触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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「官邸から見た原発事故の真実」を読んで

<BOOKS>(45)           2012.4.9

「官邸から見た原発事故の真実 
          これから始まる真の危機 
」を読んで

出版社:光文社(2012.1.20)

<内容>(「BOOK」データベースより)

 福島原発事故は、どこまで深刻な事態に陥っていたのか? 「冷温停止」の年内前倒しで一段落なのか? 「汚染水処理」の順調な進捗で問題解決なのか? 「原子力の安全性」とは技術の問題なのか? SPEEDIの活用、環境モニタリングの実施はなぜ遅れたのか? なぜ、浜岡原発の停止要請をしなくてはならなかったのか? なぜ、玄海原発の再稼働をなぜ安易に認めるべきではないのか?
―原子力の専門家であり、内閣官房参与として原発事故対策に取り組んできた著者が語る、緊急事態で直面した現実と極限状況の判断。緊急出版!

<著者紹介>

田坂広志(たさかひろし)

1951年生まれ。74年東京大学工学部原子力工学科卒業、同大医学部放射線健康管理教室研究生。81年東京大学大学院工学系研究科原子力工学専門課程修了。工学博士(核燃料サイクルの環境安全研究)。同年三菱金属(現三菱マテリアル)入社、原子力事業部主任技師に。青森県六ヶ所村核燃料サイクル施設安全審査プロジェクト、動力炉・核燃料開発事業団高レベル放射性廃棄物処理・処分プロジェクトに参画。原子力委員会専門部会委員も務める。2011年3月29日~9月2日、内閣官房参与として原発事故対策、原子力行政改革、原子力政策転換に取り組む。多摩大学大学院教授。シンクタンク、ソフィアバンク代表。

<目次>

はじめに

第一部 官邸から見た原発事故の真実
                          

福島原発事故が開いた「パンドラの箱」 /原発事故、現在の「最大のリスク」は何か /「首都圏三千万人の避難」という最悪シナリオ /3月15日東京駅の異様な光景 /アメリカが首都圏避難を勧告しなかった理由 /「幸運」に恵まれた福島原発事故 /「冷温停止状態」の達成は入口に過ぎない /「安全」を語ることの自己催眠 /楽観的空気が生み出す「最悪の問題」 /「国民からの信頼」を回復できない理由 /「身」を正し、「先」を読む /「汚染水処理」が生み出す新たな難問 /原子力発電が背負う「宿命的問題」 /原子力が軽視してきた「アキレス腱」 /「絶対安全な原発」でも解決しない問題 /放射性廃棄物問題の本質は何か /証明できない「10万年後の安全」 /「技術」を超えた廃棄物の問題 /国民の判断を仰ぐための「絶対的条件」 /「原子力反対派」も直面する難問 /政府が答えるべき「国民の七つの疑問」 

第二部 政府が答えるべき「国民の七つの疑問」  
                   

第一の疑問 原子力発電所の安全性への疑問   

「最高水準の安全性」という言葉の誤解 /原子力の「安全思想」の落し穴 /人的、組織的、制度的、文化的要因こそが原因 /SPEEDIと環境モニタリングが遅れた理由 /行政機構の「組織的無責任」 /日本と全く違うアメリカの規制文化 /省みるべき「経済優先の思想」 /国民が納得しない「玄海原発の再稼働」 /「暫定的な解決策」としてのストレステスト /「原子力安全庁」に問われるもの /国民の不信を増長する諸問題 /「地元の了解」から「国民の納得」へ /浜岡原発が突き付けた「究極の問題」 /「確率論的安全評価」の限界 /「千年に一度」という言葉の怖さ /「確率値の恣意的評価」という落し穴 /原子力の「最高水準の安全性」を実現するとは /「行政改革の突破口」でもある原子力の改革 

第二の疑問 使用済み燃料の長期保管への疑問  

「原発」の安全性とは「原子炉」の安全性のことか /「剥き出しの炉心」となる燃料プール /福島原発の「現在の潜在リスク」 /「過去の常識」が通用しない災害 /全国に飛び火する「燃料プール問題」 /考えたくなかったシナリオ /燃料プールが直面する「次なる問題」 /行き場の無い「使用済み燃料」 /再処理工場の先に待ち受ける問題 

