触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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盛況だった 第4回ふれあい芸能まつり

NPO                             2010.3.20

盛況だった 第4回ふれあい芸能まつり 

3月17日 於:栗駒健康の里さんさんドリーム 


会場が一体となって盛り上がりました


 3月17日午前10時、外は、風が強く、小雪がちらつく寒い天候の中で、参加の出足が少し悪かったのですが、最終的には、出演者も自分達の出番の合間には席で見ていましたから、100人はいる会場は、ほぼ満杯。参加者が60人、出演者が32人の合計で92人になりました。サンバ、舞踊、歌謡曲、ハーモニカ演奏、津軽三味線と様々な分野の方々が、20演目と、次々に出演していただけました。先日のNHKのど自慢で優勝された方、プロ並みの水準の日舞の方や、ユニホームや衣装を調え、楽しんで生きがいとしてされているグループ、先生(お師匠さん)に引き連れられ日頃の練習の成果を披露した津軽三味線の会の皆さん、最後はその先生による秋田音頭で会場が一体となって盛り上がりました。これが全て皆さん、ボランティアでの出演ですから、頭が下がる思いです。

ボランティアの出演者も笑顔で楽しんで…

 全体的には、参加者だけでなく、出演者にも好評だったと思われます。大きな施設ですと慰問に来るボランティアもいるでしょうが、小さな施設ではそんな機会も少なく、スペース自体がありません。施設の外へ出ることは、施設利用者や職員の方には大変です。でも、今回も大きな施設からも多数来ていただけました。その大変さを上回る喜びや感動を提供し、至福のひと時を過ごすことができたのではないかと思います。また、出演者の皆さんの表情・笑顔がもとてもよくて印象的ですた。出番前は少し緊張されていましたが、自分達の出番が終わると他の出演者の演目を楽しんで鑑賞していました。会場の広さとか、雰囲気もとてもよくて皆さんがとてもこの「ふれあい芸能まつり」を楽しめたのではないかと思いました。くりはら活性化ネットの役割―施設の利用者が楽しむ行事をというニーズと、それに応えるボランティアの相互をコーディネイトするーということを、少しは果たすことができたと思います。

 スタッフとして、くりネットのメンバーも頑張りました。


 スタッフとしてくりはら活性化ネットの役員、会員が10人携わりました。もう何回もやってきているので、皆さん手馴れたもので、だいたいスムーズに進行できました。

 音響係りのHさん。キチンと設備を揃え(出演からの注文にも応え)事前の調整も含めそれなりに知識を持った方が当たらないと上手くいきません。舞台係りのOさん(夫)もこれだけ多くの演目ですから出演者の特徴、状態等を把握し、交通整理等をしっかりできなければなりません。経験が必要だと思いました。

 司会者のOさん(妻)は、開会から閉会までそのタイムスケジュールに責任を持つわけですから大変でした。参加者の到着の遅れ、開会を少し遅らせながらもその後をあまり遅らせることなく進めなければなりませんでした。出演者は、自分達の紹介もしたいという思いもあるのすが、それを少しガマンしてもらい司会者が紹介することにしました。初め演目(曲目)だけとか、名前だけとか言っていましたが、結果的には、会(個人)の紹介、演目(曲目)に引き続き一人一人の出演者の名前を紹介したことは出演者の皆さんには喜ばれました。歌謡曲の場面では、出演者が会場の参加者の中に入り歌いました。ハーモニカ演奏では、童謡や懐かしい曲を会場の参加者も歌うという場面ができました。このあたりは手馴れた司会者が上手くリードしてくれました。

 高齢を配慮して事前のミーティングにお呼びしなかった役員のGさんも当日は、早めに来ていて「何かすることは?」と申し出をされたので、写真係りをお願いしました。そうしたら、出演内容が気に入ったらしく、この春に彼が開催する「花まつりにも出演してもらうんだ。」といって大変張り切って写真を撮っていただきました。事務局長のMさんは、記録と出演者へのお礼として贈呈するDVDの制作係りなのですが、病み上がりのはずの彼までが2台の撮影機を駆使して大変ハッスルしてやっていました。

 私は、理事長のTさんとともに総括責任として全体の把握をしました。その他、各部署への連絡、出演者と司会者の間に入っての調整等々や出演者への挨拶とお礼、参加者の会場への案内・配置等その他いろいろありました。それも私一人というより、受付のSさん、案内と舞台係り兼務のHさんと複数で事務局的な仕事をこなしましたから何とかなったと思いました。

ここまでの準備をするのが大変でした。

・ 7回も開いた企画運営委員会

  1月11日に第1回を開いてから毎週のように会合を持ちました。メンバーは、4人ですが事務局長が家庭の事情と彼自身のダウンで、いつも3人だけの会合でした。手軽に栗原市民活動支援センターのロビーで行いました。出演者と参加者への案内と確認、タイムスケジュール作りと変更、必要な機材の手配と確保などすることは山ほどありました。これをこれまでの「ふれあい芸能まつり」は、事務局長一人か特定の人でやっていて、担当の一度も企画運営委員会は開かれていませんでした。(これ自体は極めて不正常でしたが…)今回はメンバーの中で一番経験の無い私が責任者にされてしまいました。それでも、頼りになる事務局長がいるからと思っていたのが、彼の家庭の事情とその後の彼自身のダウンでほとんど当てにできず事務局抜きという異常事態での準備でした。ですから、逆にきちんと頻繁に会合を持ち、残った3人のメンバーで協力して進めていかざるを得ませんでした。

