触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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3.24 「放射線への不安に向き合うには?」学習会の報告

<原発・環境・エネルギー問題>              2012.3.26
 
 3.24 「放射線への不安に向き合うには?」学習会の報告

講師:東北大学大学院 吉田浩子さん(東北大学大学院薬学研究科ラジオアイソトープ研究教育センター 講師)
とき:2012年3月24日(土)AM.10:00~12:00
ところ:フォレスト仙台 2F第6会議室

<内容の紹介>(レジュメから 要約や書き写しに誤りがある場合は、私に責任があります。)

1 宮城の子どもの個人被曝線量調査 丸森町と白石市越河での調査の概要
2 放射線防護の考え方 今後必要な対策について
3 リスクへの考え方
 宮城県におけるリスクコミュニケーションの課題 放射線リスク、放射線への不安にどう向き合うか?

1 宮城の子どもの個人被曝線量調査 丸森町と白石市越河での調査の概要


・チェルノブイリ原発事故では、Cs-137が37k㏃/㎡以上の地域を「汚染地域」と定めた。(初年度のヒトの被ばくが1mSvとなるレベルを基準)宮城県では広い地域に「汚染地域」が拡がり、特に丸森町と白石市では~300k㏃/㎡の高い汚染が観測されている。
・個人の行動パターンによって被曝線量は大きく異なる。環境線量からの被曝線量推定は目安、参考値に過ぎない。
・限られた狭い地域でも、地形により線量率レベルに10倍程度の差が。環境線量からの被曝線量う推定は目安、参考値に過ぎない。
・個人の住居でも、部屋により線量は異なる。より正確な被ばく線量の計測は、線量計の装備によってのみ可能。

被ばく線量調査の経緯

平成23年6月20日丸森、越河地区の環境線量調査実施。環境線量だけでなく個人被ばく線量のモニタリングが必要な地域と判断。研究プロジェクトを立ち上げ。
平成23年8月31日 丸森町長からの依頼状を受け、薬学研究科「ヒトを対象とする研究に関する倫理審査」で承認
同日 第1回目説明会を町と合同で開催し、31名にOSL線量計を配布
平成23年12月16日越河小学校PTA有志の会より依頼を受け、説明会を開催し、48名に配布
平成24年1月13日丸森町耕野において説明会を開催し、19名に配布
平成24年1月16日越河小学校にて2回目説明会、19名が加わる。
現在、120名ほどが線量計を装着し継続して測定→拡大の予定

 東京電力福島原発事故による宮城県住民の被ばく線量調査(省)

2 放射線防護の考え方 今後必要な対策について

放射線に関する主な発見・研究(ノーベル賞)と放射線防護年表(省)

放射線防護の原則

目標:しきい値のある影響(確定的影響)が起こらないようにし、しきい値のない影響(確率的影響)が個々る確率を、許される程度にまで抑える。

行為に対する防護の体系:(ICRP)
 正当化(害より便益を大きくすべき)
 最適化(合理的に達成しうる限り低く保たれるべきーALARAの法則)
 線量制限(委員会が勧告する適切な限度を超えるべきではない)
 しきい値がある影響―白内障・不妊・皮膚障害・腸障害・血液障害など
 しきい値がない影響―発がんと遺伝的影響(放射線誘発がんは、放射線の電離・励起作用によって生じた細胞レベルの損傷が、誤って修復される場合がある(確率的)
 ICRPの見解は原則安全側(被ばくリスクを管理する最良の実用的アプローチ、低線量・低線量率での放射線防護の慎重な基礎)

 “安全”と”危険“の明確な区別は不可能、はっきりした境界線はない どんなに小さくても有限のリスクを仮定し容認できると考えられることに基づいて防護レベルを確立しなければならない、ことを意味する。

人の放射線防護体系

3つのタイプの被ばく状況(ICRP103,2007勧告)
●計画被ばく状況
●緊急時被ばく状況
●現存被ばく状況(管理に関する決定をしなければならない時点で既に存在する被ばく状況(事故からの被ばく)
現存被ばく状況(事故によって汚染された土地)における人の放射線防護体系
 正当化(線量低減のためのいかなる決定も 便益>害とすべき。)
 最適化(合理的に達成しうる限り保たれるべき、ALARA
 ○将来の被ばくの防止、低減を目的とした前向き反復過程
 ○一般的な事情の下で最善策が実施されたかどうか。線量低減のために合理的であるすべてのことがなされたかどうか。
 ○線量の最小化ではない。被ばくによる損害―個人の防護のために利用できる諸資財のバランス
 ○全関係者による最適化プロセスへの関与が必要。
 ○意思決定のプロセスには防護の専門家だけではなく関連する利害関係者の参加を含む。

