触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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「新自由主義の破局と決着」

<BOOKS> (28)                   2009.10.31
「新自由主義の破局と決着 階級社会から21世紀恐慌へ
を読んで


著者 /二宮厚美
発行 新日本出版社 2009年2月28日

著者の紹介/ 
 1947年生まれ。神戸大学発達科学部教授。経済学、社会環境論を専攻。主な著書は、『日本経済と危機管理論』(82年)『現代資本主義と新自由主義の暴走』(99年)『日本経済の危機と新福祉国家への道』(02年)『ジェンダー平等の経済学』(06年)〔以上は新日本出版社〕、『円高列島と産業の空洞化』(87年、労働 旬報社)、『自治体の公共性と民間委託』(2000年、自治体研究社)『格差社会の克服 さらば新自由主義』(07年山吹書店)など多数。

〔内容の紹介〕

新自由主義の延命を断つ国民的決着の方向を究明・整理した力作! 

本書の特徴点(「あとがき」より)

 第一は、新自由主義が進めてきた一方での格差・貧困社会化と、他方での金融・経済危機の深化とを「新自由主義的蓄積様式」を媒介にして統一して把握しようとした。
 第二は、新自由主義の政治経済学的性格を種々の新自由主義論を参考にしつつ、あらためて正確に評価。
 第三は、「ポスト新自由主義」の選択をめぐるきわどい議論(「分権化論」と「ガバナンス論」について)を正面にすえて分析した。「分権化論」は、マスコミ界はもとより、学界にあっても一種の「殺し文句」。「一億国民葬分権化論」の様相。「ガバナンス論」概念も肯定的に受け止める傾向が支配的。これらに批判的な論評を加えた。
 このように、新自由主義的大不況をダイナミックかつ綿密に解明し、「ポスト新自由主義」に向けた国民的決着の方向を見誤らないための理論を明らかにする。

〔目次〕 

プロローグ――「百年に一度」の現在
第一章 格差社会のなかの新自由主義の破綻
格差社会から経済危機へ /深まる格差社会化の諸様相/格差社会化を招いた新自由主義レジーム/新自由主義的蓄積が呼び起こしたバブルとその破綻/新自由主義破綻の弁証法
第二章 新自由主義ベースの大不況と世界恐慌化
バブルとデフレの共進 /アメリカ式バブル経済の原型/二一世紀版カジノ経済化の特質/バブル経済化のなかの日米関係/アメリカ発金融危機から世界同時不況へ/ 新自由主義の破局後へ
第三章 新自由主義の歴史的位置と経済学的性格
「ポスト新自由主義」構想の前提/新自由主義をとらえる三つの理論的視点/グローバル化のなかの新自由主義の帝国主義的性格/ケインズ主義に対比される新自由主義の論理
第四章 改憲型分権国家か憲法型ナショナル・ミニマム保障かの選択
分権化論の位置 /分権国家論の登場とその構図/小泉構造改革の新自由主義的分権化路線/自民党新憲法草案の新自由主義的分権国家構想/分権国家構造の罠
第五章 ポスト新自由主義の新福祉国家か福祉ガバナンスかの選択
憲法に立脚した福祉国家原則と新自由主義との対決点/ポスト福祉国家論から福祉ガバナンス論へ/新自由主義との親和的・妥協的産物としての福祉ガバナンス/福祉ガバナンスと新自由主義との現実的な「同床異夢」
エピローグ――新自由主義に対する決着

[各章の内容からのピックアップ]

<第一章 格差社会のなかの新自由主義の破綻 から->

小泉政権以来の構造改革を主導してきた論理―「護送船団方式の撤廃」と「国内高コスト構造の是正」

1、「護送船団方式の撤廃」の大合唱

-は、格差容認主義の言い換え。それ自体には二重の機能が、―官僚機構が建設業界とか金融業界といった船団を丸ごと保護する体制のもとで、大企業や大銀行の高利潤、支配体制を保障する機能を発揮してきたこと。その船団の一員として、中小零企業等の存続にも一定の保障が与えられてきたこと。これがなくなると、無防備となった裸の弱者は生き延びることができなくなる。

