触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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「栗原の学校統廃合を考えるつどい」報告―(その2)

2.7「栗原の学校統廃合を考えるつどい」報告―(その2)
2010.2.7講演録 

栗原市金成の小中一貫教育の問題点 
(含む品川の小中一貫校報告)
                                  
                          2010.2.19  作成者:触媒生活

はじめに

 講演と報告のレジュメと、それに実際に聞いた作成者のメモに基づいてまとめました。行われた順序はこの通りではありません。品川の報告は、講演と一体化しました。このように作成者のまとめ易さを優先した構成・内容になっています。従って、実際の内容との違いがあれば、その責任は作成者にあることを予めお断りしておきます。2月27日には、「ゆきとどいた教育をすすめる栗原市民の会」の役員会があり、この「つどい」の反省会をします。ここで、この私のまとめを「つどい」内容のまとめのたたき台にしてもらいます。

Ⅰ 学校統廃合の問題点

1 学校統廃合の3つのピーク

① 第1のピーク  50年代前半の「昭和の大合併」

 約1万あった自治体は約3千まで減少。行政効率性から、人口8千人に1中学(12~18学級規模)という数字が算出したが、この「12~18学級」という数字は学校教育法施行規則、義務教育費国庫負担施行令等の残存し、後に「適正規模」として独り歩きすることになる。これには、教育学的根拠はない。

② 第2のピーク 高度経済成長期行こう人口の流出で過疎地が生じた70年代

 70年の過疎地地域対策として、統合の際の校舎建築国庫負担率が、①の2分の1から3分の2まで引き上げられ、統廃合が促進され、特に小学校の廃校が進められる。これに対して山間部などで反対する住民紛争が多発した。そこで、73年には、文部省は「Uターン通達」(無理な統廃合は避ける、小規模校として存置し充実する方が望ましい場合もある)を出すに至る。

③ 第3のピーク 新自由主義教育改革における学校統廃合 96年~

 都市部では、学校選択制導入と同時期に審議会などにより学校「適正規模」、もしくは学校最低基準を設定。「適正規模」は法令などから「12~18学級」、最低基準は「150名」「180名」など。小規模校は選ばれず保護者の選択行動を利用した学校統廃合へ。08年、「地域の教育力低下 」理由に選択制見直しへ。代わって小中一貫校を用いた統廃合へ。(栗原市金成もその典型的なケース)

 政府は、05年3月を期限とする合併特例法のもと、市町村合併を推進。その理由は、経済のグローバル化の中で進む「『住民の生活領域としての地域』と『資本の活動領域としての地域』との乖離を後者の論理によって強制的に再編統合する」こと。そのため様々な「アメとムチ」施策を駆使して合併を強力に推進。その中で特に02年以後市町村合併の直後に学校統廃合が多発するようになった。(栗原市も同様です。)EX、合併すれば合併特例債等の財政措置が新自治体に認められるため、学校統廃合を合併後の建設計画に組み込んでおけば、少ない負担で新校舎新築ができるというメリットが。自治体の中には、将来的な義務教育費国庫負担の改廃によって学校維持や改築ができなくなることを懸念し早めに学校統合してしまおうという動きも。

 05年財務省調査では、小・中学校384校を221校に統合したところ、人件費を中心として170億円の効率化につながったと評価している。文科省は中教審に「学校統廃合の促進について具体的な検討」を要請した。少子化により小規模校が増えたことに対し、「教育上、学校にある程度の規模は必要」と教育的な効果に基づいた理由を挙げている。平成の大合併に伴う学校統廃合については、教職員定数の規制緩和、スクールバス購入などの優遇措置がとられた。宮城県は東北では小・中・高統廃合数は、これまでのところは、最も少ない。

