触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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<「指定廃棄物最終処分場」の建設反対 >資料 その ② と資料 その③

<原発・環境・エネルギー問題>       2012.10.26
 
<「指定廃棄物最終処分場」の建設反対>
      資料 その ② と資料 その③


その ① の新聞資料等は、まだ現在集約中ですので、この後になります。その ④ と その ⑤ は、そのままネット上でご覧ください。

資料 その② 「第二のフクシマ、日本の滅亡」

 広瀬 隆 朝日新聞出版 2012.2.29発行
第四章 汚染土壌・汚染瓦礫焼却灰の厳重保管のP237~の要約

・(2011年)6月16日、全国各地の上下水処理施設で汚泥から放射性物質が検出されて深刻になってきたため、政府の原子力災害対策本部は、放射性セシウムの濃度が1キログラムあたり8000ベクレル以下であれば、跡地を住宅に利用しない場合に限って汚泥を埋め立てることができるなどの方針を公表し、福島など13都県と8政令市に通知した。また、8000ベクレルを超え、10万ベクレル以下は濃度に応じて住宅地から距離を取れば、通常の汚泥を埋め立て処分する管理型処分場の敷地に仮置きができるとした。

・6月23日の環境省の決定により、放射性セシウム濃度が8000ベクレル以下の焼却灰は、「一般廃棄物」扱いで管理型処分場での埋め立て処分をしてよいことになった。

・さらに環境省は、低レベル放射性廃棄物の埋め立て処分基準を緩和して、8000ベクレル以下を10万ベクレル以下に引き上げてしまい、放射線を遮断できる施設での保管を認めてしまった。(今でも、)原子力プラントから発生する廃棄物の場合は、放射性セシウムについては100ベクレルを超えれば、厳重な管理をするべき「放射性廃棄物」になり、ドラム缶に入れて保管している。環境省は、その80倍もの超危険物―汚染した汚泥を、これと同じ「低レベル放射性廃棄物」扱いとせず、一般ゴミと同じように埋め立て可能としてしまった。この発生地は、福島第一原発なのだから、その敷地に戻すほかに、方法はない。これが「廃棄物の発生者責任」という産業界の常識だ。

・さらに環境省は、放射性物質の濃度が適切に管理されていれば、再利用が可能であるとして、一般の市場に放射性廃棄物を放出するという恐ろしい道を拓いた。(環境省のガイドラインに従えばリサイクル製品にはフライパンも入ってくる。)

・(2011年)6月半ば、汚泥は関東地方全域で深刻な量に達し、数万ベクレルの汚泥があと数日で置き場がなくなるという危機になった。すると6月24日、農林水産省は「放射性セシウムが200ベクレル以下ならば、この汚泥を感想発酵肥料等の原料として使用してよい」と決定。6月28日までに対象となった地域は、16の都県(省)。放射性廃棄物が、いよいよ発酵肥料に化けるのか。

・「東京臨海リサイクルパワー」が、東京都から東北地方の瓦礫処分を請け負い、3年間で、280億円を受け取ることになっている。この会社は、東京電力の子会社で、依頼主の東京都は東電株主第3位だ。大事故を起こした犯罪企業が、都民の税金で儲けようとしている。(焼け太り) 東京臨海リサイクルパワーは、可燃ゴミを600℃で焼却し、焼却灰を1450℃で再誘拐して個化する。不燃ゴミは破砕処理して、いずれも中央防波堤内に埋め立てる。残留スラグは、8000ベクレル以下であれば、レンガの下地材として転用される。

・問題は、こうした焼却によって、放射能が大気中に振り撒かれることにある。一般ゴミの焼却は、低温で焼却するとダイオキシンが出るので、800℃以上の高温で燃焼するように義務付けられているが、震災瓦礫を焼却すると、そこに含まれている放射性セシウムは、沸点が800℃よりずっと低い678℃なので、ガスとなって大気中に拡散するからである。さらに、焼却灰では、放射能が高濃度に濃縮されるから、到底、一般廃棄物として扱うことなどできない。

