触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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「内部被曝の脅威」を読んで

<BOOKS> (43)         2011.9.15

「内部被曝の脅威」を読んで

出版社: 筑摩書房 (2005/6/10) 2011.7.15(第7刷)

<著者略歴> (「BOOK著者紹介情報」より)

肥田 舜太郎

1917年広島生まれ。1944年陸軍軍医学校卒。軍医少尉として広島陸軍病院に赴任。1945年広島にて被爆。被爆者救援にあたる。全日本民医連理事、埼玉民医連会長などを歴任。全日本民医連顧問、日本被団協原爆被害者中央相談所理事長

鎌仲 ひとみ

早稲田大学卒業。カナダ国立映画製作所に渡り、米国などで活躍。1995年から日本を活動拠点とし、医療、環境問題などのノンフィクション番組を制作し、ギャラクシー賞受賞。ドキュメンタリー映画「ヒバクシャ」は様々な賞を受賞。社会派ドキュメンタリーの旗手として注目されている

<内容>(「BOOK」データベースより)

 内部被曝とは、放射性物質を体内にとりこみ、長時間にわたって身体の内側から放射線を浴びることである。恒常的に被ばくすることで遺伝子が傷つけられ、癌などを誘発するといわれている。だが、このリスクを見極める研究は少なく、人体への影響をめぐっては議論百出だ。本書では、ヒロシマでの被ばく後、六十年にわたり内部被曝の研究を続けてきた医師・肥田舜太郎と、気鋭の社会派ジャーナリスト・鎌仲ひとみが、内部被曝のメカニズムを解き明かし、その脅威の実相に迫る。「劣化ウラン弾」などの大量使用により新たな様相を帯びる「核の脅威」に斬り込んだ、警世の書。

<目次>

第1章 世界に拡がる被ばくの脅威(鎌仲)
1 被ばくの論点
2 イラクの被ばく者たち)

第2章 爆心地からもういちど考える(肥田)
1 爆心地の風景
2 内部被曝で死んでゆく人々
3 被ばく者特有の症状

第3章 内部被曝のメカニズム(肥田)
1 放射線の基礎知識
2 内部被曝の危険について
3 内部被爆の症状

第4章 被ばくは私たちに何をもたらすか(鎌仲)
1 アメリカの被ばく者たち
2 劣化ウラン弾は何をもたらすか)

第5章 被ばく体験を受け継ぐ(肥田・鎌仲)

<内容からの要約メモ>

第1章 世界に拡がる被ばくの脅威(鎌仲)

「被ばく」の論点 

 国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告は、人や社会が容認できる「被ばく」の限度すなわち「現在の知識に照らして身体的または遺伝的障害の起こる確率が無視できる」線量を超えないような線量限度を勧告している。

 日本ではICRP勧告を受けて、市民が1年間に浴びても健康上の問題はないとされる放射線の被ばく量を、年間1ミリシーベルトと設定している。この1ミリシーベルトは、これだけ浴びたからといって必ず影響が出るということではなく、これ以下に抑えて方が安全であるという予防的な数値であるとしている。加えてICRPは、微量な放射線の影響が学問的にまだ明確でないことをふまえたうえで、慎重な考え方を取ることを表明している。

 ①ICRPは、「しきい値」はないとしながら許容限度を設定していること、そして、②メカニズムの違う内部被曝と外部被爆を同等に扱い内部被曝の脅威を正当に評価しないこと、この2つの矛盾がずっと横行し続けている。

イラクの被ばく者たち

 1998年はじめてイラクに入国。WHOの報告によれば、経済制裁が直接の原因で、15歳以下の子供が60万人も死んだ。すでにイラクでの小児白血病の発症率は湾岸戦争前の4倍に。

 湾岸戦争時、米軍はクウェートから撤退するイラクの戦車隊を劣化ウラン弾で壊滅させた。当時、このことと、湾岸戦争後に生まれた子供や数十キロ離れて場所に住む子供が病気になることの関係が分からなかった。

 日本に帰り、肥田 舜太郎医師に会う。肥田氏「イラクの子供たちに起きているのは被ばく。劣化ウラン弾の微粒子が体の中で放射線を放出し、細胞の遺伝子を傷つけている。これは「いつかおまえを殺す」という徴で今の医学では治すことはできない」現在進行形で内部被曝し続けているイラクの子供と、60年前のかつての子供に起きた事態は同じ。