2 保護者への宣伝と統廃合後の子どもの荒れ

・ 学校統廃合は関係者にとって忌避したいこと、悲しむべきこと、という認識は、かつては自然なものだった。かつては地域をあげてみんなで学校統廃合に反対した。

 それが近年様変わりした。全国的に行政側によって、「教育的効果」論(規模が大きいほど教育効果がある)、社会性が育たない、などという検証されていない俗説や、「切磋琢磨論」、「競争が必要」などのロジックが多用・流布されていった。それによって保護者は不安を煽られ、(小規模校・複式学級は)デメリットが多いとの不安感から動く。こうして保護者たちの共同を解除してしまった。

・ 学校は独自の伝統と文化を育んできたもの、その総括と摺り合わせが上手くいかないと統合は成功しない。

・ 新潟県の中学校のケースでは、各地区住民が学校建設委員会になり、時間をかけて地域の文化センターとしての学校を新築した。

・ シュミレーションをしてみることが必要。校章、校歌、PTA、学校行事、同窓会、などすべてが新しくなる。すべてを新しくしないと統合後に荒れてしまう。対等な統合が重要。(品川区の小中一貫校では、小学校の制服問題、行事などでこじれている。)

3 財政的メリット

① 小中一貫校に統合した場合の教職員給与の試算から(栗原市金成の小中一貫校化の場合では、約2億円のコスト削減になる。)

② 財政的に裕福な自治体と財政難自治体の小中一貫校のギャップがある。
品川区―90億円をかけた施設一体型小中一貫校を新設できた。インとアウトの差、財政困難自治体では単なる経済効率性のための統廃合になってしまう。

4 複式学級の問題をどう考えるか

1) 複式学級は学校の「個性」であり、そのメリットがある。

① 個に応じた指導に充実を図り「個性を活かす教育」が実現できる。
② 自学自習の習慣化と自主性の育成により「自ら学び考える力」がつく。
③ 温かい人間関係の中で「豊かな人間性」が育成できる。学年を超えた児童の結びつき、保護者や地域との結びつきが強くなる。

2) 別の体験的ケースでは、

① 与えられた課題が終わったら好きなことができる。(自分のペースにあわせられる。)
② 一学年上の授業が聞ける。(ほとんど飛び級と同じ効果がある。)
③ 先生は児童に飽きにくい自習課題を準備する。(話を聞く授業ではなく自分で考える時間になる。)
④ 自習が半分なので、自分で問題を解決していく習慣が身につく。(先生はあくまで学習の補助者という認識となる。)

3) ある複式学級で学んだ学生(岡山県の児童十数名の分校で)の感想。

 「複式学級は、…生徒がたくさんいる学校では決して得られないであろう学年や性別を超えた強い結束力が身につき、より友達や年上の人を思いやる気持ちが芽生えると思う。」「親同士も子ども同士も仲が良くて、家族のような学校でいじめなど見たことがなかった。学区が町の地域で保護者同士の関わりが薄い小学校から来た子どもには(中学校で)いじめがあった。」

→ 栗原市が「学府都市」をめざすなら、複式学級の実践研究やT・T、非常勤教師の配置などに予算を付けることも可能ではないか。

・ 単学級構成の学校は、体験的には、男女同数くらいで、学年15名程度で全校(約90名)の関係がよく縦割り活動が活発な学校は、非常にうまくいっている印象だ。特別支援学級とも仲の良い関係。全校児童の一人一人の顔が分かるよい関係。これは、ヨーロッパの平均小学校規模(全校100名以下、フランスの小学校平均は99名)に近い。

5 地域にとっての学校

・ 地域のセンターとしての学校、仙台市で成功した大規模統廃合反対運動のスローガンは、「地域の学校」だった。

・ 避難拠点としての学校の役割がある。(新潟では、学校統廃合が進んでしまって、中越地震時に避難拠点として機能しなかった)

・ まちづくりプランの必要性―地域住民を中心とした多各層との話し合い、合意形成が不可欠。

Ⅱ 全国的な小中一貫校(小中一貫教育)の拡大 

1 財界、政府が求めてきた6・3制の撤廃・規制緩和

2 学校統廃合の手法としての小中一貫教育

 06年開校、品川区の施設一体型小中一貫校は、実質的な学校統廃合である。その後の渋谷区、京都市(2中5小を統合)では、条件の整った新校舎、「エリート校」の創設という名目で保護者の反対運動を解除していった。それが全国へ波及してきている。

3 小中一貫教育と基礎・活用カリキュラム

・ 6・3制から4・3・2制など。
早い段階から習熟度別学習・少人数学習が行われる。
   すべての子どもに「基礎」→「活用」というよりは、「基礎」と「基礎」・「活用」2つの国民形成に応じたもの?

