触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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青い光が見えたから

<BOOKS> ⑦ 
 < 16歳のフィンランド留学記 >
       「青い光が見えたから」を読んで

 「青い光が見えたから」 高橋絵里香(著) 講談社 2007年3月16日第1版

 著者の紹介

 著者は、1984年生まれで北海道出身の若い女性。中学時代に日本の管理主義的教育に悩み、中学を卒業後に、単身で小学生の時憧れていた「ムーミン」の国、フィンランドに旅立ちました。2000年8月にロヴェニエミのリュセオンプィスト高校に入学、4年間の留学を終え、2004年5月に卒業。現在はオウル大学の自然科学学科に在籍しているとのことです。
 本人のブログー ブログー青い光が見えたから を紹介しておきます。

 この本との出合いは…

 昨年の11月頃より、私は、どうしたわけか、暮らししているここ、栗原市の学校統廃合問題に巻き込まれています。図書館についてはともかく、こと教育問題は妻(小学校教師)の専門。子どもたちが高校生だった頃までは(10年以上前)PTAの役員もずっとしていたし、それなりに勉強はしていました。しかし、それ以後はそれほど関心もなく、その種の本も読んできませんでした。それがどういたわけでしょうか途中の約一ヶ月間、ジジ親家業に専念していた時期を除いて、現在も運動に巻き込まれたままでいます。それで結局、私は、この教育問題については、付け焼刃的対応でも何でもせざる得なくなっています。そこで、私も、日本の多くの方が今、注目しているフィンランドの教育事情に興味を持ち、にわか勉強を始めました。まず最初が、ちょうど図書館にあった 「競争やめたら学力世界一(フィンランド教育の成功)」福田誠治(著)朝日新聞社2006年 を読み、次に同じく福田氏の最新版、「競争しても学力行き止まり(イギリス教育の失敗とフィンランドの成功)」2007年10月25日発行 こちらは図書館にリクエストして(結局買ってもらい)直ぐ入手しました。しかし、この本は図書館の本を読み終えると同時に自分でもネット購入しました。この後、フィンランドの教育事情については、様々な雑誌、新聞等で知ることになって行きましたが、その中には、かなりいい加減なものや、表面的な捉え方しかできていないものも多く見みかけました。福田氏の2冊の本で、私自身大枠はつかめたと思いました。
 しかし、何かもっとそれを肉付けするようなものはないだろうかと思ってアマゾンで見ていたら、この本を見つけました。 アマゾンー青い光が見えたから さっそくこの本も図書館でリクエストしました。(うちの図書館は、あまり高額でない限り一般的な本で新刊は他の図書館から取り寄せるのではなく比較的によく、それも早く、購入してくれます。感謝!!感謝!!)毎回決まって夕方6時近くに図書館の司書さんから「ご予約の本が入りました。」との連絡がきます。今回もかなり早かったため大変助かりました。さっそく読んでしまいました。

 この本の内容は

 この本の初めの方に、著者が日本の中学生だった頃のことが書かれています。上級生とはいつも敬語で話さなければならなく、上下関係がはっきりしていたこと。がんじがらめの校則。経験の少ない教師は、体罰や、脅しによって生徒に言うこときかせようとした。宿題や教科書を忘れると拳で頭を殴る教師、授業中騒がしくなると大声で怒鳴ったり、教卓を蹴り倒したりする教師が何人も…「暴力はいけない」という彼女の訴えにうなずいてくれたので、分かってくれていると思っていた教師ですら暴力を振るう。もう一度話しに行くと「俺は教師になりたくてなったんじゃない!」と。元教師だった彼女の両親もその先生と話し合ったということですが、状況は変わらなかったということでした。そして、彼女は自分を失いかけていましたが、一人きりのフィンランドへの留学の進路を開いていきました。

 むこうの高校に入ってまず、彼女が何度となく戸惑ったのは、言葉の問題だけでなく、フィンランドの高校の教育制度が、日本のそれとは想像を絶するほど違っていたことです。フィンランドの高校は、単位制で、一つの教科にいくつものコースがある。その中に必修のコースがあり、詳しく学びたければさらに選択のコースもある。一年が五学期に分かれていて、同じコースが何度も用意、担当教師も何人もいる。教科、コースの選択は生徒自身が選ぶことができるというもの。

 フィンランドの学校では、昼食は無料。食堂は、11時~1時の間いつでもセルフサービスで好きなだけ。授業料も無料。国の税金でまかなわれているためで、これは大学も同じ。但し、国民の税金は高い。消費税は22パーセントもかかる。規則上アルバイト禁止のため唯一かかった彼女のホームスティ料金は親からの仕送り。

 試験の内容も日本のそれとからなり違う。問題がたいてい一行の文で書かれていて、それに関して授業で習ったことだけでなく、自分が持っている知識を全て使った答えを書く。いろいろな観点で考えた答えを書かなければならないので、テストの直前に丸暗記しても効果なし。学校は、生徒をお互いに競わせるようなことはしないし、成績は相対評価ではなく、個人個人の学習の成果に与えられた。だから、ついていけない人がいれば、お互いに助け合うことができる環境になっていた。但し、単位取得は厳しく、励ましのための成績優秀者や頑張った人への表彰もある。外国人生徒の受け入れ、多文化の取り入れも進んでいる。

 学年の捉え方が日本と全く違っている。フィンランドでは学年は、単にその生徒が何年学校で勉強したかを表すだけのもの。「先輩は目上の存在」ではなく1,2年の年の差など無意味。また、3年で卒業と決まっているわけでなく、3.5年、4年の生徒も多くいる。フィンランド語には、相手を敬う話し方はあるものの(よほど相手と距離をおきたい場合か)、日本語の敬語にあたるような話し方はないようだという。教師に対しても友達と同じ口調が多いと。体罰、暴力はありえないし、校則などというものもない。クラブ活動も、塾なんてものもない。フィンランドでは、高校はあくまで勉強をする場所であって、生徒の生活を縛る役割はなく、生活の一部でしかない。