第三の疑問 放射性廃棄物の最終処分への疑問  

「煮ても焼いても」減らない放射能 /「処分場選定」が必ず突き当たる社会心理 /「中間貯蔵」というモラトリアム /NIMBYからNOPEへ /日本で広がるNIMBY心理 /突如「現在の問題」になった高レベル廃棄物 /「廃炉」という概念を超えた福島原発 /前例と経験が皆無の「福島廃炉計画」 

第四の疑問 核燃料サイクルの実現性への疑問  

「蜃気楼計画」と揶揄される核燃料サイクル /「信頼」を失う「透明性の欠如」 /「二つの問題」を分けるべき高速増殖炉計画 /福島原発事故によって消えた地層処分の可能性 

第五の疑問 環境中放射能の長期的影響への疑問  

「直ちに影響はない」という言葉の社会心理 /「除染」で放射能は無くならない /すべての環境は「除染」できない /「除染」は効果が分からない /「除染」を行う本当の理由 /「精神的な被害」も「健康被害」 /リスク・マネジメントへの「皮肉な批判」 /「土壌汚染」の先に来る「生態系汚染」 /理解されていない「モニタリングの思想」 

第六の疑問 社会心理的な影響への疑問  

最大のリスクは「社会心理的リスク」 /「国民の知る権利」と「情報公開の原則」 /なぜ放射能は社会心理的影響が大きいのか /原子力に携わる人間の「矜持」 /「信頼」を失うほど増える「社会心理的リスク」 /「社会心理的コスト」への跳ね返り /原子力が考慮しなかった「社会的費用」 

第七の疑問 原子力発電のコストへの疑問  

増大する原子力発電のコスト /除外されてきた原子力発電のコスト /算入ではなく考慮するべき「目に見えないコスト」
 
第三部 新たなエネルギー社会と参加型民主主義                    

「脱原発依存」のビジョンと政策 /「政策」ではなく「現実」となる脱原発依存 /TMI事故が止めた新増設 /計画的・段階的・脱原発依存の意味 /「現実的な選択肢」を広げることが政府の義務 /現実的な選択肢を広げる「四つの挑戦」 /「国民の選択」という言葉の欺瞞 /2021年3月11日の「国民投票」 /オープン懇談会がめざした「国民に開かれた官邸」 /「観客型民主主義」から「参加型民主主義」へ /東日本大震災で芽生えた「国民の参加意識」 /「参加型エネルギー」としての自然エネルギー /「政府と国民の対話」の新たなスタイル /5か月と5日の官邸で見た「現実」 

<内容の紹介と私の感想>

 本書は、内閣官房参与として2011年3月29日から9月2日まで原発事故対策に取り組んだ田坂広志氏が、各項ごとの質問に答えるというインタビュー形式で構成されています。

 著者の田坂広志氏は、もともと「核燃料サイクルの環境安全研究」で工学博士号を取得した人です。核廃棄物の処理問題を専門に研究していた人なのであり、もともとは原子力ムラの住人でした。それが、福島原発事故という現実を前にして、全くそれまでに考えを変えざるを得なくなった方です。本書の全体像はその「はじめに」でほぼ出尽くさせています。そこで、まず、その全文を引用・紹介します。
                                                
            

