触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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6.18原発問題学習会に参加して 

<原発・環境・エネルギー問題>

6.18原発問題学習会に参加して   2011.6.26 

 6月18日(土)午後1時より古川Fプラザ2F多目的ホールで開催された原発問題学習会に参加しました。主催は原発問題住民運動宮城県連絡センター(連絡先―フォレスト仙台の高教組の桜井さん)。講師に、原発問題住民運動宮城県連絡センター事務局の中島 廉さんと女川町議の高野 博さんに話していただきました。参加者は140人と、大変多くの方が集まり、お二人のお話の後、大変多くの方が質問して(私も、一番最後に)それに大変丁寧に応答していただきました。

福島の原発事故についての 中島 廉さんの話

 中島さんは、まず、福島原発事故後の東電・政府の対応の遅さを指摘し、次にパソコンを使って、放射性物質が実際に流れた向き、濃さ等を会場の参加者に見えるように(可視化)しながら指摘・解説しました。宮城県で計測されている放射線量は3月12日~同14日の原発の爆発によるものとし、15日に線量が急激に跳ね上がった際、当時みぞれや雨が降っていたため一緒に落ちてきたと解説。放射性セシウム137に関しては半減期が30年と長いため、汚染土壌の除去やきめ細かい計測をし、報告対応を求めることが必要だ、と話されました。また、これから獲れる魚などは、黒潮の流れが変わり宮城を通過するので魚が被曝、食物連鎖で影響が出ないか等の懸念があると話しました。

 また、原発についての話は次のようなものでした。

―原発は火力発電と原理は一緒であってもそのリスクが全く違うこと。火力は燃料を止めれば止まるが、原発は燃料入れて(燃料棒を取り出しても)熱を出し続ける。冷やし続けなければならない。原発暴走を防ぐには ①止める ②冷やす ③閉じ込める だが、福島では、①しかできていない。いまだに危険な状態。

 これまでも地震・津波による原発災害の危険性を国会で共産党の吉井さんが何度も追及してきましたが、政府・保安院は握りつぶしてきました。原発開発の歴史も、原(水)爆―核兵器のためにより危険なウランを原料に進められてきた結果、人類にとって非常に危険なものになってしまっています。・連鎖反応を起こし、失敗すると暴走する、・冷やし続けないと暴走する、・反応した核廃棄物の処理方法がない、アメリカの技術が持ち込まれ、自主性がなく「安全神話」がふりまかれ、原発が儲かるビジネス化される中で、批判的・良心的な発言をする学者は学会から徹底的に排除されてきた。スリーマイル島やチェルノブイリからの教訓は何も学ばず、政府としても間違った道を取ってきてしまった。―

 そして最後に、今後、問題となることはとして次の3点をあげました。

―① 福島原発事故の1日も早い終結をはからせること。 ② こらから何年も続く薄い濃度の放射能汚染について対策を取らせること。③ 原発の再稼働問題がすぐに出てきますが、この原発の処理、日本のエネルギー問題をこれからどうしてくのか、国民みんなで考えていく必要があります。しっかり事実・情報をつかんで全国的な取り組みをしていかなければなりません。―

高野 博さんの(体験談も交え) 女川原発についての話

 3月11日、敷地高さ14.8mの高さにあった女川原発は13mの津波に襲われました。

 もし女川町内を襲った17mの津波だったらどうなっていただろうと思うとぞっとします。それでも2号機の原子炉建屋地下3階では、1,900tの海水が入り、熱交換器の一系統が使えなくなりました。1号機では火災が発生しました。

 3月11日と4月7日の余震で、2回とも外部電源5系統のうち使えるのはたったの1系統でした。使用済み核燃料プールが1時間以上冷却できなかったことも報告されています。本当に紙一重で助かっている状態です。

 2003年5月と2005年8月の地震でこれ以上の地震はないと想定した揺れを超える揺れが続きました。そこで最大加速度375ガルから580ガルに基準値振動を大幅に引き上げました。しかし、今回はさらにそれを上回る揺れを観測しています。私たちは「M9の地震が世界では起きています。なぜ、国と電力は過小評価を繰り返すのか」と繰り返し指摘してきました。やはり、地震国日本では原発は立てるべきでないと痛感しました。

 公開ヒアリングのたびごとに引き潮で海水が確保できるのかと追及し、ついに3号機の公開ヒアリングで、国の審議官に「女川原発前面の海底を-10.5mに浚渫させる」と答弁させました。今回の津波でどれほど効果があったかわかりませんが、安全審査で無視された津波対策を議論できたことは大きな出来事でした。

 ドイツでもスイスでも世界の各地で、原発からの脱却を目指し動いています。国内では、巻町、海山町、刈羽村などすべての住民投票で勝利してきました。今度こそ国民的な議論を巻き起こそうではありませんか。日本でも政府に対し原発ゼロを目指す決断を迫りましょう。(高野 博さんの資料より抜粋)  

 休憩をはさみ、参加者との質疑応答がおこなわれました。今の状況下での育児に対する疑問や放射線量を計測するにはどうしたらいいのか…等のたくさんの質問が出され、わかりやすく解説されました。

私の質問(感想)とまとめ 

 案内のチラシには、タイトルの「原発問題学習会」の他「福島の事故はなぜ起きたのか?女川原発は大丈夫か?」とあり、講師は「女川町議の高野さん 他」としか載せてありませんでした。私自身の主な問題意識は、福島原発事故からの影響ということより、この「女川原発は本当のところこの間、どうだったのか?」ということと、「女川原発の再稼働を止めさせるにはどうすれば?」ということでした。ですから、高野さんの話は是非聞きたかったですが、他にも科学者の話もどうしても聞きたかったのです。それが、実際にはもう一人、中島さんも加わっていましたので、助かりました。

