触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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東日本大震災日記 (その20)

東日本大震災日記 (その20)

4月9日(土)30日目
 

 明日は、種まき。その準備に忙しく、 

余震騒ぎで、疲れが出て、

―私は、今日は朝から調子がよくありません。頭痛がします。しかも、少し風邪気味。一度起きましたが、薬を飲んで、再度少し寝ました。食欲もあまりなく、それでも軽くは食べました。薬が効いてきたのか、少しは持ち直してきました。再度の被災に遭っても、動き良く、それを上手く当面は、乗り切ったのですが、やはり疲れが出てきたようです。今日は、少しスローテンポで過ごすことにします。

 昨日の夜の内に、どうも、IP電話は通じるようになっていたようです。それで、今日の朝からはインターネットの接続ができるようになりました。そこで、まず、昨日のうちに書き上げておいたブログの記事をアップしました。それから、メールのチェックです。その後、のんびりしていたら妻から買出しを頼まれました。

買出しを頼まれてスーパーへ。

―電気が来ていなかったら延期するはずでしたが、何とか通電しましたから、明日は予定通り種まきをします。その手伝いに同じ市内の別の地区に住む、義父の兄弟夫婦の4人がやってきます。比較的大きな農家ばかりです。この間の、積もる話が、いっぱい出るだろうと思っています。妻はその食事などを用意することになっています。当初は、香川の孫の入学時手助けに行っている予定でしたが、この地震でキャンセルしました。(行っていれば、仕出し弁当にするつもりでした。)

 栗原市立中央病院近くのスーパーは、通常9時開店。昨日のうちに電気はきているはずなので、多分、開いているだろうと思い、10時スタートと少し遅れましたが、行ってみると、結構混んでいました。大規模余震直後で、私と同じように、ここなら開いていると、皆さん確信して、市内各地から、来ているのです。確かに、その周りの100円ショップとホームセンター、薬局は、まだ開いていません。棚の整理等で手間取っているようです。買い物の行列を見ていると、どうも少し余計に買い込んでいる様子も伺えました。1時間ほどで、結構商品は無くなってきていました。

本当は、今日、私は、図書館読み聞かせの当番で、その準備もできていました。しかし、やはりこの大規模余震で、再度、図書館にも被害が出て(内部のガラス破損など)4月11日まで閉館になりました。午後は、出かけないで済んだと思ったら、義父に「軽トラックのタイヤは?」と聞かれ、そういえば明日の種まきにその軽トラックも使うことを思い出しました。その運搬用の1台の軽トラックのタイヤ2本が修理に出してあるので、それを取りにと、その軽トラック用のガソリンの確保にまた午前と同じ方面に出かけることになりました。そこで、妻から「つでに、果物を買ってきて、」と注文が…。本来、妻が午後出かけたついでに、買ってくるといっていたのに…午後の予定(詩吟のレッスン)がこの余震で中止になったため、出かけない(妻は出無精です。)ということでした。

午後、その日、2度目のスーパーに行くと(午後3時過ぎ)、前にも増して混雑していました。商品は追加で出された物もあるようですが、棚が空っぽという所が多数ありました。その時間には、100円ショップとホームセンター、薬局も全て開いていました。ただし、店内に入るとまだ整理ができず、所々にロープで囲いがされていました。しかし、私が欲しいと思っていた、懐中電灯、単一電池、などはどの店も品切れでした。それが我が家で必要だというのではなく、叔父宅に必要だからです。ことらからソーラーランタンは昨日再び、持って行きましたが、叔父宅の懐中電灯が壊れていました。それで、その帰りにも探したのですがどこにも売っていませんでした。後で、ネットで調べたら、どうも首都圏までもがこの種のものが品薄のようです。計画停電のこと、あるいは、地震がそちらで起きたら、放射能が…ということなのかよく分かりません。こちらの余震に関しては、私だけでなく、多くの住民が、「もう危機が過ぎ去った」とは、思っていないのでしょう。何しろ,本震の規模が規模ですから、その後も何があるか分かりません。つまり、用心するに越したことはないということです。

JAスタンドを利用することにしました。

―帰りがけにガソリンの確保です。この地区では、午前中からいずれも大型のJAのスタンドとスーパー近くのセルフスタンドが開いていました。以前、私は、セルフスタンドを使っていましたが、今回から、JAスタンドに切り替えることにしました。それは、この災害時にスタンドが果たした役割が両者では全く違っていたからです。JAスタンドにもセルフもありますが半部は、店員によるサービスです。私が見るに、セルフスタンドは、ただ油が売れればいいというだけ、なのに対してJAの方は、地域における防災拠点になっていけると判断しました。プリペードカードを利用すれば、価格的にも両者の違いは無くなります。それで,早速それを買いました。

水道も、今日、夕食後の7時近くに出ました。電気も叔父宅では、こちらが昨日(4月8日)夜7時に復旧したのに対して、「今日の午後だった。」と東京に車で「無事に着きました。」という4人組みから連絡の時、知りました。叔父宅は,どうした訳か断水にはなりませんでした。しかし、栗原市内でも、まだまだ断水の所は多く有りそうです。ここ(築館・黒瀬地区)は、前にもいいましたが、築館の中心部の次に復旧して行く、という比較的恵まれた?所なのかも知れません。

しかし、2度の被災の修復、それに沿岸部からの避難被災者の援護、さらにこれからも来るかも知れぬ、余震と、まだまだ、当分の間気が抜けない状態が続きそうです。

それでも、電気が通じているうちー明日、種まきが終わってしまえば、後は、途中で停電になろうとも、5月の田植えはできるのだから、と楽観的に考えるしかありません。
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