・ 小学校から「アントレプレイナー(創造的破壊型の企業家)シップ」などの経済活動学習重視。

・ 小学校からの英語の採用。

Ⅲ 各地の小中一貫校(小中一貫教育)のケース

1 品川の教育改革

・ 01年から若月教育長のもと「プラン21」が始まり、学校選択制の皮切りになった。

・ 04年 小中一貫教育特区に認定、中1ギャップの解消を理由にしながら、実質は前倒しのカリキュラムと学校統廃合へ 6・3制→4・3・2制、5年生からステップアップ学習(習熟度に傾斜)市民科授業、小学1年生からの英語、経営的視点「経営コンサルタント会社が診断し成果を高めることを支援」、教育からサービスへ・適正な学校規模という名の多様な学校・教師の意識改革。

・ 公教育の差異化を目指し、小中一貫校と小中一貫教育では全く異なったものなのに「古い校舎で無理な小中乗り入れを強制される」(佐貫 浩)ことに。
 漢字の前倒しなど性急な先取りカリキュラム、教科学習に混乱、区独自のカリキュラム、改定学習指導要領の前倒し
教員には兼務発令 免許なしで教壇に立つ教師たち、7年生の3分の2が他の小学校からの入学
 豪華施設(建設費70億~100億円、完全冷暖房、温水プール、バスケットコート3面の体育館)
 校訓から見える目指しているものー学力向上・規範意識や倫理観

・ 子どもの生活し成長する空間が激変

<小中一貫校は、子どもの生活リズムに合っていない>
 
 1年生からの標準服、髪の毛やリボンなどは中学の規則に則って、授業時間45分・50分、休み時間は5年生からなし、広い校舎(地上5階地下2階)校庭で遊べない小さな子どもたち、学級というまとまりの後退、子どもたちに欲求不満、ストレスが溜まり、月1の割合で救急車の出番が…。

<5年生から中学の文化の中で生活>

 小5から定期試験(学期2回 広い範囲の学習)、委員会活動もクラスの中で何人かだけが活動、部活も小学校のクラブ活動はない、小学校教員も部活を担当、生活指導「小学校で教員の手に負えない子がいても中学校の教師が一喝して…」(これでいいのか?)5.6年生の教科担任制の矛盾、

<やせ細る学校行事、文化>

 9年の幅の子どもが一同に会する運動会の様変わり、つまらなくなった。運動会で6年生の参加はクラス全員リレーと大縄跳びのみ、45分の練習に子どもを並べるだけで1時間、展覧会なし、1200人の入学式と卒業式(名前を呼ばれるだけ)、5年生からの合唱コンクール、学芸会なし、中学生の部活で占拠される運動場、小6の「卒業式」の感動の消失、全体として管理された巨大空間としての学校のイメージの強化、給食時間のあわただしさ、

<異年齢集団の交流というが…>

 5.6年生の活躍の場がなくリーダーシップの弱まりが、7年生は落ち着くというが…、
→学校不適応を増加させるのではないか。
 地域の教育力の低下による子どもの「荒れ」、入学者ゼロから廃校になった中学校では、すでに集団が成立していなかった。いつの間にか転校していく子どもたち。

2 三鷹市の場合

・ 06年「三鷹市教育ビジョン」学校評価等、新自由主義教育改革の代表的研究者メンバーが助言者。そこで、小中一貫校、学校評価PDCAシステムの採用。09年から全小中で導入。

