触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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子どもの本 NO.5

<子どもの本 シリーズ5>

 読み聞かせ講習会②、川端英子さんのおはなし       
                                 2008.9.29


 9月27日、栗原市立図書館2F視聴覚室で、私も良く存じている川端英子さんを講師に迎えて「読み聞かせ講習会②」が開催されました。ストリーテリングの勉強会に参加している方々を中心として、市内から30人(越えていたか?)程のたくさんの参加者がありました。日本の昔話、イラン、ドイツのはなし等、6話の素晴らしい素話を、1時間連続して聞かせていただきました。そのあと30分程の質疑応答があり、ストリーテリングの勉強会参加メンバーにとって、たくさん貴重な収穫のある講習会となりました。

1、講師紹介

 川端英子(かわばた ひでこ)氏 (仙台市) 「のぞみ文庫」主宰

 1970年に自宅で「のぞみ文庫」を開く。週1回の文庫活動をはじめ子どもと本をつなぐ様々な活動を続けながら、幼稚園や学校、図書館など県内外に出向き、絵本やおはなしなどの実績・講演も行っている。(ここまでは、栗原市教委・図書館の説明です。)
 川端さんは、私も会員になっている「仙台にもっと図書館をつくる会」の代表です。築館にも図書館で行われた1998年11月の「図書館をもっと大きく育てる会(栗原市)」の発足総会に、仲間と共に応援に駆けつけていただきました。さらに、翌年、1999年11月の同じく図書館で行われた第2回総会には、おはなしの実演をしていただきました。この後、育てる会が要望してこの図書館でお話のボランティア講座が開かれ、今日の「おはなし会」につながってきています。

2、おはなしを聞く

① (NO.8)日本の昔話 「小判の虫干し」
 
 『日本の昔ばなし2』松谷みよ子 講談社文庫 (6分) 
  関連するリンク先ー日本の昔ばなし⑵ 小判の虫干し

 寝太郎ばなしの一つでしょう。ねずみの小判の虫干しを寝太郎が、ただ、何もせず(取らないで)番をしただけなのに、後で、ねずみにお礼の小判をもらうという昔話です。要するに、欲たかりを戒めている話だということです。この松谷みよ子独特の語り口を、川端さんが、大変心地よい温かい雰囲気で語られました。(歌の部分もとても楽しい。)この話を、聞いていて、ホットしてきました。

② (NO.9)日本のおはなし  「茂吉のねこ」 
  『茂吉のねこ』松谷みよ子 ポプラ社 (12分)
  関連するリンク先―絵本の扉を開けて「茂吉のねこ」

 鉄砲撃ちの茂吉は、家族もおらず、ねこを相手に毎晩、大酒飲み。しかし、酒屋で飲んだ覚えの無い分まで請求されます。茂吉のねこは、化け物たちに酒泥棒を強要されていたのです。それがばれてしまって、化け物づくしの野原でねこは、化け物たちに「茂吉を殺すべし」と命じられます。ねこが拒否すると「茂吉のねこも死ぬべし」と危機一髪になります。その時、茂吉の鉄砲が火を吹き、化け物たちは退治されました。村人が捨てたものがみんな化け物になったのです。-という話で最後が締められていました。川端さんは現在の仙台のゴミ袋有料化の話も出して、この話が今日にも通じると話されました。それにしても、川端さんのこのおはなしは、大変迫力があってグイグイとはなしに引き込まれてしまいました。絵本もあるので確認して、素話か読み聞かせで私もレパートリーにできるか検討してみます。

③ (NO.10)イラン 「ちっちゃなゴキブリのべっぴんさん」
 
 松岡享子訳 『子どもに語るアジアの昔話1』 こぐま社 (17分) 
  関連するリンク先―セブンアンワイ 子どもに語るアジアの昔話1

 か弱いゴキブリの娘が父親に「もうオマエの面倒を見てやれない。」と言われます。そこで、綺麗に着飾って、都会の金持ちのところへ「ハマダーンにおでかけ」と言って嫁入りに出かけます。旅の途中で綺麗なゴキブリの娘は、肉屋、八百屋などに求婚されますが、全て断ります。しかし、言葉も気持ちも優しいねずみのダンナとは結ばれました。結婚してまもなく、このか弱いゴキブリの娘は、沼にはまってしまいました。彼女を助けに行ったねずみのダンナは、煮立ったナベの中に落ちるという不幸な事故にあい、死んでしまいます。嘆き悲しんだゴキブリの娘は、この後、あらゆる結婚を断り、黒い服(喪服)を脱ぎませんでした。―という話でした。私が、こうして文字にすると全く、味気ないです。しかし、川端さんのゴキブリの娘の野菜の皮などで着飾った衣装や、ゴキブリと他の者との会話の素晴らしい表現は、とても面白くて参加者は、聞き惚れてしまいました。(私には、ちょっと真似ができません。演者は女性向です。)