・こんな恐ろしいことを、いつから日本の国民は認めるようになったのか。環境省・厚生労働省・文部科学省・農林水産省の大臣と官僚たちがやっていることは、文明国として、理性のかけらもない。ただの野蛮国家である。国民がこのような不始末を認めれば、日本列島には放射性廃棄物と呼ばれない放射性物質が散乱して、その自然界で採取される食品の放射能汚染はますます長期化して、深刻になる。

・8000ベクレル以下を安全とする官僚たちの基準は、絶対に撤回させなければならない。すべての汚染物は、従来通りドラム缶に詰めて、福島第一原発の敷地内で、永遠に放射性廃棄物として厳重に管理しなければならない。




資料 その③ 核の守護倫理

 ~ 生命圏と未来世代のために ~

 核のゴミ(低・中・高レベル廃棄物、交換済みの蒸気発生器など、廃炉、使用済み燃料…)にどう対処し、後始末をするのか。
 原発大国のアメリカ国内で、「核の守護倫理(The Guardian―ship Ethic)を唱えている市民運動(Nuclear Guardianship Project)の以下の主張は、私たちに貴重な示唆を与えてくれるのではないだろうか。

 核廃棄物の極度の毒性と長寿命から考えて、原子力発電と核兵器製造によるその生産は中止しなければならない。安全で再生産可能なエネルギー源の開発と非暴力的な紛争解決の促進は、われわれの健康と生存に不可欠である。

 われわれの世代に生産される核兵器についての責任はわれわれ全員が共有する。これら廃棄物の取り扱いにおいて、われわれは現在および未来の世代の健康と幸福に直接かかわりをもつ。

 現在計画されている地層処分は、綿密な監視や回収、容器修理などを考慮しておらず、地球の生命維持システムへの制御不可能な汚染という長期的危険を招くもので、未来世代に対するわれわれの責任と相容れない。

 核兵器の輸送には日常的な事故と放射漏れの危険がともなわざるをえないため、最小限に抑えるべきである。

 核兵器の長期的な取り扱いおよび処分について、もっとも危険の少ない技術を開発するための大規模な研究努力を積極的に進めなければならない。

 当面、確実な長期的処分方法が開発されるまでは、すべての核廃棄物を監視し、回収可能な形で保管することがわれわれの世代の責任である。放射性廃棄物のいわゆる“安全”な永久処理はまだ幻想の域を出ず、核廃棄物に関して完璧な安全は今後も確立されないかもしれないという可能性を十分考慮して。

 いつでも回収できる形で監視された保管施設は、市民参加型のものであると同時に、核廃棄物の性質と、その監視および保管に必要な知識と学習できる場でなければならない。その基盤として、地球とわれわれとの関係、および時間とわれわれとの関係について深い教育が必要とされる。

 核廃棄物処理にかかわる政策は国民の全面的な参加のうえで決定されなければならない。現在および未来の世代の利害を検討するには、ガラス張りの討議や情報の公開、継続的なコミュニケーションといったものが不可欠である。

 市民、公共団体、企業、電力会社、政府など関係するすべての当事者は、公共の利益と生命圏の健康をめざした協力というものが下敷きに取るべき道を決定する。

10 持続的かつ暫定的な核廃棄物の保管には強い意志と注意力が必要だが、それには市民の道義的関与がなくてはならない。生命圏と未来の世代のために行動を起こすという”聖職”にも近いこの関与は、しかしながら人間的能力のおよぶものであり、古来からの宗教的・文化的遺産を掘り起こすことによってさらに発達され持続させることができる。

( 原発設置反対小浜市民の会『ほとぽっぽ通信』第63号1996年8月 )より
「どうする?放射能ごみ」西尾 漠 緑風出版 P81に掲載されていたものです。


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