・ 全教職員アンケートでは、8割が小中一貫に否定的回答。

・ 子どもの発達段階を無視、小中一貫は発達論からは導き出されない。中学を意識するのはせいぜい小5.6年、中学は自我確立の混乱期、教職員も全力をあげて乗り切らなければならない時期。

・ 教職員の想像を絶する多忙化へ、トップダウンで学校自治を壊す。従来の学校体系(6・3制の平等な公教育)を壊す目的の規制緩和政策。

・ 新自由主義的な「学校参加」「学校評価」

・ 形ばかりの「交流」「乗り入れ授業」、打ち合わせ、→担任の不在、授業カット、非常勤講師による授業、「教師が子どもに向き合える時間が減る」→子どもの「荒れ」「子どもに学力がつかない」「中学での学級崩壊および3校での崩れの実態」「教育現場の声が生かされるチャンスがなく、決定事項としておりてくる」「市長からのトップダウン」小中一貫校、コミュニティスクールの全国的モデルであるのでデメリットは表面に出ない。むしろ必要な「中1ギャップ」(不登校が減ることは実証できず?)

Ⅳ 栗原市の学校統廃合計画

1 栗原市立学校再編計画

小学校 

30校を前期(平成26年まで)に12校に、さらに後期(平成31年まで)に10校(含小中一貫校)と3分の1に。

中学校

10校を前期(平成26年まで)に8校に、後期(平成31年まで)では6~8校(含小中一貫校・中高一貫)に、こうした超大規模統廃合計画です。
 これは、「教育環境を改善」という理由はほとんど当てはまらないだろう。専門家の誰が見ても典型的なコスト削減のための統廃合。

2 適正規模

小学校
クラス替えによる交流を可能にするため各学年2学級以上

中学校
「中学校においては9学級以下になると教科ごとの専門の教員が配置されなくなる可能性があります。」としている。これは、ほとんど脅しに近いもの。今まで見た中では、群馬県前橋市(12学級必要)の統廃合計画と、この栗原市のみで挙げられた理由。これに対して群馬県教育員会に確認すると「そのようなことはない。よほど特定な教科に偏らなければ。」ということだった。おそらく技術・家庭科の担当に専科を配置するのが難しくなる。通常は、非常勤講師、兼務教員などで対応。(例えば東京都荒川区―現在統廃合は凍結―では家庭科の専任は区で2人のみ、あとは非常勤と兼務で。技術・家庭の専任化はとても大変で無理。)
 
 全校・6学級以下の中学校は全国で多数あるが、主要教科でそのような問題が起きているケースは例外的。栗原市の場合は、「適正規模」が独り歩きしている。全国的には教科ごとの専任教員の確保を理由として統廃合することはほとんどない。

3 手続き

 市は、「保護者、および地域の合意がなければ統廃合しない。」といっている。
 これには、PTA,地域で野説明会、全住民アンケートなどが必要です。

 統廃合(小中一貫校)に伴うデメリット、メリットの提示をした上でのアンケートを。
・ 普通の統廃合、小中一貫校の違い、小中一貫校で成功しているケース、問題のあるケースの例示をして。 

Ⅴ 栗原市金成の小中一貫教育の問題点          

1 典型的な財政効率性の統廃合のための小中一貫(5小1中施設一体型小中一貫校)

・ 6校を1校にすることの財政的効率性は大。栗原市は、「教育効果」のためであって、コストダウンは後から付いてくるものという。

・ 市町村合併の前に学校統廃合をして「身奇麗にしてから合併」もよく見られるケース。
同規模の町村同士の合併は直ぐに統廃合を招きやすい。サービス低下の批判をかわしやすく旧町村の力関係で廃校されやすい。この金成地区では合併以前に計画はあったのか?

