触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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「栗原の学校統廃合を考えるつどい」チラシ等の作成をして

「栗原の学校統廃合を考えるつどい」
のチラシ等の作成をして
 
                                    2010.1.12     

 昨年9月末の「ゆきとどいた教育をすすめる栗原市民の会」が設立総会を迎えるにあたって、私は、会の結成の呼びかけ文とチラシの作成を担当しました。会が設立され、その事務局員になりましたが、広報担当ということになってしまいました。
 そこで、この2月7日に金成地域で開催する「学校統廃合を考えるつどい」も、その「参加のおさそい文」とチラシをつくることになりました。それが決まったのが、12月25日の役員会でした。
 その直後に例年通りの娘夫婦と孫2人の里帰り→ジジ親家業が続きました。(1月10日まで)「参加のおさそい文」とチラシの案の作成タイムリミットは、1月7日の次の役員会。ジジ親だけでなく、この間は、年末の大掃除、新年には新婚ホヤホヤの息子夫婦の合流、1月2日には総勢20人ほどでの母屋で新年会と大忙しでした。その合間を縫っての作業でした。しかも、その前にどうしても、ブログでのBOOKS(書評)「新自由主義か新福祉国家か」を年内に完成しておきたかったのでとても慌しい思いをしました。それでも何とか間に合い、1月7日の役員会にかけました。
 結果は、「参加のおさそい文」では、ほぼ、全面的に採用されましたが、チラシの文章では、文案が圧縮されてしまいました。文章が長すぎるというのは分かりますが、どうも、私の思いを上手く伝えられなかったと反省しています。しかし、今後、どこかでこれも生かして行きたいと考えていますので、こんな経過のような記事を書くことにしました。

(チラシの文章案) (太字がカットされた部分です)

 いま、行政からは、「小規模校では教育的効果が上がらない、社会性が育たない、競争的な関係ができない、多勢(大規模校)の中で競わせるべきだ」「小中一貫校は素晴らしい」というような一方的な情報が流されています。このような大規模校・小中一貫校のメリット、小規模校のデメリットは、本当なのでしょうか?

 また、小泉構造改革以後の格差・貧困社会の進行の中で、未だに「切磋琢磨論」「子どもの競争歓迎論」「自己選択、自己責任論」が幅をきかせています。

 何が何でも競争しないとダメなのでしょうか?本当の「生きる力」は、競争だけから生まれるのでしょうか?競争社会では、誰もが「勝ち組」になれるのでしょうか?「勝ち組」につくこと、従うこと(その近くでの生存)が幸せになることなのでしょうか?経済のグローバル化に、飲み込まれるしか生きる道はないのでしょうか?

 そして、競争についていけないことは「自己責任」なのでしょうか?子ども自身の「自己選択」といっても、そのように大人が追い詰めているのではないでしょうか?

 私たち、大人が子どもたちの選択肢を狭めているのではないでしょうか?

 こうしたことと別の道― 連帯、共感、共生、共同、協働、協同の道はないのでしょうか?


 子ども一人ひとりにゆきとどいた豊かな教育ができるようにするのが、私たち大人の責務です。子どもの発育と成長にとって地域の持つ価値、子どもにとっての原風景、地域の身近な人間関係、家族的な関係の中で成長して、あるところでグローバルな世界に出て行く(再び帰ってくることも)。そうあるべき成長にとっての地域の役割をきちんと整備していくことが大切です。

 また、地域コミュニティから学校をなくせば、次の世代を担う子ども達がいなくなり、伝えるべき誇りも空洞化し、地域の伝統・文化もなくなってしまいます。地域の再生も不可能になってしまいます。

(チラシの文章結果)

 いま、栗原市教育委員会からは、「小規模校では教育的効果が上がらない、社会性が育たない、競争的な関係ができない、多勢(大規模校)の中で競わせるべきだ」「小中一貫校は素晴らしい」というような一方的な情報が流されています。このような学校統廃合・小中一貫校のメリット、小規模校のデメリットは、本当なのでしょうか?

 子ども一人ひとりにゆきとどいた豊かな教育ができるようにするのが、私たち大人の責務です。

 子どもの発育と成長にとって地域の持つ価値、子どもにとっての原風景、地域の身近な人間関係、家族的な関係の中で成長して、あるところでグローバルな世界に出て行く(再び帰ってくることも)。そうあるべき地域の役割をきちんと整備していくことが大切です。

 また、地域コミュニティから学校をなくせば、次の世代を担う子ども達がいなくなり、伝えるべき誇りも空洞化し、地域の伝統・文化もなくなってしまいます。地域の再生も不可能になってしまいます。



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