていけない生徒が増えることや不登校・いじめなどが急増すること)の改善」「学力向上」「学区内の学校間の相互交流を促す」としている。そして、その「実際の効果」としては、「教員の意識が変化した」「小学校児童の中学校への期待が高まった」「学力定着」としている。しかし、その実証的なデータについては挙げていない。

2  学校選択制による統廃合から小中一貫校による統廃合へ

 小中一貫校が短期間のうちに増加したのは、①小中一貫カリキュラムは、「基礎」「活用」といったPISA型学力に整合性を持つようデザインされたものであること。②学校統廃合を行う手段としての集中一貫校が挙げられる。近年、複数の学校を小中一貫校に移行することによって、結果的に学校統廃合を実施するケースが各地で見られるようになっている。経済的なコスト削減のためである統廃合を、子どもの教育的効果のためという理由―中一ギャップの解消による不登校やいじめの解消、四・三・二制による受験対応のカリキュラム、施設設備のよい新校舎などーによって抵抗なくスムーズに進める手段として小中一貫教育は「有効」に機能している。2000年頃から首都圏を中心に選択制とリンクした統廃合が多く見られたが、08年には激減。小中一貫教育などを利用した統廃合へとシフトがとられた。地域の教育力を破壊するなどのデメリットや予測不能な要素が強い選択制に対して、小中一貫校に移行することによる実質的な統廃合は、新設の“エリート校”への移行であるという意識が保護者に強いため、よりスムーズに計画的に行われるメリットがある。

3  三鷹市の小中一貫教育

 小中一貫校の全国的なモデルの一つが三鷹市(人口17万5千人)の、コミュニティ・スクール化を伴う小中一貫校施策。2006年の「にしみたか学園」以来、09年度にはすべての小中学校を対象に“三鷹方式”の“緩やかな小中一貫教育”が導入。ただし、三鷹市では学校統廃合計画は存在せず、学校選択制も導入していない。自治体の心臓部に市民参加のない『協働』と称される、典型的なNPM型構造改革(公共サービスに民間企業の経営方式を導入する改革で、「公共部門への市場、契約原理の導入」「成果業績主義」「公共サービスの民間委託」などを特徴とする。)を行ってきた。形式的な市民参加は行っても、重要事項は少数のメンバーで決定される。

 三鷹市の改革の具体的な内容は、①コニュニティ・スクール(保護者代表、地域・町会代表、青少年対策本部・交通対策本部代表、学識経験者、学園長、副学園長ら(20人以内)からなる「コニュニティ・スクール委員会」が設置。-学校運営協議会の拡大版)、②小中一貫カリキュラム(2007年からの学テ、08年の学習指導要領の「基礎」「活用」に対応した内容) さらに、「国民的学力向上と『創造的破壊』型の『企業家』(アントレプレナー)養成に重点を置いた教育政策が義務教育段階で重要視されている。

4  三鷹市の小中一貫教育の問題点 

① 小中一貫教育が、子どもの現実や要求から出発したものではなく、さらに子どもの発達段階にあったものなのかも充分に検証されていない点は問題。「中一ギャップ」を口実にしながら、実は、PISA型「基礎」「活用」タイプにカリキュラムを整合させていくことが目的だとしたら、保護者や国民をだましているかのような印象を受けかねない。小学生の発達にとって企業家精神の重要性を指摘する議論は、決して子どもの発達論や教育学の成果から導き出されたものではない。小学校一年生からの英語の導入についても十分な検証が必要。子どもを新自由主義教育改革の実験台にしてよいものではない。

② 教職員の多忙化は、教職員にも子どもにも悪影響を与えると思われる。教職員が、子どものために役立つ、必要だ、と感じていないカリキュラムを「やらされる」ことは、多忙感をさらに増大させるもの。

③ トップダウンで降りてくる教育課程に関わる方針が、従来の学校自治的な関係を壊す危険性がある。学校は、長年培った独自の文化や教育内容、地域との関係などを有している。それが、教育内容・方法にまで関わる小中一貫教育によって、覆されてしまう危険性がある。

④ コニュニティ・スクールの学校参加制度が十全に機能しているのか、懸念される。参加はトップダウンの移行を保管するためにあるものではなく、子どもに直接かかわる教職員や保護者の教育要求を学校運営に正しく反映するためにあるもの。