・ どれだけのコストダウンになるかを試算してみると、
統廃合後(小中一貫校にして)教職員削減により、宮城県の支出が約2億円削減できる。典型的なコスト削減目的の統廃合だ。

2 子どもたちにとっての施設一体型小中一貫校

・ 施設面
財政的に余裕のある「勝ち組」自治体(品川区など)は数十億円掛けた豪華校舎を建築する。ここ、栗原市のように財政的に厳しい自治体にとっては、古い施設を改修するだけのただの「統廃合」になる。

・ 教育内容面
小中一貫校の独自カリキュラムを作ることは、大変な作業で、その内容はともかく、財政的に余裕のある自治体では国政レベルの研究者らを動員して作る。
小中一貫カリキュラムの問題性、子どもたちの現実から出発していない。

・ 専任教員配置問題
(前述の栗原市立学校再編計画 2適正規模 中学校 に)

・ 教育学的根拠がない「適正規模」、勝手に決めた「適正規模」に固執する栗原市行政。
学校規模と学力の関係を研究した報告はない。

3 中1ギャップ、いじめなどは克服できるのか

・ 小中一貫化により必ずしも実証されていない不登校、いじめなどの減少。

・ 中学校でのいじめの存在は、小中一貫では解決できない。
   むしろ問題を抱えた小学校の実践の改善、および中学校自体の抱える問題。似たケースとして、広大な地域の新潟県旧朝日村(現村上市)の5中学校が1中学校への強引な統廃合(1989年)がある。その後20年間「荒れ」といじめの中学校に。思春期の子どもたちを対象とした中学校教育が地域から切り離されると困難を抱える。

4 子ども発達にとって地域の重要性

・ 保護者、地域の共同が支える小学校と子どもたち。子どもの十全な成長・発達にとっての「原風景」としての地域、地域の学校。この「原風景」が失われることによってデラシネ(根なし草)に。

・ 各小学校の伝統や文化を大切に。積み上げてきた学校の伝統や文化、いつか統廃合するにしても、丁寧な教育内容のすり合わせが不可欠。それが欠けた、東京都東久留米市での統廃合後の小学校では「荒れ」に。

5 地域住民にとっての学校、まちづくりプランは

・ 他の地区の統廃合の突破口としての小中一貫校

・ どのようなまちづくりを展望するのか。 

<主な質疑応答・意見交換の紹介>

・ 小中一貫教育は、世界的にはあまりに突飛で検証されていない。
(「デメリットが多くてビックリした。でもメリットはないのですか?」という質問に答えて)

 メリットは敢えて挙げれば小中の教職員たちが「意見交換ができる」ということ。知り合う機会ができて交流ができた。「でも、この大変さは何だ!」ということに。小中一貫教育は、①教師は大変、②子どもは犠牲に、③トップダウンでやられる。というのが率直な感想だ。

   これから、京都、大阪、横浜と規模の大きな自治体で導入されていくが、連携方式などいろいろな形態になる。負担が大きく、1つの方程式にまとめるのが大変。世界的には、中・高はいろいろあるが、小・中というのはほとんどない。小・中というのは、あまりに突飛で、検証は行われていない。

・ 8割の保護者が賛成、8割の教職員が反対。
(「品川で実際に教師をされてどうですか?」という質問にー品川の小中一貫校の先生の感想)

 保護者には、お坊ちゃま、お嬢様学校に入ったようで、人気は高いが、そこにいる先生方は、「これは違うんじゃないか」と思っている方が多い。1000人規模の小中一貫校では、現職教員の2人が過労死しているほどの多忙だ。三鷹の教職員アンケートでの8割が反対というのが頷ける。反対に、保護者の方は、8割は賛成だと思う。

・ 運動の方向性について、ネットワークづくりを是非。
(色麻町から参加の2人の質問に対する山本氏の答え)

 ネットワークをつくることを是非やってください。仙台の成功例が参考になります。PTA全体が反対でなくとも、一人でも有志でも繋げて欲しい。点と点を繋げて、ネットワークを。最後まであきらめないこと、行政は5年でも、10年でも20年でもしつこく攻勢をかけてくる。東久留米での例では、4年生だけが荒れなかった。それは、4年生の親達が子どもたちに寄り添って、キレイゴトを言わなかった。本音で、反対運動をした。そうであれば、例え反対して最後に統廃合されても(統廃合以後のケアにも反映がされていく筈だし、)子どもたちの心のダメージを和らげ、サポートもできていく。