 日本的経営の見直しも、これと同様に、「護送船団方式の撤廃」の名で進められた。

 地域・住民向けの施策も。―90年代後半以降、地方交付税は、「護送船団方式」の元凶と見なされるように。地方交付税は、ナショナル・ミニマム保障の理念にたって、日本列島のどこの地域でも維持しなければならない最低限の行政水準を守るための財政調整方式=どんな弱い地域であっても守り抜く「護送船団方式」の財政方式だったから。交付税のおかげで地域が競争しない、ぬるま湯に浸かったように自立しようとしない、国依存の甘えがのさばる、といった「分権化」論がここから流行。小泉政権による「三位一体改革」が三年間で5.1兆円もの交付税をカットしたのは、「護送船団方式の撤廃」を口実にしたもの。

 教育基本法改正にもこの考えが適用。戦後日本の教育基本法は子どもの平等な教育、一人の子どもといえども落ちこぼれを出さないといった理念をベースにしてきたから、護送船団方式の教育版だと批判。これでは伸びる子が伸びない、平等主義は見直すべきだというわけで、学校選択の自由、習熟度別の学級編成、全国学力テストの実施、学校間競争の推進等が進行し、総仕上げに教育基本法改正の強行が。

 護送船団方式を辞めれば、強者・優者はどんどん前に向かって進むが、弱者・劣者は見捨てられる傾向が強まる。「護送船団方式の撤廃」は階層別、能力別、地域別、産業別等の格差をあらゆる部面で広げる。これに抵抗するものは、新自由主義者によって既得権に安住する者、既得権擁護論者と見なされ、「改革」に対する抵抗勢力と罵られることになった。

2、「国内高コスト構造の是正」の名の所得配分・再配分の見直し

ー財界はまず、第一に企業内コストの削減から始め、1990年代後半から荒れ狂ったリストラ、総人件費の削減・圧縮、賃金・雇用の見直しをすさまじい勢いで。派遣労働の原則自由化、製造用における解禁へ。

 第二に、企業にとっての社会的コストの削減、公租公課、社会保険料の抑制を政府に要求。政府はそれに応え、福祉行財政の規模を全体として抑制(量的抑制)→「小さな政府」へ。(小泉政権末期の「骨太方針2006」より毎年2200億円の社会保障予算抑制策。)それと、福祉行財政の制度的見直し(質的再編)→所得再分配構造の垂直型より水平型への転換(応能負担原則にたった福祉財政へ、貧困層を含む大衆間で所得を分け合う、EX消費税)へ。

「構造改革ノー」の世論を背景にした小沢民主党の変身 

 小沢民主党以前の岡田・前原代表期の民主党は、当時の小泉政権と同じ新自由主義的改革路線で競争する政党。これが、小沢民主党で「対立型」の構図に参院選以来、路線転換。(・小泉政権以来の新自由主義構造改革の矛盾が累積してきた。・この矛盾の中で国民の「小泉=安倍構造改革離れ」が広がった。・小沢民主党が選挙戦術、集票を計算して、有権者に広がる「安倍離れ」「構造改革離れ」の受け皿を狙った) 

<第三章 新自由主義の歴史的位置と経済学的性格 から->

 新自由主義評価の階級的視点(階級的反新自由主義派)と市民的視点(市民的反新自由主義派)

EX セーフティ・ネットー階級的な支配から国民の生存や雇用を守る福祉国家内に位置づけるのか、市場の失敗・限界を是正するセーフティ・ネット(市場社会そのものを安定させるセーフティ・ネット)として位置づけるのか

 両派は、新自由主義に反対する点において一致。協力・連合、協働・連帯を。民主主義的人権擁護でも、実際の政治過程でも、新自由主義に対する対決型の選択肢を示してきた。(07年参院選とその後)「階級派」と「市民派」の双方が新自由主義派に率いられた構造改革路線に「対決型」で臨んだこと、それが「無党派」を含む国民多数が「構造改革離れ」「安倍離れ」に向かった。―07年参院選における小沢民主党の勝利の背景にはこうしたことが。

ケインズ主義に対比される新自由主義

 新自由主義が台頭し、戦後福祉国家の危機が叫ばれ、大きな曲がり角を迎えた1970年代後半、資本主義諸国の支配階級が階級支配の戦略的衣装をケインズ主義から新自由主義に衣替えをした。