 内部被曝のイメージを、これまでの原爆のイメージと同等に立ち上がらせることなくして、いま世界に拡がる被ばくの脅威を本当の意味で理解することはできない。

 広島への原爆投下から60年を経て、劣化ウラン弾を使用。イラク、アフガニスタン、ボスニア、コソボ、で使用。保有国は20か国を超えた。

 内部被曝の真実を知るなら、原子力産業そのものもまた汚染の源泉。ウランを掘り出した瞬間から(労働者の体内に)濃縮ウランを原発で燃やせば、微量の放射性物質が日常的に排出。その濃縮ウランを作る過程で大量に排出される劣化ウランからできる劣化ウラン弾。こうして放射性物質が環境に溶け込んで拡散し続けていく状況が新たに生み出されている。

第2章 爆心地からもういちど考える(肥田)

 肥田氏は医師で、28歳の時広島で被爆。原爆直後の惨状、被害者の診療をする中で初めて知る内部被曝の症例。その被ばく者特有の症状を診る。

 1949年、広島にアメリカはABCCを開所。被ばく者を集めて被ばくの診察、検査を行い、治療は一切行わず、死亡者は全身を解剖して全ての臓器をアメリカへ送って、放射線障害研究の資料とした。(モルモットに)京大医学部の調査研究記録はすべてを占領米軍に提供させられ、以後日本の学会の調査、研究は禁止・制約。

 2005年、生き残っている約27万人の被ばく者の多くは2つ、3つの病気を持ちながら、様々な不幸や悩みを抱えて生き続けている。ぶらぶら病の状態が続き、怠け者のレッテルを貼られたり、また、被ばくの事実を隠し続けたりして、社会の底辺で不本意な人生を歩いた被ばく者も多い。

 まず被ばく者は、占領米軍より敵視と差別を受け、続いて日本政府によって差別され続けた。政府は1957年に被ばく者援護の法律制定をするまで何一つ救済の手を打たず、多くの被ばく者が餓死に等しい状態で命を奪われるのを放置し、遺棄した。援護法を作っても①爆心地直下で被ばく、②爆発後2週間以内に入市した者など、③多数の被ばく者を治療・介護した者,④当時、被ばく者の胎内にあった者 に区分して被ばく者の中に差別を持ち込んだ。さらに社会からも差別された。

 現行の被ばく者援護法(1997年~)も、基本的に、当初からのこの内部被ばくを否定・欠落したまま引き継いできたもの。2003年以来、160余名(306名に)の被ばく者が政府と集団訴訟中。(これまで出た19回の判決すべてが内部被ばくを認定。)

 アメリカにもビキニ海域での原爆実験中に被ばくした従軍兵がいた。アメリカ公的機関は、当初、その元米兵の疾病が内部被ばくによることを否認。1991年になってようやくわずかな補償金を払う。(アメリカ国内に似たような多数の被ばく者が存在。)

 内部被ばく者が放射線被害者問題で常に蚊帳の外に置かれてきた理由は、① 現在の医学が放射線の人体に対する医学的な影響については、生理学的にも病理学的にもまだ殆ど不明のままで、治療はおろか診断さえ十分にできない状態にあること。② アメリカが、広島・長崎の被ばく者の被害を軍事機密にし、圧力をかけ、日本の医学、医療関係者には診療以外、核被害に関する調査、研究、学会活動を禁止し、大量の放射線被害者集団に対する、専門的、組織的な対応を放棄させたこと。③ アメリカのICRPがBEIR委員会(合衆国国立アカデミー・国立諮問委員会)を通して「一定しきい値以下の放射線の内部被曝は微量、故に人体に無害」という主張を流し続けたことにある。

 そもそも原爆製造のマンハッタン計画に参画したグループ内に放射線分子を体内に入れて殺傷する発想があり、プルトニウムの経口注射による人体実験を実施。(内部被曝は原爆製造の初めから意図されていた。)

 今まで闇に閉ざされていた内部被爆の実相が被ばく者の集団訴訟を通じて明らかになりはじめた。このことが、核兵器による被害者(ウラン採掘、核兵器製造、核燃料輸送、廃棄物処理など)だけでなく、無害を標榜してきた民間の核関連産業(チェルノブイリ、ハンフォード風下住民など)の実相と相俟って、人類が今後、どのように核エネルギーに対応していくべきかの道筋を選択するのに貢献するように願う。

第3章 内部被曝のメカニズム(肥田)

1 放射線の基礎知識(省)