はじめに

 2011年3月11日に起こった福島第一原子力発電所の事故。
 この事故を受け、総理官邸から協力要請により、3月29日、私は、原子力工学の専門家として、内閣官房参与に就任しました。
 それから始まった、日夜返上で原発事故への対策に取り組む日々。
 その中で、苛烈で生々しい事故の現実を知り、手探りで進む行政の実情を知り、私自身、原子力というものに対する見方を、根本から変えざるを得なくなりました。
 その理由は、二つです。
 一つは、原発事故というものが、これほどまでに深刻な事態を招くという現実を知ったことです。本書のインタビューにおいて詳しく語っていますが、この原発事故が最悪の状況へと進展したとき、「首都圏三千万人の避難」という事態も起こり得たという現実です。
 もう一つは、現在の原子力行政が、国民の生命と安全、健康と安心を守るためには、極めて不十分、不適切なものであることを知ったことです。原発事故が起こらないようにするために、そして、万一事故が起こったときそれに対処するために、現在の原子力行政は、不十分、不適切であるだけでなく、緊急事態においては、およそ無力といってよい現実を知りました。
 それゆえ、私は、原子力を進めてきた一人の専門家の責任において、また、官邸で事故対策に取り組んだ一人の責任者の義務において、敢えて、こう述べざるを得ないのです。
 原子力行政と原子力産業の徹底的な改革を行わないかぎり、この国で原子力を進めていくことは、決して賛成できない。
 そして、原子力行政と原子力産業の徹底的な改革を実現しないかぎり、国民からの信頼を取り戻すことは、できない。
 そして、その改革によって、国民の信頼を取り戻さないかぎり、原子力の未来は、必ず、終わりを迎えることになるだろう。
 では、なぜ、そう申し上げるのか。
 福島原発事故は、「パンドラの箱」を開けてしまったからです。それも、「数珠つなぎのパンドラの箱」と呼ぶべきものを開けてしまったのです。
 これから、この原発事故を契機として、様々な問題が連鎖的に浮上してきます。
 そして、それらの諸問題は、原子力が宿命的に抱えている「アキレス腱」である、「放射性廃棄物の問題」に収斂していきます。
 本書においては、それらの諸問題を「七つの問題」として語り、政府が答えるべき「国民の七つの疑問」として語りました。そして、なぜ、「未来の問題」として先送りしてきた「放射性廃棄物の問題」が、突如、逃げることのできない「現在の問題」になってしまったのか、そのことを語りました。
 申し上げたいことは、ただ一つです。
 真の危機はこれから始まる。
 福島原発事故は、極めて深刻な事故であり、大きな危機をもたらしました。しかし、本当の危機はこれから始まります。そのことを知って頂きたいと思い、このインタビューをお受けしました。本書は、その内容をまとめたものです。
 本書は、多くの国民の方々へのメッセージですが、この日本という国の進路に責任を持つ、政界、財界、 官界のリーダーの方々にも、読んで頂きたいと思います。
 危機から目を背けぬこと、それは、リーダーの責任でもあるからです。
 いま、この日本という国は、大きな分かれ道にあります。
 この分かれ道における歴史的な選択を過たないためにも、この本が、一つの道標となることを、心より願っています。

                        2011年12月19日      田坂広志


                                                    

 田坂氏は、9月2日まで官邸で原発事故対策の最前線にいたということですが、事故対応の現場において具体的にどのような利害関係者がどのような行動をしたのかということについては全く情報が出ていません。最悪のシナリオとして、「首都圏3,000万人避難」も政府は検討していたということが後になって明らかになってきています。そうした認識が実は政府の関係者の中でも共有されていたこと。結局、そうした最悪の可能性に関する情報は、パニックを回避するという大義のもと、最後まで国民に伝達されることなく終わったのですが、田坂氏も、そうした政府の判断の妥当性を支持しています。しかし、私には、そのことが、彼が言う(P20)現在、政界、財界、官界のリーダーの方々の間に広がっている「根拠の無い楽観的空気」に繋がっており、それが「原発事故の後、現在、最大のリスク」になっているとこは明らかです。彼は、それを承知で今年になって積極的に発言をしているのだと思います。

 現在の野田政権の前のめりになっている大飯原発再稼働への動き、それを全原発へもと適用を拡大しようとしていること、それに原発輸出もありと、昨年末のあのいい加減な「冷温停止状態」などというごまかしに始まって、本書でも強調している(P104~108)「国民の不信を増長する諸問題」が起き続け、「地元の了解」から「国民の納得」が絶対に必要な事態へとへと進展してきています。このまま野田政権が国民無視で突っ走れば、橋下大阪市長が言っているように「本当に危ない」「もう、政権はもたない」と思います。

 しかし、問題はこの大飯原発再稼働、そのための安全基準ウンヌンだけにあるのではないのです。そのことは、この本書がいちばんよくまとめて整理し提示しています。今後、日本の原子力政策の将来を確定していくうえで、検討されなければいけない7つの重要な疑問です。(第二部)。

 例えば、第二の疑問 使用済み燃料の長期保管への疑問(P122~133)「剥き出しの炉心」となる燃料プール/福島原発の「現在の潜在リスク」/「過去の常識」が通用しない災害/全国に飛び火する「燃料プール問題」のところ。最悪「首都圏3,000万人避難」の事態の可能性は、原子炉から取り出したばかりの燃料が多くまだかなりの高温だった福島原発4号機の使用済み燃料プールが、最も危険な「剥き出しの炉心」状態=燃料のメルトダウンに陥る可能性があったことだとしています。3月11日を超える規模の地震が襲来し、4号機の使用済み燃料プールの構造物が崩壊することだった。といいます。このことは現時点でも同様であって、特に4号機の使用済み燃料プールは絶対安全ではないのです。ですから、私も本書を読んでからは、たびたび」福島沖地震が報じられるとまず、そこが大丈夫だったか確認するようになりました。