・ 市行政は、子どもの現状を見ないで、小規模校や複式学級がダメだと決め付けている

 栗原市の学校統廃合は、金成地区でのたった3人の保護者の「複式を避けたい」という要望から始まり、それを逆手に取って、全市の統廃合をやってしまうという荒手のリフォーム詐欺のようなものだ。それに、市の教育委員会は、実際の小規模校・複式学級の現状、そこで子どもたちが如何に伸び伸びと育っていっているかを見ていない。子どもの現状を見ないで小規模校や複式学級がダメだと決め付けている。

<私の感想>

20年前の築館、今回の高清水での経験。

 今回のこの「つどい」をもったことで、私は、約20年前の築館町で起きた場外舟券売り場の誘致を白紙撤回させた反対運動を思い出しました。「誘致で自治体にずっとお金が落ちる。」(メリット論)「保守的な地域でどうせ反対しても変わらない」「有力者(お上)が言うことだから逆らっても…」町議会では初めは、共産党町議一人だけの反対だった絶対的な形勢不利なところからの劇的な逆転(町議会での逆転)をしました。これをなしえた力は、①子どもたちのことを大切に考えるPTA関係者や多くの親達。②一部地域が目先の儲けに走りそうになっても、それを阻止した町内各地の「住みよい、暮らしやすい、安全な地域にしたい」という地域・コミュニティの役員と多くの住民。が誘致反対の一点だけに一致して短期間にネットワークを組み、署名活動を展開しました。厚い保守層の地域ではあるのですが、その保守の中にもある「子どもを守る」「地域を守る」ということであれば、保守にありがちな、「事なかれ主義」や、「画一主義」、「長いものに巻かれる」といった傾向もそれを克服して、その先へと協同の運動を展開することができるのです。

 今回でもそれがいち早くできたのが、高清水地区です。「高清水中学校は前期統合の対象からはずして」という高清水地区人口(約4200人)の62%を超える、2.625人の要望署名が大きな力になりました。高清水小・中学校PTAの会員の皆さんを中心として多くの皆さんが結集し、地域ぐるみの運動が今回の成果につながったものです。「声を上げて本当に良かった」と地区の人たちは、喜んでいました。さらに、後期計画までの間に、「高清水にとってどんな姿の学校が良いのか、私たちみんなで考えよう」という機運が生まれたといいます。

市民のネットワークができ、民主的力の弱い地域でも

 栗原市内の10地域の民主的な住民の力(力量)はまちまち。20年前、築館の運動に当初、栗原の各地からも応援が入りました。しかし決定的な力はやはり、その地域、築館の内部の住民の力(力量)でした。そこが動いて初めて事態が打開しました。周りの栗原の各地の応援はそれを見守ってくれました。町村合併には問題点も多いのですが、一つ良いことは、一つの市になったことで、一体の、一緒の市民になったことです。そして、市民のネットワークがようやく今、出来つつあると思います。つまり、今回の金成地区で「つどい」を持ったことです。以前の合併前だったら、多分、開催できなかったかもしれません。金成地区は会の会員も少なく、民主的な力(力量)が弱く、地域での影響力もほとんどない地域です。そこで敢えて「つどい」を持ったのです。市教委は広報を使って「金成地区の○○のPTA同意…」という記事を何回かこのところ載せてきています。同意といってもその中身が問題ですし、広報等では小中一貫校のメリットしか載せていません。一方的は情報の中にこの金成地区の地域住民は置かれています。市教委はこの金成地区を突破口にして栗原市全域での学校統廃合を推進しようとしていることは明らかです。