 日本では、ヨーロッパのケインズ主義的福祉国家というよりも、ケインズ主義的土建国家の性格が濃厚。資本蓄積にとってその国内需要(内需)要因としての効果が無視できなかった。-ばらまき型公共事業は内需の大きな部分を構成し、とりわけ重厚長大型建設・素材産業等の企業にとって重要な意味を持っていた。ところが、90年代に進行した経済のグローバル化の中で、事情は大きく変わってくる。日本の支配的大企業は多国籍企業化し、ケインズ主義的福祉国家はもとより、土建国家部分についても、何よりもコスト要因と見なすようになっていく。(拡大する世界市場を相手にした多国籍企業が、個別資本の視点にたたざるを得ないことが背景として)

 小泉政権以来の構造改革が何よりも「国際競争力の強化」を第一の課題にしてきたには、「国民的競争国家」にそったもの、そのために、社会全体の需要不足というケインズ主義的問題は解決されないまま、消費不足による内需の萎縮が続くことになった。

<第四章 改憲型分権国家か憲法型ナショナル・ミニマム保障かの選択 からー>

分権化論の位置

 分権国家構想は、小泉構造改革の重要課題の一つ。分権国家構想は、憲法改正路線の中に組み込まれた国家改造戦略になっている。規制緩和型分権化、市町村合併の更なる推進、道州制の導入等において、自民党と民主党はほぼ一致した路線にある。市民的反新自由主義派が、こと分権化路線に関しては、新自由主義的分権化の潮流に呑み込まれ、そこに身を委ねつつあること。
階級的反新自由主義派―憲法のナショナル・ミニマム保障を重視する。市民的反新自由主義派―「市場=市民主義的分権」の道を優先する。

 「分権型社会」-国・地方の役割分担社会とでもいうべきもの 基礎自治体は「住民に身近な行政」という名の福祉国家的機能、広域的道州には開発行政等の社会資本整備の機能。国家は主に外交・司法・国防・通貨制度等の機能(権力国家的諸機能)-分権国家構想につながるもの。住民の福祉や地域の公共事業等は、それぞれの地域の負担でやらせる、国のほうは手を引く、という地域的受益者負担主義によっている。

地域単位の受益者負担主義のワナ

 ヨーロッパ地方自治憲章の「補完性の原理」では、地域的受益者負担主義はひとかけらも登場しない。「補完性の原理」にそった自治体の公的責任とは、住民の利益に最優先の責任を持つのは地方自治体であるということであって、その費用分担をどこに求めるかということはまったく別次元のことだから。ヨーロッパ地方自治憲章は、地域的受益者負担などは持ち出さずに、むしろ地域単位の受益者負担主義の是正を提唱している。ここのあるのは、分権化ではなく、むしろナショナル・ミニマム保障のあり方、自治体がナショナル・ミニマムを担う場合の財政府保障の方途である。

 自治体を「住民に身近な行政」を担う「総合的・自立的行政体」として位置づけ、その費用負担を住民に義務付けることを志向。→「一般財源主義」に。自治体が義務教育国庫負担金のような特定財源にはいっさい頼らず、使途の自由な一般財源だけで使用する、というもの。=ナショナル・ミニマム保障の欠落また軽視の思想。

<第五章 ポスト新自由主義の新福祉国家か福祉ガバナンスかの選択 からー>

新福祉国家(階級的反新自由主義派)福祉ガバナンス>(市民的反新自由主義派)

新自由主義VS.憲法体制の視点

 新自由主義の帝国主義的性格に対する反撃の武器はー憲法第9条。

 新自由主義の戦後福祉国家解体の階級的戦略に対してはー憲法25条の生存権をはじめとする憲法の社会権体系が武器になる。この「9条+25条」の陣地は、新自由主義路線、改憲型構造改革にたいする国民的な武器。

 生存権保障の万人妥当性と無条件性=ナショナル・ミニマムの基準

 憲法は、「健康で文化的な最低限度の生活」を万人(all people)の権利だとしていること、ウェルフェア(福祉)として無条件に保障されなければならないとしている。(国民生活の最低限保障)

ナショナル・ミニマム保障の領域と方法

 五つの領域―労働、教育、所得、社会サービス、住宅・環境(空間)
 保障の方法―第一は、現金給付による所得保障(児童手当、生活扶助、各種年金、失業手当、最低賃金など)。

