触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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ジジ親家業-この夏

この夏もジジ親家業、最後の一週間夏カゼでダウン         
                                   2008.9.1

 8月30日の記事に記したように、8月7日に高松に嫁いで行った娘が二人の男の孫を連れて里帰りをしていました。今回は、前回の冬の時の約半分、24日間でしたが、えらく疲れてしまいました。前回の一人から二人になったからなのか、それでも二人目は、まだ2ヶ月ちょっと首も座っていませんでした。上の子も、前回の冬の時より、幾分聞き分けはよくなっていましたし、私と妻の二人とも体調も整えて待ち構えていました。

 しかし、まず、来た最初の日、妻が3歳半の長男を抱きかかえて腰を痛めてしまいました。体重は14キロほどで重い方でもありません。それでも抱きかかえても、その中で絶えず動き回るので実際には、その倍ほどの重さに感じるのかもしれません。まだ現役で農業をしている80歳を過ぎた義父も抱きかかえようとしますが、いつも途中で諦めます。(賢明なことです。)既に腰が曲がり、脚も悪くなっている義母には背中からおんぶしようとしますが、止めないと潰されそうです。ですから、もっぱら長男を抱きかかえるのはいつも私―ジジの仕事。

 毎日、私が買い物、本屋、図書館、駅(新幹線を見に、エポカのプールに誘っても乗ってこない)などに連れ出すのが日課に。一番大変なのが買い物。半年前は大人しくチャイルドカートに乗っていたのが、今回はそれは最初の方だけ。直ぐに脱走してしまいます。コチラは既に買い物は始めており、初めのうちは買い物をやめて追いかけました。そのうちだいたい同じところ(乗り物のオモチャ、絵本のあるところ)に行くことが分かり、一度はカートに乗せますが脱走しても放置することにしました。ゆっくり買い物を済ましたから迎えに行きます。この子の場合、オモチャ、絵本がどうしても欲しくて粘っているのではなく、ただ純粋にそこで充分に遊びたいだけなのです。(それでも結局、ミニカーや絵本をいくつか買ってしまいます。)これが不十分だと「ムキッ」となってしまいます。そうすると手が付けられなくなり、「マグロ抱え」状態か更に「ギャン泣き」状態になります。私の時にはこの「ギャン泣き」状態にはさすがになりませんでした。それでもいつも最後は、1~2袋いっぱいの買い物に加え、孫を車まで抱きかかえて行かなくてはなりません。この時、孫はいつも「ダッコしよか?」と言ってきます。「お前がダッコするわけでないから、ダッコしてちょうだいだろ?」と言うのですが、極甘のジジは、ホイホイとダッコしてしまいます。大きなスーパーですと車までの距離はだいぶあります。これは、体力に自信がなければできませんね。

 お盆も過ぎて遠くの親族も来なくなった8月18日、天気もよく、私と妻、娘と孫二人で少し遠出をすることにしました。遠出と言っても1時間ほどで着いてしまいましたが、岩手県の 館ヶ森アーク牧場 に行きました。ここでも私が運転手と長男係りになりました。あっちこっちと追い掛けまわり、捕まえては、逃げられ、その繰り返し、「ダッコしよか?」が結局多くなりました。腕の中で動き回る位ならまだ良い方で、肩から上で動き回られては曲芸です。楽しい一日でしたがさすがに、私もすっかり疲れてしまいました。

 少しバテ気味の私と妻に息子からの親孝行―「二日間(8月23.24日)の東京」(8月30日の記事)がありました。ところが、その翌週、天候が悪かったこともあって私は、夏カゼを引いてしまいました。初めは、少しだるく微熱がある程度でした。病院に行く程度でもないと軽く考えすぎていました。売薬で済ましていたのですがこれが体調に丁度合うものが無くて3種類も変えてしまいました。結局、これが夏カゼを長引かせることになってしまいました。27日は少しひどく、28日は貯筋体操に行って少し楽になり、29日はセキとタンも出てきてしまい、かかりつけの医師のところに行き、私に合った薬を出してもらうことができました。

 翌日の8月30日は、娘と孫二人を新幹線で東京まで行き、羽田空港まで、荷物持ちと長男担当を兼ねて、当初予定の妻に代わり私が付き添って行くことになっていました。妻は、ダッコは無理と分かると東京に住む息子に電話して30日のお昼に東京駅から羽田空港までの付き添いを頼みましたが断られました。(息子は当日引越しでした。)「だったら何のために君が行くのか?ただの監視役か?」と問い詰めたところ、お鉢が回ってきたというわけです。カゼの引き初めには何とか自力で週末までには回復させてみせると頑張っていましたが、ダメでした。直ぐに病院に行っていれば、当然間に合っていましたが、後の祭り。金曜日に行って、土曜日に良くなっているわけがありません。今朝、9月1日の朝は、ほとんど良くなっていましたが、ほんの少し、セキとタンが残っていたため再度病院に行きました。今日ほどの体調ですと薬を飲みながらでも充分役割は果たせたと思います。

 30日は、結局、妻が長男をダッコしないで付き添っていきました。新幹線、そして東京の山手線、モノレールと羽田空港で飛行機に乗るまでは、大変良い子でいたそうです。しかし、「 ミアッカどん 」(「イギリスとアイルランドの昔話」よりー長男はこのミアッカどんとトロルを怖がる)ではないのですが、「いつもいい子でばっかりは、いられなくなって」、機内では、ギャン泣き、大暴れ、イタズラのやり放題だったそうです。彼なりにバーバ=妻の顔を立てていて我慢していたのかもしれません。

 こうして、この夏のジジ親家業は、何とか終了しました。今度はまた、この冬です。二人目(次男)は、何時も誰か抱いていなければ、直ぐ泣き出します。この冬は、どのように二人がなっていることやら?見当がつきません。来年秋頃には、二人して高松にまで行って、娘夫婦の家(と庭)の整備でもしてこようかと話し合っています。いづれにしても、今回の事(妻の腰痛、私のカゼ)で、あと10年位は、二人とも元気で、体力も落とさずに維持することを目標に、頑張らなくてはと肝に銘じました。
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