触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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2012年、放射能汚染と正面から向き合うために  

<原発・環境・エネルギー問題>     2012.1.15 

2012年、放射能汚染と正面から向き合うために  

for未来、ひとあし、ひとあし

 私たちは今、否応なしにかなりの長期、何世代にもわたって、放射能汚染と向き合って行く時代に入っていっています。そして、私たちの生活は勿論、日本にとどまらず、地球全体の危機ともいうべき事態の中で何を優先すべきか?ということが、今、問われています。

 私は、「子ども、妊婦、若い女性など放射線弱者の命と健康を守ること」を最優先すべき、この一点で全ての力を合わせるべき、と考えています。3.11の大震災以後のこの間の経過を見てきますと、この危機の中で、新しい流れが生まれつつあることが分かりました。私が考えること(まず、何を優先するかということ)は、私だけが考えているのではなく、私のように考えている多くの人々がいるということなのです。

 初めは孤立した点であったものが繋がって仲間を増やし、面になり、そして立体(分野・世代・党派・宗教などを超え)にもなり、ある地域で起こったり、地域をこえて連携したりして、瞬く間に拡がっていっていることが分かりました。地域や分野で時間差はあっても、それが同じような方向に必ず“動く”ということを私は実感しています。そして、その“動き“”流れ“は、もう誰も押しとどめることは出来ません。

 この「子ども、妊婦、若い女性など放射線弱者の命と健康を守ること」の次に来るのが、関連してきますが、エネルギー問題です。脱原発・自然エネルギー活用を出来るだけ早く実現してくことです。そして、それらを「次世代への負担を出来るだけかけない」という点でするということ。これは社会保障や税負担でも同じです。また、同時にすべきことは「働き方」の問題、「男女格差」の問題、「過剰消費」の問題などあると思います。それを主権者が、自ら決めてく民主主義の問題もあります。

ただ今、「お母さん革命」の進行中

 未曽有の原発事故は各地の住民の意識を変えつつあります。他人任せの体質を反省し、主権者である自分たちが、その草の根の力で世の中を動かそうとしてきています。それも、女性のほうが男性よりも放射能や命の問題に敏感で、いま多くの女性たちが行政を動かしています。これを、東大アイソトープ総合センター長の児玉龍彦氏が「お母さん革命」と名付けました。
 
 子どもたちを放射能汚染から守りたい。自分たちにできることは何か。福島第1原発事故以来、そんな女性たち、お母さんたちが各地で立ち上がっています。その中で特に目立つのが小さな子を持つお母さんたちです。当初、個別に働きかけて、園庭を調べようと保育園・幼稚園長に頼んでも、教育委員会や理事会への体面からか応じず、行政の担当者も「心配しすぎです」の一点張りだったといいます。そこで、同じ不安を抱えるお母さんたちに呼び掛け、子どもの被曝を防ごうと動きました。ネットワークを作って行政に働きかけるようになり、園庭や通学路や公園の除染につなげていきました。専門家を招いて勉強したり、自分たちでも汚染状況を調べて歩き出しました。行政にその放射能汚染の実態を示して対応を求め、公表しました。

 すると、やり方に不満は残るけれども、行政は学校や公園などの線量測定に重い腰を上げていったのです。でも、低線量被曝の問題には、行政や議会の危機意識はおしなべて低いようでした。そこで、「自治体を突き上げるのではなく、自分たちで情報収集して公表し、みんなに判断してもらう。」お任せではなく、手作りの民主主義、住民主権の実現ともいうべきものに向かって行きました。

