触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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私たちの 非核(核兵器・原発)・脱被曝 宣言」(案)と提案の経過(その2)

<原発・環境・エネルギー問題>        2013.7.10

「私たちの 非核(核兵器・原発)・脱被曝 宣言」  (案)
                と提案の経過
  (その2) 
           
      放射能から子どもたちを守る栗原ネットワーク  佐藤 茂雄

 7月7日の当ネットの役員会にて、「『私たちの非核(核兵器・原発)宣言』(案)と提案の経過」を用いて、予定通り「私たちの非核(核兵器・原発)宣言 (案)」を説明し、それを総会で提案することの了解を得ました。事前に役員の何人かには、(案)を配付しておきました。また、6月30日の第53回宮城県母親大会in栗原の会場「栗原市若柳アスパル」に展示した掲示物も持って行って少し説明もしました。前回の役員会(6月18日)で4月~6月例会の内容を踏まえての現状把握と今後の課題についての私なりの問題意識を出来るだけ整理して提示しました。その流れで、母親大会での展示物と印刷物の配布を行ってきました。会場でも何人にも解説をし、反応も良かったのです。その後が、「私たちの非核(核兵器・原発)宣言 (案)」の提案、それをみんなで確認できたら、という流れで進んできました。

 しかし、この日(7月7日)役員会で、説明していて、何かまだ十分に説明できていないと感じました。「核兵器・原発は、表裏一体、補完関係」「核廃絶と脱原発は、人類史的課題、私たちの未来への責任です。」とし非核(核兵器・原発)の重要性を強調してきました。その一方で、「内部被ばくの位置づけがポイントです。」とも強調してきました。資料としても「内部被曝の恐怖は、何故、無視されてきたか、今も何故、軽視され続けているのか?」(「2011.10.15『1mSvでも、死亡。』矢ヶ崎克馬 琉球大名誉教授 インタビューまとめ 」より作成)や、「内部被曝が核戦略のもとで隠され、政治支配のもとに内部被曝隠し(被害者隠し)のICRPなどの『科学』で、核の平和利用(原発)で利便性の追求、という情報操作をし、国民に被曝の受忍を強要してきた。」(2012.4.22 矢ヶ崎克馬氏「内部被曝の基礎」より作成)と解説してきました。そして、結論として、「ICRPを絶対視し、ICRPの基準に基づけばという事でやっている限りは、国民の健康を守る考え方に基く政治と行政を実現できない。」と申し述べてきました。

 この間、いろいろ説明してきて分かったことですが、確かに、「非核(核兵器・原発)=①核廃絶と②脱原発」は、最重要なのですが、その前に、その大前提として、③「脱被曝」を今一度、しっかりと、原点として、確認していかなければならない事態があると気付かされました。

 それは、最近のいくつかの首長発言からも気付かされました。泉田新潟県知事の発言「『事故が起きたって責任取らないよ』って言っている会社をだれが信用するんですか?」「原子力規制委員会は原子力発電所の安全と、それから住民の安全。守る気があるんでしょうか?」「そもそも、法体系が二重になっているのは問題だと思いませんか?」「だから再稼働の議論は福島事故の検証が先でしょうと質問もしている。」同じく女川原発30キロ圏の5首長初会合での布施登米市長発言「福島第一原発の事故の検証も十分に行われないまま、再稼働の議論が行われているのはおかしい」も共通しているのは、再稼働をする、しないという以前の問題として、断固として「脱被曝」の姿勢を取っていことです。これは、ある意味で、地方自治体の首長が取るべき姿勢としては当たり前のことなどです。しかし、全国的に見ても、市町村段階では、それなりのグループなどできて活動もありますが、泉田新潟県知事のようにはっきりとした姿勢の知事は他にはまだいません。宮城県がどうなのかは、3月1日の記事「2月26日、宮城県『放射性物質汚染廃棄物処理に関する申し入れ』を行いました。」で明らかにしました。国が、3.11以前はクリアランスレベルを100ベクレル/㎏だったのを一挙に80倍にしたことに「8,000ベクレルの是非は論じない」「国の(悪)法の是非は論じない」(県幹部)と最初から予防線を張り、事実上「県民を守るつもりはない」と表明してきたことにはあきれました。村井知事自身も一貫して「脱被曝」の姿勢を取っていませんし、どちらかといえば再稼働派です。

 この国がやってきたことは、内部被曝隠し=被害隠し(国際支配体制のICRPなどを活用した科学上の政治専制をしいてきた)です。原爆症の認定での犠牲者の切り捨ては、水俣病や大気汚染公害患者への対応とも同じです。それをまた、フクシマでもやろうとしているのです。十分な社会的合意もない一方的な基準らしきものを提示しても、国民からは、信用されません。「科学的」根拠で、と言っても、原子力ムラの影響下で決めたこと、米核戦略・日米安保・経財界擁護などからくる政治的バイアスがかかっています。そもそも、はなから国民のいのちと健康を守る気はないのですから。子ども・被災者支援法ができても中身作りはサボタージュし、国民が忘れるのを待っています。つまりこの国の政府と官僚は、「脱被曝」=「低線量」内部被曝から子どもたち・国民を守ること をしない、できないのです。

 そこで、「脱被曝」を言っている方を探してみました。岐阜環境医学研究所の松井英介氏の「『脱ひばくを実現する移住法』制定の提言」http://echoechanges-echoechanges.blogspot.jp/2013/04/blog-post_8.html#!/2013/04/blog-post_8.html がヒットしました。かなりまとまった提言で、いろいろと参考になりました。松井氏は、その中で「脱原発が全国各地で叫ばれていますが、脱被曝こそ最重要緊急課題です。今なお放射性物質によって汚染された福島県をはじめとした地域に住み続けざるをえない状況に置かれている人びと就中子どもたちが、一刻も速く汚染の少ない地域に、家族や地域の人間関係を保ちながら移り住み、働き、子どもはのびのびと成長する条件を整えなければなりません。」「『除染すれば福島県内に住み続けられる!』。この宣伝は、今回の核大惨事の原因を作った東電と日本政府から発せられています。」と言っています。福島で行われている帰還促進や、草の根で展開している、「食べ物に気をつければ大丈夫論」の本質は、この「脱被曝」が抜け落ちているところから来ています。6月30日の宮城県母親大会in栗原でのシンポジスト・清水修二氏の安心・安全宣言的な発言は、彼が、核廃絶と脱原発の立場であるにもかかわらず、そうなってしまうのは、やはりこの「脱被曝」が不十分だからなのです。松井氏の提言「脱ひばくを実現する移住法」の制定実現には、まだまだいろいろ越えなければならないハードルは多いように思われます。

 しかし、「脱被曝」については、この13日の7月例会とともに開く当ネットの総会で、今後の活動方針の考えの根底になるようしたいと思っています。「脱被曝」からの視点で方針を組み立てていきます。ここでは、また、この「脱被曝」を加えた「私たちの 非核(核兵器・原発)・脱被曝 宣言」(案)を提案・説明し、みなさんで議論するようにしたいと思います。それを9月14日の当ネット発足1周年として記念講演会(講師:崎山 比早子 さん)につなげていきたいと考えています。
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