触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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<BOOKS> 核廃棄物と熟議民主主義 

<BOOKS>            2014.9.4

放射能から子どもたちを守る栗原ネットワーク   佐藤 茂雄

核廃棄物と熟議民主主義倫理的政策分析の可能性  

ジュヌヴィエーヴ・フジ・ジョンソン/著
舩橋晴俊、西谷内博美/監訳

発行;新泉社 2011年8月10日

<内容紹介>

原発の稼働とともに増えつづける使用済み核燃料。その処理という現代社会が抱える難問にどうとり組むのか。原発推進国カナダにおける「国民協議」を検証する。

<著者略歴>


ジュヌヴィエーヴ・フジ・ジョンソン
1968年、カナダ、ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバー生まれ。同州スティーブストンで育つ。1995年、サイモン・フレイザー大学政治学部卒業。1997年、ロンドン大学LSE校政治理論研究科修士課程修了。2004年、トロント大学政治学研究科博士課程修了。現在、サイモン・フレイザー大学政治学部准教授

舩橋 晴俊
1948年、神奈川県生まれ。1976年、東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。、法政大学社会学部教授、法政大学サステイナビリティ研究教育機構機構長  2014年8月逝去

西谷内 博美
2001年、シカゴ大学人文学研究科修士課程修了。2005年、法政大学大学院社会科学研究科修士課程修了。現在、法政大学サステイナビリティ研究教育機構リサーチ・アシスタント

<目次 >

日本語版序文
第1章 核廃棄物問題と本書の視点
第2章 倫理的政策分析とその重要性
  リスク、不確実性、および将来の状況/ 実証主義と非実証主義による批判の台頭/ 正義と正統性の倫理的優位性
第3章 カナダの核燃料廃棄物管理政策──二つの陣営間の論争
  エイキン報告とシーボーン委員会/ 政府の回答、政策の枠組み、核燃料廃棄物法/ 核廃棄物管理機構(NWMO)の国民協議プロセス
第4章 核廃棄物管理政策で問われた倫理的諸問題
  将来世代/ 安全性とリスク/ 負担と受益/ 包摂とエンパワメント/ 説明責任と監視/ 倫理的政策分析の諸基準
第5章 三つの倫理学理論と核廃棄物問題
  福祉功利主義/ 現代義務論/ 熟議民主主義
第6章 熟議民主主義による政策分析の可能性と問題点
  核廃棄物管理機構による国民協議過程の評価/ カナダの核廃棄物管理問題から得られる教訓/ 結論
監訳者あとがき(舩橋 晴俊)

<「監訳者あとがき」の要約メモ>

本書の主題と内容

 高レベル放射性廃棄物問題を、カナダのける政策決定過程の事例研究に依拠して、熟議民主主義の可能性を探る視点から考察。

第1章―本書の問題関心と各章の論点の概要紹介。現代社会には、原子力発電に代表的に見られるように、現代社会のニーズに対処しようとする政策が、核廃棄物問題というかたちで遠い将来にわたって深刻な被害の危険を引き起こしている。

第2章―「倫理的政策分析とその重要性」を主題とする。リスク、不確実性、将来世代との関係が問題化するような政策的課題には、倫理的政策分析が必要かつ重要。経済性や効率性に注目する費用便益分析の手法だけでは適切に対処できないのであって、人々の平等、自由、自律性を尊重し、正義(justice)と正統性(legitimacy)を主題化する倫理的政策分析が必要。

第3章―2007年まで「カナダの核廃棄物管理政策」の歴史を、原子力政策の推進派と批判派の二つの陣営間の論争を軸にして記述。

第4章―カナダにおいて「核廃棄物管理政策で問われた倫理的諸問題」はどのようなものであったかの検証。その際、将来世代に対する責任と義務、安全性とリスク、負担と受益、包摂とエンパワメント、説明責任と監視が鍵概念となり、論争が展開。これらの論争の答えは、「道徳上の地位」(moral standing),「良さ」(the good)、「正義」「正統性」についての概念解釈を通して探求されるべき。

第5章―三つの倫理学理論、「福利功利主義」「現代義務論」「熟議民主主義」が倫理的諸問題を内包する核廃棄物問題に対してどのように取り組みうるかを検討。
四つの課題 ①「政策の熟議において現代と将来の人々を包摂することを合理的だとする道徳上の地位の根拠」②「現代世代と将来世代の両者に言及する、良さについての理論」③「現代世代と将来世代の両者に適用可能な正義という概念の捉え方」④「政策決定者と彼らの決定により拘束されたり、影響を受ける現在と将来の人々のあいだの関係を、正統なものとさせるような実質的、手続き的基準」に対して前二者は、全てに十分な解答を提供しない。「熟議民主主義」だけが四つの課題に同時に解答を与えうる。とくに公共政策の決定における正義と正統性をよりよく保証しうる。

第6章―結論の章。カナダの核廃棄物管理政策の展開をふまえて、公共政策における熟議民主主義の可能性と問題点を検討。この事例は、熟議民主主義の原則の適用が価値あるものであるのみならず可能であることを示す。だが、対立する二つの陣営の間に、どのような点で合意が形成できなかったかを、包摂、相互尊重性、予防、といった視点から考察する必要がある。カナダにおける核廃棄物管理をめぐって、安全性や長期管理や民主的参加の重要性については一定の合意がされたが、原子力エネルギーの役割そのものについては、合意形成されず、そのことが核廃棄物管理システムの受け入れ可能性についても根強い対立を帰結している。熟議民主主義の可能性は、究極的には、支配的な緒主体の意思によって左右されるという点が重要で、このことをさらに問わなければならない。