④ (NO.11ドイツのおはなし 「ふしぎなオルガン」
 
 『ふしぎなオルガン』レアンダー作/国松孝二訳 岩波少年文庫 (9分)
  関連するリンク先―岩波書店 ふしぎなオルガン

 とてもじょうずにパイプオルガンをつくる、若者が神さまのおぼし召しにかなった花嫁花婿が教会に入ってくると、ひとりでに鳴り出すというパイプオルガンを作りました。若者は、土地の娘たちを探して、一番信心深く一番綺麗な子を選び、結婚式を挙げることになりました。しかし、彼は、自分の功名心のみ考えていたためオルガンは鳴りませんでした。それを彼は思いあがった心から花嫁のせいだと、考えました。そして、一人で旅に出てしまい、よその国で10年の間、暮らしていました。そのうち、故郷や、花嫁のことが、無性に思い出されました。それで、国へ帰って、花嫁に許しを乞おうと決心しました。故郷に帰り、町の門に足を踏み入れた時、長い葬式の行列が、向こうからやってきました。それは彼の花嫁の棺でした。彼はひっきりなしに泣きじゃくり、一緒に行列に加わりました。行列は教会に着きました。そして、棺が、教会に入るとパイプオルガンがひとりでに鳴り始めました。その音色の素晴らしさといったら、これまで誰一人として、聞いたことがなかった程でした。長旅のために、彼は疲れきっていました。そして、パイプオルガンの最後の音が響き止んだ時、彼は、床の石畳の上に倒れて、息を引き取りました。これを見て、皆は、それが、誰だかということがわかると、棺の蓋をあけて、花嫁のそばに、一緒に寝かせてやりました。蓋を閉めると、パイプオルガンは、もう一度、かすかに鳴り始めました。それから鳴りやんで、もう二度と、ひとりでに鳴り響くことはありませんでした。―このような話でした。
 この話は昔話ではなく、ドイツの外科医レアンダーが戦地から子どもたちに書き送った童話であり、創作です。日本での初版が1952年ですから、これが、書かれたのは第2次大戦の少し前かと思われます。確か、少し前、私はTVでアニメになっているものを見た記憶がありました。かなり有名なお話だと思います。私は、この岩波少年文庫を直に見ていませんが、川端さんによると、全て「オルガン」となっているそうです。日本でいう一般的な「オルガン」は小学校にあるような小さな箱型のものですが、西洋で言う「オルガン」は全て「パイプオルガン」を指しているということでした。そこで川端さんは「パイプオルガン」と言い換えているということでした。

<仙台弁で>

⑤ (NO.12)日本・宮城の昔話 「おっちょろ ちょろ」
 
こばと文庫 佐藤義子さんの語りから 『宮城の民話』宮城民話の会採話記録 宮城県教育委員会 (7分)
  関連するリンク先―アマゾン おんちょろちょろ

 道に迷ってしまった格好ばっかでお経なんて一つも知らない小僧さんが泊めてもらった家でインチキお経をあげます。小僧さんがひょいと部屋の隅を見ると、ねずみが一匹ちょろりと顔を出したので「おっちょろ ちょろ出て来られそうろう」と。お婆さんも後から続いて「おっちょろ ちょろ出て来られそうろう」と。するともう一匹のねずみが床の穴からちょろりと覗いたので小僧さんは「おっちょろ ちょろ穴覗きそうろう」と。お婆さんも「おっちょろ ちょろ穴覗きそうろう」と。すると二匹のねずみは顔を見合わせてちゅうちゅう鳴き始めたので「なにやらふにゃふにゃ話されそうろう」と。その声に驚いたのかねずみは仏壇の陰に隠れたので「おっちょろ ちょろ隠れてそうろう」また出て来たので「おっちょろ ちょろまた出てそうろう」と。最後は、ねずみは穴の中に逃げ込んで「そのままちょろちょろ帰られそうろう」と。ある晩お婆さんの家に二人の泥棒が忍び込んだ。お婆さんが、このお経を一生懸命に唱えたため、泥棒たちは、気味が悪くなって何にもとらずに逃げ帰った。-という話です。
 この昔話は、宮城のというだけでなくあると思いますが、一般的には「おんちょろ ちょろ」で通っています。(絵本もあります。)佐藤義子さんは、地元、栗原市岩ヶ崎の出身だそうです。生前の佐藤さんから、宮城民話の会の小野和子さんが採話されたものだそうです。佐藤さんのこの辺り、岩ヶ崎の方言と仙台弁とまた少し違うということですが、私にはよく分かりません。(名古屋出身、東京育ちのため) しかし、話自体がユーモア溢れるものであることもありますが、川端さんの話はとても味わい深く、方言によって更に一層、素朴さが出ているようでした。