参考レベルのバンドと放射線防護の要件(ICRP103,2007勧告)

20~100mSV 線量低減が考量されるべき。個人は放射線リスク及び線量を下げる対策について情報を知らされるべき。個人線量の評価が行われるべき。

1~20mSV 事故後の復旧段階を含む被ばく状況。可能ならば、個人がその線量を低減できるように十分な一般的情報が入手できるべき。

1mSV以下 被ばくレベルに関する一般的な情報が利用できるべき。被ばく経路の定期的な検査が行われるべき。
ー放射線防護の線量基準の考え方(表)省略ー

現存被ばく状況(事故によって汚染されて土地)における防護の履行

複数の被ばく経路が関与し、個人の行動により、極めて低い線量から高い線量まで年間個人線量の広い分布をもたらし、管理が難しい被ばく状況をもたらすことがある。
○関係する個人は、被ばく状況に関する一般情報と線量低減手段を受けるべき。
○個人の生活タイプが被ばくの重要な要因となる。教育や訓練とともに、個人のモニタリング、評価が重要。
 
放射性セシウムに汚染された森林への対策(IAER「チェルノブイリ事故による環境影響とその修復:20年の経験」)

機械によるものや化学的な処置による対策 コストー効果 有効性に疑問→小さな限定された地域のみに適用(都市の樹木、公園など)

技術的な対策 落ち葉を取り除く、土表面をのはぎ取り、すきで耕す、カリシウム、カリウムを含む肥料の適用
 森林生態系の破壊、高いコスト→実際の施行は困難 小規模実験以外に実施されなかった。
 (いずれの対策も大規模なスケールでは実施されなかった。)

3 リスクへの考え方

 宮城県におけるリスクコミュニケーションの課題 放射線リスク、放射線への不安にどう向き合うか?

リスクとは何か

人や物に対して、害を与える可能性がある行為ないしは現象(ハザード)がどのくらい起こりやすいかという期待値
 定義:被害の大きさ×生起確率

リスク評価では将来の事象をさまざまな前提をおきながら、発がんリスクなどを間接的に見積もる。
評価されたリスクは常に不確実性を伴う。 目の前の発症者数を数えるような正確な形では被害の大きさを測定できない。

リスク情報が生み出す不安と混乱

実態としての被害ではなく,被害予測についての情報(リスク情報)が、あるいはその伝えられ方が人々に不安をもたらし、社会全体に大きな影響を引き起こした。(ダイオキシン、環境ホルモン、SARS,狂牛病、鳥インフルエンザ)リスクそのものに対してだけでなく、リスク情報あるいはその伝えられ方が生み出す不安や混乱にうまく対処していかなければならない。
懸念すべきリスクに十分な注意を向けないこと。小さなリスクに対して過重な不安をいだくこと。双方とも問題。
<混乱の原因>
1 マスメディアの情報提供のあり方。
2 専門家によるリスク表現と専門家たちの対立(住民をはさんでの空中戦)
3 受け取る側の認知の仕方。→リスクコミュニケーションの必要性

放射線リスクは、原子力利用、放射線利用における社会の不安要因のひとつ

社会的ニーズの多様化、インターネットの普及による情報取得
→ 従来型の一方的情報提供型のやり方では、利害関係者(ステークホリダー)の理解を得るには不十分。
情報の送り手(専門家、行政等)と情報の受け手(利害関係者、住民)の間での双方向コミュニケーション(リスクコミュニケーション)が必要。

リスクコミュニケーションの実施にあたって、送り手は、科学的に正確な情報を伝えるだけでなく、存在するリスクを認め、これを含めて平易な言葉で説明し、ステークホリダーとの相互理解を図ることが求められる。
○ポジティブな側面だけでなく、ネガティブな側面についての情報、リスクはリスクとして情報を「公正」に伝えることが重要。
○ステークホルダーがお互いに信頼し、それをもとに良い解決法を探る土台を作ることが重要。

リスクコミュニケーションとは何か?