2 内部被曝の危険について

 内部被爆による人体への悪影響を解明した「ベトカウ効果」説-長時間、低線量放射線を照射する方が、高線量放射線を瞬間放射するよりたやすく細胞膜を破壊する。→それをスターングラス教授(ピッツバーグ大・医放射線科)が発展させ、アメリカの核政策を批判。―①低線量域では生物への影響はかえって大きくなる。②低線量放射線の経口への危険度はICRPの値より大きく、乳児死亡の倍になる占領は4.5ミリシーベルト。③米・中の核爆発実験の放射性降下物によって乳児の死亡率が増加。④放射性降下物に胎児期被ばくした子供に知能低下が生じた。⑤スリーマイル事故によって放出された放射能によって胎児死亡率が増加。

 これに対してアメリカ国内では多くの反論が呈された。(組織されたというべきか?)

 原子力は、二つの間違いを見落としたまま開発・利用されてきた。①「放射線の量がある一定量以下(しきい値以下)であれば人体に全く危険はない」という考え方。②「自然に存在する放射線の核種も人工でつくり出した放射線の核種も人体に与える影響は全く同じである」という考え方。

 広島・長崎の多数の被ばく者が60年の時間の経過の中で示してきた症状、症候群は従来の医学的見地で説明できないものが非常に多い。(ぶらぶら病症候群など)また、従来、放射線の影響はないとされてきた5キロ、6キロの遠距離被ばく者の急性症状や脱毛も、残留放射線によって内部被爆から説明しえる。臨床検査で疾病の存在を証明しえない被ばく者の異様な倦怠感も、低線量放射線の内部被爆による内臓器官の疾病準備状態と捉えれば、おのずと対応が可能となる。(お手上げだった被爆者医療に貴重な足場ができた。)

 数々の被ばく者の症例と、過去12年間の多くの科学研究は、間接的な細胞膜の損傷が、自然放射線、死の灰、原発から放射される平均線量0.01~0.1グレイの最小線量でさえ、生物組織に有害であることを示してきた。

 そして、ベトカウ効果は、これまで不明であった低線量放射線による人体への影響を明らかにしつつある。①ベトカウ効果は病気に対する抵抗を担当する細胞に損傷を与えることを証明。子宮内で育ちつつある胎児の免疫組織は特に侵されやすい。②低線量放射線は、以前に予想しなかった損傷を起こしてしまう。感染症、加齢による病気も。発育する胎児への脳障害は特に深刻。③死の灰、原発放射線に起因する危険の増加を示す統計資料はあったが、ベトカウの発見以前はそれらを説明することができなかった。-統計に用いた放射線量が食物・ミルク・飲料水中に入ったセシウム137などの年間わずか0.1~1シーベルトの少量の核分裂生成物であり、微量のため人体に影響はないと考えられていたから。(ベトカウ効果で説明できうるようになってきた。)

3 内部被爆の症状

 アメリカの医師ドンネル・ボードマンー大気圏核実験に動員された被ばく米兵の診療を通じて、彼らを苦しめた主訴と症状がどの病名にも一致しない場合、低線量放射線障害とすべきとし、それを「非定型症候群」と名付けた。

 ドイツの植物学者ラルフ・グロイブは、低線量放射線の評価は、二つ以上の有力な勢力の干渉によって左右されると。それは学問的な相違よりも、危険度を算出する基準の選択に膨大な経費が関係し、強力な外界の利害関係がそれを左右する。その最もよい実例がBEIR委員会報告Ⅲで、低線量放射線による発癌の危険度の数字が大きく引き下げられた改定・修正をした。―原子力開発を進めていくために全人類が被るであろう被ばくの犠牲はこのようにして正当化された。

 1950~89年の40年間にアメリカの婦人(白人)の乳癌死亡者が2倍になったことが公表。その原因を政府は、文明の進展に伴うやむを得ない現象と説明。統計学者のJ・M・クールドは報告に使われた統計に不審を抱き、再調査。結果は明らかな地域差があると判明。原子炉から100マイル以内にある郡では乳癌死亡者が明らかに増加し、以遠にある郡では横ばいまたは減少していた。乳癌死亡者数の地域差を左右していたのは、軍用、民間用を問わず、全米に散在する多数の各種原子炉から排出される低線量線だった。

第4章 被ばくは私たちに何をもたらすか(鎌仲)

