触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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「私の放射能ガマン基準について」 (その2) 

<原発・環境・エネルギー問題>   2011.12.19

「私の放射能ガマン基準について」 (その2)           

 はじめに

 既に12月17日に急いで「私の放射能ガマン基準について」 (その1)を出したのは、政府が「冷温停止状態宣言」を出し、避難区域見直しを打ち出してきたからです。さらに、それに関連して「低線量被ばくのリスク管理について」内閣府の有識者会議がいつものこことはいえ、余計なことを言い出してきました。これが今後の福島の子どもたちを始め日本の子どもたちの健康を守っていく上で極めて有害な働きをしてくる可能性が高いと思ったからです。17日は、栗原市立図書館で「冬のあったかおはなし会」が開かれ、私もレオ・レオーニの「フレデリック」の読み聞かせを担当しました。夜からは図書館司書の皆さんとボランティアとの恒例の忘年会を持ちました。司書さんだけでなく私たちボランティアにも若い女性がいます。参加者が揃うまでの短時間、私が勉強会と称して、毎回、国の図書館政策や全国の図書館の動き、ボランティア団体の動きを伝えるのが恒例となっています。しかし、7月の七夕の企画後行った同様の「ご苦労さん会」に引き続き、今回も「原発・放射能問題」を伝えました。その内容が(その1)なのです。当日の参加者は、私以外は女性です。若い女性だけでなく、小さな子と暮らしている方もいます。地域的に居住地がそれほど高濃度の地域でなくとも皆さん、関心は高いのです。

 この間、私は、この栗原でこの問題に取り組むだけでなく、隣の一関、大崎・加美町などに出かけ、そして仙台へは頻繁に行くようになっていました。県南の大河原、丸森にも出かけました。12月11日には、「ゆきとどいた教育をすすめる栗原市民の会」として3人で、女川町・石巻市の放射線量測定会に出かけました。こうして、各地での取り組みを見てきて、いろいろ考えさせられました。12月20日には、また、市民の会と栗原母親連絡会の合同役員会を持ちます。そこで、それに向けて、更に、私自身の考えをまとめてみようと思って、(その1)の続き、-この(その2)を出します。

 この9か月を振り返って

3.11東日本大震災では、栗原の私たち自身が地震で大きな被害を受けました。私たち(ゆきとどいた教育をすすめる栗原市民の会)は身の回りの整理が一段落するとすぐに、栗原での学校被害を調べようということになりました。それでも福島の原発事故は衝撃的でしたので、6月18日には、古川での開かれた原発問題学習会へ役員の多くが参加しました。そこで、福島原発事故によってその放射能汚染が宮城県北と岩手県南に来ていることを知らされました。同時に女川原発で同様なことが起きれば栗原でどうなるかを考えました。そこでまず、自分たちで学校等の放射線量測定をしようということになりました。当時栗原市は、75カ所の学校等の放射線量測定を調べていたのを19カ所に縮小していました。学校等で子どもたちを守るためには、放射線量測定を元の全施設に戻させ、さらにより詳しい調査をさせる必要性を感じていました。

そこで、私たちは、この7月より、この間、栗原市北部での高濃度汚染の出現について調べてきました。ネットや、TV,雑誌で、一関ルートが分かったり、栗原市のデータを分析したり、自分たちでも自主測定を行ったりしてきました。これらは、できるだけ正確な情報を多くして、「自分で的確な判断を下す」ためです。この放射能汚染問題のとらえ方は人によって違ってきます。内部被曝や様々な放射能汚染の複合化、専門家でも意見が分かれます。しかし、子どもたちに関してのことを考えると放射能被曝は少なければ少ないほど良いことは確かなのです。そして、最終的にどうするかは、その人、その家族、個々のケースによって違ってくるのは当然です。それぞれが「自分で判断を下し」「自分の放射能ガマン基準」を持つしかないのです。しかし、その場合、一番注意しなければならないのは、自分の考えを固定化せず、「思考停止に陥らない」「他から多くを学ぶ」ということではないでしょうか。想定外の事態が起き、それが連続してもです。このことは、「私が、今度の震災で沿岸部での宮城の多くの先生方の経験を聞きそれから学んだこと」でもあります。また、ドイツでは、25年前のチェルノブイリ事故以来、脱原発の国民的議論を重ねてきて今回の福島の事故でそれへ思い切って踏み出しました。そこから学ぶべきことは、絶えず考え、議論し、合意を形成してくことです。この日本でも、私たちにもきっとできるはずです。

