触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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放射性廃棄物の処理・処分―打開策を考える

<原発・環境・エレルギー問題>   2013.11.14

放射性廃棄物の処理・処分―放射性指定廃棄物最終処分場問題からその打開策を考える。2014.11.12 
    
      放射能から子どもたちを守る栗原ネットワーク 佐藤 茂雄

 今、宮城県だけでなく栃木県でも放射性指定廃棄物最終処分場問題が大問題となっています。環境省と宮城、栃木県両知事の進める特措法と基本方針に基づく各県1カ所、最終処分場の建設を強行しようという住民の意向を無視した強権的な方向が暗礁に乗り上げています。福島県における中間貯蔵施設建設もこれに連動しており、佐藤前知事は二首長を伴うおきみやげ容認をしましたが、矛盾に満ちており、こちらの進展も容易ではありません。

 放射性廃棄物の「あるべき処分方法」について、こうした国、県のやり方、主導では事態打開の展望は開けません。私たちは、この間、9月13日の「原発ゼロ社会への道―意見交換会in 宮城・栗原」、10月11日の10月例会に引き続き11月8日の11月例会でも議論を重ねてきました。それも、放射性廃棄物の問題だけを単独で取り上げることでなく、被害・問題の総体を、根本から総合的・全体的に(エネルギー政策・再稼働、事故処理、除染、放射性廃棄物処理、帰還問題、健康問題、賠償問題など)見直しをし、そしてそれを、宮城県全体、日本全体で、議論し、国民的な合意形成を図るべきだと、提起してきました。

 そこでの議論は、コーディネーターの岡山 博さんの福島集約論「指定廃棄物の最終処分は、汚染物を拡散させないため福島の中間貯蔵施設での集中管理を考えるべきだ」という提案に対して、「故郷を失う福島の人の心にどう寄り添うか深く考える必要がある」との指摘も出るなど、会場から様々な意見が飛び交い、継続して論議することとしました。

 これまで、政党では、まず、野党の議員さんたちが積極的に動いていました。民主党の桜井充氏は、ボーリング調査の質問で「基本的に自治体の意向を確認せずに国が強制的に調査することは考えていない」と確認させています。そして、ここへ来て宮城県の自民党議員団が、特措法を見直し、汚染物を拡散させないため福島での集中管理する「福島集約論」の提案を行いました。同様の主張していた加美町長のみならず、他の二首長と村井知事までも一旦は、同調しかけましたが、すぐに村井知事は、国の強硬策を誘導する方向へ舵を切り直しています。しかし、この政権党の内部からの修正の動きは、栃木へ、福島へ、全国に伝わりました。

 栃木県塩谷町(ここはすでに候補地が1カ所)は、この間、17万人もの建設反対・白紙撤回の署名を周辺からも集めてきています。塩谷町は、11月初めには、国が十分な補償と生活再建策を示す政策転換をした上で福島に集約するべきだ、という「福島集約論」の提案を行い、周りの市町村にも同調を要請しています。このことはまた全国的な反響を巻き起こしました。

 望月環境大臣も栃木県のこうした塩谷町の動きを無視できず、また、福田栃木県知事の要望もあって「環境省が造るものを最終処分場にしないことを検討したい」とし、廃棄物の放射能濃度が将来下がった際、いったん埋めたものを掘り返し、他の処分場に持ち出すなどすれば原状回復が可能か」などと言い出しています。これとて解決策には程遠い小手先の修正?とまでも言えない、再利用も考えているのでしょうから大変危険極まりない代物です。
 
 また、環境大臣、県知事(栃木も宮城も)は、国民・住民は指定廃棄物に理解不足で、丁寧に説明する、啓発する必要がある、というスタンスです。(そのため仙台でのセミナー11/8での坪倉医師、NHK東北Z10/17放送での安斎、八木各氏の役割が)すでに、大々的な新聞広告、TVCMで最終処分場の安全宣伝も強化してきています。強硬策を今は取りづらくなって様々な手段を使っての新・安全神話を浸透させようと、彼らなりに事態の打開を図ろうとしてきています。

 福島集約論に対しては、早くから、安倍首相の「福島県にこれ以上の負担を強いることは…」から始まり、環境大臣の「原発事故で大きな被害を受けた福島県にこれ以上の負担をかけることは、到底理解を得られない」として拒否してきています。しかし、これは、一体その負担は、誰がかけているのかという自らの責任を棚に上げたご都合主義の言い方に過ぎません。この負担を本当に軽減し、なくして行くためには、国が「帰還」から「移住・生活再建」へと政策転換すべきです。私たちも「福島集約論」は、必要なのですが、その出し方の工夫?をしないと、国、県の思うつぼに入らないとも限りません。塩谷町の主張も良く見ると、メインの見出しには「福島」を出していません。加美町もです。一定の配慮、工夫が必要かと思います。

 猪俣加美町長が「新たな被害者を出さないという一点での協同を」と言っていました。私は、これに倫理的に全く同感します。そして、これに3つの意味を持たせて、みなさんと共有できれば思っています。

① 福島でも危険のある帰還をさせるのではなく生活再建に必要な十分な補償・賠償をし、人間復興へ、

② 宮城県内の3カ所だけでなく全国の未汚染地への拡大をさせない
(人間界だけでなく、自然界も含めて)、

そして何よりも③ 子どもたち、さらに将来世代を被害者にしない、

 その上で、あるべき放射性廃棄物処理・処分方法(影響最小化、拡散最小化、国民負担の最小化)として、東電・国の責任で(福島の)東電敷地内に保管するという道筋(ロードマップ)の提案をすべきです。(加美町の提案では図は福島第一原発を示し、文章は「東電敷地内」とだけしていますが、私は、文章でも「福島の」を入れるべきだと思います)

 今、国、原子力ムラは、新・安全神話で攻勢を強めてきています。住民・国民が、それに惑わされず当事者意識を持てるようになるためには、「放射能とは何か?」「それら(複数)は私たちにどんな影響を及ぼすのか?」「それらはどこにどれだけあるのか?」「その安全な処理はどこでどのようにすべきか?」などの基礎、「脱被曝」「被ばくを避ける」から原発・放射能問題全般の理論・解説を市民に寄り添う良心的な科学者・専門家(集団)に求めます。そして、私たちもこの根本問題での理論、解説を全国民のものにしていかなければなりません。

 そして、スタンス・立場を超えての科学者・専門家による「科学的な検討の場」で原発・放射能問題の国民に信頼される見解・知見の提示を行うことを求めます。一致点がなく (少なく)とも、私たちが判断できるように、その相違点の提示をしていただきと思います。それを受けて、該当地域の住民が当事者として加わった「政策的形成の場」(「科学的な検討の場」とは区別と分離)で、議論の活発化を図り、国民的合意の形成を図らねば、この原発・放射能問題の解決への道、打開策は、決して開けないと考えています。
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