 そしてこの燃料プール問題は、他の原発も共通する問題です。4月4日、爆弾低気圧の影響で、女川原発でも(東通原発でも)使用済み燃料プールを冷却するポンプが一時的に停止したと報じられました。確かに再稼働して事故が起き、水素爆発・メルトダウンなども恐ろしいのですが、原発は停止していてもそこにある限り危険なのです。

 次に第三の疑問 放射性廃棄物の最終処分への疑問(P142~160) 「処分場選定」が必ず突き当たる社会心理/「中間貯蔵」というモラトリアム/突如「現在の問題」になった高レベル廃棄物 のところ。フィンランドにおける高レベル放射性廃棄物処理場問題を扱った映画「十万年後の安全」を見ましたが、もうこれは技術(テクノロジー)問題ではなく、国民がそれで納得するかどうかの問題だとしています。十万年後など誰も確認できませんし、「世代間倫理」からしても絶対にしてはならことの筈です。これが現在、突き当たっている「がれき処理の問題」、ここでは「汚染稲わら・牧草処理の問題」とつながってきます。

 途中の段階は、その最終段階、全体の計画(エネルギー政策も)が明らかにされないと進みにくくなるのは当然です。また、それを作るにも、決めるにも、その大前提になるのは、誰がどのように、誰の同意のもとにするのか、という問題があります。そして国民が、住民がこれらにコミットしていくには、政府、規制や管理機関(まだできていない)、国会、地方自治体などが、国民、住民からして「信頼」するに足りるものになっているのかという問題があります。

 これらの全体の計画のこと、エネルギー政策、電力改革など、に関して、本書の他に、参考なったのは、日経ビジネスオンラインの山岡純一郎氏の一連の記事があります。3月9日「枝野VS東電」「原発再稼働」ではない問題の本質、3月16日「46都道府県に使用済み核燃料を分散して保管する」福島第一原発4号機建屋に入った唯一の国会議員、馬淵澄夫・元国交相との対話(上)3月23日「“韓国の使用済み核燃料を日本で再処理する”ことはあってはならない」馬淵澄夫・元国交相との対話(下)、3月27日「大飯原発再稼働」で野田政権がぶち当たる岩盤、3月30日このまま原発政策の核心が決まっていいのか? 

 原発の再稼働問題だけでなく、こうした全体的な問題についてこの夏に向けて議論が進むよう注視し、個々の地方のレベルからもこれに参戦するような、活発な国民的な議論が巻き起こるよう働きかけていきたいと思います。

 最後にもう一つ、第六の疑問 社会心理的な影響への疑問(P192~209) 田坂氏は、「物理的な被害」や「経済的な被害」だけでなく「精神的な被害」もまた、冷厳な「現実」だとしています。そして、「長期的に見れば、この「精神的被害」が最も大きな被害になってくることを、政府と行政は理解する必要があります」としています。確かにそうかもしれませんが、現時点では、少々違和感があります。それはまだまだ充分に「物理的な被害」や「経済的な被害」が補償されていませんし、その見通しも揺らいでいるのです。2月24日の吉田先生の話でも「不安」というものの位置づけに少々違和感を持ったのと同じかもしれません。(リスクコミュニケーションを専門にしている先生は同じような傾向か?)

 それでも、P204で、田坂氏は、これから特に大きな社会的問題となるのは、「将来、被曝によって病気になるのではないかとの不安を抱えながら生きていく」という「精神的な健康被害」、 とし、「健康被害」の概念を「肉体的な健康被害」だけでなく、「精神的な健康被害」をも含めて理解するよう、 言っています。そして、今回の事故で国民から政府への「信頼」が失われたのは、「事故を防げなかった」「事故後の対策が不十分だった」だけでなく、「住民や国民の気持ちを理解してくれない」ということも国民から政府への不信となっていること、この国民から政府への「信頼」が失われるほど、「社会心理的コスト」は増大していく、 としています。

 ここまで来てしまっては、政府が住民や国民の「信頼」を勝ち取っていくには大変だと思われました。やり直しが効くのか?出来なければ、遅からずこの野田政権は倒れるはずです。そして、このことは、政府だけでなく、地方自治体も言えることです。どう住民に向き合うか、また、専門家や科学者も同じだと思いました。被害者や住民の声に耳を傾ける、真摯に向き合う。健康調査にしてもできうる限りのことをして行くことが重要なのだと、ここからも分かりました。


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