触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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東日本大震災日記 (その21)

東日本大震災日記 (その21)

4月10日(日)31日目  

種まきを無事に終わりました。

「縁と絆」を考える。

―「縁」=つながり、めぐりあわせ、人と人とのつづきあい、血縁、良縁、

 「絆」=断ち切ることができない人間どうしのつながり、

 この1ヶ月ほどの間、私自身が、被災生活をし、また、新聞記事をはじめ、周りの状況が分かってくる中で、ずっと考えてきた、感じてきたことが、「縁と絆」ということです。つまり、その大切さを、幾度ともなく、感じ、考えてきた1ケ月だったと思います。

朝日新聞の投書「ひととき」より、

―朝日新聞の生活欄に「ひととき」という投書コーナーがあります。その4月5日には、「強い意思と覚悟で」という宮城県岩沼市の68歳主婦の方のものが。被災して20日あまり、非常時に、人は自分自身と家族を守るここに必死で、他には向かず、一人暮らしで孤立した彼女には、誰からも声を掛けてもらえなかった、ということだったそうです。そして、「今回、『一人で生きるとは』を考え、自分の身は自分で守るしかなく、強い意志と覚悟がいると確信しました。」と述べています。

  同じコーナーの次の日には、「人の絆に力湧く」という横須賀市の31歳の主婦の方のものが。彼女の父と兄が福島原発の被災地で屋内退避指示に。周りが避難する中、当初、自宅にいて、数日後に避難。その間、彼女は、連絡も、行くことも出来なかったそうです。そうした中で、地元にいる友人が何度も、様子を知らせる連絡をくれたそうです。その後、無事に批難したことを友人に報告したところ、そのお母さんが「安心して泣いている」という。それは、他界した彼女のお母さんから、生前に父・兄のことを頼まれていたということ。つい最近の父の入院時にも尽力してくれていたとういことでもあったそうです。被災地での困難は、「このような人々の絆があれば、乗り越えていけるのではないかと力が湧いてくろのです。」と述べています。

  この2つの投書を読んで、この被災時に、そうした両方がたくさんあるのだなあ、と思いました。前者は、周りから、孤立化し、孤族化して、肩肘を張って生きて行こうとしています。後者は、絆をよりどころに、それを頼って、生かして行こうとしています。前者の主婦の方も、もっと周りに自分から働きかけを、絆を求めていって欲しいし、周りからも手を差し伸べて欲しいと思いました。

竹下景子さんのコメントから

―さらに次の日(4月7日)には、竹下景子さんの「〈生きていくあなたへ〉『キズナ』も共通語」というコメントが載っていました。彼女は、阪神大震災の被災者の詩を朗読する活動を12年間続けていて、現地で「被災した方と交流する中で、心の復興には長い時間がかかるのだと気づかされました。」といいます。「みんなが手を携えることで新たな絆が生まれました。地域の人同士だけでなく、見ず知らずの人、被災地外の人、いろんな人と人とのつながりが大きな力となり、愛するふるさとでの生活を再建することにつながった。」「皆さんを傷つけた『ツナミ』もそうだけれど、『キズナ』も世界共通語として知られているのです。」と述べています。

  阪神大震災の経験そのものを、そのまま、今回当てはめるのはどうかとも思いますが、学ぶべきことはたくさんあるはずです。今回は、阪神大震災の時以上のことが、これから求められていくわけですから、もう一度よくそれを復習することが必要です。竹下さんのように息の長い支援、「キズナ」づくりも必要です。

今日の作業―種まきをして、家風を考える。

―今日は朝から、苗床づくりー種まき、をしました。電気が回復し、天気も良く、風も弱く、とても良い環境ですることができました。その手伝いに同じ市内の別の地区に住む、義父の兄弟夫婦(2組)の4人がやってきました。もう1組(2人)ともよく共同作業をします。うちを含めてこの4組は、比較的大きな農家ばかりです。常に、お互いに助け合ったり、融通しあったりしています。そこに、私は、強い「縁と絆」を感じています。4組だけでなく、その家族、兄弟、親戚の冠婚葬祭から始まって、何から何までです。都会生まれで、都会育ちの私には、当初、ここへ来て「こんな、面倒くさいものを!」と思っていましたが、今ではその意味が、ようやく分かってきています。

 どうも、ここ佐藤家では、歴史的に、代々にわたって、この「縁と絆」を大切にする、家風?があるように思われます。周りの面倒をよくみてきたということがあるようです。親戚から、遠い親戚も、縁者までもです。ここは、古くからの大きな農家(江戸時代からの自作農)で、多くの米を作ってきた、そのため人手がいった。妻が幼かった頃には、さすがに「日どり」((4月5日朝日新聞で賢治の「雨ニモマケズ」中の「ヒドリ」です。)つまり、手間取りという1年間住み込みで、米2俵があてがわれる使用人は、いなくなっていた。ということですが、少し前には2人いたそうです。日どりがいなくても、当時、ここに14人という大勢が住んでいたといいます。遠い親戚の子がここから高校に通っていたとか、お米をもらいに遠くから縁者が来たとか、その数がとても多いようです。親戚・縁者に対して、その面倒見が良いのは、義父だけでなく、もう15年前に亡くなった祖母を見ていても分かります。一面では、「外面がいい、」とか、「周りに散在している、」とか身内からは、そのような批判をいわれています。義父、亡くなった祖母を見ていると、それによって「情けは人のためならず」のように、効用を期待していないのです。では、名誉か?というと、これは、全くは否定できませんが、それよりどちらかというと、自己満足。でも、とてもいい自己満足なのではないかと思っています。つまり、「自分の中で、納得がいけば,それでいい」という世界のようです。

  今、妻は、義父相手に家系図+(家の歴史)の作成にとりかかり始めています。いろいろな面白い事実が分かってきています。その内容自体が、「縁と絆」の世界ですから、どんどん広がっていってしまいます。私は、それを側面からサポートするくらいしかできませんが、協力します。それを、必ず次の世代へと伝えるのが、私たちの役割だと思っています。
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