 人類史上、最大の人体実験ともいわれる広島・長崎への原爆投下があっても、内部被爆そのものに関しては長い間、言及されることはなかった。近年、ようやく内部被爆の存在が注目され、ICRPの見解とヨーロッパの科学者グループ、奥州放射線リスク委員会(ECRR)の見解がはっきりと二つに分かれるようになった。前者は内部被爆も体外被曝と同様に許容量を定め、後者は内部被爆の許容量をゼロ以外は安全ではないとしている。-(たった1粒のプルトニウムが体内に入った場合、ECRRは体内で放出されるアルファ放射線がその人間に癌を発症させる可能性は十分にある。)

 ECRRが2003年公表の報告書―1945年~89年までに放射線被ばくで亡くなった人の人数は、6160万人。ICRPの計算では117万人。ECRRは、現行のICRPが設定する一般人の許容限度、1ミリシーベルト/年を0.1ミリシーベルト/年以下に、労働者の限度も50ミリシーベルト/年から0.5ミリシーベルト/年に引き下げるべきだと主張。もし、これが実現すれば、原発労働者だけでも100倍の人員が必要に。だからこそICRPは「合理的に達成できる限り低く保つ」と許容限度を勧告する。

 確かに、いまだ世界に微量な放射性物質が体内に及ぼす影響に関しての定説はない。そこで、ICRPはこうした「全ての放射線被ばくは合理的に達成できる限り低く保つこと」という姿勢をとる一方で、「確率的影響に関してはしきい値をもうけない」(1990年勧告)と自己矛盾に。つまり、正当な社会的便益があり、なおかつ原子力産業の運営に支障がないならば、できるだけ低い放射線量の放射線被ばくを認めるというのだ。この許容限度を「容認」するのは、常に放射性物質を使う側であり、使われる側では決してなかった。

 これから、長期的被ばくについては、毎年1ミリシーベルトの被ばくにより、1万人から10万人に1人の割合で、将来のある時点で癌にかかるリスクが付加されることになる。その約束事で、原子力産業が運営された結果が、117万人。しかし、内部被爆を再評価したECRRの新たな考えに基づいた計算では、死亡者数が6160万人に跳ね上がり、そのうち子供が160万人、胎児が190万人となる。

 内部被爆に関するしきい値を死守することはアメリカにとって重要課題であった。内部被爆の人体に与える影響が明らかになれば、新たな核開発の障害になることは確実だった。そこで意図的で巧妙な隠ぺい工作が続いてきた。

 広島・長崎における原爆の影響は局所的であり、放射能汚染は問題にならない、放射線そのもので死んだ人間の数は少なく、投下後、三,四週間で死ぬべき者は全て死んだとアメリカ政府は宣伝し、放射能の長期にわたる影響を完全にそして公式に否定した。こうしたアメリカ政府の見解は、その後の東西冷戦を支える根拠となった。核弾頭を多く持てば持つほど覇権を維持でき戦争の核抑止力になるとし、それがもたらす放射能汚染に関しては全く考慮されない時代が戦後ずっと続いてきた。一般のアメリカ人に植え付けられた核のイメージは、「効果的な兵器」「平和をもたらした兵器」「第二次世界大戦を終わらせ、100万人のアメリカ兵が無駄に死ぬことを回避させてた」現代科学の素晴らしい成果として、今も人々の心に生きている。アメリカ政府による放射能汚染に関する情報操作はほとんど完璧だった。

 アメリカの被ばく者たち

 冷戦時代、アメリカはプルトニウムの量産体制に入り、ワシントン州ハンスフォード・エリアには9つの原子炉がコロンビア川のほとりに建設され,操業停止までに2万5千発の核弾道をまかなえるプルトニウムを生産。1987年、政府はハンスフォードに関する機密書類を公開。操業中に無自覚にもしくは意図的に放出した放射性物質の総量は、スリーマイル島事故の1万倍に相当していた。このハンスフォード風下地区はアメリカ有数の穀倉地帯。あらゆる作物が生産・輸出されている。そこの農民たちに起きたのは食物連鎖による微量放射性物質の生体濃縮だった。政府は行基との因果関係を否定し、裁判に。

