触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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「不幸な国の幸福論」を読んで

<BOOKS> (33)                            2010.2.23

「不幸な国の幸福論」を読んで

著者/加賀 乙彦

発行/集英社 (集英社新書)2009年12月21日 発行

著者の紹介

/1929年、東京生まれ。東京大学医学部医学科卒業。東京拘置所医務技官を務めた後、精神医学および犯罪学研究のためフランス留学。帰国後、東京医科歯科大学助教授、上智大学教授を歴任。日本芸術院会員。『小説家が読むドストエフスキー』『悪魔のささやき』(ともに集英社新書)の他、『宣告』『永遠の都』(ともに新潮文庫)『死刑囚の記録』(中公新書)など著書多数。

<内容紹介>

挫折と逆境こそが「幸福」の要件である

経済は破綻し格差は拡大する一方、将来への希望を持つことが難しい日本にあって、「幸せ」は遠のくばかりと感じている人は多い。しかし、実は日本人は自ら不幸の種まきをし、幸福に背を向ける国民性を有しているのではないか―。
精神科医、心理学者でもある作家が「幸せになれない日本人」の秘密を解き明かし、幸福になるための発想の転換法を伝授する。追い求めている間は決して手にいれることのできない「幸福」の真の意味を問う、不幸な時代に必読の書。
(「BOOK」データベースより)

<目次>

第1章 幸福を阻む考え方・生き方
(「考えない」習性が生み出す不幸、他者を意識しすぎる不幸)

第2章 「不幸増幅装置」ニッポンをつくったもの
(経済最優先で奪われた「安心」と「つながり」、流され続けた日本人)

第3章 幸福は「しなやか」な生に宿る
(不幸を幸福に変える心の技術、幸せを追求する人生から、幸福を生み・担う生き方へ)

第4章 幸せに生きるための「老い」と「死」
(人生八十五年時代の「豊かな老い」の過ごし方、死を思うことは、よく生きること)

<私の感想>

本書との出会いは、

2月7日、朝日新聞に「本当の幸福はどこに」語る人(加賀 乙彦)として本書の紹介が載っていました。その2月7日は丁度、「栗原の学校統廃合を考えるつどい」が開催された日でした。私は、その午前中までそこでの発言準備をしていました。それに、この本書の紹介記事が大いに参考になりました。2.7「栗原の学校統廃合を考えるつどい」報告(その1)(2月9日の記事)の中で「意見2 競争歓迎論とは別の道―連帯・共同・共生の道<ほんとうの幸福論>について」がそれです。本書を読まないでその紹介記事だけを参考にしてこの部分を仕上げました。

しかし、読まないことには何か無責任になると思い、「つどい」を終え、家へ帰ってから早速ネットで注文しました。この時は楽天ブックスでしたが、届くまで1週間近くかかっています。奥付には2010.2.20発行の第3版となっていましたから品切れか品薄になっているのでしょう。それでも、少し忙しかったために届いてから直ぐ読まずこの間、ツンドクに。ようやく時間のとれた昨日(2月22日)読めました。読書の仕方としては、実読と楽読の間、精読ではなく多読に入りますが(この区分けはBOOKS「差がつく読書」を読んでーを見てください。)簡単にでも感想を記事にしたいと思いました。

「第1章 幸福を阻む考え方・生き方」から

この部分が、私には、学校統廃合問題での多くの若い保護者たちとダブってくるのです。部分的に引用するとー
一握りの勝ち組を目指し、自分や我が子が負け組みに転落しないようにする…人間をランク分けする言葉とともに、それに付随した価値観まで、なんら疑問を抱くことなく受け入れてしまった…流布している浅簿な言葉や価値観に振りまわされ、…「こうでなれれば幸せになれない」という思い込みも強くなります。…過保護・過干渉な期待をかける親の存在…こういう矛盾した大人たちの考え方…―

この章の内容は「『考えない』習性が生み出す不幸」、「他者を意識しすぎる不幸」となっており、今の多くの若い保護者たちは、まさにその通りになってしまっていると思われました。

