触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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東日本大震災日記 (その11)

東日本大震災日記 (その11)

3月24日(木)(14日目)


被災して、2週間が経過して

今回の夫婦内戦の釈明と解説について

―つい先日、珍しく妻より、「ブログ、何も言わないから、見せて」と、私のこのブログの「開示請求」が出されました。少し、ビクッとしましたが、見られたくない携帯メールでもあるまいし、直ぐOKしました。多分、娘のブログを見ていて、そこに私のブログについても書いているので、気になったのだと思います。これは、セーターのことを書いた直前のことです。また、セーターのことを書いた娘のブログを見れば、また直ぐ開示請求がなされるとは思っています。ですから、もう、すっかり、覚悟は決めています。そう、この今回の夫婦内戦のことを書いたことが、その時点では、バレてしまうのです。そこで、今から、予防線を張っておきます。

① 昨日の夫婦内戦に関しては、私の一方的な見方で書いたものであり、そこには、妻側の言い分は、一切書かれていません。そのことは、認めます。

② 勿論、妻の側にも、この件に関して、反論する権利があります。しかも、妻には、その反論を他者に明らかにする手段が限られています。そこで、妻側よりその反論権に基づき、反論の機会の提供が、私に求められた場合、速やかにそれに応じ、このブログなどの場で反論することなどを含め善処いたします。
さて、次に少し<解説>をさせていただきたいと思います。

 前日のブログでは、何か,私は、「綺麗好きで、気難しく、物事をキチンキチンとしないと気が済まない」性格と思われたのでは、と考えました。解説させていただきますと、事実は全く、そうではありません。これらの全くの正反対だとは言いませんが、全て、ほどほどなのです。

 こうしたことを言うと、妻の批判をするようでもあり、また妻の方より、反論はあろうかと思いますが、(そうであれば、また,受けて立ちます。)妻はどちらかというと、「見た目が、第一」です。何かにつけ、見た目を非常に重視する人です。中身、内実は二の次なのです。私は、どちらかというと「中身の重視」派です。しかし、「見た目はどうでもよい」とも思っていません。「見た目も非常に大切である。」ことは、私は、妻に教えられ、妻の影響力を非常に受けて来ました。(「妻に教育された」と言ってもいいと思います。)ですから、だいぶ以前の私に比べて、この点は、明らかに私自身が変わってきたことだと思います。そうしたことから、流しの中や台所は、ピカピカでなくともそれなりに、いつも一応片付いている。家の中も「ゴミ一つ無い」というのではなく、それなりに片付いていて、気持ちがいいこと。家の外も、内と調和して、それなりに片付いていることが大切だと思っています。

ろう城を一時停止し、久しぶりに外出。

―3月11日に被災してからもう2週間も経ちました。19日からは「ろう城生活」に突入し、はや6日目。しかし、昨日には、仙台からの救世軍が到着し、また、少し息をつくとこができ、まだまだ、ろう城を続けられるかと思いました。しかし、そろそろ、いくらなんでも、ガソリン確保をしておかないと、今後のことが心配になってきました。叔父宅へもしばらくサポートに行っていないし、病院に行けないので、私の持病(高脂血症)の薬も切れて2日です。妻は郵便局に用事があると言うし。あと、図書館は閉まり、ネットでは本が注文できなくなって、ふたりとも本を買いたくなっていました。それに食料品も、もう少し補給しておけたらと考えました。そろそろ、また、多目的で外出をしなければならないと決心しました。

そこで、6日ぶりにふたりで、ガソリンが残りわずかな私の車に乗って、外出しました。まず最初にガソリンスタンドへ、宮野地区の大きなJAともう一つはどちらもダメ。丁度その時、9時くらいでしたが、ビッグハウス(ス―パー)が開いて並んでいた20~30人が入っていくところでした。その後から私たちも直ぐに入りました。そこで入手できたものは、ヨーグルト、鶏肉、キャベツ、レタス、もやし、 (最後の) かいわれ2ケ、キノコ、豆腐、魚、(残りわずかな)コーヒー2ケ、焼きソバ、冷凍うどん、酒(これは妻がゲット)などです。カップめんは一つも残っていませんでした。ス-パー内の棚は空のところがまだ多く、入場して30分ほどで目ぼしいものは全て無くなってしまいました。

 この後、築館の街中にある病院に行って私の薬を貰ってきました。(その間、妻は車の中に)2週間分しか貰えませんでした。ついでに街中の3つのスタンドの様子を見るとどこもダメ、一つは緊急車両用専用でした。そして、TSUTAYAへ行きそれぞれ2冊ずつ本を購入し、最後に郵便局に行きました。それで帰るしかないのですが、念のためにもう一ヶ所栗駒のスタンドに寄ってみようということなりました。結果はここもダメでしたが、最後尾に店員の車がつき、張り紙で「ここでおしまい」と表示し、その後から、来る車に全て説明をしていました。(うっかり、明日はどうかと聞き忘れました。)
  
次々に予定の変更・キャンセルをして

―ガソリンが入手できず、叔父宅が心配でした、向こうから妻にTELしてきました。プロパンも湯沸しも直ったし、フロにも入れたので「来なくて大丈夫だ」というものでした。それでも物資が足りているか心配で、東京方面に住む叔父の兄弟たちに、郵便局の定形外郵便を使って物資の郵送をと催促しておきました。

交通網の遮断は今回、思っていた以上に深刻です。この4月初めには妻は、香川の娘のところへ、孫が1年生になるので、手伝いに行くことにしていました。すでに早割りの航空券を取っていたのですがキャンセルしました。次に妻は、妻は、東京時代の元同僚たちとこの時期4月に旅行をするのですが、今回は、妻が当番で米沢方面の旅館の予約をしていました。それもキャンセルをしました。今回、被害を受けていない観光地でも、アクセスの関係で、キャンセルが相次いでいるといいます。原発事故が影響して、外国からの観光客も激減しているとのことです。

車で出歩けない状況の中で、妻は、TELで盛んに友人と連絡を取り合っていました。スタンドの状況についても、妻は、やり取りや、情報交換をして、女性のネットワークを築いていきました。
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