 就任一期目にしてジョージ・ブッシュ大統領はあらゆる住民訴訟から原子力施設を守ると宣言して60億ドルの予算を計上。疫学調査「ワシントン州東部における甲状腺疾病調査」は、2千万ドルもの費用をかけ、健康への影響はなかったと結論づけた。内部被爆の被害は「全く心配ない」「問題にならない」「無視できる」あるいは『国際的に容認されている基準や限度を十分に下回っている』などと。その特定の地域の人に特有の癌が増えていても、常に大きな人口集団全体の平均線量が問題となる。集団全体が受けたリスクによれば、10万人に1人の割合でしかないという言い方だ。大きな人口集団が、定量の放射線被ばくをうけていないからその特定の地域に放射能との関連はないとすることこの矛盾に、そろそろ科学が気づくべきである。放射線汚染は決して均一の起こるわけでない。加えて、ベータ線とガンマ線を放出する放射線核種と異なり、アルファ線放出核種は人体内で放射線を出しても直接測定できない。よってその影響は不確か。不確かであるから安全とは言い切れないし、かえって予防原則的な考え方をすれば危険の方に注目すべき。

 1985年にハンスフォード核施設に監督官として赴任したケイシー・ルードの核廃棄物の管理・保存の杜撰さ、放射能漏洩を内部告発によって、プルトニウムの生産は止まった。しかし、後に残った膨大な汚染は消滅することはなかった。

 核大国アメリカは被ばく大国でもあった。大気圏内原爆実験は1200回にもおよび、放射性硬化物質による放射能汚染は広範囲に。

 十分すぎるほどのプルトニウムを生産し、圧倒的な数の核弾道を作った後、プルトニウム余剰の時代がやってきた。そして兵器から商業的な利用へと核エネルギーの用途は変貌した。2005年現在111基の原発がアメリカ国内で操業。原子炉からは日常的に微量の放射性物質が放出される。

 冷戦の置き土産として残ったのはプルトニウムだけではなかった。天然ウランから濃縮ウランを作る過程で大量の劣化ウランが出てくる。(30トンの濃縮ウランを作るのに160トンの劣化ウランが排出)世界中でこの劣化ウランが毎年6万トン近くも出ている。1950年代、アメリカエネルギー省はすでにこのたまりつづける、やっかいな劣化ウランを使って新しい兵器を作ることを思いついた。開発はニュー・メキシコ州ソコロの軍事研究施設で。その周辺での射撃実験によって、風下の町では様々な健康被害が続出した。

 ウラン鉱山、様々な核施設、大気圏原爆実験、そして劣化ウランの製造・試験過程でもアメリカは放射能汚染を受けてきた。湾岸戦争に従軍した60万人のうち、実際の戦闘で死亡したのは300人足らず、帰還してからこれまで1万人が死亡し、20万人近くが湾岸戦争症候群を病んでいるという。いまや劣化ウラン弾を製造、研究、試射、貯蔵、廃棄等をする施設は全米55に及び、近隣の住民にも放射能汚染の被害をもたらしている。

 劣化ウラン弾はなにをもたらすか

 劣化ウラン弾は1991年の湾岸戦争ではじめて実際の戦闘に使用された。最強を誇ったイラクの戦車隊は瞬く間に壊滅した。この湾岸戦争後、二、三年経つとイラクの子供たちの間に白血病や癌が増えはじめた。おびただしい数の障害児の出産、白血病、癌の増加はサダム・フセインの使った化学兵器が原因ではないかとアメリカは言いはじめた。

 湾岸戦争で使われた劣化ウラン弾は300~900トンだといわれ、イラク戦争ではおよそ2000トン使われ、しかもバクダッドなど人口密集地でも大量の劣化ウラン弾の痕跡が発見されている。破壊された戦車があちこちに放置され、その付近で遊ぶ子供たち、劣化ウラン弾の不発弾を玩具代わりに遊んでいる子供もいる。

 既にアメリカのミサイル全体の20%以上に劣化ウランが含有されているという。劣化ウラン弾が高熱を発して燃えて、エアロゾルと呼ばれる気体になった時、煙草の煙の微粒子よりも小さくなる。ウラン238が出すアルファ線は40ミクロンしか届かない。この放射線が体内に入って組織の中に沈着した場合は条件が全く違うことにとなる。放射性汚染と重金属毒性を合わせて持つウラン238が、複数の内蔵に高い濃度で沈着した結果が湾岸戦争症候群(めまい、吐き気、出血、短期間の記憶力低下、震え、性的不全を起こす)となる。

 アメリカ国防省は、劣化ウラン弾による被害について、その毒性に関しては「劣化ウランの放射線は、自然放射線と大きな違いはない。劣化ウランの放射性は弱い。…劣化ウランは核兵器ではない」としている。いまや劣化ウランを含有したミサイルや弾丸は多種にわたっている。アメリカのみならず、イギリス、ロシア、トルコ、フランス、サウジアラビア、タイ、イスラエルがアメリカの技術を用いて劣化ウラン弾を自国の軍隊システムに開発導入し、世界の武器マーケットで販売している。