― これらの問題点について保護者や市民と共有して、子どもがダメージを受ける前にすみやかに改善していくことが必要。学校選択制や二学期制などは、教育制度の比較的外側に手を加える改革で、子どもへのダメージもダイレクトではなかったのに対し、小中一貫教育は、日常の子どもの教育活動、教育内容・方法によりダイレクトに関わってくるので、早い対応が必要。またその結果を十分検証しないままで、他の自治体がこの制度を拡大していくことに対しては慎重であるべきであろう。- 

第5章 学校選択制の見直し動向と学校統廃合(―群馬県前橋市のケースからー)

1  2008年における学校選択制の見直し動向

 1995年の政府の行政委員会の提言以来、政府、財界が積極的に提唱してきた学校選択制は、東京と、埼玉県など首都圏を中心に一定程度普及してきたが、それ以外の自治体においては、普及は進まなかった。

 08年前橋市が、選択制のデメリットを挙げ全国で初めて廃止を決定。さらに江東区が制度の見直しを、練馬区は、選択制のデメリットを挙げた報告書を公表した。それらに共通したデメリットとして、①地域の教育力の低下、②学校間の格差の拡大、③通学面の安全が保障されない、④入学者数が変動するため、教職員体制が組みにくい 等あげられる。+選択制によって保護者の学校参加が後退(練馬区のアンケートより)も。

2  選択制導入から廃止へ、そして統廃合へー前橋市

 前橋市は、2004年に選択制を導入し、2年後の06年に「前橋市立小中学校の適正規模に関わる諮問委員会」発足、07年答申、08年8月市教委は「前橋市立小中学校の適正配置・適正規模基本方針」を公表。その中で、小中学校ともに「12~18学級」が「適正規模」と設定、11学級以下を「小規模校」と称して、「通学区域の見直し」「学校の統合」の二つの方策で対応していくこと、および具体的な統廃合の対象となる学校名を(小6、中4)が示されている。手続き的には学校及び地域の関係者からなる「適正規模地区委員会(10~15名)が置かれ、合意形成の後、「適正規模合同地区委員会」を設置し、統合条件や跡地利用について決定していくとされた。

 この直後の08年9月、「前橋市立小中学校選択制検討委員会」が選択制を2011年度から廃止する方針を公表し、教育委員会・市議会で決定された。

 08年に統合対象と公表された、二中学校、二小学校、一小学校と一分校では、適正規模地区委員会(自治会、PTA会長、学校評議委員、学区内のPTA関係者から構成され、校長、教職員は一切排除)が09年2月に設立され、統廃合の検討を始めた。校区の全世帯アンケートで賛成の意見が多かった(やや強引な設問?)ことから、4月には、「統合が望ましい」という方向性を決定。アンケート用紙には、参考資料と称して、「各学校の教員数は学級数によって決められており、すべての教科を専門教科の教師が担当するための望ましい学級規模は一学年四学級以上(12学級)となります」「23年度からは学校選択制が廃止されるため、生徒は部活動の有無で学校選択はできなくなります。…統合すると、部活動は20程度の部活数になると考えられます。」という二つの記載があったため、保護者の中には、強く不安を感じ、もはや統合は避けられない、と判断する傾向が生まれてようです。

-前者の基準は、教員配置は各県の基準で定められているため、実際にはあり得ないものです。後者についても、部活動が一校に20部ある中学校が必ずしも一般的とは考えられない。一校に総花的に部活動が存在すべき根拠はないし、そうなった場合、顧問などの教員の負担も図り知れない。結局、統合を誘導するような流れの中で、地域住民や小学校保護者の中には統合に賛成しかねる声が出たものの、中学校保護者は、それらの理由から統合に賛同していった。―

 前橋市のように保守勢力が強い地域では、市当局が組織した住民参加組織によって施策が速やかに進んでしまう危険性があると思われる。また、教職員が参加していないことにより、子どもに最も影響を与える学校の文化・伝統や教育内容の継承といった視点が抜け落ちてしまう。

 統廃合は、住民の人口循環や地域センター、避難拠点としての学校の消失など、地域の将来計画と直結してくるため、より丁寧で、慎重な合意形成が必要であると思われる。  

第6章 始まった学校選択制の見直し (-内容的にはダブリのため省略―) 

第7章 学校統廃合をはね返す地域の力はどこにあるか

1  新自由主義的教育改革と学校統廃合 (第3章の内容に補足して)

 二学期制の問題―トップダウンで教育課程が一斉に上から決められる。今までは教育課程の編成権は各学校が持っていて、保護者や地域住民との関係で行事を織り込むなど,時間をかけて作られてきたのですが、一瞬のうちにトップダウンでくつがえされる。これは、教師の意識改革で、教育内容については強力にトップダウンで決めていくべきだという、NPM型改革の一つ。企業経営的な学校運営にもっていくために、今までの学校の自治的な関係を壊してしまうために、一気に教育課程を変えていこうとするものです。

