触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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東日本大震災日記 (その9)

東日本大震災日記 (その9)

3月22日(火)(12日目)
 

ろう城生活の過ごし方

毎日出かけていたのが、出来なくなり、

―ガソリン不足のため、車が使えず、3月19日(土)から、私たちは、止む無く「ろう城生活」に入り、この日で4日目になりました。今回の地震が起きる前まで、手帳を見て、ちょっと振り返ってみると、だいたい日常的に、毎日、二人とも、どこかへ出かけていることが分かりました。

 私は、必ずしも外出好きではないのですが、結果的には、結構、毎日、車で出歩いています。地震時にいた、くりこま高原駅に隣接したフィットネス施設「エポカ21」には、週に2~3回。栗駒の温水プール・アリーナ(体育館)には、週に、これも2~3回(自主水泳、中級水泳教室や体操教室)。それに栗原市立図書館には、週に1~2回(読み聞かせボランティアや勉強会・会議を含め)。市民活動支援センターには、週1回ほど(NPOや市民運動の会議など)。この他、日常的には買い物をしに出かけ、さらに時々ですが、様々なイベントへの参加や古川や一関まで出かけることもあります。全部まとめてみると週に7つを越えているのは、一日に2つ以上をこなしている日もあるからです。妻の方は、どちらかといえば家出不精です。(ですから、買い物も、私が外出したついでに、よく頼まれます。)それでも、栗駒の温水プール・アリーナ(体育館)に週3回(流水教室、初級水泳教室や体操教室)。一関の体育館に週1回(室内テニス)。築館の公民館に週1回(詩吟教室)栗原市立図書館にも、週に1回以上(本を借りにと勉強会も)と、やはり、出かけない日はほとんどありません。このペースは、私が3何前、キノコ生産をやめてから、妻が1年前に完全退職してからです。

 それが二人とも、車が使えなくなり、我が家での「ろう城生活」に入ると、その途端、一日の長い時間をどう使ったらいいか悩むことになってしまいました。しかし、妻の方は、もともとは出不精。どちらかといえば、家にいて、ずっと庭仕事などをしていたいので、それほど悩んではいないようです。

まず、外塀の瓦礫の撤去をして

―農家のこの時期は、農閑期で、まだ、米作りの準備の仕事はほとんどありません。私は、脱サラし、ここへ来てからは、キノコ生産一筋で来てしまいました。ですから今でも米作りは、義父が中心です。私は手伝い程度で、義父が米作りを断念すれば、委託に出さざるを得ないと考えています。

 我が家においては、当面の大きな仕事は、今回の地震で崩壊した外塀の瓦礫を撤去することでした。3月11日、地震の直後に、道路真ん中までも散乱した瓦礫の一部を、取り敢えず、車の通行の邪魔にならない程度まで隅に寄せておきました。そのうち、栗原市が道路のチェックを行いました。そして、寄せておいた瓦礫の前に、走行注意を促すための赤ランプつきのガードを設置していきました。そして、その後、この瓦礫の撤去が課題となってきました。理解し難いことですが、行政の方では、この瓦礫を受け入れてくれないと、早いうちに分かりました。最終処分は業者に頼むしかないとしても、一先ず自力で道路から、撤去するしかありません。当初,義父と一緒にしようと考えましたが、聞くと「肩、腰が痛い」といいます。もう、高齢なのですから仕方がありません。私一人で撤去することにしました。3月19日,20日と、二日かかってコツコツと行いました。その量は、ちょっと、半端なものではありません。そして、その大量の石(大谷石)を敷地内の元のオガクズ置き場にドカ、ドカと置いておきました。それで、すっかり道路は綺麗にし、車の通行の妨げはなくしました。おかげで、私は、一日置いた今日、すっかり筋肉痛になってしまいました。

一日の長い時間をどう使うか

―3月17日夜にインターネットが回復し、18日にはメールのチェック、返信をしました。そして、翌日の19日からはいよいよこのブログ「触媒生活」の作成に入りました。これの作成は、主に夜です。それが、いつも、深夜にもなってしまいます。日付が変わり、出来上がりが1時、2時になってしまうのです。朝は6時台には起きるので、このところ、すっかり、寝不足になってしまっています。

 妻の方は、主に、昼間は、初めのうち、編み物をしていることが多く、夜は読書が多いようです。そのうち、日中だけですが、ようやく暖かい日もでてきて、いよいよ庭仕事(今は、草取りや、庭の整理くらいしかできません。)を始めています。編み物をすることは、こうした被災生活が続く中では、気持ちを落ち着かさせる効果があるといわれています。以前から、特に庭仕事がしにくい、寒い間は、妻は、よく編み物をしていました。孫や娘、嫁、そして自分のもの、稀に気に入った人にプレゼントすることもあります。基本的に孫(男の子2人)は別として、男物は作りません。従って、私のものは、リクエストもしないのですが、作ってくれませんでした。その大昔、結婚の少し前、縞々の長いマフラーを作ってくれたくらいです。それが、どうした風の吹き回しか?この「ろう城生活」中で、私にセーターを編んでくれました。それが、なかなか良い出来なのです。気に入っています。(感謝!感謝!)

 あと、このところ、DVD(私が頼んで娘に送ってもらったもの)やTV録画した映画やドラマなども、ふたりで良く見ています。

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