 劣化ウラン弾の安全性を巡る論争の根底にあるものは、この60年以上続いてきた微量の放射性物質による内部被爆の影響をどう評価するかに尽きる。ICRP、WHOも劣化ウラン弾の危険性を公式に認めていない。これに異議を唱えることをためらわせている壁はイラクでの医療調査(疫学調査)が行われていないことである。(長い時間と莫大な費用がかかる)イラクの医師たちは明らかに異常なことが起きていると現場で感じている。それぞれの病院で小児白血病が4倍になったり、成人の癌発症率が18倍になっていることを報告している。しかし、それらは科学的に有意なデータとは認めてもれえないのだ。

 劣化ウラン弾の被害を訴え、その使用禁止と被害者の救済を求めるイラクの医師たち、そしてヨーロッパの科学者や世界中の市民は年々増え続けている。

 WHOはチェルノブイリ事故の後、ベラルーシで増加した小児白血病に関しても数年間もチェルノブイリ事故が原因だと認めなかった。ちなみにチェルノブイリ事故後、ギリシャでは160%ドイツでは48%イギリスでは200%以上も小児白血病が増加している。このWHOの主席研究員だったケイス・ベイパーストック博士が、劣化ウラン弾は「放射能と化学毒性を持つ劣化ウランを含むチリを吸い込むと、子どもも大人も癌にかかる可能性がある」と警告した報告書をWHOに差し止められた。と語っています。(WHOの公衆衛生と放射線の関係にかかわる計画をことごとく妨害してきたIAEAの仕業か)この報告書が重要なのは、国際的権威のある組織に所属していた科学者が、①バイスタンダード効果―低線量の放射線を受けた時に従来考えられているよりも大きな損傷を生み出す細胞のメカニズム があること。②カクテル効果―放射性毒性と化学毒性が一緒になると相乗効果を生み出す。があること。を明らかにしたことです。

第5章 被ばく体験を受け継ぐ(肥田・鎌仲)

被ばく者の歴史的な意義

鎌仲:原爆がどういう影響を及ぼしたのかが日本人に伝わっていない。世界に伝わらないのも当然。アメリカの戦略は大成功。

肥田:今のところ成功。核が人体に及ぼす被害については、まだ純粋の学問としては科学的な根拠が証明されていないから。人間は愚かな生き物ですから、科学的な裏付けがなされない限りは、たとえ危険性が指摘されていたとしても、安全であると信じたがる。特に権力は必ずそういう考えに立つから、反対する人は必ず権力に歯向かうことになる。その結果、反対運動を担う人が週数になりがちに。核の脅威について、60年にわたって私が言葉を重ねてきても同業種の医者ですらその脅威を具体的には実感していない。

鎌仲:広島の被ばく者は人類史上はじめて「被ばく者をつくらない」というメッセージを獲得した。でも、そのメッセージが伝わらない。

肥田:自覚の仕方が浅いから。体験上被ばく者は「核を用いた戦争を二度と起こしてはならない」と分かっていても、「なぜいけないのか」ということを知的にまとめて、自分の認識にすることができていない。
鎌仲:たとえ核兵器を使用しなくとも、核兵器を作ろうとしたその瞬間から、被ばくというものは生まれています。原爆が投下される以前に被ばく者は存在したという事実を、60年が経った今でも「新しい事実」として受け止められているとは…

肥田:原水協の代表のメンバーすらも、そのことをどれだけ…

原爆を語る「言葉」

肥田:「核兵器が人間に与えた被害とは何か?」という問いに対する「解」を明らかにすること。議論を重ねれば重ねるほどなかなか一つに収束しない。一言でまとめること自体が無意味で、どこから見てもどう考えても核兵器はあってはならないことを明らかにすることが答えなのでしょう。
ホロコーストとの違い

鎌仲:第二次大戦の悲劇として歴史に記憶されているものに、原爆のほかにはホロコーストがあります。同じ大量虐殺ですが、ホロコーストのことは非常によく世界に伝わっています。しかし、原爆は…

肥田:原爆の本当の被害が目に見えないからだと思います。放射能に侵されても、何となく生きていくことが可能ですが、じわじわと生命が蝕まれ、いつかぞろぞろと殺される。放射能は目に見えない暴力なんです。