 小中一貫校―いろんな口実があるのですが、実は小中一貫校にすることで学校統廃合が非常にすみやかにできる。二つの学校を一つにする。京都では七つの小中学校を一つにする例もあります。しかし行政がエリート校になると言うので、保護者は誰も反対できない。あるいは反対しにくい状況が生まれている。

 新自由主義型の学校選択制とリンクした学校統廃合(東京型)と地方に見られる市町村合併に伴う学校統廃合に共通するものは、-保護者の統廃合に反対する意識が弱まっていることです。-

 いわゆる切磋琢磨論とか大規模校の方が教育効果は上がるとか、競争しないと子供は駄目だとか、社会性が身につかないとか、行政がいろんな媒体を使って小規模校は駄目で大規模校が教育的にいいという規模チェックが、全国津々浦々の保護者によく浸透しています。それをくつがえす運動が必要になっている。…行政の宣伝がよく浸透しているので、それをひっくり返していくには統廃合のデメリットをきちんと伝えていかないといけない。

2  地域住民と教職員の共同の展望

 仙台市(大規模統廃合の計画見直しに成功したケース)-表に出ていなくて運動に教職員組合がからんでいる。たくさんの小中学校が統廃合の対象にされて、小規模校から反対運動が出てきたのを、市民の会がネットワーク化して、町会長もPTA会長も学識経験者も教師も、連帯のアピールを出せる条件をつくっている。各層を含めた運動を組めると小中学校の統廃合は阻止できるという典型的な例。(詳細は第11章3①に)
 
 学校統廃合問題では、子どもの発育と成長にとって地域の持つ価値も検証しなければいけません。早い段階から地域から切り離された子どもは、デラシネ(根なし草)の状態で、感情的に不安定感を抱えて成長していく、子どものとっての原風景が失われる。子どもはある段階まで地域の身近な人間関係、家族的な関係の中で成長して、あるところでグローバルな世界に出て行く。そうあるべき成長にとっての地域の役割をきちんと整備していくことが大事。

 不登校は一時期頭打ちになりましたが、またこの数年間増えていて、子どもの自殺も増えている。子どもの問題行動がいまの改革のもとでどうして生み出されているのか、この点もきちんと明らかにしていくことが重要。新自由主義改革は教育と子どもの成長・発達との関係を考慮していないので、一番弱いところにダメージが大きい。しかも、トップダウンで、評価から入ってくる。行政による評価を恐れるあまり学校管理職や教師が現実を直視しなくなっている。例えば統廃合で荒れていても校長は家庭や教師の問題にして、全体的な対策をとらないケースがある。いじめもいじめとして認識されず、検証されない。改革によって子どもがダメージを受けていることを検証して対策を考えていかなければいけない。

第8章 東京都に見る新自由主義教育改革の実態

1  教育基本法「改悪」を先取りした新東京ビジョン

 東京都教育庁が2001年に全面改訂した「教育目標」と「教育方針」は、すでに「権威主義教育、新しいタイプのエリート養成教育、教育への民間企業型経営手法の導入」といったその後の方向性を明確にし、「憲法・教育基本法の改悪と子どもの権利条約の軽視を先取りしたもの。2004年4月の「東京都教育ビジョン」は、新自由主義的なNPM型改革の方向性と、大国主義的イデオロギーの保守主義的な傾向を明確に打ち出したもの。

 直前の2003年に、教職員に学校行事における「国旗」敬礼・「国歌」斉唱を詳細に義務付けた「10・23通達」が出され、同時期に、障害児が社会の中で身を守る知識として切実に必要とされた性の知識を、生きていく上での人間関係のあり方を学ぶという視点でおこなっていた七生養護学校の性教育に対する教員処分事件が起こっている。これらの超保守主義的な都教育庁による強行は、東京都における従来の学校自治的な関係を壊し、NPM型改革への移行を暴力的に促すものとして用いられた。

 NPM型経営のもとでは、教育長は都知事の命を受けた民間企業の経営責任者であり、支店長である校長のもと、従業員である教職員に会社の方針は貫徹しなければならないのである。子ども、保護者はあくまで消費者、サービスの顧客であるため、「消費行動」として学校選択もするし、教員も「評価」される対象となるのである。教職員、子ども、父母が学校の構成員として、権力から自由な空間を作り出す、すなわち学校自治的な関係といったことは考えられない。国家が末端の教育実践における教育内容統制を視野に入れて「改革」を行おうとするとき、まず学校自治的な関係は最大の障害となるのである。その関係を解除するために、まず、保護者にとって「自由」を拡大する「甘口」な改革である学校選択制などが率先的に採用されてきた。

