触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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<子どもの本シリーズ16>

<子どもの本シリーズ 16>

ブックトーク連続講座 
第2回ブックトークの実技(参加者による)をしてみて
                                     
                                                               2010.12.5  
日時:2010年12月4日 午前10時~12時
ところ:栗原市立図書館 2階 視聴覚室
講師:高梨 富佐(たかなし ふさ)氏 (東北福祉大学兼任講師 富士大学司書講習講師)

散々だった初めてのブックトーク

 第2回目となるこの日は、三つの課題:①お母さん ②ともだち ③旅をする の中から1つのテーマで、3冊の本を選び、そのブックトークをというものです。講座参加者14人中、12人が参加し、そのうち10人の発表がありました。

 私は、6番目。1人10分ほどに収めるようにという講師の高梨さんの指示のもと始めました。5人までで、既に10分を皆さん、少しずつオーバーしているのに加え、何と私が、約20分というこの日一番ルール違反。私の後の5人の発表者の方々に多大のご迷惑をおかけしました。私は、「旅に出る」をテーマにして、小5・6年~中学生向けのブックトークをしました。予定の10分を大幅にオーバーしたように、ブックトーク自体は散々の出来でした。初めてブックトークをしてみて(リハーサルもしなくて)、その大変さが少し分かりました。まだ始めたばかりですが、私自身にとってこのブックトークという方法が、向いているかどうか少し疑問に思えてきました。しかし、今後も、しばらくはこのブックトークに挑戦はしていきますので、この際、私なりにきちんと反省をしておきたいと思いました。

私の反省点を整理すると

* シナリオとその基になる材料とは違うこと。
* 思いを伝えることが主になるのではなく、あくまでも本の紹介をする。
* 全ての本〔3冊〕の要約をするのではなく、思いきってポイントを絞ること。
* 本を開いて、その〔絵〕本を子どもたちと一緒に楽しんでみること。
ex「旅の絵本」―その絵の中の遊びー「かくし絵」「ダマシ絵」「物語の登場人物」などを一緒に探してみるとか。
* 子どもたちが、読んでみたいと思うように運ぶように。(プレゼンテーションの工夫を)
* 紹介する本は、入手がし易いものであること。
* リハーサルは、必ず数回行うこと。〔所用時間の確認を〕

講師からの助言 

 私の反省点にもそれは反映されていますが、その他に、

* ブックトークは、回数を重ねることが必要。勉強の場を。
* そのためには子どもに向けての機会を作ること。通常のお話会でも、その最後に関連する本の紹介を短くするとか。
* 1つのテーマにそって、お話会を皆で準備するとか、その中で本の紹介ができるようにするのも1つの方法。
* こうしたことを第一歩として、1~2年続けて行けば、何とかできるようになるのでは。
* 一人一人のスタイルが違ってもしょうがないこと。自分のスタイルでするしかありません。

最後に、私は… 

 今回の初めてのブックトークは反省することばかりでした。しかし、私は、その準備の過程、シナリオ作りが大変勉強になりました。それにだいぶ時間をかけてしまいました。私はどちらかというと、実際のブックトークをするーこうしたプレゼンテーションのようなことをするより、これまでも<BOOKS>でかなりの数の書評をしてきていますが、文章を書く、シナリオを作る、本のガイド・紹介をする方が得意だ、面白いと分かりました。
                                                   



ブックトーク テーマ   「旅をする」  シナリオづくりの材料 

                                                          2010.12.4   

はじめに

ー物語、とりわけ、幼い子向けの文学には、子どもたちの喜ぶお話に、一つの形式があります。それは、「行きて帰りし物語」(瀬田貞二の仮説―トールキンの「ホビットの冒険」から。トールキンの全体験の中から一つの結びとして出た哲学)であり、人間というものは、たいがい、行って帰るもの。小さい子どもはそれをくり返します。一所にはじっとしていない、何かをする、友のところへ行ったり、冒険したりする。そしてまた帰ってくる。―これ自体が「旅をする」ということでもあるわけです。(参照:「幼い子の文学」瀬田貞二著 中公新書)

 今日、最初の一冊目に取り上げるのは、安野光雅さんの旅の絵本Ⅱイタリア編」(2006年改訂版 福音館書店)です。

 道はどこまでも続き、丘を越え、川を渡り、緑の牧草地を、森や泉、森に鹿、河にマス、…街道を外れたところに人家、集落、そして門をくぐって市(まち)へ入ります。店、広場、教会、城(市全体が城)が、そこは私にとって一つの国。

 そのような、市から市、国から国へ、迷いながら、はるばる旅をしました。あまり困ったときなどは、旅に出たことを後悔するほど、しかし、人間は迷ったときに必ず何かを見つけることができるもの。私は、見聞をひろめるためでなく、迷うために旅に出たのでした。そして、私は、この絵本のような、一つの世界を見つけました。それは、公害や、自然破壊など、誤った文明に侵されることなく、緑のつづく、つつましくも美しい世界だったのです。(「旅の絵本Ⅰあとがき」より)