 「つどい」でも山本先生より「合併と学校統廃合の全国状況」について「身奇麗論」なることを聞きました。つまり、「合併前にその障害となる課題を整理・清算してから『身奇麗になってから合併する』というところもある。」と聞きました。栗原市ではそうではなく、金成地区の障害の課題を隠して、それを合併したら逆手にとって、他地域までにも拡大して学校統廃合と彼らの狙う財政健全化(教育を効率的に安上がりにする)を一挙にやってしまおうという乱暴な計画になってしまっています。だから、会もこちらの影響力がこの金成地区で小さいといっても、そこを避けるわけにはいきませんでした。会の財政があまりない中でここだけ新聞折込の「つどい」の案内チラシを全戸配布。学校訪問、PTA地区役員への働きかけ、ポスター掲示、マスコミ依頼などできるだけのことはしてみました。結果は、確かに地元からの参加は決して多くはありませんでした。しかし、地元が注目する「つどい」にはなったと思います。何よりもメリットではなく、デメリットをいろいろ考え、心配している市民運動の存在を地域に知らせることができたと思います。

 そして、更に、改めてもっと詳細にこの金成地区のことを調べようと思いました。①金成でのPTA合意をしたところの内実について、②合併以前の金成町教委段階での学校統廃合の扱いについて等です。こうしたことは、合併以前ではおそらく「よその町のこと」として、あまりやろうとしなかったと思います。しかし、今は違います。この金成地区の中にも、学校統廃合に反対し、ゆきとどいた教育をすすめるこの会のネットワークをもっと広げていきたいと思います。

学校統廃合問題隠しの5年前の栗原市誕生

 平成17年、今から5年前に、10町村が合併し、この栗原市ができたのですが、その前年、平成16年に行政の呼びかけで、住民ワークショップがもたれました。私はそこに参加していましたが、そこで「まちづくりの基本計画」が策定されました。しかし、その分科会、全体会でも、全く学校統廃合問題は出されていませんし、勿論、基本計画にも全く載っていません。

 この学校統廃合問題が表面化した平成19年になって、当時の合併協議会の議事録を調べ直して次のことが分かりました。「町村立学校の通学区域の取り扱いについて」という検討項目の中で、この表題とは違って、学校統廃合の問題が出されていました。議事録を読むといろいろ議論され、「児童生徒数の動向を踏まえ、新市によって検討を行うものとする」と明文化すると「読んだ方にこれが早速行われるという印象を与えるのではないかという危惧がある」という意見のもとに結局、学校統廃合問題は出さないとしてしまいました。このように問題を先送り・隠して決められました。ですから、市教育委員会が言っている「合併して初めて、学校間の差異が大きいことが分かった」というのは全くのウソなのです。平成19年の学校再編の検討委員会の議事録を見ても市教育委員会が「旧金成町教育委員会から『学校再編「小学校の適正規模」について』の事務的な引き継ぎを受けている。」という記述がありました。

 一方で、合併直後の平成17年8・9月の市内10ヶ所での移動市長室でも、その翌年18年4月の市内10ヶ所での市政懇談会でも、学校統廃合についての話は出されていません。しかし、それに反して、これも後から調べて分かったことですが、その前の18年3月には既に市教育委員会は「小・中学校の適正規模および適正配置に関する基本的な考え方および適正化に向けた具体的方策」を打ち出しています。

市長のマニフェストすり替え問題
 
 こうした懇談会でいつも熱弁を振るう市長ですが、彼の初当選の選挙前のローカルマニフェストでは、「学校教育環境検討委員会の設置」をして、「学区再編をする。」と言っていたのが、市長になってからの、次のローカルマニフェストでは、それが「適正規模、適正配置…」という内容につまり、学校再編にそっくり擦り替えを行っています。
つまり、行政側や一部有力者によって、この金成地区以外(その金成地区内部のことは、よく分かりかねますが、)その他の町村の一般住民には、学校統廃合問題隠しが行われて、合併がされたのです。