 この間の私たちが主張し、行動してきたこと振り返ってみると、この後すぐに7月の段階で、「徹底した計測、除染、そして原発震災への備えを」と言っています。7月21日朝、NHKの7時のニュース、文部科学省が、上空から調べた、広域の放射能物質による影響把握(宮城県内の放射性物質による土壌汚染の実態)を公表したことから、私の全てのアンテナをここに集中し始めました。その後、稲わら事件、北のホットスポットなどと続きました。

私たちが、先ず必要だと考えたのは、多くの市民が実態の正確な把握を共通認識に持つことです。それには、3月中旬の当時の放射能汚染状況を映像で確認すること。栗原市と私たちの自主測定のデータを分析すること。これらから全体像―「上空から調べた、広域の放射能物質による影響把握」との関連でとらえること。そして、更に詳しい汚染地図(ホットスポットマップ)作成の必要性を確認し、私は自分で作ることにしました。

とりわけ私たちが重視したのは、自分たちで自己防衛をするだけでなく、測定なり、対策をまわりの全体に、市民全体に行き渡らせることです。そうしなければ「子どもたちを守る」というミッションは達成できないからです。ですから、栗原市という自治体に対する働きかけを一貫して重視してきました。それもこれまで市民の会が取り上げてきた学校統廃合問題などとは打って変わって、市を敵視しない、むしろ協働の相手と捉えるようにしました。原発災害は、まだしばらくの間は続いていくことは明らかでした。政府によって、放射能の拡散予測が初期に出されなかったため必要な対策がすべて遅れました。正確な計測すら多くのところで十分にされていませんでした。まずは徹底した計測から行うべきと考え、3月に飛来して着地した放射性元素から放射線が出続けているので、その高濃度なところから取り除いていかなければ(除染)ならないと主張しました。「徹底した計測、除染、そして原発震災への備えを」ということです。

私たちは、8月7日、9月1日、11月7日の3次にわたって栗原市に要望書を提出してきました。その主な項目は3つ、①徹底した放射線量の測定・調査とそれに基づく除染をすること。 ②学校給食食材の放射能測定を独自の食材に関する子どもの摂取基準値を設定して行うこと。③子どもたちの健康調査について、健康調査項目に放射線関係を入れることから尿検査やホールボディカウンターなどを使い、被ばく拡大を避けるための予防措置がとれるようにすること。です。これらはこの間、栗原市の一定の先進的な取り組みに影響を与えてきました。 

また、私はこの問題に取り組む中でいろいろなことを学んできました。「交流集会でフクシマから学んだこと」で書いたように、10月8~10日に鳴子での「復旧・復興全国交流集会inみやぎ」では、① 学習会の持ち方について 福島民医連の会長―松本 純医師のはなしー住民とのやりとり、対話のある学習会を、② 民主的な医療機関の腹の括り方フクシマから、逃れないという覚悟と態勢確立、徹底した内部学習から地域へ出かけて行っての学習と測定など多様な取り組み)③ 苦悩を抱えながらも若いお母さんたちが立ち上がっていること。(福島新婦人の方からのはなし)などを学びました。

 続いて、今、大切なこと、―「人と人とのネットワークを」 で私が書いたのは、この集会を契機に強く感じたことがあったからです。それは、この原発・放射能問題に取り組んできて、いろいろな情報をネット、新聞・雑誌・本・TVなどから得てきましたが、決定的なのは、直接的に、人と人とが交流することだと感じたのです。直接、話を聞く、会話するなどを通してこそ、その人の全体がより正確に把握できます。私自身の専門家・科学者・市民運動家などを見る眼は、そうして鍛えてきました。また、そこから、―チラシ「放射線被ばくから栗原の子どもたちを守るために」を作成し、その最後に書いたように「想像力、思いを共有すること、つながり、絆、結びつき、ネットワーク、協働、など。それは、一人ひとりの、一つ一つの、心と思いを、丁寧に繋げていくこと」が一番大切だと確信するようになっていきました。