安全神話を振りまいた御用学者

 このような放射能や命の問題に敏感なお母さんたちでも「相当資料を集めたが子どもへの影響は、はっきりしない。要するに危険か安全か分からない」となることが多いようにも見受けられます。そうではない多くの人たちは、「さしあたって放射能の影響はない」という当初の政府の言動を信じてしまいました。その後、山下俊一氏など(宮城では川島慶太氏、石井慶造氏)の御用学者が、次々「放射能=安全」神話を振りまきました。いろいろ疑問が出てきても、最後は「国(専門家)が言っているから大丈夫」と自分たちを納得させないと、不安で押しつぶされそうになるとして思考停止状態になってしまう人、ともかく何が何でも「安全・安心」という言動を得たがる傾向が強い人が多いと分かってきました。しかし事実は違っていました。安全宣言をした直後にも、農作物などの放射能汚染の実態が次々に明らかになっていったのです。多くの人たちが、一時的に彼ら御用学者の言動に影響されても、それは、事態が進行し、事実が明らかになってくると疑いを持ち、信用しなくなります。それを重用した宮城県などの行政はいずれ、最後には道化師になってしまいます。

 こうした御用学者に限らず、一般の人たちの専門家を見る眼は厳しくなってきています。その言動が上滑りでないか、予定調和や既存概念だけで説明していないか、権威を振りかざしたり、上から目線でものを言っていないか、自分の考えや判断を押し付けていないか、ウソや格好つけはないか、そんなすべての言論を、特にこの放射能や命の問題に敏感なお母さんたちはしっかりと見抜いていっています。

食品の全品・全量検査へ

 こうした中でも放射能汚染は進行し、そして、今やお母さんたちの関心事は給食など食品の放射能汚染になっています。当初は、自治体によって給食への対応はまちまちでした。弁当の持ち込みに加え、食材の産地公表や放射線検査に前向きなところと、冷ややかなところに割れていました。しかし、各地のお母さんたちの学校給食の放射能検査を実施させる先進的な働きかけが、互いに影響し合って、瞬く間に全国へ広がってきました。それが国・文部科学省をも動かしていったのです。

 一般の食品に関しては、ずっと国の規制は甘いままですし(4月から強化)、検査態勢も未だに不十分です。ならば住民自らが調べられるようにと、ボランティアが手掛ける食品の市民放射線測定所が各地で誕生しています。産地や測定値は、お母さんたちが食品を選ぶよりどころとなる大切な情報です。風評被害が云々よりも、子どもの被曝回避が優先されて当然なのです。学校給食に引き続き、一般の食品も放射線量の全品・全量検査(ベクレル表示)が当たり前になっていくでしょう。それを早くさせられるかどうかは私たちの取り組み次第です。ここでも消費者の中心であるお母さんたちが絶対的な力を発揮するはずです。もう誰もこの「お母さん革命」は止められません。

民主主義と自治が試されている

 しかし、震災で大量に出た被災地のガレキ処理に関しては、これまでの国・行政への不信も相まって、冷静さを欠いた感覚的な反発が各地で多く見られます。私は、その心情はある程度理解できます。しかし、どこかで処理をしなければ復旧・復興は進みません。説得する側も、基準がどうのとか、「安全」の強調でなく、具体的な数値がどのような意味を持っているか、分かりやすく丁寧に説明していかなければなりません。その場合でも分からないことや危険度や安全の程度まではっきり示し、理解と合意(判断)を求めていくしかありません。稲わらの処理問題も除染土の処理問題も共通するものがあります。ここでは、私たちに、民主主義と市民(住民)自治が試されています。

エネルギー政策の決定と脱原発の国民投票を

 それでもまだ多くのお母さんたちは、不安と焦燥を持って右往左往しています。そうした中、野田佳彦首相は原発事故の「収束」を宣言しました。放射能の放出は続き、食品の安全性確保も、環境の除染も、廃炉も先行き不透明なのにです。完全にミスリードしています。その一方で定期検査中の原発の再稼働や、トルコやベトナムなど海外への輸出には前のめりになっています。「収束」宣言はそのための方便にすぎず、菅直人前首相の引き際に明言した脱原発依存の方針は風前のともしびの様相です。

 危険きわまりない原発を止めるのか、動かすのか、市民(住民)一人ひとりが態度をはっきり示すべき時期が来ています。事故を風化させないためにも反省や批判を踏まえ、国民投票の機運を高かめてドイツやイタリアのように日本の立場を決める好機を作り出していかなければなりません。原発に頼らず、国民が自ら電力を選択する“エネルギーデモクラシー”の運動を進めなければなりません。

