触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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「市議会文教民生常任委員会」傍聴

「市議会文教民生常任委員会」を傍聴して-2月6日

  2日前の夜、シンポ実行委員会の代表から傍聴を呼びかけるFAXがありました。当然そこで市教委からパブリックコメントへの市教委の見解と2月末の市教委での計画決定に向けた作業状況が分かるかと思い午前中だけ傍聴しようと出かけました。文教民生常任委員会は市議会4F会議室で午前10時から開かれました。議員は11人中10人の出席、市教委からは佐藤教育部長他4人、傍聴は、代表と私と他1人でした。

 初めに教育部長より再編計画への取り組みの概要が説明され、次に担当者より配布資料に基づき市民説明会の様子、パブリックコメントでの意見の特徴のまとめ、今後の進め方が話されました。その後、各議員が質問、市教委が答弁と言う形で繰り返され、とうとう途中昼休みを挟み、午後2時半頃まで続きました。(私も結局、午後の予定を取りやめて、最後まで付き合いました。)

 会議の前後などに何人もの議員さんが傍聴席に声をかけに来ました。(私のよく知っている方は2人だけ、代表はもう少し多いのですが…)お昼に事情通のもう一人の傍聴者の方より「今日はほとんどの議員が発言するよ。」と言われ、私は「本当かな?」と思ったのですが本当でした。終わってみれば殆んどの議員さんが発言していました。議会(本会議)はたまにしか傍聴しないし、まして委員会の傍聴はあまり記憶がありません。(千葉にいた時期にあったかも?)内容はともかく各議員さんは一生懸命発言されていました。他の委員会の様子は分かりませんが、市民が傍聴することは議員さんの刺激になって少しは議会が活性化することに繋がるのではないかと思いました。

 ただし、まだまだその中味が問題です。最後まで「計画を2月末に拙速に決定すべきではない」と明確に今回の計画決定に反対を主張された議員さんは1人だけ。他の方々は初めは「拙速に決定すべきでない」と言っていても教育部長の「計画は市教委の考え方を示すもので計画決定が即実施ではなく、話し合いを重ねていく中で合意をいただき実施していくもの。」という言い方に例えば、「分かりました。要するにタタキ台として出すということですね。」という発言がありましたが、結局個人的に納得してしまっていました。(微妙に違うのだけれどなあ!)

 12月の10ヶ所での市民説明会に234人の参加しかなかったことについて、教育部長は「確かに少ないなと…中間報告の時、周知徹底の仕方の問題があって今回は改善したのにその時よりさらに減ってしまった。残念だ。」といったけれどもその原因の分析が出来ていません。反対する議員さんの「計画の作成手順が既に押し付けになっていることが問題。事務局も必死に計画どおり進めようとする。どうも順序が逆。地域の人たちにとってどんな学校の形がいいか本来、先に議論されるべき。その積み重ねで全体を。」という的確な指摘に対し教育部長は同様の答弁をするのみでした。

 この議会の常任委員会で議員さんがいくら個人的に納得?しても一般の市民には通用しないことです。12月広報を見ての私のまわりの市民の反応-「もうこれで何をしても学校統廃合はされてしまうんだ。」「学校統廃合は既に決まってしまったんだ。」や、1月16日に開催された「学校再編計画(案)を考える会」での市教委担当者の発言「市内各地の説明会で、多くの市民から市が計画をゴリ押しするのではないかといわれ誤解がある。」ということからも、今、多くの市民には、あきらめと誤解があります。これらは、私がパブリックコメントの最初に問題にしていること-「これまでの市の行政運営、行政手続は極めて公平性、透明性、信用性に欠けていた。」の結果です。このような市民意識の状態の中では、たとえ「再編計画は市教育委員会の考えを示すもの」にすぎないとしても多くの市民には通用しません。市教委が市民に信頼されるようにすることが先決だと思います。

 今後の進め方についても、計画決定後、どうも市教委は説明・説得を賛同を取りやすいところから進めようとしているようです。まず、説明・説得は学校単位に保護者(+これからその学校に入る子どもの保護者)から始めるようです。そしてそこでの要望によってはその後、説明・説得の範囲を地域(誰を対象にするかも保護者等の意向次第?)に広げると思われます。ただし、最初から地域関係者の要望が強ければ範囲は広げた状態からスタートするとも思われます。対象となる子どもたちの意見を聞くことは、市教委も乗り気ですが慎重さが求められると思います。

 今回の委員会での市教委の答弁、配布資料から見て、市教委のパブリックコメントの扱い方についてですが、これまで以上に手間をかけて対応していることは分かります。(後日、Web上で公開される)しかし、これまでの市教委の基本的な理念、基準は変えることなく再編計画(案)に部分的な修正を加え、再編計画として出してくることが大筋として見えてきました。この議会の委員会の対応を見ていても、このままでは、市議会は、「大筋として市教委の計画決定は認める。計画即実施ではないのだから、後は、これは各地域で個別に話し合いを進め合意をとればよい。」となると思います。

 さて、果してこれでいいんでしょうか?各地域で、個別に地域の合意が、反対、時期尚早となったところは後回しにして。この日の教育部長の発言「拙速という意見があるが、待っていたら5~10年が空白の時間となるわけで、それで子どもたちの教育環境はいいんですか?」と。-これは居直り?脅し?それとも責任放棄?私には理解できません。地方自治は「住民が主人公」です。どんな内容であれ住民自身が選択すればそれに沿って行政は進めるべきです。勿論、その選択がより良くできるように行政は最後まで働きかけなくてはなりません。

 再編計画の問題は、部分的なこと、勿論、手続きを民主的にするなども重要ですが、その根幹となる基本的な理念、基準の是非が最も問われています。これは各地域で、個別に進めれば良いということでは決してありません。全体が問われているのです。栗原市の将来、未来、がかかっているのです。私は、パブリックコメントの最後で「栗原市の教育改革をどう進めるか」の根本も含め、もう少し時間をかけて市民の合意をめざす常にオープンな議論の空間(栗原市教育改革検討委員会(仮称))の設置を提案しました。

 これへの直接の回答ではないのですが市教委は「個別の地域での話し合いの結果として、「地域学校再編検討委員会(仮称)」を設置して検討することについても考慮して…」と言ってはいます。名称は気になりますが、結果として後からやむを得ずではなく、初めからこうしたものは設置すべきです。今回のパブリックコメントには様々な貴重な意見が寄せられています。これらの意見を読んでいてWeb上で、あるいはペーパー上でお互いに見るだけでなく、もっとリアルな空間で、行政を交えて、行政と向き合い、様々な考えを持つ市民が栗原市の教育全体のことも議論すべきだと思いました。このことと各地域での話し合いを、同時進行で相互作用させながら1年ぐらい時間を区切ってしまって密度の濃い議論をしてはどうでしょうか。



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