 高校の卒業試験は、厳密な国家試験としてあり、それを通らないと卒業できません。教科ごとに春と秋の年2回受けられ、試験は、受ける科目の必修コースの単位が全部取れていたらいつでも受けられます。しかしかなりハードなもので、一科目は、朝の9時から午後3時まで、それを何科目も取らなければならず、一度にではなく何回かに分けて一~二年がかりでも準備し、受験します。内容もかなり難しそうです。半数以上の人は3年で卒業しますが、2年でも、逆にじっくり3.5年、4年でもいいので、彼女の場合、フィンランド語の勉強から始めてかなり大変努力して4年で高校を卒業しました。

 高校を卒業してもすぐに大学や専門学校に行くとは限らない。アルバイトに精を出したり、海外に行って一年間の休暇を取って過ごす人もいる。小・中・高校と休む間もなく勉強を続けてきたので、次ぎの過程に進む前に一休みしようというケースは珍しくないという。フィンランドでは自ら一年間何もせずに自分と向き合う時間を作り、将来自分がどういう道を歩いていきたいのか、もう一度考え直す期間にする人が少なくないという。 

 フィンランドの人々とエピローグ

 この本に登場するフィンランドの人々、生徒、教師、まわりの大人が、どんな人、できごとにも良いことを見出そうとする姿勢が自然に現れています。彼女は、友人に「『ありがとう』や『ごめん』を連発するけど日本人だから?…ちっともエリカのせいじゃないこともあやまっててるの、気がついていたんだ。いったい何をそんなにこわがっているの?」と指摘され、日本での中学生の時のように、ここでは、もう自分を脅かすものは何もないと気づいていきました。こうした中で彼女は、言葉遣いだけでなく、存在そのものが、フィンランド人っぽく、「フィンランド人の心を持っているような…」とまわりから言われるまでに変わっていきました。
 エピローグで彼女自身は、「本来人間にとって基本的権利であるべき、「在るがままに在る自由」をこの国の人々は手にしている。」「自分をできるかぎり抑制した中学校生活を送ったごあとの私には、自由の「使い方」がわからず、初めは戸惑ってしまった。だがそのあと、どんなときにも自分にまっすぐな 人々との出会いによって、私は大きな刺激を受け、その一つ一つが自分を変える大きな力となっていった。」と述べています。 

 フィンランドとその教育

 この記事を書いているこの時点、今日(3月2日)の朝日新聞に「答えより考え方を」のタイトルで福田誠治氏の講演と体験授業の紹介等の特集がされています。その中の解説ーフィンランドとその教育を転載します。
 人口は約528万人。7歳から16歳まで「総合学校」で義務教育を受け、その後、普通高校か職業学校を選択する。1クラスの人数は十数人ほどで、数人ずつのグループで助け合いながら学ぶ。授業時間は日本より少なく、義務教育が終わるまでは子どもを比べるテストはしない。習熟度別授業は効果がないとして85年に廃止した。
 この特集の最後に、PISAを開発したOECDのグリア事務総長は、日本の学びに対して、「自分の人生に関係のない学びになっている」としています。新しい学習指導要領では、逆効果とし、「学力の考え方を変えることが求められている。」としています。

 フィンランドは、1990年代より人づくりこそが国家の最大事業という合意をつくり、公教育を重視し、一人一人に応じた教育を通じて平等をめざしていく、教師の社会的地位とレベルの高さ(大学院修士が基本)があります。その際、参考にしたのが改悪される前の日本の教育基本法だったそうです。前教育基本法の高い理想をめざし努力してきたフィンランドに対して、理想を骨抜きにして改悪までした日本は学力格差、教育格差の矛盾で公教育が崩壊の危機に瀕しています。

 最後に…

 現在は大学生となっている彼女は、中学3年生からか、そして高校4年間にもこの本を書く下準備はしていたと思います。様々なエピソードとともに、彼女の感情、疑問、不安、喜びが素直に描かれていると思いました。高校3年の時に母校の中学校に招かれ講演する「過去の自分と向き合って」というところがあります。すでにこの時には彼女は、「自分の歩む道」に踏み出しており、中学校の方も少しずつ変わっていっているようでした。今後も時折、日本に帰って講演したり、またこのように本などでフィンランドの様子を伝えてもらいたいと思います。

  はじめの「この本との出会いは…」で紹介した本、「競争しても学力行き止まり」の「はじめに」のところでフィンランドの教育に関する講演を100回あまり終え、著者の福田誠治氏は次のような人々に嘆いています。「いいなあフィンランドは」「自分もフィンランドに行きたい」という日本各地の教師たちの反応。「フィンランドと日本はちがうので、そのまままねをすることはできませんが」「目を日本に向けると大変だなあという思いが」といって締めくくる司会者。福田氏がいうように、そうではなくて、子どもたちの自立を求め、子どもたちの自立を支援する教育をどう日本に実現するのかが問われています。このようなギャップを埋めるには、当事者の生徒自身から描かれた、それもフィンランドの中にいて、まわりの人々がどうであるかも含めて、そのようなものも必要だと思っていました。これにまさにこの本はピッタリでした。

 最後の最後に、この本の著者、彼女自身の決意、努力は大変だったと思います。と同時に彼女を理解し、支援し、アドバイスもしてきたご両親も、さぞ大変だったであろうと思います。私たちの場合、高橋家より、親と娘は一まわり年齢が上だと思います。しかし、娘が同じように困難に出合っていた時期に親としてどれ程のことをしてあげられたのか反省しています。 
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