しかし、私たちもまだよく理解していない

 しかし、根本的な問題解決(「子ども、妊婦、若い女性など放射線弱者の命と健康を守ること」「脱原発・自然エネルギー活用を出来るだけ早く実現してくこと」など)へは、放射能や命の問題に敏感なだけではどうにもなりません。

 私は、放射能汚染が日本中だけでなく世界中にも拡がっていっている現時点に至っては、もはや、どこにも安全・安心はない、という覚悟をする必要があると考えています。放射線には安全レベルなどというものはなく(いかなる放射線量も有害となりうる)、あるのは、ガマンの基準だけで、問題はそれを、各自がどう設定するかということです。子どもたちなどには出来る限りゼロに近いものを、私たち大人たちが(特に年齢の高い)ある程度の汚染物を引き受けざるを得ないということです。そして、また、私は、出来るだけ「安全・安心」という言葉は使わないようにしようと決めました。

 福島原発事故から約10か月、未だにこの「安全レベル」に関して、政府やメディア、一般の人も混乱が続いています。この混乱はこの間明らかになって来ている菅直人前首相への聞き取りなどからも分かります。菅直人前首相や細野豪志原発相も悪意があるわけでないようです。

 要するにこの混乱は、彼らも含め、私たちのほとんどが放射能・放射線量についてよく理解していないということに起因しているのです。(いつまでもそれでは困りますが…)放射能・放射線の実態をとらえ、それを封じ込め、生物圏に出さないようにすることを早急にしなければなりません。しかし内部被ばくの影響など実態の把握もまだ十分ではありません。広島・長崎、それにチェルノブイリと研究は行われてきましたが、世代を超えて発生する異常はいうまでもなく、直接的なもの、潜在的なものも含め、その影響を完全には理解できていません。これが、私たちが予防原則を取り入れなければならない理由なのです。―「国際的な環境基準として発展した予防原則は、『ある行為が人間の健康あるいは環境への脅威をひきおこす恐れがある時には、たとえ原因と結果の因果関係が科学的に立証されていなくても、予防的措置がとられてはならない』というものです。」(世界2012.2「核時代を超えて」キャスリン・サリバン)―

これからどうしていくか

 そこで、私が、先ず必要だと考えたのは、多くの市民が事態の正確な把握をし、共通認識を持つことです。再々録になりますが、まず3つのことです。① 充分な測定。(空間環境、土壌、食べ物・飲み物、子ども妊婦を優先させた健康) ② 視野の広い冷静な評価。ここをしっかりやらないと①も②も不十分なものになってしまう。  ①と②が達成されて、初めて有効な対策が見えてくる。さらに次に加えた ②と関連しますが放射能・放射線量についてよく理解すること、です。

 それに前にも述べましたが「想像力、思いを共有すること、つながり、絆、結びつき、ネットワーク、協働、など。それは、一人ひとりの、一つ一つの、心と思いを、丁寧に繋げていくこと」が大切だとも思っています。栗原ではジジ友とババ友は動きがある程度できてきています。その意味では「お母さん革命」も進行中なのです。しかし、「小さな子を持つお母さんたち」=ママ友の動きがほとんど見られません。そこでババ友が中心になってママ友の思いなどを繋げようとしていっています。

 今年、これらの核となり、中心となる人たちが、まず、この「放射能・放射線量についてよく理解すること」も徹底して始めなければなりません。私が用意したDVDも数が増えました。市民の側に立つ(原子力)科学者、福島の運動家、京都の元高校教師などのものです。こうしたものを理解した上で、私たち自身の考えた方向性が打ち出せるか問われてきます。それによって、多くの市民に事態の正確な把握と対策についての共通認識を持ってもらえるか、そのためのわかりやすくしかも説得力のある論理( 壮大な構想力をシンプルでよく練れた言葉で )が構築できるか、この一年、2012年に放射能汚染と正面から向き合うために必要となってきます。
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