 中島さんは、放射能の専門家ではありませんが、放射能についても一応、教育を受けた科学者でした。二酸化炭素(CO2)増加による地球温暖化をどう見るか?ということについて、それに対する疑問も投げかけられてはいるが、世界では温室効果ガス対策の必要性は一定の合意になっていること。また、脱原発は可能か、日本のエネルギー問題の将来は?という問題についても、原発に代わる多種多様な自然エネルギーを活用する技術的可能性や社会的な需要は大きくなってきていること。科学的にとても配慮した話をしてくれました。放射線被爆の危険性をどう見るか?という点も、国際放射線防護委員会の「原子力事故もしくは緊急放射線被ばく後の長期汚染地域住民の防護に関する委員勧告」(ICRP111)を示しています。(注1にその一部を掲載)

 では、宮城県の放射能測定体制はどうなっていたか?というと モニタリングポストが女川町に集中していて、仙台でもデータは少なかった。それが震災で壊れてしまって、出なくなった。再開を何度も要請しようやく。それも県庁の屋上の80mのところにあり、他よりかなり低く出てきた。様々な測定も県庁はなかなかやる気にならず非常に問題ということでした。

 飯館村の一次避難の場所も後から汚染がひどい地域と知らされ(二次避難へ)その間、県庁からヨウ素剤が持ち込まれたが処方も教えずただ、置いていっただけ。行政に任せておいては住民の安全・安心は確保できない。自主測定(目安として)が福島や宮城そして首都圏で広がっているが、しつこく、きめ細かにメッシュにして測ることが必要。(地表,50、100 cm)幼稚園・保育所などを。表面から2センチの土など、高濃度なら、5センチまで引掻いて穴を掘って埋めれば10分の1まで下げられる。濃度の高いところをさらに自治体に測らせ、対策を取らせることを。―ということでした。

 最後に、中島さんおすすめのサイトは、―team nakagawa と 放医研のホームページ だそうです。

 高野さんの話については、私が最後に質問(感想も)した内容でまとめてみたいと思います。

 「女川原発が危機一髪だったことは、事前に知っていました。しかし、それがマスコミや雑誌などでは学者が、女川原発の対策を評価するような、女川原発のようにすれば再稼働させられるようにいわれてしまっています。高野さんの話を伺ってそれが紙一重に非常に危険な状況であったこと、何とか持ちこたえて対策も東北電力が自らとったものでなく、住民の継続的な働きかけの成果であったと知りました。何よりも地震(津波)国―日本ではどこに立地しようと、震度5~6ではすべての日本の原発は壊れる危険性があり、同時多発的に起きる可能性だってあります。女川も、もし、福島のようになっていたらと考えてしまいます。停止中でも危険性があること、女川町長も石巻市長も村井知事も再稼働の動きに理解を示しています。防災センターが壊れたということですが、地震・津波だけでなく、原発災害の場合の避難計画はあったのでしょうか?

 福島原発事故でのアメリカの避難勧告は、50マイル(80キロ)でした。当初そんなに広くなくてもとも思いましたが、ホットスポットの問題が出てきたり、郡山や60キロ離れた福島市でも高濃度が検出されて、初めの5キロ、それから10キロ・20キロそして30キロと避難区域が広がり飯館村のような地域も入ると50マイルはあながち広すぎない、危険性を考えれば妥当な範囲。女川から丁度60キロ地点がここです。80キロでは、大崎と栗原全部が入ってしまいます。」

最後に付け加えること としては、

① データ、情報をすべて正確に出させること(調べる、調べさせる)

② 国だけでなく宮城県の原子力行政のチェックをしていくこと。

③ 市町村には、住民の安全・安心をさせる確保のためその役割をきちんとしてもらう(要求)していく、その立場で一緒にやってもらうこと。

④ 原発をこれからどうしていくのか、日本のエネルギー問題はどうすればいいか、住民の安全・安心を確保するに何をすればよいか、―こうしたことを議論し、学習し、行動し(ネットワークを組んで)広げて、県・国の政策の変更をさせること。

これが、今、私たちに求められていることだと思います。


注1
―参考レベルとは、それを超えたら、避難などの対策を実行すべき放射線量のことです。ICRPでは、参考レベルを1 mSv~20 mSvの低い部分から(可能ならできるだけ低く)設定されるべきであり、設定にあたっては、「外部被ばく」「内部被ばく」双方による推定値がそれを下回るようにすべきです。長期には1 mSv/年が参考レベルとなります。(現在の法的な“公衆の被ばく限度”が1 mSv/年です)また、参考レベル以下であっても、さらに放射線量を低減できる余地があれば防護措置を講じるべきだとしています。

 100 mSvの被ばく量の蓄積で、最大0.5%程度の「発がん」のリスクが上昇します。100 mSv未満の蓄積による「発がん」のリスクについて、科学者の間でも、一致した見解が得られていません。

 参照レベルを「1 mSv~20 mSvの低い部分から(可能ならできるだけ低く)選定されるべき」とするのは、不必要な被ばくを抑えることを前提としつつも、設定された参照レベル以下の被ばく量であれば、それによる「発がん」のリスクをはるかに上回るメリットが、その地域に留まることで得られる(もしくは、他の地域へ避難するリスクより小さくなる)ということを意味しています。

 不必要な被ばくを抑えることは、放射線防護の基本です。原発事故による住民の被ばくを極力さける努力は継続しなければなりません。一方で、現在置かれている放射線によるリスクを理解した上で、その地で普段通りの(もしくは放射線防護の取り組みを取り入れた)生活の営みを選びたいという方は、決して少数派ではないと思います。その際には、年齢などを考慮する必要もあるでしょう。―
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