○定義:専門家と非専門家との双方向コミュニケーション (米国国家調査諮問機関)
 意見を交換する相互作用的過程
 リスクメッセージ: 関連事や意見またはリスクメッセージに対する反応 リスク管理のための法的、制度的対処への反応についての他のメッセージ
●リスクについて誰かに教えたり、リスクが小さいことを納得させたり、説得することではない。リスクにつて専門家(送り手)同士が話し合うことではない。
○人々はどういう情報をもとめているか?のニーズへの配慮

 放射線リスクとリスコミ(図は省略)

 リスクに対する広報の変遷

1995年に発生した阪神大震災以降、日本では市民の間でリスク概念が通用するようになった。
 それまで リスクの無視 対象のベネフィットのみを主張し、リスクについてはほとんど言及しない。「日本ではチェルノブイリのような事故は絶対に起こりません」
 リスクゼロ神話 反原発団体の広報もリスクを声高に主張するのみでベネフィットに言及しない。
1995年以降 安産神話の崩壊
1995年~ リスコミのブーム[安全・安心」の大安売り

リスコミに対する誤解

・行政:リスコミはこれまでの広報に代わる新種の有効な説得方法であると誤解。広報と広聴という死語に近い概念がリスコミと誤解。
・自然科学者:人間系の不条理な情報処理を知らないまま、リスクとベネフィットを詳しく提示すれば市民は合理的な意思決定をしてくれる、すべきであると誤解。
・コンサル業やエージェント:おしゃべり上手や聞き上手という見かけの技術がリスコミと誤解。

安全と安心は異なる (”頭”と”心”は別物)

・将来に被害が発生する可能性があることを嗅ぎ取るとき、不安に思うのは当然。
・懸念すべきリスクに十分な注意を向けないこと。小さなリスクに対して過剰な不安をいだくこと。
  こうしたことがなく、適正に「不安がる」には?
白か黒か(安全か危険か)の二分法的な判断は、負荷は小さいが思考停止を生む。
グラデュエーション(濃淡)の程度に応じた反応が適切。

リスクコミュニケーションの成功とは

○社会的論争
リスクに関わり合う人が、関連のある問題や行動について理解の水準を上げ、利用可能な知識の範囲内で、適切に知らされていると満足すること。(NRC)
○個人的選択
リスクについての情報を知らされた上で、個人がその利害を判断し、リスク回避行動をとるかどうか判断できるように情報を与えられること その技法を洗練することが目標(理解しやすいように説明の仕方を工夫)
●啓蒙、説得、 共感・共考 信頼
共考:情報を共有し、議論しあうことができる
信頼がもっとも重要な要因

送り手(専門家)の役割はなにか

送り手と受け手の科学的知識の違いの認識
ポイント ○科学的知識水準の違いの認識
     ○単にリスク情報を正しく伝えるだけではなく、送り手(専門家)でない人々の認知の特徴を知る。
様々なリスクが身近にある(表‐省)
危険と感じられる活動や科学技術(表‐省)
公衆のリスク認知に及ぼす諸要因(表‐省)

人はなぜ「怖い(不安)」と思うのか?どういうときに「怖い(不安)」と思うのか?

1.非自発的にさらされる 大気汚染>危険なスポーツ、喫煙
2.不公平に分配される リスクとベネフィットの不公平
3.個人的な予防行動では避けることができない
4.良く知らないあるいは新奇なものである。
5.人工的なもの
6.隠れた、取り返しのつかない被害がある 晩発性
7.小さな子供や妊婦に影響を与える
8.通常とは異なる死に方(病気、けが)をする。苦しみながら死亡する。
9.被害者がわかる身近な人、知っている人>知らない人
10.科学的に解明されていない
11.信頼できる複数の情報源から矛盾した情報が伝えられる 行政機関、消費者団体、専門家