2  「教育特区」による国策を率先した教育

 品川区では、2006年度から小中一貫教育の新しいカリキュラムを全小中学校に導入している。同区は、2000年に学校選択制を導入、03年度に「小中一貫特区」に認定され、06年度に初めての施設一体型小中一貫校である「日野学園」を開校。当初、学校選択制導入時に「学校統廃合をおこなわない」と教育長が言質を取られたため、これまで品川区では学校選択制によって小規模化した学校も統廃合されることはなかった。ただし、今後も五校の建築が予定されている施設一体型の小中一貫校は、二校を一校の敷地に合併し校舎を新築するという形で実質的な統廃合であるとも言える。
 
 工事費約90億円をかけて大崎駅前の再開発地域の新築ビルとして開校された日野学園は、他校が区を四分したブロック内から選択されるのに対して全区内からの選択が認められ、教員の異動年数の延長など特例が認められるなど、特別ないわゆる“エリート校”と位置づけられることが予想され、2006年の選択希望では人気校となっている。また、校舎建築を含む再開発事業および校地跡地の売買には、区と関係を持つ大手不動産企業、建設業が関与していると言われる。

第9章 日本型「教育バウチャー制度」とは何か

1  教育バウチャー制度とは

 規制改革・民間開放推進会議や日本経団連がこの間強力に主唱しているバウチャー制度は、学校選択制とリンクした「児童生徒数に応じた教育費の分配制度」ととらえると最もわかりやすい。規制改革・民間開放推進会議は、「教育の質の向上に向けた各学校の改善努力を一層促すとともに、学習者に対して公平かつ多様な教育機会を提供するため、①自ら望む教育を受けたいという学習者の権利として学校を選択できる機会を確保するとともに、②各学校を選択した児童生徒数に応じた予算を配分する必要がある」と述べている。

 諸外国におけるバウチャー制度の理念やその内容は、政府が提唱しようとしているそれとは大きく異なっている。諸外国で展開している目的と内容を異にするバウチャー制度が、「教育効果を上げている」からと言って、日本で導入しようとしているそれが同じ効果を挙げるとは言えない。

2  アメリカにおけるバウチャー制度の特徴

 アメリカにおけるバウチャー制度は、学校選択の手法の一つ。公教育の民間委託であるチャーター・スクール、特色を持つ公立校を選択できるマグネット・スクール、学区全体の学校の自由選択制などと並ぶ制度で、その中では、利用者が最も少ないもの。

 バウチャー制度は、いわゆるホワイト・フライト(裕福な白人層が郊外へ流出)が起きた都市中心部の貧困層対策として発展してきたもの。大都市に流入した大量の移民などが、公立学校からドロップアウトしてしまうのを阻止するために、私立学校を選択肢として利用するという都市貧困層向け対策。 

3  日本型「教育バウチャー制度」

①根拠とされる内閣府アンケートの問題性

 規制改革・民間開放推進会議は、内閣府の「学校制度に関する保護者アンケート(2005年)」結果を引いて、「児童生徒数を基準とする予算配分方式について、回答者の五割近くが賛成し、反対は一割強にとどまった」ことを「教育バウチャー制度」推進の根拠としてあげている。しかし、よく見ると実際には、約半数は「どちらともいえない」と答えている。さらに、階層別に見ると、現実に子どもを私立の小中学校に入学させることを想定できる層、学校を選択することに積極的な層が、賛成しているのであり、アメリカのように貧困層の教育機会を保障するような制度であるとイメージされているわけではない。貧困層自身もこの制度を望んでいるわけではない。さらに、アンケートでは生徒一人当たり予算制度のデメリットについての質問は、デメリットを十分に説明するものとなっていない。…「学力テスト」結果を含む、学校の「特色」などに応じた差別的な予算配分が導入されている東京都足立区では、学校に均等に割り振られる基本的な予算がやせ細っていく傾向が生じている。

②日本型「バウチャー制度」はなにをもたらすのか

・ 教育内容の基準の設定、それに基づいた全国学力テスト、テスト「結果」による「学校評価」「教員評価」、学校選択制に「バウチャー制度」がリンクすることにより、新自由主義的教育改革のパーツが出揃い、国家による統制すステムが確立することになる。

