触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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子ども・地域を切り捨て、効率性を最優先させた再編計画

 子ども・地域を切り捨て、
          効率性を最優先させた再編計画


 栗原市立学校再編計画が策定される。

 栗原市教育委員会は、2月28日、小・中学校の統廃合を推し進める栗原市立学校再編計画を決めました。この計画では、現在30校ある小学校は10校に、10校ある中学校は、6~8校に減らされます。市教委は、一学年一クラスの小規模校では、「友達の多様な考えにふれて学び合い、学習の成果を深化・発展させることが難しくなりがち」「グループ学習などの学びあいの形態に多様性がもてない」など「教育上のさまざまな問題がある」、だから、子どもたちのために小学校は小学校の「適正規模」(一学年2~3学級、全体で12~18学級、児童数220~630人)へ、中学校は中学校の「適正規模」(一学年3~5学級、全体で9~15学級、生徒数213~525人)への統廃合が必要だとしています。そのために、その適正規模以下の学校を機械的に切り捨てていくものです。これは、「効率的学校運営を全てに優先させている」ということです。

 今、小規模校こそが求められている。

 しかし、小規模校の再編統合は、決して子ども一人ひとりに行き届いた教育ができる条件となりません。市教委は小規模校のデメリットを強調しますが、小規模校を統合すれば学級数や教師の数は確実に減る一方で、1クラスの児童数は増えることが想定され、教育条件の悪化が心配されます。
 そして、今、「いじめ」や学級崩壊、不登校、相次ぐ少年犯罪などのなかで、多くの子どもと保護者の願いは、「もっと勉強をわかるように教えて」「暴力・いじめのない学杖に」「学校をもっと自由にのびのびと」ということです。この願いにこたえられるのが、小規模校・少人数学級ではないでしょうか。小規模校は「一人当たりの施設設備、教材教具の使用率が高くなり、学習効果があがりやすい」「学校行事は一人あたりの出場回数が多くなり、参加意識も高まりやすい」「教職員が全校の児童名を覚えられ、一人ひとりに目が届き、個性をよく知り、心の通う生徒指導ができる」という利点の他にも、いじめや不登校も大規模校のほうが相対的に多いと指摘されています。
 そして今、世界の国々では”小さな学校″が大切にされています。『ユネスコ文化統計年鑑1998』によれば、初等教育の学校規模(各国の学校の平均子ども人数)は、日本の331人に対して、ヨーロッパをはじめ主な国ではほとんど100人台です。国連の機関である世界保健機靖(WHO)も、学校は「小さくなくてはならない・・・生徒100人を上回らない規模」とはっきりのべています。100人程度の小規模校こそ世界の流れといえます。私たちも少人数学級(1~2年は20人以下、他も一クラスを30人以下におさえる)と、全体で100人程度の小規模校が最適規模の学校と考えます。
 「少子化」「人口減少」を理由に効率的学校運営を優先させて、安易に学校を統廃合することは、結局、子どもたちの切り捨てにつながります。今、求められていることは、一人ひとりの子どもの教育にとつてどういう教育条件が必要なのかを、PTAと地域で、じっくり話し合い、合意形成を作ることではないでしょうか。

 学校はもともと地域のもの

 この計画は、子どもたちを一所に集め、競争させ、効率よく画一的な教育をしようとする効率的学校運営を目指すため、通学区域、時間、安全が課題として優先されず学校規模の見直しを優先させたものです。義務教育はすべての国民にとってライフラインであり、それを受ける権利は憲法上保障されています。日本全国、そして栗原市のどこに住んでいてもその機会が十分かつ豊かに保障・提供されていなければ日本の社会に、栗原市に、未来はありません。
 この計画は、地域から子どもと(若い世帯の)家庭を引き剥がし、学校をなくしてしまうものです。この計画では、子どもとその(若い世帯の)家庭は、地域に住みづらくなり、学校が集中する市街地に移り住んで行くことが懸念されます。それによって地域の過疎化は、一層促進します。
 日本の多くの小学校は国の予算によってではなく、むらびとの力で建てられ維持されてきました。そうした意味で学校はもともと地域のものなのです。小・中学校は、もっとも普遍的で歴史のある地域共有の公共資源です。その学校を地域のあらゆる世代の人々が支え、応援することが大切です。人生の基礎である義務教育は、地域の中で地域の人々の支えと見守りの中におかれるべきです。
再編計画は文章で「学校が地域の皆さまに支えられてきた歴史的経緯とコミュニティの核としての学校の役割について認めながらも…」といいつつ実態は、何一つ「地域と学校の関係性」についても配慮はありません。明らかに再編計画は地域の切捨てを行っています。

 「地域、学校、子どもたち」は、切り離せない

 「地域、学校、子どもたち」の三つは、不可分の関係にあると思います。再編計画には、「子どもの教育環境をよくする」、「学力」の向上など、文章上は、それぞれの部分は一見、もっともに見えて保護者(家庭)には反対しにくい側面があります。しかし、そこにあるその根本理念は、個々の子どもや保護者(家庭)をバラバラに分断して、地域から引き離していく、そして効率的・画一的な教育に競争させながら取り込んでいこうとするものです。子育て、教育は、共同で行う社会的営みです。子どもの成長、発達にとって地域は、どうしても欠かすことのできないファクターであり、地域にとっても、次世代の子どもを育てていく機能を失うことは致命的なことです。地域にとって子どもたちとその家庭と学校は、その地域の存続、再生、発展にとって不可分なものです。

 21世紀の栗原市―学校を地域創造の核に

 農業の持続的発展、自然との共生、観光資源の活用、…課題はたくさんあります。21世紀において、栗原市を、農業者をはじめ、地域で暮らす人々だけでなく、都市に暮らしている人々や農村地域に移り住む人々にとっても、豊かで住みよい地域にいく必要があります。21世紀は、栗原市のような地方の地域こそ、その多くの特色を生かし、生命を育む地域として、主役になっていくべきです。それには、先ずそこに今、住んでいる私たち自身がここ栗原の地域の自然や文化の価値を見出すべきです。これからの地方の地域、農村地域は、老年人口の増加に加え、これからの団塊の世代のリタイアの受け皿、人生後期の四半世紀の受け皿としての役割が期待されています。また、それと同時に地方の地域は、人生初期の保育・義務教育の受け皿としても機能していく必要があります。栗原市には、豊かな自然があり、生命を育むこの地域の中ででこそ、子どもたちを、世代間交流をしながら育てていきたいものです。
 21世紀を地域創造の世紀にする。21世紀のあと90~100年先とまでいかなくても、数十年先までを見据えたグランドデザインが必要です。確かに住民人口減、年少人口減とはなるわけですが、このままで再編計画どおりに学校統廃合が実施されていくとそれに拍車がかかり、地域はさらに衰退していってしまいます。そうした選択ではなく、地域にしっかりと支えられて学校が残る。学校を地域創造の核として活用していくような方向こそ、グローバリズムに押し流されない、ローカルであっても、しっかりとユニバーサル(普遍性)を併せ持つことができるものです。
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コメント


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お見舞い

佐藤さん お元気ですか

栗駒たいへんですね 当日は細倉にいました  うちの実家も多少被害ありました
プールは14日朝すぐ見に行きました
見事に天井落ちてました  がっかり・・・
しばらく 泳ぎお預けですが たまにはグランディにでもいらしてください

ワンポイントしますから・・

お体 どうぞご自愛くださいね

流水健康塾  菅原敏幸

すがわら敏幸 | URL | 2008年06月27日(Fri)07:39 [EDIT]


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