リスクコミュニケーションのあり方

送り手(専門家)がおちいりやすい誤解
 送り手(専門家)は専門家領域について多くの知識を持っており、それらの知識に基づいた判断は合理的であると考える。
 科学的で合理的な判断は最も良い。相手も同じように理解するはず。の思い込み
送り手(専門家)がつねに正しいわけではない。
 仮に現在のリスク専門家が全員誠実で、自分の知っていることを正直に伝えているとしても、その事実は現在の科学技術の学問体系の中で正しいとされているにすぎないのであって、その事実が将来にわたって正しいものであり続ける保証はない。

コミュニケーション能力のある送り手の必要性

○説明資料など準備が整っても、コミュニケーションが成功するとは限らない。
○コミュニケーション成否の重要な鍵となるのが「人」。
 原子力や放射線についての専門知識を有しつつ、コミュニケーション技術を身に付けたコミュニケーターに成ること(の養成)が必要になる。このことは原子力や放射線について限ったことではない。化学物質の環境放出に関するPRTR法の施行などを期に政府もコミュニケーター人材育成の必要性を唱えている。
基本は傾聴、共考 誠実であること、親身に相手の立場に立って聞く、分かりやすく話す
この人は話を聞いてくれる。この人ならば話せる。人として信頼できる。


社会的受容 (リスコミュニケーションの目的の一つ)

何を持って社会的受容ととるかは、関係者の立場によって異なる。
○行政機関がめざす社会的受容
 行政や専門家が決定した安全基準を国民が受け止めること
 教育、啓蒙>>双方向的な対話 有効性はきわめて疑わしい
○人々が求める社会的受容 [納得」
 十分な情報を知らされた上での納得。十分な話し合い。意思決定過程への参加、発言の機会を持つこと。
  → 決定手続きの過程の透明性、公正感につながる。

受容可能なリスク(誰が決めるのか、非自発性にさらされるリスクの受容は可能か)

○受容できなくとも耐えられる、了解のしかた。納得による不安の軽減 
 耐えられる水準を上げるには、
   迷惑施設の設置における適切な補償、リスク管理、信頼
   現存する被ばく状況における被ばく線量モニタリング、健康調査

 受け手のなすべきこと

○消極的な情報を受け止めるだけでなく、受け手にもコミュニケーション過程への積極的な参加が求められる。
○自分で学び、判断する努力。
 マスコミの情報、ネットからの情報による過大視 ヒューリスティックな判断(周辺ルート処理)の危険性
 中心的ルート処理をする努力が求められる。

宮城県におけるリスクコミュニケーションの課題

丸森町ホームページ(平成23年3月22日)の川島隆太氏の発言(省)
同      (平成23年5月2日)石井慶造氏の発言(省)

宮城県の初期の対応

風評被害を抑えることを第一義とした。
 民主党県連幹事長、村井知事に積極的な放射線調査を5月に求めた際、やらない方がいい。やっても余計に騒がれるだけだから。安全、安心を強調する一部の専門家にリスクメッセージの伝達を任せた。(注)リスコミュニケーションではない)

住民の受け取り方

○口を揃えて安全、安心と連呼されても信用できない。不信がつのるだけ。(ネットからの情報 例 鼻血やめまいは放射能のせい)
○不安がるのはおかしいと批判されたように感じた。
○子供が少しでも被ばくしないようにしてやりたい気持ちをくみ取ってもらえない。(外で遊ばせない親は親として失格)
○町は県の言うことを伝えるだけ。あてにできない。
○放射線量の発表は線量の低い町役場だけの数値。実態とかけはなれた表示。異なる測定器でのまちまちな数値。
○自分の考えを押し付ける人ではない人、話を聞いてくれる人と話したい。

 宮城県の決定

宮城県では、有識者会議での「100mSv以下の被ばくは健康に影響はない、健康調査は必要なし」の決定(平成23年10月末)。県は住民の不安を取り除くため、希望者に対し甲状腺の超音波検査を丸森町2地区のみで実施。

住民の行動

○おのおのが線量計を購入。身の回りを測定。
○自治体任せずにせず、系統的に細かいメッシュで測定し、住民に配布(筆甫まちづくりセンター)
○反原発の著名人を招いての講演会
○子供の被ばく線量の具体的な数値が知りたい。→大学への測定依頼
○35団体から請願書の提出

宮城県、自治体の対応

甲状腺の調査結果を基に、有識者会議で再度「100mSv以下の被ばくは健康に影響はない、健康調査は必要なし』と決定。
丸森町は独自に健康調査を
請願書の提出を受け、県議会にて継続審議