 1977年、33年前に始まったこの「旅の絵本」シリーズは、文字を一切使わないのに、普通の絵本より豊かな物語を感じ取ることができる作品です。細やかに描写されたイラストは完成度が高く、読むたびにイラストから新たな発見をすることができます。この絵本には一応、旅人という主人公がいますが、フォーカスされることはなく、田園や町の風景に溶け込んでいて、たまに見つけ出すのが大変なページもあるほどです。そんな中に、童話のキャラクター達や、歴史的人物、西洋画のパロディーなど色んな仕掛けが山ほど隠されています。また、普通に暮らす人々の様子も面白く、それぞれの見開きごとに複数の様々なストーリーを読み取ることができます。旅の絵本の視点は全体が見えるように常に斜め上あたりからです。町に暮らす人々や豊富な自然などはどれだけ眺めても飽きることはありません。

「旅の絵本」は現在シリーズで6冊あります。Ⅰ中部ヨーロッパ、Ⅱイタリア、Ⅲイギリス、Ⅳアメリカ、Ⅴスペイン、Ⅵデンマーク、Ⅶ中国〔2009年〕で、まだ日本へは帰ってきていません。〔作者が?〕まだ、2010年の現在でも、安野光雅さんは、旅を続けているのです。

 その中で、今回は、Ⅱイタリア の2006年改訂版 を取り上げます。イタリアのトスカーナの丘陵地帯から始まるイタリアの丘や村や町の風景に、イエスの生涯、さまざまな名画、物語などが隠されています。美しい町並み、そして隠された遊び絵の発見! 映画からの登場や、絵の中の遊びーかくし絵、ダマシ絵、ANNNOの文字や自分の本の宣伝までも出てきます。私は、仕掛けられた謎を解くのに、時間を忘れ没頭してしまいました。

 この<イタリア編>は1978年に初版が出版されました。ところが、それ以降の同シリーズとは印刷・製版方法が違っていたため、色の鮮やかさにやや欠けるところがあり、全画面を着色しなおし、より美しくて、より楽しい「改訂版」として生まれ変わりました。さらに、巻末に作者自身による解説(2004年のⅥデンマークから、2009年のⅦ中国にも入っている)が新たに加わっています。それについて安野さんは「解説は全部したわけでなくて、読者のみなさんが見て自分で考える所もたくさん残してありますので、見たり考えたりしてください。」といっています。〔2006年「「旅の絵本Ⅲあとがき」より)この解説を入れた理由は、「作者が死んだら知る人がいないだろうなと思ったから。」だそうです。でも、「答えは教えちゃいけない。」と。「自分で探すもの。一生涯みえなくてもいい。」と本人はいっています。 

 久振りに、この絵本を見た今回、私は、かなり新たに謎解きができましたが、まだまだです。時間をおいて、この絵本を見た時、また、新たな発見ができるかも知れません。小さい子でも、それなりの発見や、大人では見つけにくいものを見つけるかもしれません。それぞれの年齢なりに、知的で、楽しい発見ができ、それが経験を積み重ねていくにつれ増えていくような、ずっと楽しめる絵本なのです。私は、実は、イタリアには、丁度、一年前に旅行しました。このシリーズは、まだ私たちが、行ったこともない世界各地の町、国に連れて行ってくれます。と同時に、そこへ行ったことのある人にとっては、それを確認する、もう一度旅をすることになるものです。

 二冊目は、宮崎 駿さんの「シュナの旅」(1983年初版 徳間書店)です。絵本というより漫画に近いような短い文庫本の絵物語です。チベットの民話「犬になった王子」, をもとにしているそうで、「風の谷のナウシカ」とほぼ同時期に描かれた作品です。水彩の淡い色をいくつも重ねて着色した絵が美しい、手描き絵の良さがよく出た作品です。(確かナウシカの方にもそうしたものがありましたが)

 作物の育たない貧しい国の王子シュナは、大地に豊饒をもたらすという「金色の種」を求め、西へと旅に出ます。つらい旅の途中、人間を売り買いする町で商品として売られている姉妹と出会います。彼女らを助けた後、ひとりでたどり着いた「神人の土地」で、金色の種を見つけますが…。どんな状況にあっても、生きようとする人間のたくましさ。強い心だけが生みだすことのできる、やさしさ。そして、弱さと無力さ。宮崎さんは、短い物語のなかに、そんなものを、ただそのまま描き出してみせています。

 ヤックルやラムダ、辺境の国、深い谷。その後の宮崎 駿作品にかかせない要素が数多く登場しています。神秘的でありながら牧歌的でもある、まさにその後の作品の原点ともいえる本のようです。映画化されていないのは、地味だという理由で宮崎さん本人が却下してしまいました。この物語の中の設定は、宮崎さんの息子さんの作品「ゲド戦記」に使われているように見えます。〔この作品はイマイチでした。〕

<余談> 1980~90年代に数多くのタイトルをリリースしてきたアニメージュ文庫が、2010年夏、再起動しています。第1弾として7月に『機動戦士ガンダム』関連の4点が復刊。現在リクエスト募集中で、この「シュナの旅」も復刊されるといいと思います。