鎌仲:放射能汚染による被害を表現する言葉を私たちは持ち得なかったし、いまだに探しています。
被ばく国としての責務とは

鎌仲:「放射能が被爆者をつくる」という単純な事実を理解すること。その情報を伝える人の数が少な過ぎた。

肥田:その原因の一端は、被ばくの問題を、人間の生命との関わり合いのなかで捉えていかないから。
 生命というものと対決している医療関係者は、原爆という問題を積極的に取り上げようとしないのです。私の話に対して、たくさんの人が反応してくれるけど、私と同じように考える医者は少ない。威力の大きな爆弾としての原爆の被害は理解するけど、内部被爆がゆっくり人を殺すことを確信できる医師はほとんどいません。彼らの尺度は現在の医学であり、それが内部被爆の脅威を認めない限り、彼らはその線を離れられないのです。被ばくについて無関心な医者が多いのは私の責任でもあるのです。

次の一歩を踏み出すために

鎌仲:現在は、放射能についての情報がたくさんあります。だから、誰だってその気になれば、独力で放射能被害について知ることができます。ある程度の知識を得れば「低線量放射線は安全だ」と高唱するICRPのような団体の信憑性を判断することもできる。チェルノブイリ以降、低線量の内部被爆は、やっぱりよくないんだという認識が深く広く行き渡ってきています。ドイツの脱原発宣言は、チェルノブイリ事故が起きて彼らの生活の中に死の灰が降ってきた体験をしたことが大きな影響を与えている。

 原発と核兵器は関係がないかといえば、決してそんなことはなくて、きわめて密接に関連している。プルトニウム製造工場があるハンフォードは使用済み核燃料の再処理工場なのです。フランスの再処理工場もイギリスの再処理工場も、周囲はものすごく放射能汚染されているにもかかわらず、その施設の責任者たちは「安全だ」と言い続けている。周辺の市民は不安があってもノーと言えない、生活の場が侵されてしまって後戻りができなくなっている。「放射能汚染は目に見えないから、存在しないことにしよう」という選択になっている。その選択を予防的に回避することができるかできないかが、今の日本に突きつけられて課題になっている。

劣化ウラン弾が新しい局面をもたらした

鎌仲:劣化ウラン弾は核廃棄物から製造され、ウランが使用されているミサイルだった。「原子力エネルギーのゴミ」だったのです。今こそもう一度、核兵器と放射能汚染というものを見直すべきタイミングです。放射性物質が体内に入ったら、たとえ微量であったとしても危険であることが常識になっていく時代は、意外と早く来るのではないかと思います。放射線の安全許容量に関しては、この60年間死守されてきたけれども、今、まさしくそれが壊されようとしていると…

肥田:全く同感です。人間は当面する危険に敏感に反応しますが、その状況をつくりだす核脅迫を背景にした国際政治を一つに意識できるような日本国民に一日も早くなりたい。
日本人は核をどう捉えてきたか

肥田:1954年ビキニ環礁での水爆実験で第5福竜丸が被ばくしたことから日本の原水爆禁止運動ははじまったが、「私がやってきた運動は、果たして本当に核と向き合った運動だったのか?」と自ら問い直せば、常識的には「YES」だが、もっと突っ込んで考えると疑問に思うことも…核と向き合った運動であったくせに、核についてどれくらい理解していたかというと、あまりよく理解していなかった。劣化ウラン弾のような具体的な核問題が浮上し、実際に戦争で用いられた核兵器が目に見えるようになってきた。

鎌仲:劣化ウラン弾による内部被爆の影響が、科学的に証明されたわけでないのです。でも、予防医学的な見地から考えると、どんな微量な放射性物質であっても危険はあるのですから、生命を守るという観点からすれば、劣化ウラン弾の使用を制限すべきだというのは誰だって分かるでしょう。
 だけど、今まではそれが自分の身近な脅威になるという想像力がなかった。ところが、世界中で普通に生活しているだけで多くの人々が被ばくしている事実が判明してくると、「明日は我が身」ということが分かったのです。

<私の感想>

 この間、菅谷氏、鎌田氏それにこの本書で肥田氏とすべて医師が書いたもの(それもチェルノブイリの被害者や被ばく者の集団訴訟に寄り添ってきた医師。)を紹介してきました。私は、この間、8月26日の学習会で原発・放射能問題で講師をしてみて、野口氏の著作「放射能からママと子どもを守る本」をテキストにしましたが、皆さんによく説明できませんでした。特に「放射線低線量の内部被ばくの問題」がよく説明できませんでした。そのこともあって、連続して3冊も医師が書いたものの紹介をしています。(本書の紹介は、はまだ途中ですが…)その中で、私自身に少しは変化が出てきたようです。それは、9月14日の栗原市の講演会で、石井慶造氏の話を聞いていて、それをすべてチェックできたからです。しかしそれでも、まだこの問題―「放射線低線量の内部被ばくの問題」が今一つ実感?確信?にまでなりきっていません。それは多分、本書にも書かれているこの問題の特殊性もあるでしょうし、私自身が被曝者・被害者と直接、接していないということがあるのでしょう。