・ 経済的に効率性の悪い小規模校を速やかに統廃合し、序列的に公教育制度を整理・再編することができる。

・ 教員給与体系の抜本的な見直しを進めることができる。

・ この制度が、公教育サービスにおける新しい市場を拡大させる可能性もある。

   日本の場合、民間企業が開発した教員研修プログラムの派ケージをそのまま公立学校が“購入”するという形で、公教育の中に新しい市場が生み出されると予測できる。  

第10章 ナショナル・テストを廃止し地域の学校を守るウェールズ

1  ナショナル・テストを廃止したウェールズ

 近年、学力テストを廃止したイギリス(連合王国)の一地方であるウェールズの教育改革は、新自由主義教育改革に対する対抗軸の一つのあり方であると思われる。特徴としては、

① ナショナル・テスト廃止に向けての動き
 テストの実態については、「学校の授業がテストのための学習になっている」「子どもたちが強いプレッシャーを感じている」など、多くの問題点が。教師達の声に耳を傾け廃止が決定された。並行して独自の教員による評価やカリキュラムのあり方も検討された。

② 地域のコンプリヘンシブ・スクール(総合制中等学校)を守り、その「掘り起こし」-民間委託化や多様化―に反対する方針 

③ 中央の教育改革にかわるものとしての職業準備教育と資格付与(ウェールズ独自の「資格」および「大学入試資格」が整備)

④ ウェールズ固有の言語や文化の重視

+ 中央の学校査察から外れて、独自の機関(Ostyn)による学校評価、幼稚園、小学校・中学校の学級定数の縮小(2003年秋まで中学校の学級人数30人以下に、2007年秋まで初等学校で25人以上の学級をなくす。)

 このように、ウェールズの教育改革は、地域性や共同性を重視し、テスト体制を廃止することによって、子どもの人間性やトータルな発達を損なわないものをめざしていると思われる。教職員組合の関与が大きいことも特徴的である。その上で、さらにグローバル社会に対応できる人材養成を模索しようとしている。しかし、それが、具体的にどのようなものになるのか、地域経済復興にどのように寄与できるのか、課題は大きい。

2  ウェールズ以外のイギリスではーシティ・アカデミーの拡大と問題点―

 同時期に、ウェールズ以外のイギリスでは、中等学校へのスペシャリスト・スクール(2004年に全国で1955校)およびシティ・アカデミー(ロンドン中心に2010年までに200校の計画)導入が進められた。内容は、情報、金融、アート、サービス業など新しい産業構造にダイレクトに対応して専門性が見て取れる。特に、産業構造の転換に成功し好景気が続く(注―この章は2007年に記述)イングランドで、新しい「人材」養成を掲げたニュータイプの学校が受け入れられる土壌はあると思われる。ただし、競争の中で、子どものトータルな発達や共同性が損なわれるという批判はつきまとう。

3  おわりに (ウェールズと共通する日本の地方)

 いずれにせよ、イギリスの「改革」を後追いしようとする日本において、産業構造の転換に成功していないほとんどの地域はすべて「ウェールズ」と共通する課題を有するといえよう。だとしたら、安易に新自由主義教育改革の載ってしまったら、損なわれる価値は大きいのかもしれない。

第11章 新自由主義教育改革への対抗軸

1  アメリカにおける学テ体制への対抗軸

 一斉学力テストを中心とする教育改革が先行しているアメリカにおいて、「学テ」体制への対抗軸となる層=学テによって何の恩恵も被らない層は、① 貧困層、マイノリティ、② 学校管理職、教師、教職員組合、③ ハイパフォーマンス・コミュニティ(既存の公教育に満足している保護者、地域住民)④ テスト教科以外の教科関係者(音楽、体育、美術やマイノリティの文化に関わるもの等)
 これらの対抗軸のうち、②と③は、アメリカの場合、必ずしも共同的な関係になることが想定されていない。アメリカの教職員組合は労働組合的なカラーが強く、必ずしも教育専門職としての機能を重視していない。
 日本の場合、かつて60年代の全国一斉学力テストにおいては、教師、教職員組合が保護者、地域住民と共同して(対抗軸として)反対運動を形成してきた歴史がある。…学テが、教師の教育を侵害するのは、60年代も今日の学テも共通している。…しかしながら、今日こうした共同(対抗軸)を実現することは非常に困難。その理由として ① 教職員に対する管理の強化、② 保護者と教職員の分断的な政策が採られている。③ そもそも保護者同士、教職員同士が共同できないようにされている。…また小学校受験や中学校受験の増加、あるいは学校選択制の導入により、早くから地域を離れてしまう子どもたちが増えることにより、地域における子どもたちの関係を基礎にした保護者の共同がきわめて形成されにくくなる。共同の経験を持たない保護者は、学校に対して個別の“消費者”としてふるまうようになっていく。