 物語では、シュナが探している「金色の種―生きている種」。そして、耕す事を止めてしまった人類は、食べるためだけに、種の無い作物の種や作物を、人間の命と引き換えに手に入れます。今、私たち人類が、科学の発達とともに失いつつあるのは、自然の営みであり、この「生きている種」だといえます。現実にも農家は種の多くを輸入し、その種から生きている種を作り出す事は難しく、種を買い続けるように商売されています。原生種も非常に貴重になっています。自然のサイクルから私たち人類社会がはみ出し、それを破壊し続けている。この現在の地球環境の危機―生きている土や水や空気や木々が危ない!-は人類自身の危機なのです。27年前のこの作品は、こうした問題への警鐘としても出されたのだと思います。しかし、今日でもそれが、そのまま色あせないで、訴えるものがあるのは、作品が優れているのと同時に、あれから、私たち人類がそれほど進歩していないともいえます。

 物語の最後は、「シュナの旅はまだ終わらない 谷への道は遠く 困難はつづくにちがいない…」となっています。「行きて帰りし物語」のように、本当は、最後、谷に帰らなくてはならないし、そうでなければ、旅は終わらないのです。それは、まるで現在の私たち、人類が置かれている位置、の「旅の途中」をいっているようでした。

 三冊目はブラジルの作家、パウロ・コエーリョの「アルケミストー夢を旅した少年」(1994年初版 地湧社)です。世界22カ国で読まれているベストセラーです。

 アルケミストとは、錬金術師のことです。しかし、錬金術のことが出てくるのは物語の半ばからで、そして実際に錬金術師が登場するのは3分の2までも行ったところです。最初の3分の1までは、読んでいて少しじれったいような、なかなか読み進められない、時間がかかってしまっている展開になっています。しかし、途中、真ん中ほどから、グイグイと物語に引き込まれていき、それから最後までは、あっという間にハイスピードで一気に読んでしまいます。

 物語は、主人公の羊飼いの少年サンチャゴは、スペインのアンダルシアの平原からエジプトのピラミッドに向けて旅に出かけるところから始まります。そこに、彼を待つ宝物が隠されているという夢を信じてです。それまでの長い時間を共に過ごした羊たちを売り、アフリカの砂漠を越えて、少年はピラミッドを目指す運命を実現する冒険の長旅の中で、旅のさまざまな出会いと別れが続き、ついに、アルケミスト(錬金術師)に出会います。

 ストーリーは淡々と押し進められるものの その主人公が遭遇する状況は、砂漠の太陽の照りつき、石の温度、草のにおい、風で巻き上げられた砂ほこりの不快感など。まるで自分自身がその場にいて、体験しているように感じられます。

 そして、錬金術師が、そこで少年に語る、導きの言葉、その言葉は、私たちが日常生活で忘れかけていた大切な言葉の数々が散りばめられており、恐ろしいほど読んでいる者の頭の中にすっと入ってきます。
「自分を縛っているのは自分だけ」
「傷つくことを恐れることは、実際に傷つくよりも辛いものだ」
「未来は神に属している。」
「人が何かを望むとき、全宇宙が協力して、夢を実現するのを助けるのだ」
「前兆に従うこと」など。 
 そして、少年の心はというと
―偶然なんてどこにもなくて、人は、自ら望んだ道を歩いているのだということ。
自分の運命を発見した時、その人が歩く道の途中には、様々な前兆が待っていて、それに従う限り、人は、その人を待つ宝物に近付くということ。
―などということを獲得して、人生の知恵と勇気を学んでいくのでした。

 さて、ここで、最後に、最初に述べたこと、「行きて帰りし物語」のことに戻ります。この、夢を旅した少年サンチャゴの物語の結末―エピローグは? 宝物は、最後に見つかったのか?それは何だったのか? 確かに、最後の最後、少年は、この長い旅の出発点―スペインの平原に、また帰って来るのです。その意味では、これは、「行きて帰りし物語」になっています。それでは、この?は、…これに私が、答えて、話してしまっては面白くありません。

 そこで、ヒントを出します。それは、イギリスの民話「スウォファムの行商人」(ジェイコブス作「イギリスとアイルランドの昔話」福音館書店 の中に)及び、日本の民話「みそ買い橋」(木下順二作「わらしべ長者」岩波書店 の中に)と同じような内容、文体、「語り口」なっているということです。このヒントも、少し難しかったかも知れません。そこで、これらのお話も、面白いですので、短いですし、機会がありましたら、是非、読んでみてください。
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絵本『犬になった王子(チベットの民話)』

 私は15歳の時に「シュナの旅」を読んで以来、最も大切な作品の一つになっています。「シュナの旅」の原話になった民話「犬になった王子」の絵本版『犬になった王子(チベットの民話)』が、11月上旬に岩波書店から出版されます。再話は民話と同じく君島久子先生で、作画は私 後藤 仁です。ぜひ、ご覧いただきます様お願い申し上げます。 日本画家・絵本画家 後藤 仁

後藤 仁 | URL | 2013年08月09日(Fri)16:01 [EDIT]


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