 かつて私は、しばらくの間、千葉市において川鉄公害問題にかかわっていました。被害者の救済、大気汚染などの調査、汚染源の追及、最後は被害認定と新たな発生源の差し止めを求めた訴訟を支援する活動をしていました。私自身も、その中で原告被害者である多くの公害病患者さんたちと直接、接してきました。また、この訴訟を準備する中で、訴訟に協力したり、証言に立ってくれた科学者・学者たちとも接したり、被害者たちとの橋渡しを手伝ってきました。また逆に法廷では、被告・川鉄側に立つ科学者・学者も見てきました。そうした中で、法廷内外で、原・被告の間で激しい論争を繰り広げてきました。様々な学説、科学論文、各種調査などどう見るのか。また被害の実態や、それと大気汚染との因果関係をどう見るのか。果てしない論戦をしましたが、その準備のための弁護団会議に幾度も出席しました。そこには原告被害者や原告側の科学者・学者も出席する場合も多かったのです。

 そこで、はっきりしたのです。科学者・学者は、ただ専門家であるだけではだめなのです。汚染や被害の事実を具体的に押え、命を守る、被害者の立場に立つ見識を持っていなければならないのです。そうした被害者の立場に立つことができる科学者・学者なのか、人間なのかが問われてきました。また、そうした中でこそ、科学・学問も鍛えられ、人類(人間)のために発展するのだと思いました。

 本書を読む少し前に、月刊誌世界の9月号で、肥田氏へのインタビュー「放射能との共存時代を前向きに生きる」を読みました。そこでアメリカが広島・長崎への原爆投下以後、内部被ばくを隠してきたこと。そのアメリカの影響下での日本の放射線学・学会がつくられてきたことを知りました。それと関連してくるのが、産・学・政にわたる強固な原子力村が形成されていったこと。そしてそれによって、日本における原子力発電が強力に推進されてきて、今回の福島の原発事故に至ったと認識しました。だからこそ、私が千葉の公害訴訟で実感した確信―被害者に寄り添う科学者・学者こそ、本物であり、信頼できる。-から、肥田氏など(この後にその著作を読んでいく、矢ヶ崎克馬氏なども)の言っていることを、もっとよく理解しようと思ったのです。

 とりわけ、このフクシマ以後においては、今、まさにこの「放射線低線量の内部被ばくの問題」をどう見るかが一つの大きな争点になってきています。広島・長崎での被曝(それは今も続いていますが)の時とは異なる状況が、現在はあります。本書は、6年前に書かれたものではありますが、この問題を考えるにはどうしても、今、読まなければならないと思いました。

 読んでみて、何かすべてがつながっていくように思われてきました。それは、核(兵器)を作ろうとしたその瞬間から、被曝というものは生まれること。そのため、本当は、世界中で普通に生活しているだけで多くの人々が被曝しているのだということ。こうして、広島・長崎の被曝者、チェルノブイリ事故による被害者、イラクなどの劣化ウラン弾による被害者、核(製造)にかかわる産業(兵器・原子力など)での被害者など、それと今回の福島原発事故による被害者。これらすべての被曝者・被害者が、一つに結びついてくるのです。2005年に本書が出された時にも、そうした方向が見えてきていたとは思いますが、今、現在、フクシマ以後では、より明確になってきたと思います。それを一言でいえば、―人類が、今、「核のない世界」へ確実に踏み出さないといけない。人類と核(核兵器・原発)は共存できない。―ということです。今、「核廃絶+脱原発」を地球規模で行なっていかなければならないのです。エネルギー政策をどうするか?世界経済はどうなるのか?、私は、こうしたことは、二の次でいいのだと思うのです。まず最優先で、人類の生存がある。次世代の子どもたちが、この地球上で、安心して暮らしていけるようにすること。そのためのエネルギー政策であり、世界経済・財政政策のはずです。科学・学問だって、そのミッションは、それに寄与するためなのではないでしょうか。

 本書が、今のこのフクシマ以後の時点で、多くの方に読まれるよう望みます。

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