2  対抗軸となる自治体のあり方 

 自治体が学テ体制に対抗していくためには、それに与しないことがもっとも有効である。

① アメリカのミシガン州バーミンガム教育委員会―徹底的な教育行政への住民参加のもと、例外的に自治体独自の教育内容を自前で研究・開発し、教師の専門性の開発を重点的に行った。…教育長のリーダーシップによるものであった。住民の階層が高く、テスト結果も相対的に高いこともあり、教育委員会の方針は住民に支持。その背景には、かつて地域の私立学校と公立学校が生徒獲得競争をする中で、公立学校の質を高めることに対する住民の合意ができ、住民参加でそれが進められてきた、という経緯があった。

② 2007,08年と学テに参加せず、学テ反対運動の唯一の急先鋒となった犬山市のケースも似通った特徴が見て取れる。学テ体制に与せず、教育の地方自治、住民自治の実現がめざされたものであり、学テ体制にとっては障害となるものであった。教育委員会主導であり、必ずしも教職員や保護者、地域住民の強い要求から運動が形成されたわけではない。しかし、学テ参加、全国順位との比較を要求する保護者に対して、教育委員会が丁寧に説明していくなど、対話を通じての共同の可能性を持ったとりくみであったと思われる。

3  地域の学校を守るー保護者、地域住民、教職員の合意形成―

 日本において、保護者、地域住民および教職員の共同が実現し得たケースとして、学校統廃合反対運動の例が挙げられる。その中でも、宮城県仙台市と東京都文京区のケースは最も成功したケースといってよかろう。

① 全市的な運動で統廃合を阻止―仙台市

 2002年に「学校二学期制」が内容が明らかにされないまま強行的に導入されたことへの反省から、04年の学校選択制の導入計画に対しては、市民、教職インサイドから疑問の声が上がった。…学習会を持ち、運動によってデメリットをも考慮した市民アンケート実施にこぎつけ、選択制導入を阻止。その際、地域を越えたネットワークが結成され、そこで地域の学校の価値が確認されたことが、統廃合反対運動の成功にもつながった。

 教育委員会は05年「仙台市立小中学校適正規模検討委員会」を設置し、「小規模校は教員配置に問題が生じる」「人間関係が固定する」、といった理由から統廃合計画を開始。仙台市の場合、「一定規模」の基準を「小学校―12学級以上」「中学校―9学級以上」とおき、それ以下を統廃合対象とする極端なもの。…検討委員会は、小規模校関係者から小規模校についての聞き取りを行い、「きめ細やかな指導が行きとどく」「誰もが行事や活動の主人公になる」といったメリットについても意見聴取していたが、計画ではそれについては触れられなかった。市内の小29校・中11校が対象となり、最終的に省11校・中6校が「統廃合妥当校」としてしぼられた。

 それに対して、該当校である小規模校の保護者、地域住民が中心になって署名・要望書の提出など反対運動を開始。過疎化、高齢化、農業経営の不安などの中で、「地域が学校を支え、学校は地域の核」をスローガンに、現在の充実している小規模校の教育活動を守ろうとする運動が出現。それは他校へも拡大し、07年7月に「仙台の子どもと教育をともに考える市民の会」が反対運動を始めていた各学校保護者らの交流会を開催、12月には各層による「小規模校の存続を求める地域連絡会」が結成され、町内会、PTA、学校関係者を中心にアピール、要望書、陳情などの活動を拡大していった。 

 その結果2008年2月、仙台市教委は中学校統合を凍結、小学校も対象を限定するという事実上計画の頓挫を見ることになった。仙台市の大規模統廃合計画が阻止できたのは、地域の学校を守る住民、保護者、教職員など各層の共同、各学校の運動のネットワーク化の成功が大きな要因であろう。