除染を進めるには、「放射能汚染の見える化」をして、市民に汚染実態を知らせることから進める必要があるとして、① 放射線高濃度校庭(園庭)の除染について、私たちは、10月8日に「栗原市における放射線高濃度校庭(園庭)マップ(栗原市ホットスポットマップNO.3)」を発表しました。その中で、「栗原市内は、北のホットスポットに入っていること。」「市内は、高濃度、中濃度、低濃度の各地域があること。」「詳しい測定が行われてきた学校等施設(72カ所)では、北~西にかけての施設(25カ所)の校庭(園庭)が、高濃度であり、優先的な除染が必要なこと」を強調し、提言もしてきました。この間、これらについてある程度は浸透してきてはいますが、まだまだ栗原でも十分知られているわけではありません。

これからどうすれば良いか?最近まとめた3つのこと。

それでは、どうすればよいか?ということで、最近まとめたのが、次の3点です。(以下は、再録になります。)

① 充分な測定。(空間環境、土壌、食べ物・飲み物、子ども妊婦を優先させた健康)

② 視野の広い冷静な評価。ここをしっかりやらないと①も②も不十分なものになってしまう。

③ ①と②が達成されて、初めて有効な対策が見えてくる。

 具体的には、① では、線量計の貸し出しをいくつかの地区を動かして進めてみる。各地区のマップを地区の参加の下にさらに詳細なものにする。公園・公共施設ごとのマップを作らせ公開へ。学校等の施設は引き続き情報収集に努めるが、個別の課題について通学路等を含めて検討へ。土壌についても、農作物の安全確保のため(自家消費も)分析を進める。学校給食は、不検出を自己目的にせず、限りなくゼロをめざすことを時間をかけても追究する。(絶えずチェックを) 一般の食べ物検査をどんどん出来るようにする。(これは、汚染が比較的低濃度の地区においても強力に進める)「子ども妊婦を優先させた健康」問題については、簡単なものからでも実施するように持っていく。ただ、強力に進めるには、②が不可欠になる。

そして、② では、内部被ばく、低線量被ばくの危険性、特に子ども妊婦、若い女性などの重視を合意へ、「被ばくに安全な量はない」という立場を、学習会と、それに基づく独自のテキストのようなものをつくる。市職員の講師も良いが、私たちが講師を出来るくらいに。(「学校教育と原発・放射能」という課題もある)各地域などで講習会や学習会、測定会、マップ作り、自主除染などが考えられます。その前提にここ、②をしっかりとしていく必要があります。

③ では、いよいよ栗原市にも除染計画を作ってもらわねばなりません。空間、土壌対策ですが、学校等は敷地内の仮置き場になりますが、他は、どうするか? まず、公共施設と公園等になりますが、市有地にということでしょうが、実施業者はどうするか?住民、市民の協力や合意がないとなかなか、…それに何と言っても期限は、3年間なのか?最終処分地は、? 食などについては、全量・全品検査へにつながるようにしなければなりません。健康の対策もいろいろ工夫が必要になります。

これらのことに、栗原の明日がかかってくるだけでなく、東北、日本の明日がかかってきます。もう、長期戦になることははっきりしています。

 さらに今回、これに付け加えること

 「はじめに」で書きましたが、私はこの間、いろいろな所に出かける機会がありました。また、全国各地の情報もネットや新聞・雑誌・TVなどで集めてきています。本も医師の肥田舜太郎氏、鎌田 實氏、菅谷 昭氏のもの、専門家では、児玉龍彦氏、野口邦和氏のものを紹介してきています。矢ヶ崎克馬氏、小出裕章氏などの本も読んではいるのですが紹介文を書く時間がありません。この傾向は、医者、それも被害者に近い人の本を選んできていること。放射能を扱う科学者でも立場がしっかりしている方です。これは私の千葉での経験がもとになっています。被爆者問題とその訴訟と公害問題とその訴訟とには、通じるものがあります。被害の捉え方、(汚染)実態の把握の仕方、なども共通するところがあるのです。

立場がしっかりとした放射能を扱う科学者の本を読んだり、丸森で今中哲二氏の話を聞き、質問し、対話をするといろいろ分かってきたことがあります。それは放射能の危険性の捉え方が当たり前ですが、やはりシビアでしっかりしているということです。まず、児玉氏の本を読み3月、東京にも0.2レベルが到達したことから危機感を持ったという点。そこで、私との違いは何かと考えました。さらに、丸森からのおみやげー2つのDVDを見ると(2回見ました)私の感覚―同じく小出氏、今中氏とも、児玉氏と同じでした。その感覚が…そうしている内に7月当時と現在では同じ数値を見ても私自身の捉え方が違ってきていることに気づきました。