第二は、現物給付(原則)による社会サービス保障。現物給付というのは、社会サービス(保育・教育・介護・看護・医療・保健等)を供給する教育・福祉・医療労働等が、公的に保障される体制のこと。現物給付原則とは、社会サービス労働を公的責任と公的資金のもとで保障し、利用者に給付する方法または体制のこと。

第三は、生存・教育・労働権を保障するため公的規制、ルール・基準の設定。(その領域にまたがって、労働・食品・衛生の安全基準、施設・職員配置基準、環境保全ルール、営業・事業規制、公務労働の必置規制、各種ミニマム基準等、公的な関与や取り締まり、監督、ルール制定が必ず必要になる。)

ナショナル・ミニマムに襲いかかる新自由主義的攻勢

 これら三つの方法に、小泉構造改革以来、新自由主義が襲いかかってきた。公的規制、ルール・基準の設定には、規制の緩和・撤廃路線が、最近ではこれに分権化に結びつけて推進しようとする動き。現物給付原則のもとにおかれてきた社会サービスの領域では、「民間委託・民営化→市場化」の政策が。(EX保育の准市場化―)

憲法のナショナル・ミニマム保障からみた「福祉ガバナンス論」の特質 

 「福祉ガバナンス」は、福祉国家におけるナショナル・ミニマム原則よりも、地方分権化を重視する、分権化による福祉社会(ないし市民社会)の実現や、福祉国家ではなく福祉ガバナンスの発展を期さねばならない、と考える。

 公的規制、ルールー規制・基準・ルールの全国的統一性・共通性・普遍性よりも、分権化を推進する立場から、地域的な多様性・柔軟性・自主性を重視。(規制緩和に迎合する性格が強い。)

新自由主義との親和的・妥協的産物としての福祉カバナンス論

 「福祉カバナンス論」は新自由主義と「同床異夢」の関係において構想されてきた。新自由主義と接点を持ちつつ、迎合するわけでもなく、対決もしない。イギリスのブレア政権期の「第三の道」に近い立場にたつ。営利企業やNPOを含む制度的複合体のガバナンスは、必ずしも民主主義的な統治方式を意味するものでない。「福祉カバナンス」によって担われる保育・教育・医療・介護等が、必ず国民の生存権や発達権を保障する方向に向かうという保証は一切ない。(非民主主義的性格)

福祉カバナンスと新自由主義との現実的な「同床異夢」

 新自由主義派と福祉カバナンス派とは「IT革命の進行→技能の陳腐化→低生産性労働者の労働市場からの排除→労働市場への参加→包摂」という流れの中で、同床異夢=呉越同舟の関係に入っている。ただし、この同床異夢関係は、失業者や不安定就労者層を福祉国家的社会保障に包摂する方向に向かったものではない。

 「福祉カバナンス論」に主張するアクティベーション支援策は、「セーフティネット」というより「トランポリン」であるというから、安倍政権期の再チャレンジ支援策のような新自由主義的職業訓練策に向かわざるを得ない。

→全国民に普遍的な所得面でのナショナル・ミニマム保障原則があいまいになる。「生活の自己責任論」に手を貸すことにならざるを得ない。(現代の格差・貧困問題解決の第一歩にはなりえない。)

「新しい公共空間論」と同じ「福祉の准市場化論」

 「福祉カバナンス論」が社会サービスの「准市場化(疑似市場化)論」を主張して、新自由主義的行革論と同じ方向に向かうことになった。総務省の「新しい公共空間論」と同じものになり、現物給付型社会サービスの重視どころか、その反対の「社会サービスの現金給付化」に向かうことに。

現物給付型社会サービスの現金給付化の問題点

・ 「保育の准市場化論」が現実化するようになると、戦後保育制度は大転換を遂げることになる。


・ すでに現金給付化した介護保険制度や障害者自立支援制度の改革課題に逆行するもの。介護保険や障害者福祉では、制度が現金給付型の利用者補助金方式に変わって、それらのサービスのほとんどが民間によって担われることになり、独立採算型事業経営の浸透の結果、一方ではコムスンの破綻にみるような不祥事の発生、他方では福祉労働者のワーキングプア化の進行という事態が呼び起こされている。