⑥ (NO.13)ドイツ・グリムの昔話 「猫とねずみの一緒暮らし」
 
KHM2 川端純四郎・英子訳 (11分)
  関連するリンク先―ウィキペディア 猫とねずみとお友だち

 猫とねずみが一緒に暮らしていました。冬を越すためにヘッド(牛の脂)を壷に入れて教会の鐘の下に蓄えておくが、猫はどうしても我慢できなくなります。猫は、「名付け親を頼まれているので、留守番を頼む」とねずみを騙し、ヘッドのところへ行くと、上皮の部分を全部なめてしまう。帰宅した猫にねずみが「なんと名前をつけたのか」と尋ねると、「一皮向けた」と答える。ねずみは、変な名前をつけたもんだと言います。後日、またしても我慢できなくなった猫は、また名付け親を頼まれたからとねずみを騙し、今度はヘッドを半分なめてしまう。今度は何という名前をつけたのかとねずみに尋ねられた猫は、今度は「半分ぺろり」と答えます。ねずみは、そんな名前は聞いたことが無いと訝しがります。さらにもう一度、猫が名付け親を頼まれたと言うと、ねずみは疑いながらも見送りました。猫はとうとう、すべてのヘッドを平らげてしまいました。今度はどんな名前をつけたのかとねずみが尋ねると、猫は「全部おしまい」と答える。ねずみは、いよいよおかしな名前だと不審に思います。やがて冬が来て、外で食べ物が見つからなくなったので、ねずみはヘッドの壷のところへ行こうと猫を誘います。しかし、ヘッドは跡形もなくなっていました。空っぽの壷を見て全てを理解したねずみは、ヘッドを独り占めしたことについて猫を責めようとします。しかし、その瞬間、猫はねずみに襲い掛かり、「全部おしまい」と飲み込んでしまいました。―という話です。(あらすじの表現が仙台弁になっていなくてスミマセン。)
 このグリムの昔話は、「猫とねずみとお友だち」、「猫とねずみといっしょのくらし」、「猫とねずみのいっしょのくらし」などとも訳されていて、内容は同じです。川端さんは、これをご主人の川端純四郎さんの協力で、日本語に訳されたのを更に仙台弁にしてお話をされています。私は、川端さんのお話を聞くのは2度目だと思います。初めて聞いた時は、方言で語るということがイマイチ良く理解できていませんでした。ただ、流暢に語られていて「凄いな」と思ったのを記憶しています。今回は、「演者が一番普段から使い慣れている言葉、方言でそれが理解できる対象にたいしてお話をする。」ということが、一番、昔話の表現としては適しているのではないかと思いました。川端さんは、「京都の方ならこれを自分の言葉、京都弁でされれば良いのでは…」と話されていました。川端さんは、全国各地でこのお話を自分の言葉、仙台弁で話されますが、その時、その場(地域)によって少し解かるように変えているということでした。また、この話は、短絡的に「正直者が馬鹿を見る」等と解釈されかねません。そこで、川端さんは、子どもたちにこの話をした最後に、「世の中には、時としてこんなこともあるでガスゾ」とか、小学校中学年以上の女の子には、「男には騙されるでないでガスゾ」など一言付け加えているということでした。子どもたちは、自分たちの知らない世界をお話で知ることが大切だと思いました。

3、質疑応答など

 <質問1>

 「オルガン」の例のように日本語に翻訳された表現で、自らが変えることについて、また、差別的な表現についてはどのように取り扱われていますか?(これは、私の質問。「ラプンツェル」、「葉っぱのフレッディ」の例も出しました。)

 <川端さん>

 「ひとまねこざる」のシリーズは、1950年前後のもの、訳で例えば、日本では、当時スパゲッティは、まだ一般に広まっておらず、それを「うどん」と訳していました。その時代、その国の社会情勢等に、訳も制約されます。今日において、日本語としておかしいのであれば、改めて訳し直すことも必要かもしれません。差別的な表現については、話の中の主人公が語っているのか、会話の中に出てくるのかによっても区別します。会話はなるべくそのままに、主人公が語る言葉は、慎重に取り扱います。「茂吉のねこ」で最後に茂吉が「鉄砲を『きちがいのように』撃つ」という表現がありましたが、私は好きではありません。そこで、『きがくるったように』と言い替えています。勿論、著作権が絡んできますから作者にお断りをして行うのがスジです。

 <質問2>

 お話を覚え、人前で演じることについて、とてもとても大変です。頭の中が真っ白になることも…先生のように上手くなるにはどうすれば良いのでしょうか?

 <川端さん>

 間違わないなんて絶対にありません。今日も何ヶ所か間違えています。(私には、全く、分からなかった。)「間違えてスミマセン」とは絶対に言わないこと。(シラを切ることか?)失敗しても練習は、決して無駄にはなっていません。優れた文学を自分のものにしてきているのですから。皆さんの前で回数を沢山やってください。そしてお互いに「人の意見は素直に聞くこと」「決してムッとしないこと」が大切です。

 <感想>

 イランのお話に対してーこの国は女性の地位が低いわけですが、それでもこのお話では、女性でもちゃんと自己主張していると解りました。それが、嬉しく感じました。

 <川端さんからも> 
 
 一夫多妻制と言っても女性の地位が低いため、女性たちを助けるという意味もあったということです。それでも、平等の世界へ向かって進んでいるのだろうと思いたいです。イランでもこの話などの素敵な絵本を出してきています。
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