触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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宮城県に放射性物質汚染廃棄物処理に関する申し入れ

<原発・環境・エネルギー問題>    2013.3.1

2月26日、宮城県に「放射性物質汚染廃棄物処理に関する申し入れ」を行いました。

2月12日に宮城県は汚染牧草の焼却処理方針を決めたとの報道が13日にありました。この件に関して、「民主教育をすすめる宮城の会」の賀屋さんよりその直後に宮城県に申し入れをするとの方向性を少しだけ聞いていました。2月24日の同会のニュースでそれを26日に行うとのメール(メーリングリスト)が夜遅く来ました。2月16日の記事「宮城県北部放射能ホットエリアマップ(A3判)の配布を開始しました。」のように、翌25日は、ネットワークの役員で市内の各所に二手に分かれて配って回る行動日でした。朝の集合時に事務局長も私も、このニュースをプリントして皆さんに配りました。二人とも行かなければとは思い、用意していたわけです。結局、二人が行くことになりました。

 この宮城県の処理方針というのは、「汚染牧草」に関してとのことでしたが、それに止まらない影響が出てくることは明らかでした。汚染稲わらの処理、各地の除染作業から出る処理物の仮置き場問題、ガレキ焼却灰の受け入れ問題、そして、指定廃棄物最終処分場問題にまで関係してきます。

 1時20分に宮城県庁ロビー集合で、行ってみると案内の5団体から16団体に増えていました。ただし私たちの「放射能から子どもたちを守る栗原ネットワーク」の名がありません。連名に入れるとの確認も来ませんでしたし、そう言えば、急なことで、こちらも行くとも知らせてありませんでした。口頭で16団体にプラスで加えてもらいました。他の団体は、仙台が中心で、女性が(若い人から年配者まで)多かったです。内容は翌日(2月27日)の河北新報に小さく載っています。(これも見出しが、16団体となっていて、どうも数に入れられなかった?)



汚染牧草の処理 県は内容明示を 16団体が申し入れ (河北新報)
 
 福島第1原発事故で放射性物質に汚染された牧草などの県の処理方針をめぐり「民主教育をすすめる宮城の会」など県内16団体は、26日、処理内容を明確にするよう県に申し入れた。申し入れ書では、牧草などを焼却処理する市町村や施設、処分に要する期間を明らかにするよう求めた。処理計画をホームページに掲載することも要請した。
 県庁を訪れた各団体の代表者は、「関心の高い問題なので県民への説明会を実施して欲しい」と述べ、県に申し入れ書を手渡した。県災害廃棄物対策課の担当者は、「一般廃棄物の処理は、市町村の責務、県としては、しっかり支援したい」と語った。


また席上で、前日にホームページにアップされた以下の内容の印刷物も配布されました。

放射性物質汚染廃棄物等の処理促進に向けた取組 掲載日:2013年2月25日更新

 宮城県では,放射性セシウムの濃度が8,000㏃/kg以下の廃棄物等の処理の促進を図るため,「放射性物質汚染廃棄物等の処理促進に向けた取組について」を作成し,平成25年2月15日(金曜日)に県内各市町村・一部事務組合の御担当者の方々を対象として説明会を開催しました。
 関係資料については,下記のとおりです。

放射性物質汚染廃棄物等の処理促進に向けた取組について
放射性物質汚染廃棄物等の処理促進に向けた取組について
放射性物質汚染廃棄物等の処理促進に向けた取組について

県民の方を向いていない宮城県、役割は、支援をするだけ?

 この宮城県の方針は、問題が、ある意味では、よく整理されていると思います。しかし、何故か前提がおかしいのです。

 この説明が最初にされました。聞いていて、「県は、支援するだけの役割なのか?」「国や東電の許容する範囲しか認められないのか?」(実際には、そんな言い方しかしないもので、これは、さすがに、私が、指摘したら「そういうつもりではない」と釈明しました。) 「8,000ベクレルの是非は論じない」「国の(悪)法の是非は論じない」と最初から予防線を張ってきました。確かにこの人たちと、それを論じても何のメリットはないように思われました。つまり、聞いていて「最初から県民を守るつもりはない」のではないか?と思わざるを得ませんでした。新潟県の泉田知事や徳島県の担当部局などとはえらい違いです。

 一体、この人たちは、どこを向いているのか?「仙台に栗原のものを持ってくるわけにはいかない」とか、「牧草は仙台にはない」(稲わらも少ないか)「中間山地の問題だ」のような、さも栗原などが稲作や畜産が多く中間山地であることが、悪いような(悪いとまでは言ってはいないが)言い方、私たち(栗原の人)にも責任があるような言い方をされることには、無性に腹が立ちました。そうではないだろう。うちの栗原の生産者は被害者なのだから。そもそもの東電・国の発生者責任をはっきりさせないで、それへの強い姿勢を県は取らないで、「あんたたち、このままでは困るでしょう。」(それは、困りますよ。)「8,000ベクレル以下は市町村、8,000ベクレル超は国、の責任。県は支援体制を組むだけです。」そんな単純な割り切り方でいいのだろうか?宮城県だって、これまで原発推進に加担してきし、これからもどうも怪しい。加担してきた責任がある筈です。(村井知事をはじめ、宮城県には、反省している様子は、全く見られません。)

 市町村を支援すると言っても、そのやってきている支援のセミナーにしても、極めていい加減です。汚染実態については、間違ったアナウンスまでしてしまっています。(2月8日の記事参照のこと)私は、このことに関しては、この申し入れの席上でも言及しました。

 この問題での県の役割とは、一体、何なのだろうか? 支援とは? 村井知事のように、強硬に最終処分場を県内1カ所にするとまとめるなど、介入すること、邪魔することなのでしょうか? また、あるいは、無責任に傍観すること、なのでしょうか?県民の方を向いていない、県民の苦難に寄り添おうとしない、共感しようとしない宮城県の実態を見たという感想を強く持ちました。

問題解決の大前提は、脱原発の道筋をつけ、信頼関係を構築することです。

 この問題の解決には、まず大前提が不可欠なのです。それへの論議の道を最初から閉ざしてしまう。国は国だからしょうがない、国の方針通りに実務だけする。では、問題解決には向かわず、事態が混乱するだけです。大前提とは、原発をどうするのか、日本のエネルギ―政策をどうするのか、核のゴミをどうするのか、ということです。方向をはっきり出さない中で、国が決めた基準で、本当に市民・県民を守れるのでしょうか。

 既に一つの具体的提案が、学術会議から出されています。次世代以降を含め長期にわたる日本の進むべき道をはっきりさせて、それに当面する課題の解決への合意を取り付けていくのが筋です。地方の自治体といえども地方政府です。国の言う通りにするだけでなく、独自に、そこの市民、県民を守るために、国に働きかけるべきです。(かつての大気汚染公害の解決へは、地方自治体がリードしました。) そのような姿勢に、自治体が立たねば、市民・県民との信頼関係は決して築けません。ドイツでは、時間をかけてしました。最後に福島第1原発事故をうて、決断しました。ドイツにできたことは、日本でもできる筈です。
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