福島第一原発事故 宮城県における課題

県と不安をおぼえている住民のズレ  リスク認知のズレ、県側の認識不足
リスクコミュニケーションにおける最も重要な双方向性が欠如している
リスクそのものに加えて行政への不満が認知を上げている 福島県における対応との差

 被ばく調査を通じて、見えてきたこと、

○測定もしないで、ただ大丈夫と言っても住民は納得しない。
○具体的な数値を見ることで、安心する人も多い。
○環境線量から考えた数値より低いことにまず驚く。
○除染の難しい知己もある。しかし、物理減衰に加えセシウムの垂直、平行移動による占領現象も期待できる。
○リスクコミュニケーションは魔法の杖ではない。即効性はない。長く続けていくことが必要かつ重要。

 リスクについての教育の重要性

①ゼロリスクはないことの理解。
②リスクとベネフィットの両方を考える必要があることを知ること。
③リスクの不確実性は避けられないことを知ること。

放射線リスク、放射線への不安にどう向き合うか? 

 放射線リスクにどう向き合う?

リスクと向き合うことで前へ進む。
リスクの程度を認識する。「あるかないか」ではなく、程度を認識する。
リスクを減らす(ALARA)。被ばく線量低減

→ リスクをゼロにはできない。

我慢できるか、許容できるか、その度合いは最終的には個人による。
・価値観、主観
・放射線リスクにのみ焦点をあてることのアンバラランス 放射線への過大評価はすなわち他のリスクに対する過小評価である。
・経済的要因
・得られる安心と失われる便益とのバランス

 放射線リスクにどう向き合う?

さまざまな人の意見、考え方を認める。家族間、集落でギスギスした人間関係になることは避けなければならない。
自分で判断する。
何が自分(家族)にとって一番大事か。優先順位をつける。

*風評被害

「事実でないのに、うわさによってそれが事実のユニ世間で受け取られ、被害をこうむること」
「正しい情報を伝えないことによって起こる」
判断できる信頼性の高い情報を伝えることが重要、補償とリカバリー




<学習会に参加しての私の感想>

・リスクコミュニケーションについて、(1)まずすぐに感じたこと

 栗原市の場合、先生の話を聞いていて、明らかに宮城県や丸森町の場合とは違うなと思いました。それは栗原市と市民の間である程度の信頼関係ができている。私たちは一貫して対話も重視してきたし、幾度も要望して測定の徹底、学校給食の検査なども実現し、食べ物検査や健康調査の方向性も見えてきています。それは栗原市と私達市民の双方にとっての成果だと思っています。

・リスクコミュニケーションについて、(2)少し学びました

 私は、まだ十分に理解していないかとは思います。しかし、それをどう活用するとかということではなく、その視点から観点から、これまでの一連の経過(国・東電、自治体など)や私達の取り組みをとらえ直す、整理し直すことが必要だと思いました。さらに今後は、その視点、観点から分析し、活動・運動を組み立てていく必要があります。つまり、パブリックコメントもその視点から作ってみる。宮城県や栗原市の施策に対してもそこからも見てみる、提案していく、私達の活動・運動もその視点、観点から組み立ててみるのです。除染計画では、千葉県の流山市、柏市などのものを見るとパブリックコメントだけでなく、普段からの市民と行政との関係、両者にリスコミの考えが反映しているように思われます。そこもしっかりと学んで栗原市の場合に生かしていきたいと思いました。

・これから健康調査をどう進めるかについて

 栗原市は、高濃度地域、中濃度地域、低濃度地域などいくつも汚染程度に段階があります。栗原の地場からの食べ物、飲み物を考えると内部被曝の問題や将来どのようなことが起きるかも知れません。このことから、高濃度汚染地域だけに限定した健康調査では私達は受け入れがたいのです。対象地域の比較調査という観点から(この点に関しては、昨年の丸森町での今中先生の講演会で私が質問し、先生の推奨を得ている)でも全地域の18歳以下の子どもを対象にして網をかけること。(年1回のWBCなど)さらに高濃度地域を中心にして、他はサンプリングにしてのガラスバッジ(個人線量計)の配布や尿検査などを追加して行う。私達はそのような提案を栗原市にしていきたいと、吉田先生にも理解を求めました。

