触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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子どもの本 NO.6 NO.7

<子どもの本 シリーズ4>                  

                         2008.8.7PM

NO.6  「ぼくのだ!わたしのよ!3びきのけんかずきのかえるのはなし」 

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   作/レオ・レオニ 訳/谷川俊太郎 好学社 1989年

NO.7     「おかえし」  

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 作/村山 桂子 絵/織茂 恭子 福音館書店 1989年

NO.6の 「ぼくのだ!わたしのよ!3びきのけんかずきのかえるのはなし」。

 作者のレオ・レオニは、私の大好きな絵本作家の一人です。イラストレーター、グラフィックデザイナーでもある彼の絵は、切り絵や押絵の手法等を用い、洗練されているため子どもにも判りやすいのです。同じく切り絵を多く用いるエリックカールも悪くはないのですが(好きな方ですが)レオ・レオニの方が何かもう少し温かみを感じるためか大好きです。それに彼の作品は、どれもメッセージ・テーマがはっきりとしています。1959年のデビュー作「あおくんときいろちゃん」(日本では1967年に)は、自分の二人の子どもが幼いころに読み聞かせを始め出したばかりの頃に出会った作品。その色彩感覚と個性・独自性と交じり合う・混合の両方の大切さを子どもたちに分かりやすく教えることができました。他にも教科書にも載って有名な「スイミー」や私が一番好きな「フレデリック」など数多くの作品があります。

 この作品は、1989年初版(日本で)ですから比較的晩年のものだと思います。(1999年に死去。)私の妻は(定年までの)最後の年のこの4月、2年生を受け持つことになりました。これまでも特に低学年では毎日のように「読み聞かせ」をしてきていますが、今回は、「道徳」の研究授業の題材に、(彼女は、ありきたりないわゆる「道徳」など教えない)絵本を用いたいので何か良いものはないかと相談を受けました。そこでレオ・レオニの作品ならいくつか該当するものが見つかる筈とアドバイスしました。私も丁度、図書館での読み聞かせ向きの絵本を探していたので自宅にある何冊かと図書館から借りてきた数冊を提示しました。その中から彼女が選んだのがこの作品でした。

 お話は、三匹のケンカずきなかえるのはなし。(これではタイトルと同じか)三匹は、朝から晩までケンカばかりしていました。ある日、滝のような雨が降ってきて池が水で溢れかえりました。三匹は、島や石に必死にしがみつき続け、最後にひとつの岩に三匹が一緒にしがみついて助かりました。そして、その岩だと思っていたのは実は…という様な内容です。一人一人が自己を押し出して「所有」を主張するのではなく、共に皆にとって大切なものは、分かち合うこと、「共有」することの大切さ、素晴らしさをこの作品は、教えてくれます。

 とは言っても、これがその深いところまで子どもたちに直ぐに理解できるかとなると、ちょっと無理かもしれません。妻の研究授業の方が先でしたので、感想を聞きました。「事前に少し、子どもたちとの話し合いを持っても、当日の研究授業では充分に到達できなかった。」とのことでした。まして図書館では、もう少し年齢が低く、しかも、終わってから感想を出したりしないのですから、始める前からちょっと不安になりました。しかも、8月2日当日は、トップバッターとなりました。私は二日連続ですが、子どもも、昨日きていた子がいました。「ケンカのはなし」と聞いただけで子どもたちは、直ぐ食いついてきました。これは、「到達目標のレベルを少し下げて、そこへ最後上手く持ってく他ないな」と思いました。つまり、ゆっくりと分かりやすく言葉を話し、特に最後に三匹の「分かち合う」ところを丁寧に、満足感の出るよう表現することに気を付けました。最後の最後に一言。「三匹が、ケンカしなくなってよかったね。」を加えました。

NO.7 「おかえし」

 これは、当日私の次にメンバーのHさんが取り上げた作品です。始まる少し前の打ち合わせで、初めて私は、この作品を見ました。「やっやっ これは…」という感じで、ペらぺらページをめくって行くと、もしかしてこの次にと話の展開の予想を立ててしまいました。(ほぼ、合っていましたけれど…)

 さて、お話は、タヌキの家の隣に引っ越してきたキツネがいちごを持って挨拶に行きました。すると、今度は、タヌキがおかえしを持って…  とタヌキとキツネのおかえし合戦はどんどんエスカレートしていきます。最後におかえしするものがなくなって…  途中に出てくる同じフレーズ「ほんのつまらないものですが…」が可笑しくて、「つまんないわけないだろう!」とツッコミを入れたくなるものもありました。それに「おかえしの おかえしの おかえしの … … 」と何回もどんどんフレーズが重なっていってしまいます。(8~9回位までいったのか?)読み手は、まだ若い女性。その辺りにいるような主婦どうしの会話(タヌキとキツネですが)が、それを誇張して面白可笑しくしている訳でもないのに聞いている方は、可笑しくてたまりません。とても私には出来そうにありません。一緒に聞いていたお母さん方は、心当たりがあるのか、苦笑いをしていました。子どもたちには、勿論、大受けでした。

 しかし、この絵本、タヌキとキツネのお父さんが出てきません。どうしてしまったのかな?「もしも、話が終わった後に両方の家に帰ってきたら、これではまずいのでは…」とか、「今どき、母子家庭も多いことだし…」「タヌキとキツネのオスは子育てしないんだっけ?」などと思ってしまうのは、私が男だからでしょうか。?!
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