同じように、若いお母さんの言っていること、心配していることに対する私の捉え方も変化してきています。そして、それに従って私自身の行動も変化し、それで、今後も変わっていくと思われます。私は、また、それでいいのだと思っています。

 福島の民医連が初動の段階で腹をくくり、まず内部で徹底した学習から始めたこと。次に私は、今、京都の動きを注視しています。時々、京都民報の記事がGoogleニュースに出てきたからです。それで京都民報からもDVDなど(これも見ました)を入手しました。来年の2月に京都市長選があります。私は、ここで、脱原発の市長が誕生するかどうか注目しています。そこの活動のエネルギーの源の一つがどうもこのDVDを使った数多くの学習会にあると睨んでいます。

そこでこれから使えそうな材料は?ということで、DVDを揃え始めたのです。それを各地域での学習会、お茶会、市内何カ所かでDVD上映マラソン、+周りの空間測定、マップづくり、出来れば土壌や食品の検査を学習会などの会場でできればよいのですが…

最後に、組織的には、もう割り切ってしまって、2団体+個人で行くしかありません。(ほとんどを2団体ですることになってあまり変わり映えはしませんが)

① 今中 哲二(京都大学原子炉実験所)6月21日インタビュー/54分
「低線量被曝とは」 政府の避難基準・20ミリシーベルト。100ミリシーベルト以下の低線量では「健康被害は確認されていない」というのは、本当なのか。低線量被曝のリスクを詳細に解説。―私たちが低線量被曝の基本を確認するのには不可欠のものです。東北大の川島慶太氏、石氏慶造氏への反論にもなるものです。

② 小出 裕章(京都大学原子炉実験所)10月13日インタビュー/59分
「フクシマの現実と責任」 福島原発で何が起こっているのか、事故から7ヶ月。果たして福島第1原発は今、どうなっているのか。汚染はどこまで広がっているのか。子どもたちを守るために問われる責任とは。小出裕章の今、本当に聞いてほしいこと。―福島の現状の事実が衝撃的で、「冷温停止状態」なるものがどんなにいい加減なものか、私たちが知らされていることとだいぶ違うと認識させられます。さらに科学者・専門家、政治家が、私たち一般の日本の大人たちが考えるべきこと、子孫に対する責任を訴えています。今見るにも、タイムリーです。

③ 講演記録 小出裕章 2011年6月19日 68分
「被曝の時代」 放射能とは?被曝とは?核の基本からも、福島原発事故まで。学習会などに、まずお勧めしたい1枚。2011年6月19日に札幌で行われた北海道反核医師歯科医師の会での講演を収録。6月の時点のものですが、全く少し前という感じがしません。原発・放射能問題の全体像を捉えるには、1時間ちょっとですが、1つだけと言うならこれ1つでも十分使えるものです。講演会での収録ですが図も多く出てきますし、何よりも話が聞きやすし、小出氏の訴えも熱を帯びています。

④ 「週刊しんぶん京都民報」で好評連載「1から分かる原発問題」の著者、市川章人氏と小野英喜さんの原発の講演をビデオに収録したものです。「わかりやすく、おもしろい」と京都府内各地でひっぱりだの二人の講演―3時間分。
④-1 ビデオ 市川章人「原発と放射能の正確な理解のために」(107分)と、
④-2 ビデオ 小野英喜「正しく知ろう 原発問題」(73分)また、講演で使用されるレジュメやスライド資料、さらに連載「1から分かる原発問題」(電子版)も収録されています。

市川氏は長く高校教師をされてきた方。科教協会員です。(京大原子物理学専攻)で、とにかく教えるのが上手いのです。元々高校の物理の先生ですから、高校生以上、どちらかと言えば男性向け、これから原子力や放射能についての教育を考えてく上で、私たちの模範になるようなものです。時間は少し、長いのですが「それだけ教えることがあるのだ」「これでも端折ったのだ」そうです。大変精力的に講義しています。

小野氏も元高校教師、科教協会員です。現在は大学講師です。立命館、京都女子大ですから、女性相手が得意なのか?収録は、京都市左京区での母親大会でのものです。こちらも大変分かりやすいのですが、雑音が入っているのが気になります。
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