② 都市計画全般に関わる統廃合計画を阻止―東京都文京区

 2006年小学校20校中7校、中学校11校中4校を統廃合対象とし、さらに公園や区の施設を廃止して新校を設置するなど、都市計画全般に関わる統廃合計画が公表。また「中規模校以上の統廃合もありうる」とし、“ブランド校”を残そうとするものであった。文京区では中学校のみで選択制が導入されていたが、小学校でも指定校変更制度を利用して保護者は数校の“ブランド校”に集中する傾向があった。600名以上の学校が900~1000人規模になることが予想された。文京区の場合、私立中学入試層は半数を超えるが、小学生の85%は地域の公立小学校に通うことから、「地域の学校を守る」運動として比較的高い階層の保護者もが運動の中心となった。…それまでの小規模校の教育実践について、保護者らは高い評価をしており、教職員組合の教師たちとも交流を持つことができた。統廃合計画の直前に保育園民間委託が計画化され、保育園保護者による広範な反対運動が起き、区の職員組合とも連携していた。(統廃合反対のPTA、保護者層と重なる)公園廃止に反対する区民や町内会・自治会などからも反対運動が起き、それぞれの運動がネットワーク化されていった。区側の計画が、子どもたちの教育のためではなく土地開発公社の不動産売買に絡むものであることも指摘された。結局、統廃合が区長選の争点となり、区長選の結果、統廃合計画は2校中学校の統合プランを除いてすべて凍結された。

4  各層から共同の形成へ

 共同を再構築していくために以下のような点に留意していくことが重要。

① 新自由主義的な「学校参加」制度と学校自治的な関係を形成する真の学校参加制度を峻別していくこと。
  新自由主義的な学校評価は「学校の自主性、自立性の拡大」の名のもとに、保護者や地域住民の評価への参加、保護者への説明責任、といったことを根拠に導入されるが、容易に行政による学校評価へと変質されてしまう。

② 新自由主義教育改革が子どもに与えるダメージを正確に検証し、子どもの十全な成長、発達の視点から、大人たちが共同していくことが求められる。学テ体制のもとで、すでに子どもたちは様々なSOSを発している。そのような子どもの声に気づき、それを受け止めて関係や制度を変えていくことが必要。

③ 子どもの発達にとっての地域の価値を確認していくことが求められています。例えば田中孝彦氏がフィンランドのケースで指摘するように、18歳までは徹底的に地域に根づいて育ち、それからグローバルな社会に出て行く、といったような、子どもを根なし草(デラシネ)にしない、子どもにとっての「原風景」を大切にした育ちの在り方は、検証される必要があるだろう。

第12章 私立校の教育内容の変更と学校選択の自由 (省略)

<私の感想>

何故この本を選んだのか

 私の住む栗原市では、2008年2月28日市教委が、小・中学校の統廃合を推し進める栗原市立学校再編計画(30校ある小学校は10校に、10校ある中学校は、6~8校に)を決め、現在着々と各地域での住民合意を取るべく推進しています。これに対して私たちは、これまで反対運動を展開してきた「栗原の教育を考える会」を発展改組して「ゆきとどいた教育をすすめる栗原市民の会」をこの9月26日に設立し、反対運動の建て直しに乗り出しました。その設立総会で「小中一貫校について、行政当局からの一方的な情報しか住民には知らされていない。」と指摘を受けました。その後の役員会で学習・交流会やシンポジウム開催の具体化に向けて動き出しました。私自身、小中一貫校については、2008.3.9に記事「小中一貫校について考える クローズアップみやぎ「小学校と中学校をつなぎたい」を見て」や08.3.24の記事「続、小中一貫校について考える」で一応まとめています。しかし、その後の展開はしておらず、改めてもう一度調べたり、自分なりに考え方をまとめようと思いました。

 そこで、何冊か本をチョイスしました。だいたい新自由主義教育改革批判の本ということになったのですが、その中の一冊が本書です。タイトルが「学力テスト体制とは何か」でしたので、「もうこれから学テは見直しの方向だから、今更、学テ体制でもないだろう」と思ったのですが、サブタイトルに学校統廃合と小中一貫教育が入っているものですから読まないわけにはいきません。しかも、著者は、山本氏です。今年3月5日の記事「第17回全国教育研究交流集会in仙台に一日だけ参加。―第5分科会(学校選択・学校統廃合・中小一貫校の現状と問題点)-」に詳しく書きましたが、その時の世話人をされていた方です。学校統廃合について国と全国の状況をよく調べられて先生だと思っていました。その後「学校の格差的再編と統廃合」の特集を組んでいた季刊「人間と教育」2009春号を入手したのですが、小特集の「貧困と教育」の方を記事(3月19日)にして、この問題は後回しにしてしまいました。この本の中に本書の第3章が入っていました。また、同じ県である仙台市の運動について、この研究交流集会で「これは、凄い!栗原にも知らせなくては」と思っていたのですが、(3月5日の記事で紹介していますが…)私自身の力不足で、その後、十分にできていませんでした。それが本書では、高い評価をして分かりやすくよく紹介されています。

 本書を読んでみて、当初は簡単に紹介すればよいのではないかと考えていました。しかし、内容をまとめて始めたら、ここも、そこもと引用も多くなってしまいました。どこを取っても、今の栗原の運動にとって紹介しなければならないものばかりでした。

現時点では、学テ体制はどうなっていくのか?