「第2章 「不幸増幅装置」ニッポンをつくったもの」から

 この章の内容は「経済最優先で奪われた『安心』と『つながり』」、「流され続けた日本人」となっており、特に後期高齢者医療制度の問題を取り上げているところが印象的でした。「平成の姥捨て山」といえるこの制度は、「介護・医療崩壊へと加速している。」としています。しかし、その責任の一端は郵政選挙で小泉自民党を圧勝させた私たち自身にあるとし、それは日本人の「刷り込まれた「考えない」という習性」からとしています。今回の政権交代でもこれからどうなるのか?「社会を変えていくのをあきらめてしまうのか、この国の未来がかかっている」と現在、私たちが岐路に立たされていることを言っています。ここをクリアできなければ、この章の最後「日本の子供は不幸を背負っている」のが永遠に続かせることになってしまいます。

「第3章 幸福は「しなやか」な生に宿る」から

 ここからの後半は、今の日本の社会に蔓延する不安や不幸に飲み込まれることなく生きていくにはという打開策が述べられています。最初の「不幸を幸福に変える心の技術」では、「幸福を定義してはいけない」と所謂幸福論などというものはそもそも無いと言っています。ではどうするか?「自分を客観視する眼差し」「生きがい論」等に続き、次の「幸せを追求する人生から、幸福を生み・担う生き方へ」では、さらに具体的に、「『足るを知る』豊かさ」「自分の人生の主人公になる」「正しい方向に努力する」「明らかに見極める『あきらめ力』を磨く」から始まって、「変えられること、変えられないこと」「情報リテラシーを鍛える」「多様な情報をもとに考え抜く」と、分析し、考え抜くこと、そのためにすることを提示しています。さらに、「未来を見すえて幸せのビジョンを描く」「『自分さえよければ』では誰も幸せになれない」「みんなが損をしない時読可能な社会へ」と一気に視野を社会へと広げています。そして最後に「希望の種は探せばどこにでもある」「幸福の源泉は『しなやか』な精神」と希望をもつこと、夢をもつことで未来への意志をかき立てる積極的な考え方、生き方を提起しています。

「第4章 幸せに生きるための「老い」と「死」」から 

この章の内容は、最初が「人生八十五年時代の「豊かな老い」の過ごし方、死を思うことは、よく生きること」となっています。長い老年期や定年うつの問題。次に「身一つの自分」で人と向き合う、「喜ばれる喜び」が老年期を支える-この2つは、今の私にピッタリですね。「「老い」を受け入れ、「老い」を楽しむ、そして、「ゆっくり」のススメ。待つこと、ゆっくり歩くことを楽しめるようになる。「高齢者が老いを楽しみ、「ゆっくり」や「待つ」豊かさを伝えていけば、老人はもちろん子供たちにとっても生きやすい社会になるのでは…」と言っています。全くその通りで、今の日本の社会に最も欠けていることの一つです。

 次の最後の「死を思うことは、よく生きること」では、読み進んでいって驚いたのは、著者自身の経験が出てくるところです。著者は、68才で、新に長編の創作を決意し、75才で韓国語を習い始め、80才になっても自分のペースを乱すことなく、長編小説の創作に勤しんでいるということです。こうした著者の老いへの積極的な構えだけでなく、さらに、自ら死期を意識しながら長編小説の続編を書いているというのですから凄いとしか言いようがありません。

最後に

 朝日新聞の紹介記事からも、本書は、単なる一般的な「幸福論」(ハウツーもの)を書いたものではないとは思っていましたが、実際に読んでもはっきりしました。読み方を間違えると、単なる「幸福になるための発想の転換法」ととられかねないのですが、よく読むとそうではない、社会にも積極的に目を向けて、その変革までも求める積極的な考え方、生き方を提起しています。それを、著者の豊かな経験、フランスでの臨床医経験、日本での拘置所の医務技官の経験、小説家の目を駆使して本書で具体的に説明しています。それだけに文章に説得力があるのです。

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