  最後は、この企画運営委員会だけでなくほとんどの役員に集まっていただいてスタッフミーティングも持ち当日の確認、役割分担等をしました。

・ 記録をこまめに残して、情報の共有に努めました。

 この何回も開いた会合に役立ったのは、私が作った会議録です。毎回その会合で話し合われるべき課題を文章で提示しました。そしてそこで決まったこと、確認したことを記録に残します。次の会合には、その後に到達したとこも含めて文章で提示しました。こうしていくとどこまで到達して何が残っているか、課題は何かが直ぐ分かり会合も手短に終わらせます。集団の力を発揮させるには情報の共有が欠かせません。

・ 事務局機能を一手に引き受けました。

 事務局長のダウンですから、一切の事務局機能を私が引き受けざるを得ませんでした。封筒は偽造?、文書作成も印がないものですから、理事長名の下に〔職印省略〕と入れる手法を用いました。連絡先も最初は事務局長宅でしたが、それでは機能しないので途中から私のほうに切り替えました。出演者〔団体〕との調整も初めてでしたがいい経験になりました。
 
 印刷物―文書、チラシ、ポスター、プログラムの作成もすべてしました。ポスターをという声はなかったのですが、チラシのA4をA3に拡大しただけのものです。プログラムは、打ち合わせでは必要ないとなったのですが、前日に急きょピンクで30枚、うす黄で30枚作成しました。当日のスタッフ資料には白で10枚入れました。ふれあい(交流)というからには絶対に必要だと思ったからです。プログラムは、初め施設代表者や出演者などだけに配り、受付に残りを置いていたのですが、後から取りに来られて無くなってしまいました。大変、好評でした。

・ カンバン作りも1日がかりで…

 3月12日〔金〕午後のスタッフミーティングで、舞台の上に飾るカンバンが必要だということになりました。7回も開いた企画運営委員会では出なかったことです。必要性はうすうす感じていましたが、私のほうからは敢えて提起しませんでした。提起すれば必ず自分で作ることになってしまうからです。こことは別の会、「ゆきとどいた教育をすすめる栗原市民の会」ではこの間、昨年9月末の設立総会と記念講演、今年2月の「栗原の学校統廃合を考えるつどい」の2回も大きなカンバンを書いてきました。特殊才能と言えないことは無いのですが、木枠付の布(キャラコ)カンバン、厚紙模造紙やケント紙を使うもの、小さなものから大きいものまで、書体もいろいろ、創作文字や飾りを入れるものまで出来てしまいます。今は、超大型のプリンターを使ってのPCから文字起こしをするポスターやカンバンが主流になっていますが、昔はみんな手作業でした。

 会合でこの印刷機で、しかもカラーでという話が出てきました。そんなお金はないのですからこれはダメです。しかたなく私がやりますと言ってしまいました。言ったのはいいのですがもう日にちも余りありません。材料を揃えるだけでも大変でした。〔土日は文房具屋が休み〕それでも何とか揃えて、3月14日の日曜の朝から夜の10時ごろまで(途中休み休みでしたが)かかって仕上げました。厚手の模造紙でその半分の大きさに一文字づつ色を変えて入れるというやり方にしました。〔並べるとかなりカラフルになります。〕「第4回ふれあい芸能まつり」ですから12枚、それに日付の1枚の計13枚です。この「4」と「日付」を変えれば次回も使えるようにしました。

・ 次回もこのようにと言われても…

 事務局長不在の異常事態での今回の「ふれあい芸能まつり」であって、次回も同様にとはならないとは思います。この間の準備過程では、責任も比較的分散し、集団で取り組めてきて、何とかこなしましたが終わってからさすがに疲れが出てきました。前に「ふれあい芸能まつり考」で書いたようにこの企画自体に私自身が向いていない、それほどの熱意も持っていないなどから、やはり、同じようなことをするのは正直なところ遠慮したいと思います。

まだまだ、課題・問題点もあります


 全体として第4回ふれあい芸能まつりは、盛況に終わることができました。しかし、課題、問題がなかったわけではありません。

① 地元対策がこれではダメです。地元栗駒の理事が中心になるわけでもなく、私が、まるで落下傘のように現地に入って、営業活動?のようなことをしていては効率も悪く、限界があります。地元の役員だけでなく会員さんにも協力していただく体制を作る必要があります。

② ①とも関連しますが、日程調整ができていないということです。対象を栗駒と鴬沢とにするなら2つの地元を熟知している方が加わって企画運営委員会とは別に実行委員会をつくるなり、または、その準備期間だけでも企画運営委員会に時折出席して頂かないと、今回のように鴬沢での同種の行事とぶつかることになってしまいます。

③ 「くりはら活性化ネット」のミッション(使命)―「施設の利用者が楽しむ行事をというニーズとそれに応えるボランティアの相互をコーディネイトする」ということをもう少し掘り下げる必要があります。ただこうして行事を恒例だからするというのではなくです。今回、栗駒地区を回ってみて社会福祉施設等がかなり増えていると知りました。まだまだ把握できていない所もありそうです。さらに、今後もっともっと増えていくとことは確かです。そうした所が雨後のタケノコのように増えていて、いろんな課題を抱えているようです。「くりはら活性化ネット」はこうした企画(その意味付けも、もっとはっきりとして)だけでなく何が出来るかを考える必要があるように思われました。
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