・ 「福祉カバナンス論」が自治体における「新しい公共空間論」と同じ構図を構成し、いま自治体レベルで進行中の「福祉国家の分権的解体」の動きに手を貸す面がある。
福祉の分野では、いま重要なのは分権化が進んでいないという点にあるのではなく、むしろナショナル・ミニマムが危機に陥っている点にある。社会サービスの供給主体が多元化していない点に「ニーズ表出型」の社会サービスが行き渡らない原因があるのではなく、社会サービスを公務労働から市場労働に転換しようとする動きが活発になっている点にその原因がある。

  対人社会サービス労働はそもそもコミュニケーションを方法・媒介にした労働という特質があるために、仮に「ニーズ表出型」のものとして発展されようとする場合にも、現物給付型の公務労働として位置づけることがふさわしい労働。このことは、保育・介護のあり方だけでなく、保育・教育・医療・保健・看護・介護等の対人社会サービス全体にかかわること。コミュニケーションを媒介・方法とする社会サービス労働は、その労働そのものが現物給付原則にそって、公的に保障されなければならない。現物給付原則の担い手は、福祉カバナンスではなく、憲法にもとづく福祉国家である。

<エピローグから->

新自由主義の五面にわたる破綻

① 社会的破綻。新自由主義がよってたつ社会的基盤が崩れるということ。新自由主義は支配階級の戦略的道具として用いられ、まず、階級的格差を拡大し、国民各層を貫く格差、貧困、雇用、生活不安を深刻化した。だだし、これによって新自由主義は自らの支持基盤を萎縮し、諸階層を社会的に統合する力を失うことに。

② 経済的破綻。格差社会に立脚した新自由主義的蓄積が今回の金融・経済危機を呼び起こした主要因。金融危機の引き金となったアメリカの住宅・証券バブルや、金融主導の新自由主義的バブルの崩壊とともに、世界各国を根こそぎ襲うことになった大不況の嵐は、新自由主義の帰結としての過剰資本の投機資本化、過剰設備・生産化の破綻を物語るもの。

③ 財政的破綻。経済危機は、税収の減少を招く一方で、景気対策や失業・貧困対策等の財政需要を膨張させ、財政危機を深化させる。「経済危機→財政危機の深化」は、新自由主義的構造改革そのものに破綻宣告を突きつけた。

④ イデオロギー的破綻。新自由主義の身内から造反が出ている。グリーンスパンの告白や中谷巌氏の「懺悔録」など根本的な批判になってはいないが…イデオロギー的危機に。
安倍政権から麻生政権に至る政権の自壊構造。政治危機は、政権に対する国民の不支持が高まるばかりでなく、支配層自身が支配体制を維持できなくなるときに、初めて本物に。

―これら五面にわたる破綻だけでは、新自由主義に対する決着がついたとはまだいえない。決着をつける主体は国民自身。決着のつけ方その政治的選択のいかんにかかっている。―

新自由主義に決着・決別を告げるための指針

 決着をつける武器は、憲法体制。(=新福祉国家構想) その課題は、

① 格差・貧困の克服。階級的格差にメスをふるって、国民諸階層間、地域間、産業・企業間の格差を是正していくこと、その武器として憲法のナショナル・ミニマム保障原則を活用すること。

② 経済危機の打開。経済危機打開の基本的ベクトルは、国民の生活・福祉の拡充に結びついた内需の拡大、福祉充実型内需拡大の方向に。

③ 財政危機打開の方向を示すこと。垂直的所得再配分の徹底を。税制面では応能負担の強化を進めて、財源の確保を。新福祉国家構想は、過剰資本を破壊するのではなく、それを課税で吸い上げ、福祉充実にまわして有効に活用する。(これは、新自由主義との正面衝突となる。よほどの政治力が必要。)

④ 新自由主義を相手に関が原の合戦に挑む政治主体は、福祉国家的公共圏に生きる住民。(・地域社会の住民は住民自治の担い手。・国民国家単位の住民は、国民主権の担い手に。・国際(関係)社会に生きる住民はインターナショナリズムの担い手に。地球市民に。 ―新自由主義に決着をつける政治主体はが、すでに、この三つの舞台において、めざましく活躍し始めている。― 

⑤ 新自由主義に決着をつけようとする住民・国民の運動に、一つの理論的指針、または判断材料を提供すること。

[私の感想]

