触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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「放射線 リスクを分けて考えよう」に異論。

<原発・環境・エネルギー問題>   2012.6.28

「放射線 リスクを分けて考えよう」(6月26日朝日新聞 記者有論 編集委員 高橋 真理子)に異論。 

 この記者が教えられたという、中西準子さん自体も今、「中西さんによる原発のリスク評価は見当はずれ」として批判されています。記者は、一見、公平な立場でリスク論を展開しているように見えてしまいますが、果たしている役割は違うのではないだろうか。

 中間がICRPでもないし、そこの基準が妥当な基準ととても言えるものではないのではないか。確かにERRCの見方は、厳しいとは思うが…それらが果たしてきた歴史的な役割を見るべきではないだろうか、同様にWHOにしろIAEAにしろ、そこの基準など持ってくる前にその役割(これまでにしてきたこと=歴史)をきちんと見ないと公平でもなんでもないと思います。

 日本の政府、学会、産業界、マスコミもすべて、福島原発事故以前に行ってきたことへの反省なしにあれこれ言っています。まず何を差し置いても、最初に、全面的に原子力開発推進の反省を、責任を取るべきです。それからその反省の上に立って、発言すべきです。そうでなければ発言権はないと思います。

 記者は、公平を装って無反省な彼らを堂々と登場させています。この記者は4月17日にも「女性と放射線 心配しすぎる必要はない」という記事を書いています。ここでもICRPのデータを重用し、安心論を振りまいている。その言い方は、明らかな父権主義(女性であっても)、上から目線です。

 ICRPのデータのみを強調することがどのような意味を持っているのか分かっているのだろうか。表題の「心配しすぎる必要はない」と言えばその通りだが、その前に心配する若い女性たちの気持ちに寄り添っているのだろうか疑問です。彼女たちが心配するのは当然だし、その心配を克服していくには、一方的なデータの提示や、父権主義的、上から目線の言い方ではない筈です。

 これでは、政府や既存の多くの学者・専門家たちがやってきている安心・安全キャンペーンと少しも違いがありません。また、彼女が所属する朝日新聞自体が同様の傾向を持っていることは、言を俟ちません。
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