本書の社会的背景

 カナダにおける原子力政策の歴史があり、その歴史的経過のなかで、多様な利害関係者の発言権を認めた多段階の議論過程がある。カナダにおける原子力発電は1962年に操業が開始。その導入時に放射性廃棄物の処分問題について明確な解決策が確立されていたわけでない。2002年11月に核燃料廃棄物法ができ、核燃料廃棄物管理機構(NWMO)が設置。同機構は三年間四段階(対話、広報集会、世論調査、電子対話)からなる国民協議の過程を開始。この過程には熟議民主主義への志向性が見られる。

本書の意義

 本書を現在の日本社会に翻訳を通して紹介することは、4点で積極的な意義がある。

① 「倫理的政策分析」を提唱する点で、日本の政策科学に対する革新的な問題提起を行っている。
 公共政策は、人々への強制力をともなうものであり、それだけに政策決定における正統性が必要である。人々の自由と平等と自律性を尊重すること、価値と利害の対立に際して、人々の基本的権利と利害関心を道理に沿いつつ保護しながら、人々にとって受容可能なかたちで解決すること。
 「倫理的政策分析」は、経済性や効率性を鍵概念とする費用便益分析やリスク費用便益分析の不十分さを明らかにし、それらを相対化する。リスクや不確実性や将来世代の利害を考慮にいれなければならない政策課題への取り組みには、費用便益分析だけでは不十分で、とくに倫理的政策分析が必要。

 倫理的政策分析を支え、根拠づける可能性を有するのが、「熟議民主主義」だけである。カナダにおいて熟議民主主義を志向した実践的取り組みが、2002年から2004年にかけて「国民協議」というかたちでなされたこと。その具体的政策過程に即して、熟議民主主義の可能性と問題点を検討している。

 3.11を経て、日本では、エネルギー政策、とりわけ原発政策の根本的見直しが必要であり、広範な国民が関与するかたちでの原子力についての徹底的で継続的な話し合いが必要。そのような日本の状況にとって、熟議民主主義的な討論のくり返しによって、核廃棄物問題に対処しようとしてきたカナダの経験と、熟議民主主義の原理の積極的可能性を明らかにしている本書の考察は豊富な教示に富む。

 高レベル放射性廃棄物問題への取り組みにおける本質的選択肢が何かということについて、本書はきわめて示唆的である。カナダの核燃料廃棄物管理機構(NWMO)が提起した「適応性のある多段階型アプローチ」は国際的にも注目。しかし、これに対してカナダの原子力批判派は、納得していない。根拠は、原子力発電そのものの可否という課題を、正面からとり上げることを回避されていること。現在の日本では、脱原発を柱にした総合的エネルギー政策についての合意形成と、脱原発による核廃棄物の総量管理、総量の増加の速やかな抑制という大局的方針が存在しない限り、核廃棄物の処分のみを断片的に取り出した形での合意形成は、不可能。

<何故,私は、本書を紹介するのか>

 これまでも2012年の日本学術会議の原子力委員会に対する「高レベル放射性廃棄物について(回答)」と、その後の「世界」2013年2月号の「高レベル放射性廃棄物という難問への応答」で、舩橋 晴俊氏の主張はチェックしており、大変、注目していました。丁度一年前、私たち「放射能から子どもたちを守る栗原ネットワーク」では、崎山比早子さんを9月月例会―講演会にお招きした時に原子力市民員会の活動を知らされました。それで、その座長が舩橋 晴俊氏と知りました。2013年10月の原子力市民員会の「原発ゼロ社会への道――新しい公論形成のための中間報告」そして、今年4月12日発表の「原発ゼロ社会への道――市民がつくる脱原子力政策大綱」をチェックし、すぐに入手し、栗原でも普及を始めました。

 本書を私が入手したのは、5月29日に原子力市民員会へ、「原発ゼロ社会への道in宮城・栗原 意見交換会」を9月13日に開催したいと申し入れた後です。そのメインの講師に本書の翻訳者であり、原子力市民員会の責任者(座長)である舩橋 晴俊氏と連絡を受けたのが、6月になってからで、それから著作を探し,本書を入手しました。

 その舩橋 晴俊氏が、8月15日に自宅で就寝中に、くも膜下出血がおき逝去されたとの連絡を受けました。

 今、原発再稼働、福島原発事故収拾、放射性廃棄物処理、補償・健康問題など、今、全ての問題で政府の方針が完全に行き詰っています。これらの真の解決への道は、「私たちが、原発をどうするのか」を含めた根本から、総合的、全体的に見直すことから始まります。これからが、脱原発を目指す「公論形成」の正念場といえる状況でした。その中で、精力的かつ献身的に活動されてきた舩橋 晴俊氏を失うことは、痛恨の極みです。

 舩橋 晴俊氏は、私とも同年齢で、空間的にも一定時期は、近くにいたとは思いますが、残念ながら、まだお会いしたことがありませんでした。一度でもお会いし、直接お話を聞く機会でもあれば、もっと深く理解できたものをと思い、残念でなりません。彼の残した著作や、彼が中心となってスタートさせた市民シンクタンクである原子力市民員会との私たち市民との連携した今後の活動を通じて彼の主張してきたことへの理解をし、遺志を受け継いで、原発ゼロ社会の実現にむけて、全力を尽して行きたいと思います。
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