触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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問題点の整理のためにーその2

ー学校統廃合ー
     問題点の整理のためにその2 
(1月20日)

 私は、1月16日の「学校再編計画(案)を考える会」に参加しました。そこでいくつか問題に感じたことと、この後21日に「栗原の教育を考えるシンポジウム」第7回実行委員会が予定されており、久しぶりに出席するつもりなので、現時点で考えられる問題点を少し整理してみます。

①中高一貫校と鴬沢高校の存続について

  市教委の意図も、存続運動側の懸念も分かります。県教委も絡む問題なのでそう簡単にはいかないことも分かります。しかし、市教委の「県教委との関係で3校も危ないので、岩ヶ崎を中高一貫校に」というのは極めて消極的です。「鴬沢高の存続も働きかけている。」と言っても矛盾していることに変わりはありません。ここは16日のT氏の発言「鴬沢高だけでなく一迫高も含め実業高としての役割を生かしていく視点で…」を受けて、市教委はもっと積極策を打ち出すべきです。それも彼の言う「岩ヶ崎という校名を入れたのは早すぎる。取り扱いにもう少し時間をおいた方が良い。」に私も同感です。時間をおくのは中高一貫校の創設ということもです。市民にまだ理解されていないだけでなく、その内容もまだ十分詰められていません。この問題は長きに係わることで、この1、2ヶ月で(案)を取った市教委の考え=計画としてもまだ出すべきではありません。市教委は、もう少し時間をかけて各方面の英知を集め、この問題での積極策を打ち出すべきです。

35人学級(しかも、1クラス20人以上に)こだわっている問題について

 市教委は「35人学級にすれば国(県)の40人学級の上乗せになり、国が35人になればその時、30人を検討する。35人学級は現在、市がとりうる最良の方策。」と言っています。(国が30人になった時についてはまだ何も言っていません。)それだったらもう少しだけ踏み込んで、「市として30人学級を目指します。しかし、国・県との関係、及び現在の厳しい市の財政状況の中では、当面、35人学級を実施します。」とは言えないものでしょうか?実はこれは、私がパブリックコメントの中でで言っていることです。これらの間にそれほどの隔たりがあるとは思えません。要は行政の姿勢、決意の問題ではないでしょうか。
 勿論、こう言ってしまうと、現在の学校再編計画(案)も少し修正しなくてはならなくなります。(それが私の狙いなのですが)「期日をはっきり明らかにしない少し遠い目標ー30人学級に合わせた計画を大前提にしつつ、当面はそれとは矛盾しない範囲での超小規模校の解消だけを地域との合意形成の上で行う。」となる筈です。35人学級は最良ではなくあくまで次善の方策です。ですから逆に、こうでもしないと市の学校統廃合が決まってしまって、実施されている途中で国(県)の方が35人、30人になったらどうするのかと言う問題が生じてきます。「35人(30人)学級の基準(学校規模についても最適化についての考えが変わってくる可能性があります。)だったら学校が残せたのに…」とならないようにしたいものです。
 また、市教委は35人学級にするといいつつ、1クラス20人以上にすることにこだわっています。計画(案)でも一定の学級規模を20人としていますが、16日の市教委の担当者の発言でも「20人を下回ると学習面では基礎学力はいいが、思考力とか深まりとかが(学級内の学び合いを高めて行く上で)弱くなる傾向がある。」と何度も強調していました。35人学級なら当然18人になることはあるわけで、20人というのは40人学級の発想です。市の佐藤教育長は「私たちも30人学級を目指している。」と言っていますが、30人学級では、15~16人になることもあるわけです。これらは明らかに矛盾しています。これは市教委が30人学級を単なる数の問題(=予算処置の問題)としてしか見ていないことの裏返しです。これは「学力の質」についてどう捉えるかが問われています。昨年12月4日、科学的応用力、数学的応用力・読解力などを見る2006年の国際学習到達度調査(PISA)が公表されました。(2003年PISA文科省2006年までPISA図録を参照のこと)40人学級でも頑張ってきた日本は毎回順位を下げてきています。逆に毎回高順位をキープし世界中から注目されているのがフィンランドです。ここは、少人数学級で1クラス24人以下。実際の統計上の平均は16人です。問題は人数だけではありませんが、教育改革の内容も日本と全く違います。それこそ思考力、学び合いにとどまらずコミュニケーション力、自律的に行動する能力などPISAの学力観にあったものになっています。国際化に対応するためにも、そろそろこうしたものに物差しを変える時期にきています。

何故、計画(案)への誤解がうまれたのか

 16日の会で市教委の担当者の言っていた市内各地で多くの市民から出された誤解ー「市は計画をゴリ押しするのではないか?」「35人学級とは一律に1クラスを35人にすること」というのは確かに誤解です。私がパブリックコメントの最後に示した計画(案)発表後のごく普通の市民の反応「もうこれで何をしても統廃合はされてしまう。」「統廃合は既に決まってしまったんだ。」も誤解(とあきらめ)です。しかし、私がパブリックコメントの最初に問題にしていることー「これまでの市の行政運営、行政手続は極めて公平性、透明性、信用性に欠けていた。」-の結果にすぎません。私自身も最初は、本当に市はゴリ押しするのではないかと疑心暗鬼でした。「地域と学校」についてはとらえ方にまだ温度差がありますが、当初より少し近くなってきていると思われます。ここへきて市教委は信用性を高めよう、市民に信頼されるよう努力していることは分かります。もう一つ、これは私が17日に聴いた講話「新たな社会に求められる市民意識」と関わるのですが、まさに現在が市民主導型社会への転換期にあるということです。行政は市民と協働していかなければ、もう立ち行かなくなってきています。これに対しての市民の意識はまだそこまで来ていないというのが現状です。だから誤解はうまれるのです。それではどうしたら良いのか?それはやはり行政の方が市民に近づくしかありません。計画(案)を大規模に修正する、決定時期を1年延期する、(反対が強くなくても)思い切って白紙撤回して最初から仕切り直す。いろいろ考えられますがともかく各地域、各方面でもっとじっくり時間をかけて十分議論し尽くすことが重要です。
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