子どもの実態抜きの教育効果論の再編計画

 品川区教委の19年20年小中一貫校の学者も動員した効果検証の分厚い報告書を見て感じたのは、若月教育長のワンマンぶり、トップダウン、マスコミを気にし、学者を動員して成果をアピールしようとしていることです。しかし、報告書の中にもぼろはあちこちにあるように読み取れます。私自身は、こんな大がかりな体制や仕組みを採るより、逆に学校規模を小さくして(100人程度以下が最適)、子どもたちに教職員が十分に寄り添える学校づくりを一つ一つ丁寧にしていった方がよっぽど本当の意味での教育効果、子どもたちの本当の学力、本当の生きる力をつくることができると思いました。「こんなどデカイ物作って、あれこれやって、何になるの?」と言いたいです。保護者は、デメリットがあっても、目をつぶり、メリットに期待、望みを持とうとする。子どもの実態から出発するのでなく願望で済ませようと、ありもしないメリットをあえて信じてしまおうとしている。子ども抜きのキレイゴトに終始している。品川の先生の「8割の保護者が賛成し、8割の先生方が反対する」という発言が実態を良く表しています。

 市教委は、他にも、「財政問題は、目的でない。結果としては、そういうことになることは、否定しない。」と言っています。しかし、その一方では、「国が、基準を30人とかにすれば、それに沿ったものに直ぐする。」と言いました。これは実現性が高いことで、今の国の40人を今回の再編計画では35人まではするとしていますが、30人とか低学年25人とかにも直ぐ対応するようで、そもそもの人数の根拠を市教育委員会は、持っていません。教育長と懇談して分かったことですが、市教委の本音は、財政問題であり、学校設備とその維持費、教員の人件費を抑えることにあることは明らかです。

 栗原市の学校統廃合、再編計画は市教委のデスクワークにすぎません。「さもしい企み」にすぎません。地域の実態、現実の教育現場、子どもたちの実態を見ないで、無視して、いかにお金をかけないで、新自由主義的に教育効果が上げられるかを追求した、一部の教育行政幹部がエンピツをなめまわして作ったデスクワークであり、それの押し付けです。

これをはねのけるのは、地域・コミュニティの力、教育力、住民自治の力

 こうした市教委の攻勢をはねのけるのは、地域・コミュニティの力、その教育力、住民自治の力にあります。

 逆に、これらが弱くなってきているところ、崩れているところが落ちていっています。(弱い環)これに対して、まわりから支える、補強する、支援することが同じ一つの市になったのですから必要です。また、市教委のデスクワークに対峙する運動を、輪をその地域・コミュニティに広げることで地域・コミュニティの力、教育力、住民自治を築く・強化していくことができると思います。

この市民運動の主体について

 「栗原の教育を考える会」から「ゆきとどいた教育をすすめる栗原市民の会」に発展改組を昨年9月にしたのですがそこで、団塊の世代の方々の入会が目立ちました。時間的な余裕ができつつあるこの世代、過去にも様々な運動の中心を担ってきましたが、ここへ来て、こうした問題でも力を発揮し始めています。これが5~6年前くらいの町村合併が問題となった時期とは大きく違います。当時は退職までまだ少しあって、身動きが取りづらかったと思われます。教員にしても現職の時よりも動きやすくなってきたのかと思います。

 しかし、まだまだ課題があります。ここ栗原では、どうも、女性の参加が少ない。それでも、「考える会」では、全くいなかったのが「市民の会」では、ようやくぽつぽつと増えだしています。次に若者の参加が少ない。これも「市民の会」になって、いくらか増えだしました。会の存在を外に向けて明らかにする中で、接点ができてきました。相変わらず、空白の地域もあります。しかし、これも、粘り強く働きかけていけば広がるでしょう。参加する層を広げる課題もあります。会では学校統廃合問題以外の広い意味での教育に関する諸問題にも、これから取り組んでいくことにしています。それを一言でいうなら「公教育の拡充をー貧困と格差から子どもを守るために」ということです。「子どもの実態を深く捉え直し、どの子もどの保護者も安心して暮らし学べるように」することを目指します。そのために、教育・福祉・医療などにかかわる諸団体や幅ひろい市民に協力の輪をひろげることを必要としています。各方面からの会への参加を増やし、子どもと教育の未来への希望を育てる息の長い草の根の幅の広い教育改革運動にしていかなければなりません。
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