 吉田先生も、「栗原に関してもカラスバッジを配布し、調査する見通しが立ってきている。相談に乗りたい。」「健康調査を全県民とか、全児童にというのは…しかし、対象地域の比較調査という点では良いのでは、」と言っていました。

・「不安の解消」を目的とすることについて

 私は放射能問題への基本的な対処方法は、前から言っていることです。 放射能汚染の現実に向き合い、①それを直視した徹底した測定と②冷静な評価(空間、土壌、食べ物飲み物、健康など)をする。③それらができて初めて有効な対策がとれるというものです。

 ところで、「不安の解消」を目的とすることについてどう考えるかが問題となってきています。「不安」(漠然としまだ明確でないもの、目に見えない得体のしれないもの)について正当に取り扱い、その払拭に努めることは非常に大切だと思います。しかし、私は、それに留まるのではなく(それではそれに対処する、それに取り掛かるのに「何か根拠などが弱すぎる」と感じるのです。)「その正体が何なのかの解明に迫る」ことがどうしても必要だと考えます。「不安の払拭」「不安解消」のため、ということも、そこには「事実はない」とする決めつけ、予断の認識の立場に立っているようで、私はそのように言われると、つい、言う方の「上から目線」を感じるのです。そうではなく、「事実はあるかもしれない」「どの程度の事実なのか」「それがどの程度の影響があるのか」を解明するという立場に立っていただきたいのです。

・放射線教育と市民への教養・広報対策について 

 この学習会の会場には少し早く着きました。主催者から吉田先生のレジュメとともに新聞のコピー(3月22日毎日)が配られていました。「放射線教育で混乱」というものです。福島県で、文科省の副読本が被ばくに触れていないことが教育現場で戸惑を起こしているというものでした。この問題は日本全体も共通することです。(3月22日愛媛新聞社説、3月23日中国新聞社説などでも取り上げられています。)学習会が始まる前も、講師への質問でも、終了後も話題になっていました。この主催者―「民主教育をすすめる宮城の会」で是非、これ単独でも取り上げていただきたいものです。栗原市でもこの問題は要望書(第4次)で取り上げてきていますが時間の都合で、後日教育委員会にということになってしまっています。

 この学習会の質問でのやりとりなどからも紹介します。A(年配男性)「子ども達にすぐにでも分かりやすいマンガなどで放射能危険性を知らせる材料は?」吉田先生「私も関与した日本アイソトープ協会の出しているマンガ入りのパンフがお勧めです。」B(年配女性)「子ども達にというよりも、それより先に、私達大人の学習をもっとすべきでではないか。」でした。

 私は、大人と子どものどちらが先ではなく、「全世代やいろいろな層、分野を対象に、同時に、大規模に、立体的に」展開しなければならない問題だと思っています。私は、3月20日の記事に「まだまだ私達は「放射能の危険性の学習不足です。」と書きJAの幹部・組合員もまだ学習不足だと指摘しました。昨日の記事の中(3.24学習会へのメモ)にも、私がこの間出た地区の除染協議会の様子を示しましたが、やっぱり地区の役員さんたちもまだまだ学習不足だと分かりました。これに対しての行政等の対応がまだまだ不十分なのです。市民への教養・広報対策(この言葉自体の再吟味も必要)ということになります。これに関しては、既に出ている那須町(23年10月)土浦市(24年2月)の「放射能の手引き」を見ても極めて不十分な内容でした。これは放射能教育や文科省の副読本の問題と合わせて、子ども達へ、私達大人への両方を、さらに、前に述べた、「全世代やいろいろな層、分野を対象に、同時に、大規模に、立体的に」展開する必要があります。

 しかし、このことが同時に、万能でもないことも肝に銘じなければなりません。「放射線リテラシーを身に付ける」それは一つのアプローチにすぎないし、繰り返しの学習、認識を深めていく、更新していく、それを元に絶えず自分で考えるスタイルを確立していく、このことは確かに大事ではあるが、それですべてが上手くいくわけでも、それが万能薬でもないのです。今回のこのリスクコミュニケーションについての学習会はそれを補う、その盲点もチェックしながら進める、良い視点・観点を示すものになっていると思いました。

 さあ、これからです。!!
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