何故この本を選んだのか

 10月21日の記事「「学力テスト体制とは何か」を読んで」の<私の感想>の最後の方に、この本について、次のように少し触れています。

― 新自由主義(その一部の教育改革)に対する理論的決着は、現在進行中のグローバルな金融・経済危機の中で明確になってきています。すでに今年の1月末に書かれた本でこの後に読む、二宮 厚美氏の「新自由主義の破局と決着―格差社会から21世紀恐慌へ」に「ポスト新自由主義」に向けた国民的決着の方向が出てるようです。 ―

 私の問題意識は、教育問題から出発したのですが、新自由主義的イデオロギー全般の理解(その全体像と問題点、克服の方向性など)をする必要性を感じて選びました。教育改革については、山本由美氏の「学力テスト体制とは何か」だけでなく、あと数冊ピックアップして、読むスタンバイもしていました。しかし、その前に、どうしても、もっと全体像の把握をと考えたのです。ネットでいろいろと調べた結果(図書館でも探しましたが)、この本にたどり着きました。私は、二宮氏の著作をもう20年ほど前からぽちぽちと読んでおり、時代の大きな構図を把握する上でよく参考にしてきています。読む前に記事に書いてしまい、自分にプレッシャーをかけて臨みました。教育問題にしろ、この本の経済学や二宮氏の詳しい福祉・保育といったことにも、私自身はこれまであまり勉強してきませんでした。(運動のかかわりもなくて…)ただ、自治体問題や住民自治に関しては、若い頃から運動にも少しは関わってきていますから二宮氏の本も読んでいるわけです。それにしても、この本の細部にいたっては知らないことばかりで、まだまだ多くが未消化のままです。少しでも消化しようと思って、長々とした<各章の内容からのピックアップ>になりました。

民主党政権誕生後、今後の方向を切り出す上で重要

 この本は、発行が今年2月28日、「あとがき」からして1月下旬に書き上げたことがわかります。その後に、政権交代、民主党政権誕生ですから、どうなのかなと思われるかもしれません。しかし、いや、そうなったからこそ、この本の分析が的確だったと思われる箇所が数多くあります。1月下旬の段階で、というよりもっと前、07年参院選あたりからもう、政権交代(小沢民主党の勝利)を計算に入れていたとしか思われません

 私自身のこの間の記事、9月21日の「教育と貧困問題―「ナショナルミニマムと地方分権」について考える。」の中で、私の感想として、「民主党政権で「ナショナルミニマムと地方分権」がはっきりしない」と述べました。また、湯浅誠氏の文から引用で「地方間格差の是正を十分論議せずに地方分権を進めていけば、国民の暮らしは壊れる。…国民の最低限の生活を保障する「ナショナルミニマム」については国が責任を持ち、それ以上の上乗せ部分を地方が独自にやる。中央と地方に関係はそういうかたちにしていくべきで、ナショナルミニマムを崩壊させるような地方分権はすべきではない。」と紹介しました。そして、私の10月5日の記事「「しのびよる貧困 子どもたちを救えるか」を見て」でも、「「公共事業から、人への配分、人の配置」には、国民、市民の意識変革、考え方の切り替えが必要になってきます。この放送の論議でも出されましたが、今、国民、市民の間で議論を大いに巻き起こしていくことが求められています。私は、特に地方のレベルでの意識変革がそのカギになるのではないか」とも述べました。

 新福祉国家(階級的反新自由主義派)か福祉ガバナンス(市民的反新自由主義派)か

-この違いがこの本によっていくらかは理解できたとは思います。しかし、本書が前者ですが、確かに厳密に(学問的に)は、「階級的」という表現でいいのですが、一般的には説明しづらいです。それに、後者では、これまでそれほどその主張に違和感を感じてこなかった(幾つかの著作も読んでいる)神野直彦、金子 勝 の両氏が代表格だそうで、それと、宮本太郎氏(名前だけ知っていたー宮本顕治氏の長男)を特に重点的に批判しています。

 今回、民主党政権に神野氏は関わりました。おそらく、民主党は、市民的反新自由主義に近いか、イギリスのブレア政権期の「第三の道」に近い立場にたつのではないかと思われます。ですから、福祉ガバナンス(市民的反新自由主義派)の問題点(限界)は、しっかり把握した上で関わっていく必要があります。特に、民主党のいう、地方分権、地域主権には、その中身、ナショナルミニマムとの関連性で切り結んでいかなければなりません。 







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