 本書は、発行が今年の8月20日。書かれたのは、2007年から今年の7月までです。政権交代がその後の9月に行われていますから、その後の変化については当然のことながら何も書かれていません。

 10月16日の朝日新聞に「学力調査、4割抽出 希望自治体は参加可」という記事が出ていました。内容は「文部科学省の政務三役が全国学力調査を来年度から無作為抽出に改めることを発表した。抽出率は全体の4割とし、来年度予算の概算要求額は今年度予算の57億円から21億円削って36億円。自治体などが希望すれば問題を提供し、自主採点で個々に活用できるようにする。抽出方式に変わっても引き続き大規模な調査になるが、文科省側は「4割以下にすると精度が下がり、47都道府県それぞれの成績がどう違うか、大まかな把握が難しくなる」と説明。」というものです。40%程度の抽出率は多すぎて、実態としては全数調査に近いものです。国際的な学力調査を日本で行う場合も、抽出率は10%程度ということですから、「40%程度というのは、各都道府県の主要都市から満遍なく調査校を選べるようにした結果ではないか。」(共同通信10/15)といわれています。

 本書では、「学校選択制、学校統廃合、小中一貫教育、学校二学期制… 今日、さまざまな教育改革が矢継ぎ早に教育現場にふりかかってくる。それらは学校を序列化し淘汰していく、学力テスト体制という大がかりな仕組みのパーツに他ならない。」(表紙の帯から)としているわけです。このところの状況を見ても学テ体制が、今後どうなっていくのか今一つはっきりしません。学テ自体が変化しても残りのパーツはどうなっていくのか?(学校選択制は、見直しの方向が多くなるだろうが…)

新自由主義と新自由主義教育改革はどうなっていくのか?
 
 10月18日朝日新聞の書評ページに広田 照幸氏著の「格差・秩序不安と教育」について耳塚 寛明氏の「未来を構想できる市民の育成を」という文が載っていました。その中で「70年代までの保守対革新という二極対立時代以後、教育政治は複雑化して非常にわかりにくくなった。」「①規制による質保障を志向し日本型教育モデルを維持しようとする族議員・文科省 ②市場原理による質保障を志向した新自由主義 ③現場の自律性を重視する政治的リベラル・社民勢力の三者」による三極対立図式だとしています。「90年代には新自由主義的な改革論者が、保守グループを押しのけヘゲモニーを握る。文科省はいろいろな部分で負け、規制改革グループが主張する競争と評価などを重視する改革案が実行された。そしていま、「小さい政府」路線による行財政改革に大転換が生じ、新自由主義者は政治の主舞台から退場しつつある。」「教育はどこへ行くのか。新政権にマニフェストは存在するけれども、めざすべき社会像を伴った将来ビジョンが明確なわけではない。」と書いています。そこでこの本の出番だとして、書評タイトルの「未来を構想できる市民の育成を」ということになるのだと思います。

 本書でも「財界、政府と文科省は、改革を進める上で必ずしも一枚岩ではない。」とし、区別して三極になっているようなことも言っています。①の族議員は野党に、しかし、文科省の官僚はしっかり残っているようです。②も東京都はじめ、地方ではまだまだ実権を握っています。何よりも本書でも「保護者を取り巻く、切磋琢磨論、大規模校の教育効果論、子どもの競争歓迎論、そして、自己選択、自己責任論は強力である。このような新自由主義的イデオロギーにさらされて、多くの保護者は不安を煽られ、コミュニティにとっての学校の価値は極めて軽視されている。」と指摘しているように新自由主義的イデオロギーの影響力は、まだまだ強力です。

 しかし、この新自由主義(その一部の教育改革)に対する理論的決着は、現在進行中のグローバルな金融・経済危機の中で明確になってきています。すでに今年の1月末に書かれた本でこの後に読む、二宮 厚美氏の「新自由主義の破局と決着―格差社会から21世紀恐慌へ」に「ポスト新自由主義」に向けた国民的決着の方向が出ているようです。ただ、方向が出ているといっても、実際に行動していかなければ本当の意味で国民的決着にはならないわけですし、そうした実践的な決着を、